Kagaku to Seibutsu 54(3): 223-225 (2016)
農芸化学@High School
植物内生放線菌に関する研究微生物農薬を目指して
Published: 2016-02-20
本研究は,日本農芸化学会2015年度大会(開催地:岡山大学)の「ジュニア農芸化学会」において発表され,銅賞を授与された.発表者は,「植物に内生する放線菌は,その植物に対して副作用の低い抗生物質を作っているのではないか」という発想から,副作用の低い抗生物質を産生する植物内生放線菌の取得を目指した研究に着手した.得られた結果は非常に興味深いものとなっている.
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2016 公益社団法人日本農芸化学会
放線菌は主に土壌中や植物中などに生息し,さまざまな抗生物質を生産することが知られている.抗生物質は医薬や農薬として実用化されているが,副作用を及ぼすものが少なくないのが課題といえる.そこで,植物に内生する放線菌であれば,その植物に対して副作用の低い抗生物質を作っているのではないかと考え,植物に優しい農薬を開発することを最終目標として研究に着手した.本研究では,植物病原菌を単離し,その病原菌に対して抗真菌性物質を生産する植物内生放線菌を取得する条件を見いだすことを目的とした.
実験材料として,地元農家から提供された3種の野菜(長ネギ,小松菜,ゴボウ)を用いた.長ネギは葉,茎,根の3つの部位に,小松菜は葉と茎の2つの部位に分け,ゴボウは根全体を一つの試料とした.各植物試料を7%次亜塩素酸ナトリウム水溶液に浸漬して表面殺菌を行った.殺菌時間は1分,3分,5分とした.表面殺菌後各試料をすりつぶしてHV培地に置き,9日間 28°Cで培養した後,出現したコロニー数を数えた.
実験1で出現したコロニーをSY寒天培地に釣菌し,9日間28°Cで培養した.グラム染色および顕微鏡観察を行い,大腸菌(グラム陰性菌)や既知の放線菌株などと比較して,放線菌株の選別を行った.
炭疽病に罹患した小松菜および黒斑病に罹患した長ネギから,顕微鏡観察で病原糸状菌と思われる菌糸をかき取りPDA培地に塗り広げる方法(かき取り方式)と,罹患部位を切り取りPDA培地に直接置く方法の2種の方法で病原菌の単離を試みた.なお,病名の診断は,埼玉県農林総合研究センターおよび農業従事者にお願いした.
種子から育てた小松菜に実験3で得た炭疽菌候補株を接種し,病斑が再現されるかどうかを4種の方法で確かめた.方法1:水道水に炭疽菌候補株を溶かした処理水を小松菜の種子に与えて温室で生育させる.方法2:温室で発芽した小松菜の葉に炭疽菌候補菌株を塗布する.方法3:小松菜の葉に炭疽菌候補株を塗布して水道水で湿らせた脱脂綿上に置く.方法4:脱脂綿上に小松菜の葉を置き,炭疽菌候補株を溶かした処理水を直接葉に与える.
小松菜の葉では,殺菌時間1分でコロニー数が34, 3分の場合は24, 5分の場合は19となり,表面に付着しているバクテリアやカビの殺菌時間が長くなるほど,内生菌のコロニー数が減少した.同様に長ネギの葉でも,殺菌時間1分でコロニー数が6であったのに対し,3分でゼロ,5分で2となった.一方,小松菜の茎,長ネギの茎,根およびゴボウの根の場合は,いずれの殺菌時間においてもコロニーは出現しなかった.内生菌の培養には,糸状菌や放線菌以外のバクテリアを殺菌できる放線菌の選択分離培地として知られているHV培地を使用しており,得られたコロニーの多くは放線菌である可能性が高いと考えた.そこで,植物に内生する放線菌を効率よく得るためには,表面殺菌時間1分が最適であると判断した.また,植物の部位としては,葉に局在していることが示唆された.これは土壌中に存在している放線菌が水とともに道管を流れ,最終的に葉に蓄積された結果と推定しており,現在文献調査中である.
実験1で得られた合計85個のコロニーを個別に培養した.理化学研究所の植木雅志先生からの助言に基づく目視の結果から,最終的に小松菜の葉から放線菌と思われる14菌株を選別した(図1a図1■小松菜から単離・選別した放線菌株).この14菌株について顕微鏡観察とグラム染色(図1b図1■小松菜から単離・選別した放線菌株)を行い,大腸菌(グラム陰性菌)や既知の放線菌株,カビと比較検討したところ,12菌株が内生放線菌株である可能性の高いことがわかった.以上より,植物に内生する放線菌を採取し単離できることが明らかとなった.
単離した植物内生放線菌から,植物病原菌に対する抗真菌物質を生産する菌株を選別するためには,実験に使用する植物病原菌の取得が必要である.そこで,炭疽病に罹患した小松菜と黒斑病に罹患した長ネギから病原菌の単離を試みたところ,かき取り方式では,小松菜では病原菌のコロニーは形成されず,長ネギの場合は形成されたコロニー数は1コロニーであった.一方,罹患部位を切り取りPDA培地に直接置いて培養する方法では,小松菜,長ネギともに2コロニーの形成を認め,かき取り方式よりも有効であることがわかった(図2図2■炭疽病罹患小松菜および黒斑病罹患長ネギから単離した植物病原菌株).これは,培地に付着する菌数がかき取り方式より多いためと考えている.この結果は1回の実験の結果であり,今後,再現性実験を実施する必要がある.
小松菜から得た炭疽菌候補株を種子から育てた小松菜に接種し,病斑が再現されるかどうかを調べた.方法1および2では,実験開始から20日経っても葉に異常は認められなかった.方法3および4では,実験開始から7日後に葉に黒い点が現れ,炭疽病の初期症状と類似していた(図3図3■炭疽病罹患小松菜から単離した炭疽菌候補株による小松菜炭疽病再現実験).このことから実験に供した菌株が炭疽菌株である可能性が示唆された.今後,その可能性を高めるため,方法3および4で新たに得た罹患部位から炭疽病候補株を取り出して新たに接種し同様の初期症状が現れるかを確認することで,植物病原菌を同定していきたい.
本研究は,「植物に内生する放線菌は,その植物に対して副作用の低い抗生物質を作っているのではないか」という着眼点のすばらしい発想に立脚し,植物に優しい農薬を開発することを最終目標とするたいへん興味深いテーマである.現時点では,植物内生放線菌の単離・同定方法を確立した一方で,植物病原菌の同定方法については実験半ばであるが,今後,植物病原菌の有効な単離・同定方法が確立できれば,植物病原菌に対して阻害活性を示す物質を生産する植物内生放線菌を発見する可能性があろう.微生物農薬が現実となれば社会に大きく寄与しうる本研究の今後ますますの発展を期待したい.
(文責「化学と生物」編集委員)