Kagaku to Seibutsu 54(4): 228-230 (2016)
今日の話題
ヒドラジン類縁化合物の微生物代謝明らかとなった新規分解機構
Published: 2016-03-20
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2016 公益社団法人日本農芸化学会
ヒドラジン(H2N–NH2)とその誘導体は,有機合成化学の分野において,還元剤や求核剤などとして利用される工業的に重要な化合物群である.ヒドラジン誘導体のうち,ヒドラジンがカルボン酸と脱水縮合した構造(R1C(=O)–N(R2)–NR3R4)をもつものをヒドラジドと呼び,反応性の高い未修飾の–NH2基がカルボニル基と反応し生成する化合物(R1R2C=N–NR3R4)をヒドラゾンと呼ぶ.これらは,抗結核薬のイソニアジドや,植物成長調整剤のマレイン酸ヒドラジドに代表されるように,医薬品,農薬,塗料,接着剤やその原料として,人々の生活に密着した分野で利用されている.一方,自然界には生物に由来する天然のヒドラジン類縁体も存在する(1)1) L. M. Blair & J. Sperry: J. Nat. Prod., 76, 794 (2013)..たとえば,食用のマッシュルームであるAgaricus bisporusは,アガリチンというヒドラジドを子実体に蓄える.シャグマアミガサタケ(Gyromitra esculenta)は,ギロミトリンというヒドラゾンを毒素として蓄積しており,適切な調理方法を採らずに食べれば深刻な食中毒を引き起こす.
産業的・学術的な重要性にかかわらず,ヒドラジン誘導体の代謝経路はほとんど解明されていない.過去の文献において,A. bisporusやブタ腎臓のγ-グルタミルトランスフェラーゼがアガリチンの加水分解活性を有することが示されているほか(2, 3)2) H. J. Gigliotti & B. Levenberg: J. Biol. Chem., 239, 2274 (1964).3) A. E. Ross, D. L. Nagel & B. Toth: Food Chem. Toxicol., 20, 903 (1982).,結核菌と近縁の病原菌Mycobacterium aviumが,イソニアジドを加水分解する酵素(ヒドラジダーゼ)を産生するという報告がある(4)4) I. Toida: Am. Rev. Respir. Dis., 85, 720 (1962)..また,ブタ脳下垂体のぺプチジルグリシンヒドロキシラーゼや,ラット肝臓のグルタミントランスアミナーゼが,ある種のヒドラゾンに作用するとの報告があるが(5, 6)5) A. F. Bradbury & D. G. Smyth: Eur. J. Biochem., 169, 579 (1987).6) A. J. L. Cooper & A. Meister: J. Biol. Chem., 248, 8489 (1973).,これらの反応が生理的意義を有するとは考えにくい.筆者らは最近,微生物によるC=N二重結合の形成・分解機構の研究に取り組む過程で,いくつかのヒドラジン類縁体の資化菌およびそれらが産生する新規分解酵素を発見した.本稿では,これらの酵素に関する研究成果について,概説したい.
当時,微生物のスクリーニングに適したヒドラゾン試薬はほとんど流通していなかったため,いくつかの化合物を自前で有機合成した.adipic acid bis (ethylidene hydrazide) (AEH) (図1A図1■A. 本研究で基質として用いたヒドラジン類縁化合物.矢印は酵素による切断部位を示す.B. Hdhとヒドラジダーゼによる,ヒドラゾン/ヒドラジドの分解様式)を基質として,土壌からのヒドラゾン資化菌の探索を行ったところ,本化合物を単一炭素源として生育可能な酵母Candida palmioleophila MK883が得られた(7)7) H. Itoh, T. Suzuta, T. Hoshino & N. Takaya: J. Biol. Chem., 283, 5790 (2008)..本菌からのAEH分解酵素の精製と同定に取り組んだ結果,NAD(P)+依存的なヒドラゾンの酸化的加水分解(図1B図1■A. 本研究で基質として用いたヒドラジン類縁化合物.矢印は酵素による切断部位を示す.B. Hdhとヒドラジダーゼによる,ヒドラゾン/ヒドラジドの分解様式)を触媒する新規酵素ヒドラゾンデヒドロゲナーゼ(Hdh)を発見した.化学的には,–CH=N–構造を有するヒドラゾンはヒドラジン(またはその誘導体)とアルデヒドに加水分解しうるが,生物はより複雑な酸化的分解経路を利用する点は興味深い.一般に,アルデヒドは細胞毒性が極めて高いことから,微生物はその生成を避けるような分解経路を利用するのかもしれない.酵素のアミノ酸配列から,Hdhはアルデヒドデヒドロゲナーゼ(Aldh)スーパーファミリーに属することが判明した.そこで,Hdhとパン酵母Saccharomyces cerevisiae由来のAldh(Ald4p)の基質特異性の検討を行った結果,驚くべきことに,HdhがAldh反応と同様のアルデヒド酸化活性を示すこと,および,Ald4pにもヒドラゾン分解活性があることが判明した.これらの結果は,AldhスーパーファミリーのHdhとしての新規機能を明らかにするとともに,潜在的に多くの糸状菌・酵母がヒドラゾンの分解経路を有することを意味している.
その後,筆者らは,細菌にも独自のヒドラゾン分解酵素があることを突き止めた(8)8) K. Taniyama, H. Itoh, A. Takuwa, Y. Sasaki, S. Yajima, M. Toyofuku, N. Nomura & N. Takaya: J. Bacteriol., 194, 1447 (2012)..緑膿菌Pseudomonas aeruginosa PAO1は,MK883株と同様,AEHを単一炭素源として生育可能であり,細胞内にAEH分解酵素を産生した.本酵素は,これまで機能がほとんど未解明であったgroup X Aldhファミリーに属する新規なHdh (HdhA)であることが明らかとなった.PAO1株のHdh活性は,培地へのAEHの添加により誘導され,グルコースの添加により抑制された.また,hdhA遺伝子の遺伝子破壊株は,AEHを単一炭素源とした培地での生育が遅く,それは,同じくGroup X Aldhファミリーに属するexaCを同時に破壊することでより顕著となった.これらのことから,HdhAとExaCがHdhとしての生理的役割をもつことが明らかとなった.さらに,Escherichia coli, Paracoccus denitrificans, Ochrobactrum anthropiなどのほかの細菌のgroup X AldhにもHdh活性が認められ,発見した機能の普遍性が示された.
ヒドラゾンの酸化的加水分解は,C=N結合の炭素原子上の水素原子の引き抜きから始まると考えられる(7, 8)7) H. Itoh, T. Suzuta, T. Hoshino & N. Takaya: J. Biol. Chem., 283, 5790 (2008).8) K. Taniyama, H. Itoh, A. Takuwa, Y. Sasaki, S. Yajima, M. Toyofuku, N. Nomura & N. Takaya: J. Bacteriol., 194, 1447 (2012)..では,もし,本炭素原子上の水素が置換基に置き換えられていた場合,微生物はどのようにヒドラゾンを分解・利用するのだろうか? われわれは,新たに合成した基質4-hydroxybenzoic acid 1-phenylethylidene hydrazide (HBPH) (図1A図1■A. 本研究で基質として用いたヒドラジン類縁化合物.矢印は酵素による切断部位を示す.B. Hdhとヒドラジダーゼによる,ヒドラゾン/ヒドラジドの分解様式)を資化する微生物のスクリーニングを行い,HBPH資化菌Microbacterium sp. HM58-2株を単離することに成功した(9)9) K. Oinuma, A. Takuwa, K. Taniyama, Y. Doi & N. Takaya: J. Bacteriol., 197, 1115 (2015)..本菌の無細胞抽出液からHBPH分解酵素を精製した結果,期待に反してヒドラゾン結合の分解酵素は得られず,代わりにHBPHが有するヒドラジドの–C(=O)–NH–結合の加水分解(図1B図1■A. 本研究で基質として用いたヒドラジン類縁化合物.矢印は酵素による切断部位を示す.B. Hdhとヒドラジダーゼによる,ヒドラゾン/ヒドラジドの分解様式)を触媒する新規酵素ヒドラジダーゼ(HydA)を発見した.本酵素のアミノ酸配列はamidase signature (AS)ファミリーとしての特徴を有しており,Bradyrhizobium japonicum由来のインドールアセトアミドヒドロラーゼと31%の一致を示した.分子系統解析の結果,幅広い細菌に分布する一群の機能未知タンパク質が,HydAと共にASファミリーの進化系統樹上に新規なクラスターを形成することが示された.これらの結果は,ASファミリーのヒドラジダーゼとしての新規機能を明らかにするとともに,自然界におけるヒドラジド代謝経路の幅広い分布を示唆している.
上述の一連の研究により,いくつかのヒドラジン類縁化合物の代謝機構の存在が明らかとなった.もしかすると,自然界では,ヒドラジン類縁体はこれまで考えられていたよりもずっとありふれた存在であり,それらの代謝経路は多様な微生物種に普遍的に分布しているのかもしれない.今後は,ヒドラジン類縁体の代謝にかかわる新規酵素の探索を継続するとともに,発見した酵素を産業廃水処理,食品加工,物質生産などに役立てる方法の開発にも取り組んでいきたい.
Reference
1) L. M. Blair & J. Sperry: J. Nat. Prod., 76, 794 (2013).
2) H. J. Gigliotti & B. Levenberg: J. Biol. Chem., 239, 2274 (1964).
3) A. E. Ross, D. L. Nagel & B. Toth: Food Chem. Toxicol., 20, 903 (1982).
4) I. Toida: Am. Rev. Respir. Dis., 85, 720 (1962).
5) A. F. Bradbury & D. G. Smyth: Eur. J. Biochem., 169, 579 (1987).
6) A. J. L. Cooper & A. Meister: J. Biol. Chem., 248, 8489 (1973).
7) H. Itoh, T. Suzuta, T. Hoshino & N. Takaya: J. Biol. Chem., 283, 5790 (2008).
9) K. Oinuma, A. Takuwa, K. Taniyama, Y. Doi & N. Takaya: J. Bacteriol., 197, 1115 (2015).