解説

食べ物の「こく」を科学するその現状と展望

“Koku” Involved in Food Palatability: An Overview of Pioneering Work and Outstanding Questions

Toshihide Nishimura

西村 敏英

日本獣医生命科学大学応用生命科学部 ◇ 〒180-8602 東京都武蔵野市境南町一丁目7番1号

Faculty of Applied Life Science, Nippon Veterinary and Life Science University ◇ Kyonan-cho 1-7-1, Musashino-shi, Tokyo 180-8602, Japan

Ai Egusa

江草

日本獣医生命科学大学応用生命科学部 ◇ 〒180-8602 東京都武蔵野市境南町一丁目7番1号

Faculty of Applied Life Science, Nippon Veterinary and Life Science University ◇ Kyonan-cho 1-7-1, Musashino-shi, Tokyo 180-8602, Japan

Published: 2016-01-20

「こく」は,現在,おいしさと同義語で使用されている場合が多い.しかし,「こく」は,味,香り,食感,色,艶と同様に,それぞれの食べ物が有する特性の一つであり,おいしさを決める要因である.「こく」には強弱が存在し,それぞれの食べ物に適した「こく」の強さでおいしさが付与される.「こく」は,食べ物の持つ味,香り,食感による複数の刺激から形成される複雑さによる特性である.これらの複数の刺激は,その食べ物の特徴を決める味わいのベースとなる部分であり,さらに持続性や広がりが付与されたときに「こく」が感じられる.このベース部分からできる味わいに持続性や広がりを与えることができる重要な成分として,現在,うま味物質と油脂が挙げられる.このうち,うま味物質は,味や香りからなる風味質を強くすると同時に広がりや持続性を与える.また,油脂は香気成分を保持することで,「こく」の特性である持続性を与えることができることがわかってきた.

はじめに

おいしい食べ物を口に入れたときに,そのおいしさを表現する言葉として「こく」がよく使われる.特に,カレー,シチュー,ラーメン,チーズなどの食べ物に使われてきた.最近では,マヨネーズ,コーヒー,ココア,ヨーグルト,プリン,キムチ,ビール,調味料などの商品名にも「こく」という言葉が使われるようになってきた.このように,「こく」はいろいろな食べ物に使われているが,それぞれの食品の「こく」がどのような味わいを指しているのかと聞かれたときに,具体的にそれを説明できない場合が多い.これは,「こく」に対してきちんとした定義がないからであろう.

本稿では,これまでの「こく」に関する知見をもとに提案した「こく」の定義を解説するとともに,「こく」がおいしさと違って,おいしさを決定する一つの要因であることを解説する.また,食べ物の「こく」がどのようにして形成されるかに関して,「こく」付与物質の分類を紹介する.さらに,「こく」を解明していくうえで,今後取り組むべき課題を取り上げた.

食べ物のおいしさは,どのような要因で決定されるか

食べ物のおいしさを決める要因はたくさんあると同時に,非常に複雑である.これらの要因は大きく分けて,食べ物の素材に由来するものとヒト由来のものに分けられる(1)1) 山野義正,山口静子:“おいしさの科学”(山野義正,山口静子編,朝倉書店),1994, pp. 3–6.図1図1■食べ物のおいしさを決める要因).

図1■食べ物のおいしさを決める要因

食べ物の素材に由来する要因は,甘味,苦味,酸味などの味,食べ物の特徴を知らせる香り,軟らかさ・硬さ,ジューシーさ,舌ざわりなどの食感,それぞれの特徴を表す色,口の中に入れた食べ物を噛んだときに生じる音,熱い・冷たいなどの温度などがある.これらの要因は,それぞれの食べ物の特徴を表す場合が多く,食べ物に含まれる成分や構造により決まってくる.後ほど解説するが,「こく」も食べ物の素材に由来するもので,おいしさを決める要因の一つである.

一方,ヒト由来の要因としては,食べるヒトの経験や知識がある.具体的には,小さいころからの食習慣がある.薄い塩味の味噌汁を飲んできたヒトは,濃い塩味の味噌汁をしょっぱいと感じて,おいしくないと思う.また,食文化もおいしさを決定する重要な要因である.欧米の人々は,日本人が好むカツオだしの香りや生だこの食感を嫌っており,これらをおいしいと思わない.過去の体験もおいしさの決定に大きな影響を与える.おいしいと思って食べていた「カキ」でも,あるときに「カキ」で食あたりをした途端においしくない食べ物に変わってしまう.さらに,食に関する情報も重要である.アイドル歌手がコマーシャルのなかでおいしそうに飲んでいるコーヒーを見ると,そのコーヒーはおいしいだろうという先入観をもってしまいがちである.このような情報は,食べ物の販売戦略としてよく使われる.

また,生理状態や心理状態も食べ物のおいしさに重要な影響を与える.たとえば,風邪をひいて,健康状態が悪いと普段はおいしいと思って食べているものでもおいしくないと感じる.お腹が空いていると何でもおいしく感じてしまう現象はよく経験することである.また,緊張しているときや怒っているときも,食べ物をおいしく感じられない.

このように,ヒト由来の要因は,非常に複雑である.同じ食べ物を食べてもヒトによって,おいしさの感じ方が違うことから,客観的な評価は難しい.しかし,食べ物の素材に由来する要因は,食べ物に含まれる成分や構造によって決定されるものであることから,客観的な評価が可能であると言える.

「こく」と「おいしさ」は同義語ではない

私たちは,日常生活で,「こく」と「おいしさ」を同義語として使っている場合が多い.しかし,これらは同義語ではない.たとえば,多くのヒトがおいしいと思っている食べ物のなかに,カレー,シチュー,豚骨ラーメン,ナシ,レモンジュース,梅干しなどがある(2)2) 西村敏英,江草 愛:月刊フードケミカル,352,25 (2014).図2図2■「こく」と「おいしさ」は同義語ではない).このなかで,一般的に「こく」がある食品は,カレー,シチュー,豚骨ラーメンであって,ナシ,レモンジュース,梅干しに「こく」があるとは言わない.また,豚骨ラーメンは,多くのヒトが「こく」があっておいしいと感じるが,おいしいと思わないヒトもいる.また,ナシ,レモンジュース,梅干しのように,「こく」がなくても,おいしい食べ物は,たくさん存在している.このようなことから,「こく」と「おいしさ」は同義語ではないと言えよう.

図2■「こく」と「おいしさ」は同義語ではない

既述したように,「こく」は,味,香り,食感,色などと同じように,食べ物のおいしさを決めている一つの要因である.ほかの要因と同様に,「こく」にも強弱がある(図3図3■「こく」の強さを示す概念図).「こく」が強いとおいしい食べ物もあるが,あまり強すぎるとおいしくなくなってしまうものもあり,それぞれの食べ物において,おいしいと感じるときの適切な「こく」の強さは異なるのである.また,「こく」がなくてもおいしい食べ物もたくさんある.

図3■「こく」の強さを示す概念図

このように,「こく」は,食べ物のおいしさを決める要因であることから,それぞれの食べ物に強弱があり,客観的な評価が可能である.多くのヒトがおいしいと感じるカレーも,ルーのとろみ(粘性)があるカレーをおいしいと感じるヒトもいるが,粘性の小さい水っぽいルーをおいしいと感じるヒトもいる.いずれのカレーも「こく」があるが,粘性の大きいとろみのあるカレーは「こく」がより強いと評価される.とろみのあるカレーをおいしいと思うか否かは,そのヒトの食習慣や食体験がかかわっており,主観的な評価となる.

このような理由から,「こく」と「おいしさ」は,異なるものであると考えられる.

「こく」の定義

「こく」は,カレーやシチューのように,多くの食材を使用し,長時間煮込んで調理したもの,また,チーズや生ハムように,長時間熟成した食べ物,さらに,豚骨ラーメンのように油脂がある程度たっぷり含まれているものに使われる場合が多い.「こく」は,いったいどのように定義できるのか.

「こく」は,味,香りならびに食感による複数の刺激で引き起こされる現象である.味噌汁は,「こく」のある食べ物であるが,調味料の入っていない味噌を湯に溶いて作った味噌汁は風味が弱く,「こく」はほとんど感じられない.しかし,これにうま味調味料を添加すると,風味全体が強くなり,広がりや持続性が生まれ,「こく」が強く感じられる.

普段から「こく」があっておいしいと思っている「カレーライス」や「シチュー」を,鼻をつまんで食べると,「こく」が半減してしまう.これは,鼻をつまむことによって,カレー独特の香りによる複雑さ・濃厚感,持続性や広がりが弱くなり,「こく」の強度が弱くなってしまうからである.

このように,「こく」には,味だけでなく,香り,食感によるすべての感覚がかかわっていると言える.ただし,それらの刺激がある程度バランスよく与えられるときに「こく」が感じられる.「カレー」も激辛カレーのように辛さが突出している場合には,「こく」を感じられなくなる.辛いカレーがおいしいと思っているヒトは,このカレーをおいしいと感じるかもしれないが,刺激のバランスが崩れることによって,このカレーの「こく」が感じられなくなる.「こく」の発現には,味,香り,食感の刺激が多く存在し,ある程度バランスよく与えられることが大切である.

筆者らは,これまでのさまざまな知見をもとに,『「こく」は,味,香り,食感に関する多くの刺激〈濃厚感(複雑さ,あつみ:complexity)〉で生ずるものであるが,それらがある程度バランスよく与えられ,持続性(lastingness)や広がり(mouthfulness)があるときに感じられる味わいである』(2)2) 西村敏英,江草 愛:月刊フードケミカル,352,25 (2014).と提案している.

複雑さ・濃厚感は,「こく」を有する食べ物のベースの部分になる.しかし,ベースの部分に呈味成分や香気成分の種類が少なく,単純な感覚の食べ物には,「こく」は感じられない.また,ベースになる部分に,多くの刺激が存在しても,持続性や広がりが小さいと「こく」を強く感じられない.

食べ物に「こく」を付与,あるいはより強くするために,どうすればよいのか.たとえば,食べ物を製造,あるいは調理をする場合に,熟成,発酵,加熱,加工(調味料の添加)などの処理を行うが,これらは食品により多くの刺激因子を増やすと同時に,持続性や広がりを付与し,バランスを整える役割を果たしていると考えられる.まさに,「こく」を付与する方法である.

「こく」付与物質とその分類

「こく」のある食べ物には,味,香り,食感による多くの刺激から形成される味わいのベースがある.この部分には,複雑さが必要で,基本味からなる多くの呈味成分,その食べ物の特徴的な香りを形成する多くの香気成分ならびに特徴的な食感に関する構造や成分がかかわっている.このような複雑さの付与にかかわる「こく」付与物質を以下のように分類した.

また,複雑な刺激だけでは,「こく」は形成されない.これらの複雑な刺激による感覚に加えて,広がりと持続性を付与することが「こく」の形成に不可欠であると考えられる.それに寄与する重要な成分として,うま味物質と油脂が挙げられる.

1. 「こく」付与物質の分類

先の項で提案した「こく」の定義に基づいて,「こく」付与物質の分類を試みた.「こく」付与物質は,味,香り,食感のそれぞれに関わるものがあり,3つに大きく分類することができる(図4図4■「こく」付与物質の分類).

図4■「こく」付与物質の分類

図5■「こく」のある食べ物を作る

(1)味に関する「こく」付与物質

a. 「こく」付与呈味物質

うま味物質,苦味物質および酸味物質などの基本味物質は,食べ物のなかで,「こく」を付与することができることから,「こく」付与物質に分類される.多くの呈味物質が存在すると,複雑な味が形成され,「こく」のベース部分ができる.うま味物質は,それ自身,独特の味質をもっているが,ほかの食材と存在すると,その風味の広がりと持続性をもたらすことが明らかとなっており,「こく」の形成には不可欠な呈味成分の一つである.たとえば,うま味調味料無添加の味噌で味噌汁を作ると,味わい全体の強さが弱いが,これにうま味調味料を添加すると風味が全体に広がり,風味の持続性が感じられるようになる.これは,後述するが,うま味物質による口中香の増強作用によると考えられる.また,カレーに苦味物質が含まれているフリーズドライの粉末コーヒーを入れると風味が複雑になり,「こく」が増強されることが知られている.酸味物質は,隠し味としてよく使われ,少量を添加すると,食べ物の味に複雑さが感じられ,「こく」が増強される.苦味物質や酸味物質も「こく」増強効果を有すると考えられる.これらは,雑味や隠し味と呼ばれているものに相当すると考えられる.

このように,味わいで複雑さを感じさせる場合には,同じ味質ではなく,味質の異なる呈味物質を加えることが「こく」の増強につながる.

b. 「こく」付与味修飾物質

それ自身,味を示さない濃度で添加すると,うま味を増強し,「こく」を付与できる物質として,アリイン(3)3) Y. Ueda, M. Sakaguchi, K. Hirayama, R. Miyajima & A. Kimizuka: Agric. Biol. Chem., 54, 163 (1990).,PeCSO(4)4) Y. Ueda, T. Tsubuku & R. Miyajima: Biosci. Biotechnol. Biochem., 58, 108 (1994).,ペプチド(5)5) 渡辺勝子,藍 恵玲,山口勝己,鴻巣章二:日食工誌,37, 439 (1990).,A8(6)6) K. Shima, N. Yamada, E. Suzuki & T. Harada: J. Agric. Food Chem., 46, 1465 (1998).,メーラードペプチド(7)7) M. Ogasawara, E. Katsumata & M. Egi: Food Chem., 99, 600 (2006).,糖ペプチド,コク味物質(8~12)8) A. Dunkel, J. Koster & T. Hofmann: J. Agric. Food Chem., 55, 6712 (2007).9) S. Toelstede, A. Dunkel & T. Hofmann: J. Agric. Food Chem., 57, 1440 (2009).10) T. Ohtsu, Y. Amino, H. Nagasaki, T. Yamanaka, S. Takeshita et al.: J. Biol. Chem., 285, 1016 (2010).11) Y. Maruyama, R. Yasuda, M. Kuroda & Y. Eto: PLoS ONE, 7, 1 (2012).12) M. Kuroda, Y. Kato, J. Yamazaki, N. Kageyama, T. Mizukoshi, H. Miyama & Y. Eto: Food Chem., 14, 823 (2013).が報告されている.最近,多くの報告がされているコク味物質は,味を示さない濃度でうま味や甘味の溶液に添加すると,味に厚みや広がりを付与することができる.コク味物質を含むこれらの物質が「こく」を付与する詳細なメカニズムは解明されていない.これらは直接「こく」を付与するというよりは,うま味物質の「こく」付与効果を増強している可能性があり,味修飾物質として分類されるのが良いと思われる.

(2)香りに関する「こく」付与物質

a. 「こく」付与香気物質

味だけではなく,香りも「こく」の発現に大きく寄与していることから,「こく」付与物質として考えられる.チーズを熟成すると,味物質だけではなく,それぞれのスターターが多くの香気物質を生成する.これらの香気成分は,食べ物の味わいに複雑さを付与し,「こく」形成につながる.

また,ピラジンは,食べ物の風味質に広がりを与える「こく」付与物質として報告されている(13)13) 斉藤知明:味と匂誌, 11, 165 (2004)..また,最近,めんつゆの「こく」増強物質として,2-アセチルフラン,2-エチルヘキサノール,1-オクテン3-オールが報告されている(14)14) 早瀬文孝,高萩 康,渡辺寛人:日本食品科学工学会誌,60, 59 (2013)..さらに,フタライドもチキンブロスの風味を増強することが知られている(15)15) Y. Kurobayashi, Y. Kasumi, A. Fujita, Y. Morimitsu & K. Kubota: J. Agric. Food Chem., 56, 512 (2008)..このように,香気物質で食べ物のベースの風味に濃厚感・複雑さ,持続性,広がりを強めるものは,「こく」付与香気物質と考えられる.香気物質の「こく」付与効果のメカニズムは,今後解明すべき重要な課題である.

b. 「こく」付与香気修飾物質

それ自身には,香りがないが,香りの持続性を付与することで,「こく」付与効果がある物質として油脂の存在がわかってきた.一般的に,油が含まれている食べ物がおいしいと言われているが,その理由は明確にされていなかった.われわれの最近の研究により,後述するように,油脂の「こく」付与効果の一つとして,香りの持続効果が重要であることがわかってきた(16, 17)16) 西村敏英,江草 愛:味と匂誌,19, 165 (2012).17) T. Nishimura, A. S. Egusa, A. Nagao, T. Odahara, T. Sugise, N. Mizoguchi & Y. Nosho: Food Chem., 192, 724 (2016)..これは,タマネギ加熱濃縮物に含まれる植物ステロールで見いだされた効果である.この物質は,香気物質ではないが,香気物質の保持効果を有する「こく」付与香気修飾物質として分類できる.油脂が香気成分を保持すると,喫食時に油脂から香気成分が徐々に放出されるため,香りの持続性をもたらし,「こく」の形成につながる.

(3)食感にかかわる「こく」付与物質(「こく」付与物理刺激物質)

味と香りに加えて,食感も食べ物に「こく」を付与する効果があると考えられる.油脂の入っている食べ物は,「こく」があることが経験的に知られている.油脂だけでなく,グリコーゲン,ゼラチン,デキストリン,β-グルカンなどにも「こく」付与効果があると報告されている.これらは,「こく」付与物理刺激物質として分類できる.

これまでに,グリコーゲンをホタテ合成エキスに添加すると,基本味の強度を変化させないが,複雑さ,持続性,広がりなどの風味質を高めることが報告されている(5)5) 渡辺勝子,藍 恵玲,山口勝己,鴻巣章二:日食工誌,37, 439 (1990)..この現象は,グリコーゲンによる「こく」付与効果と言えるが,そのメカニズムは明らかにされていない.また,ビールの「こく」は,デキストリンやβ-グルカンによると報告されている(18)18) 谷村修也:味と匂誌,9, 143 (2002)..カレーや豚骨ラーメンは,“とろみ”や“脂っこさ”によって「こく」が発現していることが知られている.これらの「こく」付与効果も今後解明すべき課題である.

「こく」付与物質とその効果の検証

前項で述べたように,「こく」の形成には,味,香り,食感による複雑な刺激による感覚に,広がりと持続性を付与することが不可欠である.それに寄与する重要な成分として,うま味物質と油脂が考えられる.うま味物質は,口中香を増強することにより,「こく」形成のベースとなる味わいに広がりと持続性を与えることができる.また,油脂は香気成分を保持し,香りの持続性を付与できることがわかってきた.

1. うま味物質の口中香増強効果

われわれは,鶏だしエキスを用いて,うま味物質の口中香への影響を調べた.鶏だしエキスは,藤村ら(19)19) S. Fujimura, S. Kawano, H. Koga, H. Takeda, M. Kadowaki & T. Ishibashi: Anim. Sci. Technol. (Jpn.), 66, 43 (1995).やDunkelら(20)20) A. Dunkel & T. Hofmann: J. Agric. Biol. Chem., 57, 9867 (2009).が報告している呈味成分28種類と鶏だしの特徴的な香気成分を混合して,調製した.オミッションテストで,再構成した鶏だしエキスから1種類ずつ呈味成分を除いて,鶏だしエキスの風味を官能評価で調べると,GluもしくはIMPを除いたときに,鶏だしエキスの口中香が著しく低下した.

一方,アディションテストで,鶏だし香気成分からなる香り溶液に,呈味成分を添加して口中香への影響を調べた.香り溶液にGluとIMPを添加したときに,口中香が著しく強くなり,うま味物質が口中香を強めることが明らかとなった(21)21) T. Nishimura, S. Goto, K. Miura, Y. Takakura, A. S. Egusa & H. Wakabayashi: Food Chem., 196, 577 (2016)..このことから,うま味物質は食べ物のおいしさを特徴づけている口中香を強め,風味の広がりによる「こく」付与効果を発揮していると推定された.

2. 植物ステロールの香り持続性付与効果

タマネギは,さまざまな料理に使用される食材であるが,最近,タマネギ搾汁液を160°Cで濃縮した「タマネギ濃縮物」に香りを保持する効果があることが見いだされた(16, 17)16) 西村敏英,江草 愛:味と匂誌,19, 165 (2012).17) T. Nishimura, A. S. Egusa, A. Nagao, T. Odahara, T. Sugise, N. Mizoguchi & Y. Nosho: Food Chem., 192, 724 (2016)..特に,タマネギ濃縮物の固形分にその効果が顕著に認められた.そこで,固形分がどのような物質からなるかを熱分解GC/MSで調べた.

その結果,これはタマネギ加熱濃縮物に含まれる植物ステロールのβ-シトステロールとスティグマステロールを部分構造にもつ物質による効果であると推定された.

そこで,タマネギの主要香気成分の一つであるメチルプロピルジスルフィドの両ステロールへの結合性をヘッドスペースGCで調べた結果,両ステロールがメチルプロピルジスルフィドを保持することが明らかとなった.また,β-シトステロールをコンソメスープに添加すると,コンソメスープの濃厚感や香りの持続性が高められることが明らかとなった.

これらのことから,タマネギに含まれる植物ステロールは,調理した食べ物の香りを保持することができ,それを喫食したときに香りが徐々に放出され,香りが保持されていると推察された.

以上のように,うま味物質と植物ステロールは,食べ物のおいしさを決める「こく」を付与するために不可欠な成分であると考えている.

食肉やチーズの熟成により「こく」が形成される

食べ物の「こく」は,味,香り,食感による複雑な刺激による感覚に,広がりと持続性が付与されて形成される.たとえば,食肉やチーズに「こく」があると言われるが,「こく」はどのように形成されるのか.

食肉の場合には,と殺直後の筋肉は死後硬直を起こし,硬くなると同時に風味が乏しい.しかし,一定期間低温で貯蔵することにより,軟らかくなると同時に味や香りも改善されることはよく知られている.この中で,味や香りが改善される要因として,低温で貯蔵する熟成中に遊離アミノ酸やペプチドが増加することが挙げられている(22)22) 西村敏英:月刊フードケミカル,273, 49 (2008)..遊離アミノ酸の中で,グルタミン酸の増加はうま味の増強に重要である.また,アミノ酸の増加は,加熱による肉様香気成分の形成にも重要である.生成されるペプチドは,酸味を抑制する効果が知られている.さらに,脂質由来の香りの形成も熟成中に生じることが知られている.

このように,熟成による呈味成分や香気成分の増加,ならびに加熱による香気成分の生成は,食肉の味わいのベースとなる複雑さの形成に重要であり,「こく」の付与につながると考えられる.特にうま味物質の増加は,食肉の口中香を強め,味わいの持続性や広がりをもたらし,「こく」の付与に重要な寄与をしている.

チーズの場合も,熟成中のタンパク質の分解により,遊離アミノ酸やペプチドが生成される.また,微生物の作用で脂肪酸やアミノ酸から特徴的な香りが生成される.これらの呈味ならびに香気成分の増加が「こく」の形成に重要な役割を果たしている.さらに,数年間熟成させたゴーダチーズでは,メイラードペプチドが生成され,これが「こく」の増強作用があると報告されている.

最近,多くの食品に「こく」があると言われているが,その形成理由については不明な部分が多い.今後は,食肉やチーズの例を参考にして,「こく」に寄与する成分の同定ならびにその形成メカニズムの解明が期待される.

まとめ

これまで,明確な定義がされていない「こく」の定義を提案させていただいた.「こく」は,味だけではなく,香りや食感によっても付与されることがわかってきたので,それらを含めて定義している.また,この定義を基に,これまで報告されている「こく」付与物質の分類を試みた.そのなかで,特にうま味物質と油脂の「こく」付与における重要性を示した.

しかし,苦味や雑味と呼ばれる要因が「こく」を付与している可能性が示唆されている.また,粘性が「こく」の付与にかかわっていると考えられている.これらに関しては,全く研究がなされておらず,解明されるべき重要な課題である.

多くの方々が本稿を参考にしていただき,「こく」を有する商品の開発にお役立ていただければ幸いである.

Reference

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