解説

食物のアレルゲンと
β-ラクトグロブリンの抗原改変

Antigen Modification of β-Lactoglobulin: Overview of Food Allergens

Hiroshi M. Ueno

上野

雪印ビーンスターク株式会社商品開発部

Taku Nakano

中埜

雪印ビーンスターク株式会社商品開発部

Published: 2016-04-20

食物アレルギーの原因となる物質は,われわれが摂食する食品に広く含まれており,先進国を中心に食物アレルギーは増加している.食物アレルギーによる症状には生命を脅かすほど重篤な場合もあり,わが国でも社会的な問題として取り上げられる機会が増えた.したがって,医療従事者のみならず,日常的に食品に接する消費者や食品を取り扱う研究者にとっても,身近な話題として理解を深めることが望ましい.本稿では,主要な食物のアレルゲンと,食品の加工処理がアレルゲン性に及ぼす影響を中心に概説し,当研究グループにおけるβ-ラクトグロブリンの抗原改変に関する取り組みを一つの事例として紹介する.

食物アレルギーの原因物質

食物アレルギーは「食物によって引き起こされる抗原特異的な免疫学的機序を介して生体にとって不利益な症状が惹起される現象」と定義される.したがって,食中毒や自然毒のように生物が産生する毒素によるものや,乳糖不耐症のように免疫学的機序を介さない食物不耐症は区別される.その疫学としては,わが国では2001~2002年に行われた全国調査の結果が代表的である(図1図1■食物アレルギーの疫学).食物アレルギーの有病率は,乳幼児期で5~10%,学童期以降は1.5~3%と考えられており,年齢により原因食物に変化がある(1)1) 日本小児アレルギー学会食物アレルギー委員会:“食物アレルギー診療ガイドライン2012,”協和企画,2011..これらの数字が研究により大きくばらつく理由として,調査したサンプル数,アレルギーの定義,調査手法,地域や人種,年齢,食習慣などの違いが挙げられる.東京都では3歳児における食物アレルギーの調査を継続的に実施しているが,男女問わず食物アレルギーの有病・有症率は増加傾向にある.また,学童期を対象とした都道府県別調査では北海道で食物アレルギーの有病率が高いが,このことには地域の環境や食生活が原因として指摘されている(2)2) 今井孝成:小児科診療,78, 1147 (2015)..乳幼児期では鶏卵,牛乳,小麦が食物アレルギーの代表的な原因食物であるが,成長とともに自然に食べられることが期待され,たとえば,乳幼児期に診断された食物アレルギーにおける予後を調べた研究では,3歳までに大豆78%,小麦63%,牛乳60%,卵黄51%,卵白31%の食物アレルギー児が耐性を獲得し,食物除去を解除できたと報告している(3)3) 池松かおり,田知本 寛,杉崎千鶴子,宿谷明紀,海老澤元宏:アレルギー,55, 533 (2006)..一方,学童期以降の食物アレルギーに関しては,新規の発症頻度は減少し,甲殻類,果物類,小麦,そば,ピーナッツ,木の実などが原因食物となる頻度が増加する.そば,ピーナッツ,甲殻類,魚は耐性獲得しにくいことで知られている.

図1■食物アレルギーの疫学

食物アレルギー診療ガイドライン20121)1) 日本小児アレルギー学会食物アレルギー委員会:“食物アレルギー診療ガイドライン2012,”協和企画,2011.より改変して引用.

食物アレルギーは,発症においてIgEを介する免疫反応が関与するもの(IgE依存性)と関与しないもの(非IgE依存性)に大別される.IgE依存性の食物アレルギーはIgE,マスト細胞,ヒスタミンなどの化学伝達物質を介した即時型アレルギーを主体とするが,非IgE依存性の食物アレルギーについては不明な点が多い.新生児から乳児期に発症する消化管アレルギーやアトピー性皮膚炎を除けば,食物アレルギーはIgE依存的な機序で発症する病型に分類されるため,以下ではIgE依存性食物アレルギーの原因物質について解説する.

1. 代表的なアレルゲンコンポーネント

食物のアレルゲンはそのほとんどがタンパク質であり,特異的IgE抗体が認識するタンパク質をアレルゲンコンポーネント,その結合部位をエピトープと呼ぶ.エピトープには,一連のアミノ酸配列で構成される連続性エピトープ(linear epitope)と,立体構造によって形成される構造的エピトープ(conformational epitope)がある.鶏卵および牛乳のアレルギーにおいて,構造的エピトープに主として結合するIgE抗体は一過性のアレルギーと関連があり,連続性エピトープに結合性を示すことは持続性のアレルギーの指標になると考えられている(4, 5)4) K. M. Järvinen, K. Beyer, L. Vila, P. Chatchatee, P. J. Busse & H. A. Sampson: J. Allergy Clin. Immunol., 110, 293 (2002).5) K. M. Järvinen, K. Beyer, L. Vila, L. Bardina, M. Mishoe & H. A. Sampson: Allergy, 62, 758 (2007)..アレルゲン性があると確認された物質は,食物の学名を元にして,属(Genus)の頭文字3文字,種(Species)の1文字,および同定された順の通し番号で構成される.表1表1■食物における主要なアレルゲンに主要なアレルゲンを整理した(6)6) F. Ferreira, T. Hawranek, P. Gruber, N. Wopfner & A. Mari: Allergy, 59, 243 (2004)..これらの詳細や最新の情報に関しては,国内外のアレルゲンデータベース(WHO/IUISや国立医薬品食品衛生研究所など)を参照されたい.

表1■食物における主要なアレルゲン
食物名タンパク質分画名アレルゲンコンポーネント
鶏卵卵白タンパク質オボムコイド
オボアルブミン
オボトランスフェリン
リゾチーム
牛乳カゼインαS1-カゼイン
αS2-カゼイン
β-カゼイン
κ-カゼイン
乳清タンパク質α-ラクトアルブミン
β-ラクトグロブリン
血清アルブミン
免疫グロブリン
小麦アルブミン・グロブリン(水溶性タンパク質)α-アミラーゼ/トリプシンインヒビター
アシルCoAオキシダーゼ
ペルオキシダーゼ
脂質輸送タンパク質(LTP)
グリアジン(アルコール可溶性)α-グリアジン
β-グリアジン
γ-グリアジン
ω-5グリアジン
グルテニン(アルコール不溶性)高分子グルテニン
低分子グルテニン
果物・野菜Bet v1ホモログ(PR-10)
プロフィリン
LTP (PR-14)
豆類・種子類貯蔵タンパク質7Sグロブリン
11Sグロブリン
2Sアルブミン
汎アレルゲンBet v1ホモログ(PR-10)
プロフィリン
LTP (PR-14)
オイルボディー膜オレオシン

鶏卵の場合,主なアレルゲンは卵白に存在し,Gal d 1からGal d 4までのアレルゲンが代表的である.鶏卵タンパク質の約半分を占め,最も含有量の高いオボアルブミン(Gal d 2)は加熱によるタンパク質の変性で凝固する性質があり,IgE抗体の結合能が低下しやすい.一方,オボムコイド(Gal d 1)は加熱や消化酵素に対して安定で,食品の調理や加工による影響を受けにくい.また,リゾチーム(Gal d 4)はムコ多糖類に対する加水分解作用があり,市販のかぜ薬にも含まれることが注意点である.

牛乳の主要なアレルゲンはカゼイン(Bos d 8)であり,加熱による影響を受けにくいことで知られている.なかでも,牛乳タンパク質の約30%を占め,最も多量に含まれるαS1-カゼイン(Bos d 9)は,多くのIgEエピトープをもちアレルゲン性が高い.また,乳清タンパク質の約半分(牛乳タンパク質の約10%)を占めるβ-ラクトグロブリン(Bos d 5; βLg)も代表的なアレルゲンだが,加熱による構造変化が認められ抗原性は低下しやすい.αS1-カゼインとβLgは,ともに人乳には存在しないタンパク質として共通点をもつことが興味深い.

小麦タンパク質は水や塩に可溶性の画分(アルブミン・グロブリン)と,不溶性画分であるグルテン(グリアジン・グルテニン)に分けられる.水溶性タンパク質であるアシル-CoAオキシダーゼ,ペルオキシダーゼ,脂質輸送タンパク質(lipid transfer protein; LTP),プロフィリンが即時型小麦アレルギーにおける主要なアレルゲンとされる.グルテンに含まれるω-5グリアジン(Tri a 19)は,小麦依存性運動誘発アナフィラキシー(WDEIA)の主要なアレルゲンとして同定され,即時型小麦アレルギーにおいても強いアレルゲンとして知られている.ω-5グリアジンは,α-アミラーゼインヒビターとともに,小児の即時型小麦アレルギーにおける主要な原因抗原である.

果物や野菜のアレルゲンは,その多くが花粉抗原と交差反応性をもつことが特徴であり,後述する豆類,種子類にも含まれるタンパク質(汎アレルゲン)であるPR-10,プロフィリン,そしてLTPが代表的なアレルゲンである.PR-10はシラカンバ花粉の主要アレルゲンであるBet v 1のホモログであり,病因関連タンパク質(pathogen-related protein; PR-protein)に属する生体防御タンパク質である.PR-10は異なる植物種間でも構造的エピトープが類似しており,このことが交差反応に寄与すると考えられている.プロフィリンは細胞内骨格を形成するアクチン結合性タンパク質で,植物に広く分布するために交差反応の原因となるアレルゲンであるが,PR-10とは異なり,アレルギー症状への関与が限られていることが特徴である.PR-10とプロフィリンは加熱や消化酵素により低アレルゲン化しやすく,経口摂取によるアレルギー症状が口腔や咽頭における局所的症状を主体とすることが多い.これを口腔アレルギー症候群(oral allergy syndrome; OAS)と呼ぶ.一方,LTPは加熱や消化に安定で,腸管を介して感作されるアレルゲンと考えられており,モモのLTP(Pru p 3)が代表的である.そのほかには,ラテックスと交差抗原性を示すアレルゲンなどが同定されている.

豆類(大豆,あずき,いんげんまめなど)と種子類(ピーナッツ,ナッツ類,ごまなど)は,分類上大きく離れた植物だが,アレルギーの原因食物としては便宜的に一つの区分で取り扱われることが多い.これらのアレルゲンは,食物ごとに同定される汎アレルゲンと,種実に特有の貯蔵タンパク質からなる.貯蔵タンパク質のアレルゲンとしては,7Sグロブリン,11Sグロブリン,2Sアルブミンがあり,ピーナッツの場合,順にAra h 1, Ara h 3, Ara h 2などが同定されている.これらは,アナフィラキシーなどの強いアレルギー症状に関与すると考えられており,高い熱安定性を示す.なお,貯蔵タンパク質や汎アレルゲン以外には,オレオシンや糖鎖抗原もアレルゲンとして知られている.

そのほかの食物で同定されている主要なアレルゲンとしては,甲殻類,軟体動物,貝類のトロポミオシンや,魚類のパルブアルブミンやコラーゲン,魚卵のビテロジェニンのβ′-コンポーネント,肉類の血清アルブミン,そばの24 kDaタンパク質などがある.以上のように,食物の主要なアレルゲンの性質は加熱や消化酵素に対する安定性においてアレルギー症状への関与が議論されることが多く,このことが花粉やハウスダストといった食物以外のアレルゲンと異なる特徴であるといえる.

2. 食品の加工処理がアレルゲンに及ぼす影響

食物に含まれるタンパク質は,加工食品の製造および保存,調理といった過程においてさまざまな変化を受ける.加熱や光などの物理的変化,そして,酸やアルカリ,塩による化学的変化のほか,プロテアーゼやペプチダーゼといったタンパク質分解酵素,トランスグルタミナーゼのようなアミノ酸転移酵素,メイラード反応をはじめとした糖との相互作用なども,タンパク質の立体構造を変化させる.食品の調理や加工処理に伴うタンパク質の構造変化は,アレルゲン性に影響を及ぼすと考えられるが,多くの研究はIgEやIgGとの結合性において食品加工の影響を調べたものであり,動物や細胞を用いた実験や,最も標準的な食物アレルギーの診断方法である食物経口負荷試験により検証した研究は少ない.同様に,特異的IgE抗体検査以外で有用とされるin vitroの食物アレルギー検査法であるヒスタミン遊離試験(HBT),好塩基球活性化試験(BAT),アレルゲン特異的リンパ球増殖試験(ALST)を用いた報告も乏しい(7)7) K. C. M. Verhoeckx, Y. M. Vissers, J. L. Baumert, R. Faludi, M. Feys, S. Flanagan, C. Herouet-Guicheney, T. Holzhauser, R. Shimojo, N. van der Bolt et al.: Food Chem. Toxicol., 80, 223 (2015)..しかしながら,アレルゲンが受ける変化は,食物に加えた加工方法と評価に用いた実験手法より異なる結果が導き出される.

加熱処理に関する例として,強い加熱を受けた牛乳および鶏卵は,それらのアレルギー患者の70~75%が摂取できるという報告がある(8, 9)8) H. Lemon-Mulé, H. A. Sampson, S. H. Sicherer, W. G. Shreffler, S. Noone & A. Nowak-Wegrzyn: J. Allergy Clin. Immunol., 122, 977 (2008).9) A. Nowak-Wegrzyn, K. A. Bloom, S. H. Sicherer, W. G. Shreffler, S. Noone, N. Wanich & H. A. Sampson: J. Allergy Clin. Immunol., 122, 342, 347.e1 (2008)..この試験ではマフィンやワッフルといったベーカリー製品に含まれる脱脂粉乳や卵をアレルゲンとしており,175~260°Cの加熱を受けている.そのため,アレルゲンの加熱変性による構造的エピトープの欠失や,小麦など,食品中のほかの成分との相互作用がエピトープの認識を阻害することにより,IgE反応性が低下してアレルギー症状の発症を抑制することが推測される.牛乳のアレルゲンの場合,カゼインは熱に安定だが乳清タンパク質の多くは熱に不安定である.70~120°Cでの加熱において乳清タンパク質の抗原性は比較されており,α-ラクトアルブミン>βLg>血清アルブミン>免疫グロブリンの順に高い加熱安定性を示す(10)10) G. Bu, Y. Luo, F. Chen, K. Liu & T. Zhu: Dairy Sci. Technol., 93, 211 (2013)..また,鶏卵も調理や加工処理によるアレルゲン性への影響が大きい食物であり,鶏卵アレルギー患者の多く(50~85%)は,加熱鶏卵であれば食べられるとの報告もある(7)7) K. C. M. Verhoeckx, Y. M. Vissers, J. L. Baumert, R. Faludi, M. Feys, S. Flanagan, C. Herouet-Guicheney, T. Holzhauser, R. Shimojo, N. van der Bolt et al.: Food Chem. Toxicol., 80, 223 (2015)..主要なアレルゲンであるオボアルブミンは,熱に対する感受性が高く,鶏卵アレルギー患者血清に対するIgE結合能や,オボアルブミンで感作させたマウスに対するアレルギー反応の誘発作用が低下するなど,複数の実験手法にてアレルゲン性の低下が確認されている(11, 12)11) M. Shin, Y. Han & K. Ahn: Allergy Asthma Immunol. Res., 5, 96 (2013).12) J. Golias, M. Schwarzer, M. Wallner, M. Kverka, H. Kozakova, D. Srutkova, K. Klimesova, P. Sotkovsky, L. Palova-Jelinkova, F. Ferreira et al.: PLoS ONE, 7, e37156 (2012)..そのため,オボアルブミンのアレルゲン性が加熱により低下することは,加熱鶏卵におけるアレルゲン性の低下に寄与すると考えられる.一方で,オボムコイドも加熱によりIgE結合能は低下するが,熱で凝固しにくく,メイラード反応による糖化がIgE結合能を増加させる性質もあり,熱に対する安定性は高い(13)13) R. Jiménez-Saiz, J. Belloque, E. Molina & R. López-Fandiño: J. Agric. Food Chem., 59, 10044 (2011)..一方,ピーナッツアレルギーは西洋諸国において代表的な食物アレルギーの一つであり,IgE結合能だけでなく,細胞レベルでの反応や動物実験など,さまざまな実験手法による研究が行われている.湯通しのように100°C前後で処理される調理法に比べ,より高温で焙煎した場合に高いIgE結合能を示す(14)14) K. Beyer, E. Morrow, X.-M. Li, L. Bardina, G. A. Bannon, A. W. Burks & H. A. Sampson: J. Allergy Clin. Immunol., 107, 1077 (2001)..焙煎されたピーナッツは,皮膚プリックテストなどの臨床的な診断方法や,動物実験でもアレルギー誘発作用を示す(15, 16)15) B. Cabanillas, S. J. Maleki, J. Rodríguez, C. Burbano, M. Muzquiz, M. A. Jiménez, M. M. Pedrosa, C. Cuadrado & J. F. Crespo: Food Chem., 132, 360 (2012).16) S. Kroghsbo, N. M. Rigby, P. E. Johnson, K. Adel-Patient, K. L. Bøgh, L. J. Salt, E. N. C. Mills & C. B. Madsen: PLoS ONE, 9, e96475 (2014)..湯通しと焙煎でアレルゲン性が異なる理由として,焙煎のように乾燥条件下で高温加熱することによるAra h 1の重合や,メイラード反応や糖化反応の関与,そして湯通しする際の調理水へのアレルゲンの溶出などが関与すると考えられている(7)7) K. C. M. Verhoeckx, Y. M. Vissers, J. L. Baumert, R. Faludi, M. Feys, S. Flanagan, C. Herouet-Guicheney, T. Holzhauser, R. Shimojo, N. van der Bolt et al.: Food Chem. Toxicol., 80, 223 (2015)..これらの結果は,欧米に比べアジアにおけるピーナッツアレルギーの発症頻度が低い理由を支持するものであり,日常的に摂取するピーナッツの加工処理の違いがアレルギーの発症頻度に寄与すると考えられている.

タンパク質分解酵素や酸による加水分解は,一般的にはエピトープの分解によりアレルゲンの反応性を低下させると考えられているが,加水分解で出現する新たなエピトープにより抗原性が増加する場合もある.洗顔石鹸に含まれる加水分解小麦による小麦アレルギーの事例では,小麦のアレルゲンであるγ-グリアジン,ω-2グリアジンのコンセンサスエピトープが酸加水分解において脱アミド化し,強いIgE結合性を示すエピトープとして認識されることや,酸加水分解により生成する高分子画分がエピトープとして出現することが報告されている(17)17) 酒井信夫,中村里香,中村亮介,安達玲子,手島玲子:化学と生物,52, 431 (2014)..また,焙煎したピーナッツのアレルゲン性に酵素分解が及ぼす影響を調べた研究では,エキソ型のプロテアーゼに比べてエンド型のプロテアーゼで処理した場合にIgE結合能の低下が認められ,さらに,湯通しして処理した場合に顕著な低下を示すとが報告されている(15)15) B. Cabanillas, S. J. Maleki, J. Rodríguez, C. Burbano, M. Muzquiz, M. A. Jiménez, M. M. Pedrosa, C. Cuadrado & J. F. Crespo: Food Chem., 132, 360 (2012)..このように,食物における一般的な調理法に加え,加工食品の製造条件もアレルゲン性を変化させることが示唆される.

なお,それぞれのアレルゲンで報告されているIgEエピトープの数は異なり,そのアレルギー症状への関与も異なる.また,エピトープの認識パターンには個人差が大きい(18)18) U. Schulmeister, H. Hochwallner, I. Swoboda, M. Focke-Tejkl, B. Geller, M. Nystrand, A. Harlin, J. Thalhamer, S. Scheiblhofer, W. Keller et al.: J. Immunol., 182, 7019 (2009)..したがって,食物の加工処理がアレルゲン性に及ぼす影響を議論する際には,アレルゲンとなる食物におけるエピトープの変化(既知のIgEエピトープにおけるIgE結合能の変化と,新規にアレルゲン性を示すエピトープの出現,消化管におけるエピトープの安定性など)と,食物アレルギーの発症への影響という両面から検証していくことが期待される.

牛乳アレルギー治療における酵素分解物の利用

加水分解によりアレルゲン性を調節する場合,食物がもつ風味や物性を大きく変化させることで応用範囲が限定される.そうした中で,牛乳アレルギー患者用の低アレルゲン化ミルクにおいて,酵素による加水分解が低アレルゲン化の目的で実用化されている.乳児期において母乳は最良の栄養であるが,十分な量の母乳が得られないなど,母乳の利用が制限される場合に人工乳が利用される.しかしながら,乳幼児期において牛乳アレルギーの発症が認められた場合,医師の指導下において加水分解乳またはアミノ酸乳,大豆乳などを摂取させることがある.このような用途のミルクは,わが国では許可基準型の特別用途食品である「アレルゲン除去食品」として規格化されている.酵素分解によりアレルゲン性を十分に低減した牛乳タンパク質の分解物は,これらの加水分解乳の原材料として使用されており,高度加水分解乳(extensively hydrolyzed formula)と呼ばれることがある.食物アレルギーにおける食事療法では,正しい原因アレルゲンの診断結果に基づく必要最低限の食品除去が基本とされ,低アレルゲン化した食品はそのための手段として用いられる.なお,高度加水分解乳とは別に部分分解乳(partially hydrolyzed formula)と呼ばれるミルクも存在するが,こちらは牛乳のアレルゲンが残存するため,牛乳アレルギー患者用のミルクとしては使用されない.

1. β-ラクトグロブリンの抗原改変

アレルゲンの酵素分解はエピトープを破壊しアレルゲン性を減弱することが期待できるが,分解方法がアレルゲン性に影響を及ぼすことは小麦やピーナッツの例でも指摘されており,エピトープに対して選択性の高い処理であることが望ましい.そこで,われわれは岐阜大学医学部の近藤直実先生,金子英雄先生らのグループと共同で,牛乳におけるアレルゲンコンポーネントの機能改変について研究を進めてきた(19, 20)19) 金子英雄,大西秀典,森田秀行,川本美奈子,久保田一生,寺本貴英,加藤善一郎,松井永子,山本崇裕,加藤晴彦ほか:日本小児アレルギー学会誌,25, 85 (2011).20) 金子英雄,大西秀典,近藤直実:“アレルギー疾患の免疫療法と分子標的治療—理論と実践,”診断と治療社,2013, p. 100..本研究では,牛乳の主要なアレルゲンであり,構造上の特徴が明確であるβLgを研究対象として,免疫寛容誘導に必要なT細胞エピトープを有したまま,アレルゲン性に関与するB細胞エピトープを消失させた抗原改変βLgの作製を試みた(図2図2■β-ラクトグロブリンにおける抗原改変).

図2■β-ラクトグロブリンにおける抗原改変

一般的な食品用のプロテアーゼで非選択的に加水分解した場合,アレルゲンの反応性に関与するB細胞エピトープ(アレルゲン特異的IgEおよびIgG抗体に対するエピトープ)ならびに経口免疫誘導に関与するT細胞エピトープはどちらも破壊される.本研究では,牛乳アレルギー患者より同定したT細胞エピトープを保持しながらIgEおよびIgG反応性を低減したβ-ラクトグロブリンを食品グレードの原材料で調製することを目的とした.

まず,牛乳アレルギー患者から樹立したT細胞クローンを用いてβLgのT細胞反応性を解析し,T細胞エピトープβLg102–112(YLLFCMENSAE)を同定した.続いて,このエピトープのT細胞反応性に重要な役割を担うアミノ酸残基を同定するため,βLg102–112を構成するアミノ酸を1残基ずつ置換した合成ペプチドを作製した.その結果,負に帯電したアミノ酸(E)と疎水性のアミノ酸(FCMおよびL)がT細胞クローンとの反応に重要であることが明らかになった(21)21) M. Kondo, H. Kaneko, T. Fukao, K. Suzuki, H. Sakaguchi, S. Shinoda, Z. Kato, E. Matsui, T. Teramoto, T. Nakano et al.: Pediatr. Allergy Immunol., 19, 592 (2008)..つづいて,このT細胞エピトープを保持したままB細胞反応性を低減させるため,βLgの選択的な加水分解を検討した.この実験では,βLgの酵素分解物を調製するため,食品用トリプシンを用いて食品グレードのβLgを加水分解し,その諸性質を調べた.βLg-トリプシン加水分解物は,分子量5,000以下のペプチドを主体とし,抗ウシβLg-IgG抗体に対する反応性は約1/10に低下していた.また,重篤な牛乳アレルギー患者の血清を用いたIgEウエスタンブロットでも反応性の低下が認められた.

一方,T細胞エピトープの保持を調べるため,逆相HPLCを用いて主要なピークを分取し,そのアミノ酸配列を解析した.分取した21個のピークから12種のペプチド断片を確認し,そのうち2個のピークから,T細胞エピトープの全長を含むβLg102–124を検出した.さらに,この加水分解物は牛乳アレルギー患者のリンパ球幼若化反応が陽性を示し,T細胞反応性を保持することが示唆された(22)22) M. Kondo, T. Fukao, S. Shinoda, N. Kawamoto, H. Kaneko, Z. Kato, E. Matsui, T. Teramoto, T. Nakano & N. Kondo: Allergy Asthma Clin. Immunol., 3, 1 (2007)..以上の結果をもとに,この分解物を抗原改変βLgとして大量調製を行い,牛乳アレルギー治療のための臨床研究に応用した.

2. アレルゲン特異的免疫療法

近年,スギ花粉を中心にアレルゲン特異的免疫療法に関する話題がメディアなどで取り上げられる機会が多くなった.アレルギー反応をコントロールするための試みとして,疾患の改善,ひいては治癒を目指す治療法としてアレルゲン特異的免疫療法の研究が進められており,食物アレルギーを対象とした臨床研究にも多数の報告がある.免疫療法が初めて報告されたのは,約100年前の1911年にさかのぼり,Noonが枯草熱(hay fever)の原因である牧草の花粉に含まれる抽出物を皮下注射し,疾患が改善することを見いだした報告が最初とされる(23)23) L. Noon: Lancet, 1, 1572 (1911)..免疫療法は,食物や花粉以外にも,気管支喘息,ハチ毒,ならびにハウスダストに含まれるダニアレルゲンなどのアレルギー疾患に広く応用されてきた.食物アレルギーのアレルゲン特異的免疫療法も,基本的にはこれらのアレルギー治療における知見が応用されている.抗原は皮下注射や経口摂取のほかに,舌下や皮膚に投与することができ,それぞれ,皮下免疫療法,経口免疫療法,舌下免疫療法,経皮免疫療法と分類されている.皮下免疫療法は花粉症などで有用とされるが,ピーナッツで高率に全身反応を認めるなど,食物アレルギーに対して用いられることは少ない(24)24) H. S. Nelson, J. Lahr, R. Rule, A. Bock & D. Leung: J. Allergy Clin. Immunol., 99, 744 (1997)..また,経口免疫療法は食物アレルギーに対して最も広く用いられる治療法であり,抗原投与量の増量方法の違いによって急速法と緩徐法に分類される.舌下免疫療法は,舌下に一定時間抗原をおき,嚥下するか吐き出す方法で,有効性は低いが安全性の高い方法と考えられている.経皮免疫療法は抗原を皮膚に一定期間貼付して治療を行う方法であり,食物アレルギーでは一般的でないが,安全性や簡便性の点で応用が期待されている(25)25) S. M. Jones, A. W. Burks & C. Dupont: J. Allergy Clin. Immunol., 133, 318 (2014)..わが国における経口免疫療法の取り組みは,乳幼児期の主要なアレルゲンである鶏卵,牛乳,小麦を対象とした研究を中心として精力的に進められている(26)26) 海老澤元宏,柳田紀之,佐藤さくら:アレルギー,64, 809 (2015).

3. 抗原改変βLgの経口免疫療法への応用

現時点(2015年8月現在)において,食物アレルギーの経口免疫療法は専門医により研究的に行われている段階であり,一般診療の場で行うことは推奨されていない.そのため,抗原改変βLgを用いた臨床試験は,岐阜大学の倫理委員会の承認を得て実施された.牛乳摂取により皮膚や呼吸器に症状の誘発が認められ,βLg特異的IgE抗体が陽性であり,さらに,天然型βLgの摂取により症状の誘発が認められ,この研究の参加に同意が得られる患者を本試験における適格基準とした.この試験の概要を図3図3■抗原改変β-ラクトグロブリン(βLg)を用いた経口免疫療法の概要に示す.まず,抗原改変βLgの投与前後で天然型βLgの負荷試験を行い,投与前後で摂取可能な量の閾値を比較した.牛乳0.25 mL相当の抗原改変βLgを摂取することから試験を開始し,8週間かけて段階的に牛乳40 mL相当の抗原改変βLgの摂取に増量した.本試験には計16名の患者が参加し,うち10名がプロトコールを完了した.3名が抗原改変βLgの摂取により皮疹が誘発され中止となり,3名は途中で受診が中断され脱落となった.残る10名のうち8名で閾値の増加が認められ,3名で牛乳40 mL以上を摂取可能になった(20)20) 金子英雄,大西秀典,近藤直実:“アレルギー疾患の免疫療法と分子標的治療—理論と実践,”診断と治療社,2013, p. 100..このように,抗原改変βLgを摂取した牛乳アレルギー患者を対象に行った経口免疫療法では,選択的に加水分解されたβLg分解物を用いることで,アナフィラキシーショックのような重篤な副作用を起こすことなく試験を実施することができ,患者の一部では経口免疫寛容が促進される可能性が示唆された.現在,カゼイン分解物に関しても同様の考え方で分解物を調製し,より安全な経口免疫療法への応用を検討している.

図3■抗原改変β-ラクトグロブリン(βLg)を用いた経口免疫療法の概要

牛乳アレルギーと診断され本研究への参加に同意が得られた患者16名を対象に,抗原改変βLgを牛乳0.25 mL相当量から40 mL相当量へ段階的に増量し,抗原改変βLgの摂取可能量の変化を調べた.試験を完了した10名のうち8名で閾値の上昇を認めた.文献16より改変して引用.

Acknowledgments

抗原改変βLgに関する研究は,岐阜大学大学院医学系研究科小児病態学講座との共同研究により実施された成果です.共同研究者の方々にはこの場を借りて御礼申し上げます.また,同講座の川本典生先生には経口免疫療法に関してご助言いただきました.本研究の一部は生研センター異分野融合研究事業の助成によるものです.

Reference

1) 日本小児アレルギー学会食物アレルギー委員会:“食物アレルギー診療ガイドライン2012,”協和企画,2011.

2) 今井孝成:小児科診療,78, 1147 (2015).

3) 池松かおり,田知本 寛,杉崎千鶴子,宿谷明紀,海老澤元宏:アレルギー,55, 533 (2006).

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