巻頭言

新「農芸化学科」の復活にあたり

Kouhei Ohnishi

大西 浩平

高知大学総合研究センター

Published: 2016-03-20

巻頭言を書くにあたり,過去の号を振り返ってみた.「なるほど」と感心し「そうだったのか」と納得する読み応えのある記事ばかりで,私には任が重いと改めて感じさせられた.私はもともと理学部生物学科の出身であり,大学院,海外でのポスドクなど10年以上,微生物分子遺伝学を専門とする基礎生物学の研究を行ってきた.農芸化学の世界に足を踏み入れたのは,帰国後,海洋バイオテクノロジー研究所に就職して以降であり,現職である高知大学遺伝子実験施設に赴任後は,農学(農芸化学と植物防護)の教育研究を主としている.

農芸化学の分野では経験の浅い私が,巻頭言を書くにいたったのは,現在中四国支部の支部長を務めているためであると思われる.中四国支部は2016年に創立15周年を迎える若い支部であり,構成する9県の持ち回りで2年ごとに支部業務を行うことになっている.会員数や都市の規模から,全国大会は広島か岡山の開催に限られるが,支部運営を各県が経験できることは,支部活動の活性化に非常に役立っており,支部設立時の英断に敬意を表したい.私が高知大学に赴任したのが2000年であり,中四国支部が設立されたのが2001年であるため,中四国支部設立も他人事であったと記憶している.2015~2016年度は高知県が担当しており,諸事情によりそんな私が支部長の任にあるのは不思議なものである.

さて,前置きが長くなったが,私の所属する高知大学では2016年度から農学部は農林海洋科学部にリニューアルされる.それに伴い1学部1学科から1学部3学科になる.学部名からわかるとおり,目玉となる学科は海洋資源科学科であるが,農芸化学科もひっそりと復活することになった.「農芸化学科」の復活については,最近の巻頭言でも2014年52巻5号に稲垣賢二先生が「各大学で改組を検討の際には,「農芸化学科」の設置を検討していただきたい」,52巻8号には横田明穂先生が「明治の先駆者が果敢に創造したこの分野名(農芸化学)を学科名として取り戻すことは可能だろうか」と書かれておられる.改組に伴い,海洋系・フィールド系に加え,旧農芸化学系も学科を作ることは早い段階で決まっていた.ほかの大学と同様,「農芸化学科」「生物資源科学科」「農学科生命化学コース・食料科学コース」と変遷してきた学科名をどうするかという議論の中で「農芸化学で良いのでは」という意見があり,原点回帰の意味も込めて構成メンバーの意思が統一された.ただし,どうしても「農芸化学科」を復活させたいという意識は構成メンバーの間でそれほど強くなかったというのが,私の個人的な印象である.

その後,何度か消滅の危機を乗り越えながら最終的には国立大学として唯一の「農芸化学科」が復活することになった.私が学生の頃,学部学科を選ぶ際にぼんやりと意識し憧れていた「農芸化学科」(結局は理学部を選んだが)と新「農芸化学科」は根底にある「生命・食・環境」の理念は共通しているが,その内容はかなり変質しているのではないだろうか.今後も科学技術全体の進歩の中で,「農芸化学」の内容は進化していくことが予想される.極めて守備範囲の広い農芸化学全体を語るには私自身はまだ力不足であるが,専門である微生物学を通して新「農芸化学」の普及と発展に貢献していきたい.また,これを機に多くの「農芸化学科」が復活することを期待している.