2015年ノーベル生理学・医学賞受賞記念特集

天然物に適したフェノティピックスクリーニング

Hiroyuki Osada

長田 裕之

国立研究開発法人理化学研究所環境資源科学研究センター ◇ 〒230-0045 神奈川県横浜市鶴見区末広町一丁目7番22号

Center for Sustainable Resource Science, RIKEN ◇ Suehiro-cho 1-7-22, Tsurumi-ku, Yokohama-shi, Kanagawa 230-0045, Japan

Published: 2015-12-20

2015年のノーベル生理学・医学賞が,微生物および植物由来の天然物を用いた寄生虫病の制圧に対して授与された.最近の医薬品開発では,合成化合物をスクリーニング源とする薬剤探索が主流であるが,今回の大村教授らの受賞は,天然物の重要性を再認識する契機となる.これを機会に,本稿では,天然物スクリーニングの現状を考察し,細胞形態変化に基づくフェノティピックスクリーニングについて,われわれの研究例を挙げながら紹介する.

はじめに

1901年に始まったノーベル賞は,最初の生理学・医学賞がベーリング(ジフテリアの抗血清療法)に,翌年にはロス(マラリア感染)に与えられていることからもうかがえるとおり,当初から感染症の克服が主要な授賞対象であった.現在までに,疾病原因の解明およびその治療法に関するノーベル賞は多数あるが,微生物二次代謝産物の発見とそれを用いた治療法の開発に関する賞は,1945年のフレミング,フローリー,チェイン(ペニシリンの発見)と,1952年のワクスマン(ストレプトマイシンの発見)の2件であった.そして,2015年の生理学・医学賞が,大村教授とキャンベル教授の寄生虫感染症の克服(イベルメクチン)に授与されることになった.微生物代謝産物ではないが,屠教授も植物由来のアルテミシニンによるマラリア感染症の治療法開発で,同賞を受賞する.

1950年代から70年代まで,世界中で新規抗生物質の探索が行われ,発見された新規物質が次々に医薬として開発された黄金期があった.さらに,微生物代謝産物の応用範囲は広がり,免疫抑制剤やコレステロール合成阻害剤のように抗菌以外の生物活性物質が医薬品として開発された.この研究分野でのわが国の貢献は大きく,梅澤濱夫(カナマイシン)や遠藤 章(スタチン)らが,微生物代謝産物の探索研究で世界的な評価を受けてきた.

しかし,1980年代以降,次第に微生物由来の創薬が困難になり,化学合成された化合物を用いたハイスループットスクリーニング(HTS)が隆盛した.大企業では,百万種類ともいわれる化合物ライブラリーを整備して,大規模スクリーニングを行っている.しかし,天然化合物と合成化合物のどちらが探索源として優れているのか,あるいは,多数のサンプル数を評価するだけでなく,限られたサンプル数を丁寧に評価する表現型(フェノティピック)スクリーニング(ハイコンテンツスクリーニング:HCS)法に関しても,再考しても良いのではないだろうか.

SwinneyとAnthonyは,1999~2008年の10年間に開発されたピカ新(First-in-class)薬は,細胞レベルのスクリーニング(phenotypic screening)で開発されたものが多く,ゾロ新(followers)薬は,標的限定のスクリーニング(target based screening)で開発されたものが多いことを発表している(1)1) D. C. Swinney & J. Anthony: Nat. Rev. Drug Discov., 10, 507 (2011).図1図1■ピカ新薬(A)とゾロ新薬(B)を見いだしたスクリーニング法).

図1■ピカ新薬(A)とゾロ新薬(B)を見いだしたスクリーニング法

細胞形態の変化に基づくバイオアッセイ系

小分子の生理活性をスクリーニングするためには,簡便なバイオアッセイ系の確立が必要である.スクリーニング系は,酵素レベル,細胞レベル,そして個体レベルでのアッセイ系に大別されるが,それぞれのアッセイ系で一長一短がある.われわれは,スクリーニング系を構築する際に,4つのS(Simple, Speedy, Sensitive, Specific)とD(Distinctive)を満たすような系を構築することを心掛けている.すなわち,検定手順が簡便で,検定結果が早く出て,検出感度が高く,特異性が高いこと,そして検定結果の判定が容易であることが良いスクリーニング系と言える.細胞レベルの系で4S&Dの基準をクリアーすることは容易ではないが,天然物を探索源としたときのスクリーニングとしては,フェノタイプベースのスクリーニング系は相性が良いと感じている.

1. 抗真菌剤のスクリーニング

真菌類には,人体に感染するAspergillus fumigatusや,植物に感染するMagnaporthe oryzaeなど,多数の病害菌が存在する.それに対して有効な抗真菌剤が開発されてきたが,いずれも耐性菌の出現が問題になっており,新たな抗真菌剤の開発は,今も望まれている.しかし,真菌は真核生物であり,その宿主と生化学的,細胞学的な類似性も高いため,真菌特異的な薬剤標的は限られている.実際に,これまでに開発されてきた優れた抗真菌剤の多くは,真菌に特徴的な細胞壁の合成阻害剤である.

理研抗生物質研究室では,放線菌からpolyoxinを単離し,農業用抗真菌剤として実用化に成功している(2)2) S. Suzuki, K. Isono, J. Nagatsu, T. Mizutani, Y. Kawashima & T. Mizuno: J. Antibiot., 1965, 131 (1965)..遠藤ら(3)3) A. Endo, K. Kakiki & T. Misato: J. Bacteriol., 104, 189 (1970).によって,polyoxinが糸状菌の細胞壁合成を阻害することが示され,顕著なswellingを誘導することも知られている.われわれは,先行研究(4)4) E. Kitamura, A. Hirota, M. Nakagawa, M. Nakayama, H. Nozak, T. Tada, M. Nukina & H. Hirota: Tetrahedron Lett., 31, 4605 (1990).を参考にして,いもち病菌M. oryzaeの形態変化データベースを構築し,形態変化を指標にした新規抗真菌剤のスクリーニングを実施した.

スクリーニング系に用いたM. oryzaeは,糸状菌の中でも最も多くの細胞外シグナル受容体を有しており,化合物に対する反応性が高く,さまざまな形態変化を示すことが知られている.M. oryzaeを検定菌として,さまざまな化合物を添加して形態変化を,時間・濃度依存的に観察し,形態変化パターンをデータベース化した.その結果,主に“swelling”,“short”,“granular”,“toxic”,“long”,“vacuolation”,“long germ”,“beads”,“eye form”,“curl”という10の表現型に分類した.また,同じ“swelling”の形態でも,キチン生合成阻害剤polyoxin Dは24時間後,イオノフォアであるmonensinでは48時間後に形態変化が生じ,時間変化もパラメーターに加えると,それぞれを区別することができた(図2図2■真菌の形態を指標にしたスクリーニング系).

図2■真菌の形態を指標にしたスクリーニング系

構築した表現型データベースが,抗真菌剤のスクリーニングに適用可能なことが示されたので,約5,500種の天然化合物ライブラリーと約7,200株の微生物培養液をテストサンプルとしてハイコンテントスクリーニングを実施した.その結果,すでにユニークな形態変化を誘導することが報告されているlipopeptin(5)5) K. Tsuda, T. Kihara, M. Nishii, G. Nakamura, K. Isono & S. Suzuki: J. Antibiot., 33, 247 (1980).や塩素含有シキミ酸誘導体(4)4) E. Kitamura, A. Hirota, M. Nakagawa, M. Nakayama, H. Nozak, T. Tada, M. Nukina & H. Hirota: Tetrahedron Lett., 31, 4605 (1990).などを効率良く同定でき,本データベースの有用性が示された.

2. 動物細胞の形態変化を指標にしたスクリーニング系

抗真菌剤のスクリーニングでは,ヒトの目で顕微鏡観察を行っているが,動物細胞を用いた場合には,市販されている自動顕微鏡システム(IN Cell Analyzer,CellVoyager,CellInsightなど)の利用が可能である.マルチパラメーターの画像処理,および視覚化ツールを用いた細胞の定性化・定量化を行うことで,表現型のハイスループット検出が可能である.マルチウェルプレート(96穴,384穴)に細胞を播種し,スクリーニング検体を添加した後で生じるさまざまな細胞の表現型を同時観察するHCSが注目されている.

特に,天然化合物は低濃度で細胞に特徴的な形態変化を誘導するものが多いので,われわれはIN Cell Analyzer,化合物の作用機序と細胞の形態変化に関するデータベースを作成して,新規化合物のスクリーニングに利用している.

検定に用いる細胞を種々検討した結果,これまでに当研究室で化合物スクリーニングに用いてきたtsNRK細胞とHeLa細胞を使用することにした(6,7)6) H. Osada, H. Koshino, K. Isono, H. Takahashi & G. Kawanishi: J. Antibiot., 44, 259 (1991).7) M. Muroi, S. Kazami, K. Noda, H. Kondo, H. Takayama, M. Kawatani, T. Usui & H. Osada: Chem. Biol., 17, 460 (2010)..どちらの細胞も,さまざまな化合物に応答してユニークな形態変化を誘導するが,目視による顕微鏡観察では評価結果に個人差が出る可能性があるため,In Cell Analyzerを用いて自動観察を実施した.それぞれの細胞で,細胞形態,核形状,オルガネラ形状をパラメーターとして自動取得して,その後,2種類の細胞で得た結果を多変量解析した.作用機作の同じ化合物は同じクラスターに分類できることを確認しデータベース(MorphoBase)に登録することにより,作用未知の化合物の作用を予測するシステムを開発した.未精製の微生物培養液であっても,細胞の形態変化は感度良く観察することができ,その形態変化をMorphoBaseで比較することにより,既知の化合物とまだ報告されていない活性の化合物が,容易に区別された(図3図3■がん細胞を指標にしたスクリーニング系).

図3■がん細胞を指標にしたスクリーニング系

糸状菌培養液から単離されたピロリジラクトン(Pyrrolizilactone)は,ユニークな構造を有しており,類縁化合物も少ない(8)8) T. Nogawa, M. Kawatani, M. Uramoto, A. Okano, H. Aono, Y. Futamura, H. Koshino, S. Takahashi & H. Osada: J. Antibiot., 66, 621 (2013)..MorphoBase(形態変化)およびChemoProteoBase(プロテオーム変動)の解析から,薬剤標的はプロテアソームであることが推定された.生化学的アッセイを行った結果,ピロリジラクトンは20Sプロテアソームのトリプシン様活性,キモトリプシン様活性およびカスパーゼ様活性を阻害し,特にトリプシン様活性を強く阻害することが明らかとなった(9)9) Y. Futamura, M. Kawatani, M. Muroi, H. Aono, T. Nogawa & H. Osada: ChemBioChem, 14, 2456 (2013).

まとめ

本稿では,多数の試験サンプルから目的化合物を選び出すHTSではなく,化合物が誘導する細胞(動物細胞,植物細胞,真菌)の形態変化を丹念に観察するHCSについて述べた.微生物培養液を直接HTSにかけると,夾雑物が影響して,明瞭な結果を得ることができない場合が多いが,HCSでは比較的夾雑物の影響は少なく,さらにスクリーニングでヒットサンプルを同定すると同時に作用標的を予測できるというメリットがある.

2015年のノーベル生理学・医学賞では,微生物および植物由来の天然物を用いた寄生虫病制圧が授賞対象となった.天然物の魅力を再認識することができたが,さらに天然物の力を引き出すために工夫を重ねなくてはならない.

Acknowledgments

糸状菌,細胞の写真を提供していただいた二村友史博士に深謝します.

Reference

1) D. C. Swinney & J. Anthony: Nat. Rev. Drug Discov., 10, 507 (2011).

2) S. Suzuki, K. Isono, J. Nagatsu, T. Mizutani, Y. Kawashima & T. Mizuno: J. Antibiot., 1965, 131 (1965).

3) A. Endo, K. Kakiki & T. Misato: J. Bacteriol., 104, 189 (1970).

4) E. Kitamura, A. Hirota, M. Nakagawa, M. Nakayama, H. Nozak, T. Tada, M. Nukina & H. Hirota: Tetrahedron Lett., 31, 4605 (1990).

5) K. Tsuda, T. Kihara, M. Nishii, G. Nakamura, K. Isono & S. Suzuki: J. Antibiot., 33, 247 (1980).

6) H. Osada, H. Koshino, K. Isono, H. Takahashi & G. Kawanishi: J. Antibiot., 44, 259 (1991).

7) M. Muroi, S. Kazami, K. Noda, H. Kondo, H. Takayama, M. Kawatani, T. Usui & H. Osada: Chem. Biol., 17, 460 (2010).

8) T. Nogawa, M. Kawatani, M. Uramoto, A. Okano, H. Aono, Y. Futamura, H. Koshino, S. Takahashi & H. Osada: J. Antibiot., 66, 621 (2013).

9) Y. Futamura, M. Kawatani, M. Muroi, H. Aono, T. Nogawa & H. Osada: ChemBioChem, 14, 2456 (2013).