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新しい抗生物質ライソシンEカイコモデルを用いた治療効果を示す化合物の探索

Hiroshi Hamamoto

浜本

東京大学大学院薬学系研究科

Published: 2016-02-20

昨年,WHOが多剤耐性菌の蔓延により,利用できる抗生物質が減ってきていることを警告し,米国では多剤耐性菌に対抗するための大統領令を発布するなど,多剤耐性菌に対抗するために必要な新規感染症治療薬の枯渇が深刻な問題となっている.これまで抗生物質は,抗菌活性に着目されて探索されてきたが,優れた抗菌活性を示す新規化合物を見いだすことは可能であっても,治療効果を示すものはごく僅かである.さらに,新しい採用機序を示す化合物の発見は極めて困難になっている.そこで,筆者らは化合物の治療効果を探索の初期段階で評価することが抗生物質の開発において有用ではないかと考えた.しかしながら,従来の抗生物質の治療効果の評価に用いられるマウスモデルを探索の初期の段階で利用することはコスト的に問題であるだけでなく,倫理的にも問題が生じる.そこで,筆者らは非脊椎動物を用いた代替動物モデルに着目した.その中でも,カイコは比較的大きく,産業用昆虫として利用されてきた経緯から,たくさんの個体を一度に簡単に取り扱うことが可能である.当研究室の垣内らの研究によってカイコを用いた細菌感染モデルが提案され,細菌の病原性因子の同定に利用されるようになってきた(1, 2)1) C. Kaito, N. Akimitsu, H. Watanabe & K. Sekimizu: Microb. Pathog., 32, 183 (2002).2) C. Kaito, K. Kurokawa, Y. Matsumoto, Y. Terao, S. Kawabata, S. Hamada & K. Sekimizu: Mol. Microbiol., 56, 934 (2005)..さらに,筆者らの研究により,このカイコ細菌感染モデルを用いて,抗生物質の治療効果を定量的に評価可能であることがわかった(3)3) H. Hamamoto, K. Kurokawa, C. Kaito, K. Kamura, I. Manitra Razanajatovo, H. Kusuhara, T. Santa & K. Sekimizu: Antimicrob. Agents Chemother., 48, 774 (2004)..そのカイコの黄色ブドウ球菌感染に対する治療に必要な薬剤量(ED50値)を,マウスでの値と比較すると,体重あたりでほぼ一致することを見いだした.この理由として,カイコにおいても抗生物質の薬物動態に関する因子が,哺乳動物と同様に存在することが挙げられる(4, 5)4) H. Hamamoto, K. Kamura, I. M. Razanajatovo, K. Murakami, T. Santa & K. Sekimizu: Int. J. Antimicrob. Agents, 26, 38 (2005).5) H. Hamamoto, A. Tonoike, K. Narushima, R. Horie & K. Sekimizu: Comp. Biochem. Physiol. C Toxicol. Pharmacol., 149, 334 (2009)..実際,筆者らの研究から,カイコにおいても哺乳類と同様な薬物代謝経路の存在を明らかにしている.さらに,細胞毒性を示す化合物の毒性(LD50値)も,カイコモデルと哺乳動物モデルとでほぼ一致しており(5)5) H. Hamamoto, A. Tonoike, K. Narushima, R. Horie & K. Sekimizu: Comp. Biochem. Physiol. C Toxicol. Pharmacol., 149, 334 (2009).,その相関性も高いことから,カイコモデルは動物実験代替モデルとしての利用も期待されている.したがって,カイコ細菌感染モデルにおける治療効果を指標とした新規抗生物質の探索が可能であると考えられる.

そこで実際に,筆者自身の手により日本全国各地から土壌を採取し,土壌細菌を約1万5千株分離し,その培養上清が黄色ブドウ球菌に対する抗菌活性を示したサンプルについて,カイコにおける治療効果を評価した(図1図1■カイコ黄色ブドウ球菌感染モデルでの治療効果を指標とした探索).その結果,23株の培養上清がカイコ黄色ブドウ球菌感染モデルにおいて治療効果を示した.それらの培養上清について,カイコモデルにおける治療活性を指標とした活性成分の精製を行った結果,沖縄の土壌から分離したLysobacter属の細菌が生産する培養上清から新規構造を有する抗生物質の発見に至った.その新規抗生物質を菌の名前にちなんで,ライソシンと命名した(6)6) H. Hamamoto, M. Urai, K. Ishii, J. Yasukawa, A. Paudel, M. Murai, T. Kaji, T. Kuranaga, K. Hamase, T. Katsu et al.: Nat. Chem. Biol., 11, 127 (2015)..本菌が生産する誘導体のうち,最も生産量が高いライソシンEについて,絶対配置を含む構造を浦井誠博士による解析によって決定した.その結果,ライソシンEは12個のDおよびL体のアミノ酸と,水酸基をもつ短い脂肪酸鎖から構成される,分子量1617の新規抗生物質であった.その抗菌スペクトラムについて求めたところ,多剤耐性黄色ブドウ球菌を含むグラム陽性細菌の一部に抗菌活性を示し,抗菌作用は殺菌的であった.黄色ブドウ球菌の場合,添加直後に生菌数が0.01%以下に低下するなど,既存のどの抗生物質よりも短時間で強力な活性を示した.また,ライソシンEの抗菌活性の作用機序を解析したところ,細胞膜に作用し,膜破壊活性を有していることが明らかになった.これらの結果から,ライソシンEの作用標的は,既存の抗生物質とは異なると考えられた.その標的を解析するため,ライソシンEの耐性菌を取得し,その責任遺伝子を同定したところ,メナキノン合成系にかかわる遺伝子に変異が生じていた.また,ライソシンEの抗菌活性は,培地へのメナキノンの添加によって阻害され,試験管内においてライソシンEとメナキノンの物理的な相互作用が観察された.これらに加え,東京大学大学院薬学系研究科の井上教授らの研究により,ライソシンEの全合成経路が確立し,その天然型は抗菌活性を示すことが明らかにされた(7)7) M. Murai, T. Kaji, T. Kuranaga, H. Hamamoto, K. Sekimizu & M. Inoue: Angew. Chem. Int. Ed. Engl., 54, 1556 (2015)..さらに,合成されたライソシンEのエナンチオマーは抗菌活性を示した.これは,ライソシンEの標的であるメナキノンは光学活性をもたないということから,理論的に予想されることである.したがって,ライソシンEの標的はメナキノンであることが示された.また,ライソシンEはメナキノンを含有するリポソームを特異的に破壊する.以上の結果から,ライソシンEのような小分子が,細菌の生体膜中に存在するメナキノンという小分子を認識し,無生物学的に膜を破壊するという,これまでにないメカニズムであると考えられる.今後は,ライソシンEとメナキノンとの相互作用が,なぜ膜破壊を引き起こすのかを明らかにしていく必要がある.

図1■カイコ黄色ブドウ球菌感染モデルでの治療効果を指標とした探索

図2■ライソシンEの推定される作用メカニズム

ライソシンEはカイコモデルでの治療効果を指標に探索されたことから,哺乳動物モデルでの治療効果が期待される.そこで,マウスを用いた黄色ブドウ球菌の全身感染モデルでの治療効果を検討したところ,バンコマイシンよりも低い用量で治療効果を示した.また,ED50値の500倍以上という量を投与してもマウスは殺傷されず,臓器毒性も認められなかった.したがって,ライソシンEは臨床応用が可能な性質をもっていると考えられる.今後の研究により,ライソシンEは,多剤耐性黄色ブドウ球菌に有効な新規抗生物質としての開発が期待される.

Reference

1) C. Kaito, N. Akimitsu, H. Watanabe & K. Sekimizu: Microb. Pathog., 32, 183 (2002).

2) C. Kaito, K. Kurokawa, Y. Matsumoto, Y. Terao, S. Kawabata, S. Hamada & K. Sekimizu: Mol. Microbiol., 56, 934 (2005).

3) H. Hamamoto, K. Kurokawa, C. Kaito, K. Kamura, I. Manitra Razanajatovo, H. Kusuhara, T. Santa & K. Sekimizu: Antimicrob. Agents Chemother., 48, 774 (2004).

4) H. Hamamoto, K. Kamura, I. M. Razanajatovo, K. Murakami, T. Santa & K. Sekimizu: Int. J. Antimicrob. Agents, 26, 38 (2005).

5) H. Hamamoto, A. Tonoike, K. Narushima, R. Horie & K. Sekimizu: Comp. Biochem. Physiol. C Toxicol. Pharmacol., 149, 334 (2009).

6) H. Hamamoto, M. Urai, K. Ishii, J. Yasukawa, A. Paudel, M. Murai, T. Kaji, T. Kuranaga, K. Hamase, T. Katsu et al.: Nat. Chem. Biol., 11, 127 (2015).

7) M. Murai, T. Kaji, T. Kuranaga, H. Hamamoto, K. Sekimizu & M. Inoue: Angew. Chem. Int. Ed. Engl., 54, 1556 (2015).