Kagaku to Seibutsu 54(5): 303-304 (2016)
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ピリドキサルリン酸依存性転写調節因子の機能発現メカニズムビタミンB6に依存する細菌転写制御因子
Published: 2016-04-20
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
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ビタミンB6はピリドキサル5′-リン酸(PLP)の形で,主としてアミノ酸代謝関連酵素の補酵素として働くと理解されている.しかしPLPは細菌の転写調節因子の構成成分として,遺伝子の発現制御にも関与することが知られている.細菌の転写調節因子であるGntRスーパーファミリータンパク質は,保存性の高いN末端側のDNA結合ドメインと多様性に富むC末端ドメインで構成される.C末端ドメインはオリゴマー化とエフェクター結合に関与すると考えられているが,GntRスーパーファミリーの一つであるMocR/GabRサブファミリーに属するタンパク質のC末端ドメインは,PLP酵素であるアミノトランスフェラーゼと高い相同性を有する.MocR/GabRサブファミリーの中で最も研究が進んでいるBacillus subtilisのGabRはγ-アミノ酪酸(GABA)の資化にかかわる転写調節因子であり,Belitskyらによりその生理的役割が解明された(1, 2)1) B. R. Belitsky & A. L. Sonenshein: Mol. Microbiol., 45, 569 (2002).2) B. R. Belitsky: J. Bacteriol., 186, 1191 (2004)..GabRは,自身をコードするgabR遺伝子とこれと逆向きに隣接するgabTDオペロンの間に結合する.gabT, gabDはそれぞれGABAとα-ケトグルタル酸の間のアミノ基転移反応を触媒するGABAアミノトランスフェラーゼ(GABAT)とコハク酸セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ(SSDH)をコードする.GABAT反応の結果グルタミン酸とコハク酸セミアルデヒド(SS)が生成し,SSはSSDHによってNAD+依存的にコハク酸に酸化される.GabRはGABA非存在下でgabTDプロモーターを抑制し,GABA存在下で活性化する.すなわちGabRによるgabTD転写の制御はGABAの資化に対し合目的的に機能している.
GabRはPLPを有するが,転写調節においてPLPはどのような役割を果たしているのだろうか.X線結晶構造解析の結果では,GabRのN末端ドメインとC末端ドメインは29アミノ酸残基からなるリンカーで結合し,head-to-tail型のホモダイマーを構成している(3, 4)3) R. Edayathumangalam, R. Wu, R. Garcia, Y. Wang, W. Wang, C. A. Kreinbring, A. Bach, J. Liao, T. A. Stone, T. C. Terwilliger et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 17820 (2013).4) K. Okuda, S. Kato, T. Ito, S. Shiraki, S. Kawase, M. Goto, S. Kawashima, H. Hemmi, H. Fukada & T. Yoshimura: Mol. Microbiol., 95, 245 (2015).(図1A図1■(A) GabRのダイマー構造.(B)GABAを基質としたアミノトランスフェラーゼ反応の半反応).C末端ドメインはThermus thermophilus HB27の2-アミノアジピン酸アミノトランスフェラーゼ(AAA T)などと高い相同性を有する.GabRはGABAとα-ケトグルタル酸との間のアミノ基転移反応は触媒しないが,アミノトランスフェラーゼにおいてその活性発現に必要な残基の多くを保存している.Belitskyらはそのような残基の変異によって,GabRがgabTDの転写活性化能を消失することを報告しており,GabRによる転写活性化がアミノトランスフェラーゼ反応(図1B図1■(A) GabRのダイマー構造.(B)GABAを基質としたアミノトランスフェラーゼ反応の半反応)と共通の過程を経て起こる可能性が示唆されていた.
(A)PDBファイル4 mgrを基にPyMOLにて作製した.(B)(I)分子内シッフ塩基,(II)分子外シッフ塩基,(III)キノノイド中間体,(IV)ケチミン中間体,(V)コハク酸セミアルデヒドとピリドキサミン5′-リン酸(PMP).GABAとα-ケトグルタル酸からグルタミン酸とコハク酸セミアルデヒドを生成する反応(全反応)では,生成したPMPとα-ケトグルタル酸が反応して,上記の過程を逆に進行してPLPとグルタミン酸が生じる.
GabRとGABAの反応はアミノトランスフェラーゼ反応のどの段階までを共有しているのだろうか.GABAの添加はGabRの吸収スペクトルの420 nmのピークの減少と330 nmのピークの増加をもたらす.反応後の補酵素の解析や蛍光スペクトル分析の結果から,増加した330 nmピークはPLPとGABA間で形成される分子外シッフ塩基(図1B図1■(A) GabRのダイマー構造.(B)GABAを基質としたアミノトランスフェラーゼ反応の半反応, (II))に由来すると考えられ,GabRとGABAの反応はこの段階で平衡に達するものと予想された(4)4) K. Okuda, S. Kato, T. Ito, S. Shiraki, S. Kawase, M. Goto, S. Kawashima, H. Hemmi, H. Fukada & T. Yoshimura: Mol. Microbiol., 95, 245 (2015)..
精製GabRとGabR結合領域を含む51 bpのDNAフラグメントとの結合について,等温滴定カロリメトリー(ITC)を用いた熱力学的解析が行われた.その結果,GabRのリガンドであるGABAとPLPの有無でGabRとDNAとの結合におけるΔGbindingすなわちGabRとDNAの親和性は変わらないものの,ΔGbindingに対するΔHとΔSの寄与が大きく変化することが明らかとなった(4)4) K. Okuda, S. Kato, T. Ito, S. Shiraki, S. Kawase, M. Goto, S. Kawashima, H. Hemmi, H. Fukada & T. Yoshimura: Mol. Microbiol., 95, 245 (2015)..リガンドの非存在下ではΔSの寄与がΔHの寄与より大きく,リガンド存在下ではΔHの寄与がΔS寄与より大きかった.またGabRモノマーとDNAフラグメントの結合モル比(n)はリガンドの有無にかかわらず2 : 1であり,GabRはダイマーとしてDNAに結合するものと考えられた.ITCの結果は,リガンドの添加によってGabRとDNAフラグメントの結合比や親和性は変わらないものの,結合の様式が変化することを示している.すなわちDNAに結合したGabRはGABAと分子外シッフ塩基を形成して構造変化を起こし,DNAから遊離することなくDNAとの結合様式を変化させ,結果としてgabTD転写の活性化をもたらすと推測された(4)4) K. Okuda, S. Kato, T. Ito, S. Shiraki, S. Kawase, M. Goto, S. Kawashima, H. Hemmi, H. Fukada & T. Yoshimura: Mol. Microbiol., 95, 245 (2015)..AAA Tなどのアミノトランスフェラーゼでは,基質の結合によってopen型からclosed型へのコンフォメーション変化が起こる.GABAの結合によるGabRの構造変化はこのアミノトランスフェラーゼのコンフォメーション変化に対応するものと考えられる.
ところでGabRのN末端およびC末端ドメインに相当するペプチドN′-GabRとC′-GabRはそれぞれ単独でE. coliの可溶性画分に発現するため,各ドメインは独立したフォールディングユニットとして振る舞う可能性が高い(5)5) K. Okuda, T. Ito, M. Goto, T. Takenaka, H. Hemmi & T. Yoshimura: J. Biochem., 158, 225 (2015)..なおN′-GabRとC′-GabRは共存させてもオリゴマー構造はとらない.N′-GabRは,単独でもまたC′-GabRの共存下でも上記のDNAフラグメントとの結合能を示さない.一方,野生型GabRのC末端ドメイン部分を,ダイマー構造を有するT. thermophilusのAAA Tと置き換えた融合タンパク質はDNAと結合できるため,DNA結合には二量体化が必須であると予想された.なおゲルシフトアッセイによればこの融合タンパク質はAAA Tの基質である2-アミノアジピン酸の添加によってDNAとの親和性を変化させたことから,GabRのC末端ドメインを交換することによりアクティベーターとして働くアミノ酸を変更できる可能性がうかがわれた(5)5) K. Okuda, T. Ito, M. Goto, T. Takenaka, H. Hemmi & T. Yoshimura: J. Biochem., 158, 225 (2015)..
以上のようにGabRは結合PLPのユニークな機能とともに,そのモジュール構造においても興味深い.またMocR/GabRスーパーファミリーに属する転写調節因子は,グラム陽性菌,グラム陰性菌を問わずさまざまな細菌に広範に存在することから,GabRの研究は将来的には転写調節の撹乱を目的とした新たな抗生物質の創成に役立つかもしれない.
Reference
1) B. R. Belitsky & A. L. Sonenshein: Mol. Microbiol., 45, 569 (2002).
2) B. R. Belitsky: J. Bacteriol., 186, 1191 (2004).
5) K. Okuda, T. Ito, M. Goto, T. Takenaka, H. Hemmi & T. Yoshimura: J. Biochem., 158, 225 (2015).