Kagaku to Seibutsu 54(1): 37-42 (2016)
2015年ノーベル生理学・医学賞受賞記念特集
天然物からの抗結核薬の探索と展望
Published: 2015-12-20
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2016 公益社団法人日本農芸化学会
3大感染症(エイズ,マラリア,結核)および顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Diseases: NTDs,17疾患群)は,患者の多くが途上国に偏在するため,先進国で爆発的に蔓延したエイズを除き,長い間新薬研究開発の対象としては顧みられてこなかった.近年,これら3大感染症およびNTDsに対し革新的な新薬をより効率的に開発し蔓延国に供給する目的で,国際機関,各国政府あるいは官民が連携し研究開発の支援組織が発足している(1)1) 代表的なものとして,Global Alliance for TB Drug Development(TB Alliance),Medicine for Malaria Venture(MMV)などが知られている.わが国においてもGlobal Health Innovative Technology Fund(GHIT)が創設されている..この支援のもとで国際的に新薬の開発が進められているが,なかでも天然物からの治療薬探索は有用かつ革新的な新薬を開発しうるアプローチとして大きな期待を受けている.この分野で先駆的な成功を収めた大村らに2015年のノーベル医学生理学賞が授与されることもその期待の表れと言えよう.大村らが発見した放線菌Streptomyces avermitilisの生産するエバーメクチン(avermectin)の誘導体イベルメクチン(2)2) R. W. Burg, B. M. Miller, E. E. Baker, J. Birnbaum, S. A. Currie, R. Hartman, Y. L. Kong, R. L. Monaghan, G. Olson, I. Putter et al.: J. Antimicrob. Chemother., 15, 361 (1979).(ivermectin,図1図1■エバーメクチン,イベルメクチン,アルテミシニンの構造)が線虫に起因するオンコセルカ症などの治療薬として開発され,またTuらによりマラリア治療薬としてアルテミシニン(3)3) Y. Y. Tu, M. Y. Ni, Y. R. Zhong, L. N. Li, S. L. Cui, M. Q. Zhang, X. Z. Wang & X. T. Liang: Yao Xue Xue Bao, 16, 366 (1981).(artemisinin,図1図1■エバーメクチン,イベルメクチン,アルテミシニンの構造)が植物成分より単離されいずれも有用性の高い革新的な新薬として使用されている.本稿では,3大感染症の一つである結核の治療薬の開発状況を天然物の視点で紹介したい.
結核は,年間の新規発生患者数900万人,死亡者数が約150万人と推定されており,単一の感染症としては今なお最大の感染症である(4)4) GLOBAL TB CONTRIL WHO REPORT, 2014.結核治療薬は,過去に先進国で蔓延しいくつかの治療薬が開発されているものの,先進国での新規発生患者数の減少とともに新薬が開発されなくなった.多剤耐性結核症(MDR-TB)や既存の抗結核薬が全く効果を示さない超多剤耐性結核症(XDR-TB)の広がりは,40年間新薬が登場してこなかったことも原因の一つと言える.
また,HIVとの重複感染も大きな問題である.HIV陽性患者は世界中で約3,530万人に達し(5)5) Global report: UNAIDS report on the global AIDS epidemic, 2013,結核/HIVの合併症による死者はHIV関連死亡者160万人のうちの25%に及ぶ.結核とHIVの治療の中心は化学療法であるが,治療に用いる薬剤間の相互作用が同時治療を困難にしており,その克服が結核/HIV重複感染の治療上の課題となっている.
新規抗結核薬の開発について多くの製薬企業は費用に見合うだけの利益が見込めないことから本格的な開発には消極的であったが,近年,Global Alliance for TB Drug Development(TB Alliance)やStop TB Partnership(WHO)などの国際的組織が指導的役割を果たし,結核の克服に向けた取り組みが本格化してきた.新規抗結核薬に求められる主要な課題としては,1)治療期間の短縮化,2)治療法の簡素化,3)MDR/XDR-TBの治療,4)結核/HIVの同時治療,5)優れた安全性,などが挙げられる(6)6) M. Igarashi & Y. Takahashi: Nihon Rinsho, 69, 1482 (2011)..
毒性が低く,優れた抗結核菌活性をもち,また静止期の細菌にも効果を示す薬剤は治療期間の短縮化や既感染者からの2次感染を阻止する意味からも重要である.結核治療においては長期併用療法が基本であるが,優れた併用効果を示し,子どもにも安全な新しい短期結核療法レジメンを構築しうる薬剤の登場は,同時にMDR/XDR-TBの増加阻止にもつながる.新規な作用機序や構造を有し,MDR/XDR-TBに有効な薬剤は緊急の課題として求められており,さらに結核/HIVや結核/糖尿病の同時治療においては,これらの薬剤間に薬物相互作用のないものが求められている(6)6) M. Igarashi & Y. Takahashi: Nihon Rinsho, 69, 1482 (2011)..
現在,開発途上にある抗結核薬はおおむね,1)有効性の最適化を目的とした再評価が行われている第1選択薬,2)ほかの感染症治療薬として開発された既存薬剤,および抗結核薬をターゲットにした既存薬剤の次世代化合物,3)新しい構造や作用機序をもつ新薬に分類される(6)6) M. Igarashi & Y. Takahashi: Nihon Rinsho, 69, 1482 (2011)..1),2)は物性改善が容易な合成化合物が多く,フルオロキノロン系化合物(モキシフロキサシン(7)7) E. L. Nuermberger, T. Yoshimatsu, S. Tyagi, R. J. O’Brien, A. N. Vernon, R. E. Chaisson, W. R. Bishai & J. H. Grosset: Am. J. Respir. Crit. Care Med., 169, 421 (2004).,ガチフロキサシン,(8,9)8) R. Rustomjee, C. Lienhardt, T. Kanyok, G. R. Davies, J. Levin, T. Mthiyane, C. Reddy, A. W. Sturm, F. A. Sirgel, J. Allen et al.; Gatifloxacin for TB (OFLOTUB) study team: Int. J. Tuberc. Lung Dis., 12, 128 (2008).9) M. Cynamon, M. R. Sklaney & C. Shoen: J. Antimicrob. Chemother., 60, 429 (2007). DC-159a(10)10) A. Disratthakit & N. Doi: Antimicrob. Agents Chemother., 54, 2684 (2010).),オキサゾリジノン系化合物(リネゾリド,(11)11) L. Alcalá, M. J. Ruiz-Serrano, C. Pérez-Fernández Turégano, D. García De Viedma, M. Díaz-Infantes, M. Marín-Arriaza & E. Bouza: Antimicrob. Agents Chemother., 47, 416 (2003). Sutezolid,(12)12) K. N. Williams, C. K. Stover, T. Zhu, R. Tasneen, S. Tyagi, J. H. Grosset & E. Nuermberger: Antimicrob. Agents Chemother., 53, 1314 (2009). AZD-5847(13)13) V. Balasubramanian, S. Solapure, H. Iyer, A. Ghosh, S. Sharma, P. Kaur, R. Deepthi, V. Subbulakshmi, V. Ramya, V. Ramachandran et al.: Antimicrob. Agents Chemother., 58, 495 (2014).),ジアミン系化合物(SQ109(14)14) B. V. Nikonenko, M. Protopopova, R. Samala, L. Einck & C. A. Nacy: Antimicrob. Agents Chemother., 51, 1563 (2007).)などが開発途上にある.フルオロキノロン系化合物,オキサゾリジノン系化合物は,結核菌のみならず幅広く細菌に有効であること,ほかの感染症治療に使われていることから交差耐性の点で注意が必要である.
3)の新しい構造や作用機序をもつ化合物は後述するように以前より天然物からの単離に頼る例が多いように思われる.合成化合物では,diarylquinolin類であるbedaquiline(TMC207,図2図2■Bedaquilineの構造)が最近の数少ない例である(15,16)15) K. Andries, P. Verhasselt, J. Guillemont, H. W. Göhlmann, J. M. Neefs, H. Winkler, J. Van Gestel, P. Timmerman, M. Zhu, E. Lee et al.: Science, 307, 223 (2005).16) A. H. Diacon, A. Pym, M. Grobusch, R. Patientia, R. Rustomjee, L. Page-Shipp, C. Pistorius, R. Krause, M. Bogoshi, G. Churchyard et al.: N. Engl. J. Med., 360, 2397 (2009)..
現在使用されている抗結核薬は,ほかの抗生物質と異なり結核治療に特化しており,その多くが結核菌特異的に作用しその機序も独特であり,天然物由来の抗結核薬のほとんどは放線菌の代謝物であることから,放線菌は抗結核物質探索源として重要である(17~21)17) D. Jones, H. Metzger, A. Schatz & S. A. Waksman: Science, 100, 103 (1944).18) H. Umezawa, M. Ueda, K. Maeda, K. Yagishita, S. Kondo, Y. Okami, R. Utahara, Y. Osato, K. Nitta & T. Takeuchi: J. Antibiot., 10, 181 (1957).19) K. E. Price, T. A. Pursiano, M. D. DeFuria & G. E. Wright: Antimicrob. Agents Chemother., 5, 143 (1974).20) H. Kurosawa: Yokohama Med. Bull., 3, 386 (1952).21) E. B. Herr: Antimicrob. Agents Chemother., 201 (1962)..一例としてリファマイシンがあり,リファンピシン(rifampicin,図3図3■天然物由来抗結核薬と生産微生物とその構造(発見年))はリファマイシン(22)22) P. Sensi, P. Sensi, P. Margalith & M. T. Timbal: Farmaco, Sci., 14, 146 (1959).から化学的に誘導した化合物である.現在も,リファマイシンをリード化合物としたリファマイシン系化合物(リファブチンやリファペンチン)が開発されている.
ニトロイミダゾール系化合物はStreptomyces eurocidicusの生産するアゾマイシン(azomycin,図4図4■ニトロイミダゾール系化合物の構造)(23)23) K. Maeda, T. Osato & H. Umezawa: J. Antibiot., 6, 182 (1953).をリードとした化合物群で,代表的な例に,フランス,ローヌ&プーランの研究グループが毒性低減化開発に成功した誘導体メトロニダゾール(metronidazole)がある.従来,ニトロイミダゾール構造を有する化合物は,嫌気性菌による感染症,Helicobacter pyloriや原虫感染症などの治療薬として使用されているが,近年,結核菌内の酵素により活性化され,細胞内一酸化窒素ドナーとして作用し結核菌のミコール酸合成を阻害する化合物が抗結核薬として創出された(24)24) R. Singh, U. Manjunatha, H. I. Boshoff, Y. H. Ha, P. Niyomrattanakit, R. Ledwidge, C. S. Dowd, I. Y. Lee, P. Kim, L. Zhang et al.: Science, 322, 1392 (2008)..以下にその代表例を示す(図4図4■ニトロイミダゾール系化合物の構造).
米国カイロンの研究グループが創製した新規ニトロイミダゾール系化合物である.結核菌の細胞壁脂質ミコール酸の生合成阻害と菌体タンパク質の合成阻害という2つの作用機序を有し,その抗菌活性は結核菌群に特異的で一般の細菌に対しては十分な活性を示さない.本剤は増殖期の結核菌のみならず静止期の結核菌に対しても殺菌的な活性を示し,またMDR-MTBに対しても優れた抗菌作用を示す(25)25) C. K. Stover, P. Warrener, D. R. VanDevanter, D. R. Sherman, T. M. Arain, M. H. Langhorne, S. W. Anderson, J. A. Towell, Y. Yuan, D. N. McMurray et al.: Nature, 405, 962 (2000)..現在,TB Allianceによりモキシフロキサシンおよびピラジナミドとの3剤併用療法(26)26) R. Dawson, A. H. Diacon, D. Everitt, C. van Niekerk, P. R. Donald, D. A. Burger, R. Schall, M. Spigelman, A. Conradie, K. Eisenach et al.: Lancet, 385, 1738 (2015).が臨床試験第Ⅲ相の開発段階にある.
また,pretomanidは治療期間の短縮化に向けて,bedaquilineおよびリネゾリドとの3剤併用療法やbedaquilineおよびピラジナミドとの3剤併用療法に関する第Ⅱ相の臨床試験が進行中である(27)27) http://www.tballiance.org/pipeline/pipeline.php.
本邦,大塚製薬で開発されたニトロイミダゾール系化合物で,結核菌の細胞壁脂質ミコール酸中のメトキシおよびケトミコール酸の生合成のみを阻害する.結核菌群に対してのみ特異的な活性を示す抗菌スペクトルや物理化学的性質などが前述のpretomanidと類似しており(28)28) M. Matsumoto, H. Hashizume, T. Tomishige, M. Kawasaki, H. Tsubouchi, H. Sasaki, Y. Shimokawa & M. Komatsu: PLoS Med., 3, e466 (2006).,両者は互いに交差耐性を示すものの,抗結核菌活性や安全性はdelamanidが上回っている.本剤は2014年,MDR-TBの治療薬として日本および欧州で承認され,本邦において40年ぶりの新規抗結核薬となっている.
カプラザマイシン類は,既存の抗結核薬とは異なる作用機序を有する新規物質の探索の中でStreptomyces sp.より発見された.本化合物は,細胞壁合成に関与するホスホ-N-アセチルムラミルペンタペプチド転移酵素MraYを阻害する(図5図5■CPZEN-45/カプラザマイシン類およびリポシドマイシンの構造).類縁化合物にリポシドマイシン(30)30) K. Isono, M. Uramoto, H. Kusakabe, K. Kimura, K. Isaki, C. C. Nelson & J. A. McCloskey: J. Antibiot., 38, 1617 (1985).(liposidomycin,図5図5■CPZEN-45/カプラザマイシン類およびリポシドマイシンの構造)が知られている.カプラザマイシン類の構造-活性相関研究の結果創製されたCPZEN-45(31)31) Y. Takahashi, M. Igarashi, T. Miyake, H. Soutome, K. Ishikawa, Y. Komatsuki, Y. Koyama, N. Nakagawa, S. Hattori, K. Inoue et al.: J. Antibiot., 66, 171 (2003).は,結核菌に対して特異的かつより優れた抗菌活性スペクトルを示し,既存薬との交差耐性はなく,MDR/XDR-MTBに対しても有効である.CPZEN-45は,アラビノガラクタン生合成に関与するホスホ-N-アセチルグルコサミン転移酵素WecAを特異的に阻害することにより選択的に抗結核菌活性(図5図5■CPZEN-45/カプラザマイシン類およびリポシドマイシンの構造)を示すことが明らかになっている(32)32) Y. Ishizaki, C. Hayashi, K. Inoue, M. Igarashi, Y. Takahashi, V. Pujari, D. C. Crick, P. J. Brennan & A. Nomoto: J. Biol. Chem., 288, 30309 (2013)..感染動物モデル試験において感受性結核菌のみならず10剤耐性のXDR-MTBに対しても高い有効性を示し,感受性結核菌を用いた試験では,イソニアジド,リファンピシンとの併用療法で優れた相乗効果を示した(33)33) T. Miyake, Y. Takahashi & M. Igarashi: 235th Am. Chem. Soc. National Meet: CARB, 104 (2008)..
微生物化学研究所とリリー結核創薬イニシアチブがXDR-TB治療薬としての共同開発を進めており前臨床段階にある.