Kagaku to Seibutsu 54(3): 191-197 (2016)
セミナー室
止まって働くリボソーム新生ペプチドが司る植物の細胞内恒常性維持機構
Published: 2016-02-20
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2016 公益社団法人日本農芸化学会
かつてリボソームはmRNAに書き込まれた遺伝情報を忠実にタンパク質に翻訳するための装置であるとイメージされていたがそうではない.リボソームは細胞内の状態に応答して機敏に遺伝子発現を制御する情報処理装置である.近年,翻訳途上の新生ペプチドが作用して遺伝子発現を制御する例がさまざまな生物で見つかっている(1, 2)1) K. Ito, ed.: “Regulatory Nascent Peptides,” Springer, 2014.2) K. Ito & S. Chiba: Annu. Rev. Biochem., 82, 171 (2013)..リボソームは,いわば細胞質にどっぷりと浸かって翻訳を行っており,細胞質の状態を検知するのに適した状態にある.本稿では,新生ペプチドが,そのアミノ酸配列に依存して自身を翻訳中のリボソームを停滞させることが引き金となって,遺伝子発現を制御し,場合によってはmRNA分解などにも関与する遺伝子について植物を中心に概観する.
リボソームにおける翻訳伸長過程は大きく分けて,コドンの解読,新たなペプチド結合を形成するペプチド転移反応,そして次のコドンへのリボソームの転座からなる.ペプチド転移反応の活性中心であるペプチジルトランスフェラーゼセンター(PTC)は大サブユニットにあり,新たに合成されたペプチドは,大サブユニットを貫く出口トンネルを通って出てくる(3, 4)3) N. Ban, P. Nissen, J. Hansen, P. B. Moore & T. A. Steitz: Science, 289, 905 (2000).4) S. Jenni & N. Ban: Curr. Opin. Struct. Biol., 13, 212 (2003).(図1図1■ペプチド転移反応の活性中心と出口トンネル).出口トンネルはおよそ100Åの長さがあり,“伸びた”状態の新生ペプチドでは30~40アミノ酸残基を保持する.出口トンネルの内壁は大部分がrRNAで形成されているが,PTCから1/3ほど進んだところでリボソームタンパク質のuL4(L4*1リボソームタンパク質の名称は生物間で異なっていたが,統一した名称が提唱されている(5)5) N. Ban, R. Beckmann, J. H. Cate, J. D. Dinman, F. Dragon, S. R. Ellis, D. L. Lafontaine, L. Lindahl, A. Liljas, J. M. Lipton et al.: Curr. Opin. Struct. Biol., 24, 165 (2014)..)とuL22(原核生物でL22p,真核生物でL17e*1リボソームタンパク質の名称は生物間で異なっていたが,統一した名称が提唱されている(5)5) N. Ban, R. Beckmann, J. H. Cate, J. D. Dinman, F. Dragon, S. R. Ellis, D. L. Lafontaine, L. Lindahl, A. Liljas, J. M. Lipton et al.: Curr. Opin. Struct. Biol., 24, 165 (2014)..)が出口トンネルに突き出た部分があり,狭窄部位と呼ばれる(4)4) S. Jenni & N. Ban: Curr. Opin. Struct. Biol., 13, 212 (2003)..狭窄部位は新生ペプチドによるリボソームの停滞で「関所」のような役割をすると考えられている(1, 6)1) K. Ito, ed.: “Regulatory Nascent Peptides,” Springer, 2014.6) H. Nakatogawa & K. Ito: Cell, 108, 629 (2002)..
シロイヌナズナのCGS1遺伝子は,高等植物におけるメチオニン生合成の鍵となる段階を触媒するシスタチオニンγ-シンターゼ(CGS)をコードする.CGS1は核にコードされ,CGSは葉緑体に移行して機能する.CGS1の発現は,メチオニンの代謝産物であるS-アデノシルメチオニン(AdoMet)に応答した翻訳伸長の一時停止と,これと共役したCGS1 mRNA分解によるフィードバック制御を受ける(7, 8)7) Y. Chiba, M. Ishikawa, F. Kijima, R. H. Tyson, J. Kim, A. Yamamoto, E. Nambara, T. Leustek, R. M. Wallsgrove & S. Naito: Science, 286, 1371 (1999).8) Y. Chiba, R. Sakurai, M. Yoshino, K. Ominato, M. Ishikawa, H. Onouchi & S. Naito: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 100, 10225 (2003).(図2図2■CGS1遺伝子におけるAdoMetに応答した翻訳停止とmRNA分解によるフィードバック制御).この制御にはCGS1のN末端領域にコードされたMTO1領域と呼ぶ十数アミノ酸残基からなる領域がシス配列として機能し(9)9) K. Ominato, H. Akita, A. Suzuki, F. Kijima, T. Yoshino, M. Yoshino, Y. Chiba, H. Onouchi & S. Naito: J. Biol. Chem., 277, 36380 (2002).,MTO1領域から数アミノ酸残基後のSer-94コドンで翻訳伸長が一時停止することでリボソームが停滞する(10)10) H. Onouchi, Y. Nagami, Y. Haraguchi, M. Nakamoto, Y. Nishimura, R. Sakurai, N. Nagao, D. Kawasaki, Y. Kadokura & S. Naito: Genes Dev., 19, 1799 (2005).(表1表1■新生ペプチドに依存してリボソームが停滞する遺伝子の例).
シスタチオニンγ-シンターゼ(CGS)はメチオニン生合成の主要な制御段階だが,アロステリック酵素ではない.CGSは核にコードされ,葉緑体に移行して働くが,メチオニン生合成の最終段階とAdoMet合成は細胞質で行なわれる.AdoMetは,細胞内のほとんどのメチル基転移反応に使われるほか,ポリアミン生合成,そして植物ではエチレンの生合成にも使われる重要な化合物である.CGSが翻訳中にフィードバック制御されるのは,細胞質のAdoMet濃度の恒常性維持のためには理にかなったことと言えよう.
a −は自律的に起こる,もしくは報告されていないことを示す.bリボソームの停滞に関与するアミノ酸残基を色付きで,リボソームの停滞位置を下線でそれぞれ示す.*は終止コドン.c ermCLと類似した抗生物質に対する耐性機構は数多く報告されている(40)40) H. Ramu, A. Mankin & N. Vazquez-Laslop: Mol. Microbiol., 71, 811 (2009).. |
リボソームの出口トンネルには30~40残基の新生ペプチドが収容されるので,Ser-94で翻訳停止したときMTO1領域はリボソームの出口トンネル内に位置している.AdoMetで翻訳停止を誘導すると,MTO1領域を含む新生ペプチドは出口トンネル内で縮んだコンフォメーションをとる.このとき,rRNAの側にも狭窄部位とPTCの近傍でコンフォメーション変化(もしくは新生ペプチドとrRNAの相互作用の変化)が起きており,出口トンネル狭窄部位が翻訳停止に関与していることを示唆している(11)11) N. Onoue, Y. Yamashita, N. Nagao, D. B. Goto, H. Onouchi & S. Naito: J. Biol. Chem., 286, 14903 (2011)..
AdoMetに応答したSer-94での翻訳停止と共役してCGS1 mRNAの分解が起こり,このときCGS1 mRNAの5′-末端領域を欠いた一連の分解中間体を生じる(図3図3■CGS1 mRNA分解とpoly(A)鎖長(14)).これら分解中間体の5′-末端は,Ser-94で停滞したリボソームに後続のリボソームが追突して数珠つなぎになった各リボソームの5′-末端のごく近くにマップされる(12)12) Y. Yamashita, Y. Kadokura, N. Sotta, T. Fujiwara, I. Takigawa, A. Satake, H. Onouchi & S. Naito: J. Biol. Chem., 289, 12693 (2014)..
左の経路:通常条件では,翻訳終結に伴ってpoly(A)鎖を分解するデアデニラーゼが呼び込まれ,poly(A)鎖は徐々に短縮化されて定常状態では50~80塩基となる.右の経路: AdoMetが過剰の場合はSer-94コドンで翻訳停止し,後続のリボソームが渋滞を引き起こす.この間,翻訳終結が起こらないのでpoly(A)鎖の短縮化が抑制され,140~150塩基の長いpoly(A)鎖が保持される.mRNAの切断に伴ってpoly(A)鎖は急速に短縮化される.
真核生物における一般的なmRNAの分解過程ではポリ(A)鎖の短縮化が最初に起こり,これが律速段階とされる.その後,エキソソームによる3′→5′方向の分解,もしくは5′-キャップの除去とそれに引き続く5′→3′エキソヌクレアーゼによる分解が起こる(13)13) Y. Chiba & P. J. Green: J. Plant Biol., 52, 114 (2009)..CGS1 mRNA分解を誘導しないコントロール条件ではポリ(A)鎖長が50~80塩基であるのに対し,CGS1 mRNA分解を誘導した条件での全長CGS1 mRNAのポリ(A)鎖長は140~150塩基であり,予想に反してCGS1 mRNA分解を誘導した条件でのほうが長い.一方,分解中間体のポリ(A)鎖長は10~30塩基と非常に短くなっている(14)14) Y. Yamashita, I. Lambein, S. Kobayashi, H. Onouchi, Y. Chiba & S. Naito: Genes Genet. Syst., 88, 241 (2013).(図3図3■CGS1 mRNA分解とpoly(A)鎖長(14)).
真核生物のmRNAはキャップ結合タンパク質複合体とポリ(A)結合タンパク質を介して環状構造をとっており,翻訳終結に伴ってポリ(A)鎖の短縮化を担うデアデニラーゼが呼び込まれる(15)15) S. Hoshino: Wiley Interdiscip. Rev. RNA, 3, 743 (2012)..AdoMetに応答した翻訳伸長の停止が起こると,CGS1 mRNAは「翻訳中」のままになるためポリ(A)鎖の短縮化が起こらず,いったんCGS1 mRNAの切断が起こると急速にポリ(A)鎖が除去されると考えられる(14)14) Y. Yamashita, I. Lambein, S. Kobayashi, H. Onouchi, Y. Chiba & S. Naito: Genes Genet. Syst., 88, 241 (2013).(図3図3■CGS1 mRNA分解とpoly(A)鎖長(14)).AdoMetに応答したCGS1 mRNAの分解は,一般的なmRNA分解経路とは異なっていることを示している.
真核生物で新生ペプチドのアミノ酸配列に依存した翻訳伸長の停止が起こる遺伝子の報告は多くないが,それぞれに興味深い制御にかかわっている(1, 2)1) K. Ito, ed.: “Regulatory Nascent Peptides,” Springer, 2014.2) K. Ito & S. Chiba: Annu. Rev. Biochem., 82, 171 (2013)..ヒトのXBP1遺伝子は,XBP1uと呼ばれる前駆体のmRNAとして転写され,小胞体ストレス条件下では細胞質スプライシングにより成熟型のXBP1s mRNAとなる.この反応にはXBP1u mRNAが小胞体膜にアンカーされることが必要であり,新生ペプチドに依存したリボソームの停滞が働いている.細胞質の状態に応答してスプライシングの可否を決める巧妙な制御である.詳しくは本誌の総説を参照されたい(16)16) 柳谷耕太,河野憲二:化学と生物,50, 633 (2012)..
真核生物において遺伝子の翻訳開始AUGコドンより5′側の上流域は「5′-非翻訳領域」と呼ばれるが,この領域には上流ORF(upstream ORF; uORF)が存在していて,実は翻訳されていることが多い.ほ乳類で40~50%,被子植物で30~40%,酵母で5~10%の遺伝子でuORFが認められる.また,複数のuORFをもつ遺伝子も多い(17)17) A. G. von Arnim, Q. Jia & J. N. Vaughn: Plant Sci., 214, 1 (2014)..mRNA上でリボソームが載っている位置を解析するリボソームプロファイリング解析により,多くのuORFが実際に翻訳されていることが明らかにされている(18)18) K. Wethmar: Wiley Interdiscip. Rev. RNA, 5, 765 (2014)..
教科書的には,真核生物の翻訳開始では小サブユニットに翻訳開始tRNAが結合した開始複合体が5′末端のキャップ構造からスキャンしていき,最初のAUGコドンで大サブユニットが会合して翻訳が開始される(スキャニングモデル).uORFの翻訳に関する現在の認識では,リボソームがuORFのAUGコドンに至ったとき,これを翻訳するか否かの選択がなされる(図4図4■uORFによる「本体」遺伝子の翻訳抑制).この選択には,キャップからの距離や,Kozak配列との一致の度合いなどが関与すると考えられ,uORFが読み飛ばされる場合はリーキー・スキャニングと呼ばれる.一方,uORFが翻訳された場合は,その下流のORF(本体遺伝子もしくは別のuORF)で翻訳を再開するか否かの選択がなされる.uORFを翻訳すると,多くの場合はリボソームが解離するので,下流のORFは翻訳されないが,上流側のORFの長さや下流側のORFとの距離によっては,小サブユニットがmRNA上に残り,下流のORFで翻訳が再開される場合がある(17, 18)17) A. G. von Arnim, Q. Jia & J. N. Vaughn: Plant Sci., 214, 1 (2014).18) K. Wethmar: Wiley Interdiscip. Rev. RNA, 5, 765 (2014)..いずれにしてもuORFが翻訳されると下流のORFの翻訳がさまざまな程度に抑えられ,さらにuORFでリボソームが停滞すると,リーキー・スキャニング,翻訳の再開ともに阻害されるので,下流のORFの翻訳は強く抑制されることになる.
A. リーキー・スキャニングによりuORFが読み飛ばされる場合.B. uORFが翻訳された場合は終止コドンでリボソームが解離し,下流のORFは翻訳されないことが多い.C. uORFが読まれても下流のORFで翻訳が再開される場合がある.
細胞内の低分子化合物に応答してリボソームの停滞を引き起こすuORFでは,多くの場合,uORFのアミノ酸配列に依存してリボソームの停滞が引き起こされる.また,uORFの終止コドンでリボソームが停滞する場合が多く,翻訳終結反応が阻害されると考えられる.一方,uORFの多くはそのアミノ酸配列に依存しないと考えられているが,酵母のアミノ酸生合成の一般制御(general regulation)に働く転写制御因子をコードするGCN4遺伝子では4つのごく小さなuORFの絶妙な位置関係と翻訳開始因子のリン酸化状態を絡めることで細胞のアミノ酸飢餓状態を検知している(18)18) K. Wethmar: Wiley Interdiscip. Rev. RNA, 5, 765 (2014)..したがって,アミノ酸配列に依存しないuORFであっても細胞内の状態に応答する場合がある.
植物,動物を問わず,ポリアミンは細胞機能の維持に必要であるが,高濃度では害を及ぼす.S-アデノシルメチオニン脱炭酸酵素(AdoMetDC)は,ポリアミン生合成の制御段階の一つである.植物のAdoMetDC1遺伝子は50アミノ酸残基前後の長さのuORFをもち,スペルミンおよびスペルミジンに応答してuORFの終止コドンでリボソームが停滞することでAdoMetDC1の翻訳を抑制すると同時に,mRNA分解が誘導される.このmRNA分解にはnonsense-mediated mRNA decay(NMD)機構(後述)が関与しており,ポリアミンに応答してリボソームが停滞することでuORFの終止コドンが“未熟終止コドン”(premature termination codon)として認識されると考えられる(19)19) N. Uchiyama-Kadokura, K. Murakami, M. Takemoto, N. Koyanagi, K. Murota, S. Naito & H. Onouchi: Plant Cell Physiol., 55, 1556 (2014).(表1表1■新生ペプチドに依存してリボソームが停滞する遺伝子の例).一方,ほ乳類のAdoMetDC遺伝子のuORFは,僅か6アミノ酸をコードするだけだが(表1表1■新生ペプチドに依存してリボソームが停滞する遺伝子の例),ポリアミンに応答して終止コドンでリボソームが停滞し,AdoMetDCの翻訳が抑えられる(20)20) A. Raney, G. L. Law, G. J. Mize & D. R. Morris: J. Biol. Chem., 277, 5988 (2002)..
アルギニン生合成にかかわるアカパンカビのarg-2遺伝子と,酵母のオルソログであるCPA1遺伝子のuORFではアルギニンに応答して終止コドンでリボソームの停滞が起こり,本体遺伝子の翻訳が妨げられる(21)21) J. Wei, C. Wu & M. S. Sachs: Mol. Cell. Biol., 32, 2396 (2012).(表1表1■新生ペプチドに依存してリボソームが停滞する遺伝子の例).CPA1ではシロイヌナズナのAdoMetDC1と同様にNMDが誘導されてmRNAが分解される.
このほか,シロイヌナズナのGDP–ガラクトースホスホリラーゼ遺伝子(アスコルビン酸に応答)(22)22) W. A. Laing, M. Martínez-Sánchez, M. A. Wright, S. M. Bulley, D. Brewster, A. P. Dare, M. Rassam, D. Wang, R. Storey, R. C. Macknight et al.: Plant Cell, 27, 772 (2015).とbZIP11遺伝子(ショ糖に応答)(23)23) F. Rahmani, M. Hummel, J. Schuurmans, A. Wiese-Klinkenberg, S. Smeekens & J. Hanson: Plant Physiol., 150, 1356 (2009).では,リボソームの停滞についての知見は報告されていないが,uORFのアミノ酸配列に依存して本体遺伝子の翻訳が抑制される.
種間で保存されたアミノ酸配列をもつuORF(Conserved Peptide uORF; CPuORF)をバイオインフォマティクスの手法で探索することで,新生ペプチドのアミノ酸配列に依存した制御を行っている可能性のあるuORFの探索が行われている(24)24) R. A. Jorgensen & A. E. Dorantes-Acosta: Front. Plant Sci., 3, 191 (2012)..
シロイヌナズナとイネの全長cDNA塩基配列を用いたuORFのアミノ酸配列の比較のほか,シロイヌナズナのパラログ間での比較,イネ科植物間での比較などによって,CPuORFをもつ30種類以上の遺伝子が同定されており,uORFをもつ遺伝子の約1%でCPuORFが見つかっている.
これらの解析では,特定の生物種間でuORFアミノ酸配列を比較しているが,筆者らを含めたグループでは,ある生物種のuORF配列を不特定の生物種のuORF配列と比較することで,より包括的にCPuORFを検索する方法を開発し,進化的に保存されているCPuORFをもつ遺伝子14個をシロイヌナズナで新たに同定した(25)25) H. Takahashi, A. Takahashi, S. Naito & H. Onouchi: Bioinformatics, 28, 2231 (2012)..このうち,ヒストン脱ユビキチン化酵素をコードするOTLD1遺伝子や転写制御因子をコードするANAC082遺伝子など,5個の遺伝子では実際にuORFのアミノ酸配列に依存して本体遺伝子の発現抑制を行っていることを報告している(26)26) I. Ebina, M. Takemoto-Tsutsumi, S. Watanabe, H. Koyama, Y. Endo, K. Kimata, T. Igarashi, K. Murakami, R. Kudo, A. Ohsumi et al.: Nucleic Acids Res., 43, 1562 (2015)..
このほか,新生ペプチドのアミノ酸配列依存性は検証されていないものの,本体遺伝子の翻訳制御にCPuORFが関与する遺伝子がシロイヌナズナで報告されている.維管束形成を制御する転写制御因子をコードするSAC51遺伝子(27)27) A. Imai, Y. Hanzawa, M. Komura, K. T. Yamamoto, Y. Komeda & T. Takahashi: Development, 133, 3575 (2006).とそのホモログであるSACL3遺伝子(28)28) H. Katayama, K. Iwamoto, Y. Kariya, T. Asakawa, T. Kan, H. Fukuda & K. Ohashi-Ito: Curr. Biol., 25, 3144 (2015).はポリアミンの一種のサーモスペルミンに応答して翻訳が促進され,ホスファチジルコリン生合成にかかわるXIPOTL1遺伝子の発現はホスホコリンで抑制される(29)29) F. Alatorre-Cobos, A. Cruz-Ramírez, C. A. Hayden, C. Pérez-Torres, A. Chauvin, E. Ibarra-Laclette, E. Alva-Cortés, R. A. Jorgensen & L. Herrera-Estrella: J. Exp. Bot., 63, 5203 (2012)..また,熱ストレス応答と免疫応答にかかわる転写抑制因子をコードするHsfB1遺伝子ではストレス条件下で翻訳が促進される(30)30) K. M. Pajerowska-Mukhtar, W. Wang, Y. Tada, N. Oka, C. L. Tucker, J. P. Fonseca & X. Dong: Curr. Biol., 22, 103 (2012)..
真核生物では異常なmRNAを除去するmRNA品質管理機構があり,転写の誤りなどで構造遺伝子内に未熟終止コドンを生じたmRNAを除去するNMD,逆に終止コドンがなくてpoly(A)鎖を翻訳したときのnon-stop mRNA decay,およびレアコドンやmRNAの2次構造などでリボソームの進行が妨げられたときのno-go decayが知られている(31, 32)31) J. Lykke-Andersen & E. J. Bennett: J. Cell Biol., 204, 467 (2014).32) T. Inada: Biochim. Biophys. Acta, 1829, 634 (2013)..
転写と翻訳が共役して行われる原核生物では,大腸菌トリプトファンオペロンのリーダー領域での転写のアテニュエーション機構や,後で述べる大腸菌tnaC遺伝子のように,RNAポリメラーゼを追いかけているリボソームが転写終結を制御することができる.一方,転写と翻訳が核膜を挟んで分断されている真核生物ではこのような芸当は困難である.シロイヌナズナAdoMetDC1や酵母CPA1のように,uORFの終止コドンでのリボソームの停滞がNMDを誘導するという報告が増えつつある.AdoMetに応答したCGS1 mRNAの分解とmRNA品質管理機構との関係は不明だが,こうした遺伝子でのmRNA分解は,転写と翻訳が共役していない真核生物において,翻訳段階でmRNA量を制御するシステムと位置づけることができよう.
原核生物ではリーダーペプチドの翻訳時にリボソームが停滞するか否かによって,本体遺伝子の発現にかかわるmRNA上のシグナルの露出状態が変化することで制御される例が知られている.ここでは研究が進んでいる2つの遺伝子について述べる.
大腸菌で遊離のトリプトファンを分解して資化する(栄養源とする)ためのトリプトファナーゼをコードするtnaA, Bオペロンでは,リーダー部分にtnaC遺伝子があり,トリプトファンに応答してtnaCの終止コドンでリボソームが停滞する(1, 33)1) K. Ito, ed.: “Regulatory Nascent Peptides,” Springer, 2014.33) L. R. Cruz-Vera, S. Rajagopal, C. Squires & C. Yanofsky: Mol. Cell, 19, 333 (2005).(表1表1■新生ペプチドに依存してリボソームが停滞する遺伝子の例).tnaCとtnaAの間にはρ因子依存的転写終結シグナルがあり,tnaCのすぐ下流にはρ因子がmRNAに乗り込むrut(rho utilization)シグナルがある.リボソームが停滞するとrut部位が隠されてtnaA, Bが転写される.一方,トリプトファンが少なければρ因子依存的な転写終結が起こり,tnaA, Bは転写されない.
大腸菌のSecAタンパク質はSecYEGトランスロコンとともに働いて,タンパク質の分泌や細胞膜への組み込みを司る.secA遺伝子のリーダー領域にあるsecM遺伝子は170アミノ酸残基をコードするが,Pro-166を翻訳したところでリボソームが停滞する(1, 6)1) K. Ito, ed.: “Regulatory Nascent Peptides,” Springer, 2014.6) H. Nakatogawa & K. Ito: Cell, 108, 629 (2002).(表1表1■新生ペプチドに依存してリボソームが停滞する遺伝子の例).この停滞は新生ペプチドのアミノ酸配列に依存してリボソームが自律的に翻訳伸長を停止することによると考えられる.SecM自身も膜貫通ドメインをもっており,膜への組み込みが正常に行われれば,トランスロコンによって引っ張られる形で翻訳の停滞が解除される(34)34) D. H. Goldman, C. M. Kaiser, A. Milin, M. Righini, I. Tinoco Jr. & C. Bustamante: Science, 348, 457 (2015)..すると,secAのリボソーム結合部位が隠されてsecAの翻訳は抑えられる.一方,リボソームが停滞したままだと,リボソーム結合部位が露出してsecAが翻訳される.tnaC, secMとも,出口トンネルの狭窄部位を形成するリボソームタンパク質uL22の出口トンネル内に突き出た部分がリボソームの停滞に関与することが示されている(6, 33)6) H. Nakatogawa & K. Ito: Cell, 108, 629 (2002).33) L. R. Cruz-Vera, S. Rajagopal, C. Squires & C. Yanofsky: Mol. Cell, 19, 333 (2005)..
新生ペプチドはリボソーム出口トンネルの中でどのようにしてリボソームの機能を阻害するのだろうか.リボソームの停滞を引き起こす新生ペプチドの配列は,オルソログ,パラログ同士を除くと,相同性は見られない.また,AdoMetに応答したCGS1におけるリボソームの停滞は転座段階で誘導されるが(10)10) H. Onouchi, Y. Nagami, Y. Haraguchi, M. Nakamoto, Y. Nishimura, R. Sakurai, N. Nagao, D. Kawasaki, Y. Kadokura & S. Naito: Genes Dev., 19, 1799 (2005).,調べられた限りほとんどの系では,ペプチド転移反応もしくは翻訳終結の段階でリボソームの停滞が誘導される(2)2) K. Ito & S. Chiba: Annu. Rev. Biochem., 82, 171 (2013)..リボソームの停滞を引き起こすメカニズムは多様であることを物語っている.
低温電子顕微鏡(Cryo-EM)を用いた構造解析では結晶を得る必要がなく,近年では真核生物を含めて原子レベルに近い解像度でリボソームの構造モデルが報告されている(35)35) D. Lyumkis, S. Vinterbo, C. S. Potter & B. Carragher: J. Struct. Biol., 184, 417 (2013)..アカパンカビarg-2のuORF,大腸菌のtnaCとsecM,枯草菌のmifM遺伝子(1, 36)1) K. Ito, ed.: “Regulatory Nascent Peptides,” Springer, 2014.36) S. Chiba & K. Ito: Mol. Cell, 47, 863 (2012).(表1表1■新生ペプチドに依存してリボソームが停滞する遺伝子の例)などでは,Cryo-EMを用いて停滞したリボソームの構造解析が行われており,リボソームの停滞に伴って新生ペプチドが狭窄部位近傍とPTC近傍で出口トンネル内壁のよく似た位置のrRNA残基とコンタクトしている様子が示されている(37, 38)37) D. Sohmen, S. Chiba, N. Shimokawa-Chiba, C. A. Innis, O. Berninghausen, R. Beckmann, K. Ito & D. N. Wilson: Nat. Commun., 6, 6941 (2015).38) D. N. Wilson & R. Beckmann: Curr. Opin. Struct. Biol., 21, 274 (2011)..興味深いことに,CGS1遺伝子でリボソームの停滞に伴ってrRNAのコンフォメーション(もしくは新生ペプチドとrRNAの相互作用)が変化するrRNA残基も,これらと相同な位置である(11)11) N. Onoue, Y. Yamashita, N. Nagao, D. B. Goto, H. Onouchi & S. Naito: J. Biol. Chem., 286, 14903 (2011)..
新生ペプチドに依存したリボソームの停滞を誘導する分子機構は,現状では百家争鳴状態である.しかしながら,出口トンネルの狭窄部位近傍とPTC近傍を形成するrRNA残基と新生ペプチドとの相互作用の変化が重要な役割を演じていることは間違えなさそうである.おそらくは,新生ペプチドと狭窄部位近傍との相互作用がPTC近傍のrRNAのコンフォメーション変化を引き起こすことで,最終的にPTCの機能阻害を誘導するのであろう.
多くの真核生物遺伝子がuORFをもっており,決して例外的なものではない.また,興味深いことに転写制御因子など遺伝子発現制御にかかわる遺伝子にはuORFをもつものが多い傾向があり,CPuORFではこうした遺伝子が有意に濃縮されている(24)24) R. A. Jorgensen & A. E. Dorantes-Acosta: Front. Plant Sci., 3, 191 (2012)..uORFによる制御は遺伝子発現制御のネットワークを支えるメカニズムの新たなカテゴリーと考えて良いのかもしれない.
大腸菌のTnaC新生ペプチドは出口トンネル内で2分子のトリプトファンと相互作用している(39)39) L. Bischoff, O. Berninghausen & R. Beckmann: Cell Reports, 9, 469 (2014)..リボソームはさまざまなシグナル分子を出口トンネル(狭窄部位)と新生ペプチドの相互作用に取り込んで,翻訳効率やmRNAの安定性を調節することで恒常性の維持にかかわっているのではないだろうか.
本稿では紙面の制約のため総説を優先して引用した.原報については総説から孫引きしてほしい.
Reference
1) K. Ito, ed.: “Regulatory Nascent Peptides,” Springer, 2014.
2) K. Ito & S. Chiba: Annu. Rev. Biochem., 82, 171 (2013).
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*1 リボソームタンパク質の名称は生物間で異なっていたが,統一した名称が提唱されている(5)5) N. Ban, R. Beckmann, J. H. Cate, J. D. Dinman, F. Dragon, S. R. Ellis, D. L. Lafontaine, L. Lindahl, A. Liljas, J. M. Lipton et al.: Curr. Opin. Struct. Biol., 24, 165 (2014)..