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血中ビタミンE減少のマウスにおける抗マラリア効果マラリア感染症に対する新しい治療戦略

Mototada Shichiri

七里 元督

産業技術総合研究所生命工学領域健康工学研究部門

Hiroshi Suzuki

鈴木 宏志

帯広畜産大学原虫病研究センターゲノム機能学分野

Published: 2016-04-20

ビタミンは生物の生存や生育に必要な栄養素であり,不足することで生体に障害が生じる.ビタミンEは脂溶性ビタミンの一種であり,天然にはα-, β-, γ-, δ-トコフェロールとα-, β-, γ-, δ-トコトリエノールの8種類が存在する.ビタミンEは抗酸化活性を有するが,これら8種類の異性体の中でα-トコフェロールが最も生理活性が強い.摂取されたビタミンEは,胆汁酸によるミセル化を受けた後,腸管からリンパ管へ吸収される.吸収されたビタミンEはカイロミクロンに取り込まれ,カイロミクロンレムナントに変換された後,肝臓に取り込まれる(図1図1■α-トコフェロールの体内動態とプロブコールによる抗マラリア効果発現メカニズム概念図).肝細胞内ではα-トコフェロールがα-トコフェロール輸送タンパク質(α-tocopherol transfer protein; αTTP)に結合し,肝細胞形質膜に輸送される.α-トコフェロール以外のビタミンE類はαTTPとの親和性が弱く,肝細胞内で代謝されることになる.肝細胞形質膜に輸送されたα-トコフェロールは肝臓から血液中に再度放出される.この肝細胞形質膜中のα-トコフェロールが血中に放出される機構が明らかとなっていなかったが,筆者らは肝培養細胞を用いたα-トコフェロール放出アッセイにより,ATP-binding Cassette Transporter A1(ABCA1)が関与することを明らかにした(1)1) M. Shichiri, Y. Takanezawa, D. E. Rotzoll, Y. Yoshida, T. Kokubu, K. Ueda, H. Tamai & H. Arai: J. Nutr. Biochem., 21, 451 (2010)..ABCA1はATP加水分解エネルギーを利用して低分子を輸送する膜タンパク質であるABCタンパク質ファミリーの一つであり,肝臓や小腸,マクロファージをはじめとして多くの組織で発現している.ABCA1は細胞外ドメインに結合するアポリポプロテインA-Iに対して,形質膜上に存在するコレステロールやリン脂質を搬出し,HDL粒子の形成を行う.このABCA1がα-トコフェロールの肝細胞からの放出に関与することの検証実験を進めるうえで,高脂血症治療薬として臨床で使用されているプロブコールの投与実験を行った(1)1) M. Shichiri, Y. Takanezawa, D. E. Rotzoll, Y. Yoshida, T. Kokubu, K. Ueda, H. Tamai & H. Arai: J. Nutr. Biochem., 21, 451 (2010)..プロブコールはABCA1にアポリポプロテインA-Iが結合することを阻害することで細胞からの脂質の放出を抑制し,HDLを減少する作用を有することが知られていた(2, 3)2) C. A. Wu, M. Tsujita, M. Hayashi & S. Yokoyama: J. Biol. Chem., 279, 30168 (2004).3) E. Favari, I. Zanotti, F. Zimetti, N. Ronda, F. Bernini & G. H. Rothblat: Arterioscler. Thromb. Vasc. Biol., 24, 2345 (2004)..そこで,肝培養細胞にプロブコールを添加したところ,α-トコフェロールの放出が抑制されることを見いだした(1)1) M. Shichiri, Y. Takanezawa, D. E. Rotzoll, Y. Yoshida, T. Kokubu, K. Ueda, H. Tamai & H. Arai: J. Nutr. Biochem., 21, 451 (2010)..さらにマウスにプロブコール1%含有食を2週間投与することで血中のコレステロールだけでなく,α-トコフェロールの濃度も1/5以下に減少した(1)1) M. Shichiri, Y. Takanezawa, D. E. Rotzoll, Y. Yoshida, T. Kokubu, K. Ueda, H. Tamai & H. Arai: J. Nutr. Biochem., 21, 451 (2010)..以上のように,プロブコールが血中α-トコフェロール濃度を減少させる作用を有することを確認したが,生体に有益な抗酸化物質を減少させてしまうという知見が臨床に応用されることはないと考えていた.

図1■α-トコフェロールの体内動態とプロブコールによる抗マラリア効果発現メカニズム概念図

一方,疫学的観察では,微量栄養素,特にビタミンEの欠乏がマラリア感染に抵抗性を誘導する可能性が示唆されていた(4)4) L. S. Greene: Parasitologia, 41, 185 (1999)..そこで,血中のα-トコフェロールがほぼ枯渇するαTTP欠損マウスに対しマウスマラリア原虫(Plasmodium berghei NK65,(5)5) M. S. Herbas, Y. Y. Ueta, C. Ichikawa, M. Chiba, K. Ishibashi, M. Shichiri, S. Fukumoto, N. X. Xuan, H. Arai, H. Suzuki et al.: Malar. J., 9, 101 (2010). Plasmodium yoelii XL-17,(5)5) M. S. Herbas, Y. Y. Ueta, C. Ichikawa, M. Chiba, K. Ishibashi, M. Shichiri, S. Fukumoto, N. X. Xuan, H. Arai, H. Suzuki et al.: Malar. J., 9, 101 (2010). P. berghei ANKA(5)5) M. S. Herbas, Y. Y. Ueta, C. Ichikawa, M. Chiba, K. Ishibashi, M. Shichiri, S. Fukumoto, N. X. Xuan, H. Arai, H. Suzuki et al.: Malar. J., 9, 101 (2010).)を感染させたところ,マラリア感染症に対する耐性を獲得した.また,α-トコフェロール過剰食の投与によってこの耐性が減弱することも確認し,α-トコフェロール欠乏はマラリア感染に有効であることを見いだした(5, 6)5) M. S. Herbas, Y. Y. Ueta, C. Ichikawa, M. Chiba, K. Ishibashi, M. Shichiri, S. Fukumoto, N. X. Xuan, H. Arai, H. Suzuki et al.: Malar. J., 9, 101 (2010).6) M. S. Herbas, M. Okazaki, E. Terao, X. Xuan, H. Arai & H. Suzuki: Am. J. Clin. Nutr., 91, 200 (2010)..しかしながら,α-トコフェロールは穀類に多量に含有されるため,マラリア感染症治療のために食物からα-トコフェロールを排除することは困難であることが臨床応用への問題点であった.

そこで,「プロブコール投与により血中α-トコフェロールの減少を誘導することで,マラリア感染に対する抵抗性を惹起できるのではないか」という仮説の下,マウスにプロブコール1%含有食を2週間投与した後,マラリア原虫(P. yoelli XL-17)の感染した赤血球を腹腔内投与し,その後もプロブコール含有食を継続して与え,赤血球の原虫感染率(パラシテミア)と感染後のマウスの生存率を解析した.その結果,通常食群では感染後8日目より死亡例が出現し,感染16日目には全例死亡したのに対し,プロブコール含有食群では感染後30日でも75%の生存率を保った(7)7) M. S. Herbas, M. Shichiri, N. Ishida, N. A. Kume, Y. Hagihara, Y. Yoshida & H. Suzuki: PLoS ONE, 10, e0136014 (2015)..また,通常食群ではマウス死亡までパラシテミアが増加し続けるのに対し,プロブコール含有食群では感染後17日目まではパラシテミアが約40%にまで増加したが,その後0%まで減少した(7)7) M. S. Herbas, M. Shichiri, N. Ishida, N. A. Kume, Y. Hagihara, Y. Yoshida & H. Suzuki: PLoS ONE, 10, e0136014 (2015)..また,2週間のプロブコール投与によって血液中のα-トコフェロールが減少した結果,血液中の酸化ストレス環境にも変化が生じていた.血漿中のリノール酸由来酸化物Hydroxyoctadecadienoic acid(HODE)とコレステロール酸化物7β-hydroxycholesterol(7β-OHCh)を質量分析装置を用いて測定した結果,血漿中のリノール酸に対するHODEの含有率およびコレステロールに対する7β-OHChの含有率が顕著に増加していた(7)7) M. S. Herbas, M. Shichiri, N. Ishida, N. A. Kume, Y. Hagihara, Y. Yoshida & H. Suzuki: PLoS ONE, 10, e0136014 (2015)..プロブコール自体も抗酸化作用を有することが知られているが,α-トコフェロールの減少による抗酸化環境の悪化を代償することはできず,脂質酸化が昂進していた.詳細なデータは筆者らの論文(7)7) M. S. Herbas, M. Shichiri, N. Ishida, N. A. Kume, Y. Hagihara, Y. Yoshida & H. Suzuki: PLoS ONE, 10, e0136014 (2015).を参照されたい.

マラリア原虫はカタラーゼやグルタチオンペルオキシダーゼといった抗酸化酵素を持たない(8)8) S. Müller: Mol. Microbiol., 53, 1291 (2004)..宿主のα-トコフェロールを取り込むことで抗酸化物質を補充し,鉄が豊富な赤血球内の高酸化ストレス環境に対抗している可能性がある.

マラリア感染症は全世界で1年間で約2億人の患者が発生し,約58万人の患者が死亡する.にもかかわらず,耐性原虫の発現しやすさや副作用の問題から確実に有効な治療薬がいまだになく,有効なワクチンも確立されていない.新たな治療戦略が望まれているわけであるが,プロブコールによるビタミンE減少を利用したマラリア治療というのは既存の抗マラリア薬とは全くメカニズムが異なっており,新たな治療戦略開発の糸口になる可能性がある.

Reference

1) M. Shichiri, Y. Takanezawa, D. E. Rotzoll, Y. Yoshida, T. Kokubu, K. Ueda, H. Tamai & H. Arai: J. Nutr. Biochem., 21, 451 (2010).

2) C. A. Wu, M. Tsujita, M. Hayashi & S. Yokoyama: J. Biol. Chem., 279, 30168 (2004).

3) E. Favari, I. Zanotti, F. Zimetti, N. Ronda, F. Bernini & G. H. Rothblat: Arterioscler. Thromb. Vasc. Biol., 24, 2345 (2004).

4) L. S. Greene: Parasitologia, 41, 185 (1999).

5) M. S. Herbas, Y. Y. Ueta, C. Ichikawa, M. Chiba, K. Ishibashi, M. Shichiri, S. Fukumoto, N. X. Xuan, H. Arai, H. Suzuki et al.: Malar. J., 9, 101 (2010).

6) M. S. Herbas, M. Okazaki, E. Terao, X. Xuan, H. Arai & H. Suzuki: Am. J. Clin. Nutr., 91, 200 (2010).

7) M. S. Herbas, M. Shichiri, N. Ishida, N. A. Kume, Y. Hagihara, Y. Yoshida & H. Suzuki: PLoS ONE, 10, e0136014 (2015).

8) S. Müller: Mol. Microbiol., 53, 1291 (2004).