解説

大腸菌の遺伝暗号の改変がもたらす組換えタンパク質生産技術の革新

Innovative Technology for Recombinant Protein Production Using Engineered E. coli Genetic Codes

Kensaku Sakamoto

坂本 健作

国立研究開発法人理化学研究所ライフサイエンス技術基盤研究センター

Published: 2016-04-20

遺伝子の塩基配列は「遺伝コード」によってアミノ酸配列に翻訳されてタンパク質が生合成される.人工のアミノ酸を組み込んだタンパク質を合成する目的で,大腸菌の遺伝コードの改変が行われている.新規に作製された大腸菌株(RFzero株など)を用いて,組換えタンパク質の複数個所に人工アミノ酸(1種類)を組込むことが既に可能になっている.現在,2種類以上の人工アミノ酸を自由に組込む技術の開発が進められている.

遺伝暗号とは何か?

本解説は「遺伝暗号(または遺伝コード)」を話題の中心にして,人工アミノ酸を組み入れたタンパク質の最新の生産技術について解説することを目的にしている.遺伝暗号とはコンピュータのOS(オペレーション・システム)のようなもので,生物の基本的な性格を決めている.OSが更新されれば,それに合わせてソフトウェアも改良されて動作がスピード・アップしたり,従来できなかったことができるようになったりする.ここで解説するタンパク質生産技術の新しい展開とは,まさにそのようなことである.遺伝暗号をOSにたとえたもう一つの理由は,そもそも遺伝子組換え技術の用語にはコンピュータや情報処理を連想させるものが多いからだ.これは偶然ではない.20世紀の後半にはコンピュータが登場しているが,同時にヒト・ゲノムの解読に到達するほどに分子生物学が急速に発達した時代でもあった.

ここで遺伝暗号についておさらいしておいたほうがよいだろう.それは,生き物の2つの“マジック”ナンバーにかかわっている.つまり,DNAは“4種類”の塩基(A, G, C, T)を含んでいて,タンパク質は“20種類”のアミノ酸からできている(図1図1■遺伝コード).遺伝暗号中で3つ並んだ塩基は「コドン(codon)」と呼ばれているが,これは「コード(code)」に由来する用語である.遺伝暗号という日本語訳は少し古めかしくて,むしろ「遺伝コード」と呼ぶべきかもしれない.コドンという用語は,陽子(プトロン)や電子(エレクトロン)と同じ語尾(-on)をもっていて,陽子や電子が物質の基本単位であるように,コドンが遺伝の基本単位であることを示唆している.

4種類の塩基を3つ並べると,4×4×4=64通りのコドンを作ることができる.アミノ酸の種類は20種類でしかないので,いくつかのコドンが同じアミノ酸に対応していることになる.コドンがアミノ酸を「コード化」していると表現しても良い.たとえば,TATやTACという塩基の並びはチロシンというアミノ酸を意味している.また,TAG, TAA, TGAの3つの「終止コドン」は文章中のピリオドのようなもので,遺伝子中のアミノ酸配列に対応した塩基配列の最後に登場する.なお,正確には,コドンはmRNA上の3塩基のまとまり(トリプレット)を指す用語であり,RNAを構成する塩基で示されるが,ここでは便宜上,DNA中の塩基配列として表示することにする.「コード化」の考え方は分子遺伝学の最も基本的な考え方であり,まさにコンピュータの世紀にふさわしく登場してきたものである.「コード化」を「暗号化・符号化(encode)」と言い換えると情報処理に関係した感じが出るだろうか.どんなタンパク質が作られるかという情報はDNAの中に存在していて(コード化されていて),この情報を,転写されたmRNAを介して「翻訳(translate)」することでタンパク質が生産される.コード化と翻訳はちょうど反対の働きである.生物の体を形作っている実体のある分子(タンパク質)の情報がDNAの中にコード化されていて,その情報が,転写,翻訳されることで次の世代の個体が作られるという法則の中にこそ生命の本質がある.

図1■遺伝コード

64通りのコドンと20種類のアミノ酸およびタンパク質合成終止との関係を表にまとめた.コドンはmRNA上の3塩基のまとまりを指す用語なので,DNAを構成する塩基(A, G, C, T)ではなくRNAの構成塩基(A, G, C, U)で表示するのが正しいが,本解説では,便宜上,コドンもすべてDNA中の塩基配列として表示している.

遺伝コードはコード化と翻訳の両方にかかわっていて,それだけに生物にとって非常に重要であるので大腸菌からヒトまで基本的に同じである.よって,ヒトのDNAの情報を大腸菌に翻訳させてもヒトと同じアミノ酸配列をもつタンパク質が作られることになる.1970年代に華々しく登場した遺伝子組換え技術は,このように遺伝コードが全生物で基本的に同じだという事実を利用している.もし普通とは異なる遺伝コードをもった生物を作ることができたら,どのようなタンパク質を作ることができるだろうか?

コドン・“ハイジャック”

遺伝コードが改変された大腸菌について述べる前に,類似の技術について説明しておきたい.ここで筆者が「コドン・ハイジャック」と呼ぶ技術は,人工のアミノ酸をタンパク質に導入するために現在でも利用されている手法である.遺伝コードには20種類の天然アミノ酸がコード化されているが,これら以外のアミノ酸を「人工アミノ酸」と呼ぶことにする.英語文献では,synthetic, non-natural, unnatural, non-canonicalなどの形容詞がつけられて登場する.デザインされたアミノ酸の意味でdesigner amino acidsと表記することもある.図2図2■人工アミノ酸の例にいくつかの人工アミノ酸の構造式を示した.チロシン誘導体である化合物1は光反応性を有し,2はタンパク質の構造安定化に利用され,さらに,4は天然タンパク質の翻訳後修飾の再現に使われている.5, 6はリジンの誘導体だが,6は遺伝子発現制御などに関与する翻訳後修飾アミノ酸であり,53とともにタンパク質の部位特異的な修飾に役立っている(1)1) C. C. Liu & P. G. Schultz: Annu. Rev. Biochem., 79, 413 (2010)..人工アミノ酸をタンパク質に導入する技術は,遺伝コードが改変されてしまった状態を想像するとわかりやすい.つまり,天然のアミノ酸と同じように専用のコドンをもち,遺伝コードの中に位置づけられている状態である.このとき,人工アミノ酸といってもタンパク質に取り込まれるメカニズムは天然のアミノ酸と全く同じである.詳しいことは生物学の教科書を見てもらいたいが,簡単に説明すると次のようになる.アミノ酸はアミノアシル合成酵素(aminoacyl-tRNA synthetase; aaRS)と呼ばれる酵素の働きでtRNAに結合する(図3図3■アミノ酸がタンパク質に取り込まれるメカニズム).tRNAはアミノ酸を結合したままリボソームまで移動してmRNA上のコドンと結合し,そのアミノ酸を合成途上のタンパク質分子に組み込む.20種類の天然のアミノ酸のそれぞれに専用のtRNA分子,aaRS分子,コドンが存在していて,遺伝子の塩基配列を,mRNAを通してタンパク質のアミノ酸配列に翻訳するために働いている.

図2■人工アミノ酸の例

これまでに100種類以上の人工アミノ酸がタンパク質に導入されているが,数例について構造式を示した.p-ベンゾイルフェニルアラニン(1),3-ヨードチロシン(2),4-アジドフェニルアラニン(3),硫酸チロシン(4),アジド-Z-リジン(5),アセチルリジン(6).

図3■アミノ酸がタンパク質に取り込まれるメカニズム

アミノ酸は専用のtRNA分子の末端に,やはり専用のアミノアシルtRNA合成酵素(aaRS)の働きによって結合し,そのままリボソームまで移動する.ここに示したtRNAはmRNA中のUAGコドンを読み取って,目的の人工アミノ酸を合成中のタンパク質に付け加え.UAGコドンは本来タンパク質合成の終わりを意味するコドンなので,UAGコドンを認識してタンパク質合成を止める分子(RF-1)が細胞内に存在している.したがって,UAGコドンが人工アミノ酸を付加したtRNAによって読み取られるか,RF-1によって読み取られ翻訳が終了してしまうかは確率的に決められる.

人工アミノ酸がタンパク質に組み込まれる仕組みもこれと同じなので,人工アミノ酸にも専用のtRNA, aaRS,コドンが必要になる.tRNAやaaRSについては専用の分子を人為的に開発して大腸菌にもち込むことにする.これまで人工アミノ酸と一口にまとめて呼んできたが,すでに100種類以上の人工アミノ酸が利用できるようになっていて,それら一つひとつの人工アミノ酸について専用のtRNAとaaRS分子が開発されている(1)1) C. C. Liu & P. G. Schultz: Annu. Rev. Biochem., 79, 413 (2010)..そこで問題になるのは人工アミノ酸に割り当てる専用のコドンである.遺伝コードの64通りのコドンは天然のアミノ酸をコード化している61個のセンス・コドンと3つの終止コドンから構成されていて,天然の遺伝コードの中には人工のアミノ酸のためのスペースは残っていない.人工アミノ酸にコドンを割り当てるために,天然のアミノ酸の一つを大腸菌から除くことでセンス・コドンを人工アミノ酸のために空ける方法が用いられることがある.たとえば,チロシン・コドンを人工アミノ酸のコドンとして使用することを考えてみよう.大腸菌はチロシン専用のtRNAとaaRS分子をもっているので,まずは,これらの分子が働かないようにする必要がある.たとえば,チロシンの生合成ができない大腸菌の変異株を富栄養培地で培養したのち,チロシンを含まない培地に移し,しばらくインキュベートする.これで,大腸菌の内にはチロシンは全く存在しなくなるので,チロシン専用のtRNAもaaRSも働けなくなる.そこで,チロシン・コドンを目的の人工アミノ酸に翻訳するためのtRNAとaaRSの遺伝子を大腸菌に導入することで,これらの分子を発現させれば,大腸菌はチロシン・コドンをチロシンに翻訳しないで代わりに人工アミノ酸に翻訳することになるだろう.これで,人工アミノ酸によるチロシン・コドンのハイジャックが完成する(図4図4■人工アミノ酸のタンパク質への組み込み技術の比較).

ハイジャックによって突然コドンの意味が変わってしまった大腸菌は当然のことながら生き続けることはできない.しかし,組換えタンパク質を大量生産するときによく行われることは,大腸菌の増殖が限界に達してから目的の組換えタンパク質の生産を始めることである.この場合,大腸菌を長期に生き続けさせることはあまり必要がなく,コドン・ハイジャックはタンパク質生産の観点からはそれほど不利ではない.この方法には何といっても,コドン・ハイジャックに使われるコドンに相当する天然アミノ酸の一つを含まないタンパク質にしか適用できないという不都合があるが,人工アミノ酸をタンパク質の分子中の何カ所にでも導入できるし,タンパク質の生産量もある程度確保できるので実用的な技術だと見なされている(2)2) J. A. Johnson, Y. Y. Lu, J. A. van Deventer & D. A. Tirrel: Curr. Opin. Chem. Biol., 14, 774 (2010).

コドン再定義

コドン・ハイジャックが実用的な人工アミノ酸の組み込み技術であると言われても,何か釈然としない気持ちの読者も多いだろう.新しいアミノ酸を利用するために使えなくなるアミノ酸が生じるのは困ったことである.ちっとも使えるアミノ酸のレパートリーが増えていないではないか,という不満も出てくるだろう.コドン・ハイジャック法の問題点は,コドンの意味が変わってしまうことに対する対策がされていない点に尽きる.大腸菌のすべてのタンパク質分子の中でチロシンが人工アミノ酸に置き換わってしまえば,機能不全に陥るタンパク質分子も多数生じるはずである.コドンの意味が変わってしまうと遺伝情報が正しく翻訳されなくなるので,生物の中で遺伝コードを改変することは無理だと明確に主張したのがF. H. C.クリック博士(DNA二重らせん構造の発見者の一人)である.しかし,筆者らはクリック博士のこのテーゼ(主張)をひっくり返すことができるだろうと考えた.

筆者らは,大腸菌の増殖に必要なタンパク質についてだけは,コドンの意味が変わることによる機能不全から救い出したいと考えた.あるコドンの意味がかわっても,同じ意味をもつ別のコドンがあるので,タンパク質遺伝子の中であらかじめ別のコドンに変えておけば問題は避けられるはずだ.そこで,必須タンパク質の遺伝子中にできるだけ登場しないコドンを探して,それがTAG終止コドンであることがわかった.国立遺伝学研究所のホームページで,大腸菌のどのタンパク質が増殖に必要であるかを徹底的に調べた結果が公開されているが(PEC, http://www.shigen.nig.ac.jp/ecoli/pec/),この情報が非常に役立った。大腸菌で使用頻度が一番少ないコドンがTAGであり、わずか7つの必須タンパク質の遺伝子に登場するだけである。終止コドンにはほかにTAAとTGAの2つがあるので,筆者らはこれらの7つの遺伝子についてTAGからTAAに変えるという操作を行った.このことで,TAGコドンが人工アミノ酸をコード化するように意味が変わってしまっても,これらの必須タンパク質は正常に翻訳を終了し,生合成されることになる.終止コドンはセンス・コドンと違って,tRNAやaaRS分子の働きとは関係がない.翻訳終結因子(RF)と呼ばれる分子がリボソーム上のmRNA中に終止コドンを見つけたら,その時点でタンパク質合成を終わらせるように働く(図3図3■アミノ酸がタンパク質に取り込まれるメカニズム).つまり,終止コドンにタンパク質合成終止の意味を与えているのがRF分子である.細菌には2種類のRF(RF-1とRF-2)があり,TAGコドンを読み取っているRF-1を大腸菌から取り除いてもほかの2つの終止コドンの働きには影響がない.

そこで筆者らは,人工アミノ酸専用のtRNAとaaRSをコードする遺伝子を大腸菌に導入した.このtRNAはTAGコドンを読み取る性質をもっている.さらに,7つの必須遺伝子のTAGをほかの終止コドンに変えたところで,RFの遺伝子を大腸菌から取り除くことに成功した.この結果,TAGコドンは終止コドンとしての意味を失い,人工アミノ酸をコード化するセンス・コドンとしてのみ働くようになった.つまり,クリック博士の一見強固と見えたテーゼは意外と簡単に覆されて,生物の中でコドンの意味を変更できることが証明されたわけである(3)3) T. Mukai, A. Hayashi, F. Iraha, A. Sato, K. Ohtake, S. Yokoyama & K. Sakamoto: Nucleic Acids Res., 38, 8188 (2010)..このようなコドンの意味の変更を,筆者らは「コドン再定義(codon reassignment, codon redefinition)と呼んでいる.コドン・ハイジャックとの違いは,第一に,大腸菌はこの状態で増殖を続けられるので,コドン再定義は新しい大腸菌株の正常な状態だと言える.筆者らはこの大腸菌を“RFzero”と呼ぶことにした.天然のアミノ酸のレパートリーはすべて利用可能であり,人工アミノ酸は遺伝コードの中にしっかりと位置づけられている.TAGコドンは通常のアミノ酸のコドンと同じように一つの遺伝子の中に何度でも登場することができて,タンパク質中の対応する位置に人工アミノ酸が組み込まれることになる.筆者が大腸菌RFzero株について特に面白いと感じる点は,この大腸菌は人工のアミノ酸がないと増殖できないことである.通常のアミノ酸要求性は,アミノ酸を栄養源として必要とする性質である.これに対して,RFzero株のアミノ酸要求性は,TAGコドンがアミノ酸に翻訳されることが,この株の増殖に必須であることからきている.この株のゲノムにはTAGコドンがそのまま残っていてmRNAにも転写されているので,RFが存在せず終止コドンとして働けない以上,何らかのアミノ酸に翻訳されることがRFzero株の増殖には必要になっている.

コドン再定義と従来技術との比較

RFを大腸菌から除去しないまま,人工アミノ酸専用のtRNAとaaRS分子を大腸菌に導入するとどうなるだろうか? 実は,この方法は人工アミノ酸をタンパク質に導入する方法として10年以上にわたってスタンダードな方法(1)1) C. C. Liu & P. G. Schultz: Annu. Rev. Biochem., 79, 413 (2010).であった(ここでは,「従来技術」と呼ぶ).RFが残っているのでTAGは終止コドンとしての働きを続ける一方で,導入されたtRNA, aaRSはTAGコドンを人工アミノ酸に翻訳しようとするので,この2つの働きがタンパク質合成の場で競合してしまうことになる.つまり,タンパク質合成中にTAGコドンが現れると,人工アミノ酸に翻訳されるか,タンパク質合成を止めるかのどちらかの現象が確率的に起きる.1カ所につき30%の確率でTAGコドンが人工アミノ酸に翻訳されるとすると,TAGコドンが4カ所登場する遺伝子が最後まで翻訳される確率は1%未満まで落ちてしまう.

このように,従来技術と違い,きちんと遺伝コードが改変された大腸菌RFzero株では遺伝子中にTAGコドンが何度登場しても最後まで翻訳されて目的のタンパク質が生産される.人工アミノ酸を1カ所だけ組み込んだタンパク質を生産する場合でも,TAGコドンは100%の確率で人工アミノ酸に翻訳されるので,このことからも「コドン再定義」技術の利点は明らかだろう.従来技術を用いて30%の効率でTAGコドンを人工アミノ酸に翻訳すると生産量がそれだけ低下するだけではなく,残りの70%の生産物はTAGコドンの位置で合成がストップしたタンパク質になる.よって,完全長のタンパク質をこれらの不要なタンパク質から分離して精製する手間が生じてしまう.特にTAGコドンがタンパク質のC末端付近にある場合には,完全長と不完全長のタンパク質の構造的な差異は小さいので分離・精製が難しくなるだろう.一方,RFzero株では完全長タンパク質しか生じないので,このような手間も心配も生じない.

ここで,コドン再定義が,ゲノムから発現しているタンパク質に与える影響について少し説明したい.RFzero株では,必ずしも増殖に必須でない遺伝子の末端にはTAGコドンが残っているため,TAGコドンが人工アミノ酸に翻訳されることによって長さが延びた異常なタンパク質が発現している.これらのタンパク質は必須タンパク質ではないとしても,大腸菌の増殖にはさまざまな形で関与しているので,このような異常タンパク質が菌の増殖に影響を与えている可能性がある.実際には,C末端の延長はタンパク質の活性には大きな影響は与えないが,発現量の低下を招くことがあり,その結果としてさまざまな表現型が現れている.たとえば,低温に対する適応力の低下や,増殖曲線の変化などである.関連するタンパク質遺伝子の末端のTAGコドンをほかの終止コドンに変えることで,RFzero株の増殖を改善することができる.どれくらいの数の非必須遺伝子についてTAGコドンの置換を行うと良いかについては後述する.

ここで,本解説に登場した3つの技術を整理しておきたい(図4図4■人工アミノ酸のタンパク質への組み込み技術の比較).このセクションで「従来技術」と呼んでいる方法は,文献では人工アミノ酸の「部位特異的導入法(Site-specific incorporation method)」と呼ばれていることが多い.対比的に,コドン・ハイジャック法は「残基特異的導入法(Residue-specific incorporation method)」と呼ばれる.ただ,これらのネーミングは,人工アミノ酸の組み込み技術としてこの2つの技術しか存在しなかった時代のものなので現在では適当とは思えない.図4図4■人工アミノ酸のタンパク質への組み込み技術の比較のイラストからも明らかなように,従来の2つの技術が抱えていた問題点はコドン再定義によって解決されている.コドン再定義法の欠点は,今のところ適用範囲が大腸菌にとどまることで,動物細胞や酵母などでは利用できない.

図4■人工アミノ酸のタンパク質への組み込み技術の比較

アミノ酸を円で表示し,アミノ酸のつながったものとしてタンパク質を表示した.ある天然アミノ酸(たとえばチロシン)を白抜きの円で,人工アミノ酸を赤い円で示した.コドン・ハイジャック法では人工アミノ酸を何か所にでも組み込むことができるが,タンパク質分子中のすべてのチロシンが人工アミノ酸に置き換わる.部位特異的導入法では,チロシンに加えて人工アミノ酸を好きな位置に組み込むことができるが,何カ所も組み込むことはできないし,目的の人工アミノ酸が組み込まれずにタンパク質合成が終了する場合もある.一方,コドン再定義法では,それらの欠点を克服するように考案した.

では,タンパク質分子中に何カ所も人工アミノ酸を組み込むことにどんなメリットがあるだろうか? 従来の部位特異的導入法では,タンパク質の1, 2カ所にしか人工アミノ酸を組み込むことができなかったので,そのような制約の中で人工アミノ酸の利用法が考えられてきた.たとえば,アジド基をもった人工アミノ酸をタンパク質に導入してクリック・ケミストリーなどの特異的な化学反応を行うことで,タンパク質の部位選択的な化学修飾が可能になる.また,光反応性の人工アミノ酸(たとえば,p-ベンゾイルフェニルアラニンなど)を導入することで相互作用しているタンパク質どうしを共有結合で結ぶような応用も行われている(4)4) N. Hino, Y. Okazaki, T. Kobayashi, A. Hayashi, K. Sakamoto & S. Yokoyama: Nat. Methods, 2, 201 (2005)..これらの利用法では,人工アミノ酸をタンパク質分子中の多数箇所に導入することにはあまり意味がない.RFzero株の開発を契機に筆者らは人工アミノ酸の新しい応用を模索して,ハロゲン化チロシンをタンパク質分子中の数カ所に組み込む実験を行った.その結果,タンパク質の立体構造が安定化されることを見いだし,ハロゲン化チロシンの導入がタンパク質の簡便な安定化技術になりうることを報告した(5)5) K. Ohtake, A. Yamaguchi, T. Mukai, H. Kashimura, N. Hirano, M. Haruki, S. Kohashi, K. Yamagishi, K. Murayama, Y. Tomabechi et al.: Sci. Rep., 5, 9762 (2015)..今後さらにコドン再定義を活用したユニークなタンパク質改変技術が登場するものと期待している.

RFzero株の最初の報告は5年前になる.筆者らは改良を続けて,今年になってB-95. ΔA株の開発を報告することができた(6)6) T. Mukai, H. Hoshi, K. Ohtake, M. Takahashi, A. Yamaguchi, A. Hayashi, S. Yokoyama & K. Sakamoto: Sci. Rep., 5, 9699 (2015)..B-95.ΔA株では,非必須タンパク質遺伝子についてもTAGコドンをほかの終止コドンに置換することで,合成培地や低温における増殖能について大幅な改善が達成されており,タンパク質生産に適した大腸菌株になっている.これに対して,ハーバード大学の研究グループはC321.ΔA株の開発を2013年に報告している(7)7) M. J. Lajoie, A. J. Rovner, D. B. Goodman, H.-R. Aerni, A. D. Haimovich, G. Kuznetsov, J. A. Mercer, H. H. Wang, P. A. Carr, J. A. Mosberg et al.: Science, 342, 357 (2013)..いずれの大腸菌株でもRFの除去によってTAGコドンの再定義を実現しているが,違っている点は,コドン再定義の悪影響を抑えるためにTAGコドンをほかの終止コドンに置換した遺伝子の数である.C321.ΔA株ではゲノム中の約300カ所のTAGコドンをすべて置換しているが,B-95.ΔA株では95個の遺伝子を選んでTAGコドンの置換を行った.C321.ΔA株にはTAGコドンで終止する遺伝子は存在しないのでコドン再定義による悪影響はないが,TAGコドンの置換自体が菌の増殖に悪影響を与えている部位が少なからず存在し,その結果,増殖速度が遅くなっている.B-95.ΔA株は,このような悪影響を避けるように改変を行っているので,高い増殖能力を維持している.しかし,TAGコドンをさまざまな人工アミノ酸に再定義にしたときに,悪影響が全くないとは言い切れない面がある.このように,筆者らのRFzero株やB-95.ΔA株と比較してC321.ΔA株の使いやすさは一長一短である.なお,RFzero株とB-95.ΔA株は筆者の研究室から配布しているので,一定の手続きを経てから研究に使っていただくことができる.

2種類の人工アミノ酸をタンパク質に組み込む

ここまで,一度に1種類の人工アミノ酸をタンパク質に組み込む技術について述べてきた.せっかく利用できる人工アミノ酸が何十種類もあるのだから,複数種類の人工アミノ酸を1つのタンパク質分子に一度に組み込みたいと誰でも思うだろう.いろいろと技術的な制約はあるが,基本的な考え方は既に説明したとおりであって本質的な違いはない.人工アミノ酸Aに専用のtRNA, aaRS,コドンを用意し,人工アミノ酸Bにも同じようにtRNA, aaRS,コドンを用意すれば良い.これまでにさまざまな提案と予備的な成果が報告されているが,それぞれの技術についてはタンパク質の生産方法として実用性をどこまで高められるかという競争になっている.ここでは2つのアプローチを取り上げて解説したい.

一つは,コドン再定義の応用である.TAGコドンを人工アミノ酸に再定義したうえで,さらにほかのコドンを別の人工アミノ酸に再定義すれば2種類の人工アミノ酸が組み込めることになる.大腸菌では,6つあるアルギニン・コドンのうちAGGの使用頻度がTAGコドンに次いで低い.といっても1,000個の遺伝子中に1,500回登場するので,すべてのAGGコドンをほかのアルギニン・コドンに置換するアプローチは現実的ではない.筆者らはTAGコドンの再定義の際に,必須遺伝子のTAGコドンだけほかの終止コドンに置き換えれば良いことを示しているので,AGGコドンについても同じアプローチを試してみた.32個の必須遺伝子中に38個のAGGコドンが登場するので,これらすべてをほかのアルギニン・コドンに置換した.さらに,AGGコドンをホモアルギニンに翻訳するtRNA, aaRSを大腸菌B-95.ΔA株で発現できるようにした.ここでAGGをアルギニンに翻訳するtRNAを大腸菌から除去してもこの大腸菌は増殖を続けることができたので,AGGコドンがホモアルギニンのコドンに変わってしまっても大腸菌にとって致死的ではないことが示された(8)8) T. Mukai, A. Yamaguchi, K. Ohtake, M. Takahashi, A. Hayashi, F. Iraha, S. Kira, T. Yanagisawa, S. Yokoyama, H. Hoshi et al.: Nucleic Acids Res., in press (2015) doi:10.1093/nar/gkv787..生化学的なデータからも,この大腸菌ではAGGコドンは,アルギニンではなくホモアルギニンをコード化していることが確かめられている.ホモアルギニンは,アルギニンの側鎖が1炭素原子(メチレン基)分だけ長いアミノ酸である.AGGコドンをホモアルギニン以外のアミノ酸に再定義することには未だ成功していないので,2種類目の人工アミノ酸をタンパク質に自由に組み込むところまで到達できていないが,コドン再定義のわれわれのアプローチがTAG終止コドン以外でも有効であることを示した結果である.

2種類の人工アミノ酸を組み込むための技術として「オーソゴナル・リボソーム(orthogonal ribosome)」(9)9) H. Neumann, K. Wang, L. Davis, M. Garcia-Alai & J. W. Chin: Nature, 464, 441 (2010).が知られている.オーソゴナルは直交するとか,異質な,と訳すことができるが,意訳すると「第二のリボソーム・システム」と表現できるだろう(図5図5■オーソゴナル・リボソームによる人工アミノ酸の組み込み).大腸菌の増殖に必要なリボソームには手を触れず,特定のmRNAだけを翻訳するリボソームを同じ大腸菌の中に用意する技術である.第二リボソームによって翻訳されるmRNAをここでは「第二種mRNA」と呼ぶことにする.リボソームはmRNAの塩基配列の中の「シャイン・ダルガノ配列」と呼ばれる塩基配列を認識して結合する.第二リボソームは,これとは異なる配列を認識して結合するように改変されたリボソームであり,特異的な配列をもつ第二種mRNAのみと結合してタンパク質合成を行う.大腸菌の生育は通常のリボソーム・システムが支えているので,人工アミノ酸の導入を効率化するために第二リボソームをどれだけ改変しても大腸菌の増殖には影響がない.つまり,第二種mRNAの塩基配列を翻訳するルールは自由に改変することができる.実際にこの方法によって2種類の人工アミノ酸をタンパク質に組み込むことに成功している.この技術はタンパク質の生産性がまだ低いが,人工アミノ酸をタンパク質に組み込むためのスタンダードな技術の一つに育っていくと期待されている.

図5■オーソゴナル・リボソームによる人工アミノ酸の組み込み

第二リボソーム・システムでは2種類の人工アミノ酸をタンパク質に組み込むために,第二種mRNAという特別な塩基配列をもつmRNAも同時に使用する.たとえば,アルギニンの本来のコドンAGGに一つだけAを足して,AGGAという4塩基コドンを,その人工アミノ酸(図中,人工アミノ酸Bに相当)のために使用している.このような人工的なコドンを効率良く人工アミノ酸に翻訳するためにリボソームには手が加えられている9)9) H. Neumann, K. Wang, L. Davis, M. Garcia-Alai & J. W. Chin: Nature, 464, 441 (2010).

本解説で紹介しなかった技術

本解説は大腸菌を使った組換えタンパク質の生産について述べているので,いろいろ取りこぼしたトピックがある.できるだけ文献を引用することにして,それぞれ一言ずつ触れておきたい.コドン・ハイジャック法は動物細胞(10)10) J. T. Ngo, J. A. Champion, A. Mahdavi, I. C. Tanrikulu, K. E. Beatty, R. E. Connor, T. H. Yoo, D. C. Dieterich, E. M. Schuman & D. A. Tirrell: Nat. Chem. Biol., 5, 715 (2009).や動物個体(11)11) H. Teramoto & K. Kojima: Biomacromolecules, 15, 2682 (2014).においても人工アミノ酸をタンパク質に組み込む目的に利用されているが,実用的なタンパク質生産方法としては今後改良が必要である.部位特異的導入法も動物個体(12)12) S. Greiss & J. W. Chin: J. Am. Chem. Soc., 133, 14196 (2011).で人工アミノ酸を組み込むために応用されたが,タンパク質生産を目指したものではない.タンパク質生産の目的には動物細胞(13)13) K. Sakamoto, A. Hayashi, A. Sakamoto, D. Kiga, H. Nakayama, A. Soma, T. Kobayashi, M. Kitabatake, T. Takio, K. Saito et al.: Nucleic Acids Res., 30, 4692 (2002).で部位特異的導入法が使われている.また,無細胞タンパク質合成システムも人工アミノ酸を組み込む目的には十分に役立っている.4つの塩基から構成される「4塩基コドン」(14)14) D. Kajihara, R. Abe, I. Iijima, C. Komiyama, M. Sisido & T. Hohsaka: Nat. Methods, 3, 923 (2006).や,人工塩基対を利用して人工のコドンを作り出す研究の進展にも気をつけておきたい(15, 16)15) I. Hirao, T. Ohtsuki, T. Fujiwara, T. Mitsui, T. Yokogawa, T. Okuni, H. Nakayama, K. Takio, T. Yabuki, T. Kigawa et al.: Nat. Biotechnol., 20, 177 (2002).16) D. A. Malyshev, K. Dhami, T. Lavergne, T. Chen, N. Dai, J. M. Foster, I. R. Corrêa Jr. & F. E. Romesberg: Nature, 509, 385 (2014).

Reference

1) C. C. Liu & P. G. Schultz: Annu. Rev. Biochem., 79, 413 (2010).

2) J. A. Johnson, Y. Y. Lu, J. A. van Deventer & D. A. Tirrel: Curr. Opin. Chem. Biol., 14, 774 (2010).

3) T. Mukai, A. Hayashi, F. Iraha, A. Sato, K. Ohtake, S. Yokoyama & K. Sakamoto: Nucleic Acids Res., 38, 8188 (2010).

4) N. Hino, Y. Okazaki, T. Kobayashi, A. Hayashi, K. Sakamoto & S. Yokoyama: Nat. Methods, 2, 201 (2005).

5) K. Ohtake, A. Yamaguchi, T. Mukai, H. Kashimura, N. Hirano, M. Haruki, S. Kohashi, K. Yamagishi, K. Murayama, Y. Tomabechi et al.: Sci. Rep., 5, 9762 (2015).

6) T. Mukai, H. Hoshi, K. Ohtake, M. Takahashi, A. Yamaguchi, A. Hayashi, S. Yokoyama & K. Sakamoto: Sci. Rep., 5, 9699 (2015).

7) M. J. Lajoie, A. J. Rovner, D. B. Goodman, H.-R. Aerni, A. D. Haimovich, G. Kuznetsov, J. A. Mercer, H. H. Wang, P. A. Carr, J. A. Mosberg et al.: Science, 342, 357 (2013).

8) T. Mukai, A. Yamaguchi, K. Ohtake, M. Takahashi, A. Hayashi, F. Iraha, S. Kira, T. Yanagisawa, S. Yokoyama, H. Hoshi et al.: Nucleic Acids Res., in press (2015) doi:10.1093/nar/gkv787.

9) H. Neumann, K. Wang, L. Davis, M. Garcia-Alai & J. W. Chin: Nature, 464, 441 (2010).

10) J. T. Ngo, J. A. Champion, A. Mahdavi, I. C. Tanrikulu, K. E. Beatty, R. E. Connor, T. H. Yoo, D. C. Dieterich, E. M. Schuman & D. A. Tirrell: Nat. Chem. Biol., 5, 715 (2009).

11) H. Teramoto & K. Kojima: Biomacromolecules, 15, 2682 (2014).

12) S. Greiss & J. W. Chin: J. Am. Chem. Soc., 133, 14196 (2011).

13) K. Sakamoto, A. Hayashi, A. Sakamoto, D. Kiga, H. Nakayama, A. Soma, T. Kobayashi, M. Kitabatake, T. Takio, K. Saito et al.: Nucleic Acids Res., 30, 4692 (2002).

14) D. Kajihara, R. Abe, I. Iijima, C. Komiyama, M. Sisido & T. Hohsaka: Nat. Methods, 3, 923 (2006).

15) I. Hirao, T. Ohtsuki, T. Fujiwara, T. Mitsui, T. Yokogawa, T. Okuni, H. Nakayama, K. Takio, T. Yabuki, T. Kigawa et al.: Nat. Biotechnol., 20, 177 (2002).

16) D. A. Malyshev, K. Dhami, T. Lavergne, T. Chen, N. Dai, J. M. Foster, I. R. Corrêa Jr. & F. E. Romesberg: Nature, 509, 385 (2014).