2015年ノーベル生理学・医学賞受賞記念特集

微生物由来の天然物質探索の底知れぬ魅力

Yōko Takahashi

高橋 洋子

北里大学北里生命科学研究所研究推進部門 ◇ 〒108-8641 東京都港区白金五丁目9番1号

Department of Promotion of Academic Research, Kitasato Institute for Life Sciences, Kitasato University ◇ Shirokane 5-9-1, Minato-ku, Tokyo 108-8641, Japan

Published: 2015-12-20

大村 智先生がノーベル生理学・医学賞を受賞された.天然物探索研究において,常に微生物資源の重要性を説いて下さった先生への深い感謝の気持ちを込めて本拙文としたい.本稿では,エバーメクチン生産菌について触れるとともに,分離方法の工夫や分離源を開拓することによって新しい微生物資源が数多く得られることを述べる.また,物質の探索研究においては生物活性から化合物の物理化学的性状に視点を移すことによって,良く知られた微生物からでも新規化合物の発見が可能であることを紹介し,今後の探索研究の展望について議論する.

放線菌の新種エバーメクチンの生産菌と微生物資源の開拓

1. エバーメクチン生産菌Streptomyces avermectinius MA-4680T

この放線菌は1974年に静岡県伊東市川奈で採取された土壌から分離された.寒天培地上ではグレイ系の気菌糸を着生し,卵形の胞子が長く連鎖しコイル状を呈する(図1図1■エバーメクチンの生産菌Streptomyces avermectinius MA-4680Tの寒天培地上のコロニー(A)と気菌糸の走査型電子顕微鏡写真(B)).

図1■エバーメクチンの生産菌Streptomyces avermectinius MA-4680Tの寒天培地上のコロニー(A)と気菌糸の走査型電子顕微鏡写真(B)

この菌は,エバーメクチン発見当初,その形態的特徴などからStreptomyces属に分類され,生産物質の名前から命名した‘S. avermitilis’が慣用名として用いられた(1)1) R. W. Burg, B. M. Miller, E. E. Baker, J. Birnbaum, S. A. Durrie, R. Hartman, Y.-L. Kong, R. Monaghan, G. Olsen, I. Putter et al.: Antimicrob. Agents Chemother., 15, 361 (1979)..本種名が正式な承認名となっていなかったことや,分類学的手法も形態や化学組成に加え遺伝子配列による系統分類も取り入れられ発展したのに伴い,エバーメクチン発見の約20年後,種名を正式に提唱することとした.属の分類の重要な指標の一つである細胞壁のジアミノピメリン酸異性体がLL-型であることや上記の形態的特徴などからStreptomyces属に分類され,さらに詳細な表現型と系統分類の両方から検討した結果,新種であることがわかり細菌命名の権威であるInt. J. Syst. Evol. Microbiol.誌に提唱した(2)2) Y. Takahashi, A. Matsumoto, A. Seino, J. Ueno, Y. Iwai & S. Ōmura: Int. J. Syst. Evol. Microbiol., 52, 2163 (2002)..この投稿の過程で,新種として承認できるが慣用名であった‘S. avermitilis’は命名法上用いることができないとの指導があり,S. avermectiniusと命名され承認名となった.かくして一つの菌株に2つの種名が付けられることとなったが,この経緯は,「放線菌と生きる」(3)3) 高橋洋子:“放線菌と生きる”,日本放線菌学会編,みみずく舎,2011. p. 195.で述べたので割愛させていただく.重要なことはS. avermectinius MA-4680TS. avermitilis MA-4680Tと同一株)は分類学上,どの種とも一致しない新種であったことであり,大村先生が,「今後は,S. avermectiniusを使おう.」とだけおっしゃったことである.

2. 放線菌の分離法の工夫と分離源の開拓

(学)北里研究所北里生命科学研究所の創薬科学部門を中心にした創薬研究グループ[通称,大村グループ]は,微生物由来生物活性物質の探索を行い,その中で約480の化合物を発見してきた(4)4) S. Ōmura: “Splendid Gift from Microorganisms,” 5th Ed. Kitasato Institute for Life Sciences, Kitasato Univ., 2015..対象としてきた微生物は主に放線菌と糸状菌であり,筆者らは放線菌群を対象としてその分離,培養および分類を担当し,新しい微生物資源を得るためのさまざまな分離の試みを行ってきた.分離法の工夫では抗生物質耐性や耐熱性を利用した希少放線菌の分離,走化性を利用した運動性放線菌の分離,超音波処理による土壌団粒内部からの分離,固形剤として寒天の代わりにゲランガムの使用,さらに,分離に用いる試料の多様性を得るべく,植物の葉や砂漠の砂からの放線菌の分離を試みた(5~7)5) A. Matsumoto, Y. Takahashi, M. Mochizuki, A. Seino, Y. Iwai & S. Ōmura: Actinomycetology, 12, 48 (1998).6) Y. Takahashi & S. Ōmura: Int. J. Gen. Appl. Microbiol., 49, 141 (2003).7) A. Matsumoto, Y. Takahashi, Y. Iwai & S. Ōmura: Actinomycetology, 20, 30 (2006).

1990年代のある日,大村先生より「人間は,まだ,環境中に生息している微生物種の10%も分離していないというではないか.この分離できていない菌を何とか分離できないものかね.」との提案をいただいた.言い方はこうではなかったかもしれないが,内容は間違いない.大村先生は常々「人の真似をしてはいけない」とおっしゃる.人の真似ではなく何とかできないものかと思いながら放線菌の分離を続けていた.いつもいろいろな種類の放線菌を分離しようという観点でコロニー出現寒天平板(プレート)を眺めていたが,視点を変えて見るとそのプレートには同じ種類のコロニーがほかの菌株と比べて圧倒的に数多く出現している場合がある.これらの菌株は,土壌環境中,あるいは寒天培地上で,ほかの菌株の生存や生育を助けていることはないのだろうかと考えた.これらの菌株を仮に優占種微生物と呼ぶことにして,同様の様相を示すプレートから7株を分離した.そして,Tryptic Soy Brothで培養してその培養液上清を放線菌分離用の寒天平板培地,Glucose–Peptone–Meat extract(1.0% D-glucose, 0.5% peptone, 0.5% meat extract, 0.3% NaCl, 1.2% agar)(GPM)培地に塗抹し,その後に土壌希釈液を塗抹して培養しコロニーの出現数や種類を観察した.優占種7株中2菌株に無添加と比べて明らかにコロニー数や種類を増加させる効果が見られた.この培養液中のコロニー増加因子をいろいろ調べたところ細菌由来のスーパーオキシドジスムターゼ(SOD)と高い相同性があることがわかった.その後,ウシ赤血球由来の市販SODでも菌数増加効果が見られ,カタラーゼとの併用でさらなる効果が得られた.そこで,細菌や放線菌の分離に一般に用いられるGPM培地自体が活性酸素種を発生するのではないかと考え,活性酸素(O2)の定量を試みた.cytochrome c法を用いてGPM寒天培地を同じ大きさに切り取った寒天片を1片から5片と変えてO2発生による還元型cytochrome cの蓄積量を定量した.その結果,寒天片と反応時間に対応して還元型cytochrome cの蓄積量が増加し,培地自体がO2を発生することがわかった(8)8) Y. Takahashi, S. Katoh, N. Shikura, H. Tomoda & S. Ōmura: J. Gen. Appl. Microbiol., 49, 263 (2003).図2図2■各種培地および栽培成分からの活性酸素(O2)の検出).GPM培地のほかにNutrient BrothやTryptic Soy BrothからもO2の発生が見られた.また,GPM培地組成中の成分を特定するために培地の各成分について分析を行ったところ天然成分である肉エキスにO2の高い発生が見られ,さらに,発生する活性酸素分子種を特定した結果,スーパーオキシドアニオン(O2),過酸化水素(H2O2),そして各種活性酸素分子種の中で最も毒性が高いと考えられるヒドロキシラジカル(·OH)が検出された.一方,一重項酸素は検出されなかった.O2やH2O2が寒天培地から発生することは知られていたが·OHが検出された例は初めてである(9,10)9) T. Nakashima, T. Seki, A. Matsumoto, H. Miura, E. Sato, Y. Niwano, M. Kohno, S. Ōmura & Y. Takahashi: J. Biosci. Bioeng., 110, 304 (2010).10) T. Nakashima, S. Ōmura & Y. Takahashi: J. Biosci. Bioeng., 14, 275 (2012).図3図3■GPM培地からの過酸化水素(H2O2)およびヒドロキシラジカル(·OH)の検出).その後,アスコルビン酸などのラジカルスカベンジャーにもコロニー増加効果があることがわかり,これらの方法を用いてこれまでに1新科,3新属,9新種を公表した(表1表1■分離培地にラジカルスカベンジャーを添加して分離された新分類群のActinobacteria)(図4図4■Patulibacter minatonensis KV-614Tの分類学的特徴).その中の1菌株Patulibacter minatonensis KV-614Tは,新科Patulibacteraceaeとして承認された(11)11) Y. Takahashi, A. Matsumoto, K. Morisaki & S. Ōmura: Int. J. Syst. Evol. Microbiol., 56, 401 (2006)..興味深いことは,この菌株の16S rRNA遺伝子の塩基配列を現在登録されているデーターベースを用いて系統樹を書いてみたところ,通常の培地成分を100倍希釈して3カ月培養後に出現してきたコロニーや土壌試料から直接DNAを抽出してPCRで増幅されたクローンのみで登録されている塩基配列が近くに選択されてきた.これらの結果から,これまで分離されなかった活性酸素種感受性菌が分離されてきたと考えられる(12)12) 高橋洋子:Japanese J. Antibioit, 65, 133 (2012)..また,これらの菌株がどの程度環境中に存在するのかを,特異的プライマーを設計しさまざまな環境の土壌43試料を調べたところ31試料(72%)で検出され広く分布していることがわかった(13)13) T. Seki, A. Matsumoto, S. Ōmura & Y. Takahashi: J. Antibiot., doi: 10.1038/ja.2015.67 (2015)..また,表1に示したConexibacter arvalis KV-962TとKV-963は,この研究の過程で分離された新種である.