Kagaku to Seibutsu 54(5): 312-314 (2016)
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茶殻・コーヒー滓が触媒に?繰り返し使用が可能なフェントン反応
Published: 2016-04-20
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2016 公益社団法人日本農芸化学会
ふだん私たちが口にするお茶やコーヒー.その香りや味わいを楽しんだあとに残る茶殻やコーヒー滓はもちろん人体に無害なものである.この茶殻やコーヒー滓には,そもそも触媒としての機能はない.しかし,それらにある元素を加えると,強力な酸化反応の触媒になる.その元素は,鉄である.フェントン反応(式(1))(1)1) H. J. H. Fenton: J. Chem. Soc., 65, 899 (1894).は,鉄に過酸化水素が作用してヒドロキシルラジカルと呼ばれる強力な活性酸素が発生する反応である.ヒドロキシルラジカルは極めて反応性が高く,殺菌や有害物質の分解に利用される.
しかし,この反応の実用化には大きな課題があった.鉄がフェントン反応触媒として機能するのは二価鉄イオン(Fe2+)の状態のときである.しかしFe2+は非常に不安定であり,容易に酸化されて三価鉄(Fe3+)になり,触媒能を失ってしまう.反応を起こし続けるには二価鉄(硫酸第一鉄FeSO4や塩化第一鉄FeCl2)を連続して添加する必要があった.このため従来の方法では,反応の持続が難しく,酸化鉄の汚泥(スラッジ)が大量に発生するなどの問題があった(2)2) N. Kishimoto, T. Kitamura, M. Kato & H. Otsu: Water Res., 47, 1919 (2013)..筆者は,茶殻やコーヒー滓を一定量の二価鉄や三価鉄と反応させることにより,鉄を二価の状態で安定させることに成功した.この資材を用いて,酸化鉄スラッジの発生量を抑え,安価で繰り返し利用ができる新しいフェントン処理技術を開発した.
以下,茶殻およびコーヒー滓を用いて製造した鉄資材をそれぞれ,茶鉄とコーヒー鉄と呼ぶ.
鉄を,茶殻やコーヒー滓と反応させて作った資材(茶鉄,コーヒー鉄)は,従来のフェントン反応で使われる二価鉄塩より,フェントン反応の触媒効果が大きくなった(図1図1■異なる鉄触媒のフェントン反応によるヒドロキシルラジカル発生(0.1 mM Fe(塩化第一鉄または茶鉄):1 mM H2O2)).
ポリフェノールが三価鉄を二価鉄に還元することは以前から知られていた(3)3) M. Yoshino & K. Murakami: An. Bioch., 257, 40 (1998)..しかしフェントン反応に利用した例は,これまで見当たらない.ポリフェノールは抗酸化物質であり(4, 5)4) H. Chimi, J. Cillard, P. Cillard & M. Rahmani: J. Am. Oil Chem. Soc., 68, 307 (1991).5) C. Rice-Evans: Biochem. Soc. Symp., 61, 103 (1995).,フェントン反応により発生するヒドロキシルラジカルを消去することが知られていたためである(6~8)6) B. Frei & J. V. Higdon: J. Nutr., 133, 32755 (2003).7) J. A. Vignoli, D. G. Bassolia & M. T. Benassi: Food Chem., 124, 863 (2011).8) M. D. Del Castillo, M. H. Gordon & J. M. Ames: Eur. Food Res. Technol., 221, 471 (2005)..筆者は,ポリフェノールを二価鉄で飽和させることにより,フェントン反応によるラジカル発生量がポリフェノールのラジカル消去能を凌駕すれば,殺菌や分解に利用できるのではないか,と考えた.
図2図2■フェントン反応の繰り返しによるメチレンブルーの分解は有害物質分解の指標として用いられる,メチレンブルーの分解を従来の二価鉄塩によるフェントン処理と比較した実験結果を示している.従来のフェントン処理では,二価鉄イオンがすぐに酸化して触媒能を失い,新たに過酸化水素を加えてもフェントン反応が起きなくなり,追加したメチレンブルーの濃度がどんどん高まっていく.これに対し茶鉄やコーヒー鉄は,フェントン反応を繰り返しても過酸化水素を補給すれば反応を触媒し続け,メチレンブルーを分解し続けることができる.
従来の二価鉄塩(塩化第一鉄)とコーヒー鉄(または茶鉄)のフェントン反応の比較.従来のフェントン反応(二価鉄塩)では過酸化水素(HP)を複数回加えてもメチレンブルーが蓄積していく.矢印はメチレンブルーと過酸化水素を追加した時間を示す.(反応開始時,0.1 mM Fe(塩化第一鉄またはコーヒー鉄):10 mM H2O2)
図3図3■フェントン処理による大腸菌の殺菌は,コーヒー鉄によるフェントン処理を大腸菌の殺菌に応用した実験結果である.大腸菌の培養液(106 cfu/mL)1 mLにコーヒー鉄水溶液20g/L(注:粉末のコーヒー鉄20 gを1 Lの水に懸濁し,ろ過して得られた上清)を0.05 mL,10 mM過酸化水素水を0.1 mL加えると,10分後には大腸菌が完全に死滅した.これに対しコーヒー鉄を加えなかったものは,10 mM過酸化水素水を加えても大量の大腸菌が生残した.過酸化水素だけでは十分な殺菌力を示さないが,コーヒー鉄を加えることで強力に殺菌することができる(9, 10)9) C. K. Morikawa: Green Processing and Synthesis, 3, 117 (2014).10) 森川クラウジオ健治:農耕と園芸,46 (2014)..
(A)無処理,(B)過酸化水素処理,(C)コーヒー鉄によるフェントン処理.コーヒー鉄に過酸化水素を作用させフェントン反応で殺菌した実験結果.過酸化水素のみでは大腸菌は大量に生残した.コーヒー鉄資材と過酸化水素によるフェントン処理によって大腸菌が10分で死滅した.(0.1 mM Fe(コーヒー鉄):10 mM H2O2)
また,植物病原菌の殺菌への応用を試みた.植物病原菌は,作物生産において常に注意が必要であり,対処の遅れなどでたちまち蔓延し,農作物の著しい収量減など,大きな経済的損害を生じさせる.茶鉄によるフェントン処理で植物病原菌を殺菌できるかをリーフディスク法(11)11) 農研機構:キュウリのべと病接種検定法(リーフディスク法),https://ml-wiki.sys.affrc.go.jp/engei_marker/cucumber_dm. (2011).によって検討したのが次の実験である(図4図4■フェントン処理によるキュウリベと病菌殺菌実験).病原菌(べと病菌)をキュウリの葉裏面に接種し,その後茶鉄水溶液と過酸化水素水を散布すると,強力な殺菌効果が認められた.同様の処理でトマトの青枯病,キュウリのうどん粉病,斑点細菌などへの殺菌効果が認められた(12, 13)12) 森川クラウジオ健治,篠原 信:“食品分野における微生物制御技術の最前線”,シーエムシー出版,2014,p. 244.13) C. K. Morikawa & M. Saigusa: J. Sci. Food Agric., 91, 2108 (2011)..
(A)無処理,(B)茶鉄によるフェントン処理.茶鉄と過酸化水素を用いたフェントン反応によるべと病菌殺菌実験の結果.(A)無処理ではキュウリベト病の病班が発生した.(B)茶鉄と過酸化水素を散布すると,病斑は全く現れなかった.
茶鉄やコーヒー鉄は触媒として利用できるだけではない.植物に鉄を供給する資材としても優れた性能を発揮する.本資材を畑や水田に施用することで野菜やお米の生育が改善し,鉄含有量が高くなった(13, 14)13) C. K. Morikawa & M. Saigusa: J. Sci. Food Agric., 91, 2108 (2011).14) C. K. Morikawa & M. Saigusa: Plant Soil, 304, 249 (2008)..図5図5■アルカリ土壌における茶鉄およびコーヒー鉄の施用によるダイズ鉄欠乏の改善はアルカリ土壌に茶鉄やコーヒー鉄を施用した場合の効果を見たものである.pH 9.2の石灰土壌でダイズを育てると,通常は鉄欠乏で生長点が黄化し極めて生育が悪くなる.これは土壌のアルカリで鉄が不溶化し,植物が吸収できなくなるためである.しかしこれに茶鉄あるいはコーヒー鉄を施用すると,水溶性の高い二価鉄の形で吸収できるようになるため,ダイズは健全に生育する.
現時点ではまだ,茶殻やコーヒー滓と鉄を反応させるとなぜ二価鉄イオンの状態で安定化するのか,繰り返しフェントン反応を起こしても触媒能を失わないのはなぜか,そのメカニズムは十分にはわかっていない.予想される反応メカニズムを図6図6■鉄とポリフェノールによるフェントン反応の繰り返し反応のメカニズム(推定)に示した.鉄が二価の状態で安定的に維持されるのは,ポリフェノールからの電子供与を受け,フェントン反応の後に三価鉄Fe3+になったものが還元されて二価鉄Fe2+に戻るためと考えられる.ポリフェノールは二価鉄で飽和した状態であり,その触媒能によって発生したヒドロキシルラジカルの発生量は消去能をはるかに上回り,ポリフェノールは鉄原子に電子を供給し続け二価鉄イオンの状態を安定的に維持しフェントン反応を触媒し続けるものと考えられる.
本技術は,これまでフェントン反応を適用することが難しかった農業,環境,食品,医療などさまざまな分野での殺菌や分解に期待がもてる.また,鉄サプリというちょっと面白い利用方法も考えられる.「二価鉄」という,安定して再現することが難しかった身近にあるこの物質を,利用しやすい形にすることによって新たな技術が発展することを期待する.
Reference
1) H. J. H. Fenton: J. Chem. Soc., 65, 899 (1894).
2) N. Kishimoto, T. Kitamura, M. Kato & H. Otsu: Water Res., 47, 1919 (2013).
3) M. Yoshino & K. Murakami: An. Bioch., 257, 40 (1998).
4) H. Chimi, J. Cillard, P. Cillard & M. Rahmani: J. Am. Oil Chem. Soc., 68, 307 (1991).
5) C. Rice-Evans: Biochem. Soc. Symp., 61, 103 (1995).
6) B. Frei & J. V. Higdon: J. Nutr., 133, 32755 (2003).
7) J. A. Vignoli, D. G. Bassolia & M. T. Benassi: Food Chem., 124, 863 (2011).
8) M. D. Del Castillo, M. H. Gordon & J. M. Ames: Eur. Food Res. Technol., 221, 471 (2005).
9) C. K. Morikawa: Green Processing and Synthesis, 3, 117 (2014).
10) 森川クラウジオ健治:農耕と園芸,46 (2014).
11) 農研機構:キュウリのべと病接種検定法(リーフディスク法),https://ml-wiki.sys.affrc.go.jp/engei_marker/cucumber_dm. (2011).
12) 森川クラウジオ健治,篠原 信:“食品分野における微生物制御技術の最前線”,シーエムシー出版,2014,p. 244.
13) C. K. Morikawa & M. Saigusa: J. Sci. Food Agric., 91, 2108 (2011).
14) C. K. Morikawa & M. Saigusa: Plant Soil, 304, 249 (2008).