Kagaku to Seibutsu 54(3): 181-190 (2016)
解説
微細藻類によるグリーンオイル生産技術の実用化に向けて藻類探索から,オミックス解析,プロセス設計まで
What is the Breakthrough Technology for Green Oil Production by Microalgae Toward to Commercialization?
Published: 2016-02-20
日本における微細藻類からのバイオ燃料・原料用オイル(以下,グリーンオイル)生産技術開発については,平成20年頃から注目され始め,現在世界中で検討が進められている.微細藻類から生み出されるグリーンオイルは,さまざまな用途に使え,CO2削減効果や持続的可能社会へ貢献などさまざまなメリットが期待されている.一方で,多くの利点を有するグリーンオイルを学術的研究から実用化へ導くには,①候補株の屋外大量培養技術,②培養からオイル抽出までの一貫プロセスの構築,③低エネルギー,低コスト化,④大規模化に伴う運用ノウハウの取得など,数多くのエンジニアリング的視点が必要になる.電源開発株式会社(以下,J-POWER)では,平成15年から海洋微生物を中心に微生物コレクションであるJ-POWER Culture Collection(以下,JPCC)を構築(http://oceanquest.jp)し,バイオテクノロジー研究を開始した.J-POWERの微細藻類研究はグリーンオイル生産技術開発に必要な候補株をJPCCから検索することから始め,その後,見いだした候補株のラボレベル試験による藻体,グリーンオイル生産性などの特性・評価を行った.さらにその成果を反映し,屋外におけるベンチレベル試験,パイロット試験について,公的資金(JST-CREST, NEDO)を有効に活用しながら進めてきた.現在,3,000 m2の敷地を利用したグリーンオイル一貫生産プロセスを検討するまでに至っている.今回,微細藻類からのグリーンオイル生産技術の研究開発について,筆者らの取り組みを紹介しながら,グリーンオイルのバイオ燃料・原料生産技術や有用資源としての“理想と現実”も含め解説したいと考えている.また,本稿が皆様の検討の一助になること,また,このような機会を与えていただいた日本農芸化学会に対しこの場を借りて感謝申し上げたい.
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2016 公益社団法人日本農芸化学会
環境中から新たに分離・獲得する際に,筆者が注目点として挙げるのが,まず①継体培養ができること,②コロニーを形成(単菌化)できることである.①は,保有する形質を失わず安定して植え継ぎできる,言い換えると“人間が扱える”ということを意味している.環境微生物の検索を経験している読者なら,何代か継代すると死滅したり,雑菌汚染が発生したり,微生物そのものが変わったりと,折角有望株の存在を確認したが,取得できないという経験をされたことがあるかと思う.そのため,獲得微生物が必要な能力を維持したままで継体培養できることが,産業用微生物として利用できるか重要なポイントになる.また,②については,単菌化に必要な能力であるとともに,変異株などのゲノム編集技術を応用する場合にも必要となる.このように①,②の特徴を有する候補株は,将来産業に利用できる第一ハードルをクリアしたと考えて良い.また,ラボレベルでの性能評価を実施しながら,産業化(=プラント化)に必要な生産条件,機器仕様の設定などイメージしながら実験,評価,知見の取得を得るようにラボレベルから注意しながら進めなければならない.
次に,グリーンオイル生産に用いる候補微細藻類には,上述したポイント以外に,必ず必要な能力がある.表1表1■オイル産生微細藻類が保有すべき能力にその能力を記載した.記載項目のすべてを保有する必要はないと思うが,特に筆者が着目しているのが屋外で安定的に生育(培養)できる能力であると考えている.バイオ燃料・原料用グリーンオイルを目的生産物としたならば,選択する微細藻類には表1表1■オイル産生微細藻類が保有すべき能力で示したような能力が必ず必要になる(1)1) 松本光史,田中 剛:環境バイオテクノロジー学会誌,12, 9 (2012)..
屋外で安定的に生育できるということは,自然環境変化(水温,気温など)に適応し,ほかの雑菌汚染を克服し,かつ太陽光を利用しながら生育できる“強さ=タフ”を有しているかということである.また,グリーンオイル生産は屋内培養という選択肢もあるが,生産物の価格,コストなどを考えれば技術的に可能であっても事業と言う側面からほぼ採択されないだろう.しかし藻種の選定には,表1表1■オイル産生微細藻類が保有すべき能力右図に示すように培養コストが低く,エネルギー生産にも活用できる藻種の獲得は,かなりの努力が必要であることが予想される.
上述した視点を鑑み,筆者はJPCCからグリーンオイル生産用候補株の検索を実施した.検索に当たっては①どのような藻類,②どのようなオイル種とするかの2点を決定した.そこで,①はケイ藻種,②中性脂質をターゲットとする標的を設けた.選定理由は多くあるが,ケイ藻は多量のオイルを作ることは知られている割にほとんど検討されていない点と中性脂質は多様な微細藻類が普遍的に産生できる(言い換えれば,候補株の選択肢が増える)点であろうか.JPCCから約3カ月程度の時間をかけて約800株について検索したところ,細胞内に多量のオイルを蓄積する1株のケイ藻を見いだした(図1図1■高オイル産生海洋性ケイ藻Fistulifera solaris JPCC DA 0580株の獲得).顕微鏡下でこの株の存在を確認した後,「グリーンオイル産生微細藻類にもつべき能力」で記載したように継体培養とコロニー化(単菌化)を確認し,JPCCの継代履歴から,このケイ藻はわれわれがハンドリングできる株であることを確認し,心の高ぶりを覚えたのを記憶している.その後,このケイ藻の形態学的観察,遺伝子情報などの解析からFistulifera属に属する羽状目ケイ藻と同定した.さらに,種名について顕微鏡下で蓄積したオイルが宇宙の暗黒の中で黄色に輝く太陽のように見える様子からラテン語の太陽という意味のFistulifera solaris JPCC DA0580株(以下,ソラリス株)と命名した(2)2) M. Matsumoto, S. Mayama, M. Nemoto, Y. Fukuda, M. Muto, T. Yoshino, T. Matsunaga & T. Tanaka: Phycol. Res., 62, 257 (2014)..
ソラリス株はJPCCに保存されている約800株の微細藻類から見いだされた.増殖やオイル生産性に関する基本的な能力(=スペック)は,500 mL扁平フラスコ,ケイ藻用f/2培地,室温,連続光照射,空気通気など微細藻類の増殖が快適に進む条件下において評価した.その結果,7日間培養で乾燥藻体0.5 g/L dry cell, 60 wt%強のグリーンオイル蓄積性となる基本スペックを確認した.このソラリス株のグリーンオイル蓄積性や増殖に関する能力の形質変化は,2009年の発見当時から現時点でも失われることなく安定的に維持できている.また,蓄積するグリーンオイルは中性脂質で,構成する脂肪酸は,パルミチン酸(C16:0),パルミトレイン酸(C16:1)が主で,この2つで構成脂肪酸の90%を占め,エイコサペンタエン酸(C20:5)を加えると95%以上となった.この比率は,培養条件が異なってもほぼ変化することなく,絶えず均一な油質を生産することができる.また,炭化水素としてヘキサデカン(C16)などの直鎖アルカンを0.7 wt%,0.3 wt%程度のスクワレンを含有している.
微細藻類によるグリーンオイル生産性については,過熱気味の期待値から高い生産性で議論が進んでいるところがあった.近年,やっと冷静な議論ができるようになってきたが,今回のソラリス株の数値は,あくまで実験室内でのスペックであって,実験室内ではスターであっても,屋外で実験室と同等のグリーンオイル生産が行えて初めてスーパースターとなる.
実験室の結果の検証も含め,数百Lクラスの培養装置によるベンチレベルの屋外培養評価・検証を実施するに当たり,文部科学省所管の科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業(CREST)「海洋微細藻類の高層化培養によるバイオディーゼル生産(平成21~25年度)」として採択を受け,国立大学法人東京農工大学(研究代表者:田中剛教授)を代表者とする研究チームの中で,100~200 Lクラスの3種類の培養装置(図2図2■屋外培養試験で用いた培養装置とその条件)を温室内に設置(北九州市弊社研究所内)し,ソラリス株の屋外環境培養可否および年間培養試験,藻体生産性,グリーンオイル生産性について検討を行った.また本プロジェクトでは,各生産性以外にも,すべての電源に電力量計を設置し,投入エネルギーのすべてを測定しており,培養工程での投入エネルギーに対する得られるエネルギーの比,エネルギー収支(以下,EPR)についても評価を行った.藻体生産性,グリーンオイル生産性,EPRの評価ついては,実測値を用いて,現実的で実態に近い数値として評価するように努めた.
培養試験は,平成23年度から平成25年度の3年間をかけてレースウェイ型,カラム型,パネル型の異なる3種類の培養装置を用いて行った.その結果,ソラリス株はいずれの培養装置,培養液などの滅菌操作,温度調整などを必要とせず春季から秋季にかけて培養が可能であることが検証された(表2表2■各種培養装置での屋外培養結果).また,雑菌汚染は確認されたが,ソラリス株はその影響を受けずに増殖した.
レースウェイ型培養装置 | カラム型培養装置 | パネル型培養装置 | ||||
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藻体濃度(g/L Dry) | オイル含有量(wt%) | 藻体濃度(g/L Dry) | オイル含有量(wt%) | 藻体濃度(g/L Dry) | オイル含有量(wt%) | |
春 | ||||||
平成23年4月~6月 | 0.21±0.02 | 8.9±3.9 | — | — | — | — |
平成24年4月~6月 | 0.18±0.04 | 17.3±2.4 | 0.42±0.08 | 33.8±12.8 | — | — |
平成25年4月~6月 | — | — | — | — | 0.7±0.3 | 36.2±10.9 |
夏 | ||||||
平成23年7月~9月 | 0.31±0.09 | 12.5±2.9 | 0.35 | 37.7 | — | — |
平成24年7月~9月 | 0.31±0.04 | 14.8±6.5 | 0.57±0.13 | 17.8±4.8 | — | — |
平成25年7月~9月 | — | — | — | — | 0.7±0.1 | 25.5±4.5 |
秋 | ||||||
平成23年9月~11月 | 0.33±0.05 | 20.7±4.1 | — | — | — | — |
平成24年9月~11月 | — | — | 0.29±0.09 | 33.5±6.1 | — | — |
平成25年9月~11月 | — | — | 0.5±0.1 | 20.4±9.1 | 0.50±0.19 | 27.8±4.5 |
通期平均 | 0.27±0.1 | 14.8±4.5 | 0.46±0.1 | 27.1±8.9 | 0.6±0.1 | 29.8±5.6 |
各種培養装置を用いた3年間の屋外培養試験によって,ソラリス株が屋外培養可能であることを明らかにでき,さらに海洋(海水)環境でのグリーンオイル生産用標準株として提案できる可能性を示せた.
本プロジェクトでは,各生産性の評価に加え,培養工程のEPRの評価についても実施している.レースウェイ型,カラム型,フラットパネル型の3種類の培養装置について,投入電力量と得られる藻体が有するエネルギー量を評価した.その結果,1 kgの藻体を生産するのに必要な投入電力量では,レースウェイ型が最も低く74.4±28.2 kW h/kg,カラム型で223.2±38.0 kW h/kg,パネル型は750.0±36.0 kW h/kgと最もエネルギーを必要とした.この大きな差は通気撹拌用コンプレッサーの動力に起因している.また,興味深い傾向として投入するエネルギー量と装置コストが増えるに従って,藻体バイオマス,グリーンオイル生産が向上することが確認された(表2表2■各種培養装置での屋外培養結果).エネルギーコストと装置コストをかけて,生育環境を整えてあげれば結果としてそれぞれの生産性を向上させることができるが,実はこれの生産手段が“微細藻類によるバイオ燃料・原料用グリーンオイル生産”にとって誤解を招く可能性がある.
なぜ微細藻類のグリーンオイルを燃料や原料に活用する研究が活発なのだろうか.これは,微細藻類が太陽エネルギーとCO2を光合成により,バイオ燃料や原料に変換できるグリーンオイルを産生することができ,これがCO2削減効果やCO2発生が少ない燃料・原料となり社会の持続可能性を高め,化石燃料使用量の削減などが期待されているからである.よって,グリーンオイル生産時に生み出すエネルギーよりも多くのエネルギーを消費し,CO2を光合成で固定した以上に排出すると本末転倒であり,エネルギーを掛けて(掛けすぎて),燃料や原料用グリーンオイルを生産しても意味がない.
しかし,これらについて評価するライフサイクルアセスメントは,机上や仮定した数値で評価されており,エスティメーション部分が多いことから実体的な評価となっていない場合が多い.実際,藻体生産性やオイル生産性などの引用する数値が高すぎたり,屋外である程度のスケールで実施した実際のデータを用いた評価は少ない.今回得られた培養データでEPRを評価した結果,最も低エネルギー型のレースウェイでさえ,最大でEPR=0.05程度で,エネルギーバランス的に非常に厳しい結果となった.EPRが1以下である場合,同じエネルギーを得るためには,多くのエネルギーを必要とし,その分CO2を排出すると考えて良い.先ほど述べたように,微細藻類はエネルギーと装置コストを掛ければ高い生産性を達成できる.しかし,意味のあるグリーンオイルを微細藻類に生産させる場合,低エネルギー化,低CO2化技術は必須で,培養工程でいえば①低コスト,低エネルギー型で,②生産性を落とさず,③培養規模(容積)を拡大しやすい新たな発想の培養技術が必要となった.
微細藻類由来のグリーンオイルは化石燃料のように集約的に存在しない.必要なエネルギー量を確保するには,“絶えずエネルギーを掛けて生産“しないといけない。バイオ燃料は使用時にCO2削減効果(カーボンニュートラル)を有すると評価されるが、バイオ燃料は突然その前に現れるものではない。「培養工程の低エネルギー化の必要性」で記載したが、CO2削減効果を期待されているにもかかわらず、エネルギーを掛けて生産することによってCO2を余計に排出してしまうことにしてはならない。
筆者は微細藻類由来のグリーンオイルに図3図3■グリーンオイルが満たす必要がある4つの意義にある4つの意義を満たすグリーンオイル一貫生産プロセスが必要と考えている.つまり,①(化石燃料と比較した)十分なCO2削減効果,②良好なエネルギー収支,③低コスト,④安定生産の「グリーンオイル生産における4意義」を満たしたプロセスの構築である.これらの4意義を満たすためには,従来事業化されている微細藻類の培養方法ではなく,投入エネルギーが少ない低エネルギー(低CO2排出)型グリーンオイル一貫生産プロセスが必要となる.