テクノロジーイノベーション

高菌数・高生残性ビフィズス菌入りヨーグルトの製造技術の開発

Sumiko Yonezawa

米澤 寿美子

森永乳業株式会社食品基盤研究所 ◇ 〒228-8583 神奈川県座間市東原五丁目1番83号

Food Science and Technology Institute, Morinaga Milk Industry Co., Ltd. ◇ Higashihara 5-1-83, Zama-shi, Kanagawa 228-8583, Japan

Toshitaka Odamaki

小田巻 俊孝

森永乳業株式会社食品基盤研究所 ◇ 〒228-8583 神奈川県座間市東原五丁目1番83号

Food Science and Technology Institute, Morinaga Milk Industry Co., Ltd. ◇ Higashihara 5-1-83, Zama-shi, Kanagawa 228-8583, Japan

Jinzhong Xiao

清水(肖) 金忠

森永乳業株式会社食品基盤研究所 ◇ 〒228-8583 神奈川県座間市東原五丁目1番83号

Food Science and Technology Institute, Morinaga Milk Industry Co., Ltd. ◇ Higashihara 5-1-83, Zama-shi, Kanagawa 228-8583, Japan

Published: 2016-01-20

Bifidobacterium属細菌(以下ビフィズス菌)はヒト腸内細菌叢の主要構成菌であり,有機酸として酢酸や乳酸を産生することが特徴で,腸管内では悪玉菌の増殖を抑制するほか,腸管免疫に対する調節機能を発揮するなど,さまざまな生理機能を有することが知られている.さらに,母乳栄養児の腸内細菌叢におけるビフィズス菌の占有率が高いことや,加齢や食生活,ストレスの影響を受けてビフィズス菌の菌数が減少するといった報告から,ビフィズス菌と健康との深いかかわりが示唆されている.これらのことから,現在ビフィズス菌は乳酸菌とともにプロバイオティクスとして発酵乳製品やサプリメント,育児粉乳などさまざまな製品に利用されている.

森永乳業では1960年代からビフィズス菌に関する研究に取り組んでおり,1969年に健康な乳児からBifidobacterium longum BB536株(以下,BB536)を分離,また1971年にはビフィズス菌を含有するヨーグルトを開発,発売を開始した.これまで40年以上にわたる基礎・機能性・応用研究から,BB536は腸内環境改善作用を基本とする多くの生理機能を有していることが明らかになっている.

しかし,発酵食品に伝統的に用いられてきた乳酸菌と異なり,ほとんどのビフィズス菌種は元来腸管内に棲む偏性嫌気性菌であり,乳酸菌と比較して酸や酸素に弱い性質をもつため,ヨーグルトの製造においては特別な留意が必要で製品形態も限られたものであった.森永乳業ではプロバイオティックビフィズス菌であるBB536を対象とし,新たにLactococcus lactisとの混合発酵により高菌数・高生残性ビフィズス菌含有ヨーグルトの製造を可能とした.本稿では,その開発経緯と機序解析を含め,ビフィズス菌含有ヨーグルトを取り巻く状況を包括的に紹介したい.

ビフィズス菌の種類と特徴

ビフィズス菌は主にヒトや動物,昆虫の腸管に生息しており,現在50種以上が発見され,その棲息環境からヒト腸管常在菌種(Human-residential bifidobacteria; HRB)と非ヒト腸管常在菌種(non-HRB)に分けることができる.たとえば,乳児の腸管にはB. longumB. breve, B. bifidum(乳児タイプビフィズス菌),成人の腸管にはB. longumB. adolescentis, B. pseudocatenulatumなどの菌種(成人タイプビフィズス菌),一方,動物や昆虫の腸管にはB. animalisB. paseudolongum, B. thermophilumなどの菌種が棲息している.宿主によって棲息しているビフィズス菌種が異なっている理由としては,それぞれの環境に適応した種分化の結果が考えられる.母乳栄養児の腸内は乳児タイプビフィズス菌でほぼ占有されており,母乳中に含まれるヒトミルクオリゴ糖がその定着を促進している因子であることが仮説として報告されている(1)1) G. V. Coppa, S. Bruni, L. Morelli, S. Soldi & O. Gabrielli: J. Clin. Gastroenterol., 38 (Suppl.), S80 (2004)..また,筆者らの最新の研究では,B. animalisなどのnon-HRBはヒトミルクオリゴ糖を利用できないだけでなく,母乳中のリゾチームにより死滅してしまうことが明らかにされており,つまりnon-HRBは母乳に排除される菌種であると示唆された.

ヨーグルトなどの乳製品に利用されるビフィズス菌としては,HRBであるB. longumB. breve, B. bifidumと,non-HRBのB. animalisがよく見受けられる.特にB. animalis種に属するlactisという亜種に分類されるビフィズス菌は現在世界中でヨーグルト製造に用いられており,これらの菌株は共通してヨーグルト中での増殖性や冷蔵保存中での生残性が優れているという特徴をもっている.最近の比較ゲノム研究の結果,世界各地で利用されている複数のB. animalis subsp. lactis菌株の遺伝子情報が非常に近似していたことから,これらの菌株は発酵乳での生育適性を獲得した近縁株である可能性が示されている(2)2) C. Milani, S. Duranti, G. A. Lugli, F. Bottacini, F. Strati, S. Arioli, E. Foroni, F. Turroni, D. van Sinderen & M. Ventura: Appl. Environ. Microbiol., 79, 4304 (2013).

食品に利用するビフィズス菌についてはヒトを分離源とする菌種(HRB)のなかから,安全性・使用目的・製造条件に適合した菌株を選定すべきであるという意見や(3)3) 光岡知足編著:“ビフィズス菌の研究”,(財)日本ビフィズス菌センター,1994, p. 267.,分離源に捉われず菌株のプロバイオティクスとしての保健機能などの特性を重要視すべきとの考えがある.われわれは食品に利用するビフィズス菌については,機能性・安全性の両面からHRBがより適しているのではないかとの仮説を立て,研究を実施している.

ビフィズス菌含有ヨーグルトの課題

ヨーグルトにおいてビフィズス菌の効果・効能を謳うためには,発酵過程で菌を増殖させ,賞味期限までの保存期間中も一定数の菌を生残させることが重要と考えられている.なぜなら,一般的にプロバイオティクスの生理作用を期待するには一定量の生きた菌数を摂取することが好ましいと考えられていることや,CODEXの発酵乳規格では製品のラベルに菌種・菌株名を記載する際には1 gあたり100万個以上の生菌を含有する必要があると規定されているからである.

一般的にヨーグルトは乳酸菌のStreptococcus thermophilusLactobacillusLb.delbrueckii subsp. bulgaricusを用いて製造される.つまり,混同されがちなことであるが,現在販売されているすべてのヨーグルトにビフィズス菌が入っているわけではない.ビフィズス菌入りヨーグルトの製造においても,ビフィズス菌単独では増殖しにくいことや乳等省令の乳酸菌規格を満たすことができないことから,通常はスターター(発酵に用いる種菌のこと)としてビフィズス菌だけではなくS. thermophilusLb. delbrueckii subsp. bulgaricusとの混合発酵系を用いるか,ビフィズス菌および乳酸菌をそれぞれ別培養したものを混合して製品が作られている.一緒に用いる乳酸菌としてはほかにもLb. acidophilus, Lb. gasseri, Lb. casei, LactococcusLc.lactisなどが挙げられる.

しかし,ヨーグルト中で生きたビフィズス菌を維持するためには以下の3点が大きな障壁となる.まず,一般的にヨーグルトの原料である牛乳にはビフィズス菌の生育にとって必要な遊離アミノ酸やビタミンなどの栄養素が不足している(4)4) 八重島智子:培養と増殖に及ぼす要因,“発酵乳の科学—乳酸菌の機能と保健効果”(細野明義編),アイ・ケイコーポレーション,2002, p. 212..次に,ヨーグルトの製造工程における撹拌や送液の際に乳ベース中に酸素が混入しやすいことから偏性嫌気性細菌であるビフィズス菌は生育が阻害される.さらに前述したヨーグルト用のスターター乳酸菌であるS. thermophilusLb. delbrueckii subsp. bulgaricusが産生する乳酸や過酸化水素もビフィズス菌の増殖と生残を妨げる一因となる.それゆえにヨーグルト中ではビフィズス菌が増殖しにくく,冷蔵保存中にも死滅しやすい.また,ヨーグルトの発酵過程で乳ベース中の溶存酸素は乳酸菌によってほぼ消去されるが,前発酵タイプやドリンクタイプの製造工程では発酵させた後にも製造ライン内での撹拌や送液,ほかの原料との混合を伴うため,できた発酵乳に再び酸素が巻き込まれてしまう.さらにフルーツを含有するヨーグルトでは,混合するフルーツプレザーブの酸によって発酵乳のpHがより低くなるといった理由から,ビフィズス菌の利用は主にプレーンタイプヨーグルトに限定せざるをえないケースが多かった.

ビフィズス菌とLactococcus lactisとの混合発酵系を用いた製品開発

これまでにもビフィズス菌の高菌数化を目指し,多くの研究が行われてきた.主な例を挙げると,プロバイオティクス性能だけではなく牛乳培地中での増殖性,耐酸性,対酸素性でのビフィズス菌株の選抜,酵母エキスといったビフィズス菌増殖促進物質の添加,別培養や2段階発酵,マイクロカプセル化技術,製品容器の酸素透過性の改善など,非常に多岐にわたる(3, 5)3) 光岡知足編著:“ビフィズス菌の研究”,(財)日本ビフィズス菌センター,1994, p. 267.5) A. Y. Tamime: “Probiotic Dairy Products,” Blackwell Publishing Ltd., 2005, p. 56.しかし,これらの工夫には添加物により最終製品の風味に悪影響を及ぼす可能性や発酵時間の延長による生産効率の低下,追加コストなど,実用性に欠けている場合がある.また,世界中で利用されているnon-HRBであるB. animalis subsp. lactisに対して,HRBであるB. longumB. breve, B. bifidumなどの菌種は牛乳中での増殖や冷蔵保存中で長く生存させることが難しく(5)5) A. Y. Tamime: “Probiotic Dairy Products,” Blackwell Publishing Ltd., 2005, p. 56,ビフィズス菌含有ヨーグルトの製造技術には課題が残されていた.

現在市販されているヨーグルト用スターターは,発酵性能,風味・テクスチャーなどの品質特性別にさまざまなタイプがあり,ビフィズス菌含有ヨーグルトの製造に用いる乳酸菌スターターは,発酵中およびその後の冷蔵保存中に,乳酸と過酸化水素の産生量が少ないものが適している.また一部の乳酸菌は,ビフィズス菌の増殖および保存時の生残性に対して良い影響を与えるとの報告もあり(3, 5)3) 光岡知足編著:“ビフィズス菌の研究”,(財)日本ビフィズス菌センター,1994, p. 267.5) A. Y. Tamime: “Probiotic Dairy Products,” Blackwell Publishing Ltd., 2005, p. 56,ヨーグルト製造においては,ビフィズス菌スターターだけではなく,一緒に混合発酵を行う乳酸菌スターターの選定も非常に重要と考えられている.

筆者らは,ビフィズス菌の増殖促進作用を示す乳酸菌についてBB536株を対象に探索したところ,一部のLc. lactisとの混合発酵によって乳培地でのビフィズス菌の増殖が著しく促進されることを見いだした.その効果はBB536以外のビフィズス菌種に対しても見られ,幅広い有用性が示された(図1図1■Lactococcus lactisとビフィズス菌の共発酵によるビフィズス菌増殖促進作用).さらに一部のLc. lactis菌株と混合発酵した際には,冷蔵保存中におけるビフィズス菌の生残性についても大幅に改善されることを見いだした.

図1■Lactococcus lactisとビフィズス菌の共発酵によるビフィズス菌増殖促進作用

発酵直後のビフィズス菌数.□:ビフィズス菌単独発酵,および■:Lc. lactis有効株との共発酵,株名の標記のないものはすべてタイプストレインを用いた.

効率的なLactococcus lactis分離のための新規PCR法

ところが,この作用はLc. lactis菌株とBB536の2種混合系では問題なく再現できたものの,実際ヨーグルトを製造するためにヨーグルトスターター乳酸菌とともに複数菌種で混合発酵した場合には,菌株によっては発酵がうまく進まない問題が生じた.また,Lc. lactisは伝統的にチーズ製造に多く用いられている菌種であるため,風味や物性の点においてもヨーグルトに適さない株が存在した.このため,より良いLc. lactis菌株を取得するために,Lc. lactis菌株を効率的に分離同定する方法が必要となった.

Lactococcus属細菌は現在Lc. lactisのほか,全部で9種に分類され,Lc. lactisはさらにsubsp. lactis, cremoris, hordniae, tructaeの4亜種に分類されている.菌種特異的なPCRプライマーはいくつか報告されていたが,筆者らのグループはLactococcus属細菌の9種のうち7種を同時に検出できるMultiplex-PCR法(6)6) T. Odamaki, S. Yonezawa, M. Kitahara, Y. Sugahara, J. Z. Xiao, T. Yaeshima, K. Iwatsuki & M. Ohkuma: Lett. Appl. Microbiol., 52, 491 (2011).と,Lc. lactis菌種と菌株を同時に識別可能なLc. lactis特異的rep-PCR法を開発した(7)7) T. Odamaki, S. Yonezawa, H. Sugahara, J. Z. Xiao, T. Yaeshima & K. Iwatsuki: Syst. Appl. Microbiol., 34, 429 (2011).

Multiplex-PCR法は,16S rRNA遺伝子配列を基にLc. lactis, Lc. garvieae, Lc. piscium, Lc. plantarum, Lc. raffinolactis, Lc. chungangensis, Lc. fujiensisの7菌種が異なる長さのPCR産物として同時検出されるように,それぞれの菌種特異的なフォワードプライマーとLc. fujiensis特異的およびそのほかの6菌種で共通のリバースプライマーを設計した.なお,産業利用が高いLc. lactis subsp. lactisLc. lactis subsp. cremorisの2亜種についてはさらにsubsp. cremoris特異的なフォワードプライマーを加えることで,2本のPCR産物の形成から区別できるように工夫をした.

また,通常分離株を分子生物学的手法で同定するためには,種レベルでの同定と株レベルでの同定の2段階が必要である.種レベルでの同定方法としては16S rRNA遺伝子など菌種によって保存性が高い領域をターゲットとした菌種特異的PCRプライマーを用いた検出が広く用いられ,株レベルでの同定方法はランダムプライマーを用いるrandom amplified polymorphic DNA (RAPD)法やゲノム配列中の繰り返し配列(repetitive genome sequence)を標的とするrep-PCR法が用いられている.筆者らはLc. lactisのゲノム情報からLc. lactisに特異的な配列で,かつ繰り返し部位が存在する配列をターゲットとしたPCRプライマーを構築することで,Lc. lactisだけに反応するrep-PCR法,すなわち1回のPCRでLc. lactis菌種の検出と株レベルの区別を兼ね備えた方法を開発した.

これらの手法を用いて生乳を中心に自然界から菌株の分離・収集を行い,短期間での豊富な菌株蓄積に至った.この新規PCR法はスピードの求められる製品開発の場においても非常に役立ち,蓄積した菌株コレクションの中からヨーグルトスターターとの相性も問題なく,発酵乳の風味・組織についても良好なLc. lactis菌株の選定を行うことができた.その後,用いるスターターの混合比率などの検討を繰返した結果,最終的に複数菌種での混合発酵ヨーグルトの製品化に成功した.また本技術によって,ドリンクタイプヨーグルトやフルーツタイプのヨーグルトといったさまざまな発酵乳製品においても十分なビフィズス菌数の維持が可能となった(図2図2■ヨーグルトにおけるビフィズス菌数の推移).

図2■ヨーグルトにおけるビフィズス菌数の推移

Lactococcus lactisとの組み合わせ発酵(●)により,Lc. lactisを含まない従来の製法(○)と比べてハードタイプ(プレーン)(a),ブルーベリーヨーグルト(b)とも,発酵後のビフィズス菌数(B. longum BB536)および低温保存下(10°C)でのビフィズス菌の生残性が向上した.

Lactococcus lactisによるビフィズス菌の増殖促進作用

Lc. lactisは酸素を利用し好気呼吸を行う乳酸菌の一種であることが知られている(8)8) L. Rezaïki, B. Cesselin, Y. Yamamoto, K. Vido, E. van West, P. Gaudu & A. Gruss: Mol. Microbiol., 53, 1331 (2004)..ビフィズス菌とLc. lactisの共培養では,発酵開始30分後の溶存酸素濃度が著しく減少していたことから,まず酸化還元電位の低下がビフィズス菌の増殖促進に寄与していると考えている.

一方,ビフィズス菌は発酵乳ベース中では乳糖を利用し炭素源を得ることができるものの,タンパク質分解酵素をもっていないもしくは活性が弱いことから自ら十分な窒素源を確保することができない.ビフィズス菌増殖作用を示したLc. lactis菌株は共通して細胞壁結合性タンパク質分解酵素(PrtP)を保有しており,乳培地における発酵性が高い性質を有していた.PrtPは乳タンパク質を分解し,生じるアミノ酸およびペプチドを乳酸菌に提供し乳培地での増殖に寄与していることが知られている.Lc. lactisと混合発酵をした場合,発酵中にこの酵素により産生されたペプチドやアミノ酸をビフィズス菌が利用することで,その増殖が促進されていることがわかった(図3a図3■Lactococcus lactisによるビフィズス菌増殖促進作用(a)および保存生残性改善作用(b)の概念図).そこで,ビフィズス菌増殖促進活性を有するLc. lactis subsp. lactis MCC857株とMCC866株の生菌体を用いて調製したカゼイン分解物を逆相HPLCにて分画し,活性物質の特定を試みたところ,MCC857株ではそれぞれメチオニンとロイシンを含む2つの画分の組み合わせで増殖促進活性が再現されることが確認された(9)9) S. Yonezawa, J. Z. Xiao, T. Odamaki, T. Ishida, K. Miyaji, A. Yamada, T. Yaeshima & K. Iwatsuki: J. Dairy Sci., 93, 1815 (2010)..ビフィズス菌が増殖するための栄養素として,乳培地では遊離した含硫アミノ酸(10)10) 木村義夫:酪農科学・食品の研究,36, A258 (1987).や分岐鎖アミノ酸(4)4) 八重島智子:培養と増殖に及ぼす要因,“発酵乳の科学—乳酸菌の機能と保健効果”(細野明義編),アイ・ケイコーポレーション,2002, p. 212.が不足していると報告されており,混合発酵によってこれらの窒素源が補われたと推察される.一方,MCC866株を用いた同様の検討ではさまざまなHPLC画分に活性が混在していたことから,ビフィズス菌を増殖させる物質はLc. lactisの菌株により異なることが示唆された.ビフィズス菌は菌種や菌株によって栄養要求性の違いが報告されていることから,それぞれのビフィズス菌株に適したLc. lactis株の組み合わせの選択が必要と考えられる.

図3■Lactococcus lactisによるビフィズス菌増殖促進作用(a)および保存生残性改善作用(b)の概念図

発酵時はLc. lactisの有するタンパク質分解酵素PrtPより産生されたペプチドやアミノ酸をビフィズス菌が利用し,増殖が促進される.冷蔵保存時にはLc. lactisのNADHペルオキシダーゼ構成成分をコードするahpC, ahpFと鉄輸送タンパク質遺伝子のfeoBの発現が高く維持されていたことから,ビフィズス菌への酸化による影響が低減されていると考えられた.

冷蔵保存時におけるビフィズス菌の生残性改善作用

ヨーグルトに含まれるビフィズス菌は,冷蔵保存中にも環境中のさまざまなストレスにさらされ徐々に死滅してしまうため,保存期間中の生残性を向上させることも重要な課題である.筆者らは,ビフィズス菌の増殖促進作用が認められたLc. lactisのうち,いくつかの菌株が10°C保存下においてビフィズス菌の生残性を向上させることを見いだした(11)11) T. Odamaki, J. Z. Xiao, S. Yonezawa, T. Yaeshima & K. Iwatsuki: J. Dairy Sci., 94, 1112 (2011)..ビフィズス菌の生残性に影響を与える因子と考えられるpHと溶存酸素の挙動について計測したところ,保存期間中のpHには差が認められなかったが,溶存酸素濃度は改善作用のあるLc. lactis MCC866株でのみ低い濃度で維持されていた.このことからビフィズス菌の生残性改善作用は,酸よりも酸素によるストレスを緩和することが重要であると考えた.

B. longumおよびLc. lactisは共にカタラーゼを有していないため,NADHオキシダーゼをはじめとする特徴的なフラボタンパク質により酸素消費を行うことが知られている.そこで,定量的リアルタイム逆転写PCRを用いて保存期間中のLc. lactisにおける遺伝子発現の比較解析を行ったところ,NADHオキシダーゼ(noxC, noxD, noxE)は大きな差が認められなかったが,2成分性NADHペルオキシダーゼの構成成分であるアルキルハイドロペルオキシドレダクターゼ(ahpF, ahpC)は保存2週間後において改善作用のあるMCC866での遺伝子発現量が改善作用のない株よりも有意に高い値を示したため,この活性がヨーグルト中の酸素消去に重要な役割を担っていると推測された.

さらに,MCC866株では保存期間中を通じて2価鉄イオン輸送システム(feoB)の発現が高く維持され,かつヨーグルト中の遊離鉄濃度も減少していた.遊離鉄イオンなどのカチオンは,フェントン反応を触媒し,過酸化水素から強力な活性酸素種であるヒドロキシラジカルを生成する(12)12) I. Fridovich: J. Exp. Biol., 201, 1203 (1998).Lc. lactisとの混合発酵系ではフェントン反応が抑えられ,結果としてBB536はヒドロキシラジカルによる酸化も受けにくくなっている可能性が考えられた(図3b図3■Lactococcus lactisによるビフィズス菌増殖促進作用(a)および保存生残性改善作用(b)の概念図).

以前より,溶存酸素濃度を下げることはビフィズス菌の保存生残性を改善する最も効果的な方法であると考えられていたが,Lc. lactisを用いた本技術が産業利用上優れている点は,ヨーグルトを保存する温度帯で優れた溶存酸素消去能を発揮できる乳酸菌を用いたところである.通常用いられるLb. delbrueckii subsp. bulgaricusS. thermophilusも発酵中に溶存酸素を低下させるが,冷蔵庫内の温度である10°C付近では代謝が著しく低下するため,溶存酸素を低いまま保つことができない.一方,Lc. lactisは元々至適生育温度が30°C付近の中温菌であり,10°Cでも代謝活性をある程度維持できることから,十分な効果が得られたと考えられる.ただし,低温での代謝活性は風味劣化の原因にもなりうることから,適切な菌株を選抜する必要がある.

開発を振り返って

ビフィズス菌含有ヨーグルトの製造では酸や酸素に弱いといったビフィズス菌の特性ゆえに,乳酸菌のみで作られるヨーグルトと比較してメーカーでは非常に多くの検討を行い,製造現場においてもより細心の注意が払われてきた.

本製品の開発にあたっては,基礎研究と製品開発の2つの部門で協同して行ったため,作用機序の解明を通じて,製品設計の段階からLc. lactis株の選抜やビフィズス菌・乳酸菌スターターのコントロールなどを効率良く行うことができたと考えている.また,新規のPCR法によってLc. lactisの効率的な分離が可能となったことで,より有効で風味も良い菌株を取得することができ,製品群の幅を広げることにつながった.Lc. lactisとの混合発酵系を用いた本技術は,製品の風味の悪化やコストアップを招くことなく,ビフィズス菌含有ヨーグルトの課題の多くを解決することができたと自負している.

最後に,ヨーグルトは私たちの身近な食品であり,有用なプロバイオティクスを乳幼児から大人まで手軽にとってもらえるものである.これまでにBB536の摂取により,腸内環境改善作用,スギ花粉症状緩和作用,インフルエンザ予防作用などを確認しているが,本開発で得られた高菌数・高生残性ビフィズス菌入りヨーグルトはこれまで以上に強い生理作用が期待される.このようにプロバイオティクスとして優れたビフィズス菌をより効果の得られる形で無理なく続けてもらえるよう,より良い製品を今後も提供していきたい.

Reference

1) G. V. Coppa, S. Bruni, L. Morelli, S. Soldi & O. Gabrielli: J. Clin. Gastroenterol., 38 (Suppl.), S80 (2004).

2) C. Milani, S. Duranti, G. A. Lugli, F. Bottacini, F. Strati, S. Arioli, E. Foroni, F. Turroni, D. van Sinderen & M. Ventura: Appl. Environ. Microbiol., 79, 4304 (2013).

3) 光岡知足編著:“ビフィズス菌の研究”,(財)日本ビフィズス菌センター,1994, p. 267.

4) 八重島智子:培養と増殖に及ぼす要因,“発酵乳の科学—乳酸菌の機能と保健効果”(細野明義編),アイ・ケイコーポレーション,2002, p. 212.

5) A. Y. Tamime: “Probiotic Dairy Products,” Blackwell Publishing Ltd., 2005, p. 56

6) T. Odamaki, S. Yonezawa, M. Kitahara, Y. Sugahara, J. Z. Xiao, T. Yaeshima, K. Iwatsuki & M. Ohkuma: Lett. Appl. Microbiol., 52, 491 (2011).

7) T. Odamaki, S. Yonezawa, H. Sugahara, J. Z. Xiao, T. Yaeshima & K. Iwatsuki: Syst. Appl. Microbiol., 34, 429 (2011).

8) L. Rezaïki, B. Cesselin, Y. Yamamoto, K. Vido, E. van West, P. Gaudu & A. Gruss: Mol. Microbiol., 53, 1331 (2004).

9) S. Yonezawa, J. Z. Xiao, T. Odamaki, T. Ishida, K. Miyaji, A. Yamada, T. Yaeshima & K. Iwatsuki: J. Dairy Sci., 93, 1815 (2010).

10) 木村義夫:酪農科学・食品の研究,36, A258 (1987).

11) T. Odamaki, J. Z. Xiao, S. Yonezawa, T. Yaeshima & K. Iwatsuki: J. Dairy Sci., 94, 1112 (2011).

12) I. Fridovich: J. Exp. Biol., 201, 1203 (1998).