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グラム陰性細菌の多剤耐性β-Lactam系抗生物質の外膜透過・排出速度の測定結果を例に理解する

Seiji Kojima

児島 征司

東北大学大学院生命科学研究科 ◇ 〒980-8577 宮城県仙台市青葉区片平二丁目1番1号

Graduate School of Life Sciences, Tohoku University ◇ Katahira 2-1-1, Aoba-ku, Sendai-shi, Miyagi 980-8577, Japan

東北大学学際科学フロンティア研究所 ◇ 〒980-8578 宮城県仙台市青葉区荒巻字青葉6番3号

Frontier Research Institute for Interdisciplinary Sciences, Tohoku University ◇ Aramaki Aoba 6-3, Aoba-ku, Sendai-shi, Miyagi 980-8578, Japan

Published: 2016-01-20

多様な薬剤に対して耐性をもつ多剤耐性菌の出現・存在は21世紀の医療が抱える最も大きな問題の一つである.2013年に米国疾病予防管理センターにより報告された多剤耐性を示す細菌種の多くは緑膿菌,アシネトバクター,また大腸菌やクレブシエラなどのEnterobacteriaceae科の細菌群に代表されるグラム陰性細菌が占める.グラム陰性細菌の多剤耐性の特徴は,1)外膜の透過障壁性により薬剤の流入を制限し,かつ 2)多剤排出ポンプが外膜を通過した薬剤を細胞外へ排出するという2つの作用により,多様な薬剤に対して細胞内流入を効果的に阻害する防御機構をもっている点にある(図1A図1■グラム陰性細菌に対する薬剤の挙動).薬剤排出速度の定量的測定は長らく困難であったが,2009年に大腸菌のAcrAB-TolC多剤排出ポンプによるβ-lactam系抗生物質(以下β-Lactams)の排出測定法が初めて確立された(1, 2)1) K. Nagano & H. Nikaido: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 106, 5854 (2009).2) S. P. Lim & H. Nikaido: Antimicrob. Agents Chemother., 54, 1800 (2010)..加えて2013年にβ-Lactamsの大腸菌外膜透過速度が精査されたことにより(3)3) S. Kojima & H. Nikaido: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, E2629 (2013).,β-Lactamsの外膜の内外における挙動(透過・排出)のすべてが数値として明らかになり,大腸菌のβ-Lactams耐性の定量的理解が大きく進展した.本稿では,β-Lactamsの透過・排出速度の測定法と測定結果に焦点を当てながら,本実験から見えてきたグラム陰性細菌の多剤耐性の特性について簡単に統括し紹介する.

図1■グラム陰性細菌に対する薬剤の挙動

(A)グラム陰性細菌の細胞表層と薬剤の挙動を示した模式図(文献4をもとに作図した).排出ポンプは細胞質膜で単独で機能し,細胞質からペリプラズムへの排出を行うものと,細胞質膜と外膜にまたがる複合体を形成して細胞外への直接排出を行うものの2つに大別される.RNDポンプは細胞質膜のポンプ部分(AcrB)と,外膜チャネル(TolC),およびmembrane fusionタンパク質(AcrA)で構成される.(B) β-lactamsの挙動を示す模式図.(C)透過障壁性,排出活性,およびβ-lactamase活性がそれぞれ1/5倍(左)および5倍(右)になった場合を仮定したpenicillin GのCp vs. Co曲線.WTとΔacrBはそれぞれ野生株とacrB欠損株を示す.野生株のMICは約810 μMなので,Cp値が約0.35 μMに達すると生育阻害が起こると考えることができる.

外膜の透過障壁性と多剤排出ポンプ(4, 5)

グラム陰性細菌の外膜は外葉がリポ多糖,内葉がリン脂質で形成される非対称脂質二重層であり,一般的なリン脂質二重層に比べ疎水性物質の透過を著しく阻害する.さらに親水性物質の透過を担う外膜チャネルは分子サイズの大きい化合物(大腸菌の場合,おおよそ分子量>600)の流入を遮断するため,外膜は疎水性および(比較的高分子量の)親水性物質の流入を効果的に制限できる(図1A図1■グラム陰性細菌に対する薬剤の挙動).多剤排出ポンプは複数種あるが,大別すると細胞質膜で単独で機能するものと,細胞質膜と外膜にまたがる複合体を形成し薬剤を細胞外へ直接排出するものの2つに分類される.後者の代表がresistance-nodulation-division(RND)superfamilyに属する排出ポンプであり,プロトン駆動力を利用し極めて多様な薬剤を排出でき,多剤耐性への寄与が最も大きい.大腸菌AcrAB-TolCはRNDポンプのプロトタイプとして研究が最も進んでいる.AcrBは細胞質膜に3量体で構成されポンプの主体として機能し,基質(排出される薬剤)をペリプラズムないし細胞質膜内部で認識してプロトン駆動力を利用した排出動作により外膜チャネルTolCに送り込む.AcrAはペリプラズムに局在し,複合体形成とポンプ機能の両方に必須の働きをする(図1A図1■グラム陰性細菌に対する薬剤の挙動).

β-Lactamsの外膜透過・排出速度の測定

AcrAB-TolCに関しては大腸菌の多剤耐性の主要因となることが1990年代に明らかにされて以来活発な研究が続けられ,1999年には精製AcrBをリポソームに再構成した試験管内実験系が確立された(6)6) H. I. Zgurskaya & H. Nikaido: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 7190 (1999)..しかし実際の生細胞内ではAcrAB-TolCは細胞質膜と外膜をまたぐ複合体ポンプとして機能する性質上,排出速度の厳密な定量的測定は再構成系では難しく,排出キネティクスの諸定数の決定は2009年に生細胞を用いたβ-Lactams排出速度測定法が確立されるまで待たれることとなった.排出活性を数値化するためには,1)外膜透過・排出速度が定量的に測定できること,2)ペリプラズムのβ-Lactams濃度(Cp)を測定できること,の2点が肝となる.これらの点は,ペリプラズムに局在するβ-Lactams分解酵素(β-Lactamase)による加水分解反応を検出する方策を取ることで解決された.すなわち,β-Lactamsを外的投与したときの外膜透過速度をVin,排出速度をVe,加水分解速度をVhとすると,これらは定常状態でVinVeVhの関係を取る(図1B図1■グラム陰性細菌に対する薬剤の挙動)(少なくとも15分程度の実験条件下では定常状態を保つことが確認されている).β-Lactamsの加水分解反応は比色分析により検出できるためVhが実測値として得られ,さらにCpがミカエリス–メンテン式CpVhKm/(VmaxVh)(VmaxKmは細胞破砕液中のβ-lactamase活性から求められる)から算出される.ポンプ機能を脱共役剤の投与もしくはacrB遺伝子の破壊により欠失させると,VinVhとなり,Vinが得られる.外膜透過は非特異的な受動拡散であるため,フィックの拡散方程式VinPA・(CoCp)(Coは細胞外濃度,Pは透過係数,Aは細胞表面積で大腸菌の場合132 cm2/mg [cell dry weight])に従い,VinCpの算出値からPが求められる.最終段階として同様の実験をacrB株で行うと,VinVeVhとなるため,Vinの理論値[=PA・(CoCp)]とVhの実測値との差がVeとして求められる.測定結果を例示すると,penicillin Gの外膜透過係数はP=0.07×10−5 cm/s,排出キネティクスの定数(下記を参照)はVmax=0.085 nmol/s/mg [cell dry weight],K0.5=0.3 μM,ヒル定数h=4.0である(3)3) S. Kojima & H. Nikaido: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, E2629 (2013)..

測定結果から見えてくること

現在までに13種のβ-Lactamsの排出キネティクスが測定されている.Nitrocefinを除くすべてのβ-Lactamsにおいて,Ve値をCpに対してプロットするとヒル方程式VeVmaxCph/(K0.5hCph)(hはヒル定数)に従うS字型飽和曲線が得られる.このタイプの曲線はAcrBの排出動作に正の協同作用(positive cooperativity)があることを示している.2006年にAcrBと基質の共結晶構造が解かれた際にAcrBの動作原理として3量体間の協同作用がすでに推定されていたが(7, 8)7) S. Murakami, R. Nakashima, E. Yamashita, T. Matsumoto & A. Yamaguchi: Nature, 443, 173 (2006).8) M. A. Seeger, A. Schiefner, T. Eicher, F. Verrey, K. Diederichs & K. M. Pos: Science, 313, 1295 (2006).,これを実験事実として裏づけている.基質の親和性を示すK0.5Kmに相当)は親水的なセフェム系β-Lactamsで5~300 μM,より疎水的なペニシリン系β-Lactamsで1 μM前後である.また,外膜透過・排出の両方が数値化されたことにより,β-Lactams耐性を定量的な視点で理解することが可能になった.β-Lactamsの標的はペリプラズムに局在するペニシリン結合タンパク質なので,耐性は投与濃度(Co)に対してCpをどのくらい低く抑えられるかで決まる.CoCpの対応関係はVinVeVhに実験で得られた諸定数を代入すると理論値として算出でき(理論値は実測したCo vs. Cpプロットとよく一致する),これを利用して透過障壁・排出活性・β-Lactamase活性の耐性への寄与が概観できる.図1C図1■グラム陰性細菌に対する薬剤の挙動は例としてpenicillin GのCoCpの対応関係を,透過障壁性,排出活性およびβ-Lactamase活性がそれぞれ1/5倍および5倍になった場合を仮定し算出したものである.Cpの値は透過障壁性と排出活性に著しく依存しており,両者の寄与の大きさが図から明らかである.したがって細菌にとっては透過障壁性と排出活性を上げることが耐性獲得に最も有効な手段となっていることがわかる.これは現実の多剤耐性菌の多くで外膜チャネルの欠失(これにより透過障壁性が上がる)と多剤排出ポンプの発現増加が同時に起こっていることからも確認できる(4)4) X. Z. Li, P. Plésiat & H. Nikaido: Clin. Microbiol. Rev., 28, 337 (2015).

以上がβ-Lactamsの外膜透過・排出測定結果から得られる示唆である.細胞質内の因子を標的とするほかの薬剤の排出キネティクスは測定されていないが,いずれの薬剤もペリプラズムを通過する以上, β-Lactamsと同様に透過障壁性と排出活性が多剤耐性の主因となることは疑いようがない.多剤耐性問題の解決には透過障壁性の克服と排出活性の阻害が鍵となる.排出ポンプ阻害剤は研究・開発が進んでおり,排出活性を効果的に阻害できる数種の化合物が既に報告されている(9, 10)9) T. J. Opperman, S. M. Kwasny, H. S. Kim, S. T. Nguyen, C. Houseweart, S. D'Souza, G. C. Walker, N. P. Peet, H. Nikaido & T. L. Bowlin: Antimicrob. Agents Chemother., 58, 722 (2014).10) R. Nakashima, K. Sakurai, S. Yamasaki, K. Hayashi, C. Nagata, K. Hoshino, Y. Onodera, K. Nishino & A. Yamaguchi: Nature, 500, 102 (2013)..現時点で実用化されたものはないが今後の進展が待たれる.一方,ポリミキシン系抗生物質は外膜透過障壁性を破壊することが知られているが腎毒性が強く有効な薬剤となり得ていない.透過障壁性の克服には新たな研究展開が望まれる.

Reference

1) K. Nagano & H. Nikaido: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 106, 5854 (2009).

2) S. P. Lim & H. Nikaido: Antimicrob. Agents Chemother., 54, 1800 (2010).

3) S. Kojima & H. Nikaido: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, E2629 (2013).

4) X. Z. Li, P. Plésiat & H. Nikaido: Clin. Microbiol. Rev., 28, 337 (2015).

5) K. M. Pos: Biochim. Biophys. Acta, 1794, 782 (2009).

6) H. I. Zgurskaya & H. Nikaido: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 7190 (1999).

7) S. Murakami, R. Nakashima, E. Yamashita, T. Matsumoto & A. Yamaguchi: Nature, 443, 173 (2006).

8) M. A. Seeger, A. Schiefner, T. Eicher, F. Verrey, K. Diederichs & K. M. Pos: Science, 313, 1295 (2006).

9) T. J. Opperman, S. M. Kwasny, H. S. Kim, S. T. Nguyen, C. Houseweart, S. D'Souza, G. C. Walker, N. P. Peet, H. Nikaido & T. L. Bowlin: Antimicrob. Agents Chemother., 58, 722 (2014).

10) R. Nakashima, K. Sakurai, S. Yamasaki, K. Hayashi, C. Nagata, K. Hoshino, Y. Onodera, K. Nishino & A. Yamaguchi: Nature, 500, 102 (2013).