Kagaku to Seibutsu 54(2): 141-143 (2016)
農芸化学@High School
原木栽培干し椎茸中のビタミンD2によるCa吸収率に関する研究
Published: 2016-01-20
本研究は,日本農芸化学会2015年度(平成27年度)大会(開催地:岡山大学)「ジュニア農芸化学会2015」で発表されたものである.発表者は,地元特産の原木栽培干し椎茸によるCa吸収促進に着目した.干し椎茸の成分分析によりビタミンD2含量が高いことを確認するとともに,それをマウスに与えて骨形成実験を行った.その結果,ジャコとともに干し椎茸を与えたマウスで骨形成促進効果が見いだされた.原木栽培干し椎茸とさまざまな食材とを組み合わせて食べることにより骨形成に効果があるという,栄養学,食育の観点からたいへん興味深い研究であった.
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2016 公益社団法人日本農芸化学会
超高齢化社会に突入しつつある現代の日本において,高齢者が生活の質(QOL)を維持しつつ,自立した生活を送ることは非常に大事である.高齢者の健康寿命を維持,延長する観点から近年特に注目されているのがロコモティブシンドローム(運動器症候群;locomotive syndrome)である(1, 2)1)公益社団法人日本整形外科学会:新概念「ロコモティブシンドローム(運動器症候群)」(http://www.joa.or.jp/jp/public/locomo/)2)厚生労働省:「健康づくりのための身体活動基準2013」および「健康づくりのための身体活動指針(アクティブガイド)」について(http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002xple.html).ロコモティブシンドローム(以下ロコモ)は,骨,関節,筋肉の機能障害により運動機能が低下した状態である.ロコモを誘発する疾患として骨粗鬆症,変形関節症,サルコペニアなどがあるが,これらはいずれも骨と筋肉に深くかかわるものである.
ビタミンDの主な作用は,カルシウム吸収を促進することで骨を丈夫にすることととらえられがちであったが,近年筋肉の形成を促進する作用をもつことが明らかとなり,サルコペニアのように筋肉量が減少する疾患を予防する観点からもビタミンDの重要性はますます高まっている.このように,ビタミンDはこれまでの骨の強化という観点を越え,運動機能全体の維持,向上という観点からも積極的に摂取すべき重要な栄養素である.
干し椎茸は,ビタミンD2を豊富に含む食品である.本研究では,岐阜県産干し椎茸のロコモ予防への効果を検討するため,ビタミンD2含有量を測定するとともに,骨形成への影響をさまざまな条件下で動物を使って調べた.その結果,岐阜県産干し椎茸「しいたけブラザーズ」が高いビタミンD2含有量を示すこと,カルシウムを豊富に含む食品(ジャコ)と一緒に食べさせると骨形成が促進したこと,さらにその作用は日光浴により増強されたことが示された.
岐阜県産「しいたけブラザーズ」に含まれるビタミンD2含量を解析した.この干し椎茸は,原木栽培により得られた椎茸を天日干しにて製造したものである(図1図1■しいたけブラザーズの天日干し).ビタミンD2量はNield–Russel–Zimmerli法(3, 4)3) C. H. Nield, W. C. Russel & A. Zimmerli: J. Biol. Chem., 136, 73 (1940).4)京都大学農芸化学教室編:新改版農芸化学実験書(増補)第2巻(第26版),産業図書(株),1976.にて測定した.また,比較のため,ほかの国産原木干し椎茸,中国産菌床干し椎茸も測定した.可食部100 g当たりのビタミンD2量を比較したところ,しいたけブラザーズの含量は86 µg/100 g可食部であった.一方,ほかの2検体のビタミンD2含量は16 µg/100 g可食部(国産原木栽培干し椎茸),8.7 µg/100 g可食部(中国産菌床栽培干し椎茸)であり,しいたけブラザーズには約5~10倍量のビタミンD2が含まれていることがわかった.
椎茸に含まれるプロビタミンD2(エルゴステロール)は紫外線を受けて,ステロイド環が開裂し,ビタミンD2(エルゴカルシフェロール)に変換される.このことから,干し椎茸中のビタミンD2量は紫外線の照射状況(天日干しされた季節や時間)により変動しうること,各製品のビタミンD2含量にはロット差が存在するであろうことが考えられる.したがって,各製品のビタミンD2量を比較するときは慎重にならねばならないが,一般的な干し椎茸(16 µg/100 g可食部)(5)5)文部科学省科学技術・学術審議会・資源調査分科会:五訂日本食品標準成分表,2005.に比べても,しいたけブラザーズのビタミンD2含量は高いと言える.
干し椎茸「しいたけブラザーズ」に含まれるビタミンD2がCa吸収に及ぼす効果を明らかにするため,マウスの成長および骨形成への影響を検討した.マウスは3週齡のオスddYを用いた.マウスを3匹ずつ5群に分け,それぞれの群に異なる種類の餌(表1)を与え,体重の変化を経時的に測定し,給餌開始後31日目に摘出した大腿骨の長さと重量を測定した.また,2群については,日光浴の効果を調べるために,快晴日に10分間の日光浴を行った(図2図2■マウスの日光浴).
群 | 基本餌成分 | 添加成分 | 日光浴の有無 |
---|---|---|---|
1群 | ペレット | × | × |
2群 | ペレット | × | ○ |
3群 | ペレット | 干し椎茸 | × |
4群 | ペレット | ジャコ | × |
5群 | ペレット | 干し椎茸,ジャコ | × |
ペレットは一般動物飼料を用いた.ジャコはCa供給源として添加した.ジャコ,干し椎茸の添加量を算出するに当たって,それぞれビタミンDおよびCa量が摂取基準の上限を超えない最大量となるようにした(65 kgのヒトが摂取可能な上限量を算出し,マウスの平均体重に対して比例計算で算出した.算出に用いた数値の由来は「日本人の食事摂取基準2015年度版」) |
干し椎茸とジャコを食べたマウスの体重は,ペレットのみを餌としたマウスに比べ,大きい傾向があった(1–2群 vs. 3–5群;図3図3■干し椎茸とジャコの体重変化に与える影響).ただ,ジャコ+椎茸(5群)の体重は,椎茸のみ(3群),あるいはジャコのみ(4群)の体重とはほとんど差は認められなかった.
干し椎茸とジャコの骨形成への効果は,大腿骨の重量(図4図4■干し椎茸,ジャコを与えたマウス大腿骨の重量),長さ(図5図5■干し椎茸,ジャコを与えたマウス大腿骨の長さ)で比較検討した.5群(ジャコ+椎茸)の骨重量は明らかに大きいことがわかった(図5図5■干し椎茸,ジャコを与えたマウス大腿骨の長さ).このことは,優れた原木栽培技術により生産され,天日干しされた「しいたけブラザーズ」に含まれる豊富なビタミンD2がCa吸収を促進し,骨形成に貢献したのではないかと考えられる.動物において,ビタミンD2は動物体内で合成されるビタミンD3(コレカルシフェロール)と同様の活性を有することが知られているが,本実験においてもビタミンD2がCa吸収に有効であるという結果が得られた.
日光浴の効果についても,興味深い知見が得られた.日光浴を行ったマウスでは日光浴をしていないマウスに比べ,大腿骨の長さが平均1 mm以上長くなった(1群vs. 2群;図5図5■干し椎茸,ジャコを与えたマウス大腿骨の長さ).しかし,骨重量に大きな差がなかったため(図4図4■干し椎茸,ジャコを与えたマウス大腿骨の重量),結果的に単位骨長当たりの骨重量では日光浴を行ったマウスのほうが低くなる傾向が見いだすことができた.このことは,日光浴を行ったマウスでは骨は伸びたが骨密度は低い骨になったことを示唆している.このことは,干し椎茸+ジャコを与えたマウスでは丈夫な骨ができたこととは興味深い対比をなしている.一つの仮説として,干し椎茸に含まれるビタミンD2は骨重量を増やす方向に作用するのに対して,日光浴で生じるビタミンD3は骨長を延ばす方向に作用することが考えられる.ビタミンD2とD3にこのような明確な作用の違いがあるという知見はまだないと思われるが,ほかの可能性(摂取タンパク質の量と質の違い,摂取Ca量の違い,運動状況の違いなど)とともに,検証できればたいへんおもしろいと考えられる.また,別の解釈として,マウスにとって日光浴がストレスとして作用した可能性が考えられる.夜行性のマウスにとって日光浴は一般的な生活環境にはない状況であり,このことでストレスがかかり骨は伸びたが,骨密度が低い状態を招いたのではないかと考えられる.この考えについてもまだ仮説の域をでるものではないが,骨の長さと重量に別々に作用することがあるとしたら興味深い現象であるので今後の検証が待たれる.
今後は,干し椎茸を食したマウスの血中Ca濃度を測定する,葉酸を多く含む食材の効果を調べるなどを行っていきたい.
(文責「化学と生物」編集委員)
Reference
1)公益社団法人日本整形外科学会:新概念「ロコモティブシンドローム(運動器症候群)」(http://www.joa.or.jp/jp/public/locomo/)
2)厚生労働省:「健康づくりのための身体活動基準2013」および「健康づくりのための身体活動指針(アクティブガイド)」について(http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002xple.html)
3) C. H. Nield, W. C. Russel & A. Zimmerli: J. Biol. Chem., 136, 73 (1940).
4)京都大学農芸化学教室編:新改版農芸化学実験書(増補)第2巻(第26版),産業図書(株),1976.
5)文部科学省科学技術・学術審議会・資源調査分科会:五訂日本食品標準成分表,2005.