2015年ノーベル生理学・医学賞受賞記念特集

微生物由来の天然物質探索の底知れぬ魅力

Yōko Takahashi

高橋 洋子

北里大学北里生命科学研究所研究推進部門 ◇ 〒108-8641 東京都港区白金五丁目9番1号

Department of Promotion of Academic Research, Kitasato Institute for Life Sciences, Kitasato University ◇ Shirokane 5-9-1, Minato-ku, Tokyo 108-8641, Japan

Published: 2015-12-20

大村 智先生がノーベル生理学・医学賞を受賞された.天然物探索研究において,常に微生物資源の重要性を説いて下さった先生への深い感謝の気持ちを込めて本拙文としたい.本稿では,エバーメクチン生産菌について触れるとともに,分離方法の工夫や分離源を開拓することによって新しい微生物資源が数多く得られることを述べる.また,物質の探索研究においては生物活性から化合物の物理化学的性状に視点を移すことによって,良く知られた微生物からでも新規化合物の発見が可能であることを紹介し,今後の探索研究の展望について議論する.

放線菌の新種エバーメクチンの生産菌と微生物資源の開拓

1. エバーメクチン生産菌Streptomyces avermectinius MA-4680T

この放線菌は1974年に静岡県伊東市川奈で採取された土壌から分離された.寒天培地上ではグレイ系の気菌糸を着生し,卵形の胞子が長く連鎖しコイル状を呈する(図1図1■エバーメクチンの生産菌Streptomyces avermectinius MA-4680Tの寒天培地上のコロニー(A)と気菌糸の走査型電子顕微鏡写真(B)).

図1■エバーメクチンの生産菌Streptomyces avermectinius MA-4680Tの寒天培地上のコロニー(A)と気菌糸の走査型電子顕微鏡写真(B)

この菌は,エバーメクチン発見当初,その形態的特徴などからStreptomyces属に分類され,生産物質の名前から命名した‘S. avermitilis’が慣用名として用いられた(1)1) R. W. Burg, B. M. Miller, E. E. Baker, J. Birnbaum, S. A. Durrie, R. Hartman, Y.-L. Kong, R. Monaghan, G. Olsen, I. Putter et al.: Antimicrob. Agents Chemother., 15, 361 (1979)..本種名が正式な承認名となっていなかったことや,分類学的手法も形態や化学組成に加え遺伝子配列による系統分類も取り入れられ発展したのに伴い,エバーメクチン発見の約20年後,種名を正式に提唱することとした.属の分類の重要な指標の一つである細胞壁のジアミノピメリン酸異性体がLL-型であることや上記の形態的特徴などからStreptomyces属に分類され,さらに詳細な表現型と系統分類の両方から検討した結果,新種であることがわかり細菌命名の権威であるInt. J. Syst. Evol. Microbiol.誌に提唱した(2)2) Y. Takahashi, A. Matsumoto, A. Seino, J. Ueno, Y. Iwai & S. Ōmura: Int. J. Syst. Evol. Microbiol., 52, 2163 (2002)..この投稿の過程で,新種として承認できるが慣用名であった‘S. avermitilis’は命名法上用いることができないとの指導があり,S. avermectiniusと命名され承認名となった.かくして一つの菌株に2つの種名が付けられることとなったが,この経緯は,「放線菌と生きる」(3)3) 高橋洋子:“放線菌と生きる”,日本放線菌学会編,みみずく舎,2011. p. 195.で述べたので割愛させていただく.重要なことはS. avermectinius MA-4680TS. avermitilis MA-4680Tと同一株)は分類学上,どの種とも一致しない新種であったことであり,大村先生が,「今後は,S. avermectiniusを使おう.」とだけおっしゃったことである.

2. 放線菌の分離法の工夫と分離源の開拓

(学)北里研究所北里生命科学研究所の創薬科学部門を中心にした創薬研究グループ[通称,大村グループ]は,微生物由来生物活性物質の探索を行い,その中で約480の化合物を発見してきた(4)4) S. Ōmura: “Splendid Gift from Microorganisms,” 5th Ed. Kitasato Institute for Life Sciences, Kitasato Univ., 2015..対象としてきた微生物は主に放線菌と糸状菌であり,筆者らは放線菌群を対象としてその分離,培養および分類を担当し,新しい微生物資源を得るためのさまざまな分離の試みを行ってきた.分離法の工夫では抗生物質耐性や耐熱性を利用した希少放線菌の分離,走化性を利用した運動性放線菌の分離,超音波処理による土壌団粒内部からの分離,固形剤として寒天の代わりにゲランガムの使用,さらに,分離に用いる試料の多様性を得るべく,植物の葉や砂漠の砂からの放線菌の分離を試みた(5~7)5) A. Matsumoto, Y. Takahashi, M. Mochizuki, A. Seino, Y. Iwai & S. Ōmura: Actinomycetology, 12, 48 (1998).6) Y. Takahashi & S. Ōmura: Int. J. Gen. Appl. Microbiol., 49, 141 (2003).7) A. Matsumoto, Y. Takahashi, Y. Iwai & S. Ōmura: Actinomycetology, 20, 30 (2006).

1990年代のある日,大村先生より「人間は,まだ,環境中に生息している微生物種の10%も分離していないというではないか.この分離できていない菌を何とか分離できないものかね.」との提案をいただいた.言い方はこうではなかったかもしれないが,内容は間違いない.大村先生は常々「人の真似をしてはいけない」とおっしゃる.人の真似ではなく何とかできないものかと思いながら放線菌の分離を続けていた.いつもいろいろな種類の放線菌を分離しようという観点でコロニー出現寒天平板(プレート)を眺めていたが,視点を変えて見るとそのプレートには同じ種類のコロニーがほかの菌株と比べて圧倒的に数多く出現している場合がある.これらの菌株は,土壌環境中,あるいは寒天培地上で,ほかの菌株の生存や生育を助けていることはないのだろうかと考えた.これらの菌株を仮に優占種微生物と呼ぶことにして,同様の様相を示すプレートから7株を分離した.そして,Tryptic Soy Brothで培養してその培養液上清を放線菌分離用の寒天平板培地,Glucose–Peptone–Meat extract(1.0% D-glucose, 0.5% peptone, 0.5% meat extract, 0.3% NaCl, 1.2% agar)(GPM)培地に塗抹し,その後に土壌希釈液を塗抹して培養しコロニーの出現数や種類を観察した.優占種7株中2菌株に無添加と比べて明らかにコロニー数や種類を増加させる効果が見られた.この培養液中のコロニー増加因子をいろいろ調べたところ細菌由来のスーパーオキシドジスムターゼ(SOD)と高い相同性があることがわかった.その後,ウシ赤血球由来の市販SODでも菌数増加効果が見られ,カタラーゼとの併用でさらなる効果が得られた.そこで,細菌や放線菌の分離に一般に用いられるGPM培地自体が活性酸素種を発生するのではないかと考え,活性酸素(O2)の定量を試みた.cytochrome c法を用いてGPM寒天培地を同じ大きさに切り取った寒天片を1片から5片と変えてO2発生による還元型cytochrome cの蓄積量を定量した.その結果,寒天片と反応時間に対応して還元型cytochrome cの蓄積量が増加し,培地自体がO2を発生することがわかった(8)8) Y. Takahashi, S. Katoh, N. Shikura, H. Tomoda & S. Ōmura: J. Gen. Appl. Microbiol., 49, 263 (2003).図2図2■各種培地および栽培成分からの活性酸素(O2)の検出).GPM培地のほかにNutrient BrothやTryptic Soy BrothからもO2の発生が見られた.また,GPM培地組成中の成分を特定するために培地の各成分について分析を行ったところ天然成分である肉エキスにO2の高い発生が見られ,さらに,発生する活性酸素分子種を特定した結果,スーパーオキシドアニオン(O2),過酸化水素(H2O2),そして各種活性酸素分子種の中で最も毒性が高いと考えられるヒドロキシラジカル(·OH)が検出された.一方,一重項酸素は検出されなかった.O2やH2O2が寒天培地から発生することは知られていたが·OHが検出された例は初めてである(9,10)9) T. Nakashima, T. Seki, A. Matsumoto, H. Miura, E. Sato, Y. Niwano, M. Kohno, S. Ōmura & Y. Takahashi: J. Biosci. Bioeng., 110, 304 (2010).10) T. Nakashima, S. Ōmura & Y. Takahashi: J. Biosci. Bioeng., 14, 275 (2012).図3図3■GPM培地からの過酸化水素(H2O2)およびヒドロキシラジカル(·OH)の検出).その後,アスコルビン酸などのラジカルスカベンジャーにもコロニー増加効果があることがわかり,これらの方法を用いてこれまでに1新科,3新属,9新種を公表した(表1表1■分離培地にラジカルスカベンジャーを添加して分離された新分類群のActinobacteria)(図4図4■Patulibacter minatonensis KV-614Tの分類学的特徴).その中の1菌株Patulibacter minatonensis KV-614Tは,新科Patulibacteraceaeとして承認された(11)11) Y. Takahashi, A. Matsumoto, K. Morisaki & S. Ōmura: Int. J. Syst. Evol. Microbiol., 56, 401 (2006)..興味深いことは,この菌株の16S rRNA遺伝子の塩基配列を現在登録されているデーターベースを用いて系統樹を書いてみたところ,通常の培地成分を100倍希釈して3カ月培養後に出現してきたコロニーや土壌試料から直接DNAを抽出してPCRで増幅されたクローンのみで登録されている塩基配列が近くに選択されてきた.これらの結果から,これまで分離されなかった活性酸素種感受性菌が分離されてきたと考えられる(12)12) 高橋洋子:Japanese J. Antibioit, 65, 133 (2012)..また,これらの菌株がどの程度環境中に存在するのかを,特異的プライマーを設計しさまざまな環境の土壌43試料を調べたところ31試料(72%)で検出され広く分布していることがわかった(13)13) T. Seki, A. Matsumoto, S. Ōmura & Y. Takahashi: J. Antibiot., doi: 10.1038/ja.2015.67 (2015)..また,表1に示したConexibacter arvalis KV-962TとKV-963は,この研究の過程で分離された新種である.

図2■各種培地および栽培成分からの活性酸素(O2)の検出

図3■GPM培地からの過酸化水素(H2O2)およびヒドロキシラジカル(·OH)の検出

表1■分離培地にラジカルスカベンジャーを添加して分離された新分類群のActinobacteria
New taxonScavenger
SODCatalaseSOD+catalaseAscorbic acidRutin
New FamilyPatulibacter minatonensis KV-614T1
New genusHumibacillus xanthopallidus KV-663T1
Humihabitans oryzae KV-657T1
Oryzihumus leptocrescens KV-628T, KV-647, KV-656111
New speciesArthrobacter humicola KV-651T1
Arthrobacter oryzae KV-653T1
Demequina salsinemoris KV-810T KV-811, KV-81621
Microbacterium aoyamense KV-492T1
Microbacterium deminutum KV-483T1
Microbacterium pumilum KV-488T1
Microbacterium pygmaeum KV-490T1
Microbacterium terricola KV-448T1
* Conexibacter arvalis KV-962T, KV-963
土壌試料;埼玉県の水田,畑,東京都青山の土手,奄美大島.* Nutrient agar(Difco)の5倍希釈濃度の寒天培地で21日間培養して分離された.

図4■Patulibacter minatonensis KV-614Tの分類学的特徴

上記の研究で,従来の方法では分離が困難であった微生物をごく一部ではあるが,分離できる方法を提案した.大村先生からいただいたご指導に対し,ほんの少しだけお応えできたかもしれないが,ここまでくるのに15年以上を費やしている.

微生物資源拡大のためには,分離源の開拓も重要であり,ここ数年は,土壌試料以外に植物の根の内部に生息する放線菌の分離に力を注いでいる.

図5図5■植物の根から分離された新属新種の放線菌には,植物の根の内部,植物の根に付着した土壌(根圏土壌),植物にこだわらない一般土壌から分離された放線菌の推定属とその数を示した.植物の根は,次亜塩素酸とエタノールによる表面殺菌後,すりつぶして試料として,4~12週間,27°Cで培養して分離を行い,分離菌株の16S rRNA遺伝子配列解析によって属あるいは種の推定を行った.

図5■植物の根から分離された新属新種の放線菌

16種類の植物試料すべてにおいてStreptomyces属の占める割合が低く,Streptomyces以外のいわゆる希少放線菌が数多く分離された.植物によってその優位な属は異なるもののその種類も豊富であった.植物試料4番のキンギンソウの場合を見てみると計80株分離され,Micromonospora属28.8%(23株,8種),Polymorphospora属16.3%(13株,1種),Sphaerisporangium属11.3%(9株,2種)の順で多数を占め,土壌中で最も頻度の高いStreprotmyces属は4株のみであった.さらに,この中には,新属Phytohabitans suffuscus K07-0523T(14)14) Y. Inahashi, A. Matsumoto, H. Danbara, S. Ōmura & Y. Takahashi: Int. J. Syst. Evol. Microbiol., 60, 2652 (2010).と命名し提唱した菌株が含まれており,この菌株と同一菌株が9株分離された.本属の菌株は,ほかの場所で採取したキンギンソウや,スイバ,ドクダミなどからも分離され,分類学的研究の結果新たに3種(P. rumisis, P. houttuyneae, P. flavus)を提唱した.また,もう一つの特徴として,植物の根からActinoallomurus属の菌株が高頻度に分離され,Actinoallomurus radicium K08-0128TA. liliacearum K10-0485TA. vinaceus K10-0528Tなどを新たに提唱した.Actinoallomurus属の菌株は,その生産物質が多様であるという報告があり,われわれの経験においても本属に同定された菌株から新物質アクチノアロライドを発見することができた(15)15) Y. Inahashi, M. Iwatsuki, A. Ishiyama, A. Matsumoto, T. Hirose, J. Oshita, T. Sunazuka, W. Panbangred, Y. Takahashi, M. Kaiser et al.: Org. Lett., 17, 864 (2015)..結果として,植物の根の内部から新属Rhizocola hellebori K12-0602T(16)16) A. Matsumoto, Y. Kawaguchi, T. Nakashima, M. Iwatsuki, S. Omura & Y. Takahashi: Int. J. Syst. Evol. Microbiol., 64, 2706 (2013).を含む計2新属7新種を公表した(17)17) 高橋洋子:バイオサイエンスとインダストリー, 72, 366 (2014).

一方,これらの根の周囲,すなわち根圏土壌4試料においては,Streptomyces属が優位を占め,希少放線菌の分離頻度は低く,根内部とは異なるコロニー出現頻度を示した.一般に土壌試料から分離される放線菌の90%以上がStreptomyces属を占めると言われているが,筆者らの今回の実験結果もそれを支持するものであった.長年に渡り数多くの土壌試料から放線菌の分離を行ってきたが,そのほとんどがStreptomyces属菌株であった.特定の希少放線菌を得るためには,その菌株の特徴を利用した選択分離,すなわち,抗生物質耐性,胞子の耐熱性あるいは運動性の利用など,さまざまな工夫をする必要がある.しかし,今回の結果を見る限り,植物の根の内部では,これらの放線菌は希少とは言い難いコロニー出現頻度であった.根圏土壌と植物の根内部から分離される菌株の種類が大きく異なることの要因や,これら内生菌の役割も未解明である.また,表面殺菌の方法などにより表層に近い部分に生息している放線菌は殺菌されている可能性もあり,これらの結果だけでフローラを議論することはできないが,少なくとも,試料として植物の根を用いることで多くの希少放線菌を分離することができ,新規物質探索のための微生物資源の拡大につながったと言える.分離された植物内生放線菌から,上記のアクチノアロライドの他に,次に述べるスクリーニング方法で新規物質トレハンジェリンも見いだされた.

新規化合物を得るためのもう一つのアプローチ

「大村グループ」は,新規物質探索研究において常に生物活性による探索と化学物質の構造上の特徴を利用して新規物質を見いだすという2つのアプローチで探索研究を行ってきた.先生は,「微生物は無駄なものは作らないはずだ.」と常々言われ,後者の探索研究で大きな発見となったのが,スタウロスポリンである(表2表2■Physicochemical screeningにより見出された化合物とその生物活性).この物質は,含窒素化合物を見いだすためにドラーゲンドルフ反応陽性を示す物質を取得し,後にその生物活性を評価する,という方法で見いだされた化合物である.発見当初は抗真菌活性や血圧低下作用が知られたが,その約10年後に新たにプロテインキナーゼ阻害活性があることがわかり,現在は生化学試薬として汎用されている.また,同様の方法で1977年に発見された環状ポリペプチドのジチロマイシンは,発見から37年後に翻訳伸長因子阻害活性が見いだされ,その生産菌も再び利用されている.新規化合物を発見すること,その生産菌が保存されていることの大切さを教えてくれる.

表2■Physicochemical screeningにより見出された化合物とその生物活性
検出化合物発見年生産菌生物活性(発見年)
Dragendorff’s reactionPyrindicin1973Streptomyces griseoflavus NA-15T抗菌活性(1973)
NA-337 A1974Streptomyces sp. NA-377脂質低下作用(1974)
TM-641975Thermoactinomyces antibiotics TM-64角膜反射刺激(1975)
Quinoline-2-methanol1976Kitasatoa griseophaeus” PO-1227T血糖低下活性(1976)
Dityromycin1977Streptomyces sp. AM-2504抗菌活性(1977),翻訳伸長因子(EF-G)阻害(2014)
Staurosporine1977Lentzea albida AM-2282抗真菌・抗腫瘍活性(1977),血圧低下作用,プロテインキナーゼ阻害(1986)
1,3-Diphenethylurea1978Streptomuces sp. AM-2498抗うつ活性(1978),脂肪細胞分化促進(2011)
Herquline1979Penicillium herquei Fg-372Herquline B; 血小板凝集阻害(1996)
Neoxaline1979Aspergillus japonicus Fg-551チューブリン重合阻害(1974)
Reductinomycin1981Streptomyces xanthochromogenus AM-6201抗腫瘍・抗菌・抗真菌・抗ウイルス活性(1981)
Sespendole2004Pseudobotrytis terrestris FKA-25MΦ脂質滴合成阻害,抗菌活性(2006)
Spoxazomicin2011Streptosporangium oxazolinicum K07-0460T抗トリパノソーマ(2011)
LC/UV-MSActinoallolide2011Actinoallomurus fulvus MK10-036抗トリパノソーマ(2011)
Mangromicin2011Lechevalieria aerocolonigenes K10-0216抗トリパノソーマ(2011),抗酸化活性(2013)
Trehangelin2012Polymorphospora rubra K07-0510細胞保護作用(2012),コラーゲン生産促進活性(2014)
Iminimycin2015Streptomyces griseus OS-3601抗菌活性(2015)
Sagamilactam2015Actinomadura sp. K13-0306抗腫瘍活性(2015)
参考:S. Ōmura, Splendid Gifts from Microorganisms, 5th Ed., 北里(2015)

最近,この方法をさらに発展させ,培養液抽出物のLC/UV-MS解析により新規性を予測し単離精製を進めるというphysicochemical screeningと名づけた方法で,新たに分離される菌株やこれまでに新規物質生産菌として,あるいは既知物質生産菌として長期保存されてきた菌株を掘り起こし,探索を始めた.この方法でアクチノアロライド(15)15) Y. Inahashi, M. Iwatsuki, A. Ishiyama, A. Matsumoto, T. Hirose, J. Oshita, T. Sunazuka, W. Panbangred, Y. Takahashi, M. Kaiser et al.: Org. Lett., 17, 864 (2015).,トレハンジェリン(18)18) T. Nakashima, R. Okuyama, Y. Kamiya, A. Matsumoto, M. Iwatsuki, Y. Inahashi, K. Yamaji, Y. Takahashi & S. Omura: J. Antibiot, 66, 311 (2013).,マングロマイシン(19)19) T. Nakashima, M. Iwatsuki, J. Ochiai, Y. Kamiya, K. Nagai, A. Matsumoto, A. Ishiyama, K. Otoguro, K. Shiomi, Y. Takahashi et al.: J. Antibiot., 67, 253 (2014).などの興味深い構造の新規物質が希少放線菌の培養液から見いだされた.それぞれ,抗トリパノソーマ作用,細胞保護作用,抗酸化作用などを有している.また,つい最近では,43年前にストレプトマイシンの生産菌として保存していた菌株Streptomyces griseusの培養液から,その構造にイミニウム(20)20) T. Nakashima, R. Miyano, M. Iwatsuki, T. Shirahata, T. Kimura, Y. Asami, Y. Kobayashi, K. Shiomi, Y. Takahashi & S. Ōmura: J. Antibiot, in press.を含む新規物質イミニマイシンが見いだされた(図6図6■イミニマイシンの構造S. griseusは土壌試料から頻繁に分離される放線菌であり,これまでにS. griseusと同定された菌株から200 以上の物質生産が報告されている.しかし,筆者らの結果はこのように良く知られた菌株からでもscreeningの方法によっては新規物質発見の可能性が高いことを示している.

図6■イミニマイシンの構造

おわりに

放線菌は,多くの二次代謝産物を生産することが知られており,これまで発見された微生物由来の生物活性物質の半数以上が放線菌の生産物であるといわれ(21,22)21) D. J. Newman & G. M. Greg: J. Nat. Prod., 75, 311 (2012).22) K. Tiwari & R. K. Gupta: Crit. Rev. Biotechnol., 32, 108 (2012).,また,その構造と生物活性の両面で多様性に富んでいる.

われわれは希少放線菌を含む多くの放線菌が与えてくれるたくさんの贈り物を見落としてきたのではないだろうか.すぐには,人間に有用だと評価されない化合物も将来の宝物と考えることはできないだろうか.

希少放線菌の代謝産物から新しい骨格の物質を見いだせたことは幸運であった.筆者らのこのわずかな経験からであるが,放線菌の特性を熟知している研究者と化合物に詳しい研究者が日常的に協同し合っていることがこの幸運をもたらしたのではないかと考える.新分類群の菌株が必ずしも新物質を生産するとは限らないが,常に新規微生物資源を開拓する姿勢で臨み,その過程で得られる,知識,経験,技術の積み重ねが大切なのではないかと思う.微生物菌株,化合物と合わせて,目に見えない知的財産の伝承も怠ってはならないことを実感する.

大村先生のノーベル生理学・医学賞受賞は,抗生物質の発見としてはペニシリン(1945年,フレミング,フローリー,チェーン),ストレプトマイシン(1952年,ワックスマン)に次いで3番目の受賞となる.日本には,約70年前,産・官・学の枠を超えて知恵を出し合いペニシリン製造に取り組み,委員会発足後わずか9カ月で国産ペニシリンの製造に成功したという貴重な経験がある.エバーメクチンは,産・学共同によって発見され,それが世界に大きく貢献したことが高く評価された.これは,まさに大村先生の卓越した先見の明と熱い研究者魂によって遂行されたものである.大村先生は,天然物探索研究における微生物資源の重要性を大村グループ内外に説いて下さった.時間と人手のかかる地味な研究であるが,そこが土台となる,と常におっしゃり励まして下さった.われわれ微生物に携わる者にとってどれだけ大きな支えとなったか計り知れない.この場をお借りして深く感謝の意を表したい.

また,大村先生が「微生物に学ぶ」「微生物に感謝する」という言葉をいろいろな場面で言っておられる.それは“微生物にはまだまだ私達人間の知らない能力が秘められているんですよ”,これを機会に“微生物資源を大切にし,生かす道を探求しなさい”とおっしゃっているに違いない.

ここに掲載させていただいた研究は,北里大学特別栄誉教授 大村 智先生の多くのご業績のなかの,筆者がかかわらせていただいた内容であります.また,大村先生のご指導のもと多くの研究員,学生さんによってなされたものであり,皆が先生のノーベル医学・生理学賞ご受賞を心より喜んでおります.27年前の学生さんがその喜びを手紙で送ってくださいました.この大村グループに一時在籍し先生のご指導をいただいたことを誇りに感じると書いてありました.誰もが同じ思いであります.

上記研究の中の希少放線菌の分離,培養,分類では松本厚子博士,稲橋佑起博士,physicochemical screeningによる物質の単離精製では中島琢自博士,稲橋博士の大きな努力があったことを特筆いたします.また,研究の基礎から研究者としての姿勢に至るまで,日常的にご指導いただきました北里生命科学研究所客員教授 岩井 譲先生に心より御礼申し上げます.化合物の構造決定や生物活性評価では,塩見和朗教授,砂塚敏明教授,岩月正人博士,乙黒一彦博士にたいへんお世話になりました.

最後に,分離方法の開発や植物内生菌の分離では,微生物資源の研究の大切さをご理解いただきご支援いただきました(公財)発酵研究所に感謝申し上げます.また,大村先生に研究顧問をしていただいております当財団の寄附講座である創薬資源微生物学研究室で physicochemical screeningをテーマに中島博士が運営責任者として鋭意新物質探索に邁進していることを申し添えます.

Reference

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20) T. Nakashima, R. Miyano, M. Iwatsuki, T. Shirahata, T. Kimura, Y. Asami, Y. Kobayashi, K. Shiomi, Y. Takahashi & S. Ōmura: J. Antibiot, in press.

21) D. J. Newman & G. M. Greg: J. Nat. Prod., 75, 311 (2012).

22) K. Tiwari & R. K. Gupta: Crit. Rev. Biotechnol., 32, 108 (2012).