今日の話題

森林生態系におけるキバチ共生細菌による木質分解ノクチリオキバチの木材生分解にかかわる酵素の探索

Taichi Takasuka

髙須賀 太一

北海道大学大学院農学研究院

Chiaki Hori

千明

北海道大学大学院農学研究院

James Ellinger

北海道大学大学院農学研究院

東京大学グローバルコミュニケーション研究センター

Yuki Tobimatsu

飛松 裕基

京都大学生存圏研究所

Published: 2016-02-20

ノクチリオキバチ(Sirex noctilio)の幼虫はマツ属などの針葉樹を食害することで知られており,近年ヨーロッパ,オセアニア,北米において大量の枯死を引き起こしている.本来,ノクチリオキバチの野生種はユーラシア大陸や北アフリカ地域に生息し,多くの場合,枯れ木や間伐材などへ加害するのみで立木への加害は軽微であった.しかし,輸送の発達とともにノクチリオキバチはオセアニア地域をはじめとした南半球に移送され,北米においても2004年に初めて存在が確認されている.それら新しい土地に定着したノクチリオキバチによる立木への加害が進み,森林生態系が破壊される結果となった.特に北米ではキバチを含む昆虫による森林被害額が31億円/年にも上り(1)1) D. Pimentel, R. Zuniga & D. Morrison: Ecol. Econ., 52, 273 (2005).,森林生態系のみならず森林産業においても深刻な問題となっている.

現在同定されている122種以上のキバチのうち*1オナガキバチなど,共生細菌を保持しないものも報告されている.,ノクチリオキバチを含むキバチ亜科およびルリキバチ属は白色腐朽菌Amylosterium属と共生していることが報告されており(2)2) N. M. Schiff, H. Goulet, D. R. Smith, C. Boudreault, A. D. Wilson & B. E. Scheffler: Canadian Journal of Arthropod Identification, 21, 1 (2012).,キバチによる立木食害の実体は,この腐朽菌が大部分を担っていると考えられてきた.Amylosteriumは,ノクチリオキバチの雌成虫の産卵管上部にある胞嚢(Mycangia)に共生しており,雌成虫による木質内部への産卵の際に,同時に卵に植菌されることで次の世代にも受け継がれる.本菌によって分解された木質成分を栄養源としながら,キバチの幼虫は外敵のいない木質内部で成長する.これまでの研究から,キバチの種類によって,共生関係にあるAmylosterium属の種が多様であることが報告されている.一方,さらに最近になってAdamsらにより,ノクチリオキバチの胞嚢から,Amylosteriumに加え,γ-Proteobacteria属やStreptomyces属といった複数の細菌が単離された(3)3) A. A. Adams, M. S. Jordan, S. M. Adams, G. Suen, L. A. Goodwin, K. W. Davenport, C. R. Currie & K. F. Raffa: ISME J., 5, 1323 (2011)..それら細菌の中から,非常に高いセルロース分解能を保有する細菌も確認された.すなわち,ノクチリオキバチによる木質分解において,胞嚢内に共生する真菌だけではなく細菌の働きも重要であること,またそれら共生微生物群が協調的に木質分解にかかわっていることが提唱された.そこで本稿では,Adamsらの研究結果の中で最もセルロース分解能の高かった細菌の一つであるStreptomyces sp. SirexAA-E(以下SirexAA-E,図1図1■培養上清の酵素活性参照)を供試菌として,筆者らが取り組んできたバイオマス分解機構解析の研究について紹介する(4)4) T. E. Takasuka, A. J. Book, G. R. Lewin, C. R. Currie & B. G. Fox: Sci. Rep., 3, 1030 (2013)..

図1■培養上清の酵素活性

A. ろ紙を単一炭素源として1週間培養した様子.左からろ紙と培養液のみ,SirexAA-E, S. coelicolor, S. griseus, T. reesei RutC30の結果を示す.B. SirexAA-Eのセルロース(青)またはキシラン(赤)添加培養上清液のセルロース,キシラン,マンナン分解活性の評価.商業用酵素液を100%とした相対活性を示す.

まず初めに,SirexAA-Eが炭素源として利用できる糖種を明らかにするため,49種類の単糖を炭素源として本菌を培養した.その結果,グルコースやキシロースをはじめとした19種類の単糖を含む培地において生育が確認されたことから,本菌が木質由来単糖を広く利用できることが明らかになった*2セルロース・ヘミセルロース・ペクチンといった木質の多糖成分を構成する単糖のほとんどをSirexAA-Eは利用できたが,唯一マンノースについては炭素源として利用できないことが確認された..また,セルロースやヘミセルロース,木質バイオマス試料といった固体高分子基質も単一炭素源として生育できることも確認された.一方で,SirexAA-Eの近隣種である土壌微生物Streptomyces griseusおよびS. coelicolorは,セルロースを単一炭素源として利用できなかった(図1A図1■培養上清の酵素活性).したがって,本菌はほかのStreptomyces種とは異なり,菌体外に糖質分解酵素を生産することで,木質由来の多糖を分解し栄養源を得ていると考えられた.そこで,SirexAA-Eをセルロースまたはキシランを単一炭素源としてそれぞれ培養した際の培養上清(菌体外粗酵素液)について,木質多糖の分解活性を測定した.図1B図1■培養上清の酵素活性に示したように,両培養系において,それぞれセルロースまたはキシランの分解活性が高くなることから,本菌が炭素源に応じてその分解酵素を生産していることが明らかになった.また,それら培養上清の比活性をセルロース高分解性真菌由来の商業用酵素液*3セルロース分解性糸状菌Trichoderma reesei RutC30株由来のSpezyme CPを用いた.T. reesei RutC30は野生株から数十世代の人為的な遺伝子改変を行い,高い酵素分泌能力と比活性を有する.と比較したところ(図1B図1■培養上清の酵素活性),セルロース分解活性は低い一方で,キシランおよびマンナン分解活性は商業用酵素液*3セルロース分解性糸状菌Trichoderma reesei RutC30株由来のSpezyme CPを用いた.T. reesei RutC30は野生株から数十世代の人為的な遺伝子改変を行い,高い酵素分泌能力と比活性を有する.よりも高い活性を示した.とりわけ,マンナン分解活性が非常に高かったことは,本菌はキバチが食害する針葉樹に存在するヘミセルロースの主要成分であるグルコマンナンの分解に適した分解酵素を生産している可能性を示していた.

つづいて,SirexAA-Eが菌体外に生産する酵素を網羅的に明らかにするために,培養上清についてプロテオミクス解析を行ったところ,炭素源によって生産される分泌酵素のパターンに違いが確認できた.たとえばセルロースを単一炭素源とした場合,培養上清中の全分泌タンパク質のうち,約85%が4つのセルロース分解酵素と一つのマンナン分解酵素であった.一方,キシランを単一炭素源とした場合は,約50%がキシランなどのセルロース以外の糖質分解にかかわる酵素であった.これらの結果から,SirexAA-Eは利用できる炭素源の構成成分によって,最適な酵素の分泌を制御していることが示唆された.同培養条件下でのトランスクリプトーム解析結果は,上述したプロテオミクス解析の結果を裏づけるものであった.また,セルロースまたはその分解産物の一つであるセロビオース(グルコースがβ-1,4結合した2量体)培地における本菌のトランスクリプトームを比較解析したところ,糖質分解酵素の発現パターンが類似していたこと,上方発現の認められた遺伝子の上流領域に共通するDNA配列モチーフが確認されたことから,セロビオースが一連の糖質分解酵素をコードした遺伝子の発現調節にかかわっている可能性が示唆された.

前述のプロテオミクスまたはトランスクリプトミクス解析結果から,SirexAA-Eの分泌する酵素の中でも高い分泌量を示したものについて異種発現により組換えタンパク質を取得した.たとえば,SirexAA-Eの高マンナン分解能を担っていると考えられたマンナナーゼ(5)5) T. E. Takasuka, J. F. Acheson, C. M. Bianchetti, B. M. Prom, L. F. Bergeman, A. J. Book, C. R. Currie & B. G. Fox: PLoS ONE, 9, e94166 (2014).,キチン分解酵素(6)6) T. E. Takasuka, C. M. Bianchetti, Y. Tobimatsu, L. F. Bergeman, J. Ralph & B. G. Fox: Proteins, 82, 1245 (2014).,ダイオキシゲナーゼ(7)7) C. M. Bianchetti, C. H. Harmann, T. E. Takasuka, G. L. Hura, K. Dyer & B. G. Fox: J. Biol. Chem., 288, 18574 (2013).,ラミナリナーゼ(8)8) C. M. Bianchetti, T. E. Takasuka, S. Deutsch, H. S. Udell, E. J. Yik, L. F. Bergeman & B. G. Fox: J. Biol. Chem., 290, 11819 (2015).についてはX線結晶構造と詳細な生化学的性質にかかわるデータが得られている.このうちマンナナーゼについては,SirexAA-Eはマンナンの分解産物であるマンノースを炭素源として利用できないことから,共生するほかの微生物種へのマンノースの供給,あるいはマンナン系ヘミセルロースを除去することによる木質分解の促進に寄与しているものと考えられた.

以上,ノクチリオキバチに共生するSirexAA-Eによる木質系多糖の分解を中心に紹介したが,われわれは,キバチ胞嚢に共生する微生物群全体が産出するバイオマス分解酵素の網羅的解析や,多糖とともに木質バイオマスを構成する芳香族ポリマーであるリグニンの分解についても解析を始めている.

現在までに日本では上述したノクチリオキバチによる森林被害は確認されていないが,いくつかのキバチによる加害は報告されている.木質分解の実体を担う共生微生物系が明らかになれば,キバチによる森林被害の防除につながると期待される.また,森林害虫の共生微生物が生産する高いバイオマス分解酵素は,木質バイオマスからのバイオエネルギー産出において有用なリソースと捉えることもできる.特にわれわれは,キバチに共生する複数の異なる微生物による協調的な木質分解機構を理解することで,バイオマス利用技術の発展につながるのではないかと期待している.

(本話題の一部は,JSPS科研費15K18812および京都大学生存圏研究所の生存圏科学萌芽研究からの助成を受けている)

Reference

1) D. Pimentel, R. Zuniga & D. Morrison: Ecol. Econ., 52, 273 (2005).

2) N. M. Schiff, H. Goulet, D. R. Smith, C. Boudreault, A. D. Wilson & B. E. Scheffler: Canadian Journal of Arthropod Identification, 21, 1 (2012).

3) A. A. Adams, M. S. Jordan, S. M. Adams, G. Suen, L. A. Goodwin, K. W. Davenport, C. R. Currie & K. F. Raffa: ISME J., 5, 1323 (2011).

4) T. E. Takasuka, A. J. Book, G. R. Lewin, C. R. Currie & B. G. Fox: Sci. Rep., 3, 1030 (2013).

5) T. E. Takasuka, J. F. Acheson, C. M. Bianchetti, B. M. Prom, L. F. Bergeman, A. J. Book, C. R. Currie & B. G. Fox: PLoS ONE, 9, e94166 (2014).

6) T. E. Takasuka, C. M. Bianchetti, Y. Tobimatsu, L. F. Bergeman, J. Ralph & B. G. Fox: Proteins, 82, 1245 (2014).

7) C. M. Bianchetti, C. H. Harmann, T. E. Takasuka, G. L. Hura, K. Dyer & B. G. Fox: J. Biol. Chem., 288, 18574 (2013).

8) C. M. Bianchetti, T. E. Takasuka, S. Deutsch, H. S. Udell, E. J. Yik, L. F. Bergeman & B. G. Fox: J. Biol. Chem., 290, 11819 (2015).

*1 オナガキバチなど,共生細菌を保持しないものも報告されている.

*2 セルロース・ヘミセルロース・ペクチンといった木質の多糖成分を構成する単糖のほとんどをSirexAA-Eは利用できたが,唯一マンノースについては炭素源として利用できないことが確認された.

*3 セルロース分解性糸状菌Trichoderma reesei RutC30株由来のSpezyme CPを用いた.T. reesei RutC30は野生株から数十世代の人為的な遺伝子改変を行い,高い酵素分泌能力と比活性を有する.