巻頭言

同音異義語うま味と旨み

Toshihide Nishimura

西村 敏英

日本獣医生命科学大学応用生命科学部

Published: 2016-02-20

同一言語で,発音が同じで意味の異なる2つ以上の単語を同音異義語という.英語の「weak(弱い)とweek(週)」や「bat(こうもり)とbat(バット)」がこれにあたる.日本語にも,「性格と正確」,「医師と意志」,「柿と牡蠣」,「伯父と叔父」,「魚介類と魚貝類」,そして食べ物のおいしさと関係がある「うま味と旨み(旨味)」など,たくさんの同音異義語がある.このなかで,「伯父」と「叔父」は,いずれも親の兄弟の呼び方(おじ)であるが,「伯父」は父または母の兄のこと,「叔父」は父または母の弟のことであり,意味が異なる.また,「魚介類」は水産動物の総称であるが,「魚貝類」は文字どおり魚類と貝類を指す言葉である.「うま味」と「旨み」は,どのような意味の違いがあるのか.

「うま味」は,基本味の一つを指す言葉である.一方,「旨み」は食べ物が美味しいことを意味する言葉であり,「うま味」とは全く異なる意味をもつ.英語では,「うま味」は“UMAMI”と,「旨み」は“Deliciousness”あるいは“Palatability”と表現されるため,混同されることはない.しかし,最近,日本では,これらが混同して使われていることがわかってきた.

「うま味」は,1908年に東京大学理学部の池田菊苗博士により,昆布に豊富に含まれるグルタミン酸のナトリウム塩が示す味として,世界で初めて見いだされた.その後,うま味物質として,イノシン酸がカツオ節から小玉新太郎博士により,グアニル酸が干しシイタケから國中 明博士により発見された.また,グルタミン酸ナトリウムとイノシン酸あるいは,グルタミン酸とグアニル酸の組み合わせで,2つのうま味物質が存在すると,うま味の強度は相加的ではなく,相乗的に強められることが明らかにされ,現在の「うま味調味料」が開発された.これは,20世紀の10大発明の一つになっている素晴らしい製品であり,食べ物をおいしくするために,日常的に使用されている.2002年には,「うま味」の受容体タンパク質が見いだされ,生理学的アプローチによる研究が国際的に盛んとなっている.

私は,学生時代から36年余り,「肉のおいしさ」について研究しており,肉の熟成中に増加するうま味物質の生成機構を明らかにしてきた.そして,最近,肉のおいしさである「旨み」を引き出す「うま味物質」の働きを明らかにした.うま味物質は,単独でなめると,ほかの基本味とは異なる独特の味(「うま味」)を呈するが,肉のような食べ物に存在しているときには,うま味物質による「うま味」そのものの味は弱く,むしろ肉の風味全体を強めているのである.特に,うま味物質は,食べ物を口の中に入れたときの口中香を強めることにより,食べ物をおいしくしている機構がわかってきた.肉を食べるときには,しっかり噛んで肉のうま味物質が含まれる肉汁を十分に出すことが,肉の「旨み」を引き出し,おいしく食べるコツである.肉をあまり噛まないで飲み込む食べ方は,「たれ」の風味しか味わっていないことになり,たいへんもったいない.

ようやく,肉の「旨み」の本質がわかってきた.肉のおいしさである「肉の旨み」は,うま味物質による「うま味」だけではなく,それによって増強された肉独特の香りと味からなる風味によって決定されるのである.「うま味物質」により「旨み」が引き出されている食べ物は肉以外にもたくさんあると思う.今後,農芸化学分野の研究により,多くの食品の「旨み」に関して,それを引き出す「うま味物質」の役割が明らかにされることが期待される.