解説

シアノバクテリアの補色順化における光色感知機構

Light Color Sensing Mechanism of the Cyanobacteiral Chromatic Acclimation

Yuu Hirose

広瀬

豊橋技術科学大学環境・生命工学系

Masahiko Ikeuchi

池内 昌彦

東京大学大学院総合文化研究科

Published: 2016-05-20

酸素発生型の光合成を行う原核生物であるシアノバクテリアは,周囲の緑色と赤色の光のバランスを感知して光合成アンテナの組成を調節する.補色順化と呼ばれるこの現象は光合成機能の光質による調節の代表例として知られていたが,光色感知機構の実態は長らく不明であった.われわれは補色順化を制御するフィトクロム様光受容体の同定と解析に成功し,色素のプロトン脱着を介した新奇の緑・赤色光感知機構の存在を明らかにした.

光受容体フィトクロムとは

光とは,生物にとって外部情報を得るための重要なシグナルの一つである.生物は光を受容するために,光受容タンパク質を利用している.光受容タンパク質において光の吸収を担うのは,タンパク質に結合した特定の化学構造をもった分子であり,この分子は発色団(chromophore)と呼ばれている.発色団は,炭素原子の二重結合と一重結合が交互に連なった構造(共役二重結合系)をもち,その共役したπ電子が可視領域の光を吸収して励起される.光によって励起された発色団はエネルギー的により安定な状態へと構造が変化し,それがタンパク質全体の構造変化を引き起こし,タンパク質同士の相互作用を介してシグナルが伝わっていく.

フィトクロムは,赤色光と遠赤色光を受容するタンパク質であり,植物の種子発芽を制御する光受容体として1950年代に発見された(1)1) H. A. Borthwick, S. B. Hendricks, M. W. Parker, E. H. Toole & V. K. Toole: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 38, 662 (1952)..フィトクロムには,発色団としてテトラピロールが結合する.テトラピロールは4つのピロール環が共有結合した構造をもち,これらのピロール環にまたがる長い共役二重結合系が可視光領域の光を吸収する(図1図1■テトラピロールの一種(フィコシアノビリン)の構造).フィトクロムは,赤色光吸収型(Pr)と遠赤色光吸収型(Pfr)という2つの異なる構造をとる(2)2) N. C. Rockwell, Y. S. Su & J. C. Lagarias: Annu. Rev. Plant Biol., 57, 837 (2006)..Prに赤色光を照射するとPfrへと変換し,Pfrに遠赤色光を照射するとPrへと変換する.このように光照射によって可逆的に変換することで,フィトクロムは赤色光と遠赤色光を感知する.フィトクロムに結合したテトラピロールの構造は,PrではZ型,PfrではE型である(2)2) N. C. Rockwell, Y. S. Su & J. C. Lagarias: Annu. Rev. Plant Biol., 57, 837 (2006).図1図1■テトラピロールの一種(フィコシアノビリン)の構造).光照射によってD環が光異性化し,これが引き金となってフィトクロムタンパク質の全体に構造変化が生じると考えられている.植物のフィトクロムはPr/Pfr変換によって核局在を変え,フィトクロム相互作用因子を介して,種子発芽や避陰応答などさまざまな光応答を制御すると考えられている(3, 4)3) P. H. Quail: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 3, 85 (2002).4) P. Leivar & P. H. Quail: Trends Plant Sci., 16, 19 (2010)..1990年代以降のゲノム解析技術の進歩に伴い,シアノバクテリア・細菌・真菌・真核藻類など幅広い生物がフィトクロムをもつことが明らかとなっているが,その生理機能は不明なものが多い(5, 6)5) J. Purschwitz, S. Muller, C. Kastner & R. Fischer: Curr. Opin. Microbiol., 9, 566 (2006).6) M. E. Auldridge & K. T. Forest: Crit. Rev. Biochem. Mol. Biol., 46, 67 (2011).

図1■テトラピロールの一種(フィコシアノビリン)の構造

フィトクロムには発色団としてテトラピロールが結合する.光照射によってD環にZ/E異性化反応が起こる.

シアノバクテリアの補色順化の制御機構の研究

光合成は,太陽光を利用して二酸化炭素と水から糖を合成する反応であり,地球上のすべての生命活動を支える重要な反応である.前述の光受容体による光の感知では,色素によって吸収された光エネルギーはタンパク質の構造変換へと使われたが,光合成では,光は水の光分解反応に使われる.シアノバクテリアは酸素発生型光合成を行う原核生物であり,植物の葉緑体の起源となった生物である.シアノバクテリアの光合成では,光合成の反応中心は植物と同じ光化学系複合体であるが,光を捕集するアンテナはフィコビリソームと呼ばれる独自のタンパク質複合体である(7)7) A. R. Grossman, M. R. Schaefer, G. G. Chiang & J. L. Collier: Microbiol. Rev., 57, 725 (1993)..フィコビリソームを構成する色素タンパク質の組成はシアノバクテリア種によって異なり,青~緑~赤色光など,吸収する光の色には多様性が見られる.一部のシアノバクテリアのフィコビリソームの色素タンパク質は,緑色光(~550 nm)を吸収するフィコエリスリンと,赤色光(~620 nm)を吸収するフィコシアニンから構成される.それらのシアノバクテリア種の多くは,緑色光の下ではフィコエリスリンを増やして,緑色光を利用して光合成を行い,逆に赤色光の下ではフィコシアニンを増やして,赤色光を利用して光合成を行う.この現象は古くから知られ,Complementary chromatic adaptation(補色適応),近年ではComplementary chromatic acclimation(補色順化)と呼ばれている.

1960年代に補色順化の作用スペクトルの詳細な解析が行われ,フィコエリスリンの合成は540 nm付近の緑色光,フィコシアニンの合成は640 nm付近の赤色光によって誘導されることが見いだされた(8)8) Y. Fujita & A. Hattori: Plant Cell Physiol., 3, 209 (1962)..緑色光照射はフィコエリスリンの合成を誘導し,同時に,フィコシアニンの合成を抑制する,また,赤色光はフィコシアニンの合成を誘導し,同時に,フィコエリスリンの合成を抑制する(9)9) S. Diakoff & J. Scheibe: Plant Physiol., 51, 382 (1973)..このように,緑色光と赤色光はお互いの光照射の効果を打ち消すように働いた.また,この現象は光合成阻害剤の影響を受けないことから,電子伝達鎖の酸化還元状態ではなく,光受容体によって制御されると考えられた(8)8) Y. Fujita & A. Hattori: Plant Cell Physiol., 3, 209 (1962)..さらに,フィコシアニン合成の作用スペクトルが赤色光に加えて360 nm付近の光でも合成がある程度誘導され(9, 10)9) S. Diakoff & J. Scheibe: Plant Physiol., 51, 382 (1973).10) T. C. Vogelman, & J. Scheibe: Planta, 143, 233 (1978).,これはテトラピロール色素に特徴的な短波長吸収ピーク(Soret吸収帯)によく対応する.これらの実験結果は,緑色光と赤色光を受容するフィトクロム型の光受容タンパク質が補色順化を制御することを強く示唆していた.しかし,その実態は1990年代に入るまで謎に包まれていた.

シアノバクテリオクロムによる補色順化の制御の解明

補色順化の光受容体の実態の解明は,分子生物学的手法の開発によって,1990年代に大きく進展した(11, 12)11) D. M. Kehoe & A. Gutu: Annu. Rev. Plant Biol., 57, 127 (2006).12) A. Gutu & D. M. Kehoe: Mol. Plant, 5, 1 (2012)..補色順化には,フィコエリスリンのみを調節するタイプ(Type II)と,フィコエリスリンとフィコシアニンの両方を調節するタイプ(Type III)の2つの様式の存在が知られている(13)13) N. Tandeau de Marsac: J. Bacteriol., 130, 82 (1977)..アメリカのArthur R. Grossman博士やDavid M. Kehoe博士らのグループは,Type IIIの補色順化を行うFremyella diplosiphonというシアノバクテリアにおいて遺伝子をランダムに破壊し,その中から緑色光と赤色光に応答できない変異体をスクリーニングした.つづいて,その変異体に野生株のゲノムライブラリを相補することで,補色順化を制御する遺伝子を特定した.彼らはこの手法を用いて,フィトクロムに似た光受容体遺伝子rcaE(14)14) D. M. Kehoe & A. R. Grossman: Science, 273, 1409 (1996).の同定に成功した.このrcaE遺伝子産物は,フィトクロムのテトラピロール色素結合ドメインとアミノ酸配列が類似していたことから,緑色光と赤色光を受容することが予想された.しかし,RcaEタンパク質の分光特性は明らかでなかった.一方,遺伝子破壊株の解析から,RcaEが赤色光の元でRcaFとRcaCという2つの転写因子のリン酸化を介して,フィコエリスリンとフィコシアニンの遺伝子群の発現を制御することが示された(図2図2■シアノバクテリオクロムによる補色順化の制御).

図2■シアノバクテリオクロムによる補色順化の制御

Type IIの補色順化では,CcaS/CcaRシステムによってフィコエリスリン遺伝子群が発現調節される.Type IIIの補色順化では,RcaE/RcaF/RcaCシステムによってフィコエリスリンとフィコシアニンの遺伝子群が発現調節される.

補色順化の光受容機構の実態の解明は,全く別のアプローチからの研究によって進展した.筆者である池内昌彦らのグループは,全ゲノムが初めて解読されたシアノバクテリアであるSynechocystis sp. PCC 6803の走光性の制御因子を探索し,フィトクロムに似た光受容体SypixJ1を同定し,その生化学的の解析に成功した.SyPixJ1はテトラピロール色素を結合し,青色光吸収型(Pg)と緑色光吸収型(Pr)の間を可逆的に光変換したのである(15)15) S. Yoshihara, M. Katayama, X. Geng & M. Ikeuchi: Plant Cell Physiol., 45, 1729 (2004)..さらに,ゲノム情報を探索すると,SyPixJ1やRcaEと近縁の光受容体がシアノバクテリアに広く存在することが判明し,これらをユニークな分光特性をもつ新たな光受容体の一群として「シアノバクテリオクロム」と命名した(16)16) M. Ikeuchi & T. Ishizuka: Photochem. Photobiol. Sci., 7, 1159 (2008)..筆者らは,Synechocystis sp. 6803のフィコシアニン遺伝子の発現にかかわるシアノバクテリオクロムとして同定されたCcaSの発現精製に成功し(17)17) M. Katayama & M. Ikeuchi: “Frontier in life sciences perception and transduction of light signals by cyanobacteria,” ed. by M. Fujiwara, N. Sato, & S. Ishiura, Perception and transduction of light signals by cyanobacteria, 65–90 (Reserch Signpost, Kerala, India, 2006).,CcaSが緑色光吸収型(Pg)と赤色光吸収型(Pr)の間での可逆的に光変換を示すことを明らかにした(18)18) Y. Hirose, T. Shimada, R. Narikawa, M. Katayama & M. Ikeuchi: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 105, 9528 (2008)..つづいて筆者らは,Type II型の補色順化を行うNostoc punctiforme ATC C 29133の遺伝子破壊株の解析によってCcaSが転写因子CcaRのリン酸化を介してフィコエリスリン量を調節することを明らかにした(19)19) Y. Hirose, R. Narikawa, M. Katayama & M. Ikeuchi: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 8854 (2010).図2図2■シアノバクテリオクロムによる補色順化の制御).さらに,Fremyella diplosiphonのRcaEの生化学解析も行い,RcaEがCcaSと同じPg/Pr光変換を示すことを明らかにした(20)20) Y. Hirose, N. C. Rockwell, K. Nishiyama, R. Narikawa, Y. Ukaji, K. Inomata, J. C. Lagarias & M. Ikeuchi: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 4974 (2013)..これらの解析により,補色順化はPg/Pr光変換能をもつシアノバクテオクロムによって制御され,Type IIIの補色順化はRcaE/RcaF/RcaC, Type IIの補色順化はCcaS/CcaRという別々のシステムによって制御されることが示された.

プロトン発色性光変換(Protochromic photocycle)の発見

シアノバクテリアの補色順化に共通のPg/Pr変換機構では,テトラピロール色素のD環に光異性化が起こっているが(18)18) Y. Hirose, T. Shimada, R. Narikawa, M. Katayama & M. Ikeuchi: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 105, 9528 (2008).,これはPr/Pfr光反応を行うフィトクロムと全く同一の反応である.つまり色素の光異性化反応だけでは,シアノバクテリオクロムとフィトクロムの吸収波長の違いを全く説明できないのである.この事実は,Pg/Pr変換反応には,光異性化に加えてまだ隠された分子機構があることを示唆していた.筆者(広瀬)は実験中に中性のバッファーを含むRcaEタンパク質溶液に,少量の酸性のバッファーを誤って加えてしまった.すると奇妙なことに,タンパク質溶液の色が赤から青へと一瞬で変わり,再び青色へ戻ったのである.これは,中性→酸性→中性というpH変化によって,タンパク質溶液に赤→青→赤という色変換が生じたことを示していた.フィトクロムでは,テトラピロールのC環の窒素原子にプロトンが付加し,バッファーのpH変化によってそのプロトンの脱着が起こることが報告されていた(21)21) J. J. van Thor, B. Borucki, W. Crielaard, H. Otto, T. Lamparter, J. Hughes, K. J. Hellingwerf & M. P. Heyn: Biochemistry, 40, 11460 (2001)..そのため,筆者はシアノバクテリオクロムのPg/Prの変換がテトラピロール色素のプロトン脱着によって引き起こされているのではないかという仮説を立てた.そこで,RcaEタンパク質溶液のpH滴定とそれに伴う吸収スペクトルの変化を詳細に測定した.その結果,色素のD環の構造がZ型とE型のいずれの場合でも,バッファーのpHをアルカリ性にすると色素のプロトンが外れてPgを形成し,逆に酸性にすると色素にプロトンが付加してPrが形成されることを発見した(図3A, B図3■シアノバクテリオクロムのpHに依存した吸収スペクトル変化).この結果は,Pg/Pr変換はプロトンの脱着のみによって引き起こされることを示していた.それでは,色素のZ型とE型の構造変化は光変換反応においてどのような役割を果たしているのであろうか? 色素のプロトンとの親和性は,pKa (PgとPrの比率が丁度1 : 1になるときのpHの値)という指標で表すことができる.pH変化によるPg/Pr変換のpKaを,ヘンダーソン・ハッセルベルヒ式でフィッティングして求めてみると,Z型では約5.5,E型では約8.0のpKaが示された(図3C, D図3■シアノバクテリオクロムのpHに依存した吸収スペクトル変化).これは,Z型とE型の色素では100倍以上プロトンに対する親和性が異なっていることを示している.つまり,テトラピロール色素のZ/E構造の変化は,プロトンの「付きやすさ」を調節していたのである.一方,フィトクロムのPrとPfrではどちらでもテトラピロール色素にプロトンが付加されている(22)22) T. Rohmer, H. Strauss, J. Hughes, H. de Groot, W. Gärtner, P. Schmieder & J. Matysik: J. Phys. Chem. B, 110, 20580 (2006)..つまり,Pr/Pfr変換とPg/Pr変換の違いは,色素のプロトン移動であることが明確に示されたのである.筆者らは,シアノバクテリオクロムに特有のこの新しいPg/Pr光変換機構を「Protochromic photocycle(プロトン発色性光変換)」と命名した(20)20) Y. Hirose, N. C. Rockwell, K. Nishiyama, R. Narikawa, Y. Ukaji, K. Inomata, J. C. Lagarias & M. Ikeuchi: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 4974 (2013).

図3■シアノバクテリオクロムのpHに依存した吸収スペクトル変化

シアノバクテリオクロムRcaEのZ型(A)とE型(B)における吸収スペクトルのpH依存性20)20) Y. Hirose, N. C. Rockwell, K. Nishiyama, R. Narikawa, Y. Ukaji, K. Inomata, J. C. Lagarias & M. Ikeuchi: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 4974 (2013)..どちらの構造でも酸性側でPrが形成し,アルカリ性側でPgが形成するが,そのpKa(PgとPrの比率が等しくなるときのpH)はZ型(C)とE型(D)で大きく異なる20)20) Y. Hirose, N. C. Rockwell, K. Nishiyama, R. Narikawa, Y. Ukaji, K. Inomata, J. C. Lagarias & M. Ikeuchi: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 4974 (2013).

プロトン移動に必要なアミノ酸の同定

プロトン発色性可逆光変換におけるプロトン移動反応では,テトラピロール色素に脱着するプロトンはどこから供給されるのであろうか? 水溶液中でのテトラピロール色素のpKaは約6であるが(20)20) Y. Hirose, N. C. Rockwell, K. Nishiyama, R. Narikawa, Y. Ukaji, K. Inomata, J. C. Lagarias & M. Ikeuchi: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 4974 (2013).,フィトクロムタンパク質内でのpKaは9~10であり,この高いpKaは色素近傍のアミノ酸によって維持されることが報告されていた(23)23) D. von Stetten, S. Seibeck, N. Michael, P. Scheerer, M. A. Mroginski, D. H. Murgida, N. Krauss, M. P. Heyn, P. Hildebrandt, B. Borucki et al.: J. Biol. Chem., 282, 2116 (2007)..また,RcaEにおいても,タンパク質を変性させて色素近傍のアミノ酸の影響を除くと,Pg/Prの間でのpKaの違いが消失した.これらの点は,Pg/Pr変換におけるプロトン供給源は色素近傍の荷電アミノ酸であることを示唆していた.そこで,フィトクロムCph1(24)24) L. O. Essen, J. Mailliet & J. Hughes: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 105, 14709 (2008).やシアノバクテリオクロムAnPixJおよびTePixJ(25)25) R. Narikawa, T. Ishizuka, N. Muraki, T. Shiba, G. Kurisu & M. Ikeuchi: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 918 (2013).の結晶構造を手がかりに,色素近傍のアミノ酸を調べてみると,RcaEおよびCcaSでは5つの荷電アミノ酸が高度に保存されていた.これらのプロトンを保持することのできる荷電アミノ酸を,プロトンを保持できない非荷電アミノ酸へと置換した変異タンパク質を作製したところ,L249, E217, K261の3つのアミノ酸を置換すると,光変換が大きく阻害されることが明らかとなった.L249はプロトン保持能力をもたない疎水アミノ酸であるが,結晶構造からテトラピロール色素の近傍に存在することが示されていた.L249の変異体では色素の結合効率が大きく低下したことから,L249の疎水性は色素の結合に非常に重要であることが示された.興味深いことにL249をHisへと置換した変異体では,pKaが大きく上昇し,15ZPrが形成された.これらは,荷電アミノ酸を近くに配置することで,色素にプロトンをつけることができるgain of function型の変異が起こったことを示しており,プロトンの供給源がアミノ酸側鎖であるという可能性を支持していた.一方,E217とK261という2つの荷電アミノ酸の変異体では,どちらも色素へのプロトン付加が大きく阻害されたた.2つの変異体のpKaを詳細に測定してみると,E217変異体ではpKaのシフトが起こらなくなったが,一方,K261変異体では,Z型とE型の両方のpKaが大きく低下していたものの,pKaのシフトは観察された.このことは,pKaシフトを引き起こしているのはE217であり,K261はそれを保持していることを示していた.つまり,プロトンドナーはE217のカルボキシル基であることが強く示唆された.これらの結果より,L249, E217, K261のアミノ酸が協調的にプロトン移動を媒介するモデルを構築し,それらのアミノ酸を「Protochromic Triad(プロトン発色トリオ)」と名づけた(図4図4■プロトン発色性光変換の分子機構).

図4■プロトン発色性光変換の分子機構

プロトン発色性光変換では,光照射によってテトラピロール色素にZ/E異性化反応が起こり,その後でアミノ酸の構造変化によってプロトンの脱着が起こる.プロトン移動はL249, E217, K261という3つのアミノ酸(プロトン発色トリオ)の側鎖によって引き起こされる.E217のカルボキシル基がプロトンドナーと推定される.

今後の展望

筆者らは,シアノバクテリアの補色順化の光色感知機構の全容を解明することに成功した.しかし,プロトン発色性光変換機構には,まだ未解決の大きな問題が残っている.それは,「吸収型の変換がプロトン移動のみで引き起こされる」のか,あるいは,「プロトン移動後に生じる色素の構造変化によって引き起こされる」のかということである.この問題を解くためには,化学構造を固定した合成色素による再構成が有効なアプローチである.また,NMRやラマン分光法による色素のプロトン化状態の測定も必要である.これらの基礎研究が進めば,将来的には光受容タンパク質の光波長特性の改変といった応用研究への展開も十分可能であると考えられる.一方,光受容体の研究の歴史を振り返って見ると,一つの光受容体の同定とその作用機序の解明に大きな時間がかかっていることがわかる.光受容体がDNAの塩基配列としてコードされている以上,その種類と数は有限であるが,既存の順遺伝学・逆遺伝学的なアプローチではその有限値に漸近することは困難である.そのため,現在筆者(広瀬)は,次世代シークエンサーを用いて生物の光受容体をまとめて同定する手法の開発を進めている.

Acknowledgments

本研究の大部分は,東京大学大学院総合文化研究科の池内昌彦教授の研究室にて,プロトン移動に関する研究はカリフォルニア大学デービス校のJ. Clark Lagarias教授の研究室にて実施されたものである.本研究にかかわったすべての人々に,この場を借りて厚く御礼申し上げる.

Reference

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