セミナー室

RNAseqから明らかになった昆虫の色素合成と色覚の新知見

Mizuko Osanai-Futahashi

二橋 美瑞子

茨城大学理学部

Ryo Futahashi

二橋

産業技術総合研究所

Published: 2016-05-20

はじめに

昆虫は生物の中でも最も多様性に富んだグループと考えられており,鮮やかな体色や斑紋は古くから多くの人々の興味をひいてきた.種の認識,雌雄の認識,警戒色,擬態,隠蔽,体温調節など,体色や斑紋の意義に関しては多くの研究が行われてきた.しかし,体色の多様性を作り出す分子基盤に関しては,現時点でも不明な点が多く残されている.

10年ほど前までは,キイロショウジョウバエDrosophila melanogasterなど一部のモデル生物を除き,遺伝子を網羅的に解析することは非常に困難であった.ところが,次世代シークエンサーの普及に伴い,ゲノム情報がなくても特定の時期や組織のmRNAの情報を網羅的に解析するRNA Sequencing(RNAseq)という手法が可能になってきた.今回はRNAseq解析を行うことで明らかになった昆虫の色素合成と色覚に関する新知見に関して,筆者らの研究成果を基に以下に紹介したい.

カイコのpe変異体の原因遺伝子の同定から明らかになったオモクローム色素合成経路

1. オモクローム系色素とは

昆虫に存在する色素のうち,オモクローム系色素(赤色,赤褐色,紫色など),メラニン色素(黒色,褐色など),プテリジン系色素(白色,黄色,赤色など)の3つは,ほとんどすべての昆虫で存在が確認されている(1, 2)1) 梅鉢幸重:“動物の色素”,内田老鶴圃,2000.2) 二橋美瑞子,二橋 亮:“色素細胞 第2版”,慶應義塾大学出版会,p. 172, 2015..オモクローム系色素は主に昆虫の複眼に存在するほか,一部の昆虫では翅や体表の色素としても利用されている.オモクローム系色素は,トリプトファンから合成された3-ヒドロキシキヌレニンの酸化縮合により生じた色素と定義されており,アルカリの安定性からオマチンとオミンに大別される(1, 2)1) 梅鉢幸重:“動物の色素”,内田老鶴圃,2000.2) 二橋美瑞子,二橋 亮:“色素細胞 第2版”,慶應義塾大学出版会,p. 172, 2015..それぞれ複数種の色素が知られているが,モデル昆虫として研究が盛んなキイロショウジョウバエには,オマチンの一種キサントマチンのみが存在すると考えられている.そのため,オモクローム系色素の合成にかかわる遺伝子は,中間前駆体の3-ヒドロキシキヌレニンの合成と細胞内の色素顆粒への取り込みにかかわる段階までは明らかにされてきたものの,それ以降の多様なオモクローム系色素産生にかかわる分子機構に関しては,キイロショウジョウバエからは解明できないブラックボックスとなっていた.

2. 数多く存在するカイコのオモクローム系色素の未同定の変異体

ショウジョウバエの仲間を除く大部分の昆虫では,複眼にキサントマチンに加えてオミンも含まれている(1~3)1) 梅鉢幸重:“動物の色素”,内田老鶴圃,2000.3) 二橋美瑞子:蚕糸・昆虫バイオテック,82, 5 (2013)..多様なオモクローム系色素の合成にかかわる分子機構を解明するにあたって,最も適する材料の一つと考えられたのが,カイコBombyx moriである.カイコは,卵が紫色で複眼が黒く(図1左端図1■カイコの野生型とpe変異体,および遺伝子解析個体の成虫複眼の比較),両方ともキサントマチンとオミンを含む複数のオモクローム系色素が含まれていることが知られており,さらに卵色や複眼色の変異系統が複数存在している.これらのうち,卵と複眼が白色になる変異体に関しては,3-ヒドロキシキヌレニンの合成や取り込みにかかわるキイロショウジョウバエの相同遺伝子が原因であることが報告されていたが,卵や複眼が赤色や褐色になる変異体に関しては,原因遺伝子が全く不明であった(2, 3)2) 二橋美瑞子,二橋 亮:“色素細胞 第2版”,慶應義塾大学出版会,p. 172, 2015.3) 二橋美瑞子:蚕糸・昆虫バイオテック,82, 5 (2013)..筆者らは近年,そのうちの一つ,オミン合成に異常があり,卵と複眼が赤色になる劣性のred eggre,赤卵)変異体に関して,原因遺伝子が新規のトランスポーター遺伝子であることを発見した(4)4) M. Osanai-Futahashi, K. Tatematsu, K. Yamamoto, J. Narukawa, K. Uchino, T. Kayukawa, T. Shinoda, Y. Banno, T. Tamura & H. Sezutsu: J. Biol. Chem., 287, 17706 (2012)..興味深いことに,reの相同遺伝子は大部分の昆虫に存在したが,例外的にショウジョウバエの仲間のゲノムには存在しておらず,これらのグループでオミンが存在しないことと関係していることが示唆された.筆者らは次に,卵が白色~淡赤色で複眼が淡赤色で,遺伝学的にreの上流に存在すると考えられていた劣性のpepink-eyed white egg,淡赤眼白卵)変異体(図1,左から二番目図1■カイコの野生型とpe変異体,および遺伝子解析個体の成虫複眼の比較)の原因遺伝子の同定を試みることにした.

図1■カイコの野生型とpe変異体,および遺伝子解析個体の成虫複眼の比較

3. RNAseqによるpe候補遺伝子の絞り込み

古典的な連鎖解析の結果,pe変異体の責任領域は258 kbに絞り込まれていた.この領域には予測遺伝子が17個存在していたが,その中にほかの生物で色素合成にかかわることが知られている遺伝子は,解析を進めていた時点では存在せず,RT-PCRでは野生型と変異型の間で発現が明瞭に異なる遺伝子も確認できなかった.そこで,一度のシークエンスで複数サンプルについてゲノムワイドに遺伝子の配列と発現を解析できるRNAseqを利用してpeの原因遺伝子を同定することを試みた.カイコの卵(休眠卵)は,産卵後24時間から48時間の間で着色し始めるので,卵の着色時期前後である産卵直後,24時間後,48時間後,72時間後で野生型2系統とpe 1系統の卵を材料に,Hiseq2500を用いたRNAseqを行った.その結果,17遺伝子のうち酵素遺伝子の一つが,卵が着色する直前に発現が上昇しており,pe変異体では1カ所にアミノ酸変異があることが確認された.さらに,筆者らがこの発見に気付く直前に,キイロショウジョウバエの相同遺伝子が成虫の赤い複眼の着色が遅延する(羽化直後は赤色ではなく黄朱色になる)cardinal遺伝子の原因遺伝子であることが報告されていた(5)5) D. A. Harris, K. Kim, K. Nakahara, C. Vásquez-Doorman & R. W. Carthew: J. Cell Biol., 194, 77 (2011)..以上の結果から,このcardinal相同遺伝子がpeの原因遺伝子である可能性が強く考えられた.ただし,カイコのpe変異体は,キイロショウジョウバエのcardinalとは異なり,羽化後に複眼の色が野生型に近づくことはなく,また変異体では1アミノ酸置換が見られただけであったので,機能解析による証明が必要であった.

4. カイコで最近確立された機能解析法によるpe遺伝子の同定

カイコのさまざまな変異体の原因遺伝子の同定にあたり,最も困難な点であったのが,遺伝子の機能解析であった.カイコでは,胚発生の時期を除いてRNAiによる遺伝子の機能阻害がほとんど成功しておらず,遺伝子組換えを用いた遺伝子強制発現も手間がかかるうえにプロモーターの問題があるなど,簡便な機能解析法が長い間確立されていなかった.ところが,RNAiに関しては,2013年にエレクトロポレーション法を用いることで,少なくとも体表の組織では局所的に成功させることが可能であるという論文が発表された(6)6) T. Ando & H. Fujiwara: Development, 140, 454 (2013)..そこで,この手法でカイコのcardinal遺伝子のRNAiを行ったところ,エレクトロポレーションを行った片眼で変異体の表現型が再現された(図1中央図1■カイコの野生型とpe変異体,および遺伝子解析個体の成虫複眼の比較).また,同じ2013年にカイコではTALENを用いた遺伝子ノックアウト法が非常に有効であり,TALENを注入した世代(G0世代)でも高い個体でモザイク状に表現型が現れることが報告された(7)7) Y. Takasu, S. Sajwan, T. Daimon, M. Osanai-Futahashi, K. Uchino, H. Sezutsu, T. Tamura & M. Zurovec: PLoS ONE, 8, e73485 (2013)..そこで,TALENを用いてcardinal遺伝子の遺伝子ノックアウトを行ったところ,G0世代でモザイク状に変異体の表現型が確認された(図1右から2番目図1■カイコの野生型とpe変異体,および遺伝子解析個体の成虫複眼の比較).以上の結果から,cardinal遺伝子がpe変異体の原因遺伝子であることが強く示唆されたが,これだけの結果では,絞り込み範囲内に存在する表現型のよく似た遺伝子(原因遺伝子そのものではない)という可能性も否定できない.そこで,TALENでcardinal遺伝子を破壊した個体とpe変異体を交配させて相補性試験を行った.交配によって生じる次世代はTALENによって破壊されたcardinal遺伝子とpe変異体由来の染色体を一つずつもっており,もしpeの原因がcardinal以外の遺伝子である場合は,遺伝子の機能が相補されて表現型は野生型になる.交配によって生じた個体は,いずれもpe変異体と同じ表現型をもっていたことから(図1右端図1■カイコの野生型とpe変異体,および遺伝子解析個体の成虫複眼の比較),cardinal遺伝子自体がpe変異体の原因遺伝子であることが直接的に証明された(8)8) M. Osanai-Futahashi, K. Tatematsu, R. Futahashi, J. Narukawa, Y. Takasu, T. Kayukawa, T. Shinoda, T. Ishige, S. Yajima, T. Tamura et al.: Heredity, 116, 135 (2016).

5. pe遺伝子の同定から明らかになったオモクローム系色素合成の多様性

キイロショウジョウバエでは,cardinal遺伝子は3-ヒドロキシキヌレニンからキサントマチンを合成する際に機能する酵素遺伝子と考えられていた(5)5) D. A. Harris, K. Kim, K. Nakahara, C. Vásquez-Doorman & R. W. Carthew: J. Cell Biol., 194, 77 (2011)..なお,キイロショウジョウバエでは変異体でも羽化数日後には表現型が野生型と差がなくなることから,cardinalの機能欠損下でも自動酸化により遅延してキサントマチンが合成されると考えられていた.前述のようにカイコのpe変異体は,キイロショウジョウバエのcardinalとは異なる表現型を示す(キイロショウジョウバエでは変異体でも羽化数日後には表現型が野生型と差がなくなる).この原因を調べるため,カイコの野生型とpe変異型のオモクローム系色素の組成をLC-MSで解析した.その結果,pe変異体ではre変異体のようにオミンの量が著しく少なく,さらに野生型で多く存在するオマチン(キサントマチンと脱炭酸型キサントマチン)の量も激減していることが確認された.この結果から,cardinal遺伝子はオマチン,オミンの両方の合成に重要であることが確認された(8)8) M. Osanai-Futahashi, K. Tatematsu, R. Futahashi, J. Narukawa, Y. Takasu, T. Kayukawa, T. Shinoda, T. Ishige, S. Yajima, T. Tamura et al.: Heredity, 116, 135 (2016).図2図2■オモクローム色素合成経路とそれにかかわる遺伝子).

図2■オモクローム色素合成経路とそれにかかわる遺伝子

イタリックはキイロショウジョウバエの遺伝子名,カギ括弧内にカイコの変異体名を示す.

野生型のカイコでは複眼と卵の色素の組成は基本的に同じである.ところが,pe変異体を観察すると,複眼は必ず淡赤色になるが,卵は休眠に入った越年卵(年1化になるように自然界を模倣して徐々に保管温度を下げた卵)は白いのに対し,非休眠卵や浸酸処理で休眠を阻止した卵を冷蔵した場合は淡赤色に着色する傾向が確認された(8)8) M. Osanai-Futahashi, K. Tatematsu, R. Futahashi, J. Narukawa, Y. Takasu, T. Kayukawa, T. Shinoda, T. Ishige, S. Yajima, T. Tamura et al.: Heredity, 116, 135 (2016)..さらにpe変異体では,カイコの黒縞系統の幼虫皮膚に存在する赤い斑紋が白くなることが明らかになった(8)8) M. Osanai-Futahashi, K. Tatematsu, R. Futahashi, J. Narukawa, Y. Takasu, T. Kayukawa, T. Shinoda, T. Ishige, S. Yajima, T. Tamura et al.: Heredity, 116, 135 (2016)..このような変異体の組織や状態における体色の違いは,自動酸化による色素合成の程度の,組織間や生理状態による違いを反映しているのかもしれない.

カイコには,repe以外にも原因遺伝子が未同定の卵色や複眼色の変異体が残されている.筆者らは現在,次世代シークエンサーを用いて,これらの遺伝子解析を進めているところである.また,オモクローム系色素は,一部のチョウ(タテハチョウ科)の翅の模様や,アカトンボの体色などにも使用されている(2, 3)2) 二橋美瑞子,二橋 亮:“色素細胞 第2版”,慶應義塾大学出版会,p. 172, 2015.3) 二橋美瑞子:蚕糸・昆虫バイオテック,82, 5 (2013)..カイコから明らかにされたオモクローム系色素の遺伝子が,これらのさまざまな昆虫の体色形成にどのように関与しているのかに関しても,今後解明していきたい.

トンボの色覚とRNAseqを活用した多様なオプシン遺伝子の同定

1. トンボは視覚に頼る昆虫

トンボは,昆虫の中でもチョウに並んで体色の多様性の著しいグループとして知られている.トンボの成虫は,大部分の種が基本的に昼行性で,鼓膜器官をもたず,触角が発達していないことから,聴覚や嗅覚にあまり依存していないと考えられている(9)9) P. S. Corbet: “Dragonflies, Behavior and Ecology of Odonata,” Cornell Univ Press, 1999.代わりに頭部の大部分を占める大きな複眼をもち,基本的に視覚で相手を認識する.トンボの中には赤色,青色,緑色,黄色など鮮やかな体色をもつ種類が見られ,体色は雌雄や近縁種間でもしばしば大きく異なる(9, 10)9) P. S. Corbet: “Dragonflies, Behavior and Ecology of Odonata,” Cornell Univ Press, 199910) 尾園 暁,川島逸郎,二橋 亮:“ネイチャーガイド 日本のトンボ”,文一総合出版,2012..さらに,成虫になった後に劇的に体色を変化させる種も多く知られており,たとえばアカトンボ(アキアカネSympetrum frequensなど赤くなるトンボの総称)の仲間では,成熟過程でオスが黄色から赤色へと変化するのに対してメスは成熟後も黄色っぽい体色のままの種が多い.興味深いことに,アカトンボの体色変化には,前述のオモクローム系色素であるキサントマチンと脱炭酸型キサントマチンの酸化還元反応により制御されている(11)11) R. Futahashi, R. Kurita, H. Mano & T. Fukatsu: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 12626 (2012)..アカトンボでは,基本的に成熟オスが鮮やかな赤色になることから,赤い体色は雌雄の認識や縄張り行動の際に重要であると考えられている(9)9) P. S. Corbet: “Dragonflies, Behavior and Ecology of Odonata,” Cornell Univ Press, 1999.ちなみに,キイロショウジョウバエやセイヨウミツバチApis melliferaなど多くの昆虫では赤色が認識できない(同じ明度の灰色と区別できない)ことから(12)12) A. D. Briscoe & L. Chittka: Annu. Rev. Entomol., 46, 471 (2001).,トンボの色覚はほかの昆虫とは異なっている可能性が考えられた.

動物の色覚の多様性には,オプシン遺伝子が重要である(13)13) T. W. Cronin, S. Johnsen, N. J. Marshall & E. J. Warrant: “Visual Ecology,” Princeton Univ. Press, 2014.オプシン遺伝子産物であるオプシンタンパク質は,眼の中にある光受容細胞で「光センサー」として機能する.異なるオプシン遺伝子から異なる波長に感度のもつ複数の「光センサー」を用いることで,異なる波長の光を異なる色として認識する「色覚」が生じる.私たちヒトは,青色,緑色,赤色の3原色に対応したオプシン遺伝子をもつので,3原色を基に色を認識している(図3図3■ヒトとセイヨウミツバチの3種類のオプシン遺伝子の分光感度の比較上).一方でセイヨウミツバチでは紫外線,青色,緑色に対応したオプシン遺伝子をもつので(ほかに単眼で発現するオプシン遺伝子ももつ),ヒトには見えない紫外線が見える代わりに赤色を認識できない(図3図3■ヒトとセイヨウミツバチの3種類のオプシン遺伝子の分光感度の比較下).大部分の動物は,2~5種類のオプシン遺伝子が色覚に関係していることが知られていた(13)13) T. W. Cronin, S. Johnsen, N. J. Marshall & E. J. Warrant: “Visual Ecology,” Princeton Univ. Press, 2014.しかし,トンボの色覚にかかわる分子機構に関しては,ほとんど報告されていなかった.

図3■ヒトとセイヨウミツバチの3種類のオプシン遺伝子の分光感度の比較

2. RNAseq解析によるトンボのオプシン遺伝子の同定

昆虫のオプシン遺伝子は,アミノ酸配列の特徴から,視覚型と非視覚型に分類され,前者は紫外線タイプ,短波長(青色)タイプ,長波長(緑)タイプの3つに大別することができる.トンボのオプシン遺伝子の同定にあたり,当初はほかの昆虫から見つかったオプシン遺伝子の配列を参考に,遺伝子のクローニングを試みたが,解析は難航していた.そこで,次世代シークエンサーIllumina Hiseq 2000を用いてアキアカネの複眼でRNAseq解析を行い,Trinityでde novoアセンブリによる遺伝子配列の再構築を行った.すると,オプシン遺伝子と相同性のある配列が60種類も得られた.ただし,RNAseqの問題点として,配列のよく似たパラログ遺伝子の配列を正しく再構成できないということがわかり,実際に60種類の配列を詳細に比較したところ,その多くはキメラになっていることが判明した.そこで,Integrative Genomics Viewer(IGV)というソフトを用いて,ペアエンドの組み合わせの情報を参考に,マニュアルで遺伝子配列を補正する作業を行った.この際に,HiSeq 2000よりはリード数が少ないもののIllumina MiSeqを用いて300 bpのペアエンドで行った解析結果も活用した.また,同時にプライマーを設計してRT-PCRによっても配列の確認を行った.マニュアル・アセンブリによる補正法に関しては,別報でも解説しているので,興味のある方はそちらをご覧いただきたい(14)14) 二橋 亮:蚕糸・昆虫バイオテック,85,印刷中(2016)..このような作業を繰り返した結果,アキアカネでは視覚型を中心に20種類ものオプシン遺伝子が存在することが明らかになった(15)15) R. Futahashi, R. Kawahara-Miki, M. Kinoshita, K. Yoshitake, S. Yajima, K. Arikawa & T. Fukatsu: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, E1247 (2015).図4図4■昆虫(A)およびトンボ(B)におけるオプシン遺伝子数の比較A).これは,昆虫の中では文字どおり桁違いに多いと言えそうである.さらに,トンボのオプシン遺伝子の数が,トンボの種間でどのくらい異なるかを調べるため,本州で見られる代表的な科を中心に11科12種でトンボのオプシン遺伝子を調べたところ,合計では15~33種と異なる科間で特に視覚型オプシンの種数が大きく異なっていることが明らかになった(図4図4■昆虫(A)およびトンボ(B)におけるオプシン遺伝子数の比較B).

図4■昆虫(A)およびトンボ(B)におけるオプシン遺伝子数の比較

3. RNAseq解析から明らかになったオプシン遺伝子の多様性

RNAseqの大きな利点としては,遺伝子配列に加えて,遺伝子の発現量のデータが同時に得られることが挙げられる.12種類のトンボすべてについて,成虫複眼背側(D),成虫複眼腹側(V),成虫単眼(O),幼虫頭部(L)の4つのサンプルで遺伝子の発現比較を行った.短波長オプシンと長波長オプシンの結果をヒートマップでまとめたものが図5図5■トンボにおけるオプシン遺伝子の発現パターンである.上にトンボの系統樹,左に各遺伝子の分子系統樹を示した.各遺伝子の発現パターンを見ると,オプシン遺伝子は幼虫(L)と成虫(D, V, O)で発現パターンが全く異なっており,成虫では複眼背側(D),複眼腹側(V),単眼(O)の間でも発現が全く異なることが明らかになった.また,分子系統樹と発現パターンから,短波長オプシンを3つ(a, b, c),長波長オプシンを6つ(A, B, C, D, E, F)に分けることが可能であった.短波長オプシンのグループa, b, cはそれぞれ主に幼虫,複眼腹側,複眼背側で発現する傾向が見られたが,イトトンボなど均翅亜目の仲間では背腹の発現の違いは不明瞭であった.また,幼虫が河川の砂地に潜るヤマサナエとオニヤンマ,幼虫が湿った斜面に小さな洞穴を掘って生活するムカシヤンマでは,幼虫で発現する短波長オプシン(グループa)が存在しないことが明らかになった.一方で長波長オプシンは,すべての種が2種類のグループAをもち,一方が幼虫,他方が成虫で発現しており,グループB, Cは主に幼虫,グループDは成虫の単眼,グループEは成虫の複眼背側,グループFは複眼腹側で発現する傾向が見られた.ただし,均翅亜目では,オプシン遺伝子全般で背腹の発現の違いは不明瞭であった.また種によっては特定のグループが欠落していることがあり,単眼で発現するグループDのオプシン遺伝子をもたない種(ギンヤンマ,ヤマサナエ,オニヤンマ)では,グループCやEの遺伝子(の一部)が単眼で発現するようになっていた.また,グループDに加えてグループFの遺伝子ももたないギンヤンマでは,グループEの遺伝子の一部が単眼や複眼腹側で発現することで,従来のグループD, Fの機能を補完していることが考えられた.

図5■トンボにおけるオプシン遺伝子の発現パターン

成虫複眼背側,成虫複眼腹側,成虫単眼,幼虫頭部を,それぞれD, V, O, Lで表す.トンボの系統樹を上に,オプシン遺伝子の系統樹を左に示した.いずれも平均値に対する相対量.

4. トンボの眼鏡は虹色メガネ?

以上のように,トンボのオプシン遺伝子は,従来想像されていた以上に多様であることが明らかになった(15)15) R. Futahashi, R. Kawahara-Miki, M. Kinoshita, K. Yoshitake, S. Yajima, K. Arikawa & T. Fukatsu: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, E1247 (2015)..オプシン遺伝子の全体的な傾向を見ると,いずれの種でも①幼虫では少数のオプシン遺伝子が発現するのに対して成虫では多くの種類のオプシン遺伝子が発現する,②複眼背側では短波長オプシンが多く発現する,③複眼背側では多くの種類の長波長オプシンが発現する,という特徴が確認された.このように,トンボのオプシン遺伝子が多様化した一つの理由は,①水中で使用する「幼虫メガネ」,②短波長成分の多い空からの光を直接受け取る「背側メガネ」,③地表からの反射光を主に認識する「腹側メガネ」を異なる遺伝子を基に作り上げていることにあるのかもしれない.色鮮やかな体色や斑紋はチョウや一部のコウチュウでも見られるが,これらのグループではオプシン遺伝子の数は少ない(たとえば視覚型オプシンの数はアキアカネの16種に対して,カイコなどチョウの仲間では3~4種,コウチュウのコクヌストモドキでは2種にすぎない,図4図4■昆虫(A)およびトンボ(B)におけるオプシン遺伝子数の比較A).これは,チョウ目昆虫(夜行性のガが大部分)やコウチュウ目昆虫の大半は夜行性であることも関係しているかもしれない.われわれヒトも哺乳類の祖先が夜行性であったため,ほかの脊椎動物と比較するとオプシンの数が少なくなっていることが知られている(13)13) T. W. Cronin, S. Johnsen, N. J. Marshall & E. J. Warrant: “Visual Ecology,” Princeton Univ. Press, 2014.トンボのオプシン遺伝子が非常に多様であることは,相手の認識を基本的に視覚で行っていることに加えて,現存するほぼすべての種が昼行性であり,さらにほかの昆虫とは3.5億年以上前に分岐したことも関係しているように思われる(16)16) B. Misof, S. Liu, K. Meusemann, R. S. Peters, A. Donath, C. Mayer, P. B. Frandsen, J. Ware, T. Flouri, R. G. Beutel et al.: Science, 346, 763 (2014)..ヒトの眼で見ても多彩なトンボの体色であるが,もしかすると「トンボのメガネ」を通して見ると,ヒトが想像する以上に複雑な体色を表しているのかもしれない.

Acknowledgments

なお,今回紹介した研究内容は,農業生物資源研究所および産業技術総合研究所で主体的に行われたもので,RNAseq解析は,東京農業大学との共同研究の成果である.共同研究者の方々に厚く御礼申し上げる.

Reference

1) 梅鉢幸重:“動物の色素”,内田老鶴圃,2000.

2) 二橋美瑞子,二橋 亮:“色素細胞 第2版”,慶應義塾大学出版会,p. 172, 2015.

3) 二橋美瑞子:蚕糸・昆虫バイオテック,82, 5 (2013).

4) M. Osanai-Futahashi, K. Tatematsu, K. Yamamoto, J. Narukawa, K. Uchino, T. Kayukawa, T. Shinoda, Y. Banno, T. Tamura & H. Sezutsu: J. Biol. Chem., 287, 17706 (2012).

5) D. A. Harris, K. Kim, K. Nakahara, C. Vásquez-Doorman & R. W. Carthew: J. Cell Biol., 194, 77 (2011).

6) T. Ando & H. Fujiwara: Development, 140, 454 (2013).

7) Y. Takasu, S. Sajwan, T. Daimon, M. Osanai-Futahashi, K. Uchino, H. Sezutsu, T. Tamura & M. Zurovec: PLoS ONE, 8, e73485 (2013).

8) M. Osanai-Futahashi, K. Tatematsu, R. Futahashi, J. Narukawa, Y. Takasu, T. Kayukawa, T. Shinoda, T. Ishige, S. Yajima, T. Tamura et al.: Heredity, 116, 135 (2016).

9) P. S. Corbet: “Dragonflies, Behavior and Ecology of Odonata,” Cornell Univ Press, 1999

10) 尾園 暁,川島逸郎,二橋 亮:“ネイチャーガイド 日本のトンボ”,文一総合出版,2012.

11) R. Futahashi, R. Kurita, H. Mano & T. Fukatsu: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 12626 (2012).

12) A. D. Briscoe & L. Chittka: Annu. Rev. Entomol., 46, 471 (2001).

13) T. W. Cronin, S. Johnsen, N. J. Marshall & E. J. Warrant: “Visual Ecology,” Princeton Univ. Press, 2014

14) 二橋 亮:蚕糸・昆虫バイオテック,85,印刷中(2016).

15) R. Futahashi, R. Kawahara-Miki, M. Kinoshita, K. Yoshitake, S. Yajima, K. Arikawa & T. Fukatsu: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, E1247 (2015).

16) B. Misof, S. Liu, K. Meusemann, R. S. Peters, A. Donath, C. Mayer, P. B. Frandsen, J. Ware, T. Flouri, R. G. Beutel et al.: Science, 346, 763 (2014).