Kagaku to Seibutsu 54(2): 94-101 (2016)
解説
葉と根のコミュニケーションによる根粒形成の遠距離制御
Long-Distance Control of Nodulation Through Communication Between Leaves and Roots
Published: 2016-01-20
マメ科植物と根粒菌の共生は地球上で最も成功した相利共生の一つである.この共生により,マメ科植物は窒素栄養分が乏しい環境でも生育することができる.一方,根粒の形成と窒素固定には多くの生体エネルギーが消費されるため,根粒の着生数は植物によって厳密に制御されている.この制御には根粒形成のオートレギュレーションと呼ばれる制御系が深くかかわっており,これは葉と根の遠距離コミュニケーションによって構成されている.オートレギュレーションの現象の発見から,今日の分子レベルでの理解まで,遠距離コミュニケーションの全容について紹介する.
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2016 公益社団法人日本農芸化学会
クローバーに親和性のある根粒菌を感染させると,2から3日のうちに根の皮層組織に根粒の原基が形成され,数日後にはヘモグロビンを蓄積する根粒が分化する.ここで根粒菌はバクテロイドへと分化し,ニトロゲナーゼにより大気中の窒素を固定する.1950年代初頭,Nutmanは鋭利なナイフを用いて,赤クローバーの根に形成されている成熟根粒を切除する実験を行った.すると,根の根粒が形成されていなかった領域に一過的に新たに根粒が誘導されることを見いだした(1)1) P. S. Nutman: Ann. Bot. (Lond.), 16, 79 (1952)..
根粒では窒素固定が行われており,大気中の窒素はアンモニアに変換される.過剰な窒素栄養が根粒形成を抑制することは広く知られているので,ニトロゲナーゼにより固定された窒素化合物がさらなる根粒の発生を抑制している可能性がある.Nutmanは窒素固定する前の根粒原基を切除する実験も試みた.その結果,根粒原基を切除しても,根粒形成が誘導された(1)1) P. S. Nutman: Ann. Bot. (Lond.), 16, 79 (1952)..以上の結果から,窒素固定の有無にかかわらず,先に形成されている根粒および根粒原基は,さらなる根粒形成の阻害因子として働いていることが示された.この現象は「根粒形成の自己制御」と表現することができ,Autoregulation Of Nodulation(AON)という概念が,ここから生まれたのである.
1980年代にアメリカのBauerらはダイズを用いて,根粒菌のスポット感染実験を行った.通常,根粒菌を感染させるときには,ポットあるいは寒天培地上で育てた植物の根全体に,根粒菌を含む液体を与えて感染させる.しかしBauerらは,根粒菌を根全体に感染させるのではなく,局所的にスポットする手法で感染させ,その後根粒形成ポテンシャルを評価した(2)2) T. V. Bhuvaneswari, B. G. Turgeon & W. D. Bauer: Plant Physiol., 66, 1027 (1980)..その結果,根はいずれの場所においても均等に根粒形成能をもつのではなく,場所により根粒が形成されにくい部位とされやすい部位があることがわかった.特に,根端の近くの根毛が生えつつある領域で根粒はよく誘導された.彼らは,この根粒菌の感染を受けやすい領域を,susceptible zoneと呼んだ(2)2) T. V. Bhuvaneswari, B. G. Turgeon & W. D. Bauer: Plant Physiol., 66, 1027 (1980)..
次にBauerらは,この根端の近傍領域に一度根粒菌を接種して,ある一定時間をおいた後,もう一度根の先端領域に根粒菌を接種するdouble spot実験を行った.その結果,ダイズの場合15時間以上の時間が経過すると,二度目の接種では根粒の形成は先端部位でも抑圧されることを発見した.このdouble spot実験から,根粒形成の負のフィードバック制御は,根粒菌の感染によって早いステージから駆動されることがわかってきたのである(3)3) M. Pierce & W. D. Bauer: Plant Physiol., 73, 286 (1983)..
根粒菌感染によるフィードバック制御が,感染を受けた部位のみで起こるのではなく,システミック(遠距離)に伝達されることは,1984年にハワイ大のKosslakとBohloolにより示された(4)4) R. M. Kosslak & B. B. Bohlool: Plant Physiol., 75, 125 (1984)..
彼らはダイズを用いてスプリットルート実験を行った.まず1個体のダイズの根を均等に2つに分け,rootAとrootBとする.次にrootAのみに根粒菌を感染させ,一定時間をおいた後にrootBに根粒菌を接種する.rootAとrootBの根粒形成がお互いに干渉することなく進行するならば,両者に形成される根粒数は,ほぼ同数になると予想される.しかし実際は,あとに感染させたrootBの根粒数は,先に感染させたrootAの根粒数より有意に少ないことが示された(4)4) R. M. Kosslak & B. B. Bohlool: Plant Physiol., 75, 125 (1984)..このことは,根粒菌の感染による根粒抑制効果が,rootAからrootBへとシステミックに伝達されたことを物語っている.遠距離シグナリングの発見であった.
上記感染実験が盛んに行われた1980年代は,エンドウやダイズで根粒形成や窒素固定の変異体が単離された時期と重なる.AONのフィードバック制御が失われた変異体は根粒を過剰に着生すると予想される.Gresshoffらのグループは根粒形成が高濃度の硝酸によって抑制される現象に着目した.彼らはダイズを用いて,高濃度の硝酸存在下でも根粒が形成される変異体のスクリーニングを試みたところ,根粒を過剰に着生する変異体(根粒超着生変異体)を単離することに成功し,ntsと名づけた(5, 6)5) B. J. Carroll, D. L. McNeil & P. M. Gresshoff: Plant Physiol., 78, 34 (1985).6) B. J. Carroll, D. L. McNeil & P. M. Gresshoff: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 82, 4162 (1985)..ntsはnitrate-tolerant symbiosisの略であり,「硝酸耐性の共生変異体」を意味する.
さて,ここで硝酸などの窒素栄養がキーワードのように出てくるが,本稿ではそれについてはほとんど触れない.硝酸による根粒形成や窒素固定の制御に関しては新潟大の大山らによる優れた一連の生理学的実験があるので,そちらを参考にしていただければと思う(7)7) 大山卓爾,伊藤小百合,大竹憲邦,末吉 邦:化学と生物,44, 752 (2006)..また,硝酸による根粒形成抑制の現象は1864年に発見され(8)8) F. Rautenberg & G. Kühn Landw: Landw.Vers.-Sta., 6, 355 (1864).,すでに150年以上の年月が経つが,遺伝子レベルではほとんど明らかにされていない.AONと硝酸による制御という2つの現象の関連は深く絡み合っており,別途論じる必要があると考えている.
nts変異体を用いた接ぎ木実験から,興味深い結果が得られた.野生型を台木にして,ntsのシュートを継ぐと,根に過剰な根粒が形成された.一方,ntsを台木にして野生型のシュートを継ぐと,根の根粒数は野生型のレベルまでに抑制された.つまり,根における根粒着生の表現型は,根ではなく,シュートの遺伝子型によって決まっているということが示されたのである(9)9) A. C. Delves, A. Mathews, D. A. Day, A. S. Carter, B. J. Carroll & P. M. Gresshoff: Plant Physiol., 82, 588 (1986)..またこの結果から,野生型のシュートにおいて根粒形成をシステミックに抑制する移動性の物質の存在が想定され,nts変異体のシュートではその物質が失われているために,根粒が過剰に形成されると解釈された(ただし,ここではnts変異体で根粒形成を促進する物質が多量に生産されている可能性も考えられる).
スプリットルート実験から見えてきた根から根へのシステミックな抑制と,NTSを介したシュートからの制御が,同じシグナル伝達経路を介していると仮定するならば,感染根からシュートに伝達される遠距離のシグナル物質が必要となってくる.1990年にGresshoffらは,それを考慮し2つの遠距離シグナル物質からなるAONモデルを提唱した(10)10) G. Caetano-Anollés & P. M. Gresshoff: Plant Sci., 71, 69 (1990).(図1図1■2つの遠距離シグナル物質を介した根粒形成のオートレギュレーションモデル).そのモデルでは,根の根粒原基からシュートに移動するシグナル物質を「Q」,シュートから根に伝達されるシグナル物質を「Shoot-derived Inhibitor; SDI」としている.
まず,根粒菌の感染により根でシグナル物質「Q」が合成され,シュートに伝達される.ダイズnts変異体は「Q」を受容して「SDI」を合成するプロセスにかかわると予想される.「SDI」はシュートから根に伝達され,さらなる根粒の形成を抑制する.
マメ科植物のシュートには,子葉,複葉,茎,葉軸,茎頂などある.佐藤らは,nts変異体(Nod1–3)の複葉の一小葉から不定根を誘導し,根粒の着生様式を調べた.その結果,地上部としては小葉しかない(茎も葉軸もない)にもかかわらず,その不定根に根粒菌を感染させると,野生型の小葉由来の不定根と比べてntsの小葉由来の不定根は過剰に根粒を形成した.このことから,SDIは少なくとも葉で合成されることが示されたのである(11)11) 佐藤 孝,八島裕幸,J. E. Harper, 赤尾勝一郎,大山卓爾:日本土壌肥料學雜誌,68, 444, (1997)..
筆者は大学院博士課程を修了したころ,この根と葉のコミュニケーションによる根粒形成の制御に強い興味をもち,それを分子レベルで明らかにしようと考えた.そのとき選んだ材料は,日本に自生するマメ科の草本ミヤコグサLotus japonicusであった.
根粒形成,窒素固定,そしてAONを直接制御する遺伝子群を解明することを目的に,ミヤコグサを用いて共生変異体の大規模スクリーニングを行った.AONに関係する変異体は負のフィードバック制御を失い,根粒数が増えることが期待される.網羅的なスクリーニングと遺伝解析から根粒超着生を示すhar1, klavier, tml, plentyなどが単離された(12~15)12) J. Wopereis, E. Pajuelo, F. B. Dazzo, Q. Jiang, P. M. Gresshoff, F. J. De Bruijn, J. Stougaard & K. Szczyglowski: Plant J., 23, 97 (2000).15) D. E. Reid, B. J. Ferguson, S. Hayashi, Y. H. Lin & P. M. Gresshoff: Ann. Bot. (Lond.), 108, 789 (2011)..AONの解析は,ダイズのほか,エンドウやタルウマゴヤシMedicago truncatulaにおいても精力的に行われており,AONではエンドウのnod3, sym29, sym28変異体,タルウマゴヤシではrdn, sunnなどが有名である.以降では顕著な研究の進展を見せているミヤコグサとダイズでの成果を中心に紹介する.
ミヤコグサのhar1変異体は根粒菌を感染させると根の広い領域にわたって根粒を過剰に形成する.一方,根粒菌を感染させない非感染状態では,主根が野生型より短く,側根が多い表現型を示すので,HAR1は根系の制御にもかかわっている.接ぎ木実験により,har1はnts変異体と同様シュート制御であることが示された.SDIを合成できないために根粒超着生となると考えられる.ミヤコグサの分子遺伝地図の構築は1999年に始まり,ポジショナルクローニングによりhar1の原因遺伝子が特定された.HAR1遺伝子はLRR型の受容体様キナーゼをコードしていた(16, 17)16) R. Nishimura, M. Hayashi, G. J. Wu, H. Kouchi, H. Imaizumi-Anraku, Y. Murakami, S. Kawasaki, S. Akao, M. Ohmori, M. Nagasawa et al.: Nature, 420, 426 (2002).17) L. Krusell, L. H. Madsen, S. Sato, G. Aubert, A. Genua, K. Szczyglowski, G. Duc, T. Kaneko, S. Tabata, F. de Bruijn et al.: Nature, 420, 422 (2002)..HAR1のオルソログ遺伝子を赤尾らが単離したダイズnts変異体(En6500系統(18)18) S. Akao & H. Kouchi: Soil Sci. Plant Nutr., 38, 183 (1992).)で調べると,膜貫通ドメインの近傍にナンセンス変異が検出された.一方Gresshoffのチームもポジショナルクローニングによりntsの原因遺伝子を特定し,Nodule Autoregulation Receptor Kinase(NARK)と命名した(19).LRR型受容体様キナーゼは巨大なファミリーを形成し,モデル植物のシロイヌナズナには416もの遺伝子が存在する.興味深いことに,多くのLRR型受容体様キナーゼの中でHAR1/NARKは,茎頂メリステム(SAM)の幹細胞の維持にかかわるCLAVATA1(CLV1)と最も高い相同性を示した(20)20) E. Oka-Kira & M. Kawaguchi: Curr. Opin. Plant Biol., 9, 496 (2006).(図2図2■根粒形成とSAMの制御機構).CLV1は分泌性のCLV3(CLE)ペプチドを受容し,WUSCHELを抑制することでSAMを維持している.逆にclv1変異体では,幹細胞数が増加することでSAMは肥大化し,茎の帯化が見られることが知られている(21)21) S. E. Clark, M. P. Running & E. M. Meyerowitz: Development, 119, 397 (1993)..
発現部位を調べてみると,HAR1やNARKは,葉,茎,根など全身で発現しているのに対し,CLV1が特異的に発現しているSAMでは強く抑制されていた(16, 18)16) R. Nishimura, M. Hayashi, G. J. Wu, H. Kouchi, H. Imaizumi-Anraku, Y. Murakami, S. Kawasaki, S. Akao, M. Ohmori, M. Nagasawa et al.: Nature, 420, 426 (2002).18) S. Akao & H. Kouchi: Soil Sci. Plant Nutr., 38, 183 (1992)..シロイヌナズナとマメ科植物で,鍵遺伝子の発現パターンが大きく異なることが示された.また,har1やnts変異体において帯化は見られずメリステムにも異常が観察されないことから,マメのSAMは何が維持しているかという新たな問題が浮上した.
植物の成長にとってSAMは地上部を生み出す極めて重要な組織である.では,いったいマメ科植物のSAMは何が維持しているのであろうか.話が少し横道にそれるが,実は,har1と同様根粒超着生を示すklavier(klv)変異体からヒントが得られた.このklvの原因遺伝子は根粒形成に関して,HAR1と同様にシュートで機能することがわかっている.またhar1と異なりclv1のようにSAMが肥大し,二叉分岐や帯化というシュートの形態異常がしばしば認められる.二重変異体の解析より,根粒形成制御に関してKLVはHAR1と同一経路で機能すること,さらに原因遺伝子はLRR型の受容体型キナーゼをコードしており,シロイヌナズナの受容体様キナーゼRPK2のオルソログであることが示された(22)22) H. Miyazawa, E. Oka-Kira, N. Sato, H. Takahashi, G. J. Wu, S. Sato, M. Hayashi, S. Betsuyaku, M. Nakazono, S. Tabata et al.: Development, 137, 4317 (2011).(図1図1■2つの遠距離シグナル物質を介した根粒形成のオートレギュレーションモデル).RPK2は葯の発生に深くかかわる機能をもつが,木下らによりSAMの制御にもかかわっていることが示されている(23).KLVとHAR1のタンパク間相互作用をNicotiana benthamianaで調べたところ,KLV, HAR1はそれぞれホモダイマーを形成するが,ヘテロダイマーも形成しうることが示された.
では,CLV1と同じ機能をもつとされるLRR型受容体CLV2はどうだろうか.双子葉植物からトウモロコシなどの単子葉植物において,CLV2 LRR型受容体タンパク質は,SAM形成に必要であることが示されている.ミヤコグサでもCLV2のオルソログは存在し,TILLING解析から変異系統では僅かに根粒形成の増加が確認された.一方,エンドウでは典型的な根粒超着生変異体にsym28がある.この変異体はシュート制御で茎の帯化が観察されるなど,ミヤコグサのklvと表現型がよく似ている(24)24) M. Sagan & G. Duc: Symbiosis, 20, 229 (1996)..sym28の原因遺伝子はCLV2のオルソログであった(25)25) L. Krusell, N. Sato, I. Fukuhara, B. E. Koch, C. Grossmann, S. Okamoto, E. Oka-Kira, Y. Otsubo, G. Aubert, T. Nakagawa et al.: Plant J., 65, 861 (2011)..まとめると,KLVやCLV2はマメ科植物のSAMを維持するとともに,葉から根粒の数を遠隔制御していたのである.いずれにしても,根粒形成の全身制御に必要とされる遺伝子は,非マメ科植物ではSAMを制御する遺伝子であったのは予想外の事実であった.
さて,根から葉へと伝達される遠距離シグナル物質「根由来シグナル」の探索についての話をしよう.これについては,HAR1の遺伝子同定が手がかりとなった.先に述べたように,ミヤコグサのHAR1やダイズなどのマメ科植物のオルソログはシロイヌナズナのCLV1,イネのFON1と最も高い相同性を有している(20).CLV1やFON1はそれぞれCLV3, FON2/4がコードする分泌性のCLEペプチドを受容してSAMを制御すると考えられていることから,HAR1のリガンドもCLEドメインをもったペプチドでなないかと推察された.それが「根由来シグナル」として機能しているかもしれない.
当時ミヤコグサの全ゲノム解読はかずさDNA研究所により進められており,その中から39のCLE遺伝子を特定した.
根からシュートに伝達される「根由来シグナル」は,根粒菌の感染によって特異的に誘導されることが期待される.すべてのCLE遺伝子について感染応答を調べてみると,CLE-RS1とCLE-RS2が根粒菌の感染により根で顕著に発現が誘導されることが示された.また,この2つの遺伝子をそれぞれ毛状根で特異的に過剰発現させると,根粒形成が極めて強く抑制されることがわかった.さらに,この抑制はシステミックに働き非形質転換根にまで及ぶこと,またこのシステミックな抑制にはHAR1とKLVのレセプター様キナーゼが必要であることが示されたのである(26)26) S. Okamoto, E. Ohnishi, S. Sato, H. Takahashi, M. Nakazono, S. Tabata & M. Kawaguchi: Plant Cell Physiol., 50, 67 (2009)..
一方で,CLE-RS1, -RS2の発現誘導には,根粒菌が分泌する根粒誘導因子のNod factorやNod factorシグナリングの構成因子が必要であった.すなわち,Nod factorは根粒形成の正の制御因子として機能するとともに,CLE-RS1, -RS2の発現誘導を介して,根粒形成をシステミックに抑制しうる働きをもっていたのである.
では,Nod factorシグナリングの構成因子のうち,何がCLE-RS1, -RS2の発現のスイッチを入れているだろうか.それは,NODULE INCEPTION(NIN)である.NINは根粒原基形成に必須のRWP-RKドメインをもった転写因子でCLE-RS1, -RS2のプロモータ領域に結合し,直接的に転写活性化することが示された(27)27) T. Soyano, H. Hirakawa, S. Sato, M. Hayashi & M. Kawaguchi: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, 14607 (2014)..
ここで一つの問題に直面した.CLE-RS1, -RS2遺伝子を根で過剰発現するとシステミックに根粒形成は抑制されるが,それらのペプチドを人工合成し,葉の切り口から与えても根粒の数は全く減少しないのである.1 mMの高濃度でも全く抑制効果が認められない.ここでCLE-RSペプチドが翻訳後修飾を受け,活性型となる可能性が考えられた.
ミヤコグサの毛状根とシロイヌナズナ形質転換体の実生の液体培養により液体中に分泌される産物を調べてみると,7位のヒドロキシプロリンがアラビノース化されたCLEペプチドが検出された.そこで松林らの協力によりアラビノース修飾されたCLE-RS1, -RS2が合成され,このペプチドを人工合成し子葉の切り口から与えたところ,100 nMの濃度で根粒形成をシステミックに抑制する生理活性があることが示された.さらにHAR1との相互作用を調べてみると,アラビノース鎖のないCLEペプチドはヨードラベルされた糖修飾CLE-RSペプチドとHAR1の結合を阻害しなかったが,アラビノース修飾されたCLE-RSペプチドは阻害した.このことから,アラビノース修飾されたCLE-RSペプチドがHAR1のリガンドであることが示された(28)28) S. Okamoto, H. Shinohara, T. Mori, Y. Matsubayashi & M. Kawaguchi: Nat. Commun., 4, 2191 (2013)..
では,糖修飾されたCLEペプチドは根からシュートへと伝達されるのだろうか.ダイズに毛状根を誘導し,そこにミヤコグサのCLE-RS2を発現させ,後にダイズ導管液を回収しLC-MS/MSで分析した.その結果,導管液中にアラビノース修飾されたミヤコグサのCLEペプチドが検出された(28)28) S. Okamoto, H. Shinohara, T. Mori, Y. Matsubayashi & M. Kawaguchi: Nat. Commun., 4, 2191 (2013)..糖修飾を受けたCLE-RS2ペプチドが,器官間を遠距離移行しうることが初めて示されたのである.以上の結果から,アラビノース修飾を受けたCLE-RSペプチドが,「根由来シグナル」の分子的実体の有力候補と考えられる.
AONは葉と根のコミュニケーションにより成立する制御系である.では,AONの根で機能する因子は何であろうか.根粒超着生変異体を用いた接ぎ木実験から,「根」制御の変異体であるtoo much love(tml)が見つかった(29)29) S. Magori, E. Oka-Kira, S. Shibata, Y. Umehara, H. Kouchi, Y. Hase, A. Tanaka, S. Sato, S. Tabata & M. Kawaguchi: Mol. Plant Microbe Interact., 22, 259 (2009)..また,tmlとhar1の二重変異体の解析から,TMLはHAR1と同一経路で機能することが示された.この結果から,TMLは根からシュートへの発信,あるいは,SDIの根での受容のいずれかで働いていると考えられる.それを明らかにするために逆Y字接ぎ木実験が試みられた(図3図3■ミヤコグサtml変異体を用いた逆Y字接ぎ木実験).
根粒菌の感染後,野生型の根とTMLの接ぎ根に同じ数の根粒が形成されれば,TMLはシュートへの発信にかかわると考えられ(図3図3■ミヤコグサtml変異体を用いた逆Y字接ぎ木実験上),逆に,TMLの接ぎ根のみに根粒超着生が観察されれば,TMLはHAR1の下流で機能する(図3図3■ミヤコグサtml変異体を用いた逆Y字接ぎ木実験下)と考えられる.
これは変則的な接ぎ木であり,一方の胚軸にキレコミを入れ,そこにもう片方の根を差し込んで接ぎ根をする方法である.その後に根粒菌を感染させて表現型を解析する.もし2種の根で根粒数が同じように形成されれば,TMLは根からシュートへの発信にかかわり,逆に接ぎ根にその遺伝型の表現型が現れれば,HAR1の下流で機能すると考えられる.実験を試みると,野生型の胚軸に継いだtml変異体の根には顕著な根粒過剰着生が見られたことから,TMLはHAR1の下流で機能することが示された(28)28) S. Okamoto, H. Shinohara, T. Mori, Y. Matsubayashi & M. Kawaguchi: Nat. Commun., 4, 2191 (2013)..次世代シーケンサーを使って原因遺伝子を特定すると,TMLはkelchモチーフをもつF-boxタンパク質をコードしていた(30)30) M. Takahara, S. Magori, T. Soyano, S. Okamoto, C. Yoshida, K. Yano, S. Sato, S. Tabata, K. Yamaguchi, S. Shigenobu et al.: Plant Cell Physiol., 54, 433 (2013)..シロイヌナズナには100個ほどのF-box kelch遺伝子が見つかっているが,青色光受容体などを除いて機能が判明しているものは少ない.TMLは根でSDIの受容あるいはそれを仲介する因子であると思われる.
葉で作られるSDIは,AONの最終段階にかかわる最も重要なシグナル分子である.その実体は何であろうか.最も正当的で信頼性の高いアプローチは,根粒抑制を指標としたバイオアッセイ系の構築による物質の絞り込みである.有馬とGresshoffらのグループが,それぞれ独立にダイズを用いたバイオアッセイ系を構築し,葉由来の物質の探索を行っている.有馬グループは,ダイズの葉の葉軸部分を切り取り,挿し木によって不定根を誘導するアッセイ系を構築した(31)31) H. Yamaya & Y. Arima: Jpn. J. Soil Sci. Plant Nutr., 75, 685 (2004)..根粒超着生変異体Nod1-3(ntsのアレル)の葉軸の切断部位から不定根を誘導した後,根粒菌を感染させる.その一方で,葉からの抽出物を小葉の基部から投与することによって,根粒形成に与える影響を評価するのである.その結果,野生型の葉由来の抽出物に根粒抑制活性があることを明らかにし,shoot-synthesized nodulation-restricting substance (s)(SNRS)と命名した(32)32) H. Yamaya & Y. Arima: Soil Sci. Plant Nutr., 56, 115 (2010)..次に精製を進め,HPLCで根粒抑制活性をもつ2つのピークを検出することに成功している(33)33) T. Kenjo, H. Yamaya & Y. Arima: Soil Sci. Plant Nutr., 56, 399 (2010)..興味あることに,検出した2つのピークはNod1-3変異体では検出されていないことから,SNRSはNARKレセプター様キナーゼ依存的に作られると考えられる.ただし内生量の少なさから,SNRSの分子構造を確定するには至っていない.一方Gresshoffのグループは,ダイズの葉軸を切断して,その切断面にチューブを連結し,葉からの抽出物を注入するというやり方のバイオアッセイ系を構築している(34)34) Y.-H. Lin, B. J. Ferguson, A. Kereszt & P. M. Gresshoff: New Phytol., 185, 1074 (2010)..このアッセイ系から,根粒菌の感染を受けた野生型の葉特異的,かつNARK依存的に根粒形成を抑制する物質が存在することを確認している.さらに,その物質を含む分画はRNAase処理やプロテアーゼ処理により失活せず,サイズフラクションにより分子量は1,000以下と見積もられた.RNAやタンパク質とは異なる低分子化合物と結論づけている(34)34) Y.-H. Lin, B. J. Ferguson, A. Kereszt & P. M. Gresshoff: New Phytol., 185, 1074 (2010)..
モデル生物は一般に小型であり,ミヤコグサではそもそもバイオアッセイ系の構築が難しい.そこで,筆者らは理研の榊原らの協力を得て網羅的な植物ホルモン分析を行った.用いたのはCLE-RS1, -RS2を過剰発現した形質転換体,野生型,har1変異体である.各種ホルモン分析の結果,サイトカイニンの前駆体であるN6-(Δ2-isopentenyl)adenine riboside 5′-phosphates(iPRPs)の内生量が,CLE-RS1, -RS2を過剰発現した形質転換体で野生型より多く,逆にhar1変異体で少ないという正の相関データが得られた(35)35) T. Sasaki, T. Suzaki, T. Soyano, M. Kojima, H. Sakakibara & M. Kawaguchi: Nat. Commun., 5, 4983 (2014)..サイトカイニンは細胞分裂を誘導し,根粒形成の正の制御因子として機能することが知られているが,予期せぬことに,根粒形成を抑制するSDIの候補として浮かび上がってきたのである.
次にサイトカイニンの投与実験が行われた.根に局所的に与える実験では,皮層の細胞分裂を誘導し根粒原基を形成することが示されている.人工サイトカイニンのBAPを子葉の切断面から与えると,システミックに根粒形成の抑制活性を示した.もっともシュートから根粒形成を抑制する物質としては,ジャスモン酸,ポリアミン,ブラシノライドなど報告されている.続いてtml変異体にBAPを与えると,根粒形成の抑制は全く検出されず,むしろ若干増えるという結果が得られた.さらにサイトカイニン合成の鍵遺伝子であるIPT3(36)36) K. Takei, N. Ueda, K. Aoki, T. Kuromori, T. Hirayama, K. Shinozaki, T. Yamaya & H. Sakakibara: Plant Cell Physiol., 45, 1053 (2004).の発現を調べてみると,根粒菌の感染によってIPT3が葉でシステミックに誘導されること,その発現部位は,HAR1が発現する師部と同じであること,シュートにおけるIPT3の誘導はhar1変異体では観察されないことなど,SDIをサイトカイニンと考えても矛盾しない結果が続いた.
サイトカイニンは葉から根へと遠距離移行するのであろうか.13C, 15Nでラベル化したサイトカイニンを子葉の切り口から与え,根への移動が調べられた.ラベル化サイトカイニンおよびその代謝産物は,投与してから4時間以降に根の先端部に蓄積していた(35)35) T. Sasaki, T. Suzaki, T. Soyano, M. Kojima, H. Sakakibara & M. Kawaguchi: Nat. Commun., 5, 4983 (2014)..以上の知見をまとめると,CLE-RSペプチドを受けたHAR1が葉でサイトカイニンの合成を促進し,それが根に伝達され,TMLを介して根粒形成を抑制していると考えられる(図2図2■根粒形成とSAMの制御機構).
ミヤコグサにおける一連の研究から,サイトカイニンがSDIの有力候補として浮上してきた.しかしもちろん,いまだ検証段階である.たとえばIPT3遺伝子の欠損変異体の解析がなされているが,それをシュートに接ぎ木しても顕著な根粒過剰着生を示さないことや,サイトカイニンによってシュートで別の物質が誘導され,それが根に輸送されて根粒形成を制御している可能性もあることなどから,SDIと結論づけるには至っていない.サイトカイニンといっても多様な分子種があるし,またダイズのバイオアッセイ系で絞り込まれてきている物質との整合性も明らかではない.
また本稿では,AONを現象の発見から最近の知見について述べてきたが,シュートからの遠隔制御は負の制御ばかりではない.佐賀大学の鈴木らは,赤色光受容体であるファイトクロムBを介して生体内のジャスモン酸量を調節することで根粒形成を促進するという新しいシグナル伝達系を発見している(37)37) A. Suzuki, L. Suriyagoda, T. Shigeyama, A. Tominaga, M. Sasaki, Y. Hiratsuka, A. Yoshinaga, S. Arima, S. Agarie, T. Sakai et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 16837 (2011)..また最近,タルウマゴヤシで,シュートから根粒形成を促進するLRR型受容体キナーゼCRA2が報告されている(38)38) E. Huault, C. Laffont, J. Wen, K. S. Mysore, P. Ratet, G. Duc & F. Frugier: PLoS Genet., 10, e1004891 (2014)..
根粒を形成しないシロイヌナズナでも興味ある知見が得られている.CEPペプチド遺伝子が窒素飢餓で誘導され,根からシュートに伝達されるという遠距離制御のモデルが提唱されている(39)39) R. Tabata, K. Sumida, T. Yoshii, K. Ohyama, H. Shinohara & Y. Matsubayashi: Science, 346, 343 (2014)..またSAMの制御因子として有名なCLV1は,最近窒素シグナリングを仲介しており,根の形成を制御しているという知見も得られている(40)40) T. Araya, M. Miyamoto, J. Wibowo, A. Suzuki, S. Kojima, Y. N. Tsuchiya, S. Sawa, H. Fukuda, N. von Wirén & H. Takahashi: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, 2029 (2014)..
それらの新規なシグナル伝達の解明とともに,AONとのクロストークの研究も今後の重要な課題であると思われる.さらなる研究の進展を期待したい.
Reference
1) P. S. Nutman: Ann. Bot. (Lond.), 16, 79 (1952).
2) T. V. Bhuvaneswari, B. G. Turgeon & W. D. Bauer: Plant Physiol., 66, 1027 (1980).
3) M. Pierce & W. D. Bauer: Plant Physiol., 73, 286 (1983).
4) R. M. Kosslak & B. B. Bohlool: Plant Physiol., 75, 125 (1984).
5) B. J. Carroll, D. L. McNeil & P. M. Gresshoff: Plant Physiol., 78, 34 (1985).
6) B. J. Carroll, D. L. McNeil & P. M. Gresshoff: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 82, 4162 (1985).
7) 大山卓爾,伊藤小百合,大竹憲邦,末吉 邦:化学と生物,44, 752 (2006).
8) F. Rautenberg & G. Kühn Landw: Landw.Vers.-Sta., 6, 355 (1864).
10) G. Caetano-Anollés & P. M. Gresshoff: Plant Sci., 71, 69 (1990).
11) 佐藤 孝,八島裕幸,J. E. Harper, 赤尾勝一郎,大山卓爾:日本土壌肥料學雜誌,68, 444, (1997).
18) S. Akao & H. Kouchi: Soil Sci. Plant Nutr., 38, 183 (1992).
20) E. Oka-Kira & M. Kawaguchi: Curr. Opin. Plant Biol., 9, 496 (2006).
21) S. E. Clark, M. P. Running & E. M. Meyerowitz: Development, 119, 397 (1993).
24) M. Sagan & G. Duc: Symbiosis, 20, 229 (1996).
28) S. Okamoto, H. Shinohara, T. Mori, Y. Matsubayashi & M. Kawaguchi: Nat. Commun., 4, 2191 (2013).
31) H. Yamaya & Y. Arima: Jpn. J. Soil Sci. Plant Nutr., 75, 685 (2004).
32) H. Yamaya & Y. Arima: Soil Sci. Plant Nutr., 56, 115 (2010).
33) T. Kenjo, H. Yamaya & Y. Arima: Soil Sci. Plant Nutr., 56, 399 (2010).
34) Y.-H. Lin, B. J. Ferguson, A. Kereszt & P. M. Gresshoff: New Phytol., 185, 1074 (2010).