Kagaku to Seibutsu 54(3): 191-197 (2016)
セミナー室
止まって働くリボソーム新生ペプチドが司る植物の細胞内恒常性維持機構
Published: 2016-02-20
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2016 公益社団法人日本農芸化学会
かつてリボソームはmRNAに書き込まれた遺伝情報を忠実にタンパク質に翻訳するための装置であるとイメージされていたがそうではない.リボソームは細胞内の状態に応答して機敏に遺伝子発現を制御する情報処理装置である.近年,翻訳途上の新生ペプチドが作用して遺伝子発現を制御する例がさまざまな生物で見つかっている(1, 2)1) K. Ito, ed.: “Regulatory Nascent Peptides,” Springer, 2014.2) K. Ito & S. Chiba: Annu. Rev. Biochem., 82, 171 (2013)..リボソームは,いわば細胞質にどっぷりと浸かって翻訳を行っており,細胞質の状態を検知するのに適した状態にある.本稿では,新生ペプチドが,そのアミノ酸配列に依存して自身を翻訳中のリボソームを停滞させることが引き金となって,遺伝子発現を制御し,場合によってはmRNA分解などにも関与する遺伝子について植物を中心に概観する.
リボソームにおける翻訳伸長過程は大きく分けて,コドンの解読,新たなペプチド結合を形成するペプチド転移反応,そして次のコドンへのリボソームの転座からなる.ペプチド転移反応の活性中心であるペプチジルトランスフェラーゼセンター(PTC)は大サブユニットにあり,新たに合成されたペプチドは,大サブユニットを貫く出口トンネルを通って出てくる(3, 4)3) N. Ban, P. Nissen, J. Hansen, P. B. Moore & T. A. Steitz: Science, 289, 905 (2000).4) S. Jenni & N. Ban: Curr. Opin. Struct. Biol., 13, 212 (2003).(図1図1■ペプチド転移反応の活性中心と出口トンネル).出口トンネルはおよそ100Åの長さがあり,“伸びた”状態の新生ペプチドでは30~40アミノ酸残基を保持する.出口トンネルの内壁は大部分がrRNAで形成されているが,PTCから1/3ほど進んだところでリボソームタンパク質のuL4(L4*1リボソームタンパク質の名称は生物間で異なっていたが,統一した名称が提唱されている(5)5) N. Ban, R. Beckmann, J. H. Cate, J. D. Dinman, F. Dragon, S. R. Ellis, D. L. Lafontaine, L. Lindahl, A. Liljas, J. M. Lipton et al.: Curr. Opin. Struct. Biol., 24, 165 (2014)..)とuL22(原核生物でL22p,真核生物でL17e*1リボソームタンパク質の名称は生物間で異なっていたが,統一した名称が提唱されている(5)5) N. Ban, R. Beckmann, J. H. Cate, J. D. Dinman, F. Dragon, S. R. Ellis, D. L. Lafontaine, L. Lindahl, A. Liljas, J. M. Lipton et al.: Curr. Opin. Struct. Biol., 24, 165 (2014)..)が出口トンネルに突き出た部分があり,狭窄部位と呼ばれる(4)4) S. Jenni & N. Ban: Curr. Opin. Struct. Biol., 13, 212 (2003)..狭窄部位は新生ペプチドによるリボソームの停滞で「関所」のような役割をすると考えられている(1, 6)1) K. Ito, ed.: “Regulatory Nascent Peptides,” Springer, 2014.6) H. Nakatogawa & K. Ito: Cell, 108, 629 (2002)..
シロイヌナズナのCGS1遺伝子は,高等植物におけるメチオニン生合成の鍵となる段階を触媒するシスタチオニンγ-シンターゼ(CGS)をコードする.CGS1は核にコードされ,CGSは葉緑体に移行して機能する.CGS1の発現は,メチオニンの代謝産物であるS-アデノシルメチオニン(AdoMet)に応答した翻訳伸長の一時停止と,これと共役したCGS1 mRNA分解によるフィードバック制御を受ける(7, 8)7) Y. Chiba, M. Ishikawa, F. Kijima, R. H. Tyson, J. Kim, A. Yamamoto, E. Nambara, T. Leustek, R. M. Wallsgrove & S. Naito: Science, 286, 1371 (1999).8) Y. Chiba, R. Sakurai, M. Yoshino, K. Ominato, M. Ishikawa, H. Onouchi & S. Naito: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 100, 10225 (2003).(図2図2■CGS1遺伝子におけるAdoMetに応答した翻訳停止とmRNA分解によるフィードバック制御).この制御にはCGS1のN末端領域にコードされたMTO1領域と呼ぶ十数アミノ酸残基からなる領域がシス配列として機能し(9)9) K. Ominato, H. Akita, A. Suzuki, F. Kijima, T. Yoshino, M. Yoshino, Y. Chiba, H. Onouchi & S. Naito: J. Biol. Chem., 277, 36380 (2002).,MTO1領域から数アミノ酸残基後のSer-94コドンで翻訳伸長が一時停止することでリボソームが停滞する(10)10) H. Onouchi, Y. Nagami, Y. Haraguchi, M. Nakamoto, Y. Nishimura, R. Sakurai, N. Nagao, D. Kawasaki, Y. Kadokura & S. Naito: Genes Dev., 19, 1799 (2005).(表1表1■新生ペプチドに依存してリボソームが停滞する遺伝子の例).
図2■CGS1遺伝子におけるAdoMetに応答した翻訳停止とmRNA分解によるフィードバック制御
シスタチオニンγ-シンターゼ(CGS)はメチオニン生合成の主要な制御段階だが,アロステリック酵素ではない.CGSは核にコードされ,葉緑体に移行して働くが,メチオニン生合成の最終段階とAdoMet合成は細胞質で行なわれる.AdoMetは,細胞内のほとんどのメチル基転移反応に使われるほか,ポリアミン生合成,そして植物ではエチレンの生合成にも使われる重要な化合物である.CGSが翻訳中にフィードバック制御されるのは,細胞質のAdoMet濃度の恒常性維持のためには理にかなったことと言えよう.
a −は自律的に起こる,もしくは報告されていないことを示す.bリボソームの停滞に関与するアミノ酸残基を色付きで,リボソームの停滞位置を下線でそれぞれ示す.*は終止コドン.c ermCLと類似した抗生物質に対する耐性機構は数多く報告されている(40)40) H. Ramu, A. Mankin & N. Vazquez-Laslop: Mol. Microbiol., 71, 811 (2009).. |
リボソームの出口トンネルには30~40残基の新生ペプチドが収容されるので,Ser-94で翻訳停止したときMTO1領域はリボソームの出口トンネル内に位置している.AdoMetで翻訳停止を誘導すると,MTO1領域を含む新生ペプチドは出口トンネル内で縮んだコンフォメーションをとる.このとき,rRNAの側にも狭窄部位とPTCの近傍でコンフォメーション変化(もしくは新生ペプチドとrRNAの相互作用の変化)が起きており,出口トンネル狭窄部位が翻訳停止に関与していることを示唆している(11)11) N. Onoue, Y. Yamashita, N. Nagao, D. B. Goto, H. Onouchi & S. Naito: J. Biol. Chem., 286, 14903 (2011)..
AdoMetに応答したSer-94での翻訳停止と共役してCGS1 mRNAの分解が起こり,このときCGS1 mRNAの5′-末端領域を欠いた一連の分解中間体を生じる(図3図3■CGS1 mRNA分解とpoly(A)鎖長(14)).これら分解中間体の5′-末端は,Ser-94で停滞したリボソームに後続のリボソームが追突して数珠つなぎになった各リボソームの5′-末端のごく近くにマップされる(12)12) Y. Yamashita, Y. Kadokura, N. Sotta, T. Fujiwara, I. Takigawa, A. Satake, H. Onouchi & S. Naito: J. Biol. Chem., 289, 12693 (2014)..