2015年ノーベル生理学・医学賞受賞記念特集

天然物からアカデミア発の医薬品を生み出すために日本医療研究開発機構・創薬支援戦略部・創薬コーディネーターの立場から

Akihiko Fujie

藤江 昭彦

国立研究開発法人日本医療研究開発機構創薬支援戦略部 ◇ 〒100-0004 東京都千代田区大手町一丁目7番1号 読売新聞ビル20階

Department of Innovative Drug Discovery and Development, Japan Agency for Medical Research and Development ◇ Yomiuri Shimbun Building 20F, Otemachi 1-7-1, Chiyoda-ku, Tokyo 100-0004, Japan

Published: 2015-12-20

オールジャパンでの医薬品創出実現のため,創薬支援ネットワークの本部機能を担う日本医療研究開発機構(AMED)創薬支援戦略部(iD3)は,アカデミア発創薬シーズの知財戦略および研究戦略の策定,技術支援,企業導出活動を通じて実用化に向けた支援を行っている.本稿では,創薬支援ネットワークおよびiD3の活動状況を紹介するとともに,天然物創薬手法を利用して医薬品を研究開発する場合の課題と今後の展開について創薬コーディネーターの立場から述べる.

はじめに

北里大学特別栄誉教授 大村 智博士のノーベル医学・生理学賞の受賞を心よりお祝い申し上げます.

日本の大学・研究機関における天然物創薬研究の成果が評価され,大村先生がノーベル賞受賞に至ったことは,関係者が長年待ち望んでいた朗報であり,大きな希望と励ましを与えてくれる記念すべき出来事となった.これをきっかけに,天然物創薬への関心が高まり,エバーメクチンのように人々の健康に貢献する医薬品が発見され,この分野の研究開発がいっそう活発になることを関係者の一人として望みたい.

受賞の一報が入って以来,日本中で大村先生の受賞を讃えるお祝いムードで盛り上がっていることはたいへん喜ばしいことであるが,一方で国内の天然物創薬研究を取り巻く環境には厳しいものがある.数年前までは,日本農芸化学会大会において創薬シーズにつながる化合物の発表も多く見受けられたが,近年は随分と少なくなってしまった感がある.筆者も藤沢薬品工業,アステラス製薬にて30年近く微生物産物由来の天然物創薬にかかわってきたので,国内の製薬企業が天然物創薬研究から距離を置きつつあるのを残念に思っている.

それでは天然物創薬研究にはもう未来がないのだろうか? 答えはNOである.本誌の読者ならば,自然がいまだに人類に新しい発見をもたらしてくれる貴重な宝箱であることを否定する者はいないであろう.実際,土壌中の微生物の利用率が現在までに10%に満たないことを考慮すると,創薬のスクリーニング資源として微生物資源はいまだ十分に魅力的である.加えて,科学技術の進歩により,新たな微生物培養法の開発,創薬標的の発見,そして,アッセイ方法が開発されれば,引き続き天然物創薬研究から新しい医薬品の誕生が期待できる.

本稿では,国内のアカデミアにおける創薬シーズの実用化支援を主業務とする国立研究開発法人日本医療研究開発機構(Japan Agency for Medical Research and Development; AMED)の創薬支援戦略部(Department of Innovative Drug Discovery and Development; iD3)および関連する創薬支援ネットワークを紹介するとともに,微生物産物由来の創薬シーズ化合物を実用化する際の課題,天然物創薬研究の今後の展開について筆者の考えを述べる.

iD3と創薬支援ネットワーク

筆者は,2015年4月に発足した国立研究開発法人AMEDのiD3東日本統括部で創薬コーディネーターの仕事に従事している.AMEDは基礎から実用化までの切れ目のない研究開発の支援と一貫した研究マネジメントの実現により世界最高水準の医療・サービスを提供し,健康長寿社会の形成に寄与することを目標に種々の事業を推進している.iD3はAMEDの6つの事業部門の一つであり,大阪と東京にそれぞれ西日本統括部と東日本統括部を置く.AMEDは3つの“LIFE”「生命」,「生活」,「人生」を具現化できる医療分野の研究開発支援をミッションとしており,創薬支援戦略部も科学的妥当性の高い創薬シーズを総合的に支援することで,3つのLIFEの実現につながる新たな医薬品の創出に貢献することを目指している.

当初,iD3は,医薬基盤研究所内に創薬支援戦略室として2013年に設置された.医薬基盤研究所,理化学研究所,産業技術総合研究所が連携して「創薬支援ネットワーク」を構築し,創薬支援戦略室を中心に大学などの優れた基礎研究成果を革新的医薬品の創出につなげるための支援を開始したが,AMED設立を機に創薬支援業務は人員も含め移管され,オールジャパンの創薬支援体制がスタートした.

われわれの事業の特徴は,これまでの研究費助成を主とした研究支援とは異なり,製薬企業で創薬研究に携わってきた創薬コーディネーターによる研究開発戦略の策定助言に加え,創薬支援ネットワークによる技術支援,最適化研究や非臨床試験に係るCRO(Contract Research Organization: 医薬品開発受諾機関)経費などの負担が三位一体となった総合的な支援により,基礎研究成果から医薬品としての実用化まで,切れ目なく支援するところにある.

創薬支援ネットワークの仕組みを図1図1■創薬支援ネットワークの仕組みに示す(1)1) 髙子 徹:国際医薬品情報,3, 2013年11月11日.基礎研究と実用化の間のギャップ,いわゆる「死の谷」を乗り越えることは製薬企業でも難しい.アカデミアが死の谷を乗り越えるためには,資金的なサポートだけでは不十分であり,実用化を目指した研究戦略,創薬に必要な特殊な技術と設備,リスク回避,ヒトと組織をまとめあげるプロジェクト推進能力が必須であり,創薬支援ネットワークはこれらを提供する.

図1■創薬支援ネットワークの仕組み

創薬支援ネットワークは,文部科学省,経済産業省および厚生労働省による府省横断プロジェクトであり,連携機関である理化学研究所,産業技術総合研究所,医薬基盤・健康・栄養研究所が保有する先進技術を活用して「オールジャパンでの医薬品創出」を実現するための仕組みである.理化学研究所におけるHTS(high throughput screening),in silico創薬,最適化研究,産業技術総合研究所における天然物創薬のためのHTSや天然物化合物生産菌株の生産性向上,医薬基盤・健康・栄養研究所における核酸および抗体のスクリーニングなど,3研究所の機能と技術を十分に活用するために,各機関の専門家がプロジェクトメンバーとしてプロジェクトの推進に深くかかわる.

創薬支援戦略部には製薬企業出身で創薬経験が豊富な創薬エキスパートが創薬コーディネーターとして集結している.創薬コーディネーターは創薬シーズの収集と目利き評価,研究戦略や実用化戦略の策定・助言,ネットワークによる技術支援の調整などを行い,シーズを発案したアカデミアの研究者と一緒にプロジェクトを推進する.知財戦略策定や企業導出にかかわる支援や助言については創薬支援戦略部がその任にあたる.実用化の最終ゴールは企業への導出であるが,実用化に向けた出口として医師主導治験や企業との共同研究も視野に入れている.

図2図2■iD3の取り組みに創薬支援戦略部が実施している取り組みの概要を示す.革新的医薬品につながる有望な創薬シーズを発掘するため,創薬コーディネーターはさまざまな情報媒体を通して大学や公的研究機関で生み出された研究成果に関する情報を収集する.「創薬ナビ」は創薬に関する相談に応じることでアカデミア発創薬を支援するとともに,必要に応じて医薬品医療機器総合機構(PMDA)と連携・協力し,質の高い相談・助言を行うための事業である.「創薬アーカイブ」は,国内の大学や企業などが保有するさまざまな創薬支援技術を収集し,収集した創薬技術を創薬シーズの実用化支援に活用するための事業である.「創薬ブースター」は創薬支援ネットワーク構成機関が保有する創薬技術と設備をフル活用し,HTSから非臨床試験,さらには企業導出などの出口まで切れ目ない支援を行うための事業である.創薬支援ネットワークの中核の創薬総合支援事業であり,シーズ情報収集,目利き評価,研究開発支援,実用化支援の4つの部分からなる(図3図3■創薬ブースターの内容).シーズ情報は,研究者からの提案,学会・文献,厚生労働省科学研究費申請資料などから収集する.

図2■iD3の取り組み

図3■創薬ブースターの内容

収集したシーズの中から創薬ブースターで支援すべきシーズを選択するために創薬コーディネーターによる評価が行われ,採択されると創薬シーズ(テーマ)に対して創薬支援ネットワークによる研究開発支援が開始される.創薬研究を推進するためにネットワーク構成機関での試験に加え,アカデミアに標的妥当性検証や薬効薬理試験などの試験を委託する.また,薬物動態試験,安全性試験などの非臨床試験,原薬および製剤の製造などを外部CROに委託するが,これらの委託試験経費はiD3が負担する.

ちなみに,これまでに創薬ブースター事業として38テーマについて支援を行っている.38テーマの疾患領域の内訳は,感染症6,がん14,組織再生3,循環器5,神経変性1,精神・神経1,婦人科1,希少・特定疾患5,コンパニオン診断1,そのほか1となっており,さまざまな領域に関連したテーマを推進している.

天然物創薬への取り組みと課題

Newmanらの報告(2)2) L. L. Ling, T. Schneider, A. J. Peoples, A. L. Spoering, I. Engels, B. P. Conlon, A. Mueller, T. F. Schäberle, D. E. Hughes, S. Epstein et al.: Nature, 517, 455 (2015).によると,これまでに市販された医薬品(1,355個,2012年)の起源は,天然物あるいは天然物誘導体が全体の5割以上を占めており,天然物は人智の及ばない多彩な化学構造を有する物質の宝庫である.その中で微生物代謝物は,培養による化合物の大量製造が可能であり,微生物の生命活動に伴って生産される化合物で生物活性を示すものが多いことから,これまで新薬の重要な供給資源として利用されてきた.

この天然物資源をアカデミア発の創薬シーズに活用するための仕組み作りを,現在,創薬支援戦略部が中心となって行っている(図4図4■創薬支援ネットワークにおける天然物創薬研究体制).創薬支援戦略部が支援する創薬シーズには,標的実用化検証段階,スクリーニング段階,リード最適化段階,前臨床開発段階の4つの研究ステージがある.天然物の関係するテーマは,先に挙げた38テーマ中,リード最適化段階に感染症治療薬のテーマが一つ,スクリーニング段階に5つのテーマがある.現在支援中の抗菌剤のテーマにおいては,CROを利用した薬効試験や安全性試験,薬物動態試験などの研究支援のみならず,知財確保のための戦略策定,実用化には必須となる生産菌株の生産性向上検討を含む生産技術の確立などの総合的な支援を創薬支援ネットワークの仕組みで実施している.

図4■創薬支援ネットワークにおける天然物創薬研究体制

天然物由来の創薬シーズの実用化を目指す場合,以下に示す複数の課題の克服が必要であると筆者は経験上感じている.これらの課題が,「天然物創薬は新規の生理活性物質の取得効率が悪い」というイメージにつながり,昨今の天然物創薬研究の衰退の一因になったと認識している.

上記の課題を克服しつつアカデミアだけで天然物創薬に取り組むのはたいへん困難であり,これらを解決しつつアカデミア発の天然物創薬研究を進めていくには創薬支援ネットワークをコアとした産学官連携による図4図4■創薬支援ネットワークにおける天然物創薬研究体制のような仕組みが重要となる.さらに,将来は,産学官メンバーで構成された天然物創薬研究に特化したコンソーシアムのような団体を設立するのも有効な解決策の一つになると考える.

今後の展開

天然物創薬研究の今後の展開において,いつの時代においてもそうであるが,新規物質発見の基本はユニークなサンプルと堅牢で独自性のあるアッセイ法が車の両輪となる.

冒頭にも述べたように未知の創薬資源は,いまだ手つかずの状態で地中に眠っており,実際,2015年1月にNature誌に発表された「iChip」という新培養方法を開発した欧米の研究チームは,新規作用をもつ新規な化合物「テイクソバクチン(teixobactin)」を難培養微生物である細菌「Eleftheria terrae」の培養液中より見いだした(3)3) D. J. Newman & G. M. Cragg: J. Nat. Prod., 75, 311 (2012)..これは,新技術を活用すれば,まだまだ天然物より新規物質を発見できることを証明した例と言える.このような新培養方法や二次代謝産物の生合成遺伝子クラスターをクローニングして異種発現させる手法を継続して開発していくことがユニークなサンプル作りにおいて今後も重要となる.

また,現在までにphenotypic assayにより発見されたペニシリンをはじめエバーメクチンやケミカルバイロジーの先駆けとなったタクロリムスなど多くの化合物が,標的未知であっても活性の強さ,作用のユニークさが評価され,医薬品として世に出ている.One gene one targetをコンセプトとするHTSでの創薬の限界が叫ばれるなか,生体内反応の複雑さの再認識やゲノムにおける非コードDNA領域や非コードRNA領域における科学の進歩により創薬標的の幅が広がり,近年,phenotypic assayが再評価されてきている(4)4) D. C. Swinney & J. Anthony: Nat. Rev. Drug Discov., 10, 507 (2011)..そこで,創薬標的にとらわれないphenotypic assayや生物個体を用いたwhole body assay(ショウジョウバエ(5)5) 昆虫バイオメディカル研究教育センター: http://kit-ibrc.com/,ゼブラフィッシュ(6)6) メディカルゼブラフィッシュ研究コンソーシアム:http://pgx.medic.mie-u.ac.jp/mzrc/,カイコモデル(7)7) 浜本 洋,関水和久:生化学,86, 578 (2014).など)と種々の工夫を凝らしたユニークなスクリーニングサンプル(界面培養プロセス法(8)8) S. Oda, A. Kameda, M. Okanan, Y. Sakakibara & S. Ohashi: J.Antibiotics, 13; e-pub ahead of print 2015, doi: 10.1038/ja.2015.59など)を組み合わせることで新規ヒットの獲得が期待できると考える.

今後,グローバル化により人の行き来がますます活発になり,わが国においても熱帯感染症(NTDs: Neglected Tropical Diseases)や薬剤耐性菌は身近な問題となる可能性は大きい.大村先生はオンコセルカ症の素晴らしい治療薬を発見されたが,いまだにこの分野の医薬品はニーズが高く,新規化合物や母核の枯渇が課題となっている.この課題に関しては,多くの抗菌薬を含む医薬品のルーツは天然物にあるので,感染症領域における天然物活用が今後新規の骨格の化合物を生み出すための鍵になると考える.実際,欧米に加えてアジアでは薬剤耐性菌の問題は大きな社会問題となっており,治療薬の開発は焦眉の急である.こうした背景のもと,仏サノフィ社と独フラウンホーファー分子生物学・応用生態学研究所(IME)は, 2014年より感染症領域で天然物からの探索研究を実施している.

さらに,最先端の再生医療の領域ではiPS細胞を利用して有効な治療法のない各種疾患における病態モデルが構築されつつある.これらと天然物を組み合わせることによっても,新たな天然物創薬の展開が図れると考える.

以上述べたように,今後も天然物は創薬ソースとして重要な役割が期待されるであろう.その期待に応えるため,実用化が期待できる高質な創薬シーズに対して,筆者も創薬コーディネーターとして,アカデミアや産業界と連携して課題を一つずつクリアしながらオールジャパンで医薬品を生み出し,成功例を示していきたい.そして,その製品が世界の人々の健康に貢献し,大村先生の後に続く研究者が次々と現れることを期待したい.

Reference

1) 髙子 徹:国際医薬品情報,3, 2013年11月11日

2) L. L. Ling, T. Schneider, A. J. Peoples, A. L. Spoering, I. Engels, B. P. Conlon, A. Mueller, T. F. Schäberle, D. E. Hughes, S. Epstein et al.: Nature, 517, 455 (2015).

3) D. J. Newman & G. M. Cragg: J. Nat. Prod., 75, 311 (2012).

4) D. C. Swinney & J. Anthony: Nat. Rev. Drug Discov., 10, 507 (2011).

5) 昆虫バイオメディカル研究教育センター: http://kit-ibrc.com/

6) メディカルゼブラフィッシュ研究コンソーシアム:http://pgx.medic.mie-u.ac.jp/mzrc/

7) 浜本 洋,関水和久:生化学,86, 578 (2014).

8) S. Oda, A. Kameda, M. Okanan, Y. Sakakibara & S. Ohashi: J.Antibiotics, 13; e-pub ahead of print 2015, doi: 10.1038/ja.2015.59