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発泡酒製造の副産物に含まれている宝の山免疫賦活作用のあるリグニン・多糖結合体の発見

Ryohei Tsuji

亮平

キリン株式会社基盤技術研究所

Kazuhiko Fukushima

福島 和彦

名古屋大学大学院生命農学研究科

Daisuke Fujiwara

藤原 大介

キリン株式会社基盤技術研究所

Published: 2016-03-20

リグニンは地球上で植物の植物体細胞壁を構成する主要成分であり,セルロースに次いで豊富に存在するバイオマス資源である.リグニンはモノリグノールと呼ばれる芳香族化合物が酵素によってランダムに酸化重合を起こし,三次元的に連なった構造を取っている(1)1) S. Reale, A. Di Tullio, N. Spreti & F. De Angelis: Mass Spectrom. Rev., 23, 87 (2004)..さらに細胞壁の中で,セルロースとヘミセルロースの間隙を充填するように存在し,多糖類とも化学的に結合してリグニン・多糖結合体になることで,植物細胞壁に物理的強度と化学的強度(生分解抵抗性)を与える機能性を果たしている(2)2) V. I. Popa: Cellulose Chem. & Technol., 41, 591 (2007)..ひと口にリグニンと言っても樹種や組織によってもその含有率や構造が異なっている.さらに天然のリグニンは,多糖類と結合して強固な複合分子を形成しているため,化学構造の変性を伴わずに高収率に単離する方法が確立されていない.それゆえに天然のリグニンの化学構造は未解明な部分が多くあり,断片的な化学構造の情報を組み合わせて模式図を描いているに過ぎず,細胞壁中に存在するあるがままのリグニンの構造解明が現在でも大きな課題となっている(3)3) 高野俊幸:ネットワークポリマー,31, 213 (2010).

リグニンの生理活性に関する研究では,ポリフェノールとしての抗酸化活性(4)4) V. Ugartondo, M. Mitjans & M. P. Vinardell: Bioresour. Technol., 99, 6683 (2008).のほか,シイタケや松かさに含まれるリグニン配糖体のマクロファージに対する免疫賦活活性やウイルスの増殖阻害などの機能性(55) 飯山賢治:月刊ファインケミカル,41, 34 (2012)., 6)6) H. Sakagami, T. Kushida, T. Oizumi, H. Nakashima & T. Makino: Pharm. Thera., 128, 91 (2010).が報告されているのみで,ほとんど着目されてこなかった.また,その加工の難しさから副産物としての高付加価値利用はほとんど進んでいない.

われわれは,発泡酒製造のときに副産物として生じる大麦搗精粕が約23%と豊富にリグニンを含むことから(7)7) J. Olkku, M. Slmenkallio-Marttila, H. Sweins & S. Home: J. Am. Soc. Brewing Chem., 63, 17 (2005).,大麦搗精粕の再利用研究としてその重要性を示すために生理活性を探索した.Sunらの方法(8)8) R. Sun, L. Mott & J. Bolton: J. Agric. Food Chem., 46, 718 (1998).を改変し,図1図1■リグニン画分の分画スキームのスキームに従い,大麦搗精粕より,セルラーゼ・ヘミセルラーゼ処理を経ないHemicellulose-Rich Milled Lignin画分(以下,HRML)とPure Milled Lignin画分(以下,PML)と,セルラーゼ・ヘミセルラーゼ処理を経たLignin-Rich Enzyme Lignin画分(以下,LREL)とPure Enzyme Lignin画分(以下,PEL)の4つの画分に分画した.マウス骨髄細胞由来樹状細胞(以下,BM-DC)に4つの画分をそれぞれ添加したところ,酵素処理を経た画分であるLRELとPELにおいて強力な活性化が起こり,LRELのほうがPELよりもその活性が強いことが明らかとなった(9)9) R. Tsuji, H. Koizumi, D. Aoki, Y. Watanabe, Y. Sugihara, Y. Matsushita, K. Fukushima & D. Fujiwara: J. Biol. Chem., 290, 4410 (2015).図2図2■BM-DCに対する各リグニン画分の反応性の比較).樹状細胞は哺乳類の自然免疫系の中核をなす存在であり,病原菌などの外来抗原が体内に侵入してきたときにいち早く感知し,自らが病原体の排除反応を開始するとともに,抗原特異的な獲得免疫を誘導することができる.LRELとPELの画分にリグニンが含まれていることを確認することを目的として,チオアシドリシス法で分析したところ,リグニンに特有な構造(β-O-4型構造)から生成するモノマー化合物が検出でき,さらにLRELのほうがPELよりもリグニンの含有量が多かったことから,リグニンの含有量と免疫賦活活性に相関があることが示唆された.さらに分子構造と活性の関係を調べるために糖類分析を行ったところ,いずれの画分も通常の大麦穀皮と比較して,ガラクトースとマンノースが濃縮された特徴的な糖類分布であることがわかった.さらに,リグニンと糖が結合していることを表す分子内結合と免疫賦活活性に密接な関係があることが明らかとなった(9)9) R. Tsuji, H. Koizumi, D. Aoki, Y. Watanabe, Y. Sugihara, Y. Matsushita, K. Fukushima & D. Fujiwara: J. Biol. Chem., 290, 4410 (2015)..これらの結果から,LRELおよびPELの免疫賦活活性にかかわる分子はガラクトースとマンノースが濃縮された特徴的な組成の多糖とリグニンがエステル結合しているリグニン・多糖結合体であることが示唆された.

図1■リグニン画分の分画スキーム

酵素処理を経ないHRML, PML画分および酵素処理を経たLREL, PEL画分に分画.

図2■BM-DCに対する各リグニン画分の反応性の比較

LRELおよびPELにおいて,強力な免疫賦活活性を確認.

また,LRELの免疫賦活活性が100 ng/mL程度で検出できるほど非常に高かったことから,β-グルカンなど既知多糖類による免疫賦活活性とは作用機構が異なり,パターン認識受容体ファミリーがLRELの感知にかかわっていると仮説を立て,トール様受容体(以下,TLR)ファミリーのノックアウトマウスを用いて作用機構の解析を行った.その結果,LPSが天然リガンドとして知られるTLR4のノックアウトマウス由来のBM-DCで活性化が完全に消失したことから,LRELはTLR4依存性の反応を誘発することが明らかとなった(9)9) R. Tsuji, H. Koizumi, D. Aoki, Y. Watanabe, Y. Sugihara, Y. Matsushita, K. Fukushima & D. Fujiwara: J. Biol. Chem., 290, 4410 (2015).図3図3■WTおよびTLR4ノックアウトマウス由来BM-DCにおけるLRELの反応性の比較).

図3■WTおよびTLR4ノックアウトマウス由来BM-DCにおけるLRELの反応性の比較

TLR4ノックアウトマウス由来のBM-DCはLRELの刺激で活性化しない.白色:LREL刺激,灰色:刺激なし

リグニン・多糖結合体は大麦搗精粕だけではなく,広く植物に分布することが明らかであることから,さまざまな植物由来LRELの活性を比較した.穀物穀皮として小麦ふすまとイネのもみ殻を,葉として緑茶葉を,樹皮としてシナモンを,種子としてゴマを,根としてウコンを選択した.その結果,すべてのサンプルで免疫賦活活性が認められたが(9)9) R. Tsuji, H. Koizumi, D. Aoki, Y. Watanabe, Y. Sugihara, Y. Matsushita, K. Fukushima & D. Fujiwara: J. Biol. Chem., 290, 4410 (2015).,特に穀物穀皮由来のサンプル,特にイネもみ殻由来のLRELの活性は大麦搗精粕に比肩するほど高かった.

このようにわれわれはin vitro実験系において,LRELを含むリグニン・多糖結合体が新規TLR4リガンドであることを明らかにしてきたが,実際にヒトや家畜が食物として摂取したときに効果が得られるかどうかを示すためにin vivoでの効果を検証している.また,反芻動物に投与する際には,そのルーメンの中にセルラーゼ生成菌が多く存在することが知られているため(10)10) J. Miron, D. Ben-Ghedalia & M. Morrison: J. Dairy Sci., 84, 1294 (2001).,大麦搗精粕から今回示したような工業的なLRELの抽出操作を行わなくとも,大麦搗精粕を食べさせるだけで,免疫賦活効果が得られる可能性も考えられる.人の移動を含めたグローバルな物流の進化は,われわれの社会に多くの恩恵を授けたが,その代償として新型感染症の発生や蔓延ももたらしてきた.感染症の蔓延に対して,これまで多くの抗生物質が使用されてきたが,耐性菌の出現に端を発した抗生物質のばらまきが規制されつつある昨今,植物資源に普遍的に存在する非常に強力な免疫賦活物質の発見はおおいに社会貢献できるものと考え,実用化に向けて取り組んでいるところである.

Reference

1) S. Reale, A. Di Tullio, N. Spreti & F. De Angelis: Mass Spectrom. Rev., 23, 87 (2004).

2) V. I. Popa: Cellulose Chem. & Technol., 41, 591 (2007).

3) 高野俊幸:ネットワークポリマー,31, 213 (2010).

4) V. Ugartondo, M. Mitjans & M. P. Vinardell: Bioresour. Technol., 99, 6683 (2008).

5) 飯山賢治:月刊ファインケミカル,41, 34 (2012).

6) H. Sakagami, T. Kushida, T. Oizumi, H. Nakashima & T. Makino: Pharm. Thera., 128, 91 (2010).

7) J. Olkku, M. Slmenkallio-Marttila, H. Sweins & S. Home: J. Am. Soc. Brewing Chem., 63, 17 (2005).

8) R. Sun, L. Mott & J. Bolton: J. Agric. Food Chem., 46, 718 (1998).

9) R. Tsuji, H. Koizumi, D. Aoki, Y. Watanabe, Y. Sugihara, Y. Matsushita, K. Fukushima & D. Fujiwara: J. Biol. Chem., 290, 4410 (2015).

10) J. Miron, D. Ben-Ghedalia & M. Morrison: J. Dairy Sci., 84, 1294 (2001).