セミナー室

環境ストレスを突破するための植物細胞の成長制御機構

Michitaro Shibata

柴田 美智太郎

国立研究開発法人理化学研究所環境資源科学研究センター ◇ 〒230-0045 神奈川県横浜市鶴見区末広町一丁目7番22号

Center for Sustainable Resource Science, RIKEN ◇ Suehiro-cho 1-7-22, Tsurumi-ku, Yokohama-shi, Kanagawa 230-0045, Japan

Keiko Sugimoto

杉本 慶子

国立研究開発法人理化学研究所環境資源科学研究センター ◇ 〒230-0045 神奈川県横浜市鶴見区末広町一丁目7番22号

Center for Sustainable Resource Science, RIKEN ◇ Suehiro-cho 1-7-22, Tsurumi-ku, Yokohama-shi, Kanagawa 230-0045, Japan

Published: 2016-01-20

はじめに

植物の発生学上の大きな特徴として,あらかじめプログラムされた成長に加えて,光・水・温度・土壌栄養素などの外部環境に応答した柔軟な器官成長を行うことが挙げられる.これは発芽した場所から移動することのできない植物が,自身の置かれた環境下で生き抜くために発達させてきた高度な生存戦略である.これまでは成長を促進する因子が注目を集めてきたが,近年あらゆる環境ストレスを突破するためには成長を積極的に抑制するメカニズムも重要であることが見えてきた.本稿では,シロイヌナズナにおける知見を中心に,胚軸と根毛を例に環境に応答した植物細胞の成長制御機構を解説する.

細胞を伸長させる仕組み

器官や個体の成長は,細胞増殖とその後の細胞伸長によって成り立つものあるが,植物の場合は分裂停止後の細胞伸長が非常に顕著である.シロイヌナズナの場合,根や胚軸といった器官では細胞が20~1,000倍近くも伸長することで器官成長が行われている.そこで,まずは細胞を伸長させる仕組みについて解説する.

1. 植物細胞壁の構造

植物の細胞は安定した構造物である細胞壁に囲まれている.細胞壁は主にセルロース,ヘミセルロース,ペクチンなどの多糖類,構造タンパク質,フェノール化合物から構成されている.細胞壁の骨格となるセルロースは(1→4)β-D-グルカン分子が束になった微繊維と呼ばれる構造をとり,その微繊維にキシログルカンなどのヘミセルロースが微繊維間を架橋するように接着しセルロースとヘミセルロースで網状構造を形成している.ペクチンは水和したゲル状の構造を形成し,セルロースとヘミセルロースの網状構造を包み込むように存在し,網状構造を安定にする役割を担っている(1)1) L. Braidwood, C. Breuer & K. Sugimoto: New Phytol., 201, 388 (2014).

2. 膨圧による細胞伸長

植物細胞は上記のように強固な細胞壁に囲まれることで高い膨圧を維持しており,細胞の伸長はこの膨圧が駆動力となっている.植物細胞の膨圧は0.3~1.2 MPaを記録しており,これは車のタイヤの空気圧と同程度である(2)2) E. Forouzesh, A. Goel, S. A. Mackenzie & J. A. Turner: Plant J., 73, 509 (2013)..そして細胞が伸長する際には,細胞壁が「ゆるむ」ことで膨圧を駆動力とした細胞の伸長成長が進行する.この細胞壁のゆるみとは,細胞壁の構造が再編され力学的特性が変化することをいう.ただし,伸長によって細胞壁がもろくなるわけではなく,伸長の途中でも細胞壁が一定の応力を維持するように細胞壁の構造変化と新規合成が行われ,細胞壁の性質を維持したまま細胞は伸長する.また,細胞伸長の方向も細胞壁の力学的特性によって決定する.細胞壁は多糖類からなる網状構造をとっているが,伸長する細胞ではセルロースの微繊維が平行に並び,微繊維の配向に対して平行の方向に力学的強度が増し,垂直方向に対しては低下する.その結果,膨圧によって伸長する細胞は,微繊維の向きに対して垂直に伸長していく(1)1) L. Braidwood, C. Breuer & K. Sugimoto: New Phytol., 201, 388 (2014).

3. 細胞壁のゆるみを引き起こす因子

先述のように細胞が伸長するためにはまず細胞壁がゆるめられることが必要となる.この細胞壁のゆるみを引き起こす作用のある酵素として,EXPANSIN,キシログルカン転移酵素/加水分解酵素(XTH),endo-(1,4)-β-D-glucanase(セルラーゼ)が知られている.EXPANSINはスーパーファミリーを形成しており,α-EXPANSIN(EXPA),β-EXPANSIN(EXPB),EXPANSIN-LIKE A(EXLA),EXPANSIN-LIKE B(EXLB)に分類され,シロイヌナズナでは,EXPAが26種類,EXPBが6種類,EXLAが3種類,EXLBが1種類確認されている.これらのうち,EXLAとEXLBは配列が確認されているのみで,細胞壁をゆるめる作用があるかどうかは不明である.また,EXPANSIN類は陸上植物に広く保存されているほか,バクテリアや細菌類にもexpansin-like family X(EXLX)と名づけられたEXPANSINが存在する(3)3) D. J. Cosgrove: Curr. Opin. Plant Biol., 25, 162 (2015).

XTHも,遺伝子ファミリーを形成する酵素であり,シロイヌナズナでは33遺伝子が存在する.XTHはキシログルカン分子のつなぎ変え反応,または切断反応を触媒し,細胞壁の構造変化に寄与する(4)4) J. K. Rose, J. Braam, S. C. Fry & K. Nishitani: Plant Cell Physiol., 43, 1421 (2002).

セルラーゼも,細胞壁をゆるめることで細胞伸長に寄与する酵素と考えられている(5)5) D. J. Cosgrove: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 6, 850 (2005)..シロイヌナズナのセルラーゼはGlycoside hydrolase family 9に属し,ゲノム上に25種類存在する.セルラーゼに関して詳細な分子機構は未解明な点が多いが,KORRIGAN1(KOR1)(6)6) S. Sato, T. Kato, K. Kakegawa, T. Ishii, Y. G. Liu, T. Awano, K. Takabe, Y. Nishiyama, S. Kuga, S. Sato et al.: Plant Cell Physiol., 42, 251 (2001).やGH9C1(7)7) E. del Campillo, S. Gaddam, D. Mettle-Amuah & J. Heneks: PLoS ONE, 7, e49363 (2012).などが細胞伸長に必要なことが報告されている.

オーキシンは細胞の伸長成長を促進する作用があるが,これはオーキシンがプロトンポンプをリン酸化することで活性化し,細胞壁のpHを低下させることで細胞の伸長が促進されると考えられている(8)8) K. Takahashi, K. Hayashi & T. Kinoshita: Plant Physiol., 159, 632 (2012)..酸性条件下で細胞の伸長が促進される現象は「酸成長」として古くから知られる現象であり,オーキシンによる細胞伸長もこの酸成長に基づいて起こっていると考えられている.酸性条件下で細胞伸長が起こるメカニズムの詳細は明らかではないが,酸性に至適pHをもつEXPANSINの活性の上昇がその理由であるという仮説が有力である(9, 10)9) S. McQueen-Mason, D. M. Durachko & D. J. Cosgrove: Plant Cell, 4, 1425 (1992).10) J. Sampedro & D. J. Cosgrove: Genome Biol., 6, 242 (2005).

4. 核DNA量と細胞サイズ

植物細胞の多くは,細胞分裂が終了したのちM期をスキップしてS期を繰り返すエンドサイクルへと進行する.エンドサイクルでは細胞分裂を伴わずにDNAの複製を行うため,2C→4C→8C→16Cというように核DNA量が増加していく.興味深いことに,この核DNA量は細胞の大きさと強い相関があり,シロイヌナズナの場合では根や葉の表皮細胞や胚軸の細胞でその関係がよく知られている(11, 12)11) J. E. Melaragno, B. Mehrotra & A. W. Coleman: Plant Cell, 5, 1661 (1993).12) E. Gendreau, J. Traas, T. Desnos, O. Grandjean, M. Caboche & H. Hofte: Plant Physiol., 114, 295 (1997)..また,コルヒチン処理により作成した4倍体のシロイヌナズナの細胞は2倍体の細胞と比較して明らかに巨大化することから(13)13) C. Breuer, N. J. Stacey, C. E. West, Y. Zhao, J. Chory, H. Tsukaya, Y. Azumi, A. Maxwell, K. Roberts & K. Sugimoto-Shirasu: Plant Cell, 19, 3655 (2007).,核DNA量が増加することで細胞伸長が誘導される仕組みが存在するようである.

CELL CYCLE SWITCH PROTEIN 52 A1(CCS52A1)はエンドサイクルへの進行を促進するAnaphase-promoting complex/cyclosome(APC/C)の活性化因子であるが,ccs52a1変異株はトライコームでエンドサイクルが進行せず,トライコームが小さくなるという表現型を示す(14)14) Z. Larson-Rabin, Z. Li, P. H. Masson & C. D. Day: Plant Physiol., 149, 874 (2009)..一方,GT2-LIKE1(GTL1)(15)15) C. Breuer, A. Kawamura, T. Ichikawa, R. Tominaga-Wada, T. Wada, Y. Kondou, S. Muto, M. Matsui & K. Sugimoto: Plant Cell, 21, 2307 (2009).という転写因子は,トライコームが適切な大きさまで成長したときにCCS52A1の発現を抑制することでエンドサイクルの進行を停止し,その結果としてトライコームの成長を停止していることが明らかとなった(16)16) C. Breuer, K. Morohashi, A. Kawamura, N. Takahashi, T. Ishida, M. Umeda, E. Grotewold & K. Sugimoto: EMBO J., 31, 4488 (2012)..この結果は,エンドサイクルの進行を制御することで細胞の大きさを調節する仕組みが存在することを示している.

一方,暗所での胚軸伸長が起こらないcryptochromecry)変異株などにおいてもエンドサイクルは野生株と同じように進行していたことや(17)17) E. Gendreau, H. Hofte, O. Grandjean, S. Brown & J. Traas: Plant J., 13, 221 (1998).,逆に細胞が巨大化する26Sプロテアソーム機能欠損株(rpt2a)では巨大化細胞の核DNA量に増加が見られなかったことなど(18)18) J. Kurepa, S. Wang, Y. Li, D. Zaitlin, A. J. Pierce & J. A. Smalle: Plant Physiol., 150, 178 (2009).,細胞の大きさと核DNA量が一致しない例も多数あり,必ずしも相関があるわけでもない(19)19) K. Sugimoto-Shirasu & K. Roberts: Curr. Opin. Plant Biol., 6, 544 (2003)..現在のところ,核DNA量がどのようにして細胞の伸長を促すのかはよくわかっていない.

環境に応答した細胞伸長:胚軸

暗所で発芽した実生がいわゆる「もやし」になるように,胚軸は環境に応じた成長変化が顕著な器官である(図1図1■明暗条件下で生育させたシロイヌナズナ).胚軸の伸長は,主に細胞分裂ではなく細胞伸長に依存するため(12)12) E. Gendreau, J. Traas, T. Desnos, O. Grandjean, M. Caboche & H. Hofte: Plant Physiol., 114, 295 (1997).,環境刺激に対する細胞伸長という応答の研究に適したモデルとなっている.本章では胚軸を例に外部刺激から細胞伸長へ至るシグナル伝達経路を紹介する.

図1■明暗条件下で生育させたシロイヌナズナ

明所で生育するシロイヌナズナの胚軸は伸長が抑制され,暗所で生育するシロイヌナズナの胚軸は伸長が著しく促進される(上).下のパネルはPI染色した胚軸の蛍光顕微鏡画像.

1. 光による細胞伸長制御

光が胚軸の長さに与える影響は非常に顕著である.暗所で発芽した個体は,胚軸の長さが促進され子葉の展開が抑えられる.一方,光を感知すると,胚軸の伸長は停止し子葉が展開していく.これは地中で発芽した実生が地表に出るための成長であり,またほかの植物の陰に隠れている場合に光を十分に受けられるところまで胚軸を伸ばし,光エネルギーを優先的に使用するための戦略となっている.この現象は避陰反応(Shade-avoidance response)と呼ばれ,植物の環境応答の典型的な例として古くから研究が進められてきた.

避陰反応はフィトクロムという赤色・遠赤色の光受容体によって媒介される反応である.フィトクロムはシロイヌナズナにはPhyAからPhyEまで5種類存在するが,避陰反応は主にPhyAとPhyBが担う(20)20) M. Chen & J. Chory: Trends Cell Biol., 21, 664 (2011)..フィトクロムは赤色光を受容すると構造変化が起こり,活性化型であるPfr型へ変換され,逆に遠赤色光を受容すると不活性型であるPr型へと可逆的に構造変化を起こす.PHYTOCHROME INTERACTING FACTOR(PIF)は避陰反応を促進するbHLH型の転写因子であるが,赤色光や白色光の下で活性化型となったフィトクロムはPIFをリン酸化する.そしてリン酸化されたPIFはプロテアソームの系で速やかに分解され,細胞伸長をはじめとする避陰反応が停止する(21)21) B. Al-Sady, W. Ni, S. Kircher, E. Schafer & P. H. Quail: Mol. Cell, 23, 439 (2006)..PIFサブファミリーに属する転写因子は,シロイヌナズナゲノムに15種類存在し,PIF同士のターゲットは大部分がオーバーラップすることから,部分的に機能重複していると考えられる(22, 23)22) P. Leivar & P. H. Quail: Trends Plant Sci., 16, 19 (2011).23) Y. Zhang, O. Mayba, A. Pfeiffer, H. Shi, J. M. Tepperman, T. P. Speed & P. H. Quail: PLoS Genet., 9, e1003244 (2013)..またPIFは,「細胞を伸長させる仕組み」の章で紹介した細胞伸長にかかわる遺伝子の発現を直接制御しているものもあるが,YUCCAなどオーキシン合成にかかわる遺伝子の発現を上昇させることで,オーキシンを介した細胞伸長も促進する(24, 25)24) J. Sun, L. Qi, Y. Li, J. Chu & C. Li: PLoS Genet., 8, e1002594 (2012).25) L. Li, K. Ljung, G. Breton, R. J. Schmitz, J. Pruneda-Paz, C. Cowing-Zitron, B. J. Cole, L. J. Ivans, U. V. Pedmale, H. S. Jung et al.: Genes Dev., 26, 785 (2012).

2. 高温による細胞伸長制御

胚軸伸長は28度程度の穏やかな高温条件でも促進される(26)26) W. M. Gray, A. Ostin, G. Sandberg, C. P. Romano & M. Estelle: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 95, 7197 (1998).,興味深いことに,穏やかな高温条件ではPIF4の発現が誘導され,pif4変異株では高温による胚軸伸長が見られなかったことから,PIF4は高温による胚軸伸長のシグナル伝達で機能する因子であることが示された(27)27) M. A. Koini, L. Alvey, T. Allen, C. A. Tilley, N. P. Harberd, G. C. Whitelam & K. A. Franklin: Curr. Biol., 19, 408 (2009)..また,オーキシンの感受性が低下する変異株iaa19は熱ストレスに対して胚軸の表現型を示さず,さらにiaa3変異はPIF4過剰発現による胚軸の表現型をキャンセルすることから,穏やかな高温条件による胚軸伸長反応はPIF4を介したオーキシンシグナルによって伝達されていると考えられている(27)27) M. A. Koini, L. Alvey, T. Allen, C. A. Tilley, N. P. Harberd, G. C. Whitelam & K. A. Franklin: Curr. Biol., 19, 408 (2009).

3. 概日時計による細胞伸長制御

植物の概日時計も胚軸の長さを制御する外部要因の一つである.面白いことに,このシグナル伝達にもPIFが登場する.周期性の維持に重要なタンパク質複合体であるEARLY FLOWERING3(ELF3),ELF4, LUX ARRHYTHMO(LUX)(ELF3-ELF4-LUX複合体)はPIF4PIF5の転写を制御することで日中の胚軸の成長を制御することが示されている(28)28) D. A. Nusinow, A. Helfer, E. E. Hamilton, J. J. King, T. Imaizumi, T. F. Schultz, E. M. Farré & S. A. Kay: Nature, 475, 398 (2011)..PIFは元々フィトクロム結合タンパク質として単離された転写因子であるが,上述のように光のみならず温度や概日時計のシグナル伝達経路にも登場することから,さまざまな外部環境からのシグナル伝達経路におけるハブとして機能するようである.

4. 植物ホルモンによる細胞伸長

オーキシン以外に,ジベレリン,ブラシノステロイドも胚軸の伸長を促す植物ホルモンとして知られている.近年,それぞれの植物ホルモンに対するシグナル伝達経路が明らかになりつつあり,オーキシン,ジベレリン,ブラシノステロイドのシグナル伝達経路が互いに交差し,外部環境からのシグナルを調節するモジュールが存在することが示唆されている.

ジベレリンについては,DELLAというタンパク質を介した成長の制御機構が明らかとなってきた.DELLAはシロイヌナズナゲノムには5種類存在するが,胚軸の成長制御にかかわっているのはREPRESSOR OF GA(RGA)であり,以下でDELLAという場合は専らこのRGAを指す.ジベレリンは胚軸伸長を促進する作用があるが,DELLAは胚軸伸長に対して抑制的に機能する.注目すべきことに,DELLAはPIFタンパク質と物理的に結合し,PIFがDNAに結合することを阻害する.一方,ジベレリン存在下ではジベレリン受容体であるGID1と結合し,DELLAは速やかに分解,もしくは不活性化される.その結果,PIFの活性阻害が解除され,PIF制御下にある遺伝子の発現が上昇し細胞伸長が促進される(29)29) P. Achard & P. Genschik: J. Exp. Bot., 60, 1085 (2009).

さらに,DELLAはブラシノステロイドのシグナル伝達経路の中心的役割を担うBRASSINAZOLE-RESISTANT 1(BZR1)とも結合する.BZR1はPIFと結合することで細胞伸長を促進するが,DELLAと拮抗的に結合するためジベレリン非存在下ではDELLAと競合してBZR1の機能は抑制される(30)30) M. Y. Bai, J. X. Shang, E. Oh, M. Fan, Y. Bai, R. Zentella, T. P. Sun & Z. Y. Wang: Nat. Cell Biol., 14, 810 (2012)..加えて,最近オーキシン応答タンパク質であるAUXIN RESPONSE FACTOR 6(ARF6)もDELLAによって機能を抑制される転写因子であることが報告された.ARF6はPIF4, BZR1と相互作用し細胞伸長を促進するが,ジベレリン非存在下ではDELLAと拮抗し相互作用が妨げられる(31)31) E. Oh, J. Y. Zhu, M. Y. Bai, R. A. Arenhart, Y. Sun & Z. Y. Wang: eLife, 3, (2014).

以上のことを踏まえて,胚軸ではPIF, BZR, ARF,そしてDELLAによるモジュールが存在することで,光,温度,時計,植物ホルモンという複数のインプットを処理し,置かれた環境に対して最適な細胞成長をアウトプットするというモデルが考えられている(図2図2■胚軸の成長を誘導するシグナル伝達経路).この中でDELLAは抑制因子として存在するが,このように正の因子と負の因子が存在することで,緻密な成長制御が可能となっていると考えられている.

図2■胚軸の成長を誘導するシグナル伝達経路

PIF4, BZR1, ARF6はそれぞれ相互作用し細胞伸長にかかわる遺伝子の発現を活性化する.一方で,DELLAはそれらの機能を抑制することで,細胞伸長に対するブレーキとして機能する.破線で囲まれた箇所が外部からのシグナルを統括するモジュールを示す.モジュール内部の両矢印はタンパク質–タンパク質間相互作用を示す.GA: ジベレリン,BR: ブラシノステロイド.

環境に応答した細胞伸長:根毛

根毛細胞もまた細胞伸長を研究するのに適した器官である.根毛は表皮細胞から分化した1細胞で構成されているため,器官成長はすなわち細胞の伸長成長と一致する.根毛は根の表面積を増やし,効率的に土壌中の無機栄養素や水分を吸収するための器官である.そのため土壌中の無機栄養素の濃度に応じて根毛細胞の成長が制御される(32)32) C. Grierson, E. Nielsen, T. Ketelaarc & J. Schiefelbein: Arabidopsis Book, 12, e0172 (2014)..リン酸,鉄,マンガン,亜鉛などの無機栄養素に影響を受けることが知られており,この中でリン酸が最も根毛の長さに影響を及ぼす(33)33) Z. Ma, D. G. Bielenberg, K. M. Brown & J. P. Lynch: Plant Cell Environ., 24, 459 (2001).図3図3■通常のMS培地で生育させたシロイヌナズナ(左)とリン酸欠乏培地で生育させたシロイヌナズナ(右)).

図3■通常のMS培地で生育させたシロイヌナズナ(左)とリン酸欠乏培地で生育させたシロイヌナズナ(右)

リン酸の乏しい培地で生育されたシロイヌナズナでは,主根の成長が抑制され,側根と根毛の成長が促進される.

ROOT HAIR DEFECTIVE-SIX LIKE 4(RSL4)はbHLHファミリーに属する転写因子で,rsl4変異株は根毛の伸長成長が抑制されるという表現型を示す.このRSL4に関して特筆すべきは,過剰発現することによって根毛の成長が著しく促進される点である.マイクロアレイ解析からRSL4の過剰発現によって根毛の成長に関連する遺伝子の多くが発現上昇することが示され,RSL4は根毛の成長を促進するマスターレギュレーターであると考えられている(34)34) K. Yi, B. Menand, E. Bell & L. Dolan: Nat. Genet., 42, 264 (2010)..興味深いことに,RSL4の遺伝子発現はリン酸飢餓で誘導され,またオーキシン処理でも発現が誘導される(34)34) K. Yi, B. Menand, E. Bell & L. Dolan: Nat. Genet., 42, 264 (2010)..この結果は,RSL4がリン酸とオーキシンシグナルを調節するハブになっていることも示唆する.ほかの無機栄養素に対するRSL4の応答はわかっていないが,もしかすると胚軸のように相互作用するタンパク質が存在し,活性を調節しあっているのかもしれない.また,フィトクロムを介した光シグナルが根毛細胞の分化と成長に影響するという報告があり(35, 36)35) J. W. Reed, P. Nagpal, D. S. Poole, M. Furuya & J. Chory: Plant Cell, 5, 147 (1993).36) S. De Simone, Y. Oka & Y. Inoue: J. Plant Res., 113, 63 (2000).,ひょっとするとこのシグナル経路にもPIFが何らかの機能を発揮しているのかもしれない.

また植物ホルモンに関して,オーキシンのほかに根毛の長さに影響する植物ホルモンとしてエチレンとサイトカイニンが知られており,いずれも根毛の成長を促進する作用がある.ZINC FINGER PROTEIN5(ZFP5)は,根と根毛細胞で発現するC2H2型転写因子であり,zfp5変異株は野生株の根毛よりも数が減少し,長さも短くなる.この転写因子の注目すべき点は,エチレンおよびサイトカイニン処理に対してzfp5変異株の根毛は野生株のように長くならなかったことである(37)37) L. An, Z. Zhou, L. Sun, A. Yan, W. Xi, N. Yu, W. Cai, X. Chen, H. Yu, J. Schiefelbein et al.: Plant J., 72, 474 (2012)..この結果は,ZFP5はエチレン,サイトカイニン両方のシグナル伝達経路で機能する因子であることを示している.また,ZFP5が根毛細胞の成長の開始に重要な機能を担うCAPRICECPC)の遺伝子発現を直接的に上昇させることが示された(37)37) L. An, Z. Zhou, L. Sun, A. Yan, W. Xi, N. Yu, W. Cai, X. Chen, H. Yu, J. Schiefelbein et al.: Plant J., 72, 474 (2012)..分子レベルでは証明されていないものの,CPCはROOT HAIR DEFECTIVE6RHD6)の上流因子であると考えられており,図4図4■根毛の成長を誘導するシグナル伝達経路に示すような根毛の成長に至る遺伝子制御ネットワークが推定される.

図4■根毛の成長を誘導するシグナル伝達経路

ZFP5はサイトカイニンとエチレン応答のシグナル伝達経路で機能する.RHD6はRSL2RSL4を直接転写制御する因子で,根毛の成長を促進する.CPCとRHD6は直接的な制御関係にはないと考えられるが,CPCの下流でRHD6は機能していると考えられている.RSL4はRHD6に転写制御されるが,それとは別のリン酸シグナル経路およびオーキシンシグナル経路で機能することが示唆されている.

おわりに

本稿では,胚軸と根毛に焦点を当てて細胞の伸長成長の制御機構について解説した.いずれの器官もさまざまな環境要因,植物ホルモンに影響を受けるが,それぞれのシグナル伝達経路が明らかになるにつれて,ハブとなる因子とシグナルを統括するモジュールが見えてきた.このモジュールの存在によって,複数のインプット(光,温度,無機栄養素など)を処理し,環境に適合した器官成長をアウトプットすることが可能となっている.また,DELLAはこのモジュールに対して抑制因子として機能する.刻々と変化する環境に応答するためには,成長を促進するだけでなく,抑制する機構の存在も必要不可欠である.DELLAはさまざまな環境応答遺伝子を抑制することから,負のマスターレギュレーターとして非常に注目を集めている.本文で紹介したGTL1はエンドサイクルの進行を停止することでトライコームの成長を停止していることを紹介したが,筆者らはこのGTL1がトライコーム以外の器官でも成長の抑制因子として機能することを見いだしており,DELLAのように負のマスターレギュレーターとして機能している可能性がある(筆者ら,未発表).厳しい環境を突破するためには時として積極的に成長を抑制する分子機構が必要不可欠であり,これからの研究では成長を抑制する仕組みにも着目していくことが重要であろう.

また,本稿は細胞が成長する仕組みと細胞成長を誘導するシグナル伝達を分けて紹介した.現在のところ環境からのシグナル伝達経路は明らかになりつつあるものの,実際に細胞が伸長する分子機構まで直接つながっている例は少ない.環境刺激から細胞の中で実際に起こっているイベントまでをすべて統括する一枚絵を描き出すことがこれからの目標である.

Reference

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