セミナー室

浮イネ生存戦略におけるジベレリン応答性因子の探索

Keisuke Nagai

永井 啓祐

名古屋大学生物機能開発利用研究センター

Takeshi Kuroha

黒羽

東北大学大学院生命科学研究科

Motoyuki Ashikari

芦苅 基行

名古屋大学生物機能開発利用研究センター

Published: 2016-02-20

移動することのできない植物が,新しい環境に適応するためには過酷な環境を克服する何らかの機能を獲得しなければならない.これまで植物は長い年月をかけて多種多様な機能を獲得することによってストレスを打破し,地球上のさまざまな過酷な環境に適応することで生物多様性を構築してきた.植物は進化の過程において生活圏を水中から陸上へ拡大させてきたと考えられているが,維管束植物の中には,茎葉や根などの器官発達や生殖様式を変化させることで生活環境を再び水辺や水中に広げた植物も存在する(1)1) S. C. H. Barrett, C. G. Eckert & B. C. Husband: Aquat. Bot., 44, 105 (1993)..生物の生存に水は不可欠な要素の一つであり,植物が水辺に生息することは水分確保という点では大きなメリットがある.世界で栽培されている三大穀物であるイネ,コムギ,トウモロコシのうち,イネは唯一湛水条件下で栽培が可能な植物である.これは,イネが茎および葉にaerenchymaと呼ばれる通気組織を形成し,さらに根において酸素の漏出を抑制するバリアを形成することで効率的に酸素を根まで供給できるためである(2)2) T. D. Colmer: Ann. Bot. (Lond.), 91, 301 (2003)..これによりイネは生存に必須な水を容易に確保できるように進化したと思われる.しかし,水辺に生息することにはリスクも存在する.生存に必須な水も長期間の降雨による洪水が発生すると植物の生育環境を過酷なものへと変化させる.実際,東南アジア,西アフリカ,南米アマゾン川流域では雨季に河川が氾濫し毎年定期的に大規模かつ長期間にわたる洪水が発生する.このような環境では湛水で生育が可能なイネといえども冠水してしまい,一般的な栽培イネでは栽培することができない.また,近年の地球環境の変化に伴い,砂漠化と多雨による洪水の二極化が起こっており,2009年7月にはアマゾン川では過去200年で最高水位を記録した洪水の発生や,2011年にはタイで発生した大規模な洪水で約30万haの農地が被害を受けたとされる報告などがされている.さらに,国際連合食糧農業機関(FAO)は,世界67カ国を対象にした2003年から2013年の調査で洪水による作物生産損失額は約80億USドルに上ると報告しており(3)3) FAO: The Impact of Natural Hazards and Disasters on Agriculture and Food Security and Nutrition-Updated May 2015, http://www.fao.org/emergencies/resources/documents/resources-detail/en/c/280784/, 2015.,今後,洪水の問題はますます深刻化すると予想される.また,2015年に国連は,現在の世界人口が73億人であるのに対して2050年には世界の人口は97億人を超え,2100年では110億人を突破するとの予測を報告している(4)4) United Nations: World population prospects. The 2015 revision, http://www.un.org/en/development/desa/population/, 2015..世界的な人口増加による食料需要の急増に対応するためには,限られた耕作地において効率的に作物を生産することがより一層求められることになるだろう.

洪水ストレスに関するイネの育種的アプローチにおいては,Flash floodと言われる短期間の洪水時に幼苗の生長を抑制することでエネルギー消費を抑える成長抑制戦略と,長期間の洪水に対して茎葉伸長を行うことで呼吸を確保する成長促進戦略が採られてきた.前者においてはAP2/ERFドメインを保持したエチレン応答性因子をコードするSubmergence-1Sub1)遺伝子が同定されており(5)5) K. Xu, X. Xu, T. Fukao, P. Canlas, R. Maghirang-Rodriguez, S. Heuer, A. M. Ismail, J. Bailey-Serres, P. C. Ronald & D. J. Mackill: Nature, 442, 705 (2006).,育種的な応用も進められている.Sub1遺伝子は冠水耐性イネの第9染色体にSub1A, Sub1B, Sub1Cの3つの遺伝子がタンデムに存在している.このうち,冠水耐性にかかわるSub1Aは,α-amylaseやスクロース合成酵素をコードする遺伝子および細胞伸長にかかわるエクスパンシンの発現を抑制することで冠水条件下でのエネルギー消費を抑え生長抑制をしている(5, 6)5) K. Xu, X. Xu, T. Fukao, P. Canlas, R. Maghirang-Rodriguez, S. Heuer, A. M. Ismail, J. Bailey-Serres, P. C. Ronald & D. J. Mackill: Nature, 442, 705 (2006).6) T. Fukao, K. Xu, P. C. Ronald & J. Bailey-Serres: Plant Cell, 18, 2021 (2006)..また,植物の生長を制御するホルモンの一種であるジベレリンとSubA1の関係性について,Fukaoら(7)7) T. Fukao & J. Bailey-Serres: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 105, 16814 (2008).は,ジベレリン情報伝達因子であるSlender rice-1SLR1)およびSLR1 Like-1SLRL1)の転写量とタンパク質分解を調べた.SLR1, SLRL1タンパク質はジベレリン情報伝達を負に制御する因子であり,ジベレリン存在下で分解されることによってジベレリン応答の抑制が解除され茎葉の伸長が起こることが知られている(8, 9)8) H. Itoh, M. Ueguchi-Tanaka, Y. Sato, M. Ashikari & M. Matsuoka: Plant Cell, 14, 57 (2002).9) H. Itoh, A. Shimada, M. Ueguchi-Tanaka, N. Kamiya, Y. Hasegawa, M. Ashikari & M. Matsuoka: Plant J., 44, 669 (2005).Sub1Aを保持していないイネでは冠水条件下でSLR1およびSLRL1の転写誘導は起こらず,これらのタンパク質の分解が観察された.一方,Sub1Aを保持したイネではこれらの遺伝子の転写量が増加し,それに伴いこれらのタンパク質の蓄積が引き起こされた.また,ジベレリンと拮抗的に作用するアブシジン酸(ABA)は冠水ストレスにより増加したエチレンの作用によりその含量が減少することが知られている(10)10) S. Hoffmann-Benning & H. Kende: Plant Physiol., 99, 1156 (1992)..Fukaoら(11)11) T. Fukao, E. Yeung & J. Bailey-Serres: Plant Cell, 23, 412 (2011).はABA処理によりSub1Aの発現量が減少することを明らかにした.さらに,Sub1Aが活性酸素種の除去酵素および乾燥ストレス応答遺伝子の発現を上昇させることで冠水後の酸化ストレス耐性および乾燥ストレス耐性を誘導していることが明らかにされた(11)11) T. Fukao, E. Yeung & J. Bailey-Serres: Plant Cell, 23, 412 (2011)..以上のことから,Sub1Aによる洪水耐性機構は以下のように考えられている.Sub1Aを保持していない品種では冠水時に茎葉を伸長させて呼吸を確保しようとすることでエネルギーを消費し,さらに洪水後の乾燥によるストレスによって枯死してしまう.これに対して,Sub1Aを保持した冠水耐性イネは,洪水時にSLR1およびSLRL1の蓄積を介した生長抑制を行うことでエネルギー消費を抑えるとともに,洪水後の活性酸素種の除去および乾燥ストレスの緩和,さらに蓄積されたエネルギーを使用した速やかな生長再開によって洪水耐性を獲得したと考えられる.

一方,われわれは3カ月以上にわたる長期間の洪水において節間伸長を誘導することでこの過酷な環境を克服している浮イネの生存戦略に注目して研究を行っている.通常の栽培イネ(非浮イネ;1 m程度の草丈)は長期間に及ぶ洪水では完全に水没してしまい呼吸が確保できず溺死するため栽培することができない.一方,東南アジア,南アジアおよび西アフリカなどの雨季が存在する地域では古くから浮イネと呼ばれるイネが栽培されている.浮イネは浅水の条件では非浮イネと変わらず1 m程度の草丈であるが,洪水による水位の上昇に対応して1日20~25 cmの急激な節間伸長を行い,葉の先端を水面に出すことで呼吸を確保し10  m以上の深水でも生存できるよう進化した.この劇的な浮イネの形態変化は多くの研究者をひきつけ,生理学,形態学,分子生物学などさまざまな分野における研究が行われ多くの知見が得られた.その中でも生理学に関する研究に関しては,1970年代からエチレン,ジベレリン,アブシジン酸などの植物ホルモンと浮イネの節間伸長に関する研究が行われている.ジベレリンに関する研究では,1974年にYamaguchi(12)12) T. Yamaguchi: Jpn. J. Trop. Agr., 17, 147 (1974).が非浮イネと浮イネにジベレリン処理を行い表現型を調査したほか,ペーパークロマトグラフィにより内在性のジベレリン様物質の定量を行っている.この論文の中で,Yamaguchiは冠水条件下においてジベレリン様物質が浮イネ特異的に蓄積すること,およびジベレリンと浮イネの草丈伸長の関連性を見いだしている.その後,1980年代以降になり,ジベレリン処理により浮イネが節間伸長を誘導すること(13, 14)13) I. Raskin & H. Kende: Plant Physiol., 76, 947 (1984).14) H. Suge: Plant Cell Physiol., 26, 607 (1985).,深水処理によって上昇したエチレンがアブシジン酸濃度の減少を導くことでジベレリン活性が増加すること(10)10) S. Hoffmann-Benning & H. Kende: Plant Physiol., 99, 1156 (1992).,インドール酢酸(IAA)単独では節間伸長は誘導されないが,ジベレリンとIAAを同時に処理することで,ジベレリンを単独で処理したときよりもさらに節間伸長を促進すること(15)15) T. Azuma, F. Mihara, N. Uchida, T. Yasuda & T. Yamaguchi: Jpn. J. Trop. Agr., 34, 271 (1990).など,浮イネの節間伸長とジベレリンの関連性は大きな進展を見せた.われわれの研究室においても深水処理による非浮イネと浮イネの植物ホルモンの変動を調べた結果,活性型ジベレリンが浮イネ特異的に蓄積することを見いだした(16, 17)16) Y. Hattori, K. Nagai, S. Furukawa, X. J. Song, R. Kawano, H. Sakakibara, J. Wu, T. Matsumoto, A. Yoshimura, H. Kitano et al.: Nature, 460, 1026 (2009).17) M. Ayano, T. Kani, M. Kojima, H. Sakakibara, T. Kitaoka, T. Kuroha, R. B. Angeles-Shim, H. Kitano, K. Nagai & M. Ashikari: Plant Cell Environ., 37, 2313 (2014)..これらの結果は,ジベレリンが浮イネの節間伸長に重要な役割を果たしていることを示唆している.しかし,深水処理によるジベレリンの蓄積は劇的なものではなく,ジベレリン含量の増加だけでは浮イネの特徴的な節間伸長を十分に説明できないと思われる.つまり,浮イネの節間伸長にはジベレリン含量の増加に加えてジベレリンの感受性を制御する何らかの遺伝子が寄与していると考えられる.

浮イネの節間伸長にかかわる遺伝子についても以前からその同定を目指した遺伝学的な研究が行われてきた.これまでに2つの劣性遺伝子(18)18) K. Ramiah & K. Ramaswami: Indian J. Agric. Sci., 11, 1 (1941).,複数の遺伝子の関与(19)19) H. Morishima, K. Hinata & H. I. Oka: Indian J. Genet. Plant Breed., 22, 1 (1962).,不完全優性遺伝子(20)20) K. Hamamura & K. Kupkanchanakul: Japanese Journal of Breeding, 29, 211 (1979).,2つの補足遺伝子(21)21) H. Suge: Jpn. J. Genet., 62, 69 (1987).,1つの劣性遺伝子(22)22) M. Eiguchi, H. Hirano, Y. Sano & H. Morishima: Japanese Journal of Breeding, 43, 135 (1993).によって浮イネ性が支配されているなど複数の報告があるが,原因遺伝子の同定には至っていなかった.その後Nemotoら(23)23) K. Nemoto, Y. Ukai, D. Q. Tang, Y. Kasai & M. Morita: Theor. Appl. Genet., 109, 42 (2004).によって浮イネ性は量的形質によって支配されていることが示唆された.量的形質とは,F2分離集団において優性:劣性の形質が3 : 1または1 : 2 : 1の比で分離するメンデル遺伝に従う質的形質とは異なり,F2分離集団が連続的な頻度分布を示す形質であり,似た作用をもつ複数の遺伝子の相互作用によって支配されている形質である.量的形質はイネの収量など多くの農業的形質にかかわるものであるが,これまで量的形質を制御する遺伝子の数および染色体の座乗位置の推定,さらに各遺伝子の効果の大きさなどの推定が困難であった.しかし,近年,組換え自殖系統群(Recombinant Inbred Lines; RILs)やF2分離集団や戻し交雑自殖系統群(Backcross Inbred Lines; BILs)における表現型の差と,各個体で多型を示すDNAマーカーとの連鎖解析を利用した量的遺伝子形質座(Quantitative Trait Loci; QTL)解析を行うことによって,量的形質に関与する遺伝子の染色体座乗位置および効果の大きさを統計学的に求めることが可能になった.そこで当研究室においても非浮イネ栽培種である台中65号(T65:Oryza sativa ssp. japonica)と浮イネ栽培種であるC9285(O. sativa ssp. indica),またT65と浮イネ性を保持した野生イネであるW0120(Oryza rufipogon; perennial type)をそれぞれ交配し作製したF2分離集団を深水処理し,浮イネ性に関するQTL解析が行われた.その結果,浮イネの深水依存的な節間伸長にかかわるQTLが浮イネゲノムにおいて第1,第3,第12染色体上に検出された(24)24) Y. Hattori, K. Miura, K. Asano, E. Yamamoto, H. Mori, H. Kitano, M. Matsuoka & M. Ashikari: Breed. Sci., 57, 305 (2007)..この結果は,独立した3つの研究グループによるそれぞれ異なる解析集団を用いた研究においても,第1,第3,第12染色体上の同様な位置にQTLが検出されたことから(23, 25, 26)23) K. Nemoto, Y. Ukai, D. Q. Tang, Y. Kasai & M. Morita: Theor. Appl. Genet., 109, 42 (2004).25) D. Q. Tang, Y. Kasai, N. Miyamoto, Y. Ukai & K. Nemoto: Breed. Sci., 55, 1 (2005).26) R. Kawano, K. Doi, H. Yasui, T. Mochizuki & A. Yoshimura: Breed. Sci., 58, 47 (2008).,これらの染色体上のQTLには浮イネ節間伸長を制御する鍵因子が存在していることが考えられた.われわれは,これらのQTLのうち節間伸長への効果が最も大きい第12染色体上のQTL原因遺伝子はエチレン応答性のAP2/ERFドメインを保持した転写因子をコードしていることを明らかにし,SNORKEL1およびSNORKEL2と命名した(16)16) Y. Hattori, K. Nagai, S. Furukawa, X. J. Song, R. Kawano, H. Sakakibara, J. Wu, T. Matsumoto, A. Yoshimura, H. Kitano et al.: Nature, 460, 1026 (2009)..この2つの遺伝子はエチレンによって転写が誘導されることで節間伸長を促進することを明らかにしたが(16)16) Y. Hattori, K. Nagai, S. Furukawa, X. J. Song, R. Kawano, H. Sakakibara, J. Wu, T. Matsumoto, A. Yoshimura, H. Kitano et al.: Nature, 460, 1026 (2009).SNORKEL遺伝子とジベレリン生合成および応答性における関係は不明のままである.

植物の茎葉伸長を制御することで知られているジベレリンに応答して,浮イネの栄養成長期における節間伸長を制御する遺伝子はいまだ明らかになっていない.そこでわれわれは浮イネ特異的にジベレリン感受性を上昇させる因子の同定を目的とし,まず非浮イネと浮イネのジベレリンに対する応答性を評価するために,非浮イネと浮イネにジベレリン処理を行い葉および節間の伸長性を比較した(27)27) K. Nagai, Y. Kondo, T. Kitaoka, T. Noda, T. Kuroha, R. B. Angeles-Shim, H. Yasui, A. Yoshimura & M. Ashikari: AoB Plants, 6, plu028 (2014)..非浮イネ品種2系統(T65,日本晴),浮イネ品種2系統(Bhadua, C9285)の合計4品種を10−4 MのジベレリンA3を含む育成条件でそれぞれ播種から3週間育成し,第2葉鞘長および総節間長を計測した(図1図1■ジベレリン処理による非浮イネおよび浮イネの茎葉伸長の比較).その結果,第2葉鞘の伸長率は非浮イネ品種と浮イネ品種の間で明確な差は認められなかった.このことはYamaguchi(12)12) T. Yamaguchi: Jpn. J. Trop. Agr., 17, 147 (1974).によって報告された結果とも一致した.一方で総節間長に関しては,ジベレリン処理によって浮イネ品種であるBhaduaおよびC9285は顕著な節間伸長を誘導したが,非浮イネ品種であるT65および日本晴において節間伸長は全く誘導されなかった(図1図1■ジベレリン処理による非浮イネおよび浮イネの茎葉伸長の比較).第2葉鞘に対するジベレリン応答性は非浮イネと浮イネでの違いがなかったにもかかわらず,節間伸長に対するジベレリン応答性は浮イネ特異的であったことから,浮イネには栄養成長期の節間特異的にジベレリン感受性を高める何らかの因子が存在することが考えられ,この因子の存在こそが洪水時に浮イネが節間伸長を誘導できる原因ではないかと考えた.また,この結果からわれわれは,QTL解析に適した集団を用いてジベレリン処理を行うことで浮イネ節間伸長を制御するジベレリン応答性因子を同定できるという思いに至った.そこでわれわれは,非浮イネ品種T65と浮イネ品種BhaduaのRILsを用いたジベレリン応答性に関するQTL解析を行った(27)27) K. Nagai, Y. Kondo, T. Kitaoka, T. Noda, T. Kuroha, R. B. Angeles-Shim, H. Yasui, A. Yoshimura & M. Ashikari: AoB Plants, 6, plu028 (2014)..その結果,浮イネゲノムの第3,第9,第12染色体上に効果の大きいQTLが検出されたことから,これら3つのQTLが浮イネのジベレリンに応答した節間伸長を制御する重要な領域であることが示唆された.このうち,ジベレリンに応答した節間伸長の促進効果が最も大きかった第3染色体QTLは第12染色体上のQTLの効果を促進したのに加え,第1,第4染色体上のminor QTLの効果を促進することを明らかにした(27)27) K. Nagai, Y. Kondo, T. Kitaoka, T. Noda, T. Kuroha, R. B. Angeles-Shim, H. Yasui, A. Yoshimura & M. Ashikari: AoB Plants, 6, plu028 (2014)..この結果から,第3染色体上のQTLは単独でジベレリン応答を促進する以外に,効果の小さなQTLが機能を発揮するのに必須であり,ジベレリンに応答した節間伸長を制御する中心的な役割を果たしていることが強く示唆された.興味深いことに,今回,検出されたQTLのうち第3,第12染色体上のQTLは,過去の研究において深水時の節間伸長開始の指標となる伸長最低節間(Lowest Elongated Internode; LEI,最初に伸長を開始する節間の位置.この位置が低いほど生育の初期段階から伸長が可能になったことを意味する)を促進するQTLとして,われわれを含めた4つの研究において同様に検出されている(23~26)23) K. Nemoto, Y. Ukai, D. Q. Tang, Y. Kasai & M. Morita: Theor. Appl. Genet., 109, 42 (2004).26) R. Kawano, K. Doi, H. Yasui, T. Mochizuki & A. Yoshimura: Breed. Sci., 58, 47 (2008).図2図2■ジベレリン処理において検出されたQTLと深水処理により検出された浮イネ性QTLの比).これまでにInouye(28)28) J. Inouye: Jpn. J. Trop. Agr., 27, 81 (1983).は,LEIは総節間長および伸長節間数と相関性があると報告しており,LEIは深水条件下における節間伸長性を評価するうえで最も重要な形質とされている.われわれのT65/Bhaduaの組換え自殖系統の表現型調査においても,負の相関がLEIと総節間長(p<0.01, r=−0.66)およびLEIと伸長節間数(p<0.01, r=−0.88)の間に認められた(27)27) K. Nagai, Y. Kondo, T. Kitaoka, T. Noda, T. Kuroha, R. B. Angeles-Shim, H. Yasui, A. Yoshimura & M. Ashikari: AoB Plants, 6, plu028 (2014)..さらにTakahashi(29)29) K. Takahashi: Jpn. J. Trop. Agr., 60, 400 (1991).は,ジベレリンによって非伸長節間数が減少するということを見いだしており,このことからジベレリンはより低い位置の節間,つまり栄養成長期の早い段階からの節間伸長を引き起こす効果があると考えられる.また,われわれはこれまでに浮イネ品種C9285のQTL領域のみを非浮イネ品種T65に導入した準同質遺伝子系統(Near-isogenic line; NIL)を作出しており,このうち第1,第3,第12染色体上のQTLを保持したNIL1-3-12が深水処理によって節間伸長を誘導することを明らかにしている(16)16) Y. Hattori, K. Nagai, S. Furukawa, X. J. Song, R. Kawano, H. Sakakibara, J. Wu, T. Matsumoto, A. Yoshimura, H. Kitano et al.: Nature, 460, 1026 (2009)..NIL1-3-12と親品種であるT65およびC9285に深水処理を行い,GA含量を計測したところ,親品種の非浮イネであるT65ではジベレリン含量が上昇しなかったのに対して,NIL1-3-12では浮イネ品種C9285と同程度のジベレリン含量の蓄積が見られた(17)17) M. Ayano, T. Kani, M. Kojima, H. Sakakibara, T. Kitaoka, T. Kuroha, R. B. Angeles-Shim, H. Kitano, K. Nagai & M. Ashikari: Plant Cell Environ., 37, 2313 (2014).図3図3■深水処理によるT65, C9285, NIL1-3-12の活性型ジベレリン(GA4)量の変動).さらに,NIL1-3-12の節間伸長性がジベレリン依存的であるかを確認するために,NIL1-3-12とジベレリンの生合成(GA3ox2)またはシグナル伝達(SLR1:ジベレリンの負の制御因子;GID1:ジベレリン受容体;GID2: SLR1の分解にかかわるF-box因子)の変異体と交配させたmutant pyramiding系統を作出した.これらの系統を深水処理した結果,NIL1-3-12が節間伸長を誘導するのに対して,mutant pyramiding系統では節間伸長の誘導が起こらなかった(17)17) M. Ayano, T. Kani, M. Kojima, H. Sakakibara, T. Kitaoka, T. Kuroha, R. B. Angeles-Shim, H. Kitano, K. Nagai & M. Ashikari: Plant Cell Environ., 37, 2313 (2014).図4図4■NIL1-3-12とジベレリン関連変異体のmutant pyramiding系統の総節間長の比較).このことは第1,第3,第12染色体上のQTLはジベレリン非存在下では伸長効果を発揮することができないことを示している.以上の結果を総合的に考察すると,深水条件下では浮イネ特異的なジベレリン含量の増加が引き起こされるとともに,浮イネの第3,第12染色体上のQTLによるジベレリン感受性の向上が引き起こされることで節間伸長を誘導していると考えられる(図5図5■浮イネ節間伸長とジベレリンの関連性の模式図).一方,深水処理によるQTL解析で検出された第1染色体のQTLは,ジベレリン処理によるQTL解析においては検出されなかったことから,第1染色体上のQTLの原因遺伝子はジベレリン生合成に関与しているのかもしれない.また,われわれは前述したように,第12染色体上に座乗する深水に応答した節間伸長を制御する原因遺伝子としてSNORKEL1およびSNORKEL2を同定している(16)16) Y. Hattori, K. Nagai, S. Furukawa, X. J. Song, R. Kawano, H. Sakakibara, J. Wu, T. Matsumoto, A. Yoshimura, H. Kitano et al.: Nature, 460, 1026 (2009).SNORKEL遺伝子は浮イネゲノム上にのみ存在しており,今回検出した第12染色体上のQTLにも含まれている.しかし,SNORKEL遺伝子はエチレンにより急激な発現上昇が誘導される一方,ジベレリン処理によって発現量は変化しないことが確認されている(16)16) Y. Hattori, K. Nagai, S. Furukawa, X. J. Song, R. Kawano, H. Sakakibara, J. Wu, T. Matsumoto, A. Yoshimura, H. Kitano et al.: Nature, 460, 1026 (2009)..これらの結果より,ジベレリンシグナル伝達を介したSNORKELのタンパク質レベルにおける新たな制御機構の存在,または浮イネ節間伸長を制御する新規のジベレリン制御因子がこの領域に存在するのかもしれない.

図1■ジベレリン処理による非浮イネおよび浮イネの茎葉伸長の比較

a. イネ植物体の模式図.b. イネ植物体の解剖模式図.イネの葉は鞘葉と第1葉以外は葉身と葉鞘からなる.第2葉鞘の伸長性はこれまでイネのジベレリン応答性の指標として用いられてきた.節間(茎)は葉鞘に包まれているが,切開することで観察が可能になる.c. ジベレリン(GA)またはウニコナゾール(uni: GAの合成阻害剤)処理による第2葉鞘長の変化.ジベレリン処理を播種から3週間行い第2葉鞘長を計測した.品種間での内生GA量の違いによる効果を抑えるために,GA処理は10−6 M uniを同時に処理した.d. GA処理による総節間長の変化の比較.図はNagai et al. (2014)より改変.

図2■ジベレリン処理において検出されたQTLと深水処理により検出された浮イネ性QTLの比

a. 非浮イネ品種T65と浮イネ品種Bhaduaの組換え自殖系統(RILs)を用いたジベレリン応答性に関するQTL.b. 浮イネ性QTL解析において検出されたQTL.独立して行われた4つの研究結果において,第1,第3,第12染色体の同様の位置にQTLが検出さた.さらに,ジベレリン応答性に関するQTL解析において検出されたQTLのうち第3,第12染色体上の領域は,浮イネ性QTLにおいて検出された位置と重複した(図中,点線丸).染色体上のQTLの位置は遺伝的距離を物理距離に置き換えたものを図示した.

図3■深水処理によるT65, C9285, NIL1-3-12の活性型ジベレリン(GA4)量の変動

図はAyano et al. (2014)より抜粋.

図4■NIL1-3-12とジベレリン関連変異体のmutant pyramiding系統の総節間長の比較

図はAyano et al. (2014)より改変.

図5■浮イネ節間伸長とジベレリンの関連性の模式図

非浮イネでは洪水時にエチレンが上昇するがジベレリン含量の上昇が引き起こされないため,水面まで葉を伸ばすことができずに溺死する.一方,浮イネは洪水ストレスによって上昇したエチレンがジベレリン含量の増加を引き起こす.これにより,第3染色体QTLの原因遺伝子の発現が上昇し,さらにジベレリン応答性を促進することで浮イネは急激な節間伸長誘導を可能にしていると考えられる.

第3染色体上のQTLの原因遺伝子に関して,われわれは候補遺伝子をポジショナルクローニングにより一つに絞り込むことに成功しており,現在,機能解析を進めている(未発表).アミノ酸配列解析において,この遺伝子は機能未知の新規ペプチドをコードしていると予想された.この遺伝子の過剰発現体を作製したところ,通常の栽培条件下では節間伸長を誘導しなかったが,ジベレリンを処理することで顕著な節間伸長を誘導した.また,この遺伝子は深水処理およびジベレリン処理によって浮イネ特異的に発現が上昇するが,非浮イネであるT65ではいずれの処理においても顕著な発現誘導が起こらなかった.免疫染色による組織局在性を調べたところ,初期段階の伸長節間においてタンパク質が局在していることを見いだしている.これらの結果より,この遺伝子は深水処理によって上昇したジベレリンにより発現が上昇し,さらにジベレリン存在下において節間伸長を誘導している可能性が考えられる.さらにわれわれは,エチレンのシグナル伝達における鍵因子となる転写因子がジベレリン合成酵素の一つをコードする遺伝子のプロモーター配列に直接結合することで発現上昇を誘導するが,この現象は非浮イネでは起こらないことも見いだしている(未発表).今後,浮イネの深水依存的なジベレリン上昇と節間伸長性の関係を解明するためには,これらの遺伝子のさらなる機能解析および制御機構を明らかにしていく必要がある.

Reference

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