Kagaku to Seibutsu 54(2): 75-76 (2016)
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明らかとなったスフィンゴ脂質の代謝経路フィトスフィンゴシン代謝による奇数鎖脂肪酸の産生
Published: 2016-01-20
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
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スフィンゴ脂質はグリセロリン脂質,ステロールとともに生体膜を形成する主要な脂質分子であり,すべての真核生物に存在する.スフィンゴ脂質は多機能脂質であり,血管形成,皮膚バリア形成,細菌毒素/ウイルス受容体,糖代謝,神経機能,免疫などにおいて重要な働きをもつ(1)1) 木原章雄:医学のあゆみ,248, 1112 (2014)..スフィンゴ脂質の骨格であるセラミドは脂肪酸と長鎖塩基がアミド結合した構造をもつ(図1A図1■セラミドの構造と長鎖塩基の代謝経路).哺乳類の主要な長鎖塩基はスフィンゴシンであり,4位と5位の間にトランス二重結合をもつ.ジヒドロスフィンゴシンは飽和長鎖塩基であり,量は少ないもののすべての哺乳類組織に存在する.フィトスフィンゴシンは4位に水酸基をもち,表皮や小腸などの特異的な組織にのみ存在する.出芽酵母にはスフィンゴシンは存在せず,ジヒドロスフィンゴシンとフィトスフィンゴシンが主要な長鎖塩基である.
(A)スフィンゴ脂質は長鎖塩基と脂肪酸からなるセラミドを疎水骨格とし,長鎖塩基の1位水酸基に極性基を有す.(B)スフィンゴシンとフィトスフィンゴシンの代謝経路.C18:1は炭素数18,不飽和結合一つであることを指す.P,リン酸基;CHO,アルデヒド基;COOH,カルボキシル基;OH,水酸基.
セラミドの分解によって生じたスフィンゴシンはリン酸化されることでスフィンゴシン1-リン酸(S1P)となる.S1Pは脂質メディエーターとして知られ,免疫系での作用は多発性硬化症の治療薬(フィンゴリモド)に臨床応用されている(2)2) A. Kihara & Y. Igarashi: Biochim. Biophys. Acta, 1781, 496 (2008)..S1Pは細胞外では脂質メディエーターとして作用するが,細胞内ではスフィンゴシンの代謝中間体という側面をもつ.S1Pが2位と3位間で開裂を受けて長鎖アルデヒド(ヘキサデセナール)へと変換後,何段階かの反応を経て,炭素数16のパルミチン酸として主にグリセロリン脂質へ取り込まれることは,1960年代後半にはすでに知られていた.しかし,S1PリアーゼSPLによるS1Pの開裂以降の反応の詳細,かかわる遺伝子が明らかとなったのは最近である(3, 4)3) K. Nakahara, A. Ohkuni, T. Kitamura, K. Abe, T. Naganuma, Y. Ohno, R. A. Zoeller & A. Kihara: Mol. Cell, 46, 461 (2012).4) A. Kihara: Biochim. Biophys. Acta, 1841, 766 (2014)..ヘキサデセナールは長鎖脂肪酸(ヘキサデセン酸)への酸化,CoA付加によるヘキサデセノイルCoAへの変換,パルミトイルCoAへの飽和化を経てグリセロリン脂質へ取り込まれる(図1B図1■セラミドの構造と長鎖塩基の代謝経路).それぞれの反応は脂肪族アルデヒドデヒドロゲナーゼALDH3A2,アシルCoA合成酵素(ACSL1–6など),トランス2-エノイルCoA還元酵素TERにより触媒される.ALDH3A2遺伝子に変異が生じると皮膚神経疾患であるシェーグレン・ラルソン症候群を引き起こす.上述のS1P代謝経路はスフィンゴシンを分解する唯一の経路であり,遮断されるとスフィンゴシンは常にスフィンゴ脂質合成に再利用されることになり,スフィンゴ脂質の恒常性維持(ホメオスタシス)に異常をきたす.S1P分解経路の律速段階を触媒するSpl遺伝子のノックアウトマウスでは,肺,心臓,尿管,骨の形態異常,肝臓での代謝異常,骨髄細胞の過形成などさまざまな異常が生じ,生後1カ月以内にほとんどが死亡する.
二重結合をもたないジヒドロスフィンゴシンの代謝は基本的にはスフィンゴシンの代謝と同様であるが,不飽和結合をもたないため,飽和化のステップを欠く.フィトスフィンゴシンの代謝の前半部(長鎖脂肪酸である2-ヒドロキシパルミチン酸産生過程まで)はスフィンゴシンやジヒドロスフィンゴシンと同様であるが,4位に水酸基をもつため,代謝の後半部では独自の代謝経路をたどる.2-ヒドロキシパルミチン酸はα酸化を受けて,炭素数15の奇数脂肪酸(ペンタデカン酸)へ変換後,ペンタデカノイルCoAとなって,主にグリセロリン脂質へ取り込まれる(5)5) N. Kondo, Y. Ohno, M. Yamagata, T. Obara, N. Seki, T. Kitamura, T. Naganuma & A. Kihara: Nat. Commun., 5, 5338 (2014).(図1B図1■セラミドの構造と長鎖塩基の代謝経路).これまで生体内の奇数鎖脂肪酸の由来としては,脂肪酸合成酵素がまれに炭素数3のプロピオニルACPを使用する(通常は炭素数2のアセチルACPを出発材料にする)ことで産生されると考えられていた.奇数鎖脂肪酸は一般的な組織では偶数鎖脂肪酸の100分の1程度であるが,フィトスフィンゴシンが多い皮膚のセラミドの脂肪酸部分は約半分が奇数鎖である.フィトスフィンゴシン代謝経路はこれまで知られていなかった新しい奇数鎖脂肪酸の産生経路である.
長鎖塩基の代謝経路・代謝酵素は種を超えて保存されている.フィトスフィンゴシンは酵母でも奇数鎖脂肪酸へ代謝される.フィトスフィンゴシンの代謝酵素遺伝子の変異株では炭素数15のホスファチジルコリン量が野生株の約40%にまで減少することから,フィトスフィンゴシン代謝経路が酵母の主要な奇数鎖脂肪酸産生経路であることがわかる.また,酵母では2-ヒドロキシパルミチン酸をペンタデカン酸に変換する過程で働く新規因子として,Mpo1が同定された(5)5) N. Kondo, Y. Ohno, M. Yamagata, T. Obara, N. Seki, T. Kitamura, T. Naganuma & A. Kihara: Nat. Commun., 5, 5338 (2014)..
フィトスフィンゴシンから産生された奇数鎖脂肪酸に,偶数鎖脂肪酸と異なった機能はないようである.フィトスフィンゴシンの代謝経路は奇数鎖脂肪酸を産生するために存在するというよりは,そのままでは利用が難しい2-ヒドロキシ脂肪酸を代謝可能な非水酸化脂肪酸へ変換しようとした結果として奇数鎖脂肪酸が産み出したと考えるほうが妥当であろう.奇数鎖脂肪酸は,偶数鎖脂肪酸と同様にグリセロリン脂質やスフィンゴ脂質などほかの脂質の材料として利用できるだけでなく,β酸化による分解も可能である.奇数鎖脂肪酸のβ酸化ではアセチルCoA以外にプロピオニルCoAも産生されるが,スクシニルCoAを経てクエン酸回路で代謝される.
生体分子は一般的に狭い範囲の濃度に保たれており,そのホメオスタシスが破綻すると細胞機能が低下して疾患に結びつく例が数多く知られる.フィトスフィンゴシンの奇数鎖脂肪酸への代謝経路も,通常の長鎖塩基より水酸基を一つ多くもつフィトスフィンゴシンのホメオスタシスという観点で重要である.
Reference
1) 木原章雄:医学のあゆみ,248, 1112 (2014).
2) A. Kihara & Y. Igarashi: Biochim. Biophys. Acta, 1781, 496 (2008).