Kagaku to Seibutsu 54(3): 205-211 (2016)
セミナー室
数理モデルを通してみる植物の環境応答力
Published: 2016-02-20
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2016 公益社団法人日本農芸化学会
行動学の創始者の一人であるNiko Tinbergenは,生物学の問題に答えるには主に4つの問題設定のやり方があることを強調した.今ではTinbergenの「4つのなぜ」としてよく知られている.それは「生物の行動はどのような仕組みで誘発されるか」,「その行動は発育のどの段階で誘発されるか」,「その行動は,その生物にとってどのような意味をもつか」,「その行動は系統発生的にどのように生じたか」というもので,大きくわけて先の2つを至近要因,後の2つを究極要因という.これら4つのなぜを,植物の環境応答の文脈で捉え直してみると,先の2つのなぜである環境応答の仕組みや発生については,主にモデル植物を対象とした分子生物学や生理学において近年研究が進み,高温や乾燥,土壌栄養欠乏などのストレス環境耐性にかかわる遺伝子やその制御調節の仕組みが分子レベルで次々と明らかとなってきた.一方,残り2つのなぜについては,分子メカニズムが未解明の時代から生態学や進化学において研究がなされ,植物の環境応答を効率的な生存と繁殖のために発現する適応形質だとみなし,その進化をもたらした背景が議論されてきた.これら2つの生物学の側面を接近させることで,植物がいかに生産性を高め多様な自然環境に適応しているのかその分子メカニズムと適応的意義の両方を明らかにすることが可能になってきている.本稿では,数理モデルがこれら2つの側面の橋渡しとなることを,植物の開花と成長にかかわるトピックを紹介することで示したい.
毎年,秋になると森の木々は紅葉しわれわれの目を楽しませてくれる.視線を地面に落として森を歩くと,毎年決まって訪れる四季折々の変化に加えて,年とともに異なる森の様相にも気づかれるだろう.ある年の秋にはミズナラやコナラなどのドングリが大豊作で地面が大量の堅果で覆われている一方で,ほかの年にはいくら探してもドングリは見つからないことがある.これは,なり年や豊凶(あるいはマスティング)と呼ばれ,開花や結実の季節は固定されているが,その量が大きく年変動し森林全体で豊作と凶作のリズムが生まれることを指す(1, 2)1) D. Kelly: Trends Ecol. Evol., 9, 465 (1994).2) 田中 浩:個体群生態学会報,52, 15 (1995)..たとえば冷温帯のブナ林では2~7年に1回,ミズナラ林では2~3年に一度の豊作年が訪れるといわれてきた.こうした木の実の豊凶が,食物網を通じてツキノワグマやヒグマ,アカネズミといった哺乳類や,ブナヒメシンクイ・ナナスジナミシャクといった種子食性昆虫の集団にも大きな影響を与えることが知られている(3)3) 寺澤和彦,小山浩正:“ブナ林再生の応用生態学”,文一総合出版,2008..私たちの生活に身近なミカンやカキ,アボカドなどの果樹においても,果実のなり年と不なり年が交互に現れる隔年結果が頻繁に見られる.
植物がマスティングを示すのは,花や種子をほかの個体と同調して特定の年に大量生産することでより多くの子孫を残すことが可能になるからだと考えられている.大量生産の経済説(economy of scale)と呼ばれるこの仮説は,工場の製品生産からきたもので,一度の生産量が多いほどコストが節減し製品生産の効率が高まるというものである(1)1) D. Kelly: Trends Ecol. Evol., 9, 465 (1994)..マスティングにおいて究極要因にかかわるこの仮説に対応するものは,花や種子を大量生産することでそれらを餌とする捕食者を飽食させる効果があるとする飽食者飽食仮説や(4, 5)4) D. H. Janzen: Biotropica, 6, 69 (1974).5) J. W. Silvertown: Biol. J. Linn. Soc. (Lond.), 14, 235 (1980).,受粉効率が高まると考える受粉効率仮説であり(6)6) C. C. Smith, J. L. Hamrick & C. L. Kramer: Am. Nat., 136, 154 (1990).,これらをサポートする野外データは多く蓄積されている.しかし,花や種子量の豊凶がどのような仕組みで生じるのか,マスティングを示す種とそうでない種にはどこに違いがあるのかといった至近要因については,いまだによくわかっていない.近年,長年謎とされてきたマスティングの仕組みが,フィールドワークによる観察,数理モデルを用いた研究,そして遺伝子発現パターンの野外観測が組合わされた融合的アプローチによって解き明かされようとしている.
マスティングを引き起こす一つの要因は,開花・結実に影響を及ぼす気象条件の年変動であると考えられている.北海道のブナ林では,例年よりも暖かい春を経験することによって花芽形成が抑制される可能性や(3, 7)3) 寺澤和彦,小山浩正:“ブナ林再生の応用生態学”,文一総合出版,2008.7) H. Kon, T. Noda, K. Terazawa, H. Koyama & M. Yasaka: Can. J. Bot., 83, 1402 (2005).,アメリカ合衆国カリフォルニア州のバレーオークでは春の気温とその年の種子量が高く相関していること(8)8) W. D. Koenig, J. M. H. Knops, W. J. Carmen & I. Pearse: Ecology, 96, 184 (2015).,南半球のニュージーランドではブナ科を含んだ多様な植物種において,前年とその前の夏の気温差と種子量に高い相関があること(9)9) D. Kelly, A. Geldenhuis, A. James, E. P. Holland, M. J. Plank, R. E. Brockie, P. E. Cowan, G. A. Harper, W. G. Lee, M. J. Maitland et al.: Ecol. Lett., 16, 90 (2013).が報告されてきている.
こうした外的要因によってマスティングを説明する仮説に対して,植物体内の養分量という内的要因による制御を重視する仮説も提案されている.確かに,結実後は炭水化物や窒素資源が減少することや(10~12),大量の開花・結実は2年連続して生じることはほとんどないこと(13)13) V. L. Sork, J. Bramble & O. Sexton: Ecology, 74, 528 (1993).はこの仮説をサポートするものである.そして,資源収支モデルと呼ばれる数理モデルを用いた研究によっても,植物内の養分量の年間変動によってマスティングが生じることが示されている(14, 15)14) Y. Isagi, K. Sugimura, A. Sumida & H. Ito: J. Theor. Biol., 187, 231 (1997).15) A. Satake & Y. Iwasa: J. Theor. Biol., 203, 63 (2000)..資源収支モデルでは,植物は毎年養分を蓄積するが,それが閾値を超えると開花,結実し,繁殖のため資源が枯渇すると考える(図1図1■マスティングを説明する資源収支モデルの模式図).この繁殖後の資源枯渇によって繁殖量の年変動が生じることになる.また,開花から結実へ至る際に,ほかの樹木の開花量が十分であるときにのみ受粉が成功し結実するという花粉制限を考慮すると(図1図1■マスティングを説明する資源収支モデルの模式図),異なる植物個体間で繁殖リズムが引き込み合い,集団レベルで新しいリズムが生じることが予測される.資源収支モデルは,これまでにない見方をマスティング研究にもたらした.それは,温度などの外的環境が安定で,資源の稼ぎも毎年一定であったとしても,植物内の資源量は変動し繁殖量は自律的に変動するという考え方である.そしてそのリズムは,どれだけ繁殖に資源を投資するか,そして受粉に他個体からの花粉をどれだけ必要とするかに依存して,毎年開花から隔年周期の開花,そしてカオス的開花挙動といった多様性を見せる(16)16) 佐竹暁子:日本生態学会誌,57, 200 (2007)..つまり資源収支モデルでは,繁殖への資源投資と受粉様式を進化可能な形質だと捉えると,与えられた環境で進化する繁殖戦略を説明する問題にも応用できるのである(17)17) Y. Tachiki & Y. Iwasa: J. Ecol., 98, 1398 (2007)..
t年,t+2年,t+3年は非開花年,t+1年は開花年にあたる.開花・結実への資源投資量が大きいほど,連続して非開花年が生じるようになる.他個体から十分な花粉が提供された年に,花は受粉され結実する.この花粉を介した個体間相互作用によって,集団内の個体は類似した資源量変化を示すようになり,開花・結実の同調が誘発される.星印は開花を示す.
しかし,どういった栄養資源に花芽形成が制御されているのか,本当に栄養資源が植物内で年変動するのかについては未解明のままであった.その主な理由は,花芽形成のタイミングを把握するのが典型的なマスティング種である樹木では難しく,花芽形成と実際の開花時期には大きなタイムラグがあるため,どの時期の栄養資源量を観測するべきか明確な基準がなかったことだと考えられる.そこで私たちは,当モデルの妥当性を検討するために,花芽形成にかかわる遺伝子の発現量をマーカーとして長期間野外でモニタリングし,その変化と栄養資源量を分析することによって,花芽形成を制御する因子の特定を試みた.まず顕著なマスティングを示すブナにおいて,花成にかかわる主要な遺伝子であるFLOWERING LOCUS T (FT),LEAFY (LFY),そしてAPETALA1 (AP1)を同定し,各遺伝子がシロイヌナズナと同様に花成促進の機能をもつことをシロイヌナズナにブナ遺伝子を導入した形質転換体を用いて確認した.そして,ブナの分布北限にある北海道黒松内ブナ林と羊ヶ丘の植栽ブナを対象に,5年間にわたりこれらの遺伝子の発現量をモニタリングしたところ,発現が高い年と低い年が2年周期で生じ,それは実際に翌年の春に見られる開花率と高く相関することが示された(18)18) Y. Miyazaki, Y. Maruyama, Y. Chiba, M. J. Kobayashi, B. Joseph, K. K. Shimizu, K. Mochida, T. Hiura, H. Kon & A. Satake: Ecol. Lett., 17, 1299 (2014).(図2a,b図2■ブナ開花遺伝子の相対発現量変化と窒素との関係).このことは,日長など毎年決まった季節変化を見せる因子だけでは,遺伝子発現の年変動は説明できないことを意味している.枝における栄養資源量を測定した結果,FT遺伝子発現量と窒素資源量の間に高い相関が見いだされ,枝の窒素含量も2年周期の変動を見せることが明らかとなった.そこで,窒素施肥実験によって実際に花成が誘導されるか確認したところ,窒素量が十分であればどの遺伝子も顕著に発現が上昇し,その結果2年間連続で開花することが証明された(17)17) Y. Tachiki & Y. Iwasa: J. Ecol., 98, 1398 (2007).(図2c図2■ブナ開花遺伝子の相対発現量変化と窒素との関係).この結果は,花芽形成のオン・オフスイッチが窒素資源量の変動によって制御されることを示唆するものであり,資源収支モデルを出発点として,マスティングを生み出す原因因子の候補を絞ることができた.近年は豊凶様式が著しく変化していることが指摘され,多くは温暖化に起因すると考えられているが,本研究は人間活動に伴う窒素負荷の増大と豊凶の関連を示唆する新しい視点を提供するものだと考えている.
a: 青: FcFT,黒: FcLFY,赤: FcAP1の相対発現量変化.黒棒は開花率を示す.b: 7月のFcFT発現量と翌年の開花率との関係.c: 窒素施肥実験の結果.KM1–3とHG1–2は黒松内調査地の対象3個体と羊ヶ丘調査地の対象2個体をそれぞれ示す.
今後は同様のアプローチを,異なる環境に生息する個体群およびブナ以外の種へ応用し,個体群間・種間比較を行うこと,および窒素循環と気象要因の関係を詳しく分析し,本成果の一般化を検討していく必要がある.また,窒素資源の年変動が生じる仕組みは,年ごとに土壌からの供給量が変化するからなのか,それとも繁殖への資源投資による自律的な変動なのかは,今後明らかにされるべき課題である.さらに,本稿では日本のようにはっきりとした四季のある地域で見られる豊凶現象を紹介したが,マレー半島からスマトラ,ボルネオにかけての東南アジア島嶼部では温度,日長,降水量のいずれも明確な季節性を見せないにもかかわらず,数年間隔で生じる一斉開花・結実現象がフタバガキ林で観察されている(19, 20)19) 井上民二:“生命の宝庫・熱帯雨林”,NHKライブラリー,1998.20) 湯本貴和:“熱帯雨林”,岩波新書,1999..この熱帯で見られる一斉開花と温帯地域で観察されるマスティングを,同様のアプローチを用いて分析することで,マスティングや一斉開花種に特有なシグナル伝達経路や開花遺伝子間制御関係を見いだし,それらが獲得された進化的背景について議論することが可能になるだろう(21)21) 佐竹暁子,沼田真也,谷 尚樹,市栄智明:“一斉開花—多様な種が同調して刻む繁殖リズム”,新田 梢,陶山佳久編“生物リズムの生態学—時をはかる生物たちの多様性”,文一総合出版,2015..
植物が栄養成長から繁殖成長へと相転換する前には,個体として十分成長し子孫である種子に栄養を分配する準備を整えなくてはならない.この植物の成長を支える背後にある,巧みなデンプン管理の存在が近年の研究によってわかってきた.また,これまで示された実証データの断片を,デンプン代謝の概日時計制御モデルを用いて結びつけることで,新しい発見が得られてきた.本稿の後半では,このテーマについて簡単に紹介したい.
一度種子が発芽し定着すると移動することのない植物は,一日の周期で生じる昼夜の光環境変化や一年を通して生じる日長の連続的な変化に適切に応答し,成長する仕組みを発達させてきた.一日の中で生じる昼夜の光環境変化に対しては,光合成の可能な昼の間に生産された光合成産物の一部を,光合成のできない夜の蓄えとして分配することで夜間のエネルギー不足をしのいでいる.C3植物において夜の蓄えは,葉肉細胞内に蓄積された非水溶性のデンプン顆粒であり,それを分解することで呼吸や成長に必要なショ糖を昼夜問わず利用することができると考えられる.しかし,昼夜問わず成長するのは,それほど簡単ではない.デンプンを蓄え過ぎると,昼に利用できるショ糖が枯渇してしまうし,逆にデンプンの蓄えが少なすぎると,今度は夜間にショ糖が枯渇し成長が阻害されてしまう.また,蓄えられたデンプンを一定速度で分解するだけでは,夜の終わりにはショ糖は枯渇してしまう可能性がある.さらに,季節変化に伴う夜の長さの変化にも対応できるよう,デンプンの蓄えと分解の仕方を柔軟に変化させなくてはならない.このように,異なる日長条件においても昼夜にかかわらず成長するためには,デンプンの蓄積と分解が巧みに制御されほど良いバランスを生み出すころが必須であるが,この巧みなデンプン管理はどのようになされているのだろうか?
実証研究によって明らかとなっているシロイヌナズナの回答をまず紹介しよう.シロイヌナズナのデンプン量は,明期にはほぼ一定速度で増大し,暗期にはほぼ一定速度で減少する(22~24)(図3図3■典型的なデンプン量の日周変化).そして,夜の長い短日条件では,その蓄積速度は大きくなり,逆に夜間の減少速度は小さくなる(25~27)(図3図3■典型的なデンプン量の日周変化).その結果,日長にかかわらず夜の終わりには僅かではあるがデンプンが枯渇することなく残る.つまり夜が長くなると,短い昼の間に一所懸命デンプンを蓄え,それを少しずつ消費して長い夜をしのいでいるのである.この特性は,光強度やCO2濃度をさまざまに変えても共通して観察されるものである(28~30).シロイヌナズナの回答を要約すると,①デンプン量の昼間の増大と夜間の減少を一定速度で(ほぼ線形に)行う,②日長に応じて,デンプンの蓄積と消費速度を柔軟に変えて夜明けにほぼ同じ量のデンプンを残す,という2点である.
シロイヌナズナの回答の背後にあるデンプン制御の仕組みを説明するために,これまで異なる発想に基づいた2つの数理モデルが提案されてきた.一つ目のモデルは,夜間のデンプン利用を説明するもので,植物は日没時に自らがどれだけデンプンを蓄積したかを計測していること,そして概日時計によって夜の長さを正確に計測していること,を仮定している(31)31) A. Scialdone, S. T. Mugford, D. Feike, A. Skeffington, P. Borrill, A. Graf, A. M. Smith & M. Howard: eLife, 2, 300669 (2013)..本稿ではこれをデンプン計測モデルと呼ぶ.この仮定を用いると,日没時のデンプン量を夜の長さで割るだけで,適切なデンプン減少速度,つまり,どんな日長でも同じ量のデンプンが夜明けに残るような分解の仕方,を求めることができる.デンプン計測モデルでは,デンプン量と夜の長さのそれぞれを計測する仮想的な分子を想定し,それらの化学反応によって,日長に依存した適切なデンプン分解速度が決まると考えている.本モデルは,植物が割り算をすることを示した例として,驚きをもって迎えられた.また,その後デンプンの動態と詳細な時計遺伝子制御ネットワークを結びつけたモデルも提案されている(32)32) A. Pokhilko, A. Flis, R. Sulpice, M. Stitt & O. Ebenhöh: Mol. Biosyst., 10, 613 (2014)..
2つ目のモデルは,デンプン計測モデルとは異なり,植物の成長に直接利用されるショ糖に着目したものである(33~35).ここでは,それをショ糖計測モデルと呼ぶ.ショ糖計測モデルでは,葉肉細胞内のショ糖量とデンプン量の変化が,光合成産物の生成と代謝プロセスをもとに数式化されているため,デンプンとショ糖量変化の関係を直接捉えている.その結果,シロイヌナズナが示した回答の一つである,デンプン量変化に見られる線形性は,実はショ糖ホメオスタシス(ショ糖量が昼夜問わず常に一定量に維持される)と同値であることが示される.つまり,ショ糖の供給量が昼夜問わず常に一定であるときにデンプンは昼には線形に増加し,夜には線形に減少するのである.さらに,デンプン分解速度が概日時計の制御により一日の中で振動すること,そして概日時計の位相(針の位置)はショ糖量に応答して変化することでデンプン分解速度が日没に最小値,夜明けに最大値をとるように調節されていると考えると,ショ糖ホメオスタシスが成立し,それと同時にどのような日長でも夜明けにはデンプンが枯渇することなく残されることが示される.
デンプン計測モデルとショ糖計測モデルは,着眼点が大きく異なるものではあるが,デンプン分解速度の日周変化については,ほぼ同じ結果が得られた.夜の終わりに近づくほどデンプン分解速度は大きくならなければならないということである.しかし,その理由は2つのモデルで大きく異なっている.デンプン計測モデルでは,デンプン量変化に見られる線形性(つまりシロイヌナズナの回答①)を生み出すためであり,ショ糖計測モデルでは,むしろ昼夜にかかわらずショ糖供給を一定に保つためなのである.この違いは,2つのモデルの根本的な発想の相違を際立たせるものである.前者のモデルは,実証データで報告されたデンプン制御の仕組みを説明するためのものであるのに対して,後者のモデルはデンプン制御の仕組みだけではなく,植物が何を最適化(この場合にはショ糖ホメオスタシスの実現)するために特徴的なデンプン分解の日周性を発達させてきたのか,という適応的意義にかかわる問題についても答えようとするものである.また,2つのモデルは両者とも概日時計の関与を考慮したものであるが,その取り入れ方はシロイヌナズナの回答②に関して特に大きく異なっている.デンプン計測モデルは,概日時計によって夜の長さが計測されていると考え,その計測情報をもとに与えられた日長に適切なデンプン消費速度を計算できるという提案である.一方で,ショ糖計測モデルでは,概日時計の光リセットと類似の位相変化がショ糖刺激によっても起こり,デンプンの蓄積と消費速度が与えられた日長に合うよう時計の位相が調節されるという仕組みを提案している.
デンプン計測モデルとショ糖計測モデル,いずれが植物の実体に迫るものであるかを判断する材料は現段階では十分ではない.ここでは現状で報告されている実証データについて紹介し,今後何が求められるかを整理したい.まず,デンプン分解にかかわる概日時計の関与を示すデータは,これまで数多く報告されている.たとえば,シロイヌナズナを対象にした夜間長の操作実験によって,植物は夜明けがいつ訪れるかにかかわらず前日の夜明けからおよそ24時間後にデンプンを使い尽くすようにプログラムされていることが示されている(26)26) A. Graf, A. Schlereth, M. Stitt & A. M. Smith: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 9458 (2010)..また,約17時間に短縮された体内時計周期をもつcca1–lhy二重突然変異体は,12時間明/12時間暗の明暗サイクルではデンプン分解が速すぎて夜明け前にデンプンを使い果たしてしまうが,8.5時間明/8.5時間暗のサイクルでは炭素資源は枯渇することなく,適切に利用されることが報告されている(26)26) A. Graf, A. Schlereth, M. Stitt & A. M. Smith: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 9458 (2010)..これらの結果は,2つのモデルで仮定された概日時計によるデンプン分解の制御を強く示すものであるが,デンプン分解速度が夜明けにピークを迎えるような振動を実際にみせるのかどうかについてはわかっていない.デンプン分解速度の振動をもたらす実体解明については今後の課題である.
そのほか近年の研究によって明らかとなってきたことは,ショ糖による概日時計の制御である.光合成葉で生産されたショ糖の根への輸送が,地上部と地下部の体内時計の同期に関与している可能性(36)36) A. B. James, J. A. Monreal, G. A. Nimmo, C. L. Kelly, P. Herzyk, G. I. Jenkins & H. G. Nimmo: Science, 322, 1832 (2008).や,培地への糖投与によって多数の遺伝子の日周性リズムの位相変化や,中心的な時計遺伝子であるCIRCADIAN CLOCK ASSOCIATED 1 (CCA1),LATE ELONGATED HYPOCOYYL (LHY),TIMING OF CAB EXPRESSION 1 (TOC1)における振動の周期変化が生じることがこれまで指摘されてきている(37~39)37) O. E. Bläsing, Y. Gibon, M. Günther, M. Höhne, R. Morcuender, D. Osuna, O. Thimm, B. Usadel, W. R. Scheible & M. Stitt: Plant Cell, 17, 57 (2005).38) H. Knight, A. J. W. Thomson & H. G. McWatters: Plant Physiol., 148, 293 (2008).39) N. Dalchau, S. J. Baek, H. M. Briggs, F. C. Robertson, A. N. Dodd, M. J. Gardner, M. A. Stancombe, M. J. Haydon, G.-B. Stan, J. M. Gonçalves et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 5104 (2011)..また,これまで知られていた光刺激に加え,葉の気孔から与えられたショ糖パルス刺激に反応して,概日時計の位相が調整されることも明らかになった(40)40) M. J. Haydon, O. Mielczarek, F. C. Robertson, K. E. Hubbard & A. A. R. Webb: Nature, 502, 689 (2013)..概日時計の針が主観的な朝の時間帯にあるときには時計の針が進み,一方,概日時計の針が主観的な夜の時間帯にあるときには時計の針が遅れるのである(40)40) M. J. Haydon, O. Mielczarek, F. C. Robertson, K. E. Hubbard & A. A. R. Webb: Nature, 502, 689 (2013)..これは,概日時計がデンプン代謝を制御するという一方向的な関係ではなく,概日時計自体もデンプン代謝のアウトプットであるショ糖によって制御されるというフィードバック機構の存在を強く示唆するものである.これは,ショ糖計測モデルの発想と合致したものであり,今後はショ糖刺激に対する概日時計の位相応答の意義をショ糖ホメオスタシスおよび植物の最適成長の視点から説明することが課題である.デンプン計測モデルにおいては,デンプン量を計測する分子,夜の長さを計測する分子の実体を明らかにすることが求められている.
巧みにデンプン代謝を調節するメカニズムはいまだ謎に包まれている側面が多いが,近年得られた新しい知見と,これまで提案された数理モデルの仮定や予測を照合することによって,現状の数理モデルはより洗練され実証研究への洞察を与えるものに成長していくことが期待される.
本稿では,植物の環境応答のメカニズムとその適応的意義の両者を橋渡しする数理モデルの役割について強調してきた.環境応答の各プロセスにおいて応答を担う分子や制御関係に関する知識が毎年蓄積されている現在,各プロセスは子孫を残すためになぜ必要なのか,自然界でどういう役割を果たしているのか,という視点を導入することで,膨大な可能性から本質的な意味をもつ因子を絞り込むことや,一見関連のない因子間の結びつきを見いだすことが可能になるだろう.一方で,野外で見られる植物の多彩な環境応答力を見いだしその進化的背景を明らかにするとき,分子レベルの知見を取り入れることによって,形質の多様化の背後にある種を超えた共通なメカニズムをもとにした議論ができるようになる.動き回ることのできる動物である私たちとは異なる生活史をもつ植物は,予測をはるかに超えた豊かな環境応答力を示し,私たちを驚かせてくれる.今後,多角的視点をもって植物と向き合うことでどのような新しい驚きを得ることができるか,楽しみである.
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