Kagaku to Seibutsu 54(1): 17-26 (2016)
2015年ノーベル生理学・医学賞受賞記念特集
ポストゲノム時代に向けた微生物由来天然物医薬品の探索研究
Published: 2015-12-20
本年度の大村,Campbell,屠博士らのノーベル生理学・医学賞受賞の決定によって,天然物医薬品探索および開発の重要性・有用性が再確認されてきた.20世紀末から多くの生物種のゲノム解析が開始され,これまで多くの微生物ゲノムが解読されてきた.これらの中には天然物を比較的よく生産する放線菌も含まれており,それらの中から天然物の生合成遺伝子(群)も発見されてきた.天然物の新たな探索はこれまでの探索方法に加え,ゲノム情報などを総合した新たな天然物の発見,あるいは計画的な非天然型化合物の創製が期待できる状況になってきた.
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2016 公益社団法人日本農芸化学会
人類が天然物を治療に用いる行為は極めて古く,中国では紀元前500年頃から植物である吐根(有効成分:emetine)をアメーバー赤痢の治療に用いていた.また,17世紀のヨーロッパではキナの皮(有効成分:quinine)をマラリアの治療に用いていた.これらは,植物体そのものを摂取していたが,Florey,Chain博士らはFleming博士が1928年に発見した抗菌物質penicillinを培養液から抽出精製し,医薬品として感染症治療に利用できるようにした.さらにWaksman博士は土壌微生物の放線菌に焦点をあて,Streptomyces griseusから抗結核作用のあるstreptomycinを発見し,今日まで化学療法薬として使用され続けている.これらの業績によってFlorey,ChainおよびFleming博士は1945年度ノーベル生理学・医学賞を,Waksman博士は1952年度の同じくノーベル生理学・医学賞を受賞している.Waksman博士のstreptomycin,actinomycinなどの探索を機に,多くの研究機関や医薬品企業は放線菌培養物を主に探索研究を行い,これまで多くの医薬品を世の中に送り出してきた.しかしながら,これらの探索に多くの時間およびコストを要することから非効率的であると考えられ,多くの製薬企業で1980~1990年頃から衰退の一途をたどっている.さらに1990年代から欧米の効率主義に発するコンビナトリアル・ケミストリーという方法が医薬品候補の探索に利用されることによって,医薬品探索のための天然物探索はさらに縮小されていった(図1図1■天然物単離の論文数の年代推移).しかしながら,これまでのコンビナトリアル・ケミストリーによって有用な医薬品化合物を創出した例はほとんどなく,また生物活性の多様性から近年,天然物の医薬品探索が見直されている.また,HPLCや質量分析機など多くの分析技術および分析機器の開発も極めて進歩してきており,ごく微量の物質を培養物から容易に単離ならびにその構造などの情報を迅速に得ることができるようになってきた.その成果は今世紀からの天然物の論文数の推移からもうかがわれる(図1図1■天然物単離の論文数の年代推移).
20世紀末からゲノム解析が加速度的に進展し,多くの生物種のゲノムが解読されてきた.天然物探索もこれまでの方法論だけではなく,ゲノム情報を大いに取り入れた方法論によって飛躍的に進展することが期待できる.本稿では本年度,大村博士が受賞されたノーベル生理学・医学賞の対象となった抗寄生虫薬avermectinとその生産菌S. avermitilisに関する一連の研究成果がポストゲノム時代に向けての今後の天然物研究に大いに貢献できるもの思われるので,これまでの同博士との研究成果および経過を踏まえ天然物研究の今後の展望を述べる.
20世紀の末から多くの生物種のゲノム解析が開始され,これまで解析が完了し報告された微生物のゲノム解析は7,000を超える(https://gold.jgi.doe.gov/).微生物の中でも比較的天然物を生産するものとして放線菌,シアノバクテリア,ミクソバクテリアが知られている.これらの中でも特に放線菌からの代謝産物の多くは医薬品として利用され,今日に至っている.放線菌のゲノム解析も今世紀の初めに報告されており(1,2)1) S. Omura, H. Ikeda, J. Ishikawa, A. Hanamoto, C. Takahashi, M. Shinose, Y. Takahashi, H. Horikawa, T. Osonoe, H. Kikuchi et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 98, 12215 (2001).2) S. D. Bentley, K. F. Chater, A.-M. Cerdeño-Tárraga, G. L. Challis, N. R. Thomson, K. D. James, D. E. Harris, M. A. Quail, H. Kieser, D. Harper et al.: Nature, 417, 141 (2002).,特に工業的な利用がなされている抗寄生虫抗生物質avermectinの生産菌S. avermitilisは2001年にドラフトゲノム(1)1) S. Omura, H. Ikeda, J. Ishikawa, A. Hanamoto, C. Takahashi, M. Shinose, Y. Takahashi, H. Horikawa, T. Osonoe, H. Kikuchi et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 98, 12215 (2001).を,2003年に完全長ゲノムが報告された(3)3) H. Ikeda, J. Ishikawa, A. Hanamoto, M. Shinose, H. Kikuchi, T. Shiba, Y. Sakaki, M. Hattori & S. Omura: Nat. Biotechnol., 21, 536 (2003)..その後,今日までStreptomyces属のゲノム解析は,上記の菌株を含め19株が米国NCBIに登録されている(表1表1■Streptomyces属および近縁種のゲノム解析).一般に原核細胞生物の染色体は環状2本鎖DNAから構成されているが,配列登録されたStreptomyces属の菌株は,環状染色体ではなく,すべて真核細胞生物と同様の線状2本鎖DNAからなる染色体を保有していることが明らかになっている.また,染色体末端は多くの逆向き相同配列を有するテロメア構造からなり,さらに5′-末端には枯草菌ファージϕ29やアデノウイルスの末端と同様に,塩基性の末端結合タンパク質TpgがSer残基を介してリン酸エステルで結合している.複製開始点(oriC)はほかの環状染色体構造を有する原核細胞生物のそれらと同様で,およそ19コピーのDnaA-box配列が見いだされる.したがって,この複製開始点から両方向に複製が進行していくが,ラギング鎖の染色体末端部分は複製ができないので,おそらく末端タンパク質を介したプライミングによって末端部分の複製が完了するものと思われる.このような線状染色体を有するStreptomyces属以外の放線菌は,いまのところRhodococcus jostii RHA1(4)4) M. P. McLeod, R. L. Warren, W. W. Hsiao, N. Araki, M. Myhre, C. Fernandes, D. Miyazawa, W. Wong, A. L. Lillquist, D. Wang et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103, 15582 (2006).およびKitasatospora setae KM-6054(5)5) N. Ichikawa, A. Oguchi, H. Ikeda, J. Ishikawa, S. Kitani, Y. Watanabe, S. Nakamura, Y. Katano, M. Sasagawa, A. Ankai et al.: DNA Res., 7, 393 (2010).である.なお,Streptomyces属のいくつかは染色体以外にプラスミドが存在し,環状構造および染色体と同様な線状構造を有するものが存在する.Streptomyces属の染色体は,原核細胞生物の中でも大きい部類に属し,そのサイズは6.84~12.70 Mbp,GC含量70~73 GC mol%である.タンパク質をコードする遺伝子数は,下等真核生物である出芽酵母(6,294個)および分裂酵母(4,824個)よりも多く,5,800~10,000個である.近年,Streptomyces属と近縁属の菌種(erythromycin生産菌Saccharopolyspora erythraea NRRL 2338(6)6) M. Oliynyk, M. Samborskyy, J. B. Lester, T. Mironenko, N. Scott, S. Dickens, S. F. Haydock & P. F. Leadlay: Nat. Biotechnol., 25, 447 (2007).,vancomycin生産菌Amycolatopsis orientalis HCCB10007(7)7) B. Tang, Q. Wang, M. Yang, F. Xie, Y. Zhu, Y. Zhuo, S. Wang, H. Gao, X. Ding, L. Zhang et al.: BMC Genomics, 14, 289 (2013).)のいくつかのゲノム解析が完了しており,これらのゲノムはStreptomyces属と同等な大きさおよび遺伝子数であった(表1表1■Streptomyces属および近縁種のゲノム解析).Streptomyces属および近縁属染色体にコードされる遺伝子産物については,もちろん生物活性物質を含む2次代謝産物生合成遺伝子(群)はもとより,重複遺伝子が多く見いだされること(およそ30%の遺伝子が同一遺伝子の重複したパラログである),また制御にかかわる遺伝子も多数(およそ10%)見いだされることである.一般にゲノムの巨大化と制御遺伝子の増加は相関関係がある(8)8) C. K. Stover, X. Q. Pham, A. L. Erwin, S. D. Mizoguchi, P. Warrener, M. J. Hickey, F. S. Brinkman, W. O. Hufnagle, D. J. Kowalik, M. Lagrou et al.: Nature, 406, 959 (2000)..これらの菌株の生活環である土壌を考慮すると,さまざまな環境に適応しながら生育しなければならい状況にいち早く対応するため,種々の制御系が必要になったものと思われる.Streptomyces属の線状染色体は,一般の原核細胞生物の環状染色体とは異なることから,いくつかの相違点が見受けられる.線状染色体のほぼ中央に位置する複製開始点から両方向に3 Mbpずつ,合計6 Mbp程度の領域には複製,転写,翻訳および1次代謝などの生育にとって必至な遺伝子が配置している.染色体両末端の1~1.5 Mbpずつ,合計2~3 Mbpの領域にはそれぞれの菌株に特異的な遺伝子が配置しており,さらに2次代謝産物の生合成遺伝子(群)の多くもこの領域に配置している(図2図2■Streptomyces属の染色体構造の比較および2次代謝産物生合成遺伝子(群)の分布).また,この両端領域には転位因子と思われる遺伝子が多数見いだすことができることから,この領域は遺伝子の水平伝播が多数行われてきたものと思われる.Streptomyces属の菌株は多くの重複遺伝子を保有しているが,一方で,通常の細菌ゲノムで見いだされる,複製最終時の2量体(コンカテマー)染色体をそれぞれに分けるresolvase(XerC, XerD)の遺伝子を欠いている.線状構造の染色体ではコンカテマーを形成しないため,機能が不必要になるとともにその遺伝子を失ったものと思われる.また,細菌ではDNA損傷に伴う修復に相同的組換え機構が備わっており,いくつかの組換え機構が存在する.大腸菌ではrecB–recC–recD系の組換えが主たる役割を果たしているが,StreptomycesではrecB recCを欠いている.おそらくrecF遺伝子産物による組換え修復が主たる経路であると思われる.一方,酸素添加反応を触媒するシトクロムP450の遺伝子はゲノム当たり20~30個程度見いだすことができるとともに,同酵素の反応の電子供与体であるフェレドキシンおよびその還元酵素の遺伝子も多数見いだすことができる.また,多くの制御遺伝子を有することと関連があるのかもしれないが,RNA合成酵素のシグマ因子(~60)やSer/Thrタンパクリン酸化酵素(20~30)の遺伝子も非常に多く配置していることが特徴的である.
菌株およびプラスミド | サイズ(bp) | No. of CDS | GC (mol%) |
---|---|---|---|
Streptomyces sp. PAMC2650 | 7,526,197 | 6,969 | 71.07 |
pSP01 | 104,048 | 104 | 68.52 |
Streptomyces sp. SirexAA-E | 7,414,440 | 6,357 | 71.75 |
Streptomyces albus J1074 | 6,841,649 | 5,832 | 73.32 |
Streptomyces avermitilis MA-4680 | 9,025,608 | 7,580 | 70.72 |
SAP1 | 94,287 | 96 | 69.25 |
Streptomyces bingchenggensis BCW-1 | 11,936,683 | 10,022 | 70.75 |
Streptomyces cattleya NRRL 8057 | 6,282,967 | 5,822 | 72.94 |
pSCATT | 1,812,548 | 1,747 | 73.27 |
Streptomyces cattleya DSM 46488 | 6,283,062 | 5,763 | 72.94 |
pSCAT | 1,809,491 | 1,707 | 73.27 |
Streptomyces coelicolor A3(2) | 8,667,507 | 7,767 | 72.12 |
SCP1 | 356,023 | 351 | 69.06 |
SCP2 | 31,317 | 34 | 72.12 |
Streptomyces collinus Tü 365 | 8,272,925 | 7,005 | 72.60 |
pSC01 | 85,047 | 78 | 68.29 |
pSC02 | 19,314 | 30 | 69.88 |
Streptomyces davawensis JCM 4913 | 9,466,619 | 8,503 | 70.58 |
pSDA1 | 89,331 | 113 | 69.89 |
Streptomyces flavogriseus ATCC 33331 | 7,337,497 | 6,298 | 71.14 |
pSFLA01 | 188,552 | 166 | 67.79 |
pSFLA02 | 130,055 | 108 | 67.24 |
Streptomyces fulvissimus DSM 40593 | 7,905,758 | 6,925 | 71.48 |
Streptomyces griseus IFO 13350 | 8,545,929 | 7,136 | 72.23 |
Streptomyces hygroscopicus subsp. jinggangensis 5008 | 10,145,833 | 8,849 | 71.89 |
pSHJG1 | 164,566 | 183 | 69.00 |
pSHJG2 | 73,285 | 75 | 70.94 |
Streptomyces hygroscopicus subsp. jinggangensis TL01 | 9,840,102 | 8,619 | 72.04 |
pSHJGH1 | 164,565 | 183 | 69.00 |
pSHJGH2 | 73,285 | 75 | 70.94 |
Streptomyces rapamycinicus NRRL 5491 | 12,700,734 | 10,002 | 69.33 |
Streptomyces scabiei 87.22 | 10,148,695 | 8,746 | 71.45 |
Streptomyces venezuelae ATCC 10712 | 8,226,158 | 7,448 | 72.40 |
Streptomyces violaceusniger Tü 4113 | 10,657,107 | 8,482 | 70.97 |
pSTRVI01 | 290,055 | 257 | 68.24 |
pSTRVI02 | 191,151 | 246 | 69.70 |
Saccharopolyspora erythraea NRRL 2338 | 8,212,805 | 7,197 | 71.15 |
Amycolatopsis orientalis HCCB10007 | 8,948,591 | 8,113 | 69.01 |
pXL100 | 33,499 | 49 | 68.90 |
Streptomyces属の最も興味のある現象は多種多様な構造および生物活性を有する代謝産物,いわゆる2次代謝産物を生産する能力である.さらに,これらの2次代謝産物を工業的なレベルで生産できる前駆体供給のための代謝能を有しており,物質生産における本質的な機能を備えている生物として理解できる.なお,グラム陰性菌で比較的2次代謝産物生産が多く観察されるシアノバクテリアやミクソバクテリアではこのような能力はほとんど期待できない.2次代謝産物生産菌,特にStreptomyces属のゲノム解析が行われる以前には,生産菌は主代謝産物を含む数種の2次代謝産物の生合成遺伝子群を保有しているものと思われていた.しかしながら,S. avermitilisおよびS. coelicolor A3(2)のゲノムが明らかになり,これまでわれわれが予想していた数を上回る遺伝子群(20~37遺伝子群)が見いだされた.その後,streptomycin生産菌S. griseusをはじめ数種のStreptomycesのゲノムが解読され,これらのことが再確認された.これらの生合成遺伝子群のサイズの総和は染色体のおよそ5~7%を上回る.多くの抗生物質を含む2次代謝産物がStreptomyces属の菌株から生産される一つの理由として,多様な2次代謝産物の生合成遺伝子群を一つの菌株が保有していることが一つの理由かもしれない.しかしながら,これら,ゲノム上の推定生合成遺伝子群がすべて発現しているわけではなく,多くの遺伝子(群)は休眠状態である.S. avermitilisのゲノム解析が行われた当時は,機能が明らかあるいは機能予測されているタンパク質の公開データは,今日ほど充実していなかった.したがって,半数の遺伝子産物は公開データとの相同性は認められるものの,それらは“hypothetical protein”として機能を推定することができなかった.また,その当時は明らかにされた2次代謝産物生合成遺伝子の情報も乏しく,2次代謝産物生合成遺伝子(群)と推定するまでには多くの検証が必要であった.現在では,多くの生物種のゲノム解析が行われたおかげで,公開データベースも充実してきており,BLASTやFASTA解析によって,ある程度の機能推定ができるようになった.さらに相同性による機能予測だけでなく,統計モデル(隠れマルコフモデル:HMM)を用いたタンパク質ファミリー解析(Pfam)が一般的になりつつあり,2次代謝産物生合成遺伝子の産物に特化した統計モデルAntiSmash(9)9) T. Weber, K. Blin, D. Srikanth, S. Duddela, D. Krug, H. U. Kim, R. Bruccoleri, S. Y. Lee, M. A. Fischbach, R. Müller et al.: Nucleic Acids Res., 43(W1), W237 (2015).も公開され,またコンピューターの処理能力も飛躍的に改善されたおかげで,さらに精度の良い機能予測が可能となり生合成遺伝子(群)の評価が一段と良好になった.このように,現在ではゲノム配列情報から2次代謝産物生合成遺伝子を検索する方法論がほぼ整ってきている.さらに近年,次世代塩基配列解析が一般的になり,DNA塩基配列解析の処理速度,精度が向上し,かつ解析価格もS. avermitilisの解析当時と比べて500分の1程度となってきたことで「1研究室1ゲノム解析」が現実のものとなってきた.20世紀末までの2次代謝産物の生合成遺伝子(群)の研究は,S. avermitilisの生産するavermectin生合成解析(10~12)10) H. Ikeda, H. Kotaki & S. Omura: J. Bacteriol., 169, 5615 (1987).11) H. Ikeda, T. Nonomiya, M. Usami, T. Ohta & S. Omura: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 9509 (1999).12) H. Ikeda, T. Nonomiya & S. Omura: J. Ind. Microbiol. Biotechnol., 27, 170 (2001).が的確な実例である.生成される代謝産物(avermectin)の生産菌(S. avermitilis)を変異処理し,各種の生合成閉鎖株を取得する.得られた変異株を分類するとともに,変異株の蓄積する中間体の単離および構造解析を行い,生合成経路の推定を行う.さらに詳細な解析を行うため,代謝産物の生合成遺伝子群のクローニングを行う.当時は,現在のように生合成遺伝子の塩基配列情報は限られており,塩基配列からの情報によるハイブリダイゼーションやPCRなどの相同性を利用した方法によって,目的の遺伝子断片を含むクローンを得ることはできない.したがって,生合成閉鎖株を宿主として野生株の染色体DNA導入したライブラリーを作製する.得られたライブラリーから宿主の変異形質が相補したクローンを選択し,生合成遺伝子群の一部を得る.得られた生合成遺伝子群の一部を含んだDNA断片を用い,あらかじめコスミド・ベクターを用いて作製した野生株のライブラリーとコロニー・ハイブリダイゼーションを行い,クローン化断片の上流および下流域を含む,コスミド・クローンを選択し,生合成遺伝群の全体を得る.このような方法によってavermectin生合成遺伝子群の全体を4つのコスミド・クローンでカバーすることができた.最終的に,これらのコスミド・クローンを用いて,ポリアクリルアミドゲルを用いた手動でのdideoxy法による配列解読によって全長85 kbpの生合成遺伝子群(図3図3■Avermectin生合成遺伝子群の物理地図)の全貌を明らかにするまでには2カ年を要していた(11,12)11) H. Ikeda, T. Nonomiya, M. Usami, T. Ohta & S. Omura: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 9509 (1999).12) H. Ikeda, T. Nonomiya & S. Omura: J. Ind. Microbiol. Biotechnol., 27, 170 (2001)..現在では,対象となる代謝産物の生合成を研究する場合,上記のような変異株を取得することなく,生産菌のゲノム配列を解読する.公開データベースには,多くの2次代謝産物生合成遺伝子の情報が登録されており,これらの情報と得られた配列情報を比較精査し,相同性やタンパク質ファミリーなどの生物情報学的な解析を行い,目的の代謝産物の生合成遺伝子領域を見つけ出す.最終的には,生合成全遺伝子を含むクローンを異種の宿主に導入して,目的の代謝産物が生成するか,あるいは生合成閉鎖株が取得できていれば,クローン化断片を導入して変異形質が相補するかどうかを確認する.一方,avermectin,erythromycinやrapamycinなどのⅠ型ポリケチド合成酵素によって生成されるポリケチド化合物の生合成遺伝子は,モジュラー構造の酵素遺伝子を含むため極めて大きく,コスミド・ベクターに収納できる大きさ以上である.したがって,生合成の全長を含むコスミド・クローンを得ることはできない.このような場合,クローン化断片の一部を用い,生産菌の染色体の同じ遺伝子領域を相同組換えで欠失させた組換え体を取得する.染色体上の欠失させた領域が目的の生合成酵素の遺伝子であれば,代謝産物の生成は停止するかあるいは中間体が蓄積する.このように,20世紀末までには,2次代謝産物の生合成研究を,その生合成遺伝子領域の解析まで推し進めるのに長い月日を要していた.しかしながら,近年の各種の技術革新(分離分析,質量分析および配列解析など)によって,極めて短期間に2次代謝産物の生合成の全貌を明らかにすることが可能となった.
先にも述べたようにS. avermitilisとS. coelicolor A3(2)のゲノム解析の結果から,Streptomyces属にはわれわれの予想を上回る数の生合成遺伝子群が配置しているが,それらのほとんどが,休眠状態である.2次代謝産物は菌が生育すれば必ず生成するわけではない.種々の培養条件においても生成が観察される代謝産物もあれば,特殊な培養条件下でのみ生産が確認されないものもある.S. avermitilisでは,培地の組成および培養条件を種々変化させても,Ⅰ型ポリケチド化合物,oligomycinとfilipinを蓄積するが,高濃度のグルコースを主とした培地で,かつ培養の振とう回転数を若干低下させた条件でないとavermectinを生産しない.特に培養のスケールアップは複雑で,通常のジャーファーメンターではavermectinはほとんど生産されない.培養初期にある程度酸素濃度を上げ,生産開始時期から酸素濃度と撹拌回転数を低下させた条件でないと,大量のavermectinを蓄積させることはできない.この場合は,avermectinが生産されない状態では生合成遺伝子の転写も確認されないことから「生合成遺伝子群の休眠状態」ではあるが,グルコース培地で培養した場合,avermectinの蓄積と生合成遺伝子の転写が確認されるので生合成遺伝子群は休眠状態ではない.S. avermitilisのゲノムには少なくとも37の2次代謝産物生合成遺伝子(群)のうち15の生合成遺伝子(群)とそれらに対応する代謝産物の蓄積を確認している(13)13) M. Nett, H. Ikeda & B. S. Moore: Nat. Prod. Rep., 26, 1362 (2009)..これらのうちのいくつかは通常の条件では発現しないため,強制発現系を利用したものもある.同様なことはS. coelicolor A3(2)やstreptomycin生産菌S. griseusでも観察され,それぞれの生合成遺伝子群の25~53%が何らかの方法で生合成遺伝子群が発現し,物質生産が観察されている(13)13) M. Nett, H. Ikeda & B. S. Moore: Nat. Prod. Rep., 26, 1362 (2009)..これらのことは,「休眠遺伝子」は生合成酵素をコードする遺伝子が変異あるいは挿入・欠失して機能を消失しているのではなく,生合成遺伝子すべての転写が同調して行われないため物質生産が達成されないものと理解できる.むしろ,生合成酵素遺伝子が変異あるいは挿入・欠失した唯一の事例はS. avermitilisにおける2-methylisoborneol(放線菌,シアノバクテリア,ミクソバクテリアあるいは糸状菌Penicilliumが生産する)生成に関与するテルペン環化酵素遺伝子である(14)14) M. Komatsu, M. Tsuda, S. Omura, H. Oikawa & H. Ikeda: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 105, 7422 (2008)..S. avermitilis染色体の1.246-Mb付近の環化酵素遺伝子の上流に転位因子ISSav4Cが挿入した後,下流領域のテルペン環化酵素のC-末端部分が欠失し機能を完全に失ったものと思われる.
2次代謝産物生合成遺伝子群の解析は,近年のゲノム解析技術の革新的な進歩により配列情報を得ることは,極めて容易になってきた.しかしながら,得られた生合成遺伝子群の解析を行うにあたり,Streptomyces属の生産菌では種々の問題を生じる場合がある.たとえば,生産菌を長期にわたって保存しているが,保存期間が長くなるにつれて,生産量が減少あるいは停止することを経験する.単胞子分離によって比較的良好な生産量を示すクローンを選抜することを行うが,これら操作を行っても生産が停止してしまう,あるいは生産量が極端に低下してしまうことがある.また,生合成遺伝子群の全長を含んだコスミド・クローンを取得したが,元の菌株への導入が全く困難な場合も多々ある.このような場合,遺伝子操作が比較的簡便に行うことができる適切な宿主に生合成遺伝子群全体を含むDNA断片を導入して,代謝産物を評価できる系があれば有用である.また,先に述べた「休眠遺伝子」の評価も強制発現系が利用できる宿主での異種発現ができれば詳細な解析が可能である.それではどういった菌株をこのような物質生産のための異種発現用の宿主として利用できるかは,非常に重要な問題である.Streptomyces属は多種多様な2次代謝産物を生産するという特徴が注目されるが,もう一つの重要な特徴は,そのような代謝産物を安定かつ工業レベルで生産できる前駆物質,エネルギーおよび補酵素の供給のための代謝系(1次代謝)保有していることである.このことに注目し,実験室レベルの生産量にとどまらず,工業レベルの生産にも耐えうるような新しい物質生産系の構築を目指した.
S. avermitilisは医薬品であるavermectinの供給源としての本質的な機能を有しており,2次代謝系にかかわる前駆物質の供給をはじめとする代謝調節機構が工業生産に耐えうる十分な機能を備えているものと理解できる.産業微生物は物質生産という形質のみならず種々の遺伝形質が安定していることも重要な要件である.一方,異種の生合成遺伝子群を導入して,新たな生合成系を菌体内に構築させる場合,宿主の内在性の代謝産物の生成を停止させることが望ましい.培養終了後の目的代謝産物と内在性の代謝産物を分離しなければならないことや,共通の前駆体を利用して生合成される物質であれば,競合が生じ,どちらかの代謝産物の生成が低下あるいは損なわれてしまう.S. avermitilisでのトランスポゾン変異(15)15) H. Ikeda, Y. Takada, C.-H. Pang, H. Tanaka & S. Omura: J. Bacteriol., 175, 2077 (1993).の研究過程で,本菌の副生物であるoligomycinの生合成遺伝子領域のトランスポゾン変異によるオリゴマシン生産の停止はavermectinの生成量を増加させた.一方,avermectinの生合成遺伝子領域のトランスポゾン変異はoligomycinの生成量を増加させた.また,S. avermitilisの主生産物である,avermectinとoligomycinの両生合成遺伝子群を欠失させた二重欠失変異株の培養液からは,それまで生産が確認することができなかったセスキテルペン抗生物質,neopentalenoketolactoneを検出することができた(16)16) C. N. Tetzlaff, Z. You, D. E. Cane, S. Takamatsu, S. Omura & H. Ikeda: Biochemistry, 45, 6179 (2006)..おそらく,生合成遺伝子群は発現しているものの,前駆体の供給が他の代謝産物生成に大部分利用されたためと考えられる.これらのことから,異種発現に用いる宿主は,内在性の主生産物の生合成遺伝子群を欠失させておくことが重要である.
S. avermitilisはStreptomyces属の中でもDNAの導入や,トランスポゾン変異,相同組換えなどの種々の遺伝子操作が可能な数少ない菌株の一つである.本菌のゲノム解析の結果から,また,これまでゲノム解析が完了したStreptomyces属のゲノム比較から,染色体のほぼ中心に位置するoriCを含むおよそ6~6.5 Mbpの領域がこの属の共通領域であることがわかる.また,物質生産に利用される前駆体の供給を維持するため,1次代謝に関与する遺伝子は全く改変せず,主生産物の生合成遺伝子群が配置しているゲノムの左末端を主に欠失させゲノムの最少化を行った.相同的および部位特異的組換えによって野生株のゲノムサイズのおよそ20%にまで欠失させたS. avermitilis SUKA17を作製した(7.35 Mbp)(17)17) M. Komatsu, T. Uchiyama, S. Omura, D. E. Cane & H. Ikeda: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 2646 (2010)..このようにして得られたゲノム縮小株は,形態的には野生株と比べて気中菌糸形成能や胞子形成能はほとんど変化がなく,むしろ胞子形成は旺盛になった.固形培地では差を見いだすことはできなかったが,液体培地での生育速度は野生株と比べ若干速くなり,かつ定常期の菌体量はほぼ2倍に増加していた.ゲノム縮小株は,前駆体の供給を考慮して,1次代謝にかかわる遺伝子の欠失,改変は行っていない.したがって,グルコース,硫酸アンモニウムおよび無機塩からなる培地で生育することが可能であった.また,avermectinをはじめとする主代謝産物の生合成遺伝子群を欠失しているため,各種の培地で培養した培養上清および菌体画分には2次代謝産物の生成は認められない.Avermectinの工業的生産に利用されているS. avermitilisの優れた代謝能を期待してさまざまな2次代謝産物生合成遺伝子群の異種発現をS. avermitilis SUKA17(後にSUKA22を主として用いている)で検証した.これまで30種を超える異種生合成遺伝子群を導入し,生合成遺伝子群の発現およびその遺伝子群から生成する遺伝子産物によって生合成される代謝産物を確認してきた(17~19)17) M. Komatsu, T. Uchiyama, S. Omura, D. E. Cane & H. Ikeda: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 2646 (2010).18) M. Komatsu, K. Komatsu, H. Koiwai, Y. Yamada, I. Kozone, M. Izumikawa, J. Hashimoto, M. Takagi, S. Omura, K. Shin-ya et al.: ACS Synth. Biol., 2, 384 (2013).19) H. Ikeda, K. Shin-ya & S. Omura: J. Ind. Microbiol. Biotechnol., 41, 233 (2014)..なお,異種発現が認められる場合,S. avermitilisのゲノム縮小株とその元株での生産を比較すると,明らかにゲノム縮小株のほうが良好であった(図4図4■S. avermitilisゲノム縮小株における異種2次代謝生合成遺伝子群の発現).元株では主代謝産物と異種2次代謝産物を生成するため,それぞれの前駆体供給のために1次代謝が利用される.一方,ゲノム縮小株では主代謝産物の生成が停止しているため,これらの前駆体供給に利用されていた1次代謝が,新たに導入された異種2次代謝の生合成の前駆体供給のみに効率良く利用されるためと考えられる.これら異種2次代謝産物生合成遺伝子群の多くは,単に生合成遺伝子群を含むDNA断片を導入することによって目的の代謝産物の生成を確認することが可能ではあったが,いくつかの生合成遺伝子群に関しては制御遺伝子の強制発現あるいは生合成遺伝子群を直接強制発現させることによって代謝産物の生成を確認することができた.たとえば,抗腫瘍活性を有するⅠ型ポリケチド化合物,pladienolide,の生合成遺伝子群の完全長BACクローン(75 kbp)をS. avermitilis SUKA17株に導入しても,pladienolideの生産は全く認められなかった.転写解析の結果,生合成遺伝子群の遺伝子すべて,およびこれらの遺伝子の発現を調節する制御遺伝子の転写が全く認められなかった.これはS. avermitilisでは制御遺伝子の転写を活性化できる機構あるいは因子が欠如していると考えられたため,制御遺伝子を別途,S. avermitilisで転写可能なプロモータを連結し,転写を開始させることによって,著量のpladienolideを蓄積させることができた(17)17) M. Komatsu, T. Uchiyama, S. Omura, D. E. Cane & H. Ikeda: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 2646 (2010)..一方,真核細胞の細胞周期制御,免疫応答,シグナル伝達といった細胞中のさまざまな働きにかかわるプロテアソームの特異的な阻害剤であるlactacystinは5つの生合成遺伝子によって生合成される化合物である.Lactacystin生合成遺伝子群もpladienolide生合成遺伝子群と同様に,SUKA17株に導入してもlactacystinの生成は観察されなかった.また,lactacystin生合成遺伝子群には制御遺伝子がないため,生合成遺伝子群はS. avermitilisには存在しない特別な転写活性化あるいは転写因子によって転写が開始するものと思われる.生合成遺伝子群のすべての遺伝子は同一方向の転写単位であることから,S. avermitilisで良好な転写が期待できるプロモータを先頭遺伝子の上流に配置することによって,著量のlactacystinの生成を確認することができた(18)18) M. Komatsu, K. Komatsu, H. Koiwai, Y. Yamada, I. Kozone, M. Izumikawa, J. Hashimoto, M. Takagi, S. Omura, K. Shin-ya et al.: ACS Synth. Biol., 2, 384 (2013)..医薬品として重要な抗菌薬cephamycin Cおよびclavulanic acidの工業的な生産菌S. clavuligerus ATCC 27064は,通常これらの化合物の生産が主であり,ほかの化合物の生産はほとんど観察されていない.本菌のゲノムマイシングによって新たにglycolipid化合物の生合成遺伝子群が見いだされているが,当該化合物の生産はいずれの培養条件によっても確認されていない.したがって,当該生合成遺伝子群はS. clavuligerus ATCC 27064では休眠状態である.しかしながら,同生合成遺伝子群を導入したS. avermitilis最適化宿主からは多量のpholipomycinの生産が確認された(図4図4■S. avermitilisゲノム縮小株における異種2次代謝生合成遺伝子群の発現).Pholipomycin生合成遺伝子群はS. clavuligerus ATCC 27064株では休眠状態であったが,S. avermitilisでは当該生合成遺伝子群の発現を活性化する因子を保有しているため,遺伝子群内の個々の遺伝子の発現さらにはそれらの遺伝子産物による生合成によってpholipomycinが生成したものと思われる.このように休眠状態の生合成遺伝子群であっても,その発現が達成可能な宿主に導入することによって物質生産を達成可能にすることのできる唯一の例を実証することができた(18)18) M. Komatsu, K. Komatsu, H. Koiwai, Y. Yamada, I. Kozone, M. Izumikawa, J. Hashimoto, M. Takagi, S. Omura, K. Shin-ya et al.: ACS Synth. Biol., 2, 384 (2013)..微生物のゲノム上の2次代謝産物生合成遺伝子群の多くは休眠状態であるが,pholipomycin生合成遺伝子群のように休眠状態の生合成遺伝子(群)を覚醒させることができれば,これまで評価が全く適用できなかった化合物に関しての検討が期待できる.
放線菌は,これまでstreptomycinやerythromycinさらにはFK-506など,多様な構造ならびに生物活性を有する天然有機化合物を生産する菌種として理解されている.一方,糸状菌や植物からの2次代謝産物生産もよく知られている.特にこれらの中でもテルペン化合物は,精油成分をはじめ数万種以上の代謝産物が報告されているように,植物の主要な代謝産物として理解されている.一方,放線菌の生産するテルペン化合物は糸状菌や植物由来の代謝産物と比べ,それほど多く報告はされておらず,異臭物質geosminおよび2-methylisoborneolの生成は広く知られているが,むしろまれな代謝産物として認識されてきた.放線菌を含む細菌由来のテルペン合成酵素(ここではacyclic prenyl diphosphateから脱2リン酸化によって環状化した化合物の生成を触媒する酵素の一群)の研究は,植物の合成酵素に比べて進展しておらず,1984年にStreptomyces属からセスキテルペン合成酵素が単離されたのみであった(12)12) H. Ikeda, T. Nonomiya & S. Omura: J. Ind. Microbiol. Biotechnol., 27, 170 (2001)..植物由来のテルペン合成酵素はN末端側にα-barrel構造に関与すると推定される252アミノ酸残基のモチーフが存在し,この特徴あるモチーフ配列が種々の植物由来のテルペン合成酵素に見いだされるため,この領域をもとにBLAST相同解析で検索することが可能である.一方,Streptomyces属をはじめとする細菌のテルペン合成酵素は,前述の特徴的な配列を有しておらず,さらに配列全体にわたって植物の合成酵素との相同性が極めて低いため,相同性を利用した遺伝子のクローニングも困難であった.これが細菌におけるテルペン研究の進展の大きな障壁であった.
われわれは2008年にテルペン合成酵素の活性中心部分の金属イオン結合モチーフ配列から得た「隠れマルコフモデル」を用いる方法によって,世界で初めて2-methylisoborneol合成酵素の遺伝子を見つけ出すことに成功した(14)14) M. Komatsu, M. Tsuda, S. Omura, H. Oikawa & H. Ikeda: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 105, 7422 (2008)..その後さらなるモデルの改良によって公的データベースの細菌のタンパク質,8,759,463から262のテルペン合成酵素と推定されるタンパク質を見いだすことができた(20)20) Y. Yamada, T. Kuzuyama, M. Komatsu, K. Shin-ya, S. Omura, D. E. Cane & H. Ikeda: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 857 (2015)..推定されたテルペン合成酵素の多くはActinomycetalesの菌群からの見いだされたが,これは公的データベースに,これらの菌種が多数登録されているものと推察される.一方,グラム陰性菌に属するMyxococcales,Oscillatoriales,Nostocales,Burkholderiales,Herpetosiphonales,Rhizobiales, Chlamydiales,Flavobacteriales,Chromatiales,Ktedonobacterales,SphingobacterialesやPseudomonadalesからも候補の合成酵素が見いだされたことは興味深い.なお,グラム陽性菌のphylum Firmicutesおよび始原菌からはテルペン合成酵素と推定されるタンパク質は見いだされなかった.これらテルペン合成酵素が見いだされた菌株から,上記の異臭物質以外のテルペン化合物の生成は報告例がほとんどないことから,これらの合成酵素遺伝子もそれぞれの菌株で休眠状態であると結論することができる.一般に,テルペン合成酵素の研究は当該合成遺伝子を大腸菌で強制発現させ,組換えタンパク質を得た後,Mg2+存在化でgeranyl diphosphate(GPP),farnesyl diphosphate(FPP)あるいはgeranylgeranyl diphosphate(GGPP)を基質として用い,環化反応を追跡する.しかしながら,放線菌の多くのテルペン合成酵素は大腸菌での発現系で封入体を形成し,酵素活性を測定することができないことが多く見られる.S. avermitilisのゲノムには4つのテルペン合成酵素遺伝子が存在するが,これらのうちの一つだけが大腸菌の発現系で可溶性タンパク質として回収可能であって,ほかの3つはすべて封入体を形成した.先に述べた,S. avermitilisのゲノム縮小株は主代謝産物の生合成遺伝子群のみならず4つのテルペン合成酵素遺伝子のうちの3つを欠失させている(残りの遺伝子はいかなる条件においても休眠状態であったため欠失させなかった).したがって,いかなる培養条件下でも,環状テルペン化合物の生成は観察されない.テルペン化合物はGPP,FPPあるいはGGPPを前駆物質としてテルペン環化酵素による環化反応によって,各種のテルペン炭化水素あるいはアルコールを生成する.Streptomyces属のゲノムにはFPPを生成するFPP合成酵素遺伝子のパラログが複数存在するが,GPPおよびGGPPの生成酵素遺伝子の保有は菌株によって異なる.効率良い前駆体の供給を期待して,これらGPP,FPPあるいはGGPP合成酵素遺伝子をS. avermitilisで高発現するプロモータで転写するように上流に配置し,さらにこれらの合成酵素遺伝子の下流にテルペン合成酵素遺伝子がオペロンを形成できるように配置させ,かつStreptomycesの染色体に安定に組み込めるベクターを作製し,新たに見いだされた合成酵素遺伝子を評価した.解析の結果,いくつかの遺伝子産物は植物などが生産するテルペン化合物を生成し,さらに13種もの新規骨格を有するテルペン化合物を発見することができた(21)21) Y. Yamada, S. Arima, T. Nagamitsu, K. Jomoto, H. Uekusa, T. Eguchi, K. Shin-ya, D. E. Cane & H. Ikeda: J. Antibiot., 68, 385 (2015)..これまでテルペン化合物は,放線菌では稀な代謝産物として認識されていたが,これらの結果からテルペン合成酵素遺伝子のほとんどが休眠状態であること,さらに細菌も植物と同様にテルペン合成酵素の多様性が存在することが確認された.
20世紀中期にWaksman博士らは抗結核薬streptomycinを発見し,これを契機にこれまで多くの研究者によって有用医薬品素材として放線菌2次代謝産物が探索されてきた.20世紀末から今世紀にかけて放線菌のゲノムも解析され,これらの微生物のゲノムにはわれわれの予想を上回る2次代謝産物生合成遺伝子群が存在することがわかり,さらにそれらの多くが休眠状態であることが明らかになった.したがって,われわれはこれまで微生物の能力の一部のみを利用していただけにほかならない.今世紀になり,放線菌での分子遺伝学的な各種の方法が進展し,生合成遺伝子群の異種発現系も実用的になってきた.この技術を利用し休眠状態の遺伝子群を覚醒させ,これまでの方法論では手にすることのできなかった代謝産物を評価することが可能となってきた.このような異種生合成遺伝子群発現系の研究の引き金となったのは放線菌ゲノム解析の成果である.2000年,avermectin生産菌S. avermitilisのゲノム解析は,大村博士の主導のもとに開始され,2003年に完了した.開始当初は2次代謝産物生合成遺伝子群の異種発現系という発想は全く考えもしなかったが,本菌のゲノム情報が明らかになったことによって多くの研究展開が期待できるようになった.1985年,われわれはHopwood博士らと共同で,遺伝子操作による新規ハイブリッド抗生物質の創製を報告した(22)22) D. A. Hopwood, F. Malpartida, H. M. Kieser, H. Ikeda, J. Duncan, I. Fujii, B. A. M. Rudd, H. G. Floss & S. Omura: Nature, 312, 642 (1985)..しかし,この方法は厳密には一方の生産菌の能力に依存している.完全な異種生産系では生産菌の能力に依存せずにハイブリッド代謝産物を生成することが可能である.その達成にはそれほど時間がかからないと思われる.
Acknowledgments
本稿で述べた一連の研究成果は,エバーメクチン生合成研究をはじめ多くの部分を大村博士のサポートならびに貴重なるご助言によって達成されたものである.さらに,S. avermitilisのゲノム解析という,当時極めて貴重かつ刺激的な挑戦をさせていただいた同博士の先見性には改めて敬服する次第である.2次代謝産物生合成遺伝子群の異種発現系構築の発想の原点はS. avermitilisのゲノム解析である.大村博士のノーベル生理学・医学賞の受賞を祝福するとともに感謝を申し上げたい.
Reference
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