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油脂の脂肪酸分布を分析する新規リパーゼ法2位脂肪酸組成の新分析法

Yomi Watanabe

渡辺

大阪市立工業研究所生物・生活材料研究部

Published: 2016-03-20

2015年6月,米食品医薬品局(FDA)は,油脂加工工程で生じ,循環器性疾患の要因と懸念される人工トランス脂肪酸を含む部分水素添加油を2018年以降GRAS対象外とするとした.天然のトランス脂肪酸は乳脂などに含まれ,抗がん作用など有益な効果をもつ異性体もあり,欧州では規制対象外である.一方,人工のトランス酸は,油脂の物性を調整するための部分水素添加工程で生じる.部分水添油(硬化油)は,ショートニングやマーガリンに多用されてきた主要な加工油脂だが,今回のFDAの規制を受けて,その使用量はさらに縮小すると予測される.代わって,ショートニングやマーガリンに必要な融点や結晶性などの物性は飽和脂肪酸を含む油脂によって調整されると予想されるが,物性には,単に飽和脂肪酸含量などの脂肪酸組成だけでなく,トリアシルグリセロール(TAG)におけるα, β位の脂肪酸分布も大きな影響を及ぼす.

身近な代表例はチョコレートで,原料のカカオ脂が取りうる6種の結晶構造のうち1種の結晶構造のみが口溶けよく「美味しい」とされ(1)1) 古谷野哲夫:日本結晶学会誌,56,319 (2014).,テンパリングによりこの理想的な結晶構造形成が目指される.その結晶構造を既定するのが,カカオ脂を構成する脂肪酸の組成と分布である.カカオ脂の脂肪酸は,炭素数16や18の飽和脂肪酸と炭素数18不飽和結合1を有するオレイン酸,約2 : 1で構成されるが,飽和脂肪酸はTAGのα位に,オレイン酸はβ位に選択的に分布する.すなわち,油脂自体に甘味,旨味などと表現可能な「味」はないが,その「美味しさ」や機能と油脂の物性は密接に関連しており,その物性を決定づける重要な要因が油脂の脂肪酸組成と分布である.

油脂中の脂肪酸分布を測定する方法としては,主に化学法,NMR法と酵素法がある.1960年代から開発されてきた酵素法では,従来ブタ膵臓リパーゼやリゾプス属など微生物由来のα位選択的リパーゼが使用され,α位脂肪酸を加水分解して生じたβ(2)位モノアシルグリセロール(MAG)の脂肪酸組成を決定する原理が適用されてきた.しかし,これらのリパーゼは炭素数6以下の短鎖脂肪酸や炭素数20以上不飽和結合4以上の高度不飽和脂肪酸に対する加水分解速度がほかの脂肪酸種に比べて遅いために,これらの脂肪酸を含む乳脂や魚油などに従来の酵素法は適用できない課題があった.

一方,PseudozymaCandidaantarcticaリパーゼは短鎖や不飽和脂肪酸に対する選択性は低い.また,当初α, β位を区別せず位置非選択的とされてきた本リパーゼは,油脂と過剰量のエタノールで行うエステル交換反応では極めて高いα位特異性を示すことをIrimescuらが見いだした(2)2) R. Irimescu, K. Furihata, K. Hata, Y. Iwasaki & T. Yamane: J. Am. Oil Chem. Soc., 78, 285 (2001)..筆者らは,本リパーゼのα位特異性がエタノール添加量の増加に伴う反応系の極性の増加に相関して上昇するメカニズムを明らかにし,本リパーゼのα位特異性が高く脂肪酸特異性が低い性質を組み合わせることで,新しい油脂の脂肪酸構成分析法を構築するに至った(3)3) Y. Watanabe, T. Nagao & Y. Shimada: New Biotechnol., 26, 23 (2009).

本分析法では,1)標的油脂と10重量倍のエタノール,固定化P. antarctica リパーゼ(Novozym 435・ノボザイムズ社またはChirazyme L-2 C2・ロシュダイアグノスティクス社)を30°Cで3時間反応後,2)生じた2-MAGを市販の固定相順相カラム(例:Sep-Pak silica・Waters社)で分画し,3)2-MAGをメチル化後にGC分析により決定する.エステル交換反応で生じた脂肪酸エチルのGC分析により,α位の脂肪酸組成も推定できる.

図1■酵素による2位脂肪酸組成の新分析法概略とその有用性

本法の特長として,まず従来法を克服し乳脂や魚油にも適用可能なことが挙げられる.また開発当初,標的油脂は30°Cで液体の油脂であったが,融点40°Cの乳脂,50°Cの固体脂(パーム油)(4)4) Y. Watanabe, S. Sato, S. Sera, C. Sato, K. Yoshinaga, T. Nagai, R. Sato, H. Iwasaka & T. Aki: J. Am. Oil Chem. Soc., 91, 1323 (2014).へと適用範囲は拡大された.次に,操作が簡便である.酵素反応は3時間,つづく分画操作は5~10分,メチル化とGC分析は1時間程度と実際の操作に要する時間は短い.さらに,2-MAG収率が良く,再現性の良いデータが得られる.化学法によるβ位脂肪酸組成分析では,グリニャール試薬により非特異的な加水分解を行って生じる全分子種(MAG 2種,ジアシルグリセロール2種,TAG,脂肪族アルコール)から2-MAGを分画する必要がある.特に1(3)-と2-MAGは極性が近似しており分画困難で,高度不飽和脂肪酸を含む場合はさらに困難になる.一方,本新規法では,1(3)-MAGはほとんど検出されず,構造既知の合成脂質を対象にして評価した場合の2-MAG回収率は原料油脂に対して28モル%(理論値33モル%)(4)4) Y. Watanabe, S. Sato, S. Sera, C. Sato, K. Yoshinaga, T. Nagai, R. Sato, H. Iwasaka & T. Aki: J. Am. Oil Chem. Soc., 91, 1323 (2014).と,他法に比べて高い.上述したように本リパーゼのα位特異性が,溶媒の極性に依存するメカニズムに基づけば,反応に使用するエタノールをメタノールに置換することでモル回収率の上昇と分析精度のさらなる向上が期待されたが,実際には残念ながらメタノールでは不可逆な酵素失活を招いた(3)3) Y. Watanabe, T. Nagao & Y. Shimada: New Biotechnol., 26, 23 (2009)..リパーゼの脂肪酸特異性が低い観点から,脂肪酸種の偏りなく一定量の2-MAGをロスするために,現回収率が実際の脂肪酸分布分析に及ぼす影響は小さいと考えている.また,数十種類の脂肪酸の分布を一斉に推定できる利点もある.NMR法は標的油脂を前処理せず直接分析するので便利である.しかし,NMR法では油脂中の高度不飽和脂肪酸の分布は容易に推定されるが,その他脂肪酸のシグナルは重複し,分布の推定は容易ではない.一方,本法では,含量1%以下の微量な脂肪酸を含め数十種類の脂肪酸の分布を一斉に推定できる特長をもつ.現在,本法は,日本油化学会規格試験法委員会の下で合同試験に付されており,室内・室間再現性を検証いただいている.

本法開発に当たり,多くの方々からご支援をいただいている.本稿を借りて篤くお礼を申し上げる.また本誌読者の皆様のご研究に本分析法をお役立ていただく機会と,分析法の改良や適用範囲の拡大へ向けたご意見を頂戴できれば幸甚である.

Reference

1) 古谷野哲夫:日本結晶学会誌,56,319 (2014).

2) R. Irimescu, K. Furihata, K. Hata, Y. Iwasaki & T. Yamane: J. Am. Oil Chem. Soc., 78, 285 (2001).

3) Y. Watanabe, T. Nagao & Y. Shimada: New Biotechnol., 26, 23 (2009).

4) Y. Watanabe, S. Sato, S. Sera, C. Sato, K. Yoshinaga, T. Nagai, R. Sato, H. Iwasaka & T. Aki: J. Am. Oil Chem. Soc., 91, 1323 (2014).