解説

高温登熟による米白濁化の分子生理機構

A Molecular Physiological Mechanism of Rice Grain Chalking by High Temperature Stress

Toshiaki Mitsui

三ツ井 敏明

新潟大学自然科学系

Published: 2016-03-20

地球温暖化による異常高温はヒトのみならずイネなど重要作物の生産に大きな影響を及ぼしつつある.近年,わが国の夏季は頻繁に各所で猛暑となり,高温被害米が多発し,一等米比率を激減させている.このような高温被害米の多発は米生産農家の収入に直接影響するだけでなく,産地のブランドイメージを壊すことにもなりかねず,生産現場では極めて深刻な問題となっている.高温登熟による玄米の白濁化はさまざまな要因が複雑に絡み合って生ずるものと考えられるが,最終的な現象としては胚乳細胞におけるデンプン顆粒の形成不全である.本稿では,分子生理学的視点から玄米の白濁化メカニズムを考察し,高温登熟耐性をもたらす因子ならびに高温障害を軽減する戦略を探る.

高温登熟はデンプン合成と分解のバランス異常を引き起こす

うるち玄米の整粒(完全粒)は豊満で左右・上下均整の取れた形で,側面の縦溝が浅く全体が透明で表面に光沢をもつ(図1図1■高温登熟によって生じた白濁粒(左上)と整粒(右上)右上).整粒の胚乳細胞を走査電子顕微鏡で観察するとデンプン顆粒は複粒構造を示し,デンプン顆粒間には空隙がほとんど見られない(図1図1■高温登熟によって生じた白濁粒(左上)と整粒(右上)右下).登熟期に高温ストレスを受けると白濁粒(図1図1■高温登熟によって生じた白濁粒(左上)と整粒(右上)左上)や胴割れ粒といった不完全粒が多発することが知られている(1~3)1) T. Tashiro & I. F. Wardlaw: Aust. J. Agric. Res., 42, 485 (1991).3) 森田 敏:農業技術,60, 442 (2005)..白濁粒のデンプン顆粒構造は丸みを帯びていて,顆粒表面には小孔が見られることもある(図1図1■高温登熟によって生じた白濁粒(左上)と整粒(右上)左下).一部にデンプン集積の不良な箇所をもつ玄米は,デンプン顆粒間にできた隙間とその顆粒表面の小さな凹みなどにより光が複雑に屈折そして乱反射することによって,玄米のその部分が白く濁り不透明になる.玄米の白濁部位,すなわち腹部(胚のある面),背部(胚の反対側の面),基部(胚の隣接部),中心部の白濁化が見られるものを,それぞれ腹白,背白,基白,心白粒などと呼んでいる.

図1■高温登熟によって生じた白濁粒(左上)と整粒(右上)

白濁部位(左下)と整粒中央部位(右下)の走査電子顕微鏡画像.倍率1,000倍.

高温登熟によるデンプン顆粒構造の形成異常はデンプン生合成酵素の機能低下によると考えるのはごく自然な発想であり,そして実際に,高温登熟によるデンプン生合成の変化が多くの研究グループによって捉えられてきた(4~7)4) N. Inouchi, H. Ando, M. Asaoka, K. Okuno & H. Fuwa: Starch, 52, 8 (2000).7) T. Ohdan, T. Sawada & Y. Nakamura: J. Appl. Glycosci., 58, 19 (2011)..米粒デンプン鎖長分布の変化に関して,井ノ内ら(4)4) N. Inouchi, H. Ando, M. Asaoka, K. Okuno & H. Fuwa: Starch, 52, 8 (2000).は,登熟温度を25°Cから30°Cに上昇させることによってアミロペクチンの単位鎖DP6, 11–13が減少し,DP8, 22–24, 29が増加することを示した.さらに田中ら(6)6) N. Tanaka, N. Fujita, A. Nishi, H. Satoh, Y. Hosaka, M. Ugaki, S. Kawasaki & Y. Nakamura: Plant Biotechnol. J., 2, 507 (2004).は,デンプン枝づけ酵素(BEIIb)遺伝子の発現量が異なる一連のBEIIb遺伝子欠損変異体・形質転換体を作成し,そのデンプン顆粒形成を調べ,デンプン顆粒形成異常の主な原因はBEIIbの機能低下であることを報告した.加えて,イネの枝づけ酵素活性の温度依存性が調べられ,BEIIbの最適温度は25°Cであり,温度上昇による失活が最も著しいことが示された(7)7) T. Ohdan, T. Sawada & Y. Nakamura: J. Appl. Glycosci., 58, 19 (2011)..これらの結果から,高温登熟による枝づけ酵素の活性低下がデンプン顆粒構造の変化の原因であると結論された.

しかし,近年,デンプン顆粒の形成異常の発生にデンプン分解酵素がかかわっていることを示す報告がなされた.浅妻ら(8)8) S. Asatsuma, C. Sawada, A. Kitajima, T. Asakura & T. Mitsui: J. Appl. Glycosci., 53, 187 (2006).は,α-アミラーゼ遺伝子AmyI-1Amy1A)およびAmyII-4Amy3D)を強発現プロモーターを用いて発現させ,非高温ストレス下で栽培,収穫した玄米の外観品質を調べたところ,白濁粒の多発が見られた.山川ら(9)9) H. Yamakawa, T. Hirose, M. Kuroda & T. Yamaguchi: Plant Physiol., 144, 258 (2007).は,高温ストレスが米のデンプン粒形成に及ぼす影響を遺伝子レベルで包括的に解明するためにトランスクリプトーム解析を行った.高温ストレス処理(33/28°C:昼/夜温)した登熟途中の胚乳と無処理(25/20°C)のものについてmRNAの発現を比較したところ,デンプン代謝,種子貯蔵タンパク質の合成およびストレス応答に関与する遺伝子において違いが見られた.デンプン生合成にかかわる遺伝子については,高温登熟によってデンプン顆粒結合型のデンプン合成酵素GBSSIや枝づけ酵素BEIIbのmRNA発現が半減していた.また,デンプン合成酵素の基質となるADP-グルコースを生成するADP-グルコースピロホスホリラーゼAGPやADP-グルコースをデンプン合成・蓄積の場となるアミロプラストへ運び入れる輸送体BT1–2の発現も減少した.しかし注目すべきことに,種々のα-アミラーゼ遺伝子(Amy1A, Amy1C, Amy3A, Amy3D, Amy3E)は逆に高温によって発現が上昇していた(10)10) 山川博幹,羽方 誠:化学と生物,49, 624 (2011)..これらの結果は,玄米の白濁化におけるα-アミラーゼの関与を強く示唆した.しかし石丸ら(11)11) T. Ishimaru, A. K. Horigane, M. Ida, N. Iwasawa, A. Y. San-oh, M. Nakazono, K. N. Nishizawa, T. Masumura, M. Kondo & M. Yoshida: J. Cereal Sci., 50, 166 (2009).は,登熟種子胚乳の中心部分ではα-アミラーゼmRNAを検出することはできなかったと報じ,玄米中心部の白濁化とα-アミラーゼとのかかわりを疑問視した.一方で,食品化学的な観点から玄米のデンプン分解酵素についての解析が行われている.特異抗体を用いたウェスタンブロット実験で得られた結果から,玄米の精米過程における90~80%画分にAmyI-1とAmyII-4が見いだされ,加えて80~0%画分に抗AmyE(AmyII-3)抗体(12)12) T. Mitsui, J. Yamaguchi & T. Akazawa: Plant Physiol., 110, 1395 (1996).によって認識されるα-アミラーゼが検出された(13)13) M. Tsuyokubo, T. Ookura, S. Tsukui, T. Mitsui & M. Kasai: Food Sci. Technol. Res., 18, 659 (2012)..mRNA発現とタンパク質発現の間に若干食い違いが見られるが,専らデンプンを合成,蓄積している胚乳組織細胞においてα-アミラーゼが発現していることは間違いない.

イネα-アミラーゼの中で最も主要なアイソフォームであるAmyI-1はN-結合型糖鎖をもつ分泌性糖タンパク質であり,その糖鎖構造や糖鎖結合部位そして結晶構造も解かれている(14, 15)14) T. Mitsui & K. Itoh: Trends Plant Sci., 2, 255 (1997).15) A. Ochiai, H. Sugai, K. Harada, S. Tanaka, Y. Ishiyama, K. Ito, T. Tanaka, T. Uchiumi, M. Taniguchi & T. Mitsui: Biosci. Biotechnol. Biochem., 78, 989 (2014)..分泌性酵素であるα-アミラーゼがどのようにして胚乳細胞のデンプン分解,そして玄米白濁化にかかわりうるのか疑問であった.そこで,生化学・細胞生物学的手法を駆使してAmyI-1の細胞内局在性が調べられ,分泌性糖タンパク質AmyI-1が葉緑体やアミロプラストに局在することがわかった(8)8) S. Asatsuma, C. Sawada, A. Kitajima, T. Asakura & T. Mitsui: J. Appl. Glycosci., 53, 187 (2006)..さらに,AmyI-1-GFPのプラスチド局在化が小胞体–ゴルジ体間の小胞輸送にかかわるGタンパク質であるARF1およびSAR1のドミナント変異体によって抑えられることから,AmyI-1は小胞体–ゴルジ体系を経由してプラスチドに局在することが明らかになった(16)16) A. Kitajima, S. Asatsuma, H. Okada, Y. Hamada, K. Kaneko, Y. Nanjo, Y. Kawagoe, K. Toyooka, K. Matsuoka, A. Nakano et al.: Plant Cell, 21, 2844 (2009)..α-アミラーゼは,胚乳細胞などの生細胞においてプラスチドに局在化し機能することが示されたのである.プラスチドと分泌経路である細胞内膜系との間のタンパク質輸送については依然として不明な点が多い.しかし,糖タンパク質のプラスチドへの局在化はイネヌクレオチドピロホスファターゼ/ホスホジエステラーゼ(NPP)(17, 18)17) Y. Nanjo, H. Oka, N. Ikarashi, K. Kaneko, A. Kitajima, T. Mitsui, F. J. Muñoz, M. Rodríguez-López, E. Baroja-Fernández & J. Pozueta-Romero: Plant Cell, 18, 2582 (2006).18) K. Kaneko, C. Yamada, A. Yanagida, T. Koshu, Y. Umezawa, K. Itoh, H. Hori & T. Mitsui: Plant Biotechnol., 28, 69 (2011).,Mnスーパーオキシドジスムターゼ1(MSD1)(19)19) T. Shiraya, T. Mori, T. Maruyama, M. Sasaki, T. Takamatsu, K. Oikawa, K. Itoh, K. Kaneko, H. Ichikawa & T. Mitsui: Plant Biotechnol. J., 13, 1251 (2015).ならびにシロイヌナズナのカーボニックアンヒドラーゼ(20, 21)20) A. Villarejo, S. Burén, S. Larsson, A. Déjardin, M. Monné, C. Rudhe, J. Karlsson, S. Jansson, P. Lerouge, N. Rolland et al.: Nat. Cell Biol., 7, 1224 (2005).21) S. Burén, C. Ortega-Villasante, A. Blanco-Rivero, A. Martínez-Bernardini, T. Shutova, D. Shevela, J. Messinger, L. Bako, A. Villarejo & G. Samuelsson: PLoS ONE, 6, e1 (2011).でも確認されており,その存在は植物細胞分子生物学の分野で受け入れられつつある.

筒井ら(22)22) K. Tsutsui, K. Kaneko, I. Hanashiro, K. Nishinari & T. Mitsui: J. Appl. Glycosci., 53, 187 (2013).は,新潟県三条市で2009年度(登熟平均温度:24.4°C)と2010年度(28.0°C)に収穫されたコシヒカリを用いて玄米白濁部位とそれと同じ整粒の部位のデンプン鎖長分布を蛍光標識/HPSEC分子ふるいクロマトグラフィーを用いて調べた.高温登熟で生じた玄米白濁部位のアミロース含量は整粒に比べて若干の減少が見られたが,アミロペクチンの鎖長分布には顕著な違いを見いだすことができなかった.この結果は,正常なデンプン分子構造を作り出しうる状態であってもデンプン顆粒の形成異常が発生することを示している.加えて,遊離グルコース量を定量したところ,整粒と比較して白濁部位の遊離グルコースの顕著な増加が見られた.iTRAQ標識を用いたショットガンプロテオミクス解析(23)23) T. Mitsui, T. Shiraya, K. Kaneko & K. Wada: Front. Plant Sci., 4, 36 (2013).では,高温登熟で生じた白濁部位において約1,000個のタンパク質が同定され,その数%のタンパク質が整粒と比較して2倍以上の発現変動を示した.特に,低分子熱ショックタンパク質やα-アミラーゼの顕著な増加が観察された.白濁部位におけるα-アミラーゼタンパク質の増加は特異抗体を用いたイムノブロッティングによっても確認された.興味深いことに,平温登熟と高温登熟で生じた白濁部位のα-アミラーゼアイソフォームの発現パターンは異なっていた(24)24) 金古ほか:未発表データ..したがって,平温登熟と高温登熟における玄米の白濁化には異なるα-アミラーゼアイソフォームが関与するものと思われる.

高温登熟による米白濁化にα-アミラーゼの働きがかかわっているか否かをさらに検証するため,α-アミラーゼ発現抑制体を用いた解析が行われた.イネには活性が確認されていないものも含めると10種類のα-アミラーゼ遺伝子が存在する.これらの遺伝子間で塩基配列が高度に保存されている部分によるRNA干渉法を用いて大部分のα-アミラーゼ遺伝子の発現を抑制した遺伝子組換えイネが作出された.いくつかのα-アミラーゼ発現抑制系統を解析したところ,α-アミラーゼ遺伝子群の発現抑制の程度に応じて,高温登熟による白濁粒の発生が減少することが認められた(25)25) M. Hakata, M. Kuroda, T. Miyashita, T. Yamaguchi, M. Kojima, H. Sakakibara, T. Mitsui & H. Yamakawa: Plant Biotechnol. J., 10, 1110 (2012)..さらに,この白濁粒発生が抑えられる性質は次の世代に受け継がれることも確認された(26)26) 山川博幹,羽方 誠,黒田昌治,宮下朋美,山口武志,小嶋美紀子,榊原 均,三ツ井敏明:JATAFFジャーナル,1, 24 (2013).

種々の解析結果から,イネ登熟期に高温ストレスを受けると登熟種子中のα-アミラーゼの働きが強まることによって玄米の白濁化が助長されると考えられる.一方で,高温登熟によるデンプン生合成能の低下がデンプン分子構造そして顆粒形成に影響することも間違いない.しかし,デンプン分子の鎖長構造に顕著な変化が見られない温度条件でもデンプン顆粒の形成異常が観察される.おそらくデンプン合成と分解のバランスが重要であり,相対的にデンプン分解方向に傾くことによってデンプン顆粒の形成異常が起こるものと推察される.玄米の白濁化は,腹部,背部,基部,中心部などに局所的に発生する.背白粒の発生については効果の大きな量的形質遺伝子座(qWB6, qWB9)が検出されている(27)27) A. Kobayashi, J. Sonoda, K. Sugimoto, M. Kondo, N. Iwasawa, T. Hayashi, K. Tomita, M. Yano & T. Shimizu: Breed. Sci., 63, 339 (2013).が,それぞれの局所発生のメカニズムはまだよくわかっていない.やはりそれぞれの胚乳組織部位におけるデンプン合成と分解の機能のバランス異常によるものであろう.イネ登熟種子胚乳組織のデンプン集積は中心部から始まり,周辺部へと広がる.登熟初期のデンプン代謝酵素の発現制御によって効率的に玄米中心部の白濁化を軽減できるかもしれない.

デンプン代謝以外の因子も玄米白濁化に関与する

玄米の白濁化はデンプン代謝系ではない酵素・タンパク質の発現異常によって平温条件下でも起こる.たとえば,FLOURY ENDOSPERM2FLO2(28)28) K. C. She, H. Kusano, K. Koizumi, H. Yamakawa, M. Hakata, T. Imamura, M. Fukuda, N. Naito, Y. Tsurumaki, M. Yaeshima et al.: Plant Cell, 22, 3280 (2010).GLUTELIN PRECURSOR MUTANT6GLUP6(29)29) M. Fukuda, L. Wen, M. Satoh-Cruz, Y. Kawagoe, Y. Nagamura, T. W. Okita, H. Washida, A. Sugino, S. Ishino, Y. Ishino et al.: Plant Physiol., 162, 663 (2013).GLUTELIN PRECURSOR ACCUMULATION 3GAP3(30)30) Y. Ren, Y. Wang, F. Liu, K. Zhou, Y. Ding, F. Zhou, Y. Wang, K. Liu, L. Gan, W. Ma et al.: Plant Cell, 26, 410 (2014).などが挙げられる.FLO2は後期胚発生に関与するタンパク質,またGLUP6やGAP3はゴルジ体から液胞への貯蔵タンパク質の輸送にかかわる因子である.このように玄米の白濁化は極めて複雑であり,今後,さまざまな視点での詳細解析が必要である.

われわれは,高温登熟性が異なる品種の登熟種子のプロテオーム解析を行った.イネ品種としては,早生品種である“ゆきん子舞”と“トドロキワセ”を用いて,高温処理は平成16年夏季に新潟県農業総合研究所(長岡市)の温水掛け流し圃場(温水35°C,水深15 cm,水量80 L/min)(31)31) 石崎和彦:農業技術,60, 458 (2005).において行った.温水掛け流し処理により,登熟期の平均気温は一般圃場(24.5°C)に比べて1.9°C上昇した.高温登熟性耐性品種のゆきん子舞(32)32) 農林水産省:平成22年度高温適応技術レポート.は温水掛け流し処理では全く高温障害は発生しなかった.一方,トドロキワセは高温登熟性が悪く,温水掛け流し処理により整粒率の顕著な低下が見られた.高温区および対照区から採取した開花後4日目の果皮を取り除いた種子より抽出したタンパク質を2次元ゲル電気泳動法を用いて分離し,品種特異的に変動するタンパク質を探索した.トドロキワセでは高温ストレスによってスーパーオキシドジスムターゼ(SOD)の発現が誘導されたが,一方,高温登熟性の良いゆきん子舞においてはSODが恒常的に強く発現していることが見いだされた.このSODの詳細が調べられ,ゴルジ体やプラスチドなど,多様な細胞内局在性を示すMn型SOD(MSD1)であることがわかった(19)19) T. Shiraya, T. Mori, T. Maruyama, M. Sasaki, T. Takamatsu, K. Oikawa, K. Itoh, K. Kaneko, H. Ichikawa & T. Mitsui: Plant Biotechnol. J., 13, 1251 (2015)..SODは,スーパーオキシドアニオン(O2)から酸素と過酸化水素(H2O2)に分解する酵素で,タバコ,ジャガイモ,サトウダイコン,プラム,ワタ,アルファルファをはじめさまざまな植物においてストレス抵抗性に関与することが報告されている.イネにおいては,酵母やエンドウマメのミトコンドリアMn型SODを葉緑体に発現・局在化させると塩ストレス耐性や酸化ストレス耐性の改善が観察された(33, 34)33) Y. Tanaka, T. Hibino, Y. Hayashi, A. Tanaka, S. Kishitani, T. Takabe, S. Yokota & T. Takabe: Plant Sci., 148, 131 (1999).34) F.-Z. Wang, Q.-B. Wang, S.-Y. Kwon, S.-S. Kwak & W.-A. Su: J. Plant Physiol., 162, 465 (2005)..このような知見から,MSD1が高温登熟耐性にかかわる因子であると推測した.この推測は的中し,MSD1の発現を恒常的に強めると高温登熟耐性が向上し,登熟種子胚乳特異的にMSD1発現を弱めると高温ストレスの感受性が増すことが確認された(19)19) T. Shiraya, T. Mori, T. Maruyama, M. Sasaki, T. Takamatsu, K. Oikawa, K. Itoh, K. Kaneko, H. Ichikawa & T. Mitsui: Plant Biotechnol. J., 13, 1251 (2015).図2図2■MSD1強発現体(MSD1OE)の整粒(上図)とMSD1発現抑制体(MSD1KD)の白濁粒(下図)の走査電子顕微鏡画像).MSD1を強発現するイネでは野生型に比べて高温ストレスによって数多くの活性酸素消去系の酵素タンパク質やストレス応答タンパク質の誘導が格段に高まっており,このことが高温登熟耐性をもたらしていると考えられた.なぜ,MSD1の高い発現によってこのような誘導が活発になるのか.おそらく,MSD1によって生成されるH2O2がシグナル分子として働いているのであろう.われわれは,予備的な実験結果ではあるが,H2O2プライミング処理によって高温登熟耐性が誘導されることを確認している.無論,高温登熟性に対するMSD1の詳細な作用機作についてはさらなる研究が必要であることは言うまでもない.

図2■MSD1強発現体(MSD1OE)の整粒(上図)とMSD1発現抑制体(MSD1KD)の白濁粒(下図)の走査電子顕微鏡画像

スケール:10 µm.

おわりに

高温登熟は胚乳組織細胞におけるデンプンの合成・分解バランスを崩し,デンプン集積と顆粒形成に不具合を生じさせ,玄米の白濁化を引き起こすものと考えられる.玄米の白濁化の分子生理機構は,最終的にはデンプン顆粒構造の形成不全によるものもあるが,さまざまな因子がかかわり,そして多様な経路が複雑に絡み合っており,その詳細は依然として不明な点が多い.高温ストレス下にスーパーオキシドジスムターゼによって生成されるH2O2は高温応答シグナルとして働き,早期にストレス応答タンパク質を誘導し,デンプンの合成・分解のバランス異常を回避する方向に導くものと思われる(図3図3■高温登熟における玄米白濁化の作業仮説).登熟種子胚乳細胞では細胞内膜系におけるグルテリンの成熟型への変換に伴ってO2からH2O2が生成する(35)35) Y. Onda, T. Kumamaru & Y. Kawagoe: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 106, 14156 (2009)..貯蔵タンパク質の細胞内膜系から液胞への輸送にかかわる因子であるGLUP6GAP3の遺伝子欠損が玄米白濁化をもたらす原因もH2O2生成にあるのかもしれない(36, 37)36) Y. Onda, A. Nagamine, M. Sakurai, T. Kumamaru, M. Ogawa & Y. Kawagoe: Plant Cell, 23, 210 (2011).37) Y. Onda & Y. Kawagoe: Plant Signal. Behav., 6, 1966 (2011)..われわれは,H2O2が高温登熟性の鍵因子の一つであり,登熟開始時におけるH2O2濃度上昇誘導が高温登熟性改善の戦略となりうると考えている.

図3■高温登熟における玄米白濁化の作業仮説

開花・登熟期の異常高温によってデンプンの合成と分解のバランスが崩れ,正常なデンプン集積と顆粒形成に支障をきたす.一方,スーパーオキシドジスムターゼ(MSD1)によって生成されるH2O2は高温応答シグナルとして働き,早期にストレス応答タンパク質を誘導し,デンプンの合成と分解のバランス異常を回避する.

Reference

1) T. Tashiro & I. F. Wardlaw: Aust. J. Agric. Res., 42, 485 (1991).

2) 長田健二,滝田 正,吉永悟志,寺島一男,福田あかり:日作記,73, 336 (2004).

3) 森田 敏:農業技術,60, 442 (2005).

4) N. Inouchi, H. Ando, M. Asaoka, K. Okuno & H. Fuwa: Starch, 52, 8 (2000).

5) T. Umemoto & K. Terashima: Funct. Plant Biol., 29, 1121 (2002).

6) N. Tanaka, N. Fujita, A. Nishi, H. Satoh, Y. Hosaka, M. Ugaki, S. Kawasaki & Y. Nakamura: Plant Biotechnol. J., 2, 507 (2004).

7) T. Ohdan, T. Sawada & Y. Nakamura: J. Appl. Glycosci., 58, 19 (2011).

8) S. Asatsuma, C. Sawada, A. Kitajima, T. Asakura & T. Mitsui: J. Appl. Glycosci., 53, 187 (2006).

9) H. Yamakawa, T. Hirose, M. Kuroda & T. Yamaguchi: Plant Physiol., 144, 258 (2007).

10) 山川博幹,羽方 誠:化学と生物,49, 624 (2011).

11) T. Ishimaru, A. K. Horigane, M. Ida, N. Iwasawa, A. Y. San-oh, M. Nakazono, K. N. Nishizawa, T. Masumura, M. Kondo & M. Yoshida: J. Cereal Sci., 50, 166 (2009).

12) T. Mitsui, J. Yamaguchi & T. Akazawa: Plant Physiol., 110, 1395 (1996).

13) M. Tsuyokubo, T. Ookura, S. Tsukui, T. Mitsui & M. Kasai: Food Sci. Technol. Res., 18, 659 (2012).

14) T. Mitsui & K. Itoh: Trends Plant Sci., 2, 255 (1997).

15) A. Ochiai, H. Sugai, K. Harada, S. Tanaka, Y. Ishiyama, K. Ito, T. Tanaka, T. Uchiumi, M. Taniguchi & T. Mitsui: Biosci. Biotechnol. Biochem., 78, 989 (2014).

16) A. Kitajima, S. Asatsuma, H. Okada, Y. Hamada, K. Kaneko, Y. Nanjo, Y. Kawagoe, K. Toyooka, K. Matsuoka, A. Nakano et al.: Plant Cell, 21, 2844 (2009).

17) Y. Nanjo, H. Oka, N. Ikarashi, K. Kaneko, A. Kitajima, T. Mitsui, F. J. Muñoz, M. Rodríguez-López, E. Baroja-Fernández & J. Pozueta-Romero: Plant Cell, 18, 2582 (2006).

18) K. Kaneko, C. Yamada, A. Yanagida, T. Koshu, Y. Umezawa, K. Itoh, H. Hori & T. Mitsui: Plant Biotechnol., 28, 69 (2011).

19) T. Shiraya, T. Mori, T. Maruyama, M. Sasaki, T. Takamatsu, K. Oikawa, K. Itoh, K. Kaneko, H. Ichikawa & T. Mitsui: Plant Biotechnol. J., 13, 1251 (2015).

20) A. Villarejo, S. Burén, S. Larsson, A. Déjardin, M. Monné, C. Rudhe, J. Karlsson, S. Jansson, P. Lerouge, N. Rolland et al.: Nat. Cell Biol., 7, 1224 (2005).

21) S. Burén, C. Ortega-Villasante, A. Blanco-Rivero, A. Martínez-Bernardini, T. Shutova, D. Shevela, J. Messinger, L. Bako, A. Villarejo & G. Samuelsson: PLoS ONE, 6, e1 (2011).

22) K. Tsutsui, K. Kaneko, I. Hanashiro, K. Nishinari & T. Mitsui: J. Appl. Glycosci., 53, 187 (2013).

23) T. Mitsui, T. Shiraya, K. Kaneko & K. Wada: Front. Plant Sci., 4, 36 (2013).

24) 金古ほか:未発表データ.

25) M. Hakata, M. Kuroda, T. Miyashita, T. Yamaguchi, M. Kojima, H. Sakakibara, T. Mitsui & H. Yamakawa: Plant Biotechnol. J., 10, 1110 (2012).

26) 山川博幹,羽方 誠,黒田昌治,宮下朋美,山口武志,小嶋美紀子,榊原 均,三ツ井敏明:JATAFFジャーナル,1, 24 (2013).

27) A. Kobayashi, J. Sonoda, K. Sugimoto, M. Kondo, N. Iwasawa, T. Hayashi, K. Tomita, M. Yano & T. Shimizu: Breed. Sci., 63, 339 (2013).

28) K. C. She, H. Kusano, K. Koizumi, H. Yamakawa, M. Hakata, T. Imamura, M. Fukuda, N. Naito, Y. Tsurumaki, M. Yaeshima et al.: Plant Cell, 22, 3280 (2010).

29) M. Fukuda, L. Wen, M. Satoh-Cruz, Y. Kawagoe, Y. Nagamura, T. W. Okita, H. Washida, A. Sugino, S. Ishino, Y. Ishino et al.: Plant Physiol., 162, 663 (2013).

30) Y. Ren, Y. Wang, F. Liu, K. Zhou, Y. Ding, F. Zhou, Y. Wang, K. Liu, L. Gan, W. Ma et al.: Plant Cell, 26, 410 (2014).

31) 石崎和彦:農業技術,60, 458 (2005).

32) 農林水産省:平成22年度高温適応技術レポート.

33) Y. Tanaka, T. Hibino, Y. Hayashi, A. Tanaka, S. Kishitani, T. Takabe, S. Yokota & T. Takabe: Plant Sci., 148, 131 (1999).

34) F.-Z. Wang, Q.-B. Wang, S.-Y. Kwon, S.-S. Kwak & W.-A. Su: J. Plant Physiol., 162, 465 (2005).

35) Y. Onda, T. Kumamaru & Y. Kawagoe: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 106, 14156 (2009).

36) Y. Onda, A. Nagamine, M. Sakurai, T. Kumamaru, M. Ogawa & Y. Kawagoe: Plant Cell, 23, 210 (2011).

37) Y. Onda & Y. Kawagoe: Plant Signal. Behav., 6, 1966 (2011).