Kagaku to Seibutsu 54(1): 61-64 (2016)
2015年ノーベル生理学・医学賞受賞記念特集
産業酵素の微生物からの探索
Published: 2015-12-20
このたび,北里大学名誉教授 大村 智先生がノーベル賞をご受賞された.人類に役に立つ有用物質を微生物から発見されたご功績に対してである.微生物が生産する酵素を日々取り扱っている一研究者として,またそれを生業とする企業に従事するものとして,誠に喜ばしく誇りに思う.またこの授賞が,自然を征服するのではなく自然と共に生きるアジア,とりわけ日本から出たということは必然であったのであろうか.天野エンザイムでは,日々新しい酵素の微生物からの探索を行っている.これまでに土壌や菌株ライブラリーから有用酵素生産菌が見いだされたいくつかの例を,筆者の経験を盛り込みながら,その経緯に焦点を当てて紹介する.また目的の生産菌をできるだけ早く見いだすための菌株ライブラリーの整備についても述べる.
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2016 公益社団法人日本農芸化学会
現在,天野エンザイムは,胃腸薬を中心とした医薬,ダイエタリーサプリメント,医薬中間体のバイオコンバーション,診断用試薬,食品加工,工業・環境用など広範な分野にさまざまな酵素剤を市場に提供している.それらの酵素の由来はほとんどが微生物であり,扱っている酵素生産菌は100を優に超える.これらの生産菌の大部分は,ある時は土壌など自然界から,またある時は社内外の菌株ライブラリーやタイプカルチャーからスクリーニングによりピックアップされてきたものである.内訳を見てみると,土壌から直接分離された株が23%,社内の菌株ライブラリー由来が43%,社外のタイプカルチャー由来が18%,残りの16%は外部から持ち込まれているものである(図1図1■天野エンザイムにおける酵素生産菌の由来).ちなみに,生産菌を菌種から見ると,糸状菌と細菌がほぼ同数で全体の90%以上を占め,残りは酵母,担子菌である.
本稿では,天野エンザイムで土壌からスクリーニングされたケースを2例,社内の菌株ライブラリーからピックアップされたケースを1例紹介する.このうち前者2例の酵素の開発については,日本農芸化学会より「農芸化学技術賞」をいただいたものである(一つ目は味の素株式会社との共同受賞).また最後に,新規な酵素生産菌のスクリーニング源として社内菌株ライブラリーを重要視しその充実化の取り組みについて紹介したい.
ご存じの方も多いと思われるが,本酵素剤は現在ではタンパク質架橋酵素として畜肉魚肉,乳製品,小麦製品などの食品加工に広範に利用されており,たとえば「アミラーゼ」などの酵素群ではなく,単一の酵素としてはおそらく世界で最も広く利用されている酵素の一つであると言えよう.
1980年代の後半,味の素株式会社との共同研究の中で,天野エンザイム(当時,天野製薬)の研究所(現愛知県北名古屋市)で,放線菌の一種S-8112株(後にStreptoverticillium mobaraenseのvariantと同定され,現在ではStreptomyces mobaraensisと再分類されている)がトランスグルタミナーゼを生産することが見いだされた.
筆者は当時同じ研究所の別のグループに在籍していたが,以下の経緯で発見に至ったと聞いている.当時,研究所内で種々の研究目的で土壌より分離された多種多様な菌株の培養液ストックが調製されていたが,これらを含めて多くの培養上清サンプルの中から,動物のトランスグルタミナーゼ活性の簡便測定法として開発されていたN-carboxy-L-glutaminyl-glycine(Cbz-Gln-Gly)とヒドロキシルアミンから黄色のヒドロキサメートを生成する活性を示す培養液が20ほど検出され,さらに,その中から,豆乳をゲル化する能力を有する培養液がただ一つ見いだされた.その後,工夫が重ねられ,培地に基質タンパク質として血漿を有するプレートを用いて,タンパク質の凝集ハロ形成能を指標にしたスクリーニングも試みられ,最終的にS-8112株が選抜された.
トランスグルタミナーゼは当時,食品加工分野への応用において潜在能力のある酵素として一部では知られていたが,その給源はモルモットの肝臓など動物臓器しかなかったために実用化は難しかった.本発見により,培養することにより無限に製造できると言っても良い微生物から見いだされたことが,その後の本酵素の実用化のキーファクターの一つであったことは言を待たない.本発見をなされた筆者の会社の先輩である松浦 明,故安藤裕康の両氏の業績は,トランスグルタミナーゼの有用性にいち早く目を付けられていた味の素株式会社の関係者の方々のご卓見とともに高く賞賛されるべきものと感ずる.本酵素は世界の食品産業に大きなインパクトを与えている.