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重要な生態学的機能をもつ海洋のメタン酸化菌メタン濃度の薄い海水中にも遍在しメタンの大気への放出を防ぐ

Hisako Hirayama

平山 仙子

海洋研究開発機構深海・地殻内生物圏研究分野

Published: 2016-04-20

海洋では水深の分だけ垂直方向に広大な微生物圏が広がっているため,海洋での微生物活動は地球規模での物質循環に大きく影響していると考えられている.高い温室効果で知られるメタンについて,近年その動態が注目されている.世界中で一年間に大気中に放出される全メタンのうち,海洋起源のメタンの割合は2%程度だが,大気中に放出される前にメタン酸化菌によって消費(すなわち二酸化炭素および有機物へと変換)されるメタンは,少なくともその十から数十倍にのぼると見積もられている(1)1) W. S. Reeburgh: Chem. Rev., 107, 486 (2007).図1図1■海洋におけるメタン動態の簡略図).つまり海洋メタン酸化菌は重要な生態学的機能を果たしているのだが,培養株は少なく,その特徴に関する知見は限られている.

図1■海洋におけるメタン動態の簡略図

主に海底下で生成するメタンの一部が海水中へ移行し,さらにその一部が大気圏へ移行する.

海洋では嫌気環境でアーキアが,好気環境でバクテリアがそれぞれメタン酸化を行っている.本稿では後者の好気性メタン酸化細菌について紹介するが,この細菌はメタンをエネルギー源および炭素源として生育する.海洋で検出される種はすべてGammaproteobacteria綱に分類され,現在までに7属(MethylobacterMethylocaldum, MethylomarinumMethylomarinovumMethylomicrobiumMethylomonas,およびMethyloprofundus属)8種が単離株として報告されている.このうち6属7種は浅海由来の株である.筆者らが沖縄県の竹富海底温泉(水深23 m,熱水温度52°C)より単離したMethylomarinum vadiMethylomarinovum caldicuraliiは,海洋では初めての熱水活動域からの単離株であり,新属・新種として記載された(2)2) H. Hirayama, M. Abe, M. Miyazaki, T. Nunoura, Y. Furushima, H. Yamamoto & K. Takai: Int. J. Syst. Evol. Microbiol., 64, 989 (2014)..深海にはメタン噴出を伴う熱水域が多数存在するが,竹富海底温泉のような浅海のメタン噴出を伴う熱水域は世界的にも少なく,新規微生物の宝庫でもある.一方,深海からは今のところ単離株は1属1種しか記載されていない.しかしメタンの噴出や湧出を伴う深海の熱水域や冷湧水帯の試料からは,メタン酸化細菌の指標遺伝子である,膜結合型メタンモノオキシゲナーゼのαサブユニットをコードするpmoAが容易に検出される.またpmoAの系統解析から,深海には属レベルで多様かつ新規性の高いメタン酸化細菌が多数生息していると推察される.

また深海には,無脊椎動物に共生するメタン酸化細菌が存在することが知られている.その代表例が,熱水活動域や冷湧水帯に生息するイガイ科の二枚貝シンカイヒバリガイ類の共生菌である.共生菌は貝のえら細胞内に,えら組織1 gに1010細胞程度と非常に高密度で存在するので,えら組織切片の電子顕微鏡観察で容易にその存在を確認できる(図2図2■シンカイヒバリガイのえら組織切片の電子顕微鏡写真).筆者らが採集直後のシンカイヒバリガイを用いて共生菌のメタン酸化活性を測定したところ高い活性を示したが,共生菌の単離・培養は成功しておらず,えら細胞の外で単独で生育できるかどうかも不明である.世界各地のシンカイヒバリガイ類の共生メタン酸化細菌は互いに非常に近縁であるが,それぞれの宿主とは1対1の特異的な関係を築いていると推察される.

図2■シンカイヒバリガイのえら組織切片の電子顕微鏡写真

沖縄トラフの熱水活動域(水深約1,000 m)に生息するヘイトウシンカイヒバリガイのえら組織切片.球形や楕円形に見える細胞が共生するメタン酸化細菌.Bar=2 µm

海洋のメタン酸化細菌の研究の多くは,熱水域やメタン冷湧水帯などの,µMレベルの高濃度メタンが存在する海底の試料を対象としている.一方,そこから離れるにつれ海水中メタン濃度はnMレベルへと低下するため,メタン濃度の低い海水を対象とした研究は最近まであまり行われてこなかった.海水中メタンの生物による酸化を最初に明らかにしたのは,海洋化学分野の研究であった.14C標識や3H標識したメタンを用いた海水インキュベーション実験や,海水中メタンの炭素同位体比の時空間的変化から,メタン酸化細菌そのものを見つけるのが難しいようなメタン濃度の低い海水中においても,生物学的メタン酸化が起きていることが証明されている(1)1) W. S. Reeburgh: Chem. Rev., 107, 486 (2007).

近年,微生物分野でもメタン濃度の低い海水の解析が行われており,新しい発見が続いている.メタンプルーム海水や,中層域の酸素極小層の海水から,指標遺伝子pmoAが検出されている(3)3) T. Hayashi, H. Obata, T. Gamo, Y. Sano & T. Naganuma: Res. J. Environ. Sci., 1, 275 (2007)..またメタトランスクリプトーム解析によって,メタン濃度の低い海水からもメタン酸化細菌由来と考えられるリボゾームRNAやメタンモノオキシゲナーゼ遺伝子のcDNAが検出され,海水中でメタン酸化細菌が活動的であることが示唆されている(4)4) R. A. Lesniewski, S. Jain, K. Anantharaman, P. D. Schloss & G. J. Dick: ISME J., 6, 2257 (2012)..このような研究を通して,海域を問わず,海水から頻繁に検出される未培養のメタン酸化細菌系統群の存在が明らかになりつつある.それらはOPU1, OPU3と呼ばれる系統群で,100 m以深の中層から深海まで広く分布し,その分布様式から至適酸素濃度に違いがあることが示唆されているが(5)5) P. L. Tavormina, W. Ussler 3rd, J. A. Steele, S. A. Connon, M. G. Klotz & V. J. Orphan: Environ. Microbiol. Rep., 5, 414 (2013).,まだ知見は限られている.このほかにも深海から頻繁に検出される未培養の系統群が複数あり,さらなる生態学的知見の蓄積が必要である.それが今後,単離株の取得へとつながることが期待される.

Reference

1) W. S. Reeburgh: Chem. Rev., 107, 486 (2007).

2) H. Hirayama, M. Abe, M. Miyazaki, T. Nunoura, Y. Furushima, H. Yamamoto & K. Takai: Int. J. Syst. Evol. Microbiol., 64, 989 (2014).

3) T. Hayashi, H. Obata, T. Gamo, Y. Sano & T. Naganuma: Res. J. Environ. Sci., 1, 275 (2007).

4) R. A. Lesniewski, S. Jain, K. Anantharaman, P. D. Schloss & G. J. Dick: ISME J., 6, 2257 (2012).

5) P. L. Tavormina, W. Ussler 3rd, J. A. Steele, S. A. Connon, M. G. Klotz & V. J. Orphan: Environ. Microbiol. Rep., 5, 414 (2013).