2015年ノーベル生理学・医学賞受賞記念特集

ポストゲノム時代に向けた微生物由来天然物医薬品の探索研究

Haruo Ikeda

池田 治生

北里大学北里生命科学研究所創薬科学部門 ◇ 〒108-8641 東京都港区白金五丁目9番1号

Department of Drug Discovery Sciences, Kitasato Institute for Life Sciences, Kitasato University ◇ Shirokane 5-9-1, Minato-ku, Tokyo 108-8641, Japan

北里大学大学院感染制御科学府 ◇ 〒108-8641 東京都港区白金五丁目9番1号

Graduate School of Infection Control Sciences, Kitasato University ◇ Shirokane 5-9-1, Minato-ku, Tokyo 108-8641, Japan

Published: 2015-12-20

本年度の大村,Campbell,屠博士らのノーベル生理学・医学賞受賞の決定によって,天然物医薬品探索および開発の重要性・有用性が再確認されてきた.20世紀末から多くの生物種のゲノム解析が開始され,これまで多くの微生物ゲノムが解読されてきた.これらの中には天然物を比較的よく生産する放線菌も含まれており,それらの中から天然物の生合成遺伝子(群)も発見されてきた.天然物の新たな探索はこれまでの探索方法に加え,ゲノム情報などを総合した新たな天然物の発見,あるいは計画的な非天然型化合物の創製が期待できる状況になってきた.

はじめに

人類が天然物を治療に用いる行為は極めて古く,中国では紀元前500年頃から植物である吐根(有効成分:emetine)をアメーバー赤痢の治療に用いていた.また,17世紀のヨーロッパではキナの皮(有効成分:quinine)をマラリアの治療に用いていた.これらは,植物体そのものを摂取していたが,Florey,Chain博士らはFleming博士が1928年に発見した抗菌物質penicillinを培養液から抽出精製し,医薬品として感染症治療に利用できるようにした.さらにWaksman博士は土壌微生物の放線菌に焦点をあて,Streptomyces griseusから抗結核作用のあるstreptomycinを発見し,今日まで化学療法薬として使用され続けている.これらの業績によってFlorey,ChainおよびFleming博士は1945年度ノーベル生理学・医学賞を,Waksman博士は1952年度の同じくノーベル生理学・医学賞を受賞している.Waksman博士のstreptomycin,actinomycinなどの探索を機に,多くの研究機関や医薬品企業は放線菌培養物を主に探索研究を行い,これまで多くの医薬品を世の中に送り出してきた.しかしながら,これらの探索に多くの時間およびコストを要することから非効率的であると考えられ,多くの製薬企業で1980~1990年頃から衰退の一途をたどっている.さらに1990年代から欧米の効率主義に発するコンビナトリアル・ケミストリーという方法が医薬品候補の探索に利用されることによって,医薬品探索のための天然物探索はさらに縮小されていった(図1図1■天然物単離の論文数の年代推移).しかしながら,これまでのコンビナトリアル・ケミストリーによって有用な医薬品化合物を創出した例はほとんどなく,また生物活性の多様性から近年,天然物の医薬品探索が見直されている.また,HPLCや質量分析機など多くの分析技術および分析機器の開発も極めて進歩してきており,ごく微量の物質を培養物から容易に単離ならびにその構造などの情報を迅速に得ることができるようになってきた.その成果は今世紀からの天然物の論文数の推移からもうかがわれる(図1図1■天然物単離の論文数の年代推移).

図1■天然物単離の論文数の年代推移

1975~2014年までの⽂献から“天然物・単離”で検索(SciFinder;東京工業大学・江口正博士からの参考資料).

20世紀末からゲノム解析が加速度的に進展し,多くの生物種のゲノムが解読されてきた.天然物探索もこれまでの方法論だけではなく,ゲノム情報を大いに取り入れた方法論によって飛躍的に進展することが期待できる.本稿では本年度,大村博士が受賞されたノーベル生理学・医学賞の対象となった抗寄生虫薬avermectinとその生産菌S. avermitilisに関する一連の研究成果がポストゲノム時代に向けての今後の天然物研究に大いに貢献できるもの思われるので,これまでの同博士との研究成果および経過を踏まえ天然物研究の今後の展望を述べる.

放線菌ゲノム解析

20世紀の末から多くの生物種のゲノム解析が開始され,これまで解析が完了し報告された微生物のゲノム解析は7,000を超える(https://gold.jgi.doe.gov/).微生物の中でも比較的天然物を生産するものとして放線菌,シアノバクテリア,ミクソバクテリアが知られている.これらの中でも特に放線菌からの代謝産物の多くは医薬品として利用され,今日に至っている.放線菌のゲノム解析も今世紀の初めに報告されており(1,2)1) S. Omura, H. Ikeda, J. Ishikawa, A. Hanamoto, C. Takahashi, M. Shinose, Y. Takahashi, H. Horikawa, T. Osonoe, H. Kikuchi et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 98, 12215 (2001).2) S. D. Bentley, K. F. Chater, A.-M. Cerdeño-Tárraga, G. L. Challis, N. R. Thomson, K. D. James, D. E. Harris, M. A. Quail, H. Kieser, D. Harper et al.: Nature, 417, 141 (2002).,特に工業的な利用がなされている抗寄生虫抗生物質avermectinの生産菌S. avermitilisは2001年にドラフトゲノム(1)1) S. Omura, H. Ikeda, J. Ishikawa, A. Hanamoto, C. Takahashi, M. Shinose, Y. Takahashi, H. Horikawa, T. Osonoe, H. Kikuchi et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 98, 12215 (2001).を,2003年に完全長ゲノムが報告された(3)3) H. Ikeda, J. Ishikawa, A. Hanamoto, M. Shinose, H. Kikuchi, T. Shiba, Y. Sakaki, M. Hattori & S. Omura: Nat. Biotechnol., 21, 536 (2003)..その後,今日までStreptomyces属のゲノム解析は,上記の菌株を含め19株が米国NCBIに登録されている(表1表1■Streptomyces属および近縁種のゲノム解析).一般に原核細胞生物の染色体は環状2本鎖DNAから構成されているが,配列登録されたStreptomyces属の菌株は,環状染色体ではなく,すべて真核細胞生物と同様の線状2本鎖DNAからなる染色体を保有していることが明らかになっている.また,染色体末端は多くの逆向き相同配列を有するテロメア構造からなり,さらに5′-末端には枯草菌ファージϕ29やアデノウイルスの末端と同様に,塩基性の末端結合タンパク質TpgがSer残基を介してリン酸エステルで結合している.複製開始点(oriC)はほかの環状染色体構造を有する原核細胞生物のそれらと同様で,およそ19コピーのDnaA-box配列が見いだされる.したがって,この複製開始点から両方向に複製が進行していくが,ラギング鎖の染色体末端部分は複製ができないので,おそらく末端タンパク質を介したプライミングによって末端部分の複製が完了するものと思われる.このような線状染色体を有するStreptomyces属以外の放線菌は,いまのところRhodococcus jostii RHA1(4)4) M. P. McLeod, R. L. Warren, W. W. Hsiao, N. Araki, M. Myhre, C. Fernandes, D. Miyazawa, W. Wong, A. L. Lillquist, D. Wang et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103, 15582 (2006).およびKitasatospora setae KM-6054(5)5) N. Ichikawa, A. Oguchi, H. Ikeda, J. Ishikawa, S. Kitani, Y. Watanabe, S. Nakamura, Y. Katano, M. Sasagawa, A. Ankai et al.: DNA Res., 7, 393 (2010).である.なお,Streptomyces属のいくつかは染色体以外にプラスミドが存在し,環状構造および染色体と同様な線状構造を有するものが存在する.Streptomyces属の染色体は,原核細胞生物の中でも大きい部類に属し,そのサイズは6.84~12.70 Mbp,GC含量70~73 GC mol%である.タンパク質をコードする遺伝子数は,下等真核生物である出芽酵母(6,294個)および分裂酵母(4,824個)よりも多く,5,800~10,000個である.近年,Streptomyces属と近縁属の菌種(erythromycin生産菌Saccharopolyspora erythraea NRRL 2338(6)6) M. Oliynyk, M. Samborskyy, J. B. Lester, T. Mironenko, N. Scott, S. Dickens, S. F. Haydock & P. F. Leadlay: Nat. Biotechnol., 25, 447 (2007).,vancomycin生産菌Amycolatopsis orientalis HCCB10007(7)7) B. Tang, Q. Wang, M. Yang, F. Xie, Y. Zhu, Y. Zhuo, S. Wang, H. Gao, X. Ding, L. Zhang et al.: BMC Genomics, 14, 289 (2013).)のいくつかのゲノム解析が完了しており,これらのゲノムはStreptomyces属と同等な大きさおよび遺伝子数であった(表1表1■Streptomyces属および近縁種のゲノム解析).Streptomyces属および近縁属染色体にコードされる遺伝子産物については,もちろん生物活性物質を含む2次代謝産物生合成遺伝子(群)はもとより,重複遺伝子が多く見いだされること(およそ30%の遺伝子が同一遺伝子の重複したパラログである),また制御にかかわる遺伝子も多数(およそ10%)見いだされることである.一般にゲノムの巨大化と制御遺伝子の増加は相関関係がある(8)8) C. K. Stover, X. Q. Pham, A. L. Erwin, S. D. Mizoguchi, P. Warrener, M. J. Hickey, F. S. Brinkman, W. O. Hufnagle, D. J. Kowalik, M. Lagrou et al.: Nature, 406, 959 (2000)..これらの菌株の生活環である土壌を考慮すると,さまざまな環境に適応しながら生育しなければならい状況にいち早く対応するため,種々の制御系が必要になったものと思われる.Streptomyces属の線状染色体は,一般の原核細胞生物の環状染色体とは異なることから,いくつかの相違点が見受けられる.線状染色体のほぼ中央に位置する複製開始点から両方向に3 Mbpずつ,合計6 Mbp程度の領域には複製,転写,翻訳および1次代謝などの生育にとって必至な遺伝子が配置している.染色体両末端の1~1.5 Mbpずつ,合計2~3 Mbpの領域にはそれぞれの菌株に特異的な遺伝子が配置しており,さらに2次代謝産物の生合成遺伝子(群)の多くもこの領域に配置している(図2図2■Streptomyces属の染色体構造の比較および2次代謝産物生合成遺伝子(群)の分布).また,この両端領域には転位因子と思われる遺伝子が多数見いだすことができることから,この領域は遺伝子の水平伝播が多数行われてきたものと思われる.Streptomyces属の菌株は多くの重複遺伝子を保有しているが,一方で,通常の細菌ゲノムで見いだされる,複製最終時の2量体(コンカテマー)染色体をそれぞれに分けるresolvase(XerC, XerD)の遺伝子を欠いている.線状構造の染色体ではコンカテマーを形成しないため,機能が不必要になるとともにその遺伝子を失ったものと思われる.また,細菌ではDNA損傷に伴う修復に相同的組換え機構が備わっており,いくつかの組換え機構が存在する.大腸菌ではrecB–recC–recD系の組換えが主たる役割を果たしているが,StreptomycesではrecB recCを欠いている.おそらくrecF遺伝子産物による組換え修復が主たる経路であると思われる.一方,酸素添加反応を触媒するシトクロムP450の遺伝子はゲノム当たり20~30個程度見いだすことができるとともに,同酵素の反応の電子供与体であるフェレドキシンおよびその還元酵素の遺伝子も多数見いだすことができる.また,多くの制御遺伝子を有することと関連があるのかもしれないが,RNA合成酵素のシグマ因子(~60)やSer/Thrタンパクリン酸化酵素(20~30)の遺伝子も非常に多く配置していることが特徴的である.

表1■Streptomyces属および近縁種のゲノム解析
菌株およびプラスミドサイズ(bp)No. of CDSGC (mol%)
Streptomyces sp. PAMC26507,526,1976,96971.07
pSP01104,04810468.52
Streptomyces sp. SirexAA-E7,414,4406,35771.75
Streptomyces albus J10746,841,6495,83273.32
Streptomyces avermitilis MA-46809,025,6087,58070.72
SAP194,2879669.25
Streptomyces bingchenggensis BCW-111,936,68310,02270.75
Streptomyces cattleya NRRL 80576,282,9675,82272.94
pSCATT1,812,5481,74773.27
Streptomyces cattleya DSM 464886,283,0625,76372.94
pSCAT1,809,4911,70773.27
Streptomyces coelicolor A3(2)8,667,5077,76772.12
SCP1356,02335169.06
SCP231,3173472.12
Streptomyces collinus Tü 3658,272,9257,00572.60
pSC0185,0477868.29
pSC0219,3143069.88
Streptomyces davawensis JCM 49139,466,6198,50370.58
pSDA189,33111369.89
Streptomyces flavogriseus ATCC 333317,337,4976,29871.14
pSFLA01188,55216667.79
pSFLA02130,05510867.24
Streptomyces fulvissimus DSM 405937,905,7586,92571.48
Streptomyces griseus IFO 133508,545,9297,13672.23
Streptomyces hygroscopicus subsp. jinggangensis 500810,145,8338,84971.89
pSHJG1164,56618369.00
pSHJG273,2857570.94
Streptomyces hygroscopicus subsp. jinggangensis TL019,840,1028,61972.04
pSHJGH1164,56518369.00
pSHJGH273,2857570.94
Streptomyces rapamycinicus NRRL 549112,700,73410,00269.33
Streptomyces scabiei 87.2210,148,6958,74671.45
Streptomyces venezuelae ATCC 107128,226,1587,44872.40
Streptomyces violaceusniger Tü 411310,657,1078,48270.97
pSTRVI01290,05525768.24
pSTRVI02191,15124669.70
Saccharopolyspora erythraea NRRL 23388,212,8057,19771.15
Amycolatopsis orientalis HCCB100078,948,5918,11369.01
pXL10033,4994968.90