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魚介類不可食部に含まれるコンドロイチン硫酸廃棄物の高付加価値化

Jun-ichi Tamura

田村 純一

鳥取大学地域学部

Published: 2016-05-20

近年,「コンドロイチン硫酸」は健康サプリメントとしてたいへん有名になった.新聞や雑誌の広告,webサイトやテレビのコマーシャルなどに登場しない日はないと言ってもいいほど,頻繁に私たちの目に触れており,市民権を得た天然有機化合物の一つと言ってもいいだろう.コンドロイチン硫酸(CS)は医薬品でもある.需要は年々上昇しているが,化学合成できない高分子化合物であるので,天然からの採取に依存することとなる.CSの原料は,古くはクジラ軟骨であり,ウシやニワトリも一時期その原料であった.しかし,捕鯨は規制され,陸上動物は感染症の危険にさらされている.現在ではサメとブタが主力原料となっているが,ブタにも感染症の危険はあり,サメは保護動物としてその捕獲が難しくなりつつある.折しも日本のサメの主要漁業基地である気仙沼や大船渡のある三陸地方は被災して復興が遅れている.このようにCSの供給基盤はたいへん脆弱であり,需要の増加を考えると代替生物の探索は焦眉の課題である.

CSの基本的な分子構造を図1図1■コンドロイチン硫酸(CS)の構造に示す.後述するように,CSは「糖鎖」で,コアタンパク質のセリン水酸基と糖鎖(グリコサミノグリカン)が共有結合したコンドロイチン硫酸プロテオグリカン分子として存在する.グリコサミノグリカンは構成する糖の種類により,CS,デルマタン硫酸(DS),ヘパラン硫酸に分類される.これらは共通して還元末端にキシロース,2分子のガラクトース,グルクロン酸からなる結合領域四糖をもち,還元末端でセリン水酸基に結合している.CSは,非還元側に向かってN-アセチル-D-ガラクトサミンとD-グルクロン酸からなる二糖が繰返し結合した構造をもつ.これらを構成する糖の水酸基はしばしば硫酸エステルになっており,その硫酸化パターンによっていくつかのサブクラスに分類される(図2図2■コンドロイチン硫酸(CS)繰り返し二糖構造).

図1■コンドロイチン硫酸(CS)の構造

図2■コンドロイチン硫酸(CS)繰り返し二糖構造

CSは,動物の結合組織の細胞外マトリックスの一成分である.そのため,量の多寡はあっても,たいていの動物に存在すると考えられる.CSを含有する生物やその部位は半世紀以上も前から研究されており,生物や部位に特徴的な硫酸化パターンに基づく糖鎖構造も明らかになっている.しかし,含有量の多寡を動物種間や部位間で比較した網羅的な調査研究はこれまでなされてこなかった.筆者らの研究プロジェクトである「CSの代替資源動物の探索」に当たっては,未利用魚・低利用魚,あるいは魚介類不可食部を利用することで,水産廃棄物の軽減やサメなどの資源生物の保護など,環境に配慮した産業創成ができることや,低迷する水産業を中心とする雇用創出による本質的な地域活性化(六次産業化)にもつながることを意識している.

地域創成や産業創出という重要な方向性をもっている研究でも,学術的な位置づけは欠かせない.本研究では,生物種や部位によるCSの含有量という産業的な価値を探索するとともに,硫酸化パターンに代表される糖鎖構造と生理活性,あるいはそれらを左右するファクターとの関連も追求している.

魚介類の特徴的な部位に関するCSの硫酸化パターンの解析については,これまで多くの研究がなされているが,個体の各部位の網羅的な分析調査は行われていなかった.そこで,日本海で水揚げされる大型のソデイカ(図3a図3■分析に使用したソデイカ(a)とノロゲンゲ(b))の各部位におけるCSの硫酸化パターンと脱脂乾燥物100 g当たりの含有量を分析した.興味深いことに,どの部位の硫酸化パターンも類似していたが,食用である外套には含有量が極めて少なく(4 mg),通常食用にしない皮や頭部に多く含まれること(250~380 mg)が判明した(1)1) J. Tamura, K. Arima, A. Imazu, N. Tsutsumishita, H. Fujita, M. Yamane & Y. Matsumi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 73, 1387 (2009)..このことは,ソデイカの不可食部がCSの原料として妥当であることを支持する結果となった.

図3■分析に使用したソデイカ(a)とノロゲンゲ(b)

魚介類の不可食部に着目し,同様の解析を進めることとした.まだ網羅的な結果とは言えないが,これまでに未利用魚・低利用魚や魚介類不可食部を中心とするCSとヒアルロン酸(HA)の含有量(mg/脱脂乾燥物100 g)を明らかにした(2)2) K. Arima, H. Fujita, R. Toita, A. Imazu-Okada, N. Tsutsumishita-Nakai, N. Takeda, Y. Nakao, H. Wang, M. Kawano, H. Tanaka et al.: Carbohydr. Res., 366, 25 (2013)..魚種間で含有量に統一した傾向が見られなかったため,産業利用に当たっては個々の魚種について調査する必要がある.安定して原料を確保できるのであれば資源として利用できるかもしれない.黄金カレイの背ビレには特徴的に多量のCSが含まれていた(約1,300 mg).残念ながら,赤カレイなど,ほかの種のカレイにはそれに匹敵する含有量は確認できず(2~300 mg程度)(3)3) J. Tamura: unpublished data.,ここでも魚種間の差が見られた.

注目すべきは,魚種や部位によって硫酸化パターンに傾向が見られることである.多くの魚種では4-硫酸であるA型(CS-A)が主要な成分だが,6-硫酸であるC型(CS-C)の比率が高い魚種もある.最近筆者らは,いくつかの種類のサメに含まれるCSの量と硫酸化パターンを分析した.その結果,組成比(CS-A/CS-C)とCSの含有量には正の相関があることが判明した.サメの運動性に起因するラジカル酸素の発生の多寡と,CSがその阻害剤として機能する量に関連があると推測した(4)4) N. Takeda, S. Horai & J. Tamura: Carbohydr. Res., 424, 54 (2016).

一方,深海性の魚の体表にある粘性の物質にはHAが存在することも明らかになった.アジとノロゲンゲ(図3b図3■分析に使用したソデイカ(a)とノロゲンゲ(b))のように,同じスズキ目の魚でも結果に共通性が見られないため,CSの含有量や硫酸化パターンは,通常の生物分類とは関係なく,生息環境などに左右されるのかもしれない.しかし,食餌の異なる天然魚と養殖魚の比較では,含有量と硫酸化パターンに差は見られない(3)3) J. Tamura: unpublished data.ことから,短期間の環境変化はこれらに影響を与えないようである.

興味深いことに,天然マグロの胃と腸に高い割合(35%程度)でコンドロイチン硫酸E(CS-E)が確認された.通常CS-Eは魚類にはほとんど見られず,海洋生物ではイカに特徴的に存在する(20~45%).このマグロの胃の中には摂食したイカが確認されたことから,当初イカ由来のCS-Eが吸収されたと理解し,そうであればCSの吸収メカニズムの解明につながるのではないかと考えた.しかし,CS-Eを含むイカなどを全く与えていない養殖マグロの胃でも同様の結果となった(3)3) J. Tamura: unpublished data..マグロの心臓などにはCS-Eは含まれないことから,マグロの胃(たぶん腸も)のCS-Eは器官特異的に存在すると考えられる.山田らは「外部環境と接している部位ではヘパラン硫酸の硫酸化度が高く,外敵の侵入をブロックしているのではないか」と仮説を立てている(5)5) S. Yamada, K. Sugahara & S. Özbek: Commun. Integr. Biol., 4, 150 (2011)..現在われわれは,いくつかの生物の消化管に含まれるCS分析を進めている.今後コンドロイチン硫酸に軸足を置き,生物進化と分子進化の関係を詳細に解明してみたいと考えている.

Reference

1) J. Tamura, K. Arima, A. Imazu, N. Tsutsumishita, H. Fujita, M. Yamane & Y. Matsumi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 73, 1387 (2009).

2) K. Arima, H. Fujita, R. Toita, A. Imazu-Okada, N. Tsutsumishita-Nakai, N. Takeda, Y. Nakao, H. Wang, M. Kawano, H. Tanaka et al.: Carbohydr. Res., 366, 25 (2013).

3) J. Tamura: unpublished data.

4) N. Takeda, S. Horai & J. Tamura: Carbohydr. Res., 424, 54 (2016).

5) S. Yamada, K. Sugahara & S. Özbek: Commun. Integr. Biol., 4, 150 (2011).