Kagaku to Seibutsu 54(6): 382-383 (2016)
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細胞概日時計の人為的制御体内時計を人工タンパク質で操作する
Published: 2016-05-20
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
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体内時計は24時間周期で振動する「発振系」を中心として,外部環境の変化に応答して時刻を調節する「入力系」と,時刻情報をさまざまな生理現象として表現する「出力系」から構成されている.そして,この約24時間周期の概日時計は,中枢のみならず,末梢細胞や培養細胞においても存在する.哺乳動物細胞において,体内時計の発振に必要な時計遺伝子が同定されてから20年近くが経過し,発振メカニズムの詳細は次々と明らかになってきた.一方,24時間型の現代社会において,体内時計の乱れと生活習慣病との関連が指摘されるなか,これからは,体内時計を人為的にコントロールすることが必要とされている.個体レベルでは,強制的に強い光を浴びることによって体内時計を調節する光療法が実際に医療の現場で進められつつある.しかし,細胞レベルでは,概日時計を直接かつ選択的に操作する試みはまだ萌芽期にある.
図1図1■哺乳動物細胞の概日時計システムの概略と人為的な概日時計制御の試みに示すように,哺乳動物細胞の概日時計の発振系を司るコアクロックでは,ポジティブ因子(BMAL1, CLOCK)とネガティブ因子(PER, CRY)による転写翻訳フィードバック制御を介して,時計遺伝子自身の発現が24時間周期で変動すると考えられている(1)1) S. M. Reppert & D. R. Weaver: Nature, 418, 935 (2002).(図1B図1■哺乳動物細胞の概日時計システムの概略と人為的な概日時計制御の試み).さらに,これらの因子はさまざまな遺伝子プロモーターに作用し,下流の遺伝子の発現を24時間周期で変動させる.その結果,発振系で刻まれる時刻情報がさまざまな生体機能に反映される(出力系)(図1C図1■哺乳動物細胞の概日時計システムの概略と人為的な概日時計制御の試み).また,体内時計は外部刺激に応答して位相をシフトさせる「入力系」を有している(図1A図1■哺乳動物細胞の概日時計システムの概略と人為的な概日時計制御の試み).光刺激は中枢時計の代表的な同調刺激であるが,培養細胞においては,血清やデキサメタゾン,フォルスコリンの刺激によって,リズム位相が前後にシフトすることが知られている.
(A)入力系;外部環境の変化に応答して時刻を調節する.同調刺激の一つであるグルココルチコイドは,時計遺伝子Period1プロモーター中のGREに作用するほか,さまざまな遺伝子プロモーターのGREにも作用する.(B)発振系;コアクロックでは,BMAL1, CLOCKによってPerやCryなどの時計遺伝子の発現が誘導される.翻訳されたPERとCRYタンパク質は複合体を形成して核内に移行し,BMAL1, CLOCKに対して抑制的に働き,その結果,自身の発現を抑制する.このようなフィードバック制御を介して,時計遺伝子自身の発現が概日周期で変動する.(C)出力系;時計制御遺伝子はBMAL1, CLOCKによる正の制御とPer,Cryによる概日周期的な抑制を受け,概日振動発現する.(D) Period1プロモーター中のGREに選択的に作用する人工転写因子による人工入力系構築の試み.(E)人工タンパク質を用いた概日振動発現の誘起.
しかしながら,これらの同調刺激は細胞内のさまざまな遺伝子発現を変動させてしまう.そのため,体内時計の同調にとって,どの遺伝子,どのエレメントが重要であるのかが明らかではなかった.また,同調刺激に伴って意図しない副反応が生じてしまうという問題がある.概日時計研究や時間治療にとって,時計遺伝子が構成する分子時計機構を直接かつ選択的に制御することが望まれる.末梢細胞ではグルココルチコイドの刺激によって概日リズムの位相がシフトすること,また,時計遺伝子Period1プロモーター上にグルココルチコイド応答配列が存在することが知られている.そこで筆者らは,Period1のグルココルチコイド応答配列を標的とする人工転写因子によって体内時計の同調を人為的に誘起できないかと考えた(図1D図1■哺乳動物細胞の概日時計システムの概略と人為的な概日時計制御の試み).近年のゲノム編集技術にも利用されるジンクフィンガーを鋳型とする人工転写因子を設計したところ,この人工転写因子は標的DNAに特異的に結合し,概日リズムの位相シフト,すなわち同調を誘起した(2)2) M. Imanishi, A. Nakamura, M. Doi, S. Futaki & H. Okamura: Angew. Chem. Int. Ed., 50, 9396 (2011)..この結果は,入力系におけるPeriod1の重要性を示すのみならず,副反応を抑えた時間治療の新しい概念へ,大きな前進をもたらすことが期待される.
また,出力系に着目すると,哺乳細胞内には何百という遺伝子が24時間周期の発現パターンを示す.その多くは,時計タンパク質BMAL1/CLOCKによる正の制御と,PER/CRYによる負の制御を受ける時計制御配列をプロモーター中に有しており,時計制御遺伝子と呼ばれている(図1C図1■哺乳動物細胞の概日時計システムの概略と人為的な概日時計制御の試み).一方,時計制御配列をもたず,本来は発現振動しない遺伝子の発現を,人工的に約24時間周期で変動させることができれば,遺伝子発現リズム異常や生体リズム研究のための新しい方法論になることが期待される.そこで,BMAL1/CLOCKヘテロダイマーを標的プロモーター近傍で人為的に形成させれば,PERやCRYによる抑制を24時間周期で受けるのではないか? またその結果として,標的遺伝子の発現を24時間周期で振動させることができるのではないか? と考えた.ジンクフィンガーが任意のDNA配列に対してデザインできることを利用し,ジンクフィンガーとBMAL1,もしくはCLOCKとの融合体を細胞内で発現させた.その結果,ジンクフィンガーの結合配列をプロモーター中に有する場合に,24時間周期の発現振動を誘起させることができた(3)3) M. Imanishi, K. Yamamoto, H. Yamada, Y. Hirose, H. Okamura & S. Futaki: ACS Chem. Biol., 7, 1817 (2012).(図1E図1■哺乳動物細胞の概日時計システムの概略と人為的な概日時計制御の試み).遺伝子発現の日内変動はさまざまな生理現象や疾病に反映される.これまでの遺伝子発現制御においては,対象遺伝子の「発現量の増減」のコントロールに主眼がおかれていた.それに対し,本人工時計出力システムを利用して,時間とともに変化する個々の遺伝子の「発現リズム」を自在に操ることが可能になれば,新しいリズム研究,リズム治療の展開が期待される.
さらに,リズム発振系に摂動を与える小分子化合物のスクリーニングも近年進展している(4, 5)4) T. Wallach & A. Kramer: FEBS Lett., 589, 1530 (2015).5) T. Hirota & S. A. Kay: Methods Enzymol., 551, 267 (2015)..時計遺伝子プロモーター駆動性のルシフェラーゼ遺伝子の発現パターンを指標として,数々のタンパク質リン酸化酵素の阻害剤がスクリーニングされている.これに加え,特記すべきことに,コアクロックに含まれるCRYに直接かつ選択的に作用してその安定性に影響を与える小分子が,概日リズムの周期を変動させることが明らかにされている(6)6) T. Hirota, J. W. Lee, P. C. St. John, M. Sawa, K. Iwaisako, T. Noguchi, P. Y. Pongsawakul, T. Sonntag, D. K. Welsh, D. A. Brenner et al.: Science, 337, 1094 (2012)..
以上のように,人工タンパク質や化合物を用いて高い標的選択性をもって体内時計を人工的に制御することは,そのメカニズムの解明はもちろん,リズム治療の実現に向けた新しい方法になると考えられる.