Kagaku to Seibutsu 54(3): 181-190 (2016)
解説
微細藻類によるグリーンオイル生産技術の実用化に向けて藻類探索から,オミックス解析,プロセス設計まで
What is the Breakthrough Technology for Green Oil Production by Microalgae Toward to Commercialization?
Published: 2016-02-20
日本における微細藻類からのバイオ燃料・原料用オイル(以下,グリーンオイル)生産技術開発については,平成20年頃から注目され始め,現在世界中で検討が進められている.微細藻類から生み出されるグリーンオイルは,さまざまな用途に使え,CO2削減効果や持続的可能社会へ貢献などさまざまなメリットが期待されている.一方で,多くの利点を有するグリーンオイルを学術的研究から実用化へ導くには,①候補株の屋外大量培養技術,②培養からオイル抽出までの一貫プロセスの構築,③低エネルギー,低コスト化,④大規模化に伴う運用ノウハウの取得など,数多くのエンジニアリング的視点が必要になる.電源開発株式会社(以下,J-POWER)では,平成15年から海洋微生物を中心に微生物コレクションであるJ-POWER Culture Collection(以下,JPCC)を構築(http://oceanquest.jp)し,バイオテクノロジー研究を開始した.J-POWERの微細藻類研究はグリーンオイル生産技術開発に必要な候補株をJPCCから検索することから始め,その後,見いだした候補株のラボレベル試験による藻体,グリーンオイル生産性などの特性・評価を行った.さらにその成果を反映し,屋外におけるベンチレベル試験,パイロット試験について,公的資金(JST-CREST, NEDO)を有効に活用しながら進めてきた.現在,3,000 m2の敷地を利用したグリーンオイル一貫生産プロセスを検討するまでに至っている.今回,微細藻類からのグリーンオイル生産技術の研究開発について,筆者らの取り組みを紹介しながら,グリーンオイルのバイオ燃料・原料生産技術や有用資源としての“理想と現実”も含め解説したいと考えている.また,本稿が皆様の検討の一助になること,また,このような機会を与えていただいた日本農芸化学会に対しこの場を借りて感謝申し上げたい.
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2016 公益社団法人日本農芸化学会
環境中から新たに分離・獲得する際に,筆者が注目点として挙げるのが,まず①継体培養ができること,②コロニーを形成(単菌化)できることである.①は,保有する形質を失わず安定して植え継ぎできる,言い換えると“人間が扱える”ということを意味している.環境微生物の検索を経験している読者なら,何代か継代すると死滅したり,雑菌汚染が発生したり,微生物そのものが変わったりと,折角有望株の存在を確認したが,取得できないという経験をされたことがあるかと思う.そのため,獲得微生物が必要な能力を維持したままで継体培養できることが,産業用微生物として利用できるか重要なポイントになる.また,②については,単菌化に必要な能力であるとともに,変異株などのゲノム編集技術を応用する場合にも必要となる.このように①,②の特徴を有する候補株は,将来産業に利用できる第一ハードルをクリアしたと考えて良い.また,ラボレベルでの性能評価を実施しながら,産業化(=プラント化)に必要な生産条件,機器仕様の設定などイメージしながら実験,評価,知見の取得を得るようにラボレベルから注意しながら進めなければならない.
次に,グリーンオイル生産に用いる候補微細藻類には,上述したポイント以外に,必ず必要な能力がある.表1表1■オイル産生微細藻類が保有すべき能力にその能力を記載した.記載項目のすべてを保有する必要はないと思うが,特に筆者が着目しているのが屋外で安定的に生育(培養)できる能力であると考えている.バイオ燃料・原料用グリーンオイルを目的生産物としたならば,選択する微細藻類には表1表1■オイル産生微細藻類が保有すべき能力で示したような能力が必ず必要になる(1)1) 松本光史,田中 剛:環境バイオテクノロジー学会誌,12, 9 (2012)..
屋外で安定的に生育できるということは,自然環境変化(水温,気温など)に適応し,ほかの雑菌汚染を克服し,かつ太陽光を利用しながら生育できる“強さ=タフ”を有しているかということである.また,グリーンオイル生産は屋内培養という選択肢もあるが,生産物の価格,コストなどを考えれば技術的に可能であっても事業と言う側面からほぼ採択されないだろう.しかし藻種の選定には,表1表1■オイル産生微細藻類が保有すべき能力右図に示すように培養コストが低く,エネルギー生産にも活用できる藻種の獲得は,かなりの努力が必要であることが予想される.
上述した視点を鑑み,筆者はJPCCからグリーンオイル生産用候補株の検索を実施した.検索に当たっては①どのような藻類,②どのようなオイル種とするかの2点を決定した.そこで,①はケイ藻種,②中性脂質をターゲットとする標的を設けた.選定理由は多くあるが,ケイ藻は多量のオイルを作ることは知られている割にほとんど検討されていない点と中性脂質は多様な微細藻類が普遍的に産生できる(言い換えれば,候補株の選択肢が増える)点であろうか.JPCCから約3カ月程度の時間をかけて約800株について検索したところ,細胞内に多量のオイルを蓄積する1株のケイ藻を見いだした(図1図1■高オイル産生海洋性ケイ藻Fistulifera solaris JPCC DA 0580株の獲得).顕微鏡下でこの株の存在を確認した後,「グリーンオイル産生微細藻類にもつべき能力」で記載したように継体培養とコロニー化(単菌化)を確認し,JPCCの継代履歴から,このケイ藻はわれわれがハンドリングできる株であることを確認し,心の高ぶりを覚えたのを記憶している.その後,このケイ藻の形態学的観察,遺伝子情報などの解析からFistulifera属に属する羽状目ケイ藻と同定した.さらに,種名について顕微鏡下で蓄積したオイルが宇宙の暗黒の中で黄色に輝く太陽のように見える様子からラテン語の太陽という意味のFistulifera solaris JPCC DA0580株(以下,ソラリス株)と命名した(2)2) M. Matsumoto, S. Mayama, M. Nemoto, Y. Fukuda, M. Muto, T. Yoshino, T. Matsunaga & T. Tanaka: Phycol. Res., 62, 257 (2014)..
ソラリス株はJPCCに保存されている約800株の微細藻類から見いだされた.増殖やオイル生産性に関する基本的な能力(=スペック)は,500 mL扁平フラスコ,ケイ藻用f/2培地,室温,連続光照射,空気通気など微細藻類の増殖が快適に進む条件下において評価した.その結果,7日間培養で乾燥藻体0.5 g/L dry cell, 60 wt%強のグリーンオイル蓄積性となる基本スペックを確認した.このソラリス株のグリーンオイル蓄積性や増殖に関する能力の形質変化は,2009年の発見当時から現時点でも失われることなく安定的に維持できている.また,蓄積するグリーンオイルは中性脂質で,構成する脂肪酸は,パルミチン酸(C16:0),パルミトレイン酸(C16:1)が主で,この2つで構成脂肪酸の90%を占め,エイコサペンタエン酸(C20:5)を加えると95%以上となった.この比率は,培養条件が異なってもほぼ変化することなく,絶えず均一な油質を生産することができる.また,炭化水素としてヘキサデカン(C16)などの直鎖アルカンを0.7 wt%,0.3 wt%程度のスクワレンを含有している.
微細藻類によるグリーンオイル生産性については,過熱気味の期待値から高い生産性で議論が進んでいるところがあった.近年,やっと冷静な議論ができるようになってきたが,今回のソラリス株の数値は,あくまで実験室内でのスペックであって,実験室内ではスターであっても,屋外で実験室と同等のグリーンオイル生産が行えて初めてスーパースターとなる.
実験室の結果の検証も含め,数百Lクラスの培養装置によるベンチレベルの屋外培養評価・検証を実施するに当たり,文部科学省所管の科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業(CREST)「海洋微細藻類の高層化培養によるバイオディーゼル生産(平成21~25年度)」として採択を受け,国立大学法人東京農工大学(研究代表者:田中剛教授)を代表者とする研究チームの中で,100~200 Lクラスの3種類の培養装置(図2図2■屋外培養試験で用いた培養装置とその条件)を温室内に設置(北九州市弊社研究所内)し,ソラリス株の屋外環境培養可否および年間培養試験,藻体生産性,グリーンオイル生産性について検討を行った.また本プロジェクトでは,各生産性以外にも,すべての電源に電力量計を設置し,投入エネルギーのすべてを測定しており,培養工程での投入エネルギーに対する得られるエネルギーの比,エネルギー収支(以下,EPR)についても評価を行った.藻体生産性,グリーンオイル生産性,EPRの評価ついては,実測値を用いて,現実的で実態に近い数値として評価するように努めた.
培養試験は,平成23年度から平成25年度の3年間をかけてレースウェイ型,カラム型,パネル型の異なる3種類の培養装置を用いて行った.その結果,ソラリス株はいずれの培養装置,培養液などの滅菌操作,温度調整などを必要とせず春季から秋季にかけて培養が可能であることが検証された(表2表2■各種培養装置での屋外培養結果).また,雑菌汚染は確認されたが,ソラリス株はその影響を受けずに増殖した.
レースウェイ型培養装置 | カラム型培養装置 | パネル型培養装置 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
藻体濃度(g/L Dry) | オイル含有量(wt%) | 藻体濃度(g/L Dry) | オイル含有量(wt%) | 藻体濃度(g/L Dry) | オイル含有量(wt%) | |
春 | ||||||
平成23年4月~6月 | 0.21±0.02 | 8.9±3.9 | — | — | — | — |
平成24年4月~6月 | 0.18±0.04 | 17.3±2.4 | 0.42±0.08 | 33.8±12.8 | — | — |
平成25年4月~6月 | — | — | — | — | 0.7±0.3 | 36.2±10.9 |
夏 | ||||||
平成23年7月~9月 | 0.31±0.09 | 12.5±2.9 | 0.35 | 37.7 | — | — |
平成24年7月~9月 | 0.31±0.04 | 14.8±6.5 | 0.57±0.13 | 17.8±4.8 | — | — |
平成25年7月~9月 | — | — | — | — | 0.7±0.1 | 25.5±4.5 |
秋 | ||||||
平成23年9月~11月 | 0.33±0.05 | 20.7±4.1 | — | — | — | — |
平成24年9月~11月 | — | — | 0.29±0.09 | 33.5±6.1 | — | — |
平成25年9月~11月 | — | — | 0.5±0.1 | 20.4±9.1 | 0.50±0.19 | 27.8±4.5 |
通期平均 | 0.27±0.1 | 14.8±4.5 | 0.46±0.1 | 27.1±8.9 | 0.6±0.1 | 29.8±5.6 |
各種培養装置を用いた3年間の屋外培養試験によって,ソラリス株が屋外培養可能であることを明らかにでき,さらに海洋(海水)環境でのグリーンオイル生産用標準株として提案できる可能性を示せた.
本プロジェクトでは,各生産性の評価に加え,培養工程のEPRの評価についても実施している.レースウェイ型,カラム型,フラットパネル型の3種類の培養装置について,投入電力量と得られる藻体が有するエネルギー量を評価した.その結果,1 kgの藻体を生産するのに必要な投入電力量では,レースウェイ型が最も低く74.4±28.2 kW h/kg,カラム型で223.2±38.0 kW h/kg,パネル型は750.0±36.0 kW h/kgと最もエネルギーを必要とした.この大きな差は通気撹拌用コンプレッサーの動力に起因している.また,興味深い傾向として投入するエネルギー量と装置コストが増えるに従って,藻体バイオマス,グリーンオイル生産が向上することが確認された(表2表2■各種培養装置での屋外培養結果).エネルギーコストと装置コストをかけて,生育環境を整えてあげれば結果としてそれぞれの生産性を向上させることができるが,実はこれの生産手段が“微細藻類によるバイオ燃料・原料用グリーンオイル生産”にとって誤解を招く可能性がある.
なぜ微細藻類のグリーンオイルを燃料や原料に活用する研究が活発なのだろうか.これは,微細藻類が太陽エネルギーとCO2を光合成により,バイオ燃料や原料に変換できるグリーンオイルを産生することができ,これがCO2削減効果やCO2発生が少ない燃料・原料となり社会の持続可能性を高め,化石燃料使用量の削減などが期待されているからである.よって,グリーンオイル生産時に生み出すエネルギーよりも多くのエネルギーを消費し,CO2を光合成で固定した以上に排出すると本末転倒であり,エネルギーを掛けて(掛けすぎて),燃料や原料用グリーンオイルを生産しても意味がない.
しかし,これらについて評価するライフサイクルアセスメントは,机上や仮定した数値で評価されており,エスティメーション部分が多いことから実体的な評価となっていない場合が多い.実際,藻体生産性やオイル生産性などの引用する数値が高すぎたり,屋外である程度のスケールで実施した実際のデータを用いた評価は少ない.今回得られた培養データでEPRを評価した結果,最も低エネルギー型のレースウェイでさえ,最大でEPR=0.05程度で,エネルギーバランス的に非常に厳しい結果となった.EPRが1以下である場合,同じエネルギーを得るためには,多くのエネルギーを必要とし,その分CO2を排出すると考えて良い.先ほど述べたように,微細藻類はエネルギーと装置コストを掛ければ高い生産性を達成できる.しかし,意味のあるグリーンオイルを微細藻類に生産させる場合,低エネルギー化,低CO2化技術は必須で,培養工程でいえば①低コスト,低エネルギー型で,②生産性を落とさず,③培養規模(容積)を拡大しやすい新たな発想の培養技術が必要となった.
微細藻類由来のグリーンオイルは化石燃料のように集約的に存在しない.必要なエネルギー量を確保するには,“絶えずエネルギーを掛けて生産“しないといけない。バイオ燃料は使用時にCO2削減効果(カーボンニュートラル)を有すると評価されるが、バイオ燃料は突然その前に現れるものではない。「培養工程の低エネルギー化の必要性」で記載したが、CO2削減効果を期待されているにもかかわらず、エネルギーを掛けて生産することによってCO2を余計に排出してしまうことにしてはならない。
筆者は微細藻類由来のグリーンオイルに図3図3■グリーンオイルが満たす必要がある4つの意義にある4つの意義を満たすグリーンオイル一貫生産プロセスが必要と考えている.つまり,①(化石燃料と比較した)十分なCO2削減効果,②良好なエネルギー収支,③低コスト,④安定生産の「グリーンオイル生産における4意義」を満たしたプロセスの構築である.これらの4意義を満たすためには,従来事業化されている微細藻類の培養方法ではなく,投入エネルギーが少ない低エネルギー(低CO2排出)型グリーンオイル一貫生産プロセスが必要となる.
できる限り低エネルギー化を目指さないといけないこと,その際考慮しないといけない点についてすでに述べた.筆者は,培養時に培養液を撹拌する際に使用する撹拌機として,低出力の浮遊式水耕機に着目した.この装置は元々水質浄化を目的としたもので,微細藻類の培養に用いるものではなかったが,その低出力と応用性を感じ,この装置を組み合わせて新たに円形ポンド型(直径:5 m,培養内容積:10,000 L)培養装置を開発した.この浮遊式水耕機の消費電力量は40 Whと非常に少なく,10,000 Lの培養液を十分撹拌できる能力を有している.次に本培養装置でソラリス株を培養できるかが鍵となるが,十分に藻体をけん濁できる流速を発生させ,撹拌ストレスも与えることなく培養できることが確認できた.さらに,1 kgの藻体を生産する際に必要な電力量について算出したところ6.5 kW h/kgとなり,先行研究の培養装置と比較して12~125倍程度の低エネルギー化が達成できた(図4図4■各培養装置による単位藻体生産に必要な投入エネルギー量比較).筆者はこの培養装置を低エネルギー型培養装置として位置づけ,今後の研究開発に展開することとした.
グリーンオイル一貫生産プロセス構築に向けた検討の中で,低エネルギー化などについてはすでに述べた.一方で微細藻類は,冬季のような低水温下では増殖が抑えられ,培養不適時期となる.これは,冬季はグリーンオイルの生産ができないことを意味している.一般的な微細藻類の生育温度域(15~30°C)を維持できる期間は,地域差があるがおよそ半年程度しかなく,設備稼働率やグリーンオイル生産量の確保,およびコスト低減を図るにも非常に非効率である.そこで,従来からこの問題を解決する方法として,工場排熱などを利用した培養液の加温などの対策が考えられてきたが,ちょうど良い排熱源がありかつ,微細藻類の培養スペースが十分ある都合の良い立地点はまれで,実施場所の選定に苦慮することが想像できる.つまり現実的でない.ただ,この議論はあくまで水温が低下する時期のある候補地での話であって,通年を通して温暖な地域ではもちろん関係ない.では,グリーンオイルの年間生産を行うとなれば,水温低下時の解決手段を検討する必要がある.
筆者が保有するソラリス株は,水温低下時にはほとんど生育することができない.水温が15°C以下になると,生育に阻害が起き10°C以下では生育しなくなる.ソラリス株を用いて,グリーンオイル年間生産を目指した場合,培養液の加温が必要となるが,上述したように排熱利用は,手段としてはありでも現実的でないと考えている.また筆者は,まずは“日本産のグリーンオイル”にこだわることとし,その解決手段として,低水温下でも生育し,グリーンオイルを生産することができる新たな微細藻類を獲得するアプローチを取った.ターゲット微細藻類は“アイスアルジェ”と呼ばれる低水温下でも良好に生育できることが知られている微細藻類である.幸運にも海洋のアイスアルジェは主にケイ藻類が主体で,ソラリス株と同じケイ藻類であり,プロセスの共通化に非常に都合が良かった.
そこで,オイル蓄積性を有するアイスアルジェを求めて,新たな候補株の分離・獲得を開始した.検索に当たってはグリーンオイルを生産する目的は当然であるが,これから開発するグリーンオイル一貫生産プロセスにおいて,ソラリス株との共通性も考え,できる限り類似性の高い株の選定に重点を置いた.その結果,約300株の中から幸運にも新たな株を見いだすことができた.新たな株の培養可能水温は4~28°Cと低温下での生育が可能で,細胞サイズ,藻体濃度,グリーンオイルの蓄積性,油質,構成脂肪酸種もソラリス株と同等であった(図5図5■新規に獲得した株とソラリス株の性能比較).このケイ藻の諸性質を解析した結果,Mayamaea属に属し,ソラリス株と同じく羽状目ケイ藻であった.新たに見いだした株は,Mayamaea sp. JPCC CTDA0820株(以下,ルナリス株)(3)3) 松本光史,田中 剛,野島大祐:配管技術,日本興業出版㈱,2014, p. 15.と登録し,冬季用のグリーンオイル生産株として活用することとした.その結果,筆者はグリーンオイルの年間生産に向けてソラリス株,ルナリス株という心強い2つの仲間を得ることができた.
グリーンオイル生産では,培養工程以外にも回収工程,オイル抽出工程を組み合わせたプロセスで構成される.これらの工程を最適に組み合わせ,運用ノウハウを蓄積しながら技術開発を行う必要がある.
筆者は図3図3■グリーンオイルが満たす必要がある4つの意義の要件を満たすグリーンオイル一貫生産プロセス技術の開発を進めるべく,国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の戦略的次世代バイオマスエネルギー利用技術開発「好冷性微細藻類を用いたグリーンオイル一貫生産プロセスの構築(平成25~28年度)」として採択を受け,J-POWER(研究代表者:松本光史)を代表とする研究チームで,3,000 m2の敷地を活用し,10,000 Lの低エネルギー型培養装置を有する培養工程,回収工程,オイル抽出工程のすべての工程を低エネルギー化するとのキーワードで全工程を1カ所の集約し,パイロットスケール規模の運用ノウハウ取得も含めた研究開発を進めている(図6図6■グリーンオイル一貫生産プロセス設備全体図).
グリーンオイル生産は,培養後の工程が完成していても,肝心のグリーンオイル含有藻体が生産できないと成立しない.よって一貫プロセス工程で,安定的に屋外培養できる藻類と技術が最も重要な工程であると考えている.そこで,平成26年度から平成27年度にかけてソラリス株,ルナリス株の10,000 Lスケール培養装置による年間培養が可能かどうか検討した.培養条件を図7図7■屋外培養試験条件に示す.基本的に滅菌操作や微細藻類の生育を助ける制御装置を設けず,唯一CO2によるpH制御を行った.稙菌時の培養液輸送についても,将来の大型化,プロセス化を見据え,ポンプ輸送を採択した.その結果,培養時(季節)の水温でソラリス株(10日間培養),ルナリス株(10日間培養)を使い分けることで,培養液の加温や冷却などを必要とせず,安定的に年間培養が行えることを確認した.月ごとの藻体生産量,水温変化を示した(図8図8■F. solaris JPCC DA0580株とMayamaea sp. JPCC CTDA0820株の月間藻体生産量と年間培養水温変化).ルナリス株については,初めての屋外培養試験となったが,水温が2°C程度にまで低下しても生育ができ,冬季に対応できる株であることを証明した.一方で藻体生産量は年間を通じてあまり変動がなく,その月の各バッチ培養の平均値は約74 g/m2となった(図7図7■屋外培養試験条件).
今回,m3クラスの培養規模の培養装置を使って得られた年間培養データは,水温変化のある国内でも,“一定規模の国内生産”が行える可能性を示す貴重なデータとなった.
今回設置した設備には,使用する電源すべてに電力量計を設置し,投入電力量(投入エネルギー量)のすべてを把握している.培養工程から回収工程における投入電力量について評価を行った結果,培養から回収工程までにおいて,1 kgの藻体(乾物相当)を生産する際に必要な電力量は14.7 kW h(培養工程:6.5 kW h,回収工程:8.2 kW h)であった.一方で,グリーンオイル1Lが保有するエネルギー量はおよそ38 MJ/L相当で,電力量換算した場合,4.2 kW hである.今回得られた結果からもう一段の低エネルギー化の検討が必要となった.
そこで,各工程のさらなる低エネルギー化について検討した結果,培養工程では生産性の高い時期での培養を繰り返す半連続培養,ソラリス株,ルナリス株の自己凝集能や凝集剤を活用した濃縮液を作り,回収する工夫を行うことで,約2.4 kW h(培養工程:1.6 kW h,回収工程:0.8 kW h)まで低減できる見通しを得た.この結果,エネルギーバランス的にはプラスを維持できる見通しが得られたが,今後抽出工程について同様な評価を行い,一貫プロセス全体として最終評価を行う予定としている.
微細藻類を用いてオイル生産を行う際には,そのオイルの蓄積機構を深く理解する必要がある.これまでの研究から一般的に真核の微細藻類は,細胞内にオイルの原料となるトリグリセリドを蓄積することが知られている.このトリグリセリドの蓄積は栄養源欠乏条件下(特に窒素欠乏)において,誘導されることが多く報告されている(4)4) Z. K. Yang, Y. F. Niu, Y. H. Ma, J. Xue, M. H. Zhang, W. D. Yang, J. S. Liu, S. H. Lu, Y. Guan & H. Y. Li: Biotechnol. Biofuels, 6, 67 (2013)..今回用いているケイ藻種においても同様である.しかしながら,トリグリセリドが誘導されるという表現型は観察されているが,細胞内のタンパク質合成や光合成活性の変化など,どのような代謝フラックスの変化により,トリグリセリド蓄積が誘導されるのかという点においてはいまだ解明が不十分である.またこの代謝フラックスの変化は微細藻類の属,種間においても大きく異なる.さらにケイ藻においては,二次共生により葉緑体が四重の膜で覆われているなど,高等植物とは大きく細胞内膜構造が異なるため(5)5) F. Hempel, L. Bullmann, J. Lau, S. Zauner & U. G. Maier: Mol. Biol. Evol., 26, 1781 (2009).,トリグリセリド合成関連酵素群の局在などが異なることが推測され,現在オミックス解析による網羅的なトリグリセリド蓄積機構の解析が行われている.まずはじめに筆者は,ソラリス株を対象とした全ゲノム解析を実施した.その結果を表3表3■F. solaris JPCC DA0580株の全ゲノム解析に示す.ソラリス株のゲノムサイズは49.7 MBとこれまで全ゲノム解析が実施されているモデルケイ藻2種(Phaeodactylum tricornutum, Thalassiosira psudonana)のゲノムサイズ27.4, 32.4 MBと比較すると約2倍程度大きいことが示された.また遺伝子予測の結果からも2倍程度の遺伝子数(20,455遺伝子)が存在していることが確認できた.しかしながらこれら2倍の遺伝子には相同性が高い遺伝子が存在しており,それらは全体の約80%の遺伝子において確認できた(6)6) T. Tanaka, Y. Maeda, A. Veluchamy, M. Tanaka, H. Abida, E. Maréchal, C. Bowler, M. Muto, Y. Sunaga, M. Tanaka et al.: Plant Cell, 27, 162 (2015)..以上の結果から,当該株は2種類以上のゲノムで構成される異質倍数体である可能性が示唆された.異質倍数体のゲノム構造をもつ生物は酵母やイネなどの農作物においては確認されているが,ケイ藻を含む微細藻類においては報告された例はない.
F. solaris JPCC DA0580 | P. tricornutum | T. pseudonana | |
---|---|---|---|
ゲノムサイズ(Mb) | 49.7 | 27.4 | 32.4 |
染色体数 | 42 | 33 | 24 |
遺伝子数 | 20,455* | 10,402 | 11,776 |
* 9,007個の相同遺伝子を含む |
またその一方で,全ゲノム解析の結果より得られた遺伝子を近縁種であるP. tricornutumの代謝経路にマッピングを行い,ソラリス株における代謝経路の構築を行った.つづいてこれらマッピングを行った遺伝子のオイル蓄積誘導時,またオイル蓄積の非誘導時における発現量解析を実施することで,オイル蓄積に関連する遺伝子群の絞り込みを試みた.その結果,基礎的な代謝経路(解糖系,TCAサイクルなど)に関連する遺伝子群はすべてマッピングされ,発現解析の結果からは,オイル蓄積の律速因子となりうるいくつかの候補遺伝子が特定された.またオイルの品質に関与する不飽和化酵素群も見いだされた.ゲノミクス,トランスクリプトミクス解析などのオミックス解析により,ソラリス株における特徴的なゲノム構造やオイルの生産性向上や品質改善に向けた候補遺伝子を同定することができ,ソラリス株におけるオイル高蓄積能の解明に向けた知見が獲得できた.
「オイル蓄積能の解明およびオイル蓄積に関連する律速因子の特定に向けたオミックス解析」で前述したとおり,ケイ藻は二次共生により大きく細胞内膜構造が異なり,脂質合成酵素の局在が明らかでない.加えて真核の微細藻類は遺伝子のサイレシングなどにより遺伝子組換えが困難であるため,GFP融合による局在解析などがほとんど行われていない.これまでの微細藻類の酵素の機能解析などには酵母などが用いられているが,脂質の輸送経路などの解明などを行うためには同株で発現させる必要がある.ソラリス株においては,in silico解析において遺伝子の局在予測を行い,特定の局在タンパク質とGFPタンパク質融合することで葉緑体や油滴といった各種オルガネラでGFP遺伝子の発現系を構築することに成功している(図9図9■各オルガネラにおける異種タンパク質の発現).またオミックス解析により絞り込んだ候補遺伝子を強発現・ノックダウンした株の作出も行っており,オイル生産性の向上や脂肪酸組成の改変に成功している.また生産性向上に向けたアプローチのみではなく,バイオディーゼル燃料生産時に生じる副産物であるグリセロールの再利用を目指し,グリセロールトランスポーターを強発現させ,グリセロールの資化性を高めた株を作出した(7)7) M. Muto, M. Tanaka, Y. Liang, T. Yoshino, M. Matsumoto & T. Tanaka: Biotechnol. Biofuels, 8, 4 (2015)..さらに藻体の回収が容易になるような,自己凝集性を付与した株の作出なども行っており,低エネルギー型のグリーンオイル生産プロセスを考慮した変異株の作出を行っている.しかしながらこれらはすべて遺伝子組換えに相当し,屋外での利用は困難である.そこで近年注目を集めているCRISPR/Cas9システムを用いたゲノム編集技術を本株においても適応可能かどうか検討を行っている.
微細藻類の可能性は広いと思っている.一方で,微細藻類ができるとこと,できないこと,それによる応用性に限界があることを認識すべきであると考えている.微細藻類の生育に必要なエネルギーは基本的に太陽光である.地表に届く光合成に必要なエネルギー量は限りがある.つまり,微細藻類の生産性は限界があり,単位面積当たりに換算される藻体生産量,グリーンオイル生産量はおのずと決まってしまうことである.ゆえに,短時間に大量供給を必要とする応用分野は,本来生物の不得意な領域である.微細藻類が産生するグリーンオイルをエネルギーや燃料方面への応用には,常に上記課題がつきまとってしまう.
筆者は,エネルギーは私たちの普段の生活や産業,ひいては日本の国力維持や地球環境問題にまで直結している大きな事柄だけに安易に可能性を拾い上げて,綺麗な数字を並べてすぐにでも実現できるかのような議論は,投資や時間,資源のロスとなりすべきではないと思っている.可能性を実現するための冷静な議論のもと,方向性(ビジョン),目標(マイルストーン)と計画(プラン)を策定し,時間軸(タイム)を調整しながら,より実効性のある研究開発を進めていかなくてはならない.
今回,屋外のパイロットスケール設備を用いて微細藻類によるグリーンオイル一貫プロセス開発で得られた成果について紹介させていただいた.微細藻類が注目されてから,期待ばかりが先行し,実際のデータを利用した評価が乏しく,正確な評価ができてない.屋外の一定規模での試験結果をきちっと公表している機関がほとんどない中で,議論の土台となるデータを示して解説できたことは非常に光栄であるとともに,今後の研究開発の参考になればありがたい.
筆者は,将来的にこの微細藻類のグリーンオイル生産技術を,光合成を利用したカーボンリサイクル技術(図10図10■微細藻類のグリーンオイルを用いたカーボンリサイクル技術)として確立したいと考えている.このため,兎にも角にも現在,本当の意味でCO2削減効果を有する生産技術として完成させなければならない.
最後になるが,筆者は微細藻類を取扱うようになっておよそ20年近くになる.微生物としての多彩な能力をもつ微細藻類は興味深い.しかし,それらの能力を事業として花開せる場合,細菌などと比べ,一筋縄ではいかない微生物であるとひしひしと感じている.だが,全く諦めていない.結局の所,本稿を書きながら思ったことは,良い微細藻類を見つけ出すことがまずは最初のステップとして重要であるということである.今回,ソラリス株,ルナリス株に巡り合えたことは,光栄であり,幸運でもあったと感じている.この2つの藻類は役者である.この役者を事業ステージの表舞台で活躍させるところまでプロデュースすることが筆者の役割と思っている.その瞬間までこの2つの藻類とともに“2藻3脚”で進んでいきたいと思いつつ,本稿を締めくくりたい.
Acknowledgments
本研究は,国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構の戦略的次世代バイオマスエネルギー利用技術開発事業の「好冷性微細藻類を用いたグリーンオイル一貫生産プロセスの構築」で実施したものである.
Reference
1) 松本光史,田中 剛:環境バイオテクノロジー学会誌,12, 9 (2012).
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5) F. Hempel, L. Bullmann, J. Lau, S. Zauner & U. G. Maier: Mol. Biol. Evol., 26, 1781 (2009).