Kagaku to Seibutsu 54(6): 372-374 (2016)
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魚介類不可食部に含まれるコンドロイチン硫酸廃棄物の高付加価値化
Published: 2016-05-20
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2016 公益社団法人日本農芸化学会
近年,「コンドロイチン硫酸」は健康サプリメントとしてたいへん有名になった.新聞や雑誌の広告,webサイトやテレビのコマーシャルなどに登場しない日はないと言ってもいいほど,頻繁に私たちの目に触れており,市民権を得た天然有機化合物の一つと言ってもいいだろう.コンドロイチン硫酸(CS)は医薬品でもある.需要は年々上昇しているが,化学合成できない高分子化合物であるので,天然からの採取に依存することとなる.CSの原料は,古くはクジラ軟骨であり,ウシやニワトリも一時期その原料であった.しかし,捕鯨は規制され,陸上動物は感染症の危険にさらされている.現在ではサメとブタが主力原料となっているが,ブタにも感染症の危険はあり,サメは保護動物としてその捕獲が難しくなりつつある.折しも日本のサメの主要漁業基地である気仙沼や大船渡のある三陸地方は被災して復興が遅れている.このようにCSの供給基盤はたいへん脆弱であり,需要の増加を考えると代替生物の探索は焦眉の課題である.
CSの基本的な分子構造を図1図1■コンドロイチン硫酸(CS)の構造に示す.後述するように,CSは「糖鎖」で,コアタンパク質のセリン水酸基と糖鎖(グリコサミノグリカン)が共有結合したコンドロイチン硫酸プロテオグリカン分子として存在する.グリコサミノグリカンは構成する糖の種類により,CS,デルマタン硫酸(DS),ヘパラン硫酸に分類される.これらは共通して還元末端にキシロース,2分子のガラクトース,グルクロン酸からなる結合領域四糖をもち,還元末端でセリン水酸基に結合している.CSは,非還元側に向かってN-アセチル-D-ガラクトサミンとD-グルクロン酸からなる二糖が繰返し結合した構造をもつ.これらを構成する糖の水酸基はしばしば硫酸エステルになっており,その硫酸化パターンによっていくつかのサブクラスに分類される(図2図2■コンドロイチン硫酸(CS)繰り返し二糖構造).
CSは,動物の結合組織の細胞外マトリックスの一成分である.そのため,量の多寡はあっても,たいていの動物に存在すると考えられる.CSを含有する生物やその部位は半世紀以上も前から研究されており,生物や部位に特徴的な硫酸化パターンに基づく糖鎖構造も明らかになっている.しかし,含有量の多寡を動物種間や部位間で比較した網羅的な調査研究はこれまでなされてこなかった.筆者らの研究プロジェクトである「CSの代替資源動物の探索」に当たっては,未利用魚・低利用魚,あるいは魚介類不可食部を利用することで,水産廃棄物の軽減やサメなどの資源生物の保護など,環境に配慮した産業創成ができることや,低迷する水産業を中心とする雇用創出による本質的な地域活性化(六次産業化)にもつながることを意識している.
地域創成や産業創出という重要な方向性をもっている研究でも,学術的な位置づけは欠かせない.本研究では,生物種や部位によるCSの含有量という産業的な価値を探索するとともに,硫酸化パターンに代表される糖鎖構造と生理活性,あるいはそれらを左右するファクターとの関連も追求している.
魚介類の特徴的な部位に関するCSの硫酸化パターンの解析については,これまで多くの研究がなされているが,個体の各部位の網羅的な分析調査は行われていなかった.そこで,日本海で水揚げされる大型のソデイカ(図3a図3■分析に使用したソデイカ(a)とノロゲンゲ(b))の各部位におけるCSの硫酸化パターンと脱脂乾燥物100 g当たりの含有量を分析した.興味深いことに,どの部位の硫酸化パターンも類似していたが,食用である外套には含有量が極めて少なく(4 mg),通常食用にしない皮や頭部に多く含まれること(250~380 mg)が判明した(1)1) J. Tamura, K. Arima, A. Imazu, N. Tsutsumishita, H. Fujita, M. Yamane & Y. Matsumi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 73, 1387 (2009)..このことは,ソデイカの不可食部がCSの原料として妥当であることを支持する結果となった.