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高度RNS耐性菌のNO耐性化遺伝子NOストレスに対するTCA回路の新たな役割

Yuki Doi

土肥 裕希

岡山理科大学工学部バイオ応用化学科

Published: 2016-02-20

活性窒素種(reactive nitrogen species; RNS)は,一酸化窒素(NO)やペルオキシナイトライト(ONOO)などの反応性の高い窒素酸化物の総称である.これらは活性酸素種と同様に,DNA,タンパク質,膜などに酸化傷害を与え,強い細胞毒性を引き起こす(1)1) D. A. Wink & J. B. Mitchell: Free Radic. Biol. Med., 25, 4 (1998)..微生物では,NOは嫌気呼吸(脱窒)の中間体として生産されるとともに,硝化や脱窒反応の中間体として生産された亜硝酸塩(NO2)がプロトンと化学反応することによっても生じる(2)2) A. Samouilov, P. Kuppusamy & J. L. Zweier: Arch. Biochem. Biophys., 357, 1 (1998)..一方,高等動物はシグナル伝達物質および病原性細菌を殺す武器としてNOを産生する(1)1) D. A. Wink & J. B. Mitchell: Free Radic. Biol. Med., 25, 4 (1998)..ONOOは,NOとスーパーオキシドが化学的に反応して生じる(1)1) D. A. Wink & J. B. Mitchell: Free Radic. Biol. Med., 25, 4 (1998)..したがって,脱窒菌や硝化細菌などは内因性のNOから,病原性細菌などは外因性のNOから自身を守らなければならない.細菌のNO応答に関する研究は1990年代から活発に行われ,好気的なNO解毒酵素としてフラボヘモグロビン(Hmp)が同定された(3)3) R. K. Poole & M. N. Hughes: Mol. Microbiol., 36, 4 (2000)..2000年以降,さまざまな細菌のゲノムDNA配列が解読され,多くの細菌がHmpのオルソログを有していることが明らかになった.その一方で,NOの解毒とは異なるメカニズムによるNO耐性化についてはほとんど着目されてこなかった.

われわれが単離した高度RNS耐性細菌Achromobacter denitrificansおよびOchrobactrum anthropiの生育のNO耐性は,大腸菌や緑膿菌のそれらよりも明らかに高かった(4, 5)4) Y. Doi, N. Takaya & N. Takizawa: Appl. Environ. Microbiol., 75, 16 (2009).5) Y. Doi, M. Shimizu, T. Fujita, A. Nakamura, N. Takizawa & N. Takaya: Appl. Environ. Microbiol., 80, 6 (2014)..ところが,A. denitrificansは大腸菌や緑膿菌と同様にゲノムDNAにhmp遺伝子を一つしか有しておらず,O. anthropiにいたってはhmp遺伝子を有していない.このことは,これらの細菌はHmpによるNOの解毒以外にも何らかのNO耐性化機構を有していることを強く示唆した.そこでわれわれは,トランスポゾンを用いてA. denitrificansのNO感受性変異株を取得・解析することで,新たなNO耐性化遺伝子を同定することを試みた.興味深いことに,この手法では,RNSの解毒酵素や酸化ストレス応答性の酵素遺伝子は全く見いだされず,ピルビン酸デヒドロゲナーゼ複合体(Pdh)のE1コンポーネント(EC 1.2.4.1)とアコニターゼ(Acn, EC 4.2.1.3)のアイソザイムの一つであるAcnA3をコードする遺伝子が見いだされた(5)5) Y. Doi, M. Shimizu, T. Fujita, A. Nakamura, N. Takizawa & N. Takaya: Appl. Environ. Microbiol., 80, 6 (2014)..PdhはTCA回路に基質を供給し,AcnはTCA回路を担う酵素である.そこでTCA回路を担う酵素遺伝子に着目したところ,NOにさらされたA. denitrificansはTCA回路を担う酵素遺伝子全般の発現量を顕著に増加させることが明らかになった(5)5) Y. Doi, M. Shimizu, T. Fujita, A. Nakamura, N. Takizawa & N. Takaya: Appl. Environ. Microbiol., 80, 6 (2014)..これらの結果は,中央代謝系であるTCA回路がNOストレスへの応答と耐性化に重要な役割を担っていること示した.TCA回路には,還元力(NADHやFADH2)を生産する異化代謝と生体構成物質(アミノ酸など)の生合成を司る同化代謝としての役割がある.NOへの暴露は,A. denitrificansの細胞内NADH/NAD比およびATP量を著しく低下させ,その影響はpdhおよびacnA3変異株でより顕著であった(5, 6)5) Y. Doi, M. Shimizu, T. Fujita, A. Nakamura, N. Takizawa & N. Takaya: Appl. Environ. Microbiol., 80, 6 (2014).6) Y. Doi & N. Takaya: J. Biol. Chem., 290, 3 (2015)..また,pdhおよびacnA3変異株は,NO以外の内因性の酸化ストレス誘発剤に対しても感受性を示した(5, 6)5) Y. Doi, M. Shimizu, T. Fujita, A. Nakamura, N. Takizawa & N. Takaya: Appl. Environ. Microbiol., 80, 6 (2014).6) Y. Doi & N. Takaya: J. Biol. Chem., 290, 3 (2015)..このことから,本菌はTCA回路の異化代謝を活性化させることによってNADHの生産量を増加させ,NOによって引き起こされる酸化ストレスに耐性化すると考えられた(図1図1■TCA回路を介したNOストレス耐性化機構).

図1■TCA回路を介したNOストレス耐性化機構

TCA回路の異化代謝を活性化することによって,RNSによって酸化されたNAD(P)を再びNAD(P)Hに還元する.生産されたNAD(P)Hは,ATPの生産(代謝)やRNSの解毒に利用される.

では,PdhとAcnはどのようなメカニズムでTCA回路の異化代謝の活性化に貢献するのだろうか? Pdhはピルビン酸からアセチルCoAを生産する(図1図1■TCA回路を介したNOストレス耐性化機構).アセチルCoAはクエン酸シンターゼがオキサロ酢酸をクエン酸に変換するために必要であるが,pdh変異株はピルビン酸から十分なアセチルCoAを生産することができない(5)5) Y. Doi, M. Shimizu, T. Fujita, A. Nakamura, N. Takizawa & N. Takaya: Appl. Environ. Microbiol., 80, 6 (2014)..酢酸塩の添加によって,pdh変異株のNO感受性は大幅に低下し,さらに野生株のNO耐性も大きく向上した(5)5) Y. Doi, M. Shimizu, T. Fujita, A. Nakamura, N. Takizawa & N. Takaya: Appl. Environ. Microbiol., 80, 6 (2014)..酢酸は,酢酸–CoAリガーゼによってアセチルCoAに変換されることが知られる.これらのことから,PdhはTCA回路にアセチル–CoAを供給することによってTCA回路の代謝を活性化させることが示された.Acnは活性中心に鉄硫黄クラスター(Fe–S)を有しており,TCA回路においてクエン酸のイソクエン酸への異性化反応を触媒する(図1図1■TCA回路を介したNOストレス耐性化機構).大腸菌は,AcnAとAcnBの2つのタイプのAcnを有し,構成的に発現しているAcnBのFe–Sは酸化ストレスに極めて脆弱であることが知られる.一方,AcnAのFe–Sは酸化に対して比較的耐性であり,酸化ストレス下で発現誘導されることによってAcnBの機能を代替する.A. denitrificansのAcnA3は,その他の細菌のAcnAと比較して2~3倍強い比活性を示し,そのFe–Sは酸素やNOに対して高い安定性を示した(6)6) Y. Doi & N. Takaya: J. Biol. Chem., 290, 3 (2015)..また,A. denitrificansacnA3遺伝子はNOの存在とは無関係に対数増殖期中期から後期に発現が強くなり,細胞内には常に一定量のAcnA3が見いだされた(6)6) Y. Doi & N. Takaya: J. Biol. Chem., 290, 3 (2015)..つまり,本菌は,高活性・高抗酸化性を示すAcnA3を構成的に生産することによって,外界からのNOストレスに素早く応答し,TCA回路の異化代謝を維持・活性化できると考えられる.このように,われわれは高度RNS耐性菌のNO耐性化遺伝子の解析を通して,TCA回路に「NOストレス耐性化機構」というの新たな役割を見いだした.しかしながら,見いだされたNO耐性化遺伝子の半数はその機能や役割が未知であり,それらは今後の解析によって順次明らかになっていくと考えている.

Reference

1) D. A. Wink & J. B. Mitchell: Free Radic. Biol. Med., 25, 4 (1998).

2) A. Samouilov, P. Kuppusamy & J. L. Zweier: Arch. Biochem. Biophys., 357, 1 (1998).

3) R. K. Poole & M. N. Hughes: Mol. Microbiol., 36, 4 (2000).

4) Y. Doi, N. Takaya & N. Takizawa: Appl. Environ. Microbiol., 75, 16 (2009).

5) Y. Doi, M. Shimizu, T. Fujita, A. Nakamura, N. Takizawa & N. Takaya: Appl. Environ. Microbiol., 80, 6 (2014).

6) Y. Doi & N. Takaya: J. Biol. Chem., 290, 3 (2015).