生物コーナー

柑橘類(ユズ)を用いた“香る”養殖ブリの開発

Haruhisa Fukada

深田 陽久

高知大学教育研究部

Published: 2016-03-20

はじめに

ブリ(Seriola quinqueradiata)は,主に日本列島沿岸に生息するアジ科の魚である.出世魚としても知られ,大きさとともに呼び名が変わる.また,その呼び名は,地方によってもさまざまである.代表的な例として,関西では,ツバス→ハマチ→メジロ→ブリ,関東では,ワカシ→イナダ→ワラサ→ブリとなる.また,関東では,養殖されたブリを大きさにかかわらず「ハマチ」と呼ぶ傾向にある(1)1) 宮下 盛:“最新海産魚の養殖”(熊井英水編著),湊文社,2000, p. 52..つまりスーパーなどで販売されている「ブリ」と「ハマチ」は同じ魚であるが,別種と思われていることもしばしばである.ブリの養殖は昭和3(1928)年に香川県引田町安戸池で始まり,現在は四国と九州を中心とした西日本で主に養殖されている.ブリ養殖は天然種苗に強く依存しており,春先に数gの稚魚(モジャコと呼ばれる)を海で捕獲することからスタートする.このモジャコを海面生け簀に収容し,1年数カ月から2年程度の育成後に3から6 kgの大きさで出荷する(2)2) 谷口直樹:“よくわかる! 日本の養殖業”,緑書房,2015, p. 34..養殖ブリの生産量は,年間約10万トンと日本の養殖魚のなかで最も多く,天然魚を含めたブリ総生産量の6割を占めている(3)3) 一般財団法人農林統計協会:“水産白書 平成26年度版”,2014, p. 4..ブリは古くから重要な食用魚であり,料理方法も刺身,たたき,寿司,焼き魚,煮魚など幅広い(2)2) 谷口直樹:“よくわかる! 日本の養殖業”,緑書房,2015, p. 34..そのためスーパーなどでは,刺身や加熱用食材として切り身などで販売されることが多い.ブリの切り身は,淡色の普通筋と赤褐色の血合筋からなっている(図1a図1■a)ブリの切り身.淡色の普通筋(肉)と赤褐色の血合筋(肉).b)血合筋の時間経過に伴う変色(褐変)の進行).普通筋は速筋,血合筋は遅筋に分類され,好気的代謝を行う血合筋には普通筋に比べて,脂質が多く,タンパク質と水分が少ない.また,鉄原子を含む色素タンパク質であるミオグロビンが多く,赤色を呈する.養殖ブリの販売においては,この血合筋が褐色に変化(褐変)し,商品価値が落ちることが問題となっている.この血合筋の褐変は色素タンパク質であるミオグロビンが酸化し,メトミオグロビン(メト化)になることで進行する(4)4) 森岡克司,大西研示,伊藤慶明:日本水産学会誌,79, 1009 (2013) ..また,脂質の酸化もメト化と相互反応し,褐変を促進させる(5)5) J. Sohn, Y. Taki, H. Ushio, T. Kohata, I. Shioya & T. Ohshima: J. Food Sci., 70, 490 (2005)..この褐変は,ビタミンCやEなどの抗酸化物質の飼料への添加により抑制できることが知られている.抗酸化効果をもつ天然物の添加も褐変の抑制を目的として行われており,ブドウ種子ポリフェノール,茶葉,ハーブ類,γ-オリザノール,エノキタケ廃菌床,オリーブ葉およびバナナ粉末なども用いられている.(4)4) 森岡克司,大西研示,伊藤慶明:日本水産学会誌,79, 1009 (2013) .

図1■a)ブリの切り身.淡色の普通筋(肉)と赤褐色の血合筋(肉).b)血合筋の時間経過に伴う変色(褐変)の進行

点線で示す値(1.25)より低い値で顕著な褐変が認められる.

柑橘類(ユズ)利用の始まり

ユズ(Citrus junos)などの柑橘類は,ヘスペリジンやナリンギンなどのフェノール類やビタミンCなどの抗酸化物質を多く含むことが知られている.そこで,ブリ血合筋の褐変を抑制することを目的として,ユズをブリの飼料への利用検討を始めた.その後,ユズの果汁や果皮を添加した飼料をブリに給与することで,ブリの身から柑橘香がすることが明らかとなり,“香る”養殖ブリの開発を行った.

ユズ果汁の利用

はじめに飼料への添加が容易であるユズ果汁を用いて,血合筋の褐変抑制を試みた(6)6) 深田陽久,橋口智美,柏木丈拡,妹尾歩美,高桑史明,森岡克司,沢村正義,益本俊郎:日本水産学会誌,76, 678 (2010)..ブリの飼料は,魚粉を主体とし,それに魚油やビタミン・ミネラル類を配合したものである.研究室では,これらの原料を混合した後に一定量の水を加え,造粒機を用いて円柱状のペレットとして餌を成型している(モイストペレット).このモイストペレットを造粒する際に加える水(飼料原料1 kgあたり450 mL)の一部をユズ果汁で置き換える形でユズ果汁を添加した.飼料原料1 kgに対して,果汁を0(対照),12.5, 25または50 mLで添加した飼料を作製し,凍結保存した.これをブリ幼魚に40日間給餌した.(ブリは飼料の着水とほぼ同時に摂餌するため,果汁の流出はほとんどないと考えられる).魚類養殖では,成長を阻害する飼料は受け入れられないため,成長へ及ぼす影響も観察した.飼育中にブリがユズ果汁を添加した飼料を忌避する行動も見られず,試験終了時の魚の摂餌量と成長は,いずれの添加量の区においても対照区と同等であった.褐変抑制効果の評価には,ブリを3枚におろした後に半身(フィレ)中央部から厚さ約1 cmの切り身を作り,発泡スチロールトレーに並べ食品用ラップフィルムで覆い4°Cで保存したものを用いた.この血合筋の色調を0から24時間後まで3時間おきに色彩色差計を用いて計測した.その結果,ほとんどの測定時間で,ユズ添加区のa*値(赤さの指標)は対照区のa*値よりも高かった.褐変の指標として用いたa*/b*値(b*=黄色さの指標)でも同様であり,ユズ果汁添加によって血合筋の褐変が抑制された(図1b図1■a)ブリの切り身.淡色の普通筋(肉)と赤褐色の血合筋(肉).b)血合筋の時間経過に伴う変色(褐変)の進行).飼育試験終了後にユズ添加区の魚を研究室にて刺身で試食したところ,多くの学生が柑橘香を感じた.そこで,柑橘香のブリの身への移行を確認するために市販飼料にユズ果汁を10%添加した飼料で大型のブリを30日間飼育した.飼料が体内に残留することを避けるため,2日間絶食した.その後に魚を取り上げ,香気成分は脂質部分に多く存在すると予想し,フィレから脂質を抽出した.さらに脂質から香気成分を抽出し,GC/MSによる検出と同定を行った.その結果,ブリの身から5種の柑橘類に特有な香気成分(リモネン,ミルセン,β-フェランドレン,γ-テルピネン,p-シメン)が,検出・同定された(図2図2■ブリの切り身から抽出された柑橘香気成分の検出(6)).これらのことから,ブリの身にユズの香気成分が移行・蓄積されることが明らかとなり,ユズの香りがする養殖ブリの実用化に至った.

図2■ブリの切り身から抽出された柑橘香気成分の検出(6)

黄色の矢印が柑橘の香気成分を示す.これらの香気成分は,対照区では検出されず.

ユズ果皮ペーストの利用

ユズから果汁を得る際,廃棄物として果皮や種などが廃棄物として排出される.それらの割合は重量比でおおよそ果汁:果皮:そのほか(種やさのう)=20 : 40 : 40であり,果汁よりも果皮の比率が高い.果皮の一部は食品として利用されているが,ほとんどが廃棄されているのが現状である.この果皮には上述したユズの抗酸化成分が残留しているため,廃棄物の有効利用としてユズ果皮の利用に着手した.ユズ果皮をブリの飼料に利用する際の懸念点として,果皮は肉食魚が本来摂取しないであろう食物繊維を多く含むため,成長の阻害や糞排出量(環境負荷)の増大が懸念された.そこで,これらの項目も褐変と脂質酸化の抑制効果と併せて評価した(7)7) H. Fukada, R. Shimizu, T. Furutani & T. Masumoto: J. Aquat. Food Prod. Technol., 23, 511 (2014)..ユズ果皮はペースト化して利用した.ユズ果皮ペーストを飼料に10%以上含ませると,成長の阻害と糞の排出量の増加が認められた.血合筋の褐変と脂質酸化の抑制効果は,飼料へのユズ果皮ペースト5%以上の添加で確認された.以上のことから,ユズ果皮の添加量は,飼料に対して重量で10%以下と決定した.また,14回以上の給餌によって切り身の褐変と脂質酸化の抑制効果を獲得でき,その効果は5日の絶食で消失することを明らかにした(8)8) 深田陽久・松浦拓人・高橋紀行・益本俊郎:日本水産学会誌,80, 769 (2014)..柑橘由来の香気成分は,給餌回数の増加に伴う蓄積が確認された.これらの知見に基づき高知県宿毛湾の海面生け簀においてユズ果皮添加飼料で育成した高知県産養殖ブリは,回転寿司チェーン店より「土佐ゆずぶり」として冬期に限定販売された.これによって,廃棄ユズ果皮の有効利用と養殖ブリの高付加価値化を可能した.

冬期限定販売の理由

これらの成果をベースとして鹿児島県東町漁業協同組合の養殖ブリブランド「鰤王(ぶりおう)」から柚子鰤王(通称:柚子ぶり)を開発し,2007年度から冬期限定販売を行っており,その味は好評を得ている(2014年度は休止,2015年度から再開).ブリは秋から冬にかけて,体に脂肪を蓄える.その脂肪に柑橘類の香気成分が蓄積すると考えている.ほかの季節においても柑橘の香気成分を蓄積させることも可能であるが,大量のユズ添加を行う必要がある.そこで,脂肪酸の合成に関与するグルコース-6-リン酸脱水素酵素(G6PDH)の肝臓における活性と脂肪酸の分解に関与するカルニチンパルミトイル基転移酵素II(CPTII)の血合筋における活性を測定し,両者の関係から効率良く香気成分を蓄えられる時期を推定した.両酵素とも水温または日長に強く影響を受け,G6PDHの活性は8月から12月にかけて上昇し,CPTIIの活性は8月から10月にかけて急減した.腹側の身の粗脂肪含量は1月に向けて蓄積量が増加した(図3図3■a)日照時間,水温とブリの切り身(腹側)の粗脂肪含量の変化.b)脂肪酸の合成(同化)に関わるG6PDHの活性と異化に関わるCPTIIの活性の変化).また,ブリは温水性の魚のため,低水温下では摂取した飼料の消化が遅くなり,摂餌量が著しく減少する.そこで,脂肪の蓄積と柑橘香の付加に必要な摂餌量と給餌回数の観点から,10月以降にユズの果汁や果皮の添加を開始することとした.そのため,十分に柑橘香がするブリとして仕上がるのは12月くらいとなってしまい,冬期限定販売となっている.

図3■a)日照時間,水温とブリの切り身(腹側)の粗脂肪含量の変化.b)脂肪酸の合成(同化)に関わるG6PDHの活性と異化に関わるCPTIIの活性の変化

おわりに

ユズの抗酸化機能に着目し,ブリの身の褐変抑制を目的として研究を始めたが,予想外の結果としてブリの身への柑橘香の付加が確認された.これによって,養殖ブリに天然魚にはない特性・価値をもたせることが可能になった.これはユズやブリに限らず,ほかの柑橘類や養殖魚を用いても可能であり,現在では「フルーツ魚(さかな)」として知られるようになった.養殖魚の生産地には,地域特有の柑橘類が生産(高知のユズ,大分のかぼす,徳島のすだち,愛媛のミカン,広島のレモンなど)されていることが多く,これらを掛け合わせることで地域の養殖ブランド魚の創出へと発展している.これらの取り組みによって,養殖魚の味や身質は飼料によってコントロールできることが普及できたと思われる.この養殖の利点を活用することで,養殖魚にはさまざまな付加価値をつけることが可能と考えられ,現在は健康に寄与できる養殖ブリの開発にも取り組んでいる.

Reference

1) 宮下 盛:“最新海産魚の養殖”(熊井英水編著),湊文社,2000, p. 52.

2) 谷口直樹:“よくわかる! 日本の養殖業”,緑書房,2015, p. 34.

3) 一般財団法人農林統計協会:“水産白書 平成26年度版”,2014, p. 4.

4) 森岡克司,大西研示,伊藤慶明:日本水産学会誌,79, 1009 (2013) .

5) J. Sohn, Y. Taki, H. Ushio, T. Kohata, I. Shioya & T. Ohshima: J. Food Sci., 70, 490 (2005).

6) 深田陽久,橋口智美,柏木丈拡,妹尾歩美,高桑史明,森岡克司,沢村正義,益本俊郎:日本水産学会誌,76, 678 (2010).

7) H. Fukada, R. Shimizu, T. Furutani & T. Masumoto: J. Aquat. Food Prod. Technol., 23, 511 (2014).

8) 深田陽久・松浦拓人・高橋紀行・益本俊郎:日本水産学会誌,80, 769 (2014).