今日の話題

微生物との共生における宿主植物のセキュリティシステム微生物に対する防御応答と共生応答を起動する植物受容体

Tomomi Nakagawa

中川 知己

名古屋大学大学院理学研究科

Published: 2016-03-20

自然界で植物は,巧妙な手段を日々進化させて侵入を試みる膨大な種類の病原菌の脅威にさらされており,自己の細胞死も含めた高度で複雑な防御機構により徹底的にこれらを排除して生き抜いている.その一方で植物が微生物を組織内,さらには細胞内に積極的に受け入れて相利共生を営む例が知られている.マメ科の植物は,根に根粒菌と呼ばれる土壌細菌を感染させることで(図1A図1■CERK1は防御応答と共生応答の両方を制御する),窒素栄養の乏しい土壌でも生育できる.また糸状菌であるアーバスキュラー菌根菌(以下AM菌)は植物の根に感染して(図1B図1■CERK1は防御応答と共生応答の両方を制御する),土壌中から菌糸を使って集めたリン酸などの無機養分を植物に提供する.AM菌共生と根粒菌共生の様式は全く異なるが,一部の遺伝子群がどちらの共生にも必須である.マメ科植物にほぼ限定されている根粒菌共生は,マメ科を含む多くの陸上植物で成立するAM菌共生のメカニズムを土台にして確立されたと考えられている.(1)1) M. Parniske et al.: Nat. Rev. Microbiol., 6, 763 (2008).

図1■CERK1は防御応答と共生応答の両方を制御する

(A)ミヤコグサの根に形成された根粒(矢印).(B)イネの根に感染したAM菌(小八重善裕博士提供).矢印は菌糸,矢頭は共生器官である樹枝状体を示す.(C)根粒菌共生では,Nodファクターを,受容体キナーゼであるNFR1とNFR5が受容する(NFR5のキナーゼは活性がない).AM菌共生においては,NFR1のオルソログであるCERK1がAM菌からMycファクターを受容して共生応答を起動すると推測される.一方でCERK1は病原菌の細胞壁成分を認識して防御応答を起動することが知られている.CERK1はキチン認識時には細胞内ドメインをもたないCEBiPと複合体を形成するが,共生リガンド認識時については明らかではない.

根粒菌共生とAM菌共生のどちらにおいても,巧妙な戦略を駆使して侵入しようとする多様な病原菌を排除しながら共生菌のみを受け入れなければならない.根粒菌共生では,根粒菌が分泌するシグナル分子Nodファクターが身分証明の役割を担っており,植物の共生応答を起動する鍵になっている(図1C図1■CERK1は防御応答と共生応答の両方を制御する).Nodファクターはキチンを基本構造としており,非還元末端に脂肪酸が付加されているが,面白いことにキチン自体は糸状菌の細胞壁成分として植物に防御応答を誘導する強い活性がある(図1C図1■CERK1は防御応答と共生応答の両方を制御する).またシロイヌナズナから初めて同定されたキチン受容体であるAtCERK1(2)2) A. Miya, P. Albert, T. Shinya, Y. Desaki, K. Ichimura, K. Shirasu, Y. Narusaka, N. Kawakami, H. Kaku & N. Shibuya: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 104, 19613 (2007).は,すでにマメ科植物で同定されていたNodファクター受容体であるNFR1(3)3) S. Radutoiu, L. H. Madsen, E. B. Madsen, H. H. Felle, Y. Umehara, M. Grønlund, S. Sato, Y. Nakamura, S. Tabata, N. Sandal et al.: Nature, 425, 585 (2003).と非常に近縁のオルソログである.つまりキチン防御応答とNodファクターによる根粒菌共生プログラムは,リガンドと受容体の両方が類似したシステムに起動されて,微生物の排除と受容という全く逆の結果をもたらす(図1C図1■CERK1は防御応答と共生応答の両方を制御する).

AtCERK1およびNFR1は共に受容体型キナーゼであり,キナーゼドメインは特に高い相同性を示す.また,それぞれの細胞内キナーゼの活性がキチン防御応答の起動や根粒菌共生の開始に必須である.われわれは以前に,NFR1はNodファクター受容時に一過的な防御応答を引き起こす一方でAtCERK1の細胞内ドメインには根粒菌共生を誘導する活性がないことや,マメ科植物のNFR1に保存されている3アミノ酸のYAQ配列を付与するとAtCERK1のキナーゼに共生能力を付与できることを明らかにしていた(4, 5)4) T. Nakagawa, H. Kaku, Y. Shimoda, A. Sugiyama, M. Shimamura, K. Takanashi, K. Yazaki, T. Aoki, N. Shibuya & H. Kouchi: Plant J., 65, 169 (2011).5) 中川知己:化学と生物,49, 660 (2011)..キチン防御応答は被子植物で広く観察されることから,NFR1は祖先のCERK1遺伝子から進化した可能性が高い.しかし,なぜ正反対の機能をもつCERK1とNFR1がこれほど近縁な関係にあるのかは不明であった.最近になってわれわれは,イネを含む多くの非マメ科CERK1ホモログのキナーゼドメインにはYAQ配列が存在しており,実際にマメ科植物で根粒菌共生プログラムを起動する能力があることを発見した(6)6) K. Miyata, T. Kozaki, Y. Kouzai, K. Ozawa, K. Ishii, E. Asamizu, Y. Okabe, Y. Umehara, A. Miyamoto, Y. Kobae et al.: Plant Cell Physiol., 55, 1864 (2014)..つまりシロイヌナズナのAtCERK1が共生能力をもたない例外であった.さらにイネのOsCERK1を欠失したoscerk1変異体は,AM菌の感染が根の表層で停止していた(6)6) K. Miyata, T. Kozaki, Y. Kouzai, K. Ozawa, K. Ishii, E. Asamizu, Y. Okabe, Y. Umehara, A. Miyamoto, Y. Kobae et al.: Plant Cell Physiol., 55, 1864 (2014)..このoscerk1変異体はキチン防御応答も完全に停止してしまう(7)7) Y. Kouzai, S. Mochizuki, K. Nakajima, Y. Desaki, M. Hayafune, H. Miyazaki, N. Yokotani, K. Ozawa, E. Minami, H. Kaku et al.: Mol. Plant Microbe Interact., 27, 975 (2014)..したがって,OsCERK1は防御応答とAM菌の受容の両方を担っていることが明らかとなった.ほかの非マメ科CERK1ホモログも同様に防御と共生の2つの機能をそれぞれの植物で担っていると思われるが(図1C図1■CERK1は防御応答と共生応答の両方を制御する),シロイヌナズナに関してはAM菌共生を破棄したアブラナ科に属しており,CERK1が防御応答のみを起動するような特殊な分子に進化したと推測される.

AM菌共生は最初の陸上植物であるコケ植物で成立したとされる.コケ植物を含む多くの非マメ科植物でCERK1は,単一または非常に少数のコピー数で維持されており,上述のYAQモチーフを保持している.またコケ植物でもキチン防御応答が観察されることから,CERK1は防御と共生という正反対の二重機能を,最初のAM菌共生成立時から維持しているのかもしれない.陸上植物は4億年以上の長い進化の過程で,多くの遺伝子を重複・機能分化させながら多様な能力(種子・花・維管束形成など)を獲得してきた.この期間に,CERK1もそれぞれ防御特異的,共生特異的分子に分化する充分な機会があったであろう.したがってわれわれの発見は,不便に思えるCERK1の正反対の二重機能性を維持させる強力な選択圧の存在を想像させる.

植物組織に侵入する方法を常に模索している病原菌にとって,植物が積極的に受け入れてくれる共生メカニズムはいかにも魅力的であろう.共生プログラムの悪用を試みて,Nodファクターや菌根菌の共生シグナル分子(Mycファクター)のような「鍵」を偽造しようとするのは必然であるように思われる.この場合に間違った鍵を使ってもペナルティがなければ,侵入者は延々と正解を求めて試行錯誤することが可能である.しかし正解の「鍵」が防御応答の起動因子を僅かに改変したものであり,さらに「錠」が不正なアクセスに対して警報を発することができれば,正解にたどり着く難易度が著しく上昇する.これがAM菌共生において「共生専用」のCERK1受容体の分化を選択しなかった理由だと筆者は推測しているが,いかがであろうか? 今後の実験により検証していきたい.

Reference

1) M. Parniske et al.: Nat. Rev. Microbiol., 6, 763 (2008).

2) A. Miya, P. Albert, T. Shinya, Y. Desaki, K. Ichimura, K. Shirasu, Y. Narusaka, N. Kawakami, H. Kaku & N. Shibuya: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 104, 19613 (2007).

3) S. Radutoiu, L. H. Madsen, E. B. Madsen, H. H. Felle, Y. Umehara, M. Grønlund, S. Sato, Y. Nakamura, S. Tabata, N. Sandal et al.: Nature, 425, 585 (2003).

4) T. Nakagawa, H. Kaku, Y. Shimoda, A. Sugiyama, M. Shimamura, K. Takanashi, K. Yazaki, T. Aoki, N. Shibuya & H. Kouchi: Plant J., 65, 169 (2011).

5) 中川知己:化学と生物,49, 660 (2011).

6) K. Miyata, T. Kozaki, Y. Kouzai, K. Ozawa, K. Ishii, E. Asamizu, Y. Okabe, Y. Umehara, A. Miyamoto, Y. Kobae et al.: Plant Cell Physiol., 55, 1864 (2014).

7) Y. Kouzai, S. Mochizuki, K. Nakajima, Y. Desaki, M. Hayafune, H. Miyazaki, N. Yokotani, K. Ozawa, E. Minami, H. Kaku et al.: Mol. Plant Microbe Interact., 27, 975 (2014).