Kagaku to Seibutsu 54(4): 266-272 (2016)
解説
酵母におけるマイトファジーの分子機構と生理的役割
The Molecular Mechanisms and Physiological Role of Mitophagy in Yeast
Published: 2016-03-20
オートファジーは,細胞質成分をオートファゴソームと呼ばれる脂質二重膜で非選択的に包み込み,内容物をリソソーム/液胞で分解・再利用する現象である.近年,オートファジーにはこの非選択的な取り込み以外にも特定のタンパク質やオルガネラを選択的に分解する機構があることが明らかになってきた.ミトコンドリアを選択的に分解するオートファジーはミトコンドリアオートファジー(略してマイトファジー)と称され,過剰あるいは機能低下に陥ったミトコンドリアを選択的に分解することでミトコンドリアの品質管理にかかわっていると考えられている.本稿では,主に出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeにおけるマイトファジーの分子機構と生理的役割について解説する.
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2016 公益社団法人日本農芸化学会
オートファジーは,酵母からヒトまで真核生物において高度に保存された細胞内タンパク質・オルガネラの分解およびリサイクル機構の一つであり,栄養飢餓・酸化ストレス・細菌感染・炎症などさまざまなストレスによって誘導される.オートファジーが誘導されると,細胞質内に隔離膜と呼ばれるカップ状の膜構造が出現し,この隔離膜が伸展とともに細胞質成分を包み込み,最終的に膜が閉じることによって二重膜のオートファゴソームが形成される.引き続き,オートファゴソームはリソソーム(酵母や植物では液胞)と融合し,そこで取り込まれた細胞質成分は加水分解酵素の作用によってアミノ酸・核酸・脂肪酸などの栄養素にまで分解される.生じた栄養素は再び細胞質に戻され再利用される(1)1) Z. Yang & D. J. Klionsky: Nat. Cell Biol., 12, 814 (2010)..最近の研究から,オートファジーは栄養素のリサイクル機構としてだけではなく,発生,腫瘍の抑制,免疫応答,加齢にも関与し,さらには感染,神経変性疾患,心筋症,糖尿病などの疾病予防においても重要な役割をもつことも明らかにされてきている(2)2) N. Mizushima, B. Levine, A. M. Cuervo & D. J. Klionsky: Nature, 451, 1069 (2008)..オートファジーの研究は,最近20年間で大きく発展したが,最初のブレイクスルーは,Ohsumiらによる出芽酵母のオートファジー関連遺伝子(autophagy-related geneまたはATG遺伝子)の発見である(3, 4)3) M. Tsukada & Y. Ohsumi: FEBS Lett., 333, 169 (1993).4) H. Nakatogawa, K. Suzuki, Y. Kamada & Y. Ohsumi: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 10, 458 (2009)..初期に同定されたATG遺伝子は,ほとんどが哺乳類にも保存されており,その機能解析が現在のオートファジーの分子機構や生理的意義の理解に結びついている.後に述べる選択的オートファジーに関するものも含めると,出芽酵母では40個のATG遺伝子が同定されている.
近年の研究によって,オートファジーは細胞質成分の非選択的な分解(バルクオートファジー)だけではなく,特定のタンパク質やオルガネラを選択的に分解(選択的オートファジー)することも明らかとなってきた(5)5) K. Suzuki: Cell Death Differ., 20, 43 (2013)..具体的な分解対象として,ミトコンドリア(マイトファジー),ペルオキシソーム(ペキソファジー),リボソーム(リボファジー),小胞体(ERファジー),核成分(ヌクレオファジー),脂肪滴(リポファジー),タンパク質の凝集体(アグリファジー),細胞内侵入病原菌(ゼノファジー)などが知られている.また,酵母においてのみ報告されているCvt(Cytoplasm-to-vacuole targeting)経路は,アミノペプチダーゼI(Ape1)やα-マンノシダーゼ(Ams1)などの液胞内加水分解酵素をオートファジー様のプロセスで液胞へ輸送している(5)5) K. Suzuki: Cell Death Differ., 20, 43 (2013)..本稿では,細胞活動に必要なATPの大部分を産生するミトコンドリアをオートファジーが選択的に分解する現象,すなわちマイトファジーについて,酵母(特に断りのない限りは出芽酵母Saccharomyces cerevisiae)における分子機構と生理的意義について解説する.
Takeshigeらは,窒素源飢餓後に液胞内にミトコンドリアが認められることを電子顕微鏡観察で示している(6)6) K. Takeshige, M. Baba, S. Tsuboi, T. Noda & Y. Ohsumi: J. Cell Biol., 119, 301 (1992)..これは,酵母において,ミトコンドリアがオートファジーで分解されることを示した最初の報告であるが,当時は,オートファジーが選択的にミトコンドリアを分解しているかどうかや,その分子機構については全く不明であった.その後,KissovaらやTalらが,ミトコンドリア移行シグナルを付したGreen Fluorescent Protein(GFP)を発現させミトコンドリアをGFPで可視化し,GFPが液胞内に蓄積することを指標にマイトファジーを観察している.彼らはこの方法を用いて,それぞれUth1, Aup1というミトコンドリアタンパク質をマイトファジー関連因子として報告しているが(7, 8)7) I. Kissova, M. Deffieu, S. Manon & N. Camougrand: J. Biol. Chem., 279, 39068 (2004).8) R. Tal, G. Winter, N. Ecker, D. J. Klionsky & H. Abeliovich: J. Biol. Chem., 282, 5617 (2007).,いずれもその後の研究でマイトファジーとのかかわりは否定されている(9, 10)9) T. Kanki, K. Wang, Y. Cao, M. Baba & D. J. Klionsky: Dev. Cell, 17, 98 (2009).10) E. Welter, M. Montino, R. Reinhold, P. Schlotterhose, R. Krick, J. Dudek, P. Rehling & M. Thumm: FEBS J., 280, 4970 (2013)..
Kankiらがマイトファジーと既知のATG遺伝子との関連を調べたところ,ほとんどのATG遺伝子がマイトファジーに必須であった.このことは,マイトファジーは基本的にオートファジーと同じ分子機構を利用してミトコンドリアを分解していることを示唆している(11)11) T. Kanki & D. J. Klionsky: J. Biol. Chem., 283, 32386 (2008)..一方で,すでに選択的オートファジーとして知られていたCvt経路やペキソファジーに必要であるが,バルクオートファジーには必要ないATG11, ATG20, ATG24がマイトファジーにも必要であったことから,マイトファジーも選択的オートファジーであると考えられた(11)11) T. Kanki & D. J. Klionsky: J. Biol. Chem., 283, 32386 (2008)..その後,OkamotoらとKankiらの2つのグループによって酵母遺伝子破壊株ライブラリーを用いたマイトファジー不能株のスクリーニングが行われ,それぞれ30以上のマイトファジー関連遺伝子が同定されたが,この中に共通してマイトファジー必須遺伝子であるATG32が含まれていた(12, 13)12) K. Okamoto, N. Kondo-Okamoto & Y. Ohsumi: Dev. Cell, 17, 87 (2009).13) T. Kanki, K. Wang, M. Baba, C. R. Bartholomew, M. A. Lynch-Day, Z. Du, J. Geng, K. Mao, Z. Yang, W. L. Yen et al.: Mol. Biol. Cell, 20, 4730 (2009)..ATG32がコードするAtg32は,529アミノ酸残基からなり,1カ所の膜貫通ドメインをもつミトコンドリア外膜タンパク質である.Atg32は,バルクオートファジーやそのほかの選択的オートファジーには関与しないため,マイトファジー特異的な因子であった.また,Atg32はマイトファジー誘導条件下で細胞質タンパク質Atg11と結合することが免疫沈降法や酵母ツーハイブリッド法で示されており,Atg32がミトコンドリア上のレセプターとして機能し,Atg11と特異的に結合することでオートファジーの積荷としてのミトコンドリアを選択していると考えられる(9, 12)9) T. Kanki, K. Wang, Y. Cao, M. Baba & D. J. Klionsky: Dev. Cell, 17, 98 (2009).12) K. Okamoto, N. Kondo-Okamoto & Y. Ohsumi: Dev. Cell, 17, 87 (2009)..さらに,Atg32は隔離膜形成に必須のAtg8と結合するモチーフ(Atg8-family interacting motif(AIM)または LC3-interacting region(LIR))を有しており,Atg32–Atg8の結合もマイトファジー過程において重要な役割を果たしていることが示唆される(12)12) K. Okamoto, N. Kondo-Okamoto & Y. Ohsumi: Dev. Cell, 17, 87 (2009)..
Atg32特異的抗体を用いたウェスタンブロットによるAtg32のバンドパターンの解析から,Atg32はマイトファジー誘導時にリン酸化されること,さらにその主なリン酸化部位がSer114とSer119の2カ所であることが明らかとなった(14)14) Y. Aoki, T. Kanki, Y. Hirota, Y. Kurihara, T. Saigusa, T. Uchiumi & D. Kang: Mol. Biol. Cell, 22, 3206 (2011)..特に,Ser114をアラニンに置換したAtg32変異体は,Atg11との結合能がなく,マイトファジーも全く誘導することができなかった(14)14) Y. Aoki, T. Kanki, Y. Hirota, Y. Kurihara, T. Saigusa, T. Uchiumi & D. Kang: Mol. Biol. Cell, 22, 3206 (2011)..さらに,メタノール資化性酵母Pichia pastorisのPpAtg32(Atg32オルソログ)もSer114に相当するSer159残基を有しており,この変異体においてもマイトファジーの誘導は見られなかったことから,Atg32のリン酸化はマイトファジーにおける重要な分子スイッチであることが示唆される(15)15) M. Aihara, X. Jin, Y. Kurihara, Y. Yoshida, Y. Matsushima, M. Oku, Y. Hirota, T. Saigusa, Y. Aoki, T. Uchiumi et al.: J. Cell Sci., 127, 3184 (2014)..
このようなリン酸化依存的な選択的オートファジーの分子機構は,その後,マイトファジーだけでなくペキソファジーやCvt経路においても報告されている(16)16) C. Tanaka, L. J. Tan, K. Mochida, H. Kirisako, M. Koizumi, E. Asai, M. Sakoh-Nakatogawa, Y. Ohsumi & H. Nakatogawa: J. Cell Biol., 207, 91 (2014)..ペキソファジーのレセプターであるAtg36のSer97のリン酸化や,Cvt経路のレセプターであるAtg19とAtg34のそれぞれSer391, Ser394とSer383のリン酸化は,レセプターとAtg11との結合に必須であり,それぞれの選択的オートファジーに重要な分子スイッチとなっている.
マイトファジーを正に制御するシグナル伝達経路として,細胞壁完全性に関与するSlt2と高浸透圧応答に関与するHog1の2つのMAPK(mitogen-activated protein kinase)経路が報告されている.Slt2経路の上流にある細胞壁の損傷などを感知する6つのセンサータンパク質(Wsc1~4, Mid2, Mtl1)の中でもWsc1が関連しており,その下流のPkc1, Bck1, Mkk1/2を通じてSlt2に至るまでのシグナル経路がマイトファジーに重要である(17)17) K. Mao, K. Wang, M. Zhao, T. Xu & D. J. Klionsky: J. Cell Biol., 193, 755 (2011)..しかしながら,Slt2の下流がどのようにマイトファジーに関与しているかについては明らかになっていない.Hog1経路の上流にある2つの浸透圧センサーのうちのSln1支経路がかかわっており,その下流のSsk1, Pbs2を通じHog1までのシグナル経路がマイトファジーに重要である.Hog1の下流の詳細はいまだ不明であるが,HOG1遺伝子破壊株においてはAtg32のリン酸化がほとんど見られなくなることから,この経路はAtg32のリン酸化を制御していると考えられる(18)18) T. Kanki, Y. Kurihara, X. Jin, T. Goda, Y. Ono, M. Aihara, Y. Hirota, T. Saigusa, Y. Aoki, T. Uchiumi et al.: EMBO Rep., 14, 788 (2013)..酵母のプロテインキナーゼの遺伝子破壊株を用いたスクリーニングによって,カゼインキナーゼ2(CK2)がAtg32のin vivoでのリン酸化に必須であることが見いだされた(18)18) T. Kanki, Y. Kurihara, X. Jin, T. Goda, Y. Ono, M. Aihara, Y. Hirota, T. Saigusa, Y. Aoki, T. Uchiumi et al.: EMBO Rep., 14, 788 (2013)..CK2の変異株やCK2特異的な阻害剤を用いた解析によって,CK2はAtg32–Atg11の相互作用やマイトファジーに必須であること,Atg32はCK2によって直接リン酸化されることが明らかとなった(18)18) T. Kanki, Y. Kurihara, X. Jin, T. Goda, Y. Ono, M. Aihara, Y. Hirota, T. Saigusa, Y. Aoki, T. Uchiumi et al.: EMBO Rep., 14, 788 (2013)..これらの結果から,Hog1シグナルに応じてCK2がAtg32のリン酸化を制御していると予想されるが,その制御機構は明らかにされていない(図1図1■出芽酵母におけるマイトファジーの分子機構).
Hog1 MAPK経路がマイトファジー誘導シグナルによって活性化されると,その下流にあると推定されるカゼインキナーゼ2(CK2)がAtg32のSer114をリン酸化する.選択的オートファジーのアダプタータンパク質であるAtg11がリン酸化されたAtg32と結合し,オートファゴソーム形成の足場であるPAS(pre-autophagosomal structure/phagophore assembly site)へとミトコンドリアをリクルートする.隔離膜形成に必須なAtg8とAtg32の相互作用を介して隔離膜は伸長し,ミトコンドリアはオートファゴソーム内に包まれる.その後,オートファゴソームは液胞と融合し,ミトコンドリアは液胞内加水分解酵素によって分解される.
ミトコンドリアは分裂と融合を繰り返しており,これらのバランスによってミトコンドリアの形態が変化している(19)19) K. Okamoto & J. M. Shaw: Annu. Rev. Genet., 39, 503 (2005)..マイトファジーによって分解されるミトコンドリアは,オートファゴソームの直径(最大で500から1,000 nm程度)よりも小さくなければならない.このため,ミトコンドリアの分裂因子はマイトファジーに重要だと推測される.実際,ミトコンドリア分裂因子であるDnm1やFis1がマイトファジーに必要であるという報告が多い.たとえば Maoらは,マイトファジーに必須のAtg11がミトコンドリア分裂因子Dnm1と直接結合することで,ミトコンドリアの分裂とマイトファジーを協調させていると報告している(20)20) K. Mao, K. Wang, X. Liu & D. J. Klionsky: Dev. Cell, 26, 9 (2013)..しかしながら,ミトコンドリア分裂因子の欠損はマイトファジーにほとんど影響しないという報告も少なからず存在し(21)21) N. Mendl, A. Occhipinti, M. Muller, P. Wild, I. Dikic & A. S. Reichert: J. Cell Sci., 124, 1339 (2011).,今後さらなる検討が必要である.
細胞内小器官は単独で存在しているわけではなく,異なる小器官どうしの接触部位を介した物質のやり取りが細胞機能を維持するうえで重要であることが知られている.酵母の場合,小胞体とミトコンドリアの接触部位は,Mmm1, Mdm10, Mdm12, Mdm34からなるERMES(ER–Mitochondria Encounter Structure)と呼ばれる複合体によって仲介され,これらの因子のうちの一つでも欠損させた場合,マイトファジーが強く阻害されることが報告されている(22)22) S. Bockler & B. Westermann: Dev. Cell, 28, 450 (2014)..マイトファジーの誘導条件下において,Atg32を含む複数のオートファジー関連因子がERMESと共局在し,ERMESは小胞体からオートファゴソーム形成のための脂質供給への関与,ミトコンドリア分裂時の起点として機能していると推定されている(図2図2■ミトコンドリア分裂因子と小胞体–ミトコンドリアの接触部位).
そのほかのマイトファジー関連因子として,ストレス応答やRas-プロテインキナーゼA経路において機能するWhi2(21)21) N. Mendl, A. Occhipinti, M. Muller, P. Wild, I. Dikic & A. S. Reichert: J. Cell Sci., 124, 1339 (2011).,定常期におけるマイトファジー誘導に必須な因子としてゲノムワイドなスクリーニングで同定されたAtg33(13)13) T. Kanki, K. Wang, M. Baba, C. R. Bartholomew, M. A. Lynch-Day, Z. Du, J. Geng, K. Mao, Z. Yang, W. L. Yen et al.: Mol. Biol. Cell, 20, 4730 (2009).,マイトファジーを負に制御する因子として同定されたBre5–Ubp3脱ユビキチン化酵素複合体(23)23) M. Müller, P. Kotter, C. Behrendt, E. Walter, C. Q. Scheckhuber, K. D. Entian & A. S. Reichert: Cell Reports, 10, 1215 (2015).などが報告されている.いずれの因子も培養条件によってはマイトファジーに必須ではない場合があるが,逆に言えば,マイトファジーはさまざまな条件に応じて特異的な因子を用いて厳密に制御されている可能性がある.また,酵母を用いたマイトファジー研究では主に生育に必須ではない遺伝子のみが解析されており,今後は生育に必須な致死遺伝子についても温度感受性変異株やコンディショナル遺伝子発現制御株を用いて検討する必要がある.
マイトファジーの生理的役割は,余剰なミトコンドリアの分解・再利用に加え,機能低下に陥ったミトコンドリア除去によるミトコンドリアの品質管理だと考えられているが,酵母において後者を支持する証拠は少ない.FoF1 ATP合成酵素のフォールディングに寄与するFmc1やミトコンドリア内膜上で陽イオン交換に寄与するMdm38の変異によって,ミトコンドリアの膜電位の低下などによるミトコンドリアの機能異常が引き起こされ,マイトファジーを誘導することが知られている(24, 25)24) M. Priault, B. Salin, J. Schaeffer, F. M. Vallette, J. P. di Rago & J. C. Martinou: Cell Death Differ., 12, 1613 (2005).25) K. Nowikovsky, S. Reipert, R. J. Devenish & R. J. Schweyen: Cell Death Differ., 14, 1647 (2007)..しかしながら,このマイトファジーの誘導レベルは栄養飢餓時のものと比較すると非常に弱く,マイトファジーがミトコンドリアの品質管理に貢献しているという直接的な証拠とはなっていないのが現状である.
一方で,ATG32遺伝子の同定によって,酵母におけるマイトファジーの生理的役割の一端が明らかになりつつある.酵母におけるミトコンドリアの量は代謝経路の状態に応じて絶えず変化している.エネルギー生産にミトコンドリアを必要とする非発酵性炭素源培地で培養した酵母は豊富なミトコンドリアを含有しているが,窒素源飢餓にさらされるとマイトファジーによってミトコンドリアが速やかに分解される.一方,ATG32遺伝子破壊株が同様の条件にさらされた場合にはミトコンドリアは分解されず,酸素呼吸の副産物として放出された活性酸素がミトコンドリアに傷害を与えることによって,ミトコンドリアDNAの欠失が生じやすくなる.この結果,重篤なミトコンドリアDNA傷害はやがて完全に呼吸能を失ったプチ変異をもたらすことが報告されている(26)26) Y. Kurihara, T. Kanki, Y. Aoki, Y. Hirota, T. Saigusa, T. Uchiumi & D. Kang: J. Biol. Chem., 287, 3265 (2012)..分裂酵母Schizosaccharomyces pombeの静止状態(G0期)において,プロテアソームの不活性化は活性酸素の蓄積を引き起こすが,マイトファジーがミトコンドリアを分解することによって活性酸素の蓄積を最小限に抑えていることが示されている(27)27) K. Takeda, T. Yoshida, S. Kikuchi, K. Nagao, A. Kokubu, T. Pluskal, A. Villar-Briones, T. Nakamura & M. Yanagida: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 3540 (2010)..これらの結果から,マイトファジーはミトコンドリア量を制御することによって活性酸素の産生を最小限に抑えるのに必須な機能であり,結果としてミトコンドリアの品質管理に寄与していることが強く示唆される(図3図3■出芽酵母におけるマイトファジーの生理的役割).最近の報告では,いくつかのミトコンドリアマトリックス内のタンパク質は,異なった反応速度でマイトファジーによる分解を受けることが示されている(28)28) H. Abeliovich, M. Zarei, K. T. Rigbolt, R. J. Youle & J. Dengjel: Nat. Commun., 4, 2789 (2013)..このことから,マイトファジーの生理的役割はミトコンドリアの量をひとまとめに制御することや活性酸素を最小限に抑えることだけでなく,マトリックス内の特定のタンパク質を優先的に分解することによってミトコンドリアの品質維持に貢献している可能性も考えられる.
窒素源飢餓などのストレスにさらされると,野生株ではマイトファジーがミトコンドリアを分解することで活性酸素(ROS)の産生を最小限に抑えることによってミトコンドリアの品質管理が行われている.一方,マイトファジー欠損株では分解されないミトコンドリアがROSを産生し続けるため,ミトコンドリアに酸化傷害が蓄積する(図中の赤いミトコンドリア).最終的にはミトコンドリアDNAの欠失が起こり,呼吸能を失ったプチ変異が生じる.
マイトファジーは経時老化した酵母におけるカロリー制限や胆汁酸投与時の寿命延長において重要な役割を担うことが報告されている(29)29) V. R. Richard, A. Leonov, A. Beach, M. T. Burstein, O. Koupaki, A. Gomez-Perez, S. Levy, L. Pluska, S. Mattie, R. Rafesh et al.: Aging, 5, 234 (2013)..マイトファジー欠損株におけるカロリー制限は,ミトコンドリア形態異常,酸素消費量の低下,ミトコンドリア膜電位の低下,ミトコンドリアからのチトクロームc放出量の増加,細胞内ATP量の低下など,さまざまなミトコンドリアの機能低下を引き起こす.このようなミトコンドリアの機能障害の一因は,酸化的リン酸化能の低下や活性酸素の産生量の増加であると考えられる.また,マイトファジーは,ミトコンドリア・小胞体・細胞膜における膜脂質の恒常性維持にも重要であることも示されている.したがって,マイトファジーはカロリー制限下においてミトコンドリアの品質と細胞の脂質組成の維持に重要であることが示唆される.さらに,マイトファジーがpalmitoleic acidによって誘発される細胞死の一形態であるliponecrosisを抑制していることから,マイトファジーは細胞死の制御にも何らかの役割があると考えられている(30)30) S. Sheibani, V. R. Richard, A. Beach, A. Leonov, R. Feldman, S. Mattie, L. Khelghatybana, A. Piano, M. Greenwood, H. Vali et al.: Cell Cycle, 13, 138 (2014)..
酵母においてはAtg32が唯一のマイトファジーレセプターとして同定されているが,哺乳細胞では,Nix/BNIP3L, BNIP3, FUNDC1, PINK1-Parkin, Optineurin, NDP52, Bcl2-L-13など複数のミトコンドリアタンパク質がレセプターとして報告されている.赤芽球から赤血球へと成熟する過程で,脱核後にミトコンドリアが除去されるが,これはマイトファジーによるミトコンドリア分解である.Nix/BNIP3LとBNIP3は,赤血球細胞の成熟化の際のミトコンドリアの除去に必要なマイトファジーレセプターと考えられている(31)31) R. L. Schweers, J. Zhang, M. S. Randall, M. R. Loyd, W. Li, F. C. Dorsey, M. Kundu, J. T. Opferman, J. L. Cleveland, J. L. Miller et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 104, 19500 (2007)..FUNDC1は,低酸素ストレスや酸化的リン酸化の阻害剤処理によって,LC3(酵母Atg8オルソログ)やULK1(酵母Atg1オルソログ)との相互作用を介しマイトファジーに関与していると考えられている(32)32) W. Wu, W. Tian, Z. Hu, G. Chen, L. Huang, W. Li, X. Zhang, P. Xue, C. Zhou, L. Liu et al.: EMBO Rep., 15, 566 (2014)..ParkinとPINK1によるマイトファジー制御機構は,哺乳細胞において最も研究が進んでおり,これらの異常は家族性パーキンソン病の原因となることが知られている(33)33) T. M. Durcan & E. A. Fon: Genes Dev., 29, 989 (2015)..PINK1は脱分極したミトコンドリア外膜に集積し,ユビキチンをリン酸化する.リン酸化を受けたユビキチンは,E3ユビキチンリガーゼであるParkinを活性化させ,ミトコンドリア外膜に移行させる.Parkinによるミトコンドリア外膜タンパク質のユビキチン化がマイトファジー誘導のシグナルとなる.また,OptineurinとNDP52は,PINK1依存的にミトコンドリアに集積し,DFCP1, ULK1, WIPI1などのオートファジー因子をミトコンドリア近傍に集積させることでオートファゴソーム形成に関与していると考えられている(34)34) M. Lazarou, D. A. Sliter, L. A. Kane, S. A. Sarraf, C. Wang, J. L. Burman, D. P. Sideris, A. I. Fogel & R. J. Youle: Nature, 524, 309 (2015)..Bcl2-L-13の過剰発現によってDrp1(ミトコンドリア分裂因子)非依存的なミトコンドリアのフラグメント化とParkin非依存的なマイトファジーが引き起こされ,逆にノックダウンによってミトコンドリア傷害で誘導されるフラグメント化とマイトファジーの減衰が観察されている(35)35) T. Murakawa, O. Yamaguchi, A. Hashimoto, S. Hikoso, T. Takeda, T. Oka, H. Yasui, H. Ueda, Y. Akazawa, H. Nakayama et al.: Nat. Commun., 6, 7527 (2015)..酵母のATG32遺伝子破壊株においてBcl2-L-13を発現させるとマイトファジーの回復が見られるため,Bcl2-L-13はAtg32の機能的ホモログであると考えられている.このように,哺乳細胞におけるマイトファジーの解明も進んでおり,今後はマイトファジーレセプターを標的としたマイトファジー誘導剤または阻害剤の開発を通じて,ミトコンドリア関連疾患の治療法開発などへの展開を期待したい.
マイトファジーの特異的レセプターであるAtg32の同定をブレイクスルーとして,マイトファジーの分子機構が明らかとなってきたが,以下のような未解明な問題点も多く残されている.第一に,Atg32はCK2によって直接リン酸化を受けるが,恒常的に活性化状態にあるCK2がマイトファジーの誘導条件下においてのみAtg32をリン酸化する制御機構は不明である.Atg32のリン酸化にはHog1シグナル伝達経路が重要であることから,CK2によるAtg32のリン酸化はHog1の下流で制御されていると予想される.同様に,Cvt経路の特異的レセプターであるAtg19/Atg34 およびペキソファジーの特異的レセプターであるAtg36も恒常的に活性を有するHrr25によってリン酸化されることから(16)16) C. Tanaka, L. J. Tan, K. Mochida, H. Kirisako, M. Koizumi, E. Asai, M. Sakoh-Nakatogawa, Y. Ohsumi & H. Nakatogawa: J. Cell Biol., 207, 91 (2014).,選択的オートファジーのレセプターがどのように制御されるかを理解することは極めて重要な課題である.また,Hog1だけでなく,Slt2 MAPKもマイトファジーに重要であることが報告されている.哺乳細胞においてもErk2とp38αの2つのMAPKがマイトファジーに必要であることが知られており(36)36) Y. Hirota, S. Yamashita, Y. Kurihara, X. Jin, M. Aihara, T. Saigusa, D. Kang & T. Kanki: Autophagy, 11, 332 (2015).,MAPKとマイトファジーの関連性については,酵母と哺乳類の共通したマイトファジー制御機構が存在する可能性があり,さらなる研究が必要である.
第二の問題点として,ミトコンドリアの形態がマイトファジーの効率にどのような影響を及ぼすのかという点である.ミトコンドリア分裂因子欠損酵母におけるチューブ状の形態のミトコンドリアがマイトファジーによって分解されるという報告(21)21) N. Mendl, A. Occhipinti, M. Muller, P. Wild, I. Dikic & A. S. Reichert: J. Cell Sci., 124, 1339 (2011).が事実ならば,マイトファジー誘導条件下においてのみ機能を発揮するような未同定の分裂因子が存在する,あるいは分裂因子に依存しないミトコンドリアのオートファゴソームへの取り込み機構が存在する,などの可能性について検討する必要がある.また,ミトコンドリア融合因子欠損酵母においては多数の断片化されたミトコンドリアが存在するにもかかわらず,マイトファジーの効率は野生株と同等であることが知られている.したがって,ミトコンドリアの形態や大きさというもの自体がマイトファジーの効率に直接的な影響を及ぼさない可能性も十分考えられる.
酵母におけるマイトファジーに関する最も重要な疑問は,マイトファジーは多くのミトコンドリアの中から機能低下に陥ったミトコンドリアのみを特異的に認識しているかどうかという点である.この疑問は,酵母におけるマイトファジーの生理的重要性と直接関連している.近年,哺乳細胞において,機能障害のあるミトコンドリアがマイトファジーによって分解されることの証拠が蓄積しているが,酵母においては機能低下に陥ったミトコンドリアのみがマイトファジーによって分解される直接的証拠は得られていない.酵母においてもそのような特別な認識機構が存在すれば,その分子制御機構の解明は,ヒトにおけるミトコンドリア関連疾患治療のための知的基盤として貢献することが期待される.
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