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ふぞろいなリボソームの発見とその役割新たな翻訳制御・がん化メカニズムとしての構造不均一性

Daita Nadano

灘野 大太

名古屋大学大学院生命農学研究科

Yoshihiko Sugihara

杉原 圭彦

名古屋大学大学院生命農学研究科

Published: 2016-01-20

細胞質のリボソームと聞いて多くの方がまず思い浮かべるのは,書籍・ネットなどでよく見かける二段重ねの鏡餅をひっくり返したような形状であろう.現在では,2009年にノーベル化学賞に輝いた細菌のリボソームはもちろん,巨大さゆえに困難と言われてきた哺乳類を含めた真核生物のリボソームについても,X線結晶解析などにより原子レベルでの構造が明らかになっている.こうした華々しい構造化学的な研究成果の一方,生物学的に見たリボソームはどうであろうか.たとえばタンパク質合成の初期段階である転写についてはさまざまな転写因子を巡る幾多の知見が今なお発表されているのに比べると,その後を引き継ぐ翻訳のほうは分子生物学の教科書に書かれている基本過程以外に印象が薄く,出来合いのmRNAからリボソームがポリペプチド鎖を律儀に作っている受動的な過程と思われがちとは言い過ぎであろうか.

このような状況に一石を投じるきっかけとして,赤血球造血障害を特徴とする遺伝性のダイヤモンド・ブラックファン貧血の患者がリボソームタンパク質S19の遺伝子に変異をきたしていたことが挙げられる(1)1) A. Narla & B. L. Ebert: Blood, 115, 3196 (2010)..その後,骨髄異形成症候群の一つで5番染色体長腕の一部欠失などの特徴を有する5q−症候群の原因欠損遺伝子としてリボソームタンパク質S14遺伝子が明らかにされた.また,リボソームRNAのシュードウリジン化修飾にかかわる酵素ジスケリンの変異がX連鎖型先天性角化不全症を引き起こすことが見いだされた.さらに無脾臓で生まれる先天性無脾症の原因遺伝子としてリボソームタンパク質Saが報告された.これらを含むリボソーム関連遺伝子の異常を原因とする疾患はリボソーム病(ribosomopathy)と総称されている(1, 2)1) A. Narla & B. L. Ebert: Blood, 115, 3196 (2010).2) K. De Keersmaecker, S. O. Sulima & J. D. Dinman: Blood, 125, 1377 (2015)..リボソーム病の不思議なところは,その症状が特定の部位・器官に生じる点にある.ショウジョウバエで古くから知られているMinute変異体はリボソームタンパク質遺伝子のハプロ不全(低発現)が原因とされており,短剛毛に加えて細胞増殖能低下および発育遅延の特徴をもつ.対してリボソーム病ではMinuteと違い全身に症状が出るわけではない.

リボソーム病の正確な発症メカニズムは今のところ不明であるが,その部位特異的な発症メカニズムを包括的に説明しうるものとしてリボソームフィルター仮説(3)3) V. P. Mauro & G. M. Edelman: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 99, 12031 (2002).が挙げられる.これはリボソームがその構成因子の一部を取り換えることで翻訳すべきmRNAを選択するというものである.リボソームタンパク質L38遺伝子のノックアウトマウスにおいて,形態形成にかかわるホメオボックスmRNAの翻訳が特異的に抑制されたことはこの仮説を支持する(4)4) S. Xue & M. Barna: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 13, 355 (2012)..リボソームにおいてフィルターとなる因子(原因遺伝子産物)の選択性とその異常(欠損など)が各リボソーム病特有の症状を生じさせているのかもしれない.

ではこのフィルターのようにリボソームにおいて翻訳を制御する未知因子は存在するのだろうか.たとえばフィルターの存在は,リボソームによって構成成分の一部が異なること,すなわちリボソームにおける構造上の不均一性を意味する.真核生物のリボソームは,4種類のリボソームRNAと約80種類と言われるリボソームタンパク質を含むメガダルトン級の複合体である.不均一性の理解に必要なリボソーム構成因子の全体像の解明については,リボソームがこのように巨大で多数のタンパク質を含むために大きな技術的困難を伴った.この困難にもかかわらず構成成分のたゆまぬ分析が数十年にわたって続けられ多数のリボソームタンパク質が同定された.その一方で,従来の二次元電気泳動法による正常組織やHeLaを含むがん細胞の間の比較において,リボソームタンパク質の泳動パターンは「ほとんど」同じという結論であった.

ヒトリボソームタンパク質遺伝子の多型の網羅的な探索中,筆者らのグループは偶然にリボソームタンパク質L39のパラログL39-likeの遺伝子を発見した.L39-likeのmRNAは,それまでの普遍的な発現のリボソームタンパク質の場合と異なり,多様な臓器由来のがんおよび正常組織では精巣のみに発現が観察された.この知見をリボソーム不均一性の理解への糸口と捉え,プロテオミクス的手法によるげっ歯類リボソームの網羅的解析に取り組んだ.電気泳動法の改良等により既知の哺乳類リボソームタンパク質を網羅的に俯瞰できる分析系を構築した(5)5) Y. Sugihara, H. Honda, T. Iida, T. Morinaga, S. Hino, T. Okajima, T. Matsuda & D. Nadano: J. Proteome Res., 9, 1351 (2010).図1図1■マウス肝臓リボソームのタンパク質二次元電気泳動像).この系を利用して精巣特異的に発現する3種類のリボソームタンパク質のパラログ(L10-like, L39-likeおよびS4-like)を同定し,これらが翻訳中のリボソームに含まれることなど,リボソーム不均一性の存在を報告した(5, 6)5) Y. Sugihara, H. Honda, T. Iida, T. Morinaga, S. Hino, T. Okajima, T. Matsuda & D. Nadano: J. Proteome Res., 9, 1351 (2010).6) Y. Sugihara, E. Sadohara, K. Yonezawa, M. Kugo, K. Oshima, T. Matsuda & D. Nadano: Gene, 521, 91 (2013)..また,ジンクフィンガータンパク質Lyarを精巣リボソームの新たな不均一性因子として同定し,その翻訳促進効果をin vitroの実験から示した(7)7) K. Yonezawa, Y. Sugihara, K. Oshima, T. Matsuda & D. Nadano: Mol. Cell. Biochem., 395, 221 (2014)..同定されたリボソームタンパク質のパラログは,それぞれのオルソログとの一次構造の高い相同性から,オルソログに置き換わる形でリボソームの構成因子になると思われる.このようないわば置換因子に,Lyarのようなリボソームに付加・結合することで不均一性を生じさせる因子(付加因子)が加わり,細胞/組織レベルにおいてリボソームに構造上の不均一性がもたらされると考えられる(図2図2■哺乳類リボソームの構造不均一性およびその推定される意義).

図1■マウス肝臓リボソームのタンパク質二次元電気泳動像

各スポットから質量分析によって同定された既知のリボソームタンパク質の名称を図に示す.リボソームタンパク質の多くは強塩基性かつ低分子量であり,既存の方法による哺乳類リボソームの分析には限界があった.文献5よりAmerican Chemical Societyの許諾を得て掲載.

図2■哺乳類リボソームの構造不均一性およびその推定される意義

精巣の生殖細胞において,精巣特異的な置換因子(リボソームタンパク質のパラログL10-like, L39-likeおよびS4-like)ならびに付加因子(Lyar)によって正常組織体細胞の場合と一部構造が異なるリボソームが存在する(5~7)5) Y. Sugihara, H. Honda, T. Iida, T. Morinaga, S. Hino, T. Okajima, T. Matsuda & D. Nadano: J. Proteome Res., 9, 1351 (2010).7) K. Yonezawa, Y. Sugihara, K. Oshima, T. Matsuda & D. Nadano: Mol. Cell. Biochem., 395, 221 (2014)..このような不均一性はLyarを高発現するがん細胞においても見いだされ,翻訳亢進を介して細胞増殖に関与する可能性が示唆されている(7)7) K. Yonezawa, Y. Sugihara, K. Oshima, T. Matsuda & D. Nadano: Mol. Cell. Biochem., 395, 221 (2014).

上記のL39-likeおよびLyarは精巣以外にがん細胞に高発現する.このことは正常組織のみならずがんにおいてもリボソーム不均一性がある,いわば「がんリボソーム」の存在が推定される.Lyarはその翻訳促進効果から翻訳亢進を介してがん細胞の増殖へ寄与することが示唆されている(図2図2■哺乳類リボソームの構造不均一性およびその推定される意義).がん抑制遺伝子やがん原遺伝子の中にリボソームの生合成に影響するものが存在する(8)8) C. R. Stumpf & D. Ruggero: Curr. Opin. Genet. Dev., 21, 474 (2011).などがんとリボソームの関係解明は重要と考えられる.またがんリボソームに関連してリボソーム病において興味深い報告がされており,意外なことに多くのこれら疾患の患者にがんの頻発が示されている(8)8) C. R. Stumpf & D. Ruggero: Curr. Opin. Genet. Dev., 21, 474 (2011)..細胞増殖にタンパク質合成の亢進が不可欠であることを考えると,リボソームの機能不全が推定されるリボソーム病におけるがん発生は一見矛盾するように思われ,その謎解きが待たれる(2)2) K. De Keersmaecker, S. O. Sulima & J. D. Dinman: Blood, 125, 1377 (2015).

がんなどの疾患を含めたリボソームにおける不均一性のさらなる構造解析,ならびに同定された新規リボソーム構成因子の機能解析によって,フィルターとしてのリボソームの役割を含めた翻訳制御機構の解明が期待される.そしてそれは新たながん化メカニズムの発見にもつながると推察される.最後に,本稿では筆者らが取り組んできた哺乳類リボソームに焦点を当てた.もし興味をもっていただけたなら,より広範な内容で文献引用も豊富なリボソーム不均一性の総説(4, 9)4) S. Xue & M. Barna: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 13, 355 (2012).9) M. Sauert, H. Temmel & I. Moll: Biochimie, 114, 39 (2015).を参照されたい.

Reference

1) A. Narla & B. L. Ebert: Blood, 115, 3196 (2010).

2) K. De Keersmaecker, S. O. Sulima & J. D. Dinman: Blood, 125, 1377 (2015).

3) V. P. Mauro & G. M. Edelman: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 99, 12031 (2002).

4) S. Xue & M. Barna: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 13, 355 (2012).

5) Y. Sugihara, H. Honda, T. Iida, T. Morinaga, S. Hino, T. Okajima, T. Matsuda & D. Nadano: J. Proteome Res., 9, 1351 (2010).

6) Y. Sugihara, E. Sadohara, K. Yonezawa, M. Kugo, K. Oshima, T. Matsuda & D. Nadano: Gene, 521, 91 (2013).

7) K. Yonezawa, Y. Sugihara, K. Oshima, T. Matsuda & D. Nadano: Mol. Cell. Biochem., 395, 221 (2014).

8) C. R. Stumpf & D. Ruggero: Curr. Opin. Genet. Dev., 21, 474 (2011).

9) M. Sauert, H. Temmel & I. Moll: Biochimie, 114, 39 (2015).