Kagaku to Seibutsu 54(03): 170-175 (2016)
解説
ウイロイド起源・伝播・進化について
Viroids: Origin, Spread, Evolution
Published: 2016-02-20
ウイロイドは最小の植物病原体であり,動物細胞からは検出例がないマイナーな存在である.また,環状のnon-coding RNA(ncRNA)という独特の構造である点においても特異な存在であった.しかしながら,近年,ncRNA, さらには200塩基以上のlong non-coding RNA(lncRNA)に関する研究が進展し,それらの生体内における役割や動態についても明らかとなっている.また,環状lncRNA(circRNA)が動物細胞から大量に見つかり,それらの役割についても明らかになりつつある.今後はウイロイドがマイナーな存在ではなく,自律複製能をもったcircRNAとして着目されることを期待したい.
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2016 公益社団法人日本農芸化学会
ウイロイド(Viroid)は一本鎖環状RNA(250~400塩基)のみからなる最小の植物病原体である.1971年にDienerによってタンパク質をもたない病原体としてPotato spindle tuber viroid(PSTVd)が最初のウイロイドとして同定された(1)1) T. O. Diener: Virology, 45, 411 (1971)..ウイロイドはタンパク質をもたないだけでなく,そのゲノムRNAはタンパク質をコードしないことが知られている,いわゆるnon-coding RNAである(タンパク質に翻訳されるRNAを一般的にmRNAといい,一方でタンパク質へ翻訳されずに機能するRNAのことをnon-coding RNA(ncRNA)とし,tRNAやrRNAなどはそれにあたる)(2)2) 佐野輝男:ウイルス,60, 177 (2010)..第9回国際ウイルス分類委員会(International Committee on Taxonomy of Viruses; ICTV)報告においてはウイルスの分類と同様の基準で2科(family),7属(genus),28種(species)に分類されている(3)3) F. Di Serio, R. Flores, J. T. Verhoeven, S. F. Li, V. Pallás, J. W. Randles, T. Sano, G. Vidalakis & R. A. Owens: Arch. Virol., 159, 3467 (2014).(表1表1■ウイロイド一覧表).ポスピウイロイド科(Pospiviroidae)のウイロイドは,5つの構造ドメイン(左末端領域,病原性領域,中央保存領域,可変領域,右末端領域)で構成される棒状の2次構造を形成し,属に特徴的な中央保存領域を有する(4)4) P. Keese & R. H. Symons: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 82, 4582 (1985).(図1図1■Potato spindle tuber viroid(PSTVd)の分子構造モデル).アブサンウイロイド科(Avsunviroidae)のウイロイドの多くは,枝分かれした棒状の2次構造を形成し,中央保存領域は見られないが,ハンマーヘッド型リボザイムの保存配列を有する.アブサンウイロイド科のウイロイドはお互いに保存された配列などがなく,ポスピウイロイド科とも塩基配列の相同性やRNAの二次構造上の相同性に乏しい.
アブサンウイロイド科(Avsunviroidae) | |
アブサンウイロイド属(Avsunviroid) | Avocado sunblotch viroid |
パレモウイロイド属(Pelamoviroid) | Chrysanthemum chlorotic mottle viroid(キク退緑斑紋ウイロイド) |
Peach latent mosaic viroid(モモ潜在モザイクウイロイド) | |
エラウイロイド属(Elaviroid) | Eggplant latent viroid |
ポスピウイロイド科(Pospiviroidae) | |
ポスピウイロイド属(Pospiviroid) | Chrysanthemum stunt viroid(キク矮化ウイロイド) |
Citrus exocortis viroid(カンキツエクソコーティスウイロイド) | |
Columnea latent viroid | |
Iresine viroid 1 | |
Mexican papita viorid | |
Pepper chat fruit viroid | |
Potato spindle tuber viroid(ジャガイモやせいもウイロイド) | |
Tomato apical stunt viorid | |
Tomato chlorotic dwarf viroid(トマト退緑萎縮ウイロイド) | |
Tomato planta macho viroid | |
ホスタウイロイド属(Hostuviroid) | Hop stunt viroid(ホップ矮化ウイロイド) |
コカドウイロイド属(Cocadviroid) | Citrus bark cracking viroid(カンキツバーククラッキングウイロイド) |
Coconut cadang-cadang viroid | |
Coconut tinangaja viroid | |
Hop latent viroid(ホップ潜在ウイロイド) | |
アプカスウイロイド属(Apscaviroid) | Apple dimple fruit viroid(リンゴくぼみ果ウイロイド) |
Apple scar skin viroid(リンゴさび果ウイロイド) | |
Australian grapevine viroid(ブドウオーストラリアウイロイド) | |
Citrus bent leaf viroid(カンキツベントリーフウイロイド) | |
Citrus dwarfing viroid(カンキツ矮化ウイロイド) | |
Citrus viroid V(カンキツウイロイドV) | |
Citrus viroid VI(カンキツウイロイドVI) | |
Grapevine yellow speckle viroid 1(ブドウ黄色斑点ウイロイド1) | |
Grapevine yellow speckle viroid 2 | |
Pear blister canker viroid(ナシブリスタキャンカーウイロイド) | |
コレウイロイド属(Coleviroid) | Coleus blumei viroid 1(コリウスウイロイド1) |
Coleus blumei viroid 2 | |
Coleus blumei viroid 3 | |
Di Serio et al. (2014)らの記載より一部改変(3)3) F. Di Serio, R. Flores, J. T. Verhoeven, S. F. Li, V. Pallás, J. W. Randles, T. Sano, G. Vidalakis & R. A. Owens: Arch. Virol., 159, 3467 (2014).日本語名は日本植物病理学会植物ウイルス分類委員会の表記に従った. |
ポスピウイロイド科のウイロイドは,感染細胞の核(nuclear)で非対称型ローリングサークルと呼ばれる様式で複製する.複製は宿主のDNA依存RNAポリメラーゼ(DdRP)IIによって行われ,RNAの環状化にはDNAリガーゼIが用いられる.環状化した+鎖RNAは核膜を経て細胞質へ至る(1, 5)1) T. O. Diener: Virology, 45, 411 (1971).5) P. Palukaitis: Virus Genes, 49, 175 (2014)..一方で,アブサンウイロイド科のウイロイドは,感染細胞の葉緑体(chloroplast)において対称型ローリングサークルで複製する.このウイロイドは自己の配列がもつリボザイム活性によってRNAを自己切断することができる.
ウイロイドは細胞間を原形質連絡(Plasmodesma)を通って隣の細胞に移行し,篩管を通じて全身移行する.基本的にウイロイドは宿主植物に全身感染するが,茎頂部や胚珠などの生殖器官など特定の器官への侵入が限定されていることがある(図2図2■感染植物おけるウイロイドの感染分布).茎頂部へのウイロイドの侵入に関してはRNA-dependent RNAポリメラーゼ6(RDR6)が関与していることが示唆されている(5)5) P. Palukaitis: Virus Genes, 49, 175 (2014)..また,茎頂部におけるウイロイドの感染は同じウイロイドであっても感染する品種によっても分布が異なることが知られており,その違いは茎頂部におけるカロース(直鎖のβ-1,3-グルカン)の集積の有無が関連している可能性が示唆されている(6)6) Z. Zhang, Y. Lee, C. Spetz, J. L. Clarke, Q. Wang & D. R. Blystad: Front. Plant Sci., 16, (2015). 10.3389/fpls.2015.00053.茎頂部は将来,花芽を形成する際に胚珠や花粉を形成する元となる組織であることから,この部位への感染の有無は種子への伝播に係る重要な過程である.種子への感染はウイロイドを後代へ残す重要なステップであることから,感染茎頂部や胚珠などの特定の組織への移行に関する研究は今後の重要なテーマの一つである.
ウイロイドの宿主範囲はウイロイド種によってさまざまである.ポスピウイロイド科の代表的なウイロイドであるPSTVdはヒユ科,キク科,ナス科,ムラサキ科,キキョウ科,ナデシコ科,ヒルガオ科,マツムシソウ科,ムクロジ科,ゴマノハグサ科,オミナエシ科の植物160種に感染することが可能である(7)7) 松下陽介,津田新哉:植物防疫,64, 66 (2010)..一方でアブサンウイロイド科のウイロイドは実験上の宿主も含めても非常に狭い宿主範囲しかもたない.たとえば,Chrysanthemum chlorotic mottle viroid(CChMVd)は栽培ギクを含めた数種のキク属植物のみしか感染しない(8)8) R. Flores: M.de la Pena & B. Navarro: “Chrysanthemum chlorotic mottle viroid,” ed. by A. Hadidi, R. Flores, J. W. Randles, & J. S. Semancik, CSIRO, 2003, pp. 224–227..
宿主植物として自然宿主と実験上の宿主があるが,これまでにウイロイドが検出された自然宿主のほとんどが栽培種である.たとえば,PSTVdはナス科に多く感染するが,検出例があるのはトマト,じゃがいも,ナス科観葉植物(Brugumansiaなど)などである(7)7) 松下陽介,津田新哉:植物防疫,64, 66 (2010)..在来の野生種トマトやじゃがいも,ナス科雑草などからの検出事例はこれまで報告されていない.栽培種の検出事例もほとんどが栽培圃場や温室内のトマトや植物検疫におけるものがほとんどである(7)7) 松下陽介,津田新哉:植物防疫,64, 66 (2010)..したがって,野生種や雑草などにウイロイドが潜伏感染し,発生源となっている可能性や宿主植物の原種に感染している可能性については議論の余地があり,ウイロイドの起源を知るうえで重要な視点である.
PSTVdは幅広い植物種に感染すると前述したが,実は発病する宿主は非常に少ない.図3図3■ウイロイドに感染した植物における病徴において各ウイロイドの代表的な感染植物における病徴を示したが,PSTVdに感染した場合に明瞭な病徴を示す植物種はトマト(萎縮,葉の黄化,葉巻など(図3A図3■ウイロイドに感染した植物における病徴))やじゃがいも(塊茎の亀裂,小型化葉の黄化など)くらいしかない.PSTVdはトマト・ジャガイモと同じナス科植物であるピーマン,トウガラシ,ナス,タバコ,ダチュラ,Brugumansiaなどに全身感染するが明瞭な病徴を見いだすことはできない(9)9) Y. Matsushita & S. Tsuda: Eur. J. Plant Pathol., 141, 193 (2015)..CChMVdやChrysanthemum stunt viroid(CSVd)はキクの栽培種でおいてのみ激しい症状を示す(10)10) Y. Matsushita: Jpn. Agric. Res. Q., 47, 237 (2013).(図3B, C図3■ウイロイドに感染した植物における病徴).また,Tomato chlorotic dwarf viroid(TCDVd)もPSTVdと同様にナス科・キク科などに幅広く感染することが可能だが,主に症状を示す宿主植物はトマトとジャガイモくらいである(11)11) Y. Matsushita, T. Usugi & S. Tsuda: Eur. J. Plant Pathol., 124, 349 (2009).(図3D, E図3■ウイロイドに感染した植物における病徴).激しい病徴を示すトマトを用いたウイロイドの病徴に関する研究がこれまで多くなされており,病徴の強弱はウイロイドRNAの塩基配列に依存していることが報告されている(12)12) T. Sano, T. Candresse, R. W. Hammond, T. O. Diener & R. A. Owens: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 89, 10104 (1992)..ウイロイド感染個体からは大量の21~24塩基ウイロイドRNA由来のsmall RNA(vd-sRNA)が検出されていることから,RNAサイレンシングがウイロイドの病徴発現に関与していることが指摘されており,現在のウイロイド発病機構の有力な仮説である.ウイロイドの病徴とRNAサイレンシングについては佐野(2010)の総説(2)2) 佐野輝男:ウイルス,60, 177 (2010).を参考にされたい.
ウイロイドは西暦130年頃にCitrus exocortis viroid(CEVd)によると見られる症状のエトログ(カンキツの一種)とされる最古のウイロイド症状の記述がある(13)13) M. Bar-Joseph: “Viroids : Natural history of viroids—horticultural aspects,” ed. by A. Hadidi, R. Flores, J.W. Randles, & J.S. Semancik, CSIRO, 2003, pp. 246–251..また,近代にはいってからは1920年代には北米や旧ソ連領域内でやせいも症状のジャガイモが見つかっている.ウイロイドの伝染方法は汁液接種および栄養繁殖による伝染,種子伝染,花粉伝染である.一般的に昆虫媒介や土壌伝染はしないとされている.例外としてマルハナバチによる媒介が知られているが,これは花粉運搬のために花の柱頭をかじる行為による一種の汁液接種であると考えられる.汁液接種は主に人為的な作業によるものであり,自然界では起こりにくい伝染方法であることから,人類の農耕が開始するまでは主に栄養繁殖による伝染や種子伝染,花粉伝染によって後代へウイロイドを伝えてきたものと推測される.たとえば,ジャガイモは塊茎による栄養繁殖によって増殖し,トマトやペチュニアは種子によって増殖する.実際にトマト,ペチュニアにおけるPSTVdの種子伝染率はそれぞれ2~23%,51~78%であり,かつ種子の胚(発芽した際に子葉と根になる部分)にまでPSTVdが感染することが確認されている(14)14) Y. Matsushita & S. Tsuda: Phytopathology, 104, 964 (2014)..ウイルスでは種子伝染を成立させるためのルートは2つあり,1.胚の元となる卵細胞やその前の分裂組織,受精卵などに感染し,そのまま感染した胚が発生する場合(間接侵入),2.発達中の胚に周辺細胞を経由して感染していく場合(直接侵入),の2とおりがあり,PSTVdの場合は1の間接侵入によるものであることが判明している(14)14) Y. Matsushita & S. Tsuda: Phytopathology, 104, 964 (2014)..これらの種子伝染の成立の有無はウイロイドと宿主植物品種の組み合わせに依存しており,PSTVdの場合においてはトマトやジャガイモ,ペチュニアでは種子伝染が確認されているが,タバコなどでは確認できない.また,PSTVdの近縁種であるTCDVd(PSTVdと塩基配列が80~85%一致)はトマトでは種子伝染せず,実際にPSTVdは胚珠内部まで感染が確認できるが,TCDVdは胚珠内に感染することはできない(図2B図2■感染植物おけるウイロイドの感染分布).このような生殖器官における移行のメカニズムは不明であるが,種子伝染はウイロイドにとって重要な生き残り手段であることを考えると,分裂組織や卵細胞,胚へ侵入できるかどうかはウイロイドの進化の点で重要な過程である.感染宿主が栄養繁殖でない場合,虫媒伝染も土壌伝染もできないウイロイドにとって種子伝染できないことは,そこで消滅するしかなく大きな選択圧となる.つまり,進化の過程で種子伝染可能な塩基配列をもつウイロイドとそれを可能とする宿主植物種の組み合わせが成立したのであろう.さらにそこに病徴発現の程度による宿主植物の種子形成の有無への影響も関与してくる.当然ながら,発病によって感染植物が枯死または種子形成阻害を起こしてしまえばウイロイド自体も消滅するしかない.発病程度が小さいほどウイロイドは感染植物の子孫へ効率伝播できるであろう.前述したようにPSTVdに感染して激しい病徴発現を示す植物種はトマトやジャガイモくらいしかなく,ほとんどの宿主植物種が無病徴感染であるのは,ウイロイドの生き残り戦略の一つなのかもしれない.
ウイロイドの起源としては,①レトロトランスポゾン起源説(レトロトランスポゾンは自身をRNAに複写した後,DNAとなってゲノム上を移動することができる)や②イントロン起源説などがある(15)15) R. Flores, S. Gago-Zachert, P. Serra, R. Sanjuán & F. Elena: Annu. Rev. Microbiol., 68, 395 (2014)..イントロンとは転写されたRNA産物のうち,スプライシング反応によって除去される配列であり,アミノ酸に翻訳されないnon-coding RNAの1種である.切りだされたイントロン配列は,それぞれ投げ縄構造を形成し,mRNA前駆体から除去される.残った配列がアミノ酸に翻訳されるmRNAとなるエクソン配列となる.また,最近ではイントロン配列が環状RNA(ciRNA)となり,miRNA(20~25塩基のncRNAで他の遺伝子の発現を調節する機能を有する)との結合サイトをもち遺伝子発現の調整を行うものも報告されている(16)16) E. Lasda & R. Parker: RNA—A Publication of the RNA Society, 20, 1829 (2014)..このように飛び出したRNA配列が自律複製能をもってウイロイド様RNAが発生したのではないかとするのがイントロン起源説である.イントロンの形成機構が「転写→切断→投げ縄構造の形成」といった,ウイロイドの複製機構に類似していることを根拠にしている.イントロン以外にもたとえば,エクソン由来のlncRNAの中で環状になるRNAも存在し,それはmiRNAとの結合サイトをもち遺伝子発現の調整を行うことが知られており(16)16) E. Lasda & R. Parker: RNA—A Publication of the RNA Society, 20, 1829 (2014).,エクソン配列からも「転写→切断→環状RNAの形成」のステップを経るものがあり,今後もさまざまなウイロイドに類似したRNA構造体が発見されるかもしれない.
しかしながら,いずれにしても現在までにウイロイド様配列は植物ゲノム上からは見つかっていない.一方で,近年ウイルスでは植物ゲノム上にウイルス配列が発見されるようになっている.DNAウイルスの一種であるパラレトロウイルス(例 Banana streak virus)は宿主ゲノム上においてDNAウイルスが存在し,高温や乾燥ストレス,組織培養などによって植物ゲノムからウイルス配列が出現し,ウイルス粒子を形成することが知られている(17)17) M. J. Roossinck: Virology, 479, 271 (2015)..最近ではDNAウイルスだけなく,RNAウイルスにおいても植物ゲノム上にその配列が存在していることが報告されている(18)18) H. Shimura & C. Matsuta: Virus Res. (2015). 10.1016/j.virusres.2015.06.016.また,サテライトウイルス(ウイルスに寄生するウイルスで,親ウイルスの増殖環境下のみにおいて増殖可能)においてもその配列断片がタバコのゲノム上からも発見されている(18)18) H. Shimura & C. Matsuta: Virus Res. (2015). 10.1016/j.virusres.2015.06.016.したがって,今後の植物ゲノム解析次第ではウイロイド様配列も植物ゲノム上から発見されるかもしれない.
ウイロイドの起源については興味深いテーマではあるが,一方でこれから新しいウイロイドが発見されるのか,または新たに発生する可能性はあるのか今後の課題としては重要なテーマである.ウイロイドは進化速度および宿主への適応が最も早い生物体とされている(5)5) P. Palukaitis: Virus Genes, 49, 175 (2014)..PSTVdは配列多様性をもつ種(類似した種quasispecies)を形成し,それらが新しい宿主へ適応するための源になると考えられている.つまり,数種類の一定の変異をもったPSTVdの集団が存在し,何らかの選択圧(新しい宿主植物における複製・移行など)によって残った変異体が優占種として新たに発生することとなる.実際にウイロイドを接種源とは別種の植物に接種すると新しい変異体を得ることができることが可能である(5)5) P. Palukaitis: Virus Genes, 49, 175 (2014)..複製・移行の項目で述べたように,ウイロイドは宿主因子を利用して複製しているのでそれらが選択圧になるのは容易に想像できる.また,細胞間移行や全身移行に関してもウイロイドの立体構造が関与していることから(19)19) X. Zhong, A. J. Archual, A. Amin & B. Ding: Plant Cell, 20, 35 (2008).,変異体の構造がより移行に適した形態であることが優占種となる条件であろう.宿主への適応が迅速に行われることを考慮すると,汁液接種,接木作業,交雑など人為的作業によって新たなウイロイド種が発生することは難しいことではないだろう.ただし,宿主範囲が極端に狭いアブサンウイロイド科についてはその限りではないかもしれない.
ウイロイドはこれまでに植物以外では発見されておらず,動物細胞からの検出例はない.実験上では酵母において複製が確認された例があるが,自然宿主植物として報告例があるのは被子植物のみであって,裸子植物やコケ,シダ,藻類などからの検出事例はない.実際,被子植物以外を自然宿主とするウイロイドは存在しないのか,未発見であるだけなのかは不明である.ウイロイドの検出は主にRT-PCRなどが用いられており,ポスピウイロイド属は共通配列が存在するので,そこをターゲットしたRT-PCRによって簡単に新規ウイロイドの検出が可能である.実際にPepper chat fruit viroidやPortulaca latent viroidなどがその方法によって新規に発見されている(5)5) P. Palukaitis: Virus Genes, 49, 175 (2014)..しかしながら,アブサンウイロイド科のように共通配列などないウイロイドの場合はRT-PCRによる検出は不可能であり,専ら古典的な方法であるポリアクリルアミド電気泳動によって環状RNAを分離して塩基配列を確認する方法に頼るしかない.そこで期待されるのがRNase Rと次世代シークエンサーを用いた解析による新規ウイロイドの検出である.RNase Rはほぼすべての直鎖状RNAを分解する3′→5′エキソリボヌクレアーゼであり,投げ縄構造または環状のRNAは分解しないため,ウイロイド様環状RNAを効率的に得ることが期待される.それらの処理を経て次世代シークエンサーによって環状RNAを得てウイロイド配列情報を効率的に解析することが報告されている(20)20) Z. Zhang, S. Qi, N. Tang, X. Zhang, S. Chen, P. Zhu, L. Ma, J. Cheng, Y. Xu, M. Lu et al.: PLoS Pathognes, 10, e1004553 (2014)..
non-coding RNA(ncRNA)の中で200塩基以上のものをlong non-coding RNA(lncRNA)と定義されており,100 kbまでの長さのものが報告されている(16)16) E. Lasda & R. Parker: RNA—A Publication of the RNA Society, 20, 1829 (2014)..その点ではウイロイド(250~400塩基)もlncRNAともいえる.lncRNAは発生・分化などにおける調節因子の役割が報告されており,かつて唱えられたようなジャンク遺伝子ではない.また,最近になって環状のlncRNAが脚光を浴びている.かつて環状RNAというのはマイナーな存在であったが,哺乳類においては内因性の環状ncRNA(circRNA)が数千も存在しており,さらにそれらはmiRNAの機能を調節していることが報告されている(16)16) E. Lasda & R. Parker: RNA—A Publication of the RNA Society, 20, 1829 (2014)..ヒトのcircRNAではあるCDR1asはmiRNA-7との結合鎖を60以上もっており,miRNA-7の吸着と放出の調整をしている(miRNA sponge).このCDR1asの機能不全による発がんやパーキンソン病との関連が示唆されている.circRNAについては従来の分析法では単離と解析が困難であることから数年前までは全く進展が見られなかったが,次世代シークエンサー技術などによって大規模な解析が可能となった.circRNAについての研究が盛んに行われることは,環状RNAであるウイロイド研究の進展につながるかもしれない.また,生体内で作られる環状RNAの合成様式はさまざまあるが,今後,ウイロイドの複製様式に近似したものも見つかるかもしれない.それらはウイロイドの起源と進化について何かのヒントを与えてくれるだろう.
Reference
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