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シグレックとムチン糖鎖の相互作用を介した炎症抑制機構ムチン糖鎖のアレルギー性免疫応答における役割

Toshihiko Katoh

加藤 紀彦

京都大学大学院生命科学研究科

Published: 2016-05-20

Glycoimmunologyという言葉があるように,糖鎖と免疫の関係は深い.細胞の表面は糖衣(glycocalyx)で覆われ,細胞–細胞間の相互作用において糖鎖の存在は無視できない.免疫細胞は自己,非自己を峻別し,それらに対する多様な応答性を示すが,その過程で実にさまざまな糖鎖リガンドと糖鎖認識分子が介在している.病原性微生物にさらされた苛酷な環境ダイナミクスの中での進化ゲームの結果,免疫システムは糖鎖–糖鎖結合タンパク質の相互作用による活性調節機構を多く取り入れた.すなわち,免疫システムを支える糖鎖–糖鎖結合タンパク質の相互作用に関する知見は,さまざまな免疫不全症の新規治療ターゲットを提供する可能性を秘めている.

糖鎖結合タンパク質の一種であるシグレック(Sialic acid-binding immunoglobulin-like lectin)はシアル酸結合性の膜貫通型レクチンであり,ヒトにおいては14種,マウスにおいては9種の分子が同定されている(1)1) P. R. Crocker, J. C. Paulson & A. Varki: Nat. Rev. Immunol., 7, 255 (2007)..各シグレック分子はシアル酸結合性ドメインを介してそれぞれに特異的な糖鎖リガンドと結合する.さらにCD33(Siglec-3)関連シグレックは細胞内ドメインに抑制性シグナルモチーフあるいは活性化シグナルモチーフを有する.ヒトCD33関連シグレックはマクロファージ,好中球,リンパ球,好酸球といった免疫担当細胞の細胞表面に細胞種特異的に発現しており,糖鎖リガンドとの結合を介して免疫担当細胞による炎症を制御している可能性が示唆されている(2)2) T. Kiwamoto, N. Kawasaki, J. C. Paulson & B. S. Bochner: Pharmacol. Ther., 135, 327 (2012).

ぜんそくなどのアレルギー性呼吸器疾患では,好酸球による慢性的な炎症応答が誘導され,これが病態に深く関与する(3)3) S. E. Wenzel: Nat. Med., 18, 716 (2012)..ヒト好酸球にはSiglec-8が,マウス好酸球にはSiglec-8の機能的に相同な遺伝子であるSiglec-Fがそれぞれ特異的に発現している.Siglec-8/-FはともにCD33関連シグレックであり,細胞内に抑制性シグナルモチーフを有する.マウスにおいて,Siglec-Fの欠損,あるいはα2,3-シアル酸結合の形成に必要なシアル酸転移酵素(ST3GalIII)の欠損では過剰なアレルギー性好酸球炎症が観察されることから,Siglec-8/-Fは糖鎖リガンドとの結合によって好酸球炎症に対して抑制的に機能すると考えられた.それゆえ,これまでに創薬を目的としたSiglec-8特異的糖鎖リガンドの探索が行われてきた.糖鎖アレイ解析の結果,Siglec-8/-Fはともに,ガラクトース残基の6位が硫酸化されたシアリルルイスX(6′-Sulfo-Sialyl-Lex)あるいはその非フコシル化体に好んで結合することが示された.しかしながら,多くの場合,糖鎖はタンパク質や脂質と結合した形で複合糖質として存在する.また好酸球炎症の解消メカニズムをより深く調べるには糖鎖リガンドキャリアの同定が不可欠となる.そこで,Siglec-F糖鎖リガンドのキャリア分子の探索が筆者らによって行われた(4)4) T. Kiwamoto, T. Katoh, C. M. Evans, W. J. Janssen, M. E. Brummet, S. A. Hudson, Z. Zhu, M. Tiemeyer & B. S. Bochner: J. Allergy Clin. Immunol., 135, 1329 (2015).

マウス気道上皮初代培養細胞(mouse tracheal epithelial cells; mTEC)抽出物,mTEC培養上清,マウス肺抽出物,気管支肺胞洗浄液について,Siglec-Fキメラタンパク質(Siglec-F-Fc)を用いたイムノブロットを行ったところ,分子量約500 kDa付近および200 kDa付近と比較的大きなタンパク質分子上にシアリダーゼ依存的なシグナルが検出された.それらSiglec-F結合タンパク質のプロテオミクス解析の結果,500 kDaにはMuc5bとMuc4α鎖が,200 kDaにはMuc4β鎖がそれぞれ含まれることが明らかとなった.Muc5bについては抗マウスMuc5b抗体を用いたイムノブロットによっても確かめられた.また,Muc5bノックアウトマウスの気道組織では,野生型において見られる粘膜下腺に選択的なSiglec-F染色は観察されなかった.このように,Siglec-FリガンドはMuc5bなどのムチン分子上に発現していることが明らかとなった.

では実際にこれらムチンにはどのような糖鎖構造が付加されているのだろうか.Muc5bは分泌型,Muc4は膜結合型のムチン糖タンパク質であり,ともに多数のO-結合型糖鎖による修飾を受けている.精製したMuc5b/Muc4混合物由来のLC-MS/MSによるO-結合型糖鎖構造解析の結果,シアル酸を有する少なくとも34種の多様な構造が見いだされた.ところが,糖鎖の硫酸化は検出されるものの,Siglec-Fの強力なリガンドである6′-硫酸化は見いだされなかった.糖鎖アレイの結果では,Siglec-Fは非硫酸化構造にも弱いながらも結合できることが示されており,生体内で機能する真のリガンドは6′-硫酸化糖鎖ではないかもしれない.事実,6′-硫酸化糖鎖を合成する硫酸基転移酵素(Keratan sulfate galactose 6-O-sulfotransferase)の欠損マウスにおいてもSiglec-Fリガンドの発現が見られることから,硫酸基はSiglec-Fの結合に必須ではない可能性がある(5)5) M. L. Patnode, C. W. Cheng, C. C. Chou, M. S. Singer, M. S. Elin, K. Uchimura, P. R. Crocker, K. H. Khoo & S. D. Rosen: J. Biol. Chem., 288, 26533 (2013)..いずれにしろSiglec-Fリガンドの立体的な構造も含めた具体的な構造の解明は今後の課題である.

さらに,フローサイトメトリー分析の結果,Muc5b/Muc4混合物はマウス好酸球とSiglec-Fを介して結合し,さらにin vitroにおいて好酸球の生存率を有意に低下させた.加えて,Muc5b遺伝子の肺特異的コンディショナルノックアウトマウスにおいて,IL-13の投与に応答して好酸球数の顕著な増加と好酸球アポトーシスの減少が観察された.これらの結果は,生体内においてもMuc5bムチンが好酸球の過剰な炎症を抑制する可能性を示唆している.Muc5b欠損マウスを用いた研究によってMuc5bが気道における生体防御や炎症制御に重要であることは既に明らかにされていたが(6)6) M. G. Roy, A. Livraghi-Butrico, A. A. Fletcher, M. M. McElwee, S. E. Evans, R. M. Boerner, S. N. Alexander, L. K. Bellinghausen, A. S. Song, Y. M. Petrova et al.: Nature, 505, 412 (2014).,今回さらにマウスMuc5bの糖鎖が好酸球上に発現するSiglec-F分子との結合によって肺における好酸球炎症を抑制方向に制御しうることを初めて示した(図1図1■ムチン糖鎖とSiglec-Fの相互作用による好酸球炎症の制御).ヒトにおいてもMUC5Bをはじめとする少なくとも12種類のムチン遺伝子の発現が気道組織中に認められている.しかしながら,ヒトのMUC5B上にはSiglec-8リガンドではなくむしろSiglec-9リガンドが発現しているとする報告もあり(7)7) Y. Jia, H. Yu, S. M. Fernandes, Y. Wei, A. Gonzales-Gil, M. G. Motari, K. Vajn, W. W. Stevens, A. T. Peters, B. S. Bochner et al.: J. Allergy Clin. Immunol., 135, 799 (2015).,マウスとヒトの免疫システムは必ずしも相似形をなしているわけではないようである.いずれにしろ今回の研究によって,ムチン分子上のO-結合型糖鎖がリガンドとなって免疫応答を調節する例が示された.今後もさらに,各粘膜組織に発現するムチン糖鎖の免疫活性調節機能が明らかにされるだろう.また,Siglec-8の内在性リガンドの同定と炎症メカニズムの解明によって,好酸球炎症の解消をターゲットとしたぜんそくの新規治療薬の開発がおおいに期待される.

図1■ムチン糖鎖とSiglec-Fの相互作用による好酸球炎症の制御

A: アレルギー性気道炎症下では気道内部に好酸球をはじめとした炎症細胞が多く浸潤し,組織障害をきたす.B: 炎症発生時に分泌されるMuc5bの有する糖鎖がSiglec-Fと結合し,好酸球細胞死を促進,過剰な組織障害を抑制する.Artwork by Jacqueline Schaffer.文献8より転載.

Reference

1) P. R. Crocker, J. C. Paulson & A. Varki: Nat. Rev. Immunol., 7, 255 (2007).

2) T. Kiwamoto, N. Kawasaki, J. C. Paulson & B. S. Bochner: Pharmacol. Ther., 135, 327 (2012).

3) S. E. Wenzel: Nat. Med., 18, 716 (2012).

4) T. Kiwamoto, T. Katoh, C. M. Evans, W. J. Janssen, M. E. Brummet, S. A. Hudson, Z. Zhu, M. Tiemeyer & B. S. Bochner: J. Allergy Clin. Immunol., 135, 1329 (2015).

5) M. L. Patnode, C. W. Cheng, C. C. Chou, M. S. Singer, M. S. Elin, K. Uchimura, P. R. Crocker, K. H. Khoo & S. D. Rosen: J. Biol. Chem., 288, 26533 (2013).

6) M. G. Roy, A. Livraghi-Butrico, A. A. Fletcher, M. M. McElwee, S. E. Evans, R. M. Boerner, S. N. Alexander, L. K. Bellinghausen, A. S. Song, Y. M. Petrova et al.: Nature, 505, 412 (2014).

7) Y. Jia, H. Yu, S. M. Fernandes, Y. Wei, A. Gonzales-Gil, M. G. Motari, K. Vajn, W. W. Stevens, A. T. Peters, B. S. Bochner et al.: J. Allergy Clin. Immunol., 135, 799 (2015).

8) 加藤紀彦,際本拓未:THE LUNG Perspectives, 23, 68 (2015).