Kagaku to Seibutsu 54(4): 273-280 (2016)
解説
代謝ストレスによるTORシグナルの活性化
Activation of TOR Signaling by Metabolic Stress
Published: 2016-03-20
細胞の成長や増殖には莫大なエネルギーを必要とする.従属栄養生物では,そのエネルギー生産のため,環境からの栄養源の供給が不可欠である.また,動物におけるエネルギー代謝の協調的制御には,ホルモンによる調節が必要である.しかし,過剰な栄養の供給やホルモンバランスの異常は代謝フラックスの破綻を招き,種々の疾患の原因にもなる.真核生物において高度に保存された栄養シグナル伝達機構にTOR経路がある.TOR経路は,栄養状態やインスリンなどのホルモンに応答してさまざまな生命活動に関与すると同時に,ストレス応答などにも機能している.本稿では,解糖系から生成するメチルグリオキサールによるTOR経路の活性化について解説する.
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2016 公益社団法人日本農芸化学会
解糖系は生物種を超えて保存されたエネルギー獲得形態の一つである.解糖系の全容が明らかになるのは1930年代中期以降のことであるが,19世紀終わりから20世紀初頭にかけての解糖系研究における大きな謎は,C6化合物であるグルコースが,どのようにしてC3化合物中間体に変換されるのかということであった.この謎は,エムデン(Gustav Embden)によりアルドラーゼの存在が予言され,1934年にローマン(Karl Lohmann)とマイヤーホッフ(Otto Meyerhof)によってその精製が行われ解決する.しかしそれまでの約20年間(1913~1932年),グルコースはメチルグリオキサール(MG)という2-オキソアルデヒドを経てエタノールに変換されると広く信じられていた.この説を発表したのは,グリセリン発酵を確立したノイベルク(Carl Neuberg)である.
この説は後に否定されるが,MGは細胞内で実際に生成する.解糖系酵素の一つであるトリオースリン酸イソメラーゼ(TPI)が触媒するジヒドロキシアセトンリン酸とグリセルアルデヒド3-リン酸との異性化反応において,エンジオール中間体から容易にリン酸が脱離してMGが生成する(図1図1■メチルグリオキサールの生成と代謝).TPI反応のkcat/Kmは拡散律速に近く,また解糖系酵素は細胞内に豊富に含まれていることから,酵母では消費するグルコースの0.3%,赤血球では約0.4%がMGに変換されると見積もられている(1, 2)1) A. M. Martins, C. A. Cordeiro & A. M. Ponces Freire: FEBS Lett., 499, 41 (2011).2) P. J. Thornalley: Biochem. J., 254, 751 (1988)..一方,細菌はジヒドロキシアセトンリン酸からMGを合成するメチルグリオキサール合成酵素をもつ(3)3) D. J. Hopper & R. A. Cooper: FEBS Lett., 13, 213 (1971)..後述するように,MGが細胞機能に及ぼす影響を考え合わせると,MGは解糖系の副産物として生じるのか,あるいはわざわざ合成する合目的的意義があるのか,長年の議論が続いている.われわれは,MGがTOR経路を活性化するシグナルイニシエーターとして機能することを見いだした.
TORは免疫抑制剤ラパマイシンの標的分子として,出芽酵母を用いる遺伝学的なスクリーニングによって発見され(4)4) J. Heitman, N. R. Movva & M. N. Hall: Science, 253, 905 (1991).,哺乳類でも同様の分子(mTOR, mammalianあるいはmechanistic TOR)が同定された(5, 6)5) D. M. Sabatini, H. Erdjument-Bromage, M. Lui, P. Tempst & S. H. Snyder: Cell, 78, 35 (1994).6) M. I. Chiu, H. Katz & V. Berlin: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 91, 12574 (1994)..出芽酵母にはTor1とTor2という2種類のTORタンパク質が存在するが,哺乳類ではmTORのみである.
TORはSer/Thrプロテインキナーゼである.ラパマイシンが標的とするのは,TOR分子中のFRB(FKBP12-rapamycin binding)と呼ばれるドメインである.しかし,ラパマイシンはFRBに直接結合するわけではなく,分子量12 kDaのFK506結合タンパク質(FKBP12)と結合し,FKBP12–ラパマイシン複合体がFRBドメインに結合してTOR活性を阻害する(5, 6)5) D. M. Sabatini, H. Erdjument-Bromage, M. Lui, P. Tempst & S. H. Snyder: Cell, 78, 35 (1994).6) M. I. Chiu, H. Katz & V. Berlin: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 91, 12574 (1994)..
TORは機能が異なる2種類のTOR複合体(TORC, TOR complex)を形成する(TORC1とTORC2)(図2図2■mTOR複合体とその機能).出芽酵母のTORC1には,TORタンパク質としてTor1あるいはTor2が含まれ,そのほかのサブユニットとしてKog1, Tco89, Lst8が含まれる.一方,TORC2に含まれるTORタンパク質はTor2のみで,そのほかのサブユニットにはAvo1, Avo2, Avo3, Bit61, Lst8がある.哺乳類のmTOR複合体でも,酵母のTOR複合体に含まれるコンポーネントに相当するものが保存されているが,酵母ではまだ同定されていないサブユニットも存在する.
出芽酵母のTORC1は,TORタンパク質としてTor1あるいはTor2を含み,RaptorにはKog1, mLst8にはLst8が相当する.DEPTORやPRAS40に相当する分子は見つかっていないが,酵母TORC1はTco89を含む.一方,酵母TORC2はTORタンパク質としてTor2のみを含み,mSin1にはAvo1, RictorにはAvo3, ProtorにはBit61がそれぞれ相当する.さらに酵母TORC2はAvo2を含む.
これら2つのTOR複合体のうち,興味深いことにラパマイシンが作用するのはTOR複合体1のみで,TOR複合体2はラパマイシン非感受性である.なぜラパマイシンがTOR複合体1にしか作用しないのか謎であったが,最近,出芽酵母のTORC2を用いてこの疑問に対する答えが得られた(7)7) C. Gaubitz, T. M. Oliveira, M. Prouteau, A. Leitner, M. Karuppasamy, G. Konstantinidou, D. Rispal, S. Eltschinger, G. C. Robinson, S. Thore et al.: Mol. Cell, 58, 977 (2015)..出芽酵母TORC2の必須コンポーネントの一つであるAvo3のC末端部分がTor2のFRBドメインを覆うように会合しているため,TORC2中のTor2にFKBP12–ラパマイシン複合体が結合することができず,結果的にTORC2はラパマイシン非感受性を示す.実際,C末端を欠失させたAvo3を含むTORC2はラパマイシン感受性になった(7)7) C. Gaubitz, T. M. Oliveira, M. Prouteau, A. Leitner, M. Karuppasamy, G. Konstantinidou, D. Rispal, S. Eltschinger, G. C. Robinson, S. Thore et al.: Mol. Cell, 58, 977 (2015)..Avo3に相当するmTORC2中のコンポーネントはRictorであるが,酵母でのTORC2の制御機構はおそらく哺乳類mTORC2においても保存されていると考えられ,今後この実験系を用いることでTOR複合体2の機能解析がさらに進むことが期待される.
TORC1は周囲に栄養,特にアミノ酸が存在している状況では活性な状態を維持し,哺乳類ではS6K1や4E-BP1などの標的分子をリン酸化し,リボソームの生合成や翻訳(タンパク質合成)など,細胞の増殖や成長に必要な機能に対して正に働く(図2図2■mTOR複合体とその機能).また,栄養が枯渇した際のサバイバル戦略の一つであるオートファジーに関して,栄養が十分ある状態ではmTORC1はオートファジーに必要なAtg13やULK1を直接リン酸化してオートファジーを抑制しているが(8, 9)8) N. Hosokawa, T. Hara, T. Kaizuka, C. Kishi, A. Takamura, Y. Miura, S. Iemura, T. Natsume, K. Takehana, N. Yamada et al.: Mol. Biol. Cell, 20, 1981 (2009).9) Y. Kamada, K. Yoshino, C. Kondo, T. Kawamata, N. Oshiro, K. Yonezawa & Y. Ohsumi: Mol. Cell. Biol., 30, 1049 (2010).,栄養が枯渇するとmTORC1活性が低下してこれらの分子が脱リン酸化され,オートファジーが誘導される.さらに,mTORC1は老化に対しても機能し,驚くべきことに,ラパマイシンを餌に混ぜて投与されたマウスは寿命が伸長することが報告されている(10)10) D. E. Harrison, R. Strong, Z. D. Sharp, J. F. Nelson, C. M. Astle, K. Flurkey, N. L. Nadon, J. E. Wilkinson, K. Frenkel, C. S. Carter et al.: Nature, 460, 392 (2009)..
TORC2はアクチン細胞骨格の制御,スフィンゴ脂質の合成,エンドサイトーシス,ゲノムの安定性などに関与している(11, 12)11) N. Cybulski & M. N. Hall: Trends Biochem. Sci., 34, 620 (2009).12) R. Weisman, A. Cohen & S. M. Gasser: EMBO Mol. Med., 6, 995 (2014)..
TORC2とエネルギー代謝との関連では,mTORC2はインスリン刺激時にグルコーストランスポーターGLUT4の細胞膜へのトランスロケーションに関与する.一方,インスリン刺激時には糖新生が抑制されるが,これにもmTORC2はAktの活性化を介するFoxO1のリン酸化(不活性化)を通して関与している.すなわち,FoxO1は肝臓における糖新生の鍵酵素であるグルコース-6-ホスファターゼやホスホエノールピルビン酸カルボキシキナーゼの発現を誘導するが,インスリン刺激によるmTORC2–Akt経路によりリン酸化されたFoxO1は核内輸送が阻害されるため,これらの遺伝子の発現は抑制される(13)13) D. N. Gross, A. P. van den Heuvel & M. J. Birnbaum: Oncogene, 27, 2320 (2008).(図2図2■mTOR複合体とその機能).
一方,がん細胞で認められる好気的解糖(Warburg効果)の亢進においてもmTORC2が関与している.ヒトの悪性神経腫瘍である膠芽腫(glioblastoma multiforme)では,mTORC2がAkt非依存的にクラスIIaヒストン脱アセチル化酵素をリン酸化してこれを不活性化し,結果的にFoxO1/3のアセチル化(不活性化)が促進される.その結果,c-Myc mRNAの安定性と翻訳を制限するマイクロRNA(miR-145とmiR-34c)の発現が減少し,生成したc-Mycは解糖系酵素遺伝子の発現を上昇させる(14)14) K. Masui, K. Tanaka, D. Akhavan, I. Babic, B. Gini, T. Matsutani, A. Iwanami, F. Liu, G. R. Villa, Y. Gu et al.: Cell Metab., 18, 726 (2013).(図2図2■mTOR複合体とその機能).
mTORC1はリソソーム膜上に局在して,インスリンやアミノ酸により活性化されるが,その活性化には2種類の低分子量Gタンパク質(RhebとRag)が関与する(図3図3■mTORシグナルの活性化機構).インスリン刺激によるmTORC1の活性化においては,GTP結合型RhebがmTORのキナーゼドメインに直接結合することでその活性を上昇させる(15)15) R. V. Durán & M. N. Hall: EMBO Rep., 13, 121 (2012)..GTP結合型Rhebのレベルは,GAP(GTPase activating protein)活性をもつTSC1–TSC2複合体により制御される.TSC2はGAPドメインをもち,TSC1はTSC2の安定性に必要である.インスリンシグナルにおいて活性化されたAktはTSC2をリン酸化することでGAP活性を低下させ,GTP結合型Rhebのレベルを増大させる.一方,エネルギー源の枯渇,あるいは低酸素により細胞内のATPレベルが減少すると,AMP依存性キナーゼ(AMPK)が活性化され,AMPKはTSC2のAktによるリン酸化とは異なる部位をリン酸化してGAP活性を増大させ,mTORC1活性を低下させる.
mTORC1はRagulatorを介してリソソーム膜上に局在し,アミノ酸はRag GTPaseを介してmTORC1を活性化する.出芽酵母のTORC1は,液胞膜上にEGO複合体を介して局在し,Gtr1がRagA/Bに,Gtr2がRagC/Dに相当する.また,図中のGATOR1とGATOR2に相当する酵母での因子はSEACITとSEACATである.インスリン刺激によるmTORC2の活性化を介したTSC1/TSC2-Rhebに相当する経路は,出芽酵母では見つかっていない.
アミノ酸によるmTORC1の活性化には,別の低分子量Gタンパク質であるRagと,mTORC1のリソソーム膜への局在を規定するRagulator(p18–p14–MP1複合体)が関与する.RagにはRagA~RagDの4種類があり,GTP結合型RagA(またはRagB)とGDP結合型RagC(またはRagD)によるヘテロ二量体がmTORC1の活性化に関与している.GTP結合型RagAに対しては,GATOR1と呼ばれる複合体がGAPとして機能し,その機能はGATOR2により負に制御されている(16)16) L. Bar-Peled & D. M. Sabatini: Trends Cell Biol., 24, 400 (2014)..また,ロイシルtRNA合成酵素がRagDのGAPとしての機能をもち(RagDはGDP結合型が活性化フォーム),TORC1を活性化することが酵母ならびに動物細胞で報告されたが(17, 18)17) G. Bonfils, M. Jaquenoud, S. Bontron, C. Ostrowicz, C. Ungermann & C. De Virgilio: Mol. Cell, 46, 105 (2012).18) J. M. Han, S. J. Jeong, M. C. Park, G. Kim, N. H. Kwon, H. K. Kim, S. H. Ha, S. H. Ryu & S. Kim: Cell, 149, 410 (2012).,その評価についてはまだ定まっていない.一方,アミノ酸によるRagulator-Rag系によるmTORC1の活性化には,リソソーム膜のV-ATPaseが必要という報告もある(19)19) R. Zoncu, L. Bar-Peled, A. Efeyan, S. Wang, Y. Sancak & D. M. Sabatini: Science, 334, 678 (2011)..
出芽酵母にはTSC1/TSC2に相当するものが存在せず,またRheb-related GTPaseとしてRhb1をもつが,TORC1の機能への関与を示す報告は今のところない.これに対し分裂酵母では,Tsc1/Tsc2ならびにRhebオルソログとしてRhb1が同定されている(20)20) J. Urano, M. J. Comiso, L. Guo, P.-J. Aspuria, R. Deniskin, A. P. Tabancay Jr., J. Kato-Stankiewicz & F. Tamanoi: Mol. Microbiol., 58, 1074 (2005)..
出芽酵母においてRagに相当するものとしてGtr1/Gtr2がある.Gtr1がRagA/RagBに,Gtr2がRagC/RagDに相当し,Gtr1とGtr2はヘテロ二量体を形成する.Gtr1/Gtr2へテロ二量体は,液胞膜上でEgo1ならびにEgo3とEGO複合体(EGOC)を形成する.Gtr1のGEF(guanine nucleotide exchange factor)としてはVam6が同定されている(21)21) M. Binda, M. P. Péli-Gulli, G. Bonfils, N. Panchaud, J. Urban, T. W. Sturgill, R. Loewith & C. De Virgilio: Mol. Cell, 35, 563 (2009)..一方,Gtr1のGTPase活性はSeh1-associated complex(SEA複合体,SEAC)により制御される.SEACはSEACIT(SEAC subcomplex inhibiting TORC1 signaling,哺乳類のGATOR1に相当)とSEACAT(SEAC subcomplex activating TORC1 signaling, GATOR2に相当)から構成され,SEACITはGtr1のGAPとして機能する.すなわち,ロイシン欠乏時にSEACIT構成因子のIml1がGtr1と相互作用し,Gtr1のGTPase活性を上昇させTORC1活性を低下させる(22)22) N. Panchaud, M. P. Péli-Gulli & C. De Virgilio: Sci. Signal., 6, ra42 (2013)..SEACATはSEACITを負に制御するが,アミノ酸がどのようにして酵母TORC1を活性化させるかについては,まだよくわかっていない.
TOR複合体2の活性制御機構は,TOR複合体1と比べるとほとんど研究が進展していない.分裂酵母のTORC2に関して,ヒトのRabファミリーのGTPaseであるRab6ホモログRyh1が関与することが,遺伝学的なスクリーニングで見つかっている(23)23) H. Tatebe, S. Morigasaki, S. Murayama, C. T. Zeng & K. Shiozaki: Curr. Biol., 20, 1975 (2010)..分裂酵母のTORC2はAGCキナーゼファミリーに属するGad8をリン酸化するが,ryh1欠損株ではTORC2によるGad8のリン酸化が強く抑制された.さらに,Ryh1に対する推定上のGEFであるSat1やSat4欠損株でも同様にGad8のリン酸化が抑制された.GTPロック型Ryh1(Ryh1Q70L)変異体を用いた解析から,Ryh1はTORC2とその基質であるGad8の物理的相互作用に影響を与えていた.哺乳類では,RabによるmTORC2の活性制御はまだ報告されていないが,分裂酵母のryh1欠損株でヒトのRab6を発現させるとTORC2-Gad8シグナルが流れたことから(23)23) H. Tatebe, S. Morigasaki, S. Murayama, C. T. Zeng & K. Shiozaki: Curr. Biol., 20, 1975 (2010).,RabファミリーによるTOR複合体2の活性制御機構は保存されたメカニズムである可能性が考えられる.
哺乳類ならびに出芽酵母のTOR複合体2は,リボソームと結合していることが報告された(24)24) W. J. Oh, C. C. Wu, S. J. Kim, V. Facchinetti, L. A. Julien, M. Finlan, P. P. Roux, B. Su & E. Jacinto: EMBO J., 29, 3939 (2010).(図3図3■mTORシグナルの活性化機構).また,インスリンシグナルにおけるPI3Kを介したmTORC2の十分な活性化には,mTORC2とリボソームとの結合が必要であるらしい(25)25) V. Zinzalla, D. Stracka, W. Oppliger & M. N. Hall: Cell, 144, 757 (2011)..しかし,PI3KがどのようにしてmTORC2を活性化しているのかについての詳細な機構はまだわかっていない.
MGはその構造から容易に想像されるように極めて反応性が高く,細胞毒性や遺伝毒性を示す.またMGは,生体内メイラード反応により,いわゆる終末糖化産物(AGE)の生成を引き起こすカルボニルストレスの原因因子でもある(26)26) N. Rabbani & P. J. Thornalley: Diabetes, 63, 50 (2014)..
MGならびにその代謝異常は,種々の疾患との関連が指摘されている.たとえば,自閉症やアルツハイマー病などの神経変性疾患患者においては,MG代謝酵素であるグリオキサラーゼI(GLO1)の一塩基多型が認められている(27, 28)27) F. Chen, M. A. Wollmer, F. Hoerndli, G. Münch, B. Kuhla, E. I. Rogaev, M. Tsolaki, A. Papassotiropoulos & J. Götz: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101, 7687 (2004).28) M. A. Junaid, D. Kowal, M. Barua, P. S. Pullarkat, S. S. Brooks & R. K. Pullarkat: Am. J. Med. Genet., 131A, 11 (2004)..また,MGと糖尿病との関連も古くから指摘されており,糖尿病患者の血中MGレベルが上昇していることが知られている(29)29) A. C. McLellan, P. J. Thornalley, J. Benn & P. H. Sonksen: Clin. Sci. (Lond.), 87, 21 (1994)..しかしながら,MGレベルの上昇がそういった疾患の原因なのか,あるいは結果なのかについては,まだよくわかっていない.
われわれは,MGが細胞機能にどのような影響を及ぼすかについて,酵母をモデルとして解析を進めている(30)30) Y. Inoue, K. Maeta & W. Nomura: Semin. Cell Dev. Biol., 22, 278 (2011)..その過程で,GLO1遺伝子を破壊した株(glo1∆)では細胞内MGレベルが上昇し,AP-1様転写因子Yap1をMGが修飾・活性化することで標的遺伝子の発現を変化させることを明らかにした(31)31) K. Maeta, S. Izawa, S. Okazaki, S. Kuge & Y. Inoue: Mol. Cell. Biol., 24, 8753 (2004)..さらに,glo1Δ株でのマイクロアレイ解析の結果,Yap1の標的遺伝子以外にも多くの遺伝子の発現に変化が見られたことから,MGにより活性が制御される転写系がほかにも存在することが示唆された.
MGが転写因子の機能に影響を及ぼす例として,糖尿病性網膜症の発症において血管新生にかかわるアンジオポイエチン-2(Ago-2)遺伝子の発現におけるMGの関与が報告されている(32)32) D. Yao, T. Taguchi, T. Matsumura, R. Pestell, D. Edelstein, I. Giardino, G. Suske, N. Rabbani, P. J. Thornalley, V. P. Sarthy et al.: J. Biol. Chem., 282, 31038 (2007)..網膜ミュラー細胞(rMC-1)を高濃度のグルコースに暴露するとMGレベルが上昇し,Ago-2遺伝子プロモーターに結合するコリプレッサーmSin3AがMGによる修飾を受けることでAgo-2遺伝子の発現が制御される.血管新生はがん細胞の増殖とも関連することから,MGが関与する転写因子の機能制御は興味深い.
MGによる転写調節に加え,われわれはMGが出芽酵母のMAPキナーゼ(MAPK)の一つであるMpk1のリン酸化レベルを上昇させることを見いだした(33)33) W. Nomura & Y. Inoue: Mol. Cell. Biol., 35, 1269 (2015)..Mpk1 MAPKカスケードは,出芽酵母の細胞壁の完全性の維持にかかわるcell wall integrity(CWI)経路と呼ばれるシグナル伝達経路を形成する.細胞膜結合型センサータンパク質であるWsc1やMid2が熱ショックなどの細胞壁ストレスを感知すると,低分子量Gタンパク質Rho1のGEFであるRom2を活性化して,GTP結合型Rho1のレベルを上昇させる.酵母の唯一のCキナーゼであるPkc1は,GTP結合型Rho1との物理的相互作用により活性化され,Mpk1 MAPKカスケードを活性化する(図4図4■メチルグリオキサールによる酵母TORC2シグナルの活性化経路).
熱ショックストレスなどの細胞壁ストレスは,センサータンパク質Wsc1/Mid2を介してGTP結合型Rho1のレベルを上昇させ,Pkc1–Mpk1 MAPK経路を活性化する(CWI経路).メチルグリオキサール(MG)は,TORC2を活性化し,CWI経路とは異なる経路でPkc1–Mpk1 MAPK経路を活性化する.
では,MGは細胞壁ストレスとして酵母に感知されているのであろうか? Mpk1 MAPKカスケードの構成因子やPkc1欠損株はMG感受性を示す.しかし,wsc1∆mid2∆株でもMG処理によるMpk1のリン酸化が起こったことから,MGは従来から知られているCWI経路を活性化しているわけではなく,Mpk1 MAPKカスケードへの別のシグナル流入経路の存在が示唆された(33)33) W. Nomura & Y. Inoue: Mol. Cell. Biol., 35, 1269 (2015).(図4図4■メチルグリオキサールによる酵母TORC2シグナルの活性化経路).
Pkc1はAGCキナーゼファミリーに属する.一般にTORキナーゼはいくつかのAGCキナーゼの保存されたturn motif(TM),ならびにhydrophobic motif(HM)内のSer/Thrをリン酸化する.tor2–21ts変異体は非許容温度ではTORC2の機能に不全が起こるが,そのマルチコピーサプレッサーとしてPKC1が取得されていた(34, 35)34) S. B. Helliwell, I. Howald, N. Barbet & M. N. Hall: Genetics, 148, 99 (1998).35) S. B. Helliwell, A. Schmidt, Y. Ohya & M. N. Hall: Curr. Biol., 8, 1211 (1998)..しかし,実際にTORC2がPkc1をリン酸化するかどうかについての生化学的検証は行われていなかった.われわれは,in vitroならびにin vivoにおいて,TORC2がPkc1のTM内のThr1125とHM内のSer1143をリン酸化することを明らかにするとともに,MG処理によりTORC2依存的にPkc1 Ser1143のリン酸化レベルが上昇することを見いだした(33)33) W. Nomura & Y. Inoue: Mol. Cell. Biol., 35, 1269 (2015)..また,これらのアミノ酸残基の基礎レベルでのリン酸化は,下流のMpk1 MAPKカスケードへのシグナル伝達に必要であった.さらに,MGはマウスの脂肪細胞においてもTORシグナルを活性するシグナルイニシエーターとして機能し,mTORC2依存的にAktのHM内のSer473のリン酸化レベルを上昇させた(33)33) W. Nomura & Y. Inoue: Mol. Cell. Biol., 35, 1269 (2015)..
出芽酵母のTORC2の基質として,AGCキナーゼであり,哺乳類のSGKホモログであるYpk1/Ypk2が知られている(36)36) Y. Kamada, Y. Fujioka, N. N. Suzuki, F. Inagaki, S. Wullschleger, R. Loewith, M. N. Hall & Y. Ohsumi: Mol. Cell. Biol., 25, 7239 (2005)..TORC2によるYpk1/Ypk2のリン酸化は,スフィンゴ脂質合成阻害剤であるミリオシンやオーレオバシジンA処理により誘導される(37)37) D. Berchtold, M. Piccolis, N. Chiaruttini, I. Riezman, H. Riezman, A. Roux, T. C. Walther & R. Loewith: Nat. Cell Biol., 14, 542 (2012)..これに関して,スフィンゴ脂質の合成阻害による細胞膜ストレスによって,エイソソームに存在するSlm1/Slm2タンパク質が細胞膜中のMCT(membrane compartment containing TORC2)と呼ばれる画分に局在するTORC2へ移動し,TORC2コンポーネントのAvo2とBit61を介して結合し,Slm1/Slm2が細胞質局在のYpk1/Ypk2をリクルートしてTORC2がリン酸化するというモデルが提唱されている(37)37) D. Berchtold, M. Piccolis, N. Chiaruttini, I. Riezman, H. Riezman, A. Roux, T. C. Walther & R. Loewith: Nat. Cell Biol., 14, 542 (2012)..しかしながら,MGによるPkc1のリン酸化はSlm1/2欠損株やavo2∆bit61∆株でも起こったことから(野村,井上:未発表),MGによるTORC2の活性化はオーレオバシジンAやミリオシンといった薬剤とは異なる機構によるものと考えられた.
MGによるMpk1 MAPKカスケードへのシグナル伝達はWsc1/Mid2–Rom2–Rho1という従来のCWI経路とは異なる経路ではあったものの,TORC2によるPkc1の基礎リン酸化レベルの維持にはRho1の機能が必要であった.すなわち,RHO1の温度感受性変異株では,Pkc1のThr1125ならびにSer1143のリン酸化レベルが顕著に低下した(33)33) W. Nomura & Y. Inoue: Mol. Cell. Biol., 35, 1269 (2015)..一方,Pkc1との物理的相互作用に必要なRho1分子中のHRドメインの欠失変異体やC1ドメインの変異体では,Pkc1の基礎リン酸化レベルが低下した(33)33) W. Nomura & Y. Inoue: Mol. Cell. Biol., 35, 1269 (2015)..また,Pkc1はbud tipやbud neckに局在し,Rho1も同様の局在性を示す(38)38) W. Yamochi, K. Tanaka, H. Nonaka, A. Maeda, T. Musha & Y. Takai: J. Cell Biol., 125, 1077 (1994).ことから,Rho1は細胞膜のMCT領域に局在するTORC2とPkc1の仲立ちをするような機能を担っているのかもしれない.
アミノ酸によるTOR複合体1の活性化は,哺乳類でも酵母でも同様に認められる.一方,TOR複合体2に関しては,その活性化のイニシエーターとしては現在のところインスリン(ならびにインスリン様成長因子)しか知られていない.しかしながら,下等真核生物である酵母は,インスリンのような増殖やエネルギー代謝を制御するホルモン系をもたないことから,生物種を超えた普遍的なTOR複合体2の活性化イニシエーターが存在するのかどうかの議論は定まっていない.これに対しわれわれは,天然に存在する物質によるTORC2シグナルの活性化の最初の例として,MGを示すことができた.TORシグナルは細胞内での多くのイベントに関与することから,MGによるTORシグナル経路の活性化の生理的意義の解明を通して,糖尿病をはじめとするMGの代謝異常との関連が指摘されている疾患の発症に関する新しい機序が明らかになることが期待される.
Reference
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