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食物アレルギーの新展開コンポーネント解析から二重暴露仮説へ

Fumiko Okazaki

岡﨑 史子

龍谷大学農学部食品栄養学科

Hiroshi Narita

成田 宏史

京都女子大学家政学部食物栄養学科

Published: 2016-05-20

食物アレルギーの診断は,特定の食物摂取時に症状が誘発されることと,それが特異的IgEなどの免疫学的機序を介する可能性の確認によってなされている(1)1) 日本小児アレルギー学会:食物アレルギー診療ガイドライン2012..特異的IgEが結合する食物中のそれぞれのタンパク質をアレルゲンコンポーネントといい,同定されたアレルゲンコンポーネントは国際分類に基づいて命名されている(2)2) WHO/IUIS Allergen Nomenclature Sub-committee: ALLERGEN NOMENCLATURE, http://www.allergen.org/index.php.同じ鶏卵アレルギーであっても,ゆで卵ならば食べられる人とどのような調理方法でも食べられない人がいるが,その理由をアレルゲンコンポーネントで考えると明快である.前者は卵白タンパク質の中でも加熱変性しやすいオボアルブミンが,後者は加熱変性しにくいオボムコイドがアレルゲンとなっていることが多いのだ.このように,アレルゲンを原因タンパク質レベルで解析,診断するComponent-resolved diagnostics(CRD)が重要視されるようになってきた(3)3) 宇理須厚雄:臨床免疫・アレルギー,62, 390 (2014)..CRDの概念が浸透するまでは,「患者は成分ごとに食べるわけではなく卵を食べて発症するのだから,成分ごとに解析する必要はない」というのが臨床の立場であったが,現在ではコンポーネントに応じた「必要最小限の除去」が可能になり,患者の生活の質の向上に貢献している.

もとよりアレルゲンとなるタンパク質はその生物が生きていくために重要な働きをしており,特に植物では種を超えて高い相同性で保存されているためにIgE抗体が交差反応しやすい.そのため一度アレルギーを発症すると,多くの食べ物で症状が誘発されるという特徴をもつ.特に感染特異的タンパク質(pathogenesis-related protein)にはPR-5: thaumatin-like protein, PR-10: Bet v 1類似タンパク質,PR-14: lipid transfer protein(LTP)などの代表的なアレルゲンがある.

近年増加傾向にある果物アレルギーも,コンポーネント解析から病態・対応の違いを説明することができる.特定の果物を食べたとき,口腔粘膜に局限して症状が現れる口腔アレルギー症候群は,花粉により経粘膜・経気道的に感作されていることが多い.変性しやすいタンパク質が原因であることが多く,果物の生食で症状が誘発されても,加熱すれば食べられることがほとんどである.一方,果物摂取により全身症状を引き起こす場合もあり,この場合のアレルゲンとしてLTPがよく知られている.LTPは9 kDaと低分子サイズながら4対のS–S結合をもち,pHや熱の変化に強いため消化されにくく,発酵食品においても残存している(4)4) 村上(山口)友貴絵,成田宏史:食品工業,53, 14 (2010)..さまざまな植物性食品で重篤な全身症状を引き起こすため,LTP症候群といわれるほど注目されてきた.われわれはLTPに対するモノクローナル抗体を確立する過程で,偶然不純物であるGibberellin Regulated Protein(GRP)に対する抗体を取得し,実はこれまでLTPと考えられてきた日本人の重症桃アレルギーの主要アレルゲンがGRPであることを明らかにした(5)5) N. Inomata, F. Okazaki, T. Moriyama, Y. Nomura, Y. Yamaguchi, T. Honjoh, Y. Kawamura, H. Narita & M. Aihara: Ann. Allergy Asthma Immunol., 112, 175 (2014)..GRPはLTPと同様に低分子サイズ(約7 kDa)の塩基性タンパク質であるため,通常の精製方法では両者を完全分離することは極めて難しいが,われわれは抗GRPモノクローナル抗体カラムを用いることにより,迅速・簡便に純化することを可能にした.さらに,LTP, GRPそれぞれに対するモノクローナル抗体で特異的定量系を構築したところ,LTPは皮に,GRPは果肉に局在していた.LTPは桃を皮ごと食べる地中海地方の重篤な桃アレルギーの原因であるが,皮を除くと食べられることが多い.一方,日本人の多くは桃を食べるときには皮をむくためLTPによる感作はほとんどなく,GRPが重要なアレルゲンになると考えられる.

アレルゲンタンパク質の一次構造や高次構造のみならず,量・局在・ほかの成分との反応性・調理法・食習慣などとの関連を広範に明らかにしていくことが,有効なCRDにつながっていき,患者や家族の安全・安心で豊かな食生活に貢献できるものと思われる.また,コンポーネント解析は,基礎(アレルギー発症のメカニズムの解明)から応用(リコンビナント抗原の調製や花粉症緩和米のような遺伝子導入作物の開発)にもつながり,農芸化学分野の研究者の活躍が広く大きく期待される発展的領域である.

実は近年,一見無関係なアレルゲンをコンポーネント解析することで真のアレルゲンを突き止めた結果,経皮的に感作されて食物アレルギーになったと思われる症例が相次いで報告されている.以下にその奇妙なアレルギーとコンポーネントを紹介する(6, 7)6) 森田栄伸:医学のあゆみ,252, 951 (2015).7) 松永佳世子,矢上晶子:臨床免疫・アレルギー科,64, 45 (2015).

これまで花粉症が関連する果物アレルギーを除いて,食物アレルギーは経腸管的に感作されると考えられてきたが,こうしてみるとアトピー性皮膚炎も含めて皮膚感作関連抗原が多い.この点に関しては,従来食物アレルギーがアレルギーマーチの初発段階と考えられてきたが,近年「バリアが破壊された皮膚を通してアレルゲンへの感作が起こり,食物アレルギーが進行する.一方,経口摂取された食物抗原は免疫寛容・耐性を誘導する」という『二重アレルゲン暴露仮説』が受け入れられるようになってきている(8)8) G. Lack: J. Allergy Immunol., 121, 1331 (2008).図1図1■二重アレルゲン暴露仮説).すなわち「食物抗原は正常な腸管免疫系を経た場合には,IgA産生による排除や寛容誘導により,アレルギー抑制的に働くが,この系が破綻していたり未熟であったり,あるいは皮膚などの不正な経路から抗原が進入してくるとアレルギー感作に至る」という考え方である.実際に最近では,アトピー性皮膚炎に対しては不必要な食物除去の指導を避け,まずステロイドにより皮疹を改善して皮膚バリア機能を良好に保つような指導がなされるようになってきている.この仮説はいかに食べるか(寛容)食べないか(除去)と合わせて,今後のアレルギー治療・予防の方向を大きく変えるものとして注目されている.

図1■二重アレルゲン暴露仮説

文献8を改変.

Reference

1) 日本小児アレルギー学会:食物アレルギー診療ガイドライン2012.

2) WHO/IUIS Allergen Nomenclature Sub-committee: ALLERGEN NOMENCLATURE, http://www.allergen.org/index.php

3) 宇理須厚雄:臨床免疫・アレルギー,62, 390 (2014).

4) 村上(山口)友貴絵,成田宏史:食品工業,53, 14 (2010).

5) N. Inomata, F. Okazaki, T. Moriyama, Y. Nomura, Y. Yamaguchi, T. Honjoh, Y. Kawamura, H. Narita & M. Aihara: Ann. Allergy Asthma Immunol., 112, 175 (2014).

6) 森田栄伸:医学のあゆみ,252, 951 (2015).

7) 松永佳世子,矢上晶子:臨床免疫・アレルギー科,64, 45 (2015).

8) G. Lack: J. Allergy Immunol., 121, 1331 (2008).