解説

ビフィズス菌ゲノムサイエンスの現状と課題

Current Trends and Issues of Genome Science of Bifidobacteria

Ayako Horigome

堀米 綾子

森永乳業株式会社基礎研究所

Toshitaka Odamaki

小田巻 俊孝

森永乳業株式会社基礎研究所

Published: 2016-03-20

1899年にTissier博士により健康な母乳栄養児の糞便から初めて分離されたビフィズス菌は,乳幼児の健康を守る微生物として注目され,多くの研究からヒトの健康維持に大きく寄与することが明らかにされてきた.その結果,現在はプロバイオティクスとしてヨーグルトやサプリメントなどの食品や,医薬品に幅広く利用され,多くの人々にとって身近なものとなっている.ところが,乳幼児の腸管内にビフィズス菌が最優勢に棲息する理由や,ビフィズス菌のもつさまざまな生理機能の詳細なメカニズムについてなど不明な点も多く残されている.本稿では,近年のゲノム解析を通じて詳細が明らかにされつつあるビフィズス菌の進化や棲息環境適応機構などについて紹介し,今後の課題についても論じたい.

ゲノム情報から推測されるビフィズス菌の特徴

「ビフィズス菌」とは,腸内細菌叢の主要構成菌であるBifidobacterium属の細菌を指し,2015年8月時点で45種,9亜種に分類されている.各種・亜種の棲息環境は,ヒトやその他哺乳類,鳥類や昆虫の腸管などによって異なっているが,主にヒト腸管から検出されるビフィズス菌(Human-Residential Bifidobacteria; HRB)は10菌種程度であり,さらに乳児と成人で棲息する菌種も異なっている(図1図1■ヒト腸管に棲息する主なビフィズス菌種 Human-Residential Bifidobacteria (HRB)).興味深いことに,唯一Bifidobacterium longum subsp. longumは乳児から成人まで幅広い年齢層で検出されることが知られている.離乳前の乳児腸管内にはビフィズス菌が非常に高い割合で棲息しており,未熟な乳幼児を守るべく腸内の環境維持に貢献していると考えられている.ヒトへの生理作用については,整腸作用をはじめとして免疫調節作用や,アレルギー抑制作用,感染防御作用,抗メタボ作用など数多くの報告(1)1) 日本乳酸菌学会(編):“乳酸菌とビフィズス菌のサイエンス”,京都大学学術出版会,2010, p. 495.があり,一部の生理作用については近年のゲノム解析を含むオミクス技術などにより詳細なメカニズムが解明されている(2, 3)2) S. Fukuda, H. Toh, K. Hase, K. Oshima, Y. Nakanishi, K. Yoshimura, T. Tobe, J. M. Clarke, D. L. Topping, T. Suzuki et al.: Nature, 469, 543 (2011).3) H. Sugahara, T. Odamaki, S. Fukuda, T. Kato, J. Xiao, F. Abe, J. Kikuchi & H. Ohno: Sci. Rep., 5, Article number: 13548 (2015).

図1■ヒト腸管に棲息する主なビフィズス菌種 Human-Residential Bifidobacteria (HRB)

各種・亜種の棲息環境は異なっているが,主にヒト腸管から検出されるビフィズス菌は10菌種程度であり,乳児と成人でも棲息する菌種が異なる.

現在GOLD(Genome OnLine Database)にゲノム配列が登録されているビフィズス菌は279株(うち46株は完全長配列)であり,ほかの生物種同様その数は飛躍的に増加している.48種・亜種基準株のゲノム情報を整理した論文によると,ビフィズス菌のゲノム構造は,サイズが2.28±0.36 Mbp,推定されるタンパク質コード遺伝子は1825±306個であり,60.39±2.78%と高いGC含量を示すことが特徴である(4)4) G. A. Lugli, C. Milani, F. Turroni, S. Duranti, C. Ferrario, A. Viappiani, L. Mancabelli, M. Mangifesta, B. Taminiau, V. Delcenserie et al.: Appl. Environ. Microbiol., 80, 6383 (2014).

ビフィズス菌で初めて全ゲノム解析が行われたのは乳児糞便を分離源とするB. longum NCC2705株である(5)5) M. A. Schell, M. Karmirantzou, B. Snel, D. Vilanova, B. Berger, G. Pessi, M.-C. Zwahlen, F. Desiere, P. Bork, M. Delley et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 99, 14422 (2002)..本株で最も特徴的であった点は,炭水化物代謝・輸送関連遺伝子の割合が全遺伝子の8.5%以上と高く,オリゴ糖や多糖の分解に必要な遺伝子群を保有する点であった.NCC2705株はゲノム全体で計16のインタクトな挿入配列(IS)やプロファージ配列などを有し,平均から逸脱したGC含量を示す領域が6カ所存在したが,炭水化物代謝関連遺伝子に注目した場合も近傍にISが存在する遺伝子や真核生物型の遺伝子が含まれていたことから,それらは水平伝播により獲得されたと推測された.さらに7つのオリゴ糖代謝遺伝子クラスターの中にはごく最近遺伝子重複によって生じたと推測される遺伝子も存在していた.Bifidobacterium属47種・亜種基準株の比較ゲノム解析を実施した報告においても,全47株で保有する全遺伝子(パンゲノム)の10.2%が炭水化物代謝関連遺伝子であり,さらに多くのプロファージ様配列(パンゲノムの3.2%に相当)や多くのISが確認されている(6)6) C. Milani, G. A. Lugli, S. Duranti, F. Turroni, F. Bottacini, M. Mangifesta, B. Sanchez, A. Viappiani, L. Mancabelli, B. Taminiau et al.: Appl. Environ. Microbiol., 80, 6290 (2014)..ゆえに当属細菌が特殊な棲息環境である大腸下部,つまり栄養素として宿主からの分泌物や,さまざまな食事由来の残渣である難消化性の炭水化物が存在する環境に適応するために,水平伝播によってそれら炭水化物を利用する経路を獲得しながら進化してきたと推定される.

ヨーグルトなどに用いられる乳酸菌(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricusStreptococcus thermophilusなど)は,乳という栄養豊富な環境に棲息していることからアミノ酸要求性が高く,アミノ酸合成経路に関する遺伝子の多くを欠損しているといった特徴を有している.しかし,NCC2705株は栄養素の乏しい大腸下部を棲息する環境としているためか,すべてのアミノ酸に加えて核酸や一部のビタミンに関する合成経路を保有していた.

さらにNCC2705株のゲノム解析では,それまでビフィズス菌においてその存在が認識されていなかった線毛の合成遺伝子の存在が明らかになった.後にビフィズス菌には幅広くこのオーソログ遺伝子が存在しており(7, 8)7) M. O’Connell Motherway, A. Zomer, S. C. Leahy, J. Reunanen, F. Bottacini, M. J. Claesson, F. O’Brien, K. Flynn, P. G. Casey, J. A. M. Munoz et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 11217 (2011).8) A. Iguchi, N. Umekawa, T. Maegawa, H. Tsuruta, T. Odamaki, J.-Z. Xiao & R. Osawa: Antonie van Leeuwenhoek, 99, 457 (2011).,形態学的にも線毛の存在が確認され(9)9) E. Foroni, F. Serafini, D. Amidani, F. Turroni, F. He, F. Bottacini, M. O’Connell Motherway, A. Viappiani, Z. Zhang, C. Rivetti et al.: Microb. Cell Fact., 10(Suppl. 1), S16 (2011).,ヒト腸管細胞への接着作用への関与が明らかにされたことから(10)10) F. Turroni, F. Serafini, E. Foroni, S. Duranti, M. O’Connell Motherway, V. Taverniti, M. Mangifesta, C. Milani, A. Viappiani, T. Roversi et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 11151 (2013).,線毛による宿主細胞への接着機構がビフィズス菌に広く分布していることが推測された.また,NCC2705株のゲノム情報から発見されたセリンプロテアーゼインヒビターであるセルピンをコードする遺伝子は,B. longumBifidobacterium breve間で保存されていることが報告されており(11, 12)11) F. Turroni, E. Foroni, M. O. C. Motherway, F. Bottacini, V. Giubellini, A. Zomer, A. Ferrarini, M. Delledonne, Z. Zhang, D. Van Sinderen et al.: Appl. Environ. Microbiol., 76, 3206 (2010).12) T. Odamaki, A. Horigome, H. Sugahara, N. Hashikura, J. Minami, J. Xiao & F. Abe: Int. J. Genomics, Article ID 567809, 12 pages (2015).,腸管での宿主由来プロテアーゼ耐性や,ヒト好中球エラスターゼの活性阻害を介した抗炎症作用への関与も示唆されている(13)13) D. Ivanov, C. Emonet, F. Foata, M. Affolter, M. Delley, M. Fisseha, S. Blum-Sperisen, S. Kochhar & F. Arigoni: J. Biol. Chem., 281, 17246 (2006).

ゲノム情報から推測されるビフィズス菌の分類と進化過程

細菌の分類は,従来からの形態的な特徴や糖類利用性などの生化学的な性質に加え,16S rRNA遺伝子の相同性解析を実施するのが一般的である.しかし,これも一つの遺伝子情報を用いた解析にすぎないためその解像度が十分とは言えず,系統学的に矛盾した結果も散見される.この分類に関する問題解決に向け,近年のゲノム配列情報の急速な蓄積を背景に,2株間の全ゲノム配列の類似度を算出するANI(Average Nucleotide Identity, 95%以上で同一種)値という指標が提唱されている.LugliらおよびSunらは,Bifidobacterium属種・亜種の基準株を用いた解析から高いANI値を根拠としてBifidobacterium adolescentisBifidobacterium stercorisなどいくつかの種について,一つの種に統合するのが適当であると提案している(4, 14)4) G. A. Lugli, C. Milani, F. Turroni, S. Duranti, C. Ferrario, A. Viappiani, L. Mancabelli, M. Mangifesta, B. Taminiau, V. Delcenserie et al.: Appl. Environ. Microbiol., 80, 6383 (2014).14) Z. Sun, W. Zhang, C. Guo, X. Yang, W. Liu, Y. Wu, Y. Song, L. Y. Kwok, Y. Cui, B. Menghe et al.: PLoS ONE, 10, e0117912 (2015)..一方で,Bifidobacterium pseudolongum subsp. pseudolongumB. pseudolongum subsp. globosumについてはANI値が93.9%と低いことから亜種ではなく別々の種としたほうが適当であるとの報告もある(4)4) G. A. Lugli, C. Milani, F. Turroni, S. Duranti, C. Ferrario, A. Viappiani, L. Mancabelli, M. Mangifesta, B. Taminiau, V. Delcenserie et al.: Appl. Environ. Microbiol., 80, 6383 (2014)..今後,ANI値のような全ゲノム情報を活用した細菌の分類が一般的に行われるようになり,より正確な分類体系が確立されていくものと期待される.

蓄積された多数のゲノム情報は,ビフィズス菌の進化過程を考察するうえでも重要な知見をもたらしている.これまで,28種・亜種28株の7つのハウスキーピング遺伝子を用いたMLST解析や,5種3亜種11株と同科に属するGardnerella vaginalis 1株を加えた計12株の471のコア遺伝子を用いた解析から,ミツバチなどの腸管から分離されるBifidobacterium asteroidesが最も古い系統と推測されていた(15, 16)15) F. Bottacini, C. Milani, F. Turroni, B. Sánchez, E. Foroni, S. Duranti, F. Serafini, A. Viappiani, F. Strati, A. Ferrarini et al.: PLoS ONE, 7, 1 (2012).16) M. Ventura, C. Canchaya, A. Del Casale, F. Dellaglio, E. Neviani, G. F. Fitzgerald & D. van Sinderen: Int. J. Syst. Evol. Microbiol., 56, 2783 (2006)..しかし,Sunら(14)14) Z. Sun, W. Zhang, C. Guo, X. Yang, W. Liu, Y. Wu, Y. Song, L. Y. Kwok, Y. Cui, B. Menghe et al.: PLoS ONE, 10, e0117912 (2015).が,Bifidobacterium属45種・亜種のゲノム情報から得た402個のコア遺伝子配列を用いて系統樹を作成し,共通祖先からの分岐数を調査したところ,ビフィズス菌にとって最初の宿主はブタと推測され,そこから早い段階でハチに伝播したと考えられた.さらに最初の宿主からは別ルートで家禽類や齧歯類などにも伝播し,最後にサルやヒトといった霊長類へ渡り歩いてきたという進化過程が推定された.

また,MilaniらによるBifidobacterium属47種・亜種の基準株とBifidobacteriaceae科に属するほかの5菌種の計52株を用いた比較ゲノム解析から,現存するビフィズス菌種は,祖先の遺伝子を比較的よく保持しながらも非常に多くの遺伝子,特に炭水化物代謝関連遺伝子を獲得しながら進化してきたことが示唆されている(6)6) C. Milani, G. A. Lugli, S. Duranti, F. Turroni, F. Bottacini, M. Mangifesta, B. Sanchez, A. Viappiani, L. Mancabelli, B. Taminiau et al.: Appl. Environ. Microbiol., 80, 6290 (2014).

上記のように,多菌種にわたる幅広いゲノム情報はビフィズス菌の進化を考えるうえで非常に有用な知見を与え続けている.しかしこれら多くの研究では各種・亜種1株ずつを対象としていることから,菌種としての共通性や菌株間のバリエーションについては別途検証の必要がある.同種内の複数株を用いた解析としては,B. breveBifidobacterium animalis subsp. lactisに関する報告などがある.前者の報告(17)17) F. Bottacini, M. O’Connell Motherway, J. Kuczynski, K. J. O’Connell, F. Serafini, S. Duranti, C. Milani, F. Turroni, G. A. Lugli, A. Zomer et al.: BMC Genomics, 15, 170 (2014).では8株の比較ゲノム解析からB. breveのゲノムには8つの可変領域が存在し,その領域中のおよそ3分の1の遺伝子が水平伝播によって獲得されたと推定されること,さらにその領域には炭水化物代謝関連遺伝子や宿主細胞への接着にかかわる線毛関連の遺伝子が存在することから,当種内における多様性は環境適応の結果であることが示唆されている.一方,B. animalis subsp. lactisの比較ゲノム解析からは,解析した10株のゲノム配列類似度が非常に高いことが示されていることから(18)18) C. Milani, S. Duranti, G. A. Lugli, F. Bottacini, F. Strati, S. Arioli, E. Foroni, F. Turroni, D. van Sinderen & M. Ventura: Appl. Environ. Microbiol., 79, 4304 (2013).,当亜種はごく最近B. animalis subsp. animalisから分化した分類群であり,別々の菌株として扱われているものでも,形質などの類似性は高いと推測されている.

ヒト腸管に棲息するビフィズス菌種の特徴の理解に向けて

ビフィズス菌における各種・亜種がそれぞれ異なる棲息環境に適応しながら特徴的なゲノム構造を形作ってきたことは進化の観点から推測されるが,具体的にどのような進化適応が起きたのかについては依然不明な点が多い.われわれは「何故ヒトには特定のビフィズス菌種が棲息しているのか」という命題を解決すべく,ゲノム情報を起点にその原因解明に取り組んでいる.

本研究ではまず,プロバイオティクスとして乳製品などにも幅広く利用されている3菌種を対象に比較ゲノム解析を実施し,その本質的な差異を見いだすことを目的とした(12)12) T. Odamaki, A. Horigome, H. Sugahara, N. Hashikura, J. Minami, J. Xiao & F. Abe: Int. J. Genomics, Article ID 567809, 12 pages (2015)..HRBであるB. longum(subsp. longumおよびinfantis)とB. breve,およびヒトには棲息していないnon-HRB(nHRB)であるB. animalis(subsp. animalisおよびlactis)の計49株のコアゲノムを解析対象とした結果,HRBの2種で共通して保有する遺伝子数が非常に多いのに対し,HRBとnHRBが共通している遺伝子数は少なく,棲息環境によって特徴的な遺伝子構成を有することが示唆された(図2図2■B. longumB. breveおよびB. animalisのコア遺伝子におけるオーソログ遺伝子数).そこで菌種特有の遺伝子を詳細に確認したところ,HRBとnHRBとの間には炭水化物の代謝関連遺伝子に大きな違いがあり,特に乳児型HRBには,母乳に含まれるヒトミルクオリゴ糖(Human Milk Oligosaccharide; HMO)の代謝関連遺伝子が多く分布していることが示された.

図2■B. longumB. breveおよびB. animalisのコア遺伝子におけるオーソログ遺伝子数

文献13より改変.HRB(B. longumB. breve)およびnHRB(B. animalis)の3菌種それぞれのコア遺伝子に対する共通性を示した.HRB間でのオーソログ遺伝子数が多いことから,棲息環境による遺伝子構成の差異がうかがえる.

HMOは130種類以上の分子種を含む複雑な混合物であり,ビフィズス菌最優勢の乳児腸内細菌叢の形成に重要な役割を果たしていることが21世紀に入り実験で証明されている(19)19) M. Kitaoka, J. Tian & M. Nishimoto: Appl. Environ. Microbiol., 71, 3158 (2005)..HMOは12種のコア構造に対してフコースやシアル酸がさまざまな位置に付加された構造として記述することができるが,コア構造の中でもラクト-N-テトラオース(LNT)を含む構造が主成分であり,ヒト特有とされている(20)20) 浦島 匡,朝隈貞樹,福田健二:ミルクサイエンス,56, 155 (2008).図1図1■ヒト腸管に棲息する主なビフィズス菌種 Human-Residential Bifidobacteria (HRB)に示した乳児型HRB 4種・亜種は,in vitroにてLNTの資化能が報告されており(21, 22)21) S. Asakuma, E. Hatakeyama, T. Urashima, E. Yoshida, T. Katayama, K. Yamamoto, H. Kumagai, H. Ashida, J. Hirose & M. Kitaoka: J. Biol. Chem., 286, 34583 (2011).22) R. E. Ward, M. Niñonuevo, D. A. Mills, C. B. Lebrilla & J. B. German: Mol. Nutr. Food Res., 51, 1398 (2007).Bifidobacterium bifidumB. longum subsp. longumの一部からは細胞外でLNTをラクト-N-ビオース(LNB)と乳糖に分解するラクト-N-ビオシダーゼ(LNBase)遺伝子(23, 24)23) J. Wada, T. Ando, M. Kiyohara, H. Ashida, M. Kitaoka, M. Yamaguchi, H. Kumagai, T. Katayama & K. Yamamoto: Appl. Environ. Microbiol., 74, 3996 (2008).24) H. Sakurama, M. Kiyohara, J. Wada, Y. Honda, M. Yamaguchi, S. Fukiya, A. Yokota, H. Ashida, H. Kumagai, M. Kitaoka et al.: J. Biol. Chem., 288, 25194 (2013).が単離されている.LNTから切り出されたLNBは,HMOなどを利用するうえで最も重要であると考えられているGNB(ガラクト-N-ビオース)/LNB経路(19)19) M. Kitaoka, J. Tian & M. Nishimoto: Appl. Environ. Microbiol., 71, 3158 (2005).と呼ばれる経路で代謝される.一方,B. longum subsp. infantisは,HMOのトランスポーターやフコシダーゼ,シアリダーゼなどHMO代謝に必要なすべてのグリコシダーゼ遺伝子を含む約43 kbpにわたる遺伝子クラスターを有しており,HMOを分解することなく細胞内に取り込み細胞内で代謝すると考えられている(25)25) D. A. Sela, J. Chapman, A. Adeuya, J. H. Kim, F. Chen, T. R. Whitehead, A. Lapidus, D. S. Rokhsar, C. B. Lebrilla, J. B. German et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 105, 18964 (2008).

HRBとnHRBの比較ゲノム解析の結果,ほぼすべてのHRBはGNB/LNB経路に必要な遺伝子を保持しており,一部の菌種・菌株がフコシダーゼ,シアリダーゼ,LNBaseなどをコードする遺伝子を保有していた.これに対して,nHRBでは上記遺伝子のほとんどを保有していなかった(12)12) T. Odamaki, A. Horigome, H. Sugahara, N. Hashikura, J. Minami, J. Xiao & F. Abe: Int. J. Genomics, Article ID 567809, 12 pages (2015)..この遺伝子の分布の違いは,HMOに対する資化性の違いを示唆するものであり,われわれが以前に実施したin vitroでのLNBに対する資化性とも一致していた(26)26) J. Xiao, S. Takahashi, M. Nishimoto, T. Odamaki, T. Yaeshima, K. Iwatsuki & M. Kitaoka: Appl. Environ. Microbiol., 76, 54 (2010)..そこで次に,HRBおよびnHRBの計37株を用いて,実際に母乳中での増殖性を確認することとした.母乳は,すべてのビフィズス菌種が資化できる乳糖を6~7%含有していることから,作業仮説としては,「乳児型HRBはほかのビフィズス菌種よりも若干生育速度が速いのではないか」というものであった.ところが,実験の結果,乳児型HRBが増殖を示した一方で,成人型HRBやnHRBではほとんどの株が増殖を示さないどころか,検出限界以下まで菌数が低下してしまった(27)27) J. Minami, T. Odamaki, N. Hashikura, F. Abe & J. Xiao: Benef. Microbes, 7, 53 (2016)..菌数の低下した菌株は,酵母エキスやグルコースなどを添加した母乳においても増殖を示さないことから,栄養素が不足しているのではなく,母乳に含まれる何らかの抗菌活性物質により,生育阻害を引き起こしていると考えられた.母乳中にはラクトフェリンなどさまざまな抗菌活性物質が含まれているが,なかでもリゾチームはほかの哺乳類の乳と比較してヒトの母乳での含有量が数千倍高いことが報告されている(28)28) D. Clare, G. Catignani & H. Swaisgood: Curr. Pharm. Des., 9, 1239 (2003)..そこで実験に供した菌株のリゾチーム耐性を測定したところ,乳児型HRBが高い耐性を示し,nHRBが低い濃度のリゾチーム存在下で生育が抑制され,母乳での増殖性とリゾチーム耐性がよく相関していたことが判明した.これらのことから,nHRBは母乳中のリゾチームにより殺菌されているのではないかと考えられた.つまり,HMOの代謝能に加えてリゾチームへの耐性機構を獲得した乳児型HRBは,母乳との親和性を高めることで乳児腸管という特殊な環境に高度に適応してきたと考えられた.ただし,成人型HRBはある程度リゾチーム耐性を有しているにもかかわらず母乳中で菌数が低下してしまうことから,今後更なる検証が必要である(図3図3■棲息環境に適応したビフィズス菌種の特徴:乳児型ビフィズス菌の母乳との親和性).

図3■棲息環境に適応したビフィズス菌種の特徴:乳児型ビフィズス菌の母乳との親和性

乳児型HRBはHMO代謝能とヒトリゾチームへの耐性機構などを獲得したことで,乳児腸管内に適応したと推測された.

B. longum subsp. longumは,これまでに述べてきた乳児型HRBの特徴をある程度有している一方で,アラビノガラクタンなど植物由来の難消化性糖質の資化に関連する遺伝子群も多く保有していた.これは,乳児の食事である母乳に加え,雑食となった成人の腸内へ到達する炭水化物も資化できることを示唆している.このゲノム情報から推測された幅広い炭水化物資化能こそが,唯一B. longum subsp. longumが乳児から成人まで幅広い年齢層に棲息している理由であろうと考えている.

HRBとnHRBの比較ゲノム解析は,ビタミン生合成にも違いが存在することを示していた.特に葉酸生合成遺伝子については,HRB全株でde novoの生合成経路を有することが示唆されたが,nHRBでは一部の遺伝子が欠如していた.そこで次にHRB菌株25株およびnHRB菌株19株を用いてin vitroでの葉酸産生量を測定したところ,HRBでは全菌株で培養液中の葉酸量が培養前と比べて増加したのに対し,nHRBではBifidobacterium thermophilumB. longum subsp. suisの5株を除いて葉酸量が減少していた(29)29) H. Sugahara, T. Odamaki, N. Hashikura, F. Abe & J. Xiao: Biosci. Microbiota Food Heal., 34, 87 (2015).図4図4■HRB(❶~❾)とnHRB(①~⑦)の葉酸産生量).さらにin vivoでの産生能を確認するため,HRBとしてB. longum subsp. longum BB536株を,nHRBとしてB. animalis subsp. lactis DSM10140T株をそれぞれ単独定着させた無菌マウスを作製したところ,BB536株を定着させたマウスでは糞便中の葉酸濃度に加え血中のヘモグロビン量やヘマトクリット値などが有意に高い値を示した.葉酸は核酸代謝やDNAメチル化など細胞代謝において重要な役割を担っているが,食事由来の葉酸は供給量が不安定であるうえに主に十二指腸や空腸上部で吸収されてしまう.そのため,HRBによる葉酸産生は宿主への安定的な供給を可能とし,特に大腸下部の細胞活動維持に重要な役割を果たすと考えられる.もしかすると,ヒトも自身の腸管にビタミンを供給するためにHRBを棲息させるような共進化を経てきたのかもしれない.

図4■HRB(❶~❾)とnHRB(①~⑦)の葉酸産生量

文献25より改変.MRSで培養後,すべてのHRB株で葉酸濃度が上昇していたのに対し,nHRB株では一部を除き減少していた.❶ B. catenulatum, ❷ B. pseudocatenulatum, ❸ B. adolescentis, ❹ B. longum ssp. infantis, ❺ B. dentium, ❻ B. angulatum, ❼ B. longum ssp. longum, ❽ B. breve, ❾ B. bifidum, ① B. longum ssp. suis, ② B. thermophilum, ③ B. pseudolongum ssp. pseudolongum, ④ B. magnum, ⑤ B. pseudolongum ssp. globosum, ⑥ B. animalis ssp. animalis, ⑦ B. animalis ssp. lactis

われわれは,比較ゲノム解析から得られた知見に基づいた培養試験・動物試験から「何故ヒトにはHRBが棲息しているのか」についてその一端ではあるが「自然の摂理」とも言える重要な知見を得ることができた.

今後の課題

本稿で紹介した内容を含め,ビフィズス菌のゲノム解析は多くの研究者によって進められているが,残念ながらその機能遺伝子の多くは実験的に確かめられていない相同性に基づいたアノテーション情報に過ぎず,機能未知の遺伝子も多い.これはビフィズス菌における効率的な遺伝子破壊技術の構築が,ほかの生物種と比較し遅れていることが一因として考えられる.しかし近年には効率的な遺伝子破壊技術開発に向けた研究が精力的に行われており,人工的なプラスミドメチル化による形質転換効率の向上(30)30) K. Yasui, Y. Kano, K. Tanaka, K. Watanabe, M. Shimizu-Kadota, H. Yoshikawa & T. Suzuki: Nucleic Acids Res., 37, e3 (2009).や,温度感受性プラスミドを利用した効率的な組換え体取得法(31)31) K. Sakaguchi, J. He, S. Tani, Y. Kano & T. Suzuki: Appl. Microbiol. Biotechnol., 95, 499 (2012).,二重交差によるマーカーレスな遺伝子破壊法(32)32) Y. Hirayama, M. Sakanaka, H. Fukuma, H. Murayama, Y. Kano, S. Fukiya & A. Yokota: Appl. Environ. Microbiol., 78, 4984 (2012).などが報告されている.また,B. breveでは,トランスポゾンを挿入した変異株ライブラリーの構築とその有用性についても報告されている(33)33) L. Ruiz, M. O. C. Motherway, N. Lanigan & D. van Sinderen: PLoS ONE, 8, e64699 (2013).

今後これらの技術を活用することで,ビフィズス菌の進化や宿主との関係,さらにはプロバイオティクスとしての機能性についての本質的な理解が進むと期待される.詳細な作用メカニズムを明らかにすることができれば,たとえば各個人により適したプロバイオティクスの提案も不可能ではない.個人の遺伝子型,年齢,ライフスタイルとビフィズス菌のゲノム情報などから最適なプロバイオティクスを選択するテーラーメイドプロバイオティクスの実現もそう遠くはないのかもしれない.

Reference

1) 日本乳酸菌学会(編):“乳酸菌とビフィズス菌のサイエンス”,京都大学学術出版会,2010, p. 495.

2) S. Fukuda, H. Toh, K. Hase, K. Oshima, Y. Nakanishi, K. Yoshimura, T. Tobe, J. M. Clarke, D. L. Topping, T. Suzuki et al.: Nature, 469, 543 (2011).

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