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シナプスを介した酸味の情報伝達味蕾におけるコンプレキシン2の発現と味情報伝達における役割

Masataka Narukawa

成川 真隆

東京大学大学院農学生命科学研究科

Takumi Misaka

三坂

東京大学大学院農学生命科学研究科

Published: 2016-03-20

食べ物の味は,甘味・酸味・塩味・苦味・旨味という基本五味から構成され,口腔内においては味蕾で検出される.味蕾はI, II, III型味細胞と基底細胞(IV型味細胞)という4つの細胞種から構成されており,このうち,I, II, III型味細胞が味の受容にかかわると考えられている.近年の研究により,それぞれの味細胞が異なる味覚受容体を発現することや,I型味細胞が低濃度の塩味,II型味細胞が甘味・旨味・苦味,III型味細胞が主に酸味を受容するといった,各味細胞がそれぞれ異なる機能をもつことが明らかになってきた(1)1) D. A. Yarmolinsky, C. S. Zuker & N. J. P. Ryba: Cell, 139, 234 (2009).

味細胞で検出された味情報は味覚神経を介して中枢に伝達される.一般に,神経細胞–神経細胞間の情報伝達はシナプスを介して行われる.しかし,味細胞から味覚神経への情報伝達に際しては,III型味細胞でのみシナプス構造が観察され,ほかの味細胞ではシナプス構造が観察されていない(2)2) R. G. Murray: “Ultrastructure of sensory organs: The ultrastructure of taste buds,” ed. by I. Friedmann, North Holland, 1973, pp. 181..そのため,III型味細胞はシナプスを介した味情報伝達を行うと考えられているが,その詳細については不明な点が多く残されている.

甘い,酸っぱいなどの味の種類に関する識別は,中枢ではなく末梢の味細胞で行われている.そのため,末梢における味情報伝達の解析は味受容システムの全容を解明するうえで近道となりうる.一般に,それぞれの細胞がもつ未知の機能や作用機序を明らかにするために,特定の細胞で発現する遺伝子の情報を得ることは効果的なアプローチとなる.そこで,筆者らのグループでは網羅的発現解析により味蕾において発現する分子情報の取得を試み,本稿で紹介するコンプレキシンを含む複数のシナプス関連分子の候補を得ることに成功した.

コンプレキシンはシナプス関連分子の一つで,シナプス前細胞に存在する.コンプレキシンファミリーには4種類の分子が存在し,中枢では主にコンプレキシン1と2が発現する(3, 4)3) K. Reim, H. Wegmeyer, J. H. Brandstatter, M. S. Xue, C. Rosenmund, T. Dresbach, K. Hofmann & N. Brose: J. Cell Biol., 169, 669 (2005).4) H. Kasai, N. Takahashi & H. Tokumaru: Physiol. Rev., 92, 1915 (2012)..コンプレキシンはSNAREタンパク質に結合することで,カルシウム依存的に神経伝達物質の開口放出を調節する(5)5) A. Maximov, J. Tang, X. F. Yang, Z. P. P. Pang & T. C. Sudhof: Science, 323, 516 (2009)..そのため,コンプレキシンがシナプスを介した味情報伝達に関与する可能性が考えられた.そこで筆者らは味受容へのコンプレキシンの関与を明らかにするために,味蕾におけるコンプレキシンの発現と味情報伝達における役割を検討した(6)6) A. Kurokawa, M. Narukawa, M. Ohmoto, J. Yoshimoto, K. Abe & T. Misaka: J. Neurochem., 133, 806 (2015).

味蕾におけるコンプレキシンファミリーの発現を調べた結果,コンプレキシンファミリーのうち,コンプレキシン2の発現が味蕾で認められた.一方で,ほかのコンプレキシンファミリーの発現は認められなかった.さらに,コンプレキシン2がI, II, III型味細胞のうち,どの味細胞に発現しているのかについて味細胞マーカーを用いて検討したところ,III型味細胞でコンプレキシン2が発現することがわかった.

コンプレキシン2がIII型味細胞で発現していたことから,コンプレキシン2欠損マウスを用いて,味応答へのコンプレキシン2の関与を検討した.まず,基本味溶液に対する味覚神経の応答を記録した.その結果,クエン酸や塩酸などの酸味刺激に対する神経活動がコンプレキシン2欠損マウスにおいて有意に減弱することがわかった.一方で,酸味以外の基本味に対する神経活動については,欠損マウスと通常マウスの間に有意な差は認められなかった.さらに,基本味溶液に対する味嗜好性の評価を行動学的手法により行った.通常,マウスは酸味物質を忌避するが,欠損マウスでは酸味物質に対する忌避性が低下していることがわかった.これは酸味刺激に対する神経活動が低下したために,酸味を感じる能力が低下したためだと考えられる.一方で,ほかの基本味に対する嗜好性に欠損マウスと通常マウス間で明確な差は認められなかった.このように,コンプレキシン2の欠損が酸味刺激に対する応答感度を低下させたことから,コンプレキシン2が酸味情報伝達に関与することが明らかになった(図1図1■味蕾におけるコンプレキシンの発現).これらの結果は,III型味細胞が酸味情報伝達に関与すること,また,III型味細胞がシナプスを介して味情報伝達を行うことを強く示唆している.

図1■味蕾におけるコンプレキシンの発現

4種類存在するコンプレキシンファミリーのうち,コンプレキシン2がIII型味細胞で発現していた.コンプレキシン2欠損マウスは酸味刺激に対する応答感度が低下していたことから,コンプレキシン2は酸味情報伝達に関与すると考えられた.

近年,高濃度の塩がIII型味細胞で受容される可能性が報告された(7)7) Y. Oka, M. Butnaru, L. von Buchholtz, N. J. Ryba & C. S. Zuker: Nature, 494, 472 (2013)..そのため,NaClに対する応答も詳細に解析したが,欠損マウスと通常マウス間で明確な差は認められなかった.筆者らが用いた濃度範囲ではIII型味細胞で受容される塩応答が必ずしも大きくないために,検出されなかった可能性も考えられることから,この点に関しては今後検討が必要であろう.

前述したように,III型以外の味細胞では味覚神経との間でシナプス構造が観察されていない.そのため,シナプスを介さない味情報の受け渡し機構が味蕾に存在すると考えられていたが,最近,電位依存性イオンチャネルCALHM1がII型味細胞からの神経伝達物質放出に関与することが報告され(8)8) A. Taruno, V. Vingtdeux, M. Ohmoto, Z. Ma, G. Dvoryanchikov, A. Li, L. Adrien, H. Zhao, S. Leung, M. Abernethy et al.: Nature, 495, 223 (2013).,味細胞–味覚神経間の情報伝達機構の全容が解明されつつある.

甘味は食物中に含まれる炭水化物などのエネルギー源の存在を,旨味はタンパク質の存在を示すなど,それぞれの味質は栄養学的な意味をもつとされる.つまり味覚は食物の選別・識別を行うことで,摂食行動を決定する役割を果たすといえる.一方で,食べる側の生理状態により,食物に対する嗜好性や感受性は変化する.今後は,味情報伝達メカニズムの解析で得られた知見を活かし,食物に対する感覚がどのように変化するのか,その詳細な機構を解き明かしていきたい.

Reference

1) D. A. Yarmolinsky, C. S. Zuker & N. J. P. Ryba: Cell, 139, 234 (2009).

2) R. G. Murray: “Ultrastructure of sensory organs: The ultrastructure of taste buds,” ed. by I. Friedmann, North Holland, 1973, pp. 181.

3) K. Reim, H. Wegmeyer, J. H. Brandstatter, M. S. Xue, C. Rosenmund, T. Dresbach, K. Hofmann & N. Brose: J. Cell Biol., 169, 669 (2005).

4) H. Kasai, N. Takahashi & H. Tokumaru: Physiol. Rev., 92, 1915 (2012).

5) A. Maximov, J. Tang, X. F. Yang, Z. P. P. Pang & T. C. Sudhof: Science, 323, 516 (2009).

6) A. Kurokawa, M. Narukawa, M. Ohmoto, J. Yoshimoto, K. Abe & T. Misaka: J. Neurochem., 133, 806 (2015).

7) Y. Oka, M. Butnaru, L. von Buchholtz, N. J. Ryba & C. S. Zuker: Nature, 494, 472 (2013).

8) A. Taruno, V. Vingtdeux, M. Ohmoto, Z. Ma, G. Dvoryanchikov, A. Li, L. Adrien, H. Zhao, S. Leung, M. Abernethy et al.: Nature, 495, 223 (2013).