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海藻カロテノイドと不飽和脂肪酸代謝ワカメの抗肥満効果の機構を探る

Tsunehiro Aki

庸裕

広島大学大学院先端物質科学研究科

Masashi Hosokawa*

細川 雅史*

北海道大学大学院水産科学研究院

Published: 2016-04-20

ユネスコ無形文化遺産として登録された和食.海の幸は古くから日本人の食生活に欠かせない.コンブ目に属するワカメは「海の野菜」とも呼ばれ,高血圧や糖尿病の予防効果をもつアルギン酸や肝機能向上作用を示すフコイダンに加えて,甲状腺ホルモンの機能に重要なヨウ素のほか,カルシウム,カリウム,亜鉛などのミネラルが豊富に含まれている.最近では,カロテノイド色素の効用が注目され,ワカメなどの褐藻の主要カロテノイドであるフコキサンチンの機能開発が進められてきた.

フコキサンチンはアレン構造を特徴とするキサントフィルで,十数年前に抗がん作用が見いだされたのを端緒として,高い抗酸化力による老化や心臓血管系疾患の予防,糖代謝の活性化による糖尿病の予防など,多くの生理機能が報告されている(1)1) N. D’Orazio, E. Gemello, M. A. Gammone, M. de Girolamo, C. Ficoneri & G. Riccioni: Mar. Drugs, 10, 604 (2012)..細川ら(2, 3)2) 細川雅史,宮下和夫:化学と生物,43, 150 (2005).3) H. Maeda, M. Hosokawa, T. Sashima, K. Funayama & K. Miyashita: Biochem. Biophys. Res. Commun., 332, 392 (2005).は,ワカメ抽出油の投与によって肥満モデルマウスの体重増加が抑制され,白色脂肪組織重量が低下することを報告した.ワカメ抽出油に含まれるフコキサンチン,および,その体内代謝物であるフコキサンチノールを投与した場合も同様の効果が認められた.その後,作用機構について検討した結果,ミトコンドリア内膜に局在して脂肪の消費と熱産生を促す脱共役タンパク質1(UCP1)が白色脂肪細胞において異所的に活性化することが重要であると判明した.フコキサンチンは血糖値の増大にかかわるアディポサイトカインの脂肪細胞による分泌を低減する(4)4) M. Hosokawa, T. Miyashita, S. Nishikawa, S. Emi, T. Tsukui, F. Beppu, T. Okada & K. Miyashita: Arch. Biochem. Biophys., 504, 17 (2010).ことから,インシュリン抵抗性を基盤としたメタボリックシンドロームに対して全面的な抑制効果があることがわかってきた.

フコキサンチンの脂肪蓄積抑制作用の分子機構を明らかにするため,投与後の糖尿病・肥満モデルマウスの肝臓における脂肪酸組成を調べたところ,興味深いことにドコサヘキサエン酸(DHA)が高い割合で蓄積していた(5)5) T. Tsukui, K. Konno, M. Hosokawa, H. Maeda, T. Sashima & K. Miyashita: J. Agric. Food Chem., 55, 5025 (2007)..DHAは最も多彩な生理機能が知られる高度不飽和脂肪酸で,海洋魚介類の食品としての健康効果を代表する成分の一つである.哺乳類の体内ではde novo合成できず,必須脂肪酸であるα-リノレン酸からΔ6不飽和化酵素(D6d)や鎖長延長酵素などの作用を介して合成される.DHAは,ペルオキシソーム増殖因子活性化レセプターγ(PPARγ)のリガンドとしてUCP1を発現亢進し,脂肪燃焼を促進することが知られている.したがって,フコキサンチンの投与によって蓄積したDHAが機能性発現にかかわっていることも考えられたが,なぜDHAが蓄積するのかは不明であった.

そこで,ラット肝細胞株をα-リノレン酸存在下で培養し,DHAに至るまでの不飽和脂肪酸の代謝系においてフコキサンチンとフコキサンチノールの効果を観察した(6)6) T. Aki, M. Yamamoto, T. Takahashi, K. Tomita, R. Toyoura, K. Iwashita, S. Kawamoto, M. Hosokawa, K. Miyashita & K. Ono: Lipids, 49, 133 (2014)..脂肪酸組成の変動を調べたところ,特に後者の添加によってα-リノレン酸の減少とともにDHAやその代謝中間体であるエイコサペンタエン酸(EPA)の経時的な蓄積が見られたものの,D6dなどの代謝系酵素の遺伝子発現量にはほとんど変化がなかった.これらの現象はin vivo実験でも観察されていた.そこで,D6dタンパク質の発現量を見たところ,意外なことに両カロテノイドの添加によって減少し,特にフコキサンチノールの効果はより強力であった.D6dはα-リノレン酸のΔ6位に不飽和結合を導入するとともに,Sprecher経路として知られる炭素数24の不飽和脂肪酸も同様にΔ6不飽和化してDHAの生合成に寄与する.したがって,D6dタンパク質の減少とDHAの蓄積亢進という,一見相反する機構について新たな疑問が生じた.これを説明するには,不飽和脂肪酸の代謝抑制に対する補完作用として脂肪酸のβ酸化による分解が抑制されるなどの仮説(図1図1■フコキサンチンによる不飽和脂肪酸代謝系の制御と抗肥満作用の推定機構)を追究していく必要があり,今後の課題として残された.

図1■フコキサンチンによる不飽和脂肪酸代謝系の制御と抗肥満作用の推定機構

一方,カロテノイドによる不飽和化酵素の発現制御についても報告が少なく,先述の機構解明への糸口としても興味深い.D6dタンパク質の低減機構としてユビキチン–プロテアソーム系の関与を想定し,プロテアソーム阻害剤であるMG132やエポキソマイシンを添加したところ,フコキサンチノールによるD6dタンパク質の発現抑制が用量依存的に最大90%程度まで解除され,D6dの新たな制御機構が示唆された.フコキサンチンは細胞内カルシウム濃度を向上させることが知られており(7)7) C.-L. Liu, Y.-S. Huang, M. Hosokawa, K. Miyashita & M.-L. Hu: Chem. Biol. Interact., 182, 165 (2009).,これに伴って選択的タンパク質分解にかかわるカルシウム依存性μ-カルパインが活性化した可能性も考えられる.さらに,リン脂質輸送にかかわるタンパク質を発現変動させることも見いだしている.当初の想定より格段に複雑な制御機構に支配されているようである.

Reference

1) N. D’Orazio, E. Gemello, M. A. Gammone, M. de Girolamo, C. Ficoneri & G. Riccioni: Mar. Drugs, 10, 604 (2012).

2) 細川雅史,宮下和夫:化学と生物,43, 150 (2005).

3) H. Maeda, M. Hosokawa, T. Sashima, K. Funayama & K. Miyashita: Biochem. Biophys. Res. Commun., 332, 392 (2005).

4) M. Hosokawa, T. Miyashita, S. Nishikawa, S. Emi, T. Tsukui, F. Beppu, T. Okada & K. Miyashita: Arch. Biochem. Biophys., 504, 17 (2010).

5) T. Tsukui, K. Konno, M. Hosokawa, H. Maeda, T. Sashima & K. Miyashita: J. Agric. Food Chem., 55, 5025 (2007).

6) T. Aki, M. Yamamoto, T. Takahashi, K. Tomita, R. Toyoura, K. Iwashita, S. Kawamoto, M. Hosokawa, K. Miyashita & K. Ono: Lipids, 49, 133 (2014).

7) C.-L. Liu, Y.-S. Huang, M. Hosokawa, K. Miyashita & M.-L. Hu: Chem. Biol. Interact., 182, 165 (2009).