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“光でターゲット分子を捕まえる”光アフィニティーラベル技術生体機序解明に有用な光反応性芳香族アミノ酸の簡易的合成法の開発

Yuta Murai

村井 勇太

北海道大学大学院先端生命科学研究院

Published: 2016-03-20

生体内における生理活性分子と生体分子の相互作用は無数に存在しており,その相互作用の種類も多種多様である.特に新規リガンド設計,活性発現の分子機構解明の研究ではリガンド標的となるタンパク質を理解することが最も重要である.一般にリガンド–タンパク質間の相互作用はX線結晶解析法やNMR法によるものが多いが,薬などの標的となる膜タンパク質はその発現に成功しても不安定さや難結晶性のため,X線結晶解析法やNMR法に適用できないことがある.その解決策の一つとして,光アフィニティーラベル法(1~3)は標的タンパク質と相互作用する光反応プローブさえ構築できれば標的タンパク質を光反応で捕捉でき,それをそのまま解析することで,標的タンパク質やその結合様式を推定することが可能である.さらに本手法の強みは比較的弱い相互作用やタンパク質–タンパク質間などの間接的相互作用の解析にも活用できる点などがある.最近では畑中,友廣らによって開発されたo-ヒドロキシシンナモイル誘導体プローブ(4, 5)を利用すれば標的タンパク質の捕捉と蛍光化を同一分子で行うことが可能であり,解析スピードも格段に短縮されている.

さて光アフィニティーラベル法ではプローブと標的分子間の親和性はもちろん,それ以外で重要なカギとなるのがタンパク質を捕捉する光反応基である.そのうちジアジリン基がこれまで多くの実績(6)6) M. Hashimoto & Y. Hatanaka: Eur. J. Org. Chem., 2008, 2513 (2008).を上げているが,光反応基の中でも合成法に課題があり汎用性が低い難点がある.そこでジアジリン基の汎用性をより高いものにするため,特に生体分子ユニットの基本単位であるアミノ酸に注目し,簡便なジアジリン基導入法の研究を行ってきた.ジアジリン含有アミノ酸においてはすでにフォトロイシン,フォトメチオニン,フォトプロリンなどが開発されペプチド固相合成や細胞内におけるタンパク質合成への応用例も報告されている(7, 8).またほかの生体分子と相互作用が見られるタンパク質疎水領域中の芳香族アミノ酸の重要性も高く,唯一ジアジリン含有フェニルアラニンが開発されていた.しかし従来の合成法はトリフルオロメチルフェニルジアジリン(以下TPD)誘導体とグリシン誘導体の縮合によるもので大量合成が困難,さらにアミノ酸の立体を考慮すると高価なキラル触媒の利用(9)9) H. Nakashima, M. Hashimoto, Y. Sadakane, T. Tomohiro & Y. Hatanaka: J. Am. Chem. Soc., 128, 15092 (2006).といった煩雑な操作が必要となる問題があり決して汎用性の高いものではなかった.筆者はそのような手間を一切省き,天然アミノ酸の立体をそのまま生かしたフェニルアラニンへの簡便な直接ジアジリン基導入法を検討することにした.まず市販の(L-)または(D-)フェニルアラニンからp-位のヨウ素化を行い,ジアジリン基構築時に支障のないようアミノ基をBoc,カルボキシル基をt-Buエステルで順に保護した.つづいてMeLiによってカルバメートを脱プロトン後,t-BuLiによるリチオ化を行い,エチルトリフルオロアセテートとの反応によってトリフルオロアセチル基導入を効率良く行った.トリフルオロアセチル基は塩酸ヒドロキシルアミン,トシルクロライドによってトシルオキシム体へと誘導した.つづくジアジリジン化は通常−78°Cで液体アンモニアを添加後,室温で反応させるのが一般的であるが,本化合物では一部がさらに反応進行したジアジリン体も確認された.これは長年ジアジリン合成に携わってきた中で初めての発見であり,加熱することで反応促進を行い,トシルオキシム体より一度に短時間でジアジリン体まで変換することに初めて成功した.最後に両保護基を脱保護させることで原料であるフェニルアラニンの立体を保持したジアジリン含有フェニルアラニンを高収率で得ることに成功した(10)10) L. Wang, Y. Murai, T. Yoshida, A. Ishida, K. Masuda, Y. Sakihama, Y. Hashidoko, Y. Hatanaka & M. Hashimoto: Org. Lett., 17, 616 (2015).図1図1■TPDから誘導される従来型ジアジリン含有フェニルアラニンの合成法(上図)と,開拓したフェニルアラニンへの直接ジアジリン基導入法(下図)).本法の開発によって短ステップでなおかつ大量合成が可能になったことから,安価で安定した供給も可能になり,十分汎用性の高い重要分子として期待がされることになった.

図1■TPDから誘導される従来型ジアジリン含有フェニルアラニンの合成法(上図)と,開拓したフェニルアラニンへの直接ジアジリン基導入法(下図)

トリプトファンも生体必須アミノ酸であり,なおかつ非常に多岐にわたり生理活性をもつアルカロイド群の前駆体である.またそれ自体が苦味(L-),甘味(D-)作用を有することから,代謝機構や味覚受容体解析にジアジリン含有トリプトファンが強力なツールとして期待される.しかしジアジリン含有トリプトファンの報告例はなく,その簡便な合成法開拓が急務であった.当初TPD誘導体からHeck反応(11)11) P. S. Baran, B. D. Hafensteiner, N. B. Ambhaikar, C. A. Guerrero & J. D. Gallagher: J. Am. Chem. Soc., 128, 8678 (2006).による直接構築,あるいはFisherインドール(12),Mori–Ban–Hegedusインドール合成反応(13)13) J. Ma, W. Yin, H. Zhou, X. Liao & J. M. Cook: J. Org. Chem., 74, 264 (2009).などによって間接的にトリプトファン構築が可能と予測していた.しかし期待に反し,すべて反応途中段階でジアジリン基分解が確認された.また実際にインドール自体も多くの生理活性分子に含まれることを考慮すると,ジアジリン基導入インドールの合成も意義があり,その検討を行った.まず市販の5-または6-ブロモインドールからフェニルアラニンへのジアジリン基直接構築時と同様にトシルオキシム体まで効率良く誘導体化反応が進行した.ところがトシルオキシム体はシリカゲル上で不安定であり加水分解が確認されたため,この時点では精製を行わず,直ちに液体アンモニアと反応させ高収率でジアジリジン体を得ることに成功した.つづくジアジリジン基の酸化は活性二酸化マンガンを用いることで効率良く短時間,ろ過だけの簡便な処理操作でジアジリン含有インドールの初合成を達成することができた.つづくトリプトファン骨格の構築は文献1414) H. R. Snyder & J. A. MacDonald: J. Am. Chem. Soc., 77, 1257 (1955).に従いジアジリン含有インドールおよびセリンを酢酸/無水酢酸溶媒下,75°Cで反応させたがトリプトファン骨格の確認はできたものの(14)14) H. R. Snyder & J. A. MacDonald: J. Am. Chem. Soc., 77, 1257 (1955).,肝心なジアジリン基分解も確認された.そこで本反応機構を詳細に検討した結果,はじめにセリン,酢酸/無水酢酸のみを加熱反応させることで反応中間体を生成し,反応系を室温に戻したあとインドールを添加してもトリプトファン骨格が得られることを見いだした.この合成戦略はジアジリン含有インドールにも十分適用可能であることが確認され,酵素分割を経て(L-)または(D-)ジアジリン含有トリプトファンの初合成に成功した(15)15) Y. Murai, K. Masuda, Y. Sakihama, Y. Hashidoko, Y. Hatanaka & M. Hashimoto: J. Org. Chem., 77, 8581 (2012).図2図2■開拓したジアジリン含有インドール合成法とそれを母体とするトリプトファンおよびほかの生理活性分子誘導体化法).また奇しくも論文報告直後,Wartmann(16)16) T. Wartmann & T. Lindel: Eur. J. Org. Chem., 2013, 1649 (2013).らも同様の合成報告を行っているがマイクロウェーブといった特殊機器を使用するものであった.さらに合成したジアジリン含有(D-)トリプトファンはHEK293T細胞のカルシウムイメージング法によって,通常(D-)トリプトファンと同等以上の甘味作用が確認されたことから味覚受容体との相互作用解析のツールとして十分期待できる結果を得た.

図2■開拓したジアジリン含有インドール合成法とそれを母体とするトリプトファンおよびほかの生理活性分子誘導体化法

ジアジリン含有インドールのトリプトファン誘導化成功はほかの生理活性分子誘導も可能にし,抗がん,抗酸化作用のあるカルビノール,植物生体防御機能に関与するグラミン,植物成長ホルモンの一つインドール-3-酢酸の合成にも成功した(15)15) Y. Murai, K. Masuda, Y. Sakihama, Y. Hashidoko, Y. Hatanaka & M. Hashimoto: J. Org. Chem., 77, 8581 (2012)..今後はトリプトファンへのジアジリン基直接構築やさらなるほかの生理活性分子誘導化の開拓を展開していこうと考えている.

Reference

1) J. Brunner: Annu. Rev. Biochem., 62, 483 (1993).

2) F. Kotzyba-Hilbert, I. Kapfer & M. Goeldner: Angew. Chem. Int. Ed. Engl., 34, 1296 (1995).

3) G. Dorman & G. D. Prestwich: Trends Biotechnol., 18, 64 (2000).

4) S. Morimoto, T. Tomohiro, N. Maruyama & Y. Hatanaka: Chem. Commun. (Camb.), 49, 1811 (2013).

5) T. Tomohiro, S. Morimoto, T. Shima, J. Chiba & Y. Hatanaka: Angew. Chem. Int. Ed., 53, 1 (2014).

6) M. Hashimoto & Y. Hatanaka: Eur. J. Org. Chem., 2008, 2513 (2008).

7) M. Suchanek, A. Radzikowska & C. Thiele: Nat. Methods, 2, 261 (2005).

8) B. Van der Meijden & J. A. Robinson: ARKIVOC, 6, 130 (2011).

9) H. Nakashima, M. Hashimoto, Y. Sadakane, T. Tomohiro & Y. Hatanaka: J. Am. Chem. Soc., 128, 15092 (2006).

10) L. Wang, Y. Murai, T. Yoshida, A. Ishida, K. Masuda, Y. Sakihama, Y. Hashidoko, Y. Hatanaka & M. Hashimoto: Org. Lett., 17, 616 (2015).

11) P. S. Baran, B. D. Hafensteiner, N. B. Ambhaikar, C. A. Guerrero & J. D. Gallagher: J. Am. Chem. Soc., 128, 8678 (2006).

12) H. Eto, C. Eguchi & T. Kagawa: Bull. Chem. Soc. Jpn., 62, 961 (1989).

13) J. Ma, W. Yin, H. Zhou, X. Liao & J. M. Cook: J. Org. Chem., 74, 264 (2009).

14) H. R. Snyder & J. A. MacDonald: J. Am. Chem. Soc., 77, 1257 (1955).

15) Y. Murai, K. Masuda, Y. Sakihama, Y. Hashidoko, Y. Hatanaka & M. Hashimoto: J. Org. Chem., 77, 8581 (2012).

16) T. Wartmann & T. Lindel: Eur. J. Org. Chem., 2013, 1649 (2013).