Kagaku to Seibutsu 54(4): 231-232 (2016)
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プロテオグリカン糖鎖を構造特異的に検出するヘテロバイファンクショナルクロスリンカーの応用
Published: 2016-03-20
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
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プロテオグリカンは,1本または複数のグリコサミノグリカンと呼ばれる糖鎖がコアタンパク質に共有結合した,線虫から哺乳類まで広く見られる分子で,生体内では細胞表面や細胞外マトリクスに分布している(1)1) R. V. Iozzo & L. Schaefer: Matrix Biol., 42, 11 (2015)..プロテオグリカンに独自の機能をもたらすグリコサミノグリカンは,アミノ糖誘導体とウロン酸あるいはガラクトースの二糖を構成単位として,その繰り返し配列が100残基にも及ぶ直鎖状多糖体である.グリコサミノグリカンは,繰り返し二糖単位の種類により,ヒアルロン酸,コンドロイチン硫酸,デルマタン硫酸,ヘパラン硫酸,ヘパリン,ケラタン硫酸に分類される.これらのうち,ヒアルロン酸以外のものはすべて高度に硫酸化修飾を受けており,硫酸基の含量や修飾位置の違いがさまざまな生物学的機能に対応していることが知られている(2)2) N. Afratis, C. Gialeli, D. Nikitovic, T. Tsegenidis, E. Karousou, A. D. Theocharis, M. S. Pavão, G. N. Tzanakakis & N. K. Karamanos: FEBS J., 279, 1177 (2012)..たとえば,動物細胞に普遍的に存在するヘパラン硫酸に見られる多様な硫酸化パターンは,複数種の硫酸基転移酵素による分子内への硫酸基の導入と脱硫酸化酵素の作用によって形成される.これら酵素群の発現は,細胞外の環境の変化に応じて制御され,結果として生み出された特定の硫酸化パターンを有する糖鎖構造は細胞の機能を変化させ,ひいては器官や組織における生理作用の調節に重要な役割を果たしていると考えられている(3)3) S. Sarrazin, W. C. Lamanna & J. D. Esko: Cold Spring Harb. Perspect. Biol., 3, a004952 (2011)..
こうした硫酸化糖鎖による生体機能調節の詳細を明らかにするためには,特有の硫酸化パターンを有する糖鎖構造の局在と生理機能との間の相関を検討する必要があるが,硫酸化糖鎖は抗原性に乏しいことから抗体の作製が困難であり,既存の抗体を利用した免疫染色法による可視化は非常に限定的な手法となってしまう.さらに,現在市販されている抗コンドロイチン硫酸抗体や抗ヘパラン硫酸抗体などの糖鎖抗原に対する抗体が認識するエピトープは,バリエーションに富んだ硫酸化パターンの中で糖鎖構造の微細な変化を検出することには不向きである.
そこで筆者らはより厳密に規定された特定硫酸化構造を特異的に識別する分子プローブの収得を目指し,グリコサミノグリカンの一種であるヘパリンを標的として,ファージディスプレイ法を用いたペプチドプローブの創出を試み,12残基のアミノ酸からなるHappY(Heparin-associated peptide Y)ペプチドを報告した(4)4) T. Yabe, R. Hosoda-Yabe, Y. Kanamaru & M. Kiso: J. Biol. Chem., 286, 12397 (2011)..アンチトロンビン結合性ヘパリンを標的として得られたHappYペプチドは,そのアミノ酸配列[RTRGSTREFRTG]の中の1, 3, 7番目のアルギニン残基が糖鎖構造内の硫酸基と特異的に相互作用することにより,厳密に硫酸化パターンを識別するプローブとして利用可能であることが示されている.しかしながら,組織中の糖鎖構造の変化を直接的に可視化するには,ペプチド–糖鎖間の結合力の弱さを補い,プローブが構造特異的に結合した糖鎖から解離しないようにする工夫が必要であった.
タンパク質同士の相互作用を解析する際,架橋試薬を利用した化学的修飾法(クロスリンキング法)が利用されることがある.この方法は,生体内で起こる一時的な分子間相互作用を解析できる点が特徴であり,これはまさにペプチドプローブがグリコサミノグリカンと相互作用しているその瞬間を捉えることに応用可能であると筆者らは考えた.現在,クロスリンキング法のための架橋試薬が多数市販されているが,これらは光照射によりニトレンやカルベンといった非常に反応性の高い化学的活性種となり,近傍のアミノ酸や糖質と架橋を形成する.このような光アフィニティー標識部位と第1級アミンやSH基と反応する部位,さらに検出時に利用するためのビオチンをそれぞれスペーサーで連結した分子(ヘテロバイファンクショナルクロスリンカー)を用いて,筆者らはHappYペプチドによるヘパリンの検出を試みた(5)5) T. Yabe, R. Hosoda-Yabe, H. Sakai, Y. Kanamaru & M. Kiso: Anal. Biochem., 472, 1 (2015)..まず,光架橋試薬「Mts-Atf-LC-Biotin(Thermo Fisher Scientific)」(図1図1■光架橋試薬「Mts-Atf-LC-Biotin (methanethiosulfonate-azidotetrafluoro-long-chain-biotin)」の構造)とC末端にシステイン残基を付加したHappYペプチドを反応させ,システインのSH基に反応性のあるメタンチオスルフォネート(Mts)基がHappYペプチドのシステイン残基とS–S結合を形成するようにし,HappY-Atf-LC-Biotin(HappYプローブ)を作製した.このプローブを用いて,組織内のヘパリンと構造特異的な結合を形成させた後,引き続きこの状態でUV(365 nm)を照射すると,アジドテトラフルオロ(Atf)基が光反応によりニトレンを生じてプローブが結合しているヘパリンと架橋し,その結果HappYプローブとヘパリンが共有結合した状態になる.最後にビオチンを標的として検出することにより,ヘパリンの生体内局在を可視化することに成功した(図2図2■光架橋剤と構造特異的結合プローブを用いた細胞表面のグリコサミノグリカンの検出).これにより筆者らは,ネコやイヌの皮膚の結合組織に存在する正常肥満細胞が有するヘパリンと,腫瘍化した肥満細胞が有するヘパリンの構造が異なることを発見し,臨床獣医師の診断において良性と悪性の判断が非常に困難な肥満細胞腫の簡易的診断の一助となることを示した(5)5) T. Yabe, R. Hosoda-Yabe, H. Sakai, Y. Kanamaru & M. Kiso: Anal. Biochem., 472, 1 (2015)..
筆者らの開発した検出法が今後の生物学研究におおいに貢献するためには,さらに多くのプロテオグリカン糖鎖を構造特異的に認識するプローブが必要である.この新規検出法の開発が硫酸化糖鎖構造特異的プローブの今後のさらなる開発を触発し,組織内のグリコサミノグリカン構造の時期・部位特異的変化を容易に可視化できるようになることで,さまざまな生理機能をもたらすプロテオグリカンの作用機序が解き明かされるようになることを期待する.
Reference
1) R. V. Iozzo & L. Schaefer: Matrix Biol., 42, 11 (2015).
3) S. Sarrazin, W. C. Lamanna & J. D. Esko: Cold Spring Harb. Perspect. Biol., 3, a004952 (2011).
4) T. Yabe, R. Hosoda-Yabe, Y. Kanamaru & M. Kiso: J. Biol. Chem., 286, 12397 (2011).
5) T. Yabe, R. Hosoda-Yabe, H. Sakai, Y. Kanamaru & M. Kiso: Anal. Biochem., 472, 1 (2015).