2015年ノーベル生理学・医学賞受賞記念特集

産業酵素の微生物からの探索

Shotaro Yamaguchi

山口 庄太郎

天野エンザイム株式会社マーケティング本部メディカル用酵素開発部 ◇ 〒460-8630 愛知県名古屋市中区錦一丁目2番7号

Medical Enzyme Department, Marketing Division, Amano Enzyme Inc. ◇ Nishiki 1-2-7, Naka-ku, Nagoya-shi, Aichi 460-8630, Japan

Published: 2015-12-20

このたび,北里大学名誉教授 大村 智先生がノーベル賞をご受賞された.人類に役に立つ有用物質を微生物から発見されたご功績に対してである.微生物が生産する酵素を日々取り扱っている一研究者として,またそれを生業とする企業に従事するものとして,誠に喜ばしく誇りに思う.またこの授賞が,自然を征服するのではなく自然と共に生きるアジア,とりわけ日本から出たということは必然であったのであろうか.天野エンザイムでは,日々新しい酵素の微生物からの探索を行っている.これまでに土壌や菌株ライブラリーから有用酵素生産菌が見いだされたいくつかの例を,筆者の経験を盛り込みながら,その経緯に焦点を当てて紹介する.また目的の生産菌をできるだけ早く見いだすための菌株ライブラリーの整備についても述べる.

はじめに

現在,天野エンザイムは,胃腸薬を中心とした医薬,ダイエタリーサプリメント,医薬中間体のバイオコンバーション,診断用試薬,食品加工,工業・環境用など広範な分野にさまざまな酵素剤を市場に提供している.それらの酵素の由来はほとんどが微生物であり,扱っている酵素生産菌は100を優に超える.これらの生産菌の大部分は,ある時は土壌など自然界から,またある時は社内外の菌株ライブラリーやタイプカルチャーからスクリーニングによりピックアップされてきたものである.内訳を見てみると,土壌から直接分離された株が23%,社内の菌株ライブラリー由来が43%,社外のタイプカルチャー由来が18%,残りの16%は外部から持ち込まれているものである(図1図1■天野エンザイムにおける酵素生産菌の由来).ちなみに,生産菌を菌種から見ると,糸状菌と細菌がほぼ同数で全体の90%以上を占め,残りは酵母,担子菌である.

図1■天野エンザイムにおける酵素生産菌の由来

本稿では,天野エンザイムで土壌からスクリーニングされたケースを2例,社内の菌株ライブラリーからピックアップされたケースを1例紹介する.このうち前者2例の酵素の開発については,日本農芸化学会より「農芸化学技術賞」をいただいたものである(一つ目は味の素株式会社との共同受賞).また最後に,新規な酵素生産菌のスクリーニング源として社内菌株ライブラリーを重要視しその充実化の取り組みについて紹介したい.

トランスグルタミナーゼ生産菌の発見(1,2)1) H. Ando, M. Adachi, K. Umeda, A. Matsuura, N. Nonaka, R. Uchio, H. Tanaka & M. Motoki: Agric. Biol. Chem., 53, 2613 (1989).2) K. Washizu, K. Ando, S. Koikeda, S. Hirose, A. Matsuura, H. Takagi, M. Motoki & K. Takeuchi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 58, 82 (1994).

ご存じの方も多いと思われるが,本酵素剤は現在ではタンパク質架橋酵素として畜肉魚肉,乳製品,小麦製品などの食品加工に広範に利用されており,たとえば「アミラーゼ」などの酵素群ではなく,単一の酵素としてはおそらく世界で最も広く利用されている酵素の一つであると言えよう.

1980年代の後半,味の素株式会社との共同研究の中で,天野エンザイム(当時,天野製薬)の研究所(現愛知県北名古屋市)で,放線菌の一種S-8112株(後にStreptoverticillium mobaraenseのvariantと同定され,現在ではStreptomyces mobaraensisと再分類されている)がトランスグルタミナーゼを生産することが見いだされた.

筆者は当時同じ研究所の別のグループに在籍していたが,以下の経緯で発見に至ったと聞いている.当時,研究所内で種々の研究目的で土壌より分離された多種多様な菌株の培養液ストックが調製されていたが,これらを含めて多くの培養上清サンプルの中から,動物のトランスグルタミナーゼ活性の簡便測定法として開発されていたN-carboxy-L-glutaminyl-glycine(Cbz-Gln-Gly)とヒドロキシルアミンから黄色のヒドロキサメートを生成する活性を示す培養液が20ほど検出され,さらに,その中から,豆乳をゲル化する能力を有する培養液がただ一つ見いだされた.その後,工夫が重ねられ,培地に基質タンパク質として血漿を有するプレートを用いて,タンパク質の凝集ハロ形成能を指標にしたスクリーニングも試みられ,最終的にS-8112株が選抜された.

トランスグルタミナーゼは当時,食品加工分野への応用において潜在能力のある酵素として一部では知られていたが,その給源はモルモットの肝臓など動物臓器しかなかったために実用化は難しかった.本発見により,培養することにより無限に製造できると言っても良い微生物から見いだされたことが,その後の本酵素の実用化のキーファクターの一つであったことは言を待たない.本発見をなされた筆者の会社の先輩である松浦 明,故安藤裕康の両氏の業績は,トランスグルタミナーゼの有用性にいち早く目を付けられていた味の素株式会社の関係者の方々のご卓見とともに高く賞賛されるべきものと感ずる.本酵素は世界の食品産業に大きなインパクトを与えている.

図2■酵素生産菌と生産される酵素の高次構造

A. トランスグルタミナーゼ生産菌Streptomyces mobaraensis S-8112株(左)とトランスグルタミナーゼの高次構造(右,緑:成熟体,グレー:プロ領域).B. プロテイングルタミナーゼ生産菌Chryseobacterium proteolyticum 9670株(左)とプロテイングルタミナーゼの高次構造(右,緑:成熟体,グレー:プロ領域).C. β-アミラーゼ生産菌Bacillus flexus APC9451株(左)とβ-アミラーゼの高次構造(右).

プロテイングルタミナーゼ生産菌の発見(3,4)3) S. Yamaguchi & M. Yokoe: Appl. Environ. Microbiol., 66, 3337 (2000).4) S. Yamaguchi, D. Jeenes & D. Archer: Eur. J. Biochem., 268, 1410 (2001).

トランスグルタミナーゼの発見から数年が経過したころ,筆者らは社会に貢献できる新たな酵素の提供を目指し,一連のタンパク質修飾酵素の探索に取り掛かった.その中から,反応がシンプルであり(広く実用化されるものは常にシンプルである),安全性の面から生体内での反応が知られているなどの観点から,タンパク質の酸化による架橋酵素,SS結合の形成/開裂酵素,リン酸化酵素,脱アミド酵素などいくつかのターゲット酵素を選び,これらを並行してスクリーニングを行った.タンパク質を脱アミドする酵素の場合は,トランスグルタミナーゼ活性測定法に使われる基質であるCbz-Gln-Glyからアンモニアを遊離する活性を指標にして,土壌分離菌および天野エンザイムの菌株ライブラリーの培養液に対してスクリーニングを行った.土壌に対してはCbz-Gln-Glyを唯一のN源とする集積培養を行った.一連の集積培養により320種の土壌から計446株の細菌とカビ類を単離した.これに350種の菌株ライブラリーを加えた計794株の培養液に対して活性測定を行ったところ,2つの陽性株を得た.両株由来の酵素はほぼ同じ性質を有し,また生産菌も目視,培養挙動がほぼ同じものであったので,これらのうち培養液中の活性が2,3割ほど高かったNo. 9670株を選択し,酵素精製,酵素の性質決定へと研究を進めた.その結果,カゼインやグルテンなどの馴染みのあるタンパク質に対し,ペプチド結合を切断することなくタンパク質中のグルタミン残基を脱アミドしてグルタミン酸残基に変換する酵素を,本株は菌体外に生産していることが判明した.まさしく求めていたタンパク質脱アミド酵素であった.このNo. 9670株は,Chryseobacterium属細菌に属する新種と同定されC. proteolyticumと命名した.

余談ではあるが,後になって,上述の2つの陽性株の単離源を調べたところ,同じ日に同じ場所から採取した土壌であった.筆者は当時,天野エンザイムの筑波研究所に勤務していたが,スクリーニングのための土壌を近郊の田畑,家畜舎,工場,森林などから収集していた.両株が単離された土壌は,ある日,子どもたちとザリガニ取りに出かけた際,社宅近くの田園と近くの灌漑用の小川の土手で採取したものであった.

本酵素は,極めてシンプルな反応を触媒し,基質のタンパク質の物性を大きく変換することができるため,種々の応用が考えられ,さまざまな応用開発も行った.また,本酵素については,タンパク質の一次構造および高次構造において相同性のあるタンパク質はいまだに見いだされていない.全く新奇なものであり,プロテイングルタミナーゼと命名した.また一連のスクーニング研究の過程で,ラッカーゼなどのマルチ銅オキシダーゼによるタンパク質の酸化架橋反応も見いだすことができた(5)5) 山口庄太郎:特許公報第4137224号1998.

β-アミラーゼ生産菌の発見(6)6) 杉田亜希子,岡田正通,谷 明代,箕田正史,山口庄太郎:応用糖質科学,1, 194 (2011).

これまで紹介した2つの酵素は土壌から見いだされた微生物由来のものであるが,次に土壌ではなく社内の菌株ライブラリーからピックアップした例を紹介する.

β-アミラーゼは,デンプンからのマルトースの製造に広く利用されている.マルトースは,マルチトールの原料として大量に製造されているほか,ショ糖よりまろやかな甘味を有するためマルトースシロップや結晶マルトースとして和菓子の甘味料にも利用されている.また,日本独自の応用として大福餅や団子のソフトネスの維持にも長年利用されている.しかしながら,当時は大豆,大麦などの植物由来のものしか市場に存在しなかった.微生物酵素の存在自体は1970年代から知られていたが,工業化には至っていなかった.その理由は,大麦由来の酵素が安価に供給されていたこと,また大豆由来の酵素が一部の用途に必要とされる耐熱性に比較的優れていたことなどが考えられた.しかしながら,数年前には米国でバイオエタノール関連政策が打ち出された際に穀物の価格が急騰し,大豆酵素の供給がタイトになったことがあった.また中国,インドなど成長著しい国の穀物消費は増加の一途をたどっており,植物を給源とする酵素は安定供給の点で常に懸念が存在する.さらに,植物由来タンパク質には潜在的にアレルギー誘発性の懸念があり,これら植物由来の食品加工用酵素製剤にはアレルギー表示の義務がある.そこで数年前,筆者らは,安定供給が可能でアレルギー表示義務のない微生物β-アミラーゼの開発に着手し,スクリーニングを開始した.

その際,まず天野エンザイムの菌株ライブラリーを対象にした.この中に,1980年代に社内でβ-アミラーゼ様活性を生産する可能性のある株として収集された数株が収載されていたためである.最終的に,大豆酵素に近い耐熱性を有するβ-アミラーゼ生産菌が見いだされたが,本生産菌は前述の数株の一つ,Bacillus sp. APC9451株として保存されていたものであった.その後,Bacillus flexusに属する一菌株と同定された.

天野菌株ライブラリーの充実

最後の例で見られるように,スクリーニングの対象として過去の研究対象となった菌株を,過去の研究・分析結果の情報が付随しているライブラリーが大きな威力を発揮することがある.天野エンザイムでは,長年菌株ライブラリーの充実に努めており,現在では総数は13,000株にも及んでいる.これらの株には,すべてではないが,会社の長い歴史の中で多くの先輩方がスクリーニングや研究開発の対象とした際の結果が付随しているものがある.酵素に限らず,ある有用物質が発見された時期と社会に必要とされる時期には,往々にして乖離があることはよく見聞きすることである.特に企業の研究開発においては,綿密なマーケティングにより開発された製品であると思われても,時期尚早であったり,競争もあるため時宜を逸することはしばしば経験するところである.社会の進展や変化によりニーズが生じたときに,速やかにそのニーズにあったシーズを提供することが重要である.過去の情報が付随した菌株ライブラリーは,目的の酵素生産菌を迅速に見いだすために重要な資源と位置づけられる.

スクリーニングの際には,その対象をあらかじめ特定の菌種やグループに絞ることもある.また,分類学の進展により古い保存菌株の多くが新しい菌種になっている.そこで,天野エンザイムでは,これらの菌株ほぼすべてに対し,リボゾームRNA遺伝子の塩基配列解析を実施し再同定・再分類している.

図3■天野エンザイムの菌株ライブラリーと酵素生産性スクリーニングの例

A. 左:凍結乾燥アンプル,右:グリセロールストック,B. 左:プレートアッセイ,右:酵素アッセイ.←:陽性.

また最近では,独立行政法人製品評価基盤機構(NITE)の取り組みに参画し,ベトナム,モンゴル,ミャンマーで単離された菌株をライブラリーに加えている.NITEでは,2003年頃からインドネシアで微生物資源合同探索プロジェクトを開始していたが,遺伝子資源提供国と利用国との間での利益配分の問題が残っていた.しかしながら,2010年の第10回締約国会議(COP10)で採択された「名古屋議定書」によってこの問題に決着がつき,現在では日本の企業に広く参加を呼びかけて,アジア諸国での微生物探索事業を展開し,参加各社の目的に沿った微生物の探索,分離ができる仕組みが構築されている.天野エンザイムでは,本プロジェクトに2012年から参画し,現在ではモンゴルから438株,ベトナムから628株,ミャンマーから578株の微生物をライブラリーに追加している.モンゴルでは,気候や植生の差に着目した土壌や発酵乳製品から微生物を単離した.ベトナムやミャンマーで北部の森林地帯,赤道に近い南部のジャングル地帯の土壌,あるいは魚醤などの発酵食品からも単離している.

図4■ミャンマーの森林からの土壌採取の風景(A)と単離された菌株(B)

おわりに

大村先生は,このたびのノーベル賞ご受賞にあたり,「私の仕事は微生物の力を借りているだけ」とご謙遜のコメントをされたとのこと.ただ今回のように社会に大きく役立つ有用物質や微生物を発見された裏には,たゆまぬ努力と強固な意志,現象を見落とさない注意力と集中力,またユニークな発想と広い視野,さらには周りを巻き込む人柄などなど,類まれなる総合力が隠されているであろうことは,衆目の一致するところであろう.抗生物質と酵素,対象が異なっても,同じ微生物を扱う者として,あるいは日本の誇る醗酵産業に携わる者として,大いに勇気づけられたご受賞であった.

本稿では,酵素メーカーとしての天野エンザイムでの酵素生産菌の探索の例と取り組みについて紹介した.新しい機能を有する酵素を求める場合,近年ではタンパク質工学的手法も盛んである.冒頭で述べた自然を征服するのではなく,自然と共に生きるのは,自然界からのスクリーニングかもしれない.読者諸氏の参考になれば幸いである.

Reference

1) H. Ando, M. Adachi, K. Umeda, A. Matsuura, N. Nonaka, R. Uchio, H. Tanaka & M. Motoki: Agric. Biol. Chem., 53, 2613 (1989).

2) K. Washizu, K. Ando, S. Koikeda, S. Hirose, A. Matsuura, H. Takagi, M. Motoki & K. Takeuchi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 58, 82 (1994).

3) S. Yamaguchi & M. Yokoe: Appl. Environ. Microbiol., 66, 3337 (2000).

4) S. Yamaguchi, D. Jeenes & D. Archer: Eur. J. Biochem., 268, 1410 (2001).

5) 山口庄太郎:特許公報第4137224号1998.

6) 杉田亜希子,岡田正通,谷 明代,箕田正史,山口庄太郎:応用糖質科学,1, 194 (2011).